「気が付かれましたかな、お嬢様?」
「あ、れ? ここは?」
床から振動を感じて目を開けてみれば、前の方からじいやさんの声が。
よく見てみれば、黒い皮のひじ掛けに凭れ掛かるようにして眠っていたらしいことに気が付いた。
このひじ掛けには見覚えがあった。
ここに来るまでに乗ってきた車の後部座席のものがこれだったから。
ということは私は車の中で眠って……
少しづつ思い出してきて、周りを見回してみれば、やはりあの車の中で、走りだしていた。
「すみませんお嬢様。眠ってしまわれておりましたので車中でお休みいただいたのですが、夕方になってしまいましたもので、このままお屋敷の方へ向かおうとしていたところでございました。もう今日は遅うございますので、このまま向かわせていただきますね」
「はあ、よろしくお願いいたします」
じいやさんの言葉を受けて、車の後方を振り返ってみれば、あの巨大なお城のような繁殖センターの外観が。
それを眺めていたら、だんだんとさっきまであそこで見ていた光景を思い出してきて、またもや頭が沸騰しそうになってきた。
あ、あそこで、みんなは……あんなことを……
はわわわわわわわわわわわわわ……
両手で顔を覆って考えを散らそうとするのだけど、なかなかあの光景が消えてくれない。
そんな状態でいた私の耳に、穏やかなじいやさんの笑いごえが。
「ほっほっほ。どうやらお嬢様には刺激が強かった様子でございますな。無理もございませんな。なにしろあそこでは今までご友人であられたウマ娘の皆様と繁殖をせねばならぬのですから。初めてお連れするお嬢様方の中にも当然お嬢様の様に驚かれる方も少なくありません。なあに、焦らぬことですよ」
ハンドルを握りながらじいやさんはそう言ってくれる。
他のウマ娘さんも私と同じように驚いてしまう子がいるということかな。
そのうち慣れた? 他のウマ娘たちは?
でも……
だからってあんな裸同士であんな行為……恥ずかしすぎるよ……
それにあんなことを良く知らない娘とするなんて……
嫌だ……
嫌だよ……
スズカさん。
「うう……」
再び思い出して唸っていると、ルームミラー越しに私に視線を向けていたじいやさんが、今度はあらたまって聞いてきた。
「お嬢様、不躾な質問になってしまいますが、どうかご容赦ください。お嬢様はひょっとしてどなたかに特別な想いをお持ちなのではございませんか?」
「え?」
特別な想い……
そう聞かれて……
いや、その前から私はずっとあの人のことを考え続けていた。
いつも私の前を走っていた人。
いつも私に前を向く勇気をくれた人。
そして、いつも私の走る意味だった憧れの人……
今だけじゃない。
私はいつだってずっとずっと彼女のことを考え続けてきた。
そう、スズカさんのことを。
でも……
私はもうスズカさんと同じ時は歩めない。
彼女と一緒に走ることも、彼女を近くで応援することも、彼女と競い合うことももうできない。
私はもうレースでは走れない。
それに……
彼女が走れなくなったとき……
彼女は私と同じ種牡ウマ娘になる。
そして、今日私が見てきた様に、たくさんのウマ娘たちと裸でまぐわい続ける日が始まってしまう。
その時……
私は大勢の子供の親ウマ娘となっているはずで……
そのことが何よりも恐ろしかった。
もうスズカさんと同じ道は歩めない……
そのことが本当に悲しかった。
「う……うう……」
涙が出た。
もうどうしようもなくてとめどなく。
その様子をじいやさんはただ黙ってみていたのだと思う。何も話さないままに車を走らせてくれた。
そしてあの大きな家へと帰り、大きな部屋の大きな布団の中で、小さく蹲って眠った。
× × ×
翌日再び繁殖センターへ赴いた私は、白衣を着た長身の女性と面談した。
「初めましてスペシャルウィークさん。私はこのセンターの医師で
「はい」
数河井先生の説明の元で身体測定をして様々な検査を受ける。
私はもうなにか諦めが付いてしまって、言われるがままされるがままに検査をこなしていった。
先生は特に問題はないと言っていたけど、股間にこんなものがぶら下がっている私からすれば問題だらけにしか思えなかった。
でも、大丈夫だと言われれば、大丈夫ということなんだろうくらいに思うことにした。
私からすれば、もうどうでも良かったし。
昨日驚いて卒倒してしまったあの繁殖室へと、私は今日初めて足を踏み入れた。
白衣姿の介助人が数人で私の着ていた浴衣を脱がす。
完全に裸になった私のすぐ前には、私よりも背の高い筋肉質のウマ娘さんが全裸で立っていた。
「あなたがスペシャルウィークちゃんね。ジャパンカップでブロワイエを破ったって聞いたわ、凄いわね。あなたの子種で絶対に日本一のウマ娘を産むわね。宜しくね」
にこりと微笑んだ黒毛のその女性は、私の前にお尻を突き出してそれを大きく振ってみせた。
私はそれを見ながら……
ただ立ち尽くしていた。
私にぶら下がったままのペ〇スは、ピクリとも反応することはなかった。