良馬繁殖センターから一台の白色の高級車が走り出していた。
その後部座席には二人のウマ娘の姿。
二人は皮張りのシートに深く身を沈めつつ楽し気に会話をしていた。
「今日もお疲れ様、ルドルフ。流石にこのシーズンはきついわね、毎日たくさん種付けしないといけないし」
そう長い鹿毛の女性がおかしそうに言えば、隣で黒髪の混じるやはり鹿毛の女性が腕を組んだままで応じた。
「うむ、マルゼンスキー……これもすべて
「もう、またそんなに難しい言い回しをして。でも、ルドルフは本当に真面目ね。私はそこまで頑張れないわよ」
「何を言う。寧ろ君の方が娘たちと上手く接している様に私には見えるが……君の相手の娘たちは随分と懐いているしな」
「そうかしら? だってみんな可愛いんだもの。うふふ」
「君は
「あら、ありがとう。ルドルフに褒められるなんて素直に嬉しいわ」
そう穏やかに語りあっている二人。
和やかな雰囲気であったところで、長い髪の女性が憂いの籠った瞳で窓の外を見つめつつ言った。
「それにしても心配よ、彼女のことが」
「スペシャルウィークのことか?」
「ええ……」
二人はそう短く言葉を交わし短くため息をつく。
そして、腕を組んだ方の彼女が口を開いた。
「これほど早く上がったウマ娘はかつていなかったからな……我々の常識が通用しないことは仕方があるまいが……。勃起不全の上、射精もままならない様だし、本人も相当に傷ついているのだろう」
「そうなのよ。繁殖ウマ娘ちゃんたちの間でも噂になっているみたいで、結構ひどいことを陰で言われているようなのよね。本当、心配だわ」
「ふむ……流言飛語に惑わされるなど愚かなこと。彼女はそこまで弱くはないと信じたいが、繁殖不能という現実がどれほどの重圧になるのか……なかなか察することはできないな」
「そうよね……なにか力になってあげられればよいのだけど……あら?」
マルゼンスキーは窓の外を見て疑問の声を上げる。
それにシンボリルドルフはどうしたと小さく呟いて、隣の彼女が見ている方向へと目を向けた。
「ねえルドルフ。こんな時間にトラックの全体の照明が点いているわ。消し忘れかしら?」
「いや、基本夜間は利用不可のコースだ。あれだけ照らしているということは誰かが走っているということではないか? すまんが……君」
シンボリルドルフは車のドライバーへと練習用のトラックへ向かうように指示を出す。
ドライバーは速やかにトラック脇の駐車スペースに車を寄せ、彼女達はそこから小高くなっている観覧用アリーナ席を上っていく。
そしてコース全体を一望できるその階段状のアリーナへと踏み出して二人は驚いた。
そこから見下ろした先……
グリーンのターフの端の方に、3つの人影が。
そのうちの一つは明らかに男性で、黒い上下の服のまま、その場の他の二人を見下ろすように立っていた。
そして、そこにいるのこりの二人。
そのうちの一人は練習着に見を包んだスペシャルウィークで間違いはなかった。
残り一人……この場にいるはずのないそのウマ娘の姿を認めて息を飲んだのだ。
「ねえ、あれ、スズカじゃない?」
「ああ、間違いない。あそこにいるのはサイレンススズカだ」
マルゼンスキーとシンボリルドルフの二人は、レース衣装に身を包んで、コース前方を向いて集中力を高めるサイレンススズカがなみなみならぬ緊張感を高めていることを察した。
それから、これがどんな状況なのかを確認しようとしていたのだが、そこに声がかけられた。
「よおお前たち。来ていたのか」
「あなたは……スピカのトレーナー」
それにその男性は小さく頷く。そしてコース上の人物たちへと視線を戻してから、つぶやくように言った。
「これからスズカとスペの一度限りの大勝負が始まるんだ。よかったら、見届けてやってくれ」
ガリッと、加えていたキャンディーを噛み砕き、両手を組んで皮膚の色が白くなるほどに強く握り込むその姿に、何も言えないまま二人は頷くしかなかった。
ただならぬ雰囲気の中、僅かなギャラリーを迎え、コース上の二人は位置につく。
そして、黒い服の男の手が振り下ろされたと同時に、二色の閃光が躍り出る。
疾風が……
緑のターフを引き裂いた。
(※1)『不思議なめぐり合わせの縁。人と人とが互いに気心が合うかどうかは、みな因縁という不思議な力によるものであるということ。人と人の結びつきについていうが、特に男女の間柄についていう』
(※2)『あることに非常に専念すること。 衣服を着替えることもせず、不眠不休で仕事に熱中すること』
(※3)『外見が立派で頭脳も優秀である。容貌がよくて頭がよい』