種ウマ娘   作:こもれび

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【シャケトラよ、安らかに】

去る4月17日、天皇賞(春)でG1初制覇を目指していたマンハッタンカフェの子、シャケトラ号が、調教中の左前脚骨折のため安楽死処分となりました。
G2などで好成績を残しながらも、故障などもあってG1で結果を残すことが出来ていなかったシャケトラ号。
今回の天皇賞で歴史に名を刻んでくれると、多くのファンは願っていました。
でも、願い叶わず、祈り届かず、このような最期になってしまったことが非常に残念でなりません。
たらればになりますが、父マンハッタンカフェに並ぶとも劣らない名馬であったと、故障などがなければG1でも好成績を残せていたと、そう信じさせてくれる競走馬でした。
心から謹んでお悔やみを申し上げます。
シャケトラありがとう。永久に安らかに。


第二十一話 お見舞い

「スズカの様子はどうだ?」

 

「はい、今は眠っています。もう手足の震えも収まって、何も問題ないみたいですけど……」

 

「そうか……」

 

 トレーナーさんは廊下のソファーに座ったまま頭を抱えていた。

 その様子に私もただ立ち尽くすしかなかった。

 

 ここは、美浦繁殖センターの敷地内のウマ娘専用の病院。

 木造平屋の大きなロッジ風の建物で、病院と言うよりはお金持ちのお屋敷のようにも見える。

 でも、中は病院そのもので、見たことも無いたくさんの真新しい機械が、それぞれの診察室の中にいくつも置かれていた。

 あの黒い服のお医者様はスズカさんを抱えたままここへとつれてきて、私たちも慌てて後をついてきたのだけど、気が付いたら先生はもう居なくなっていた。

 それからあとは、私の担当でもある数河井先生がスズカさんを見てくれているのだけど、状況がまったく飲み込めていないようで、私と模擬レースをした下りを延々と説明することになり、結局後からやってきたルドルフ会長さんやマルゼンスキーさんがあのレースを見ていたということで、加えて説明してくれてなんとか私は解放された。

 でも、結局あの黒い服のお医者様のことは数河井先生も知らなくて、それと私の病気? のことも少し聞いてみたのだけど、あなたに異常はありませんと無碍に言われて終わりだった。

 

 数河井先生はスズカさんに特に問題はないとだけ言って去って行った。

 

 それにホッとした私はしばらくスズカさんに付き添い、それから今に至っている。

 

 ソファで大きなため息をついたトレーナーさん。

 私は思い切ってトレーナーさんに聞いてみた。

 

「あの……いったいどういうことですか? 私がその……し、死んじゃうとか、それ、ほ、本当なんですか?」

 

 そう言った私にトレーナーさんは一度顔を上げる。

 でも、難しそうに眉を寄せて首を振った。

 

「正直……俺にはわからん」

 

「わからんって!?」

 

 あんまりな答えに思わず大声を出してしまってから、ここが病院だということを思い出して自分の口を手で抑えた。

 それからもう一度トレーナーさんを見てみれば、再び大きなため息。

 そして口を開いた。

 

「分からないんだ。さっきお前の担当の先生もお前には問題はないと言っていただろう? それに、お前のここ最近までの健康診断の結果や過去の病歴も当たってみたんだ。でも、すぐ死につながるような原因らしきものは見つけられなかった」

 

 トレーナーさんはそう言いながら頭をポリポリ掻く。

 

「ま、強いて言えば、お前が子供のころにフィラリアにかかったという話くらいだが、それももう完治しているらしいしな」

 

 そう確かに一度そういう病気にかかったことがあったらしい。

 フィラリアとは寄生虫のことで、人やウマ娘、動物なんかの体内に寄生して悪さをする生物のこと。

 高熱が出たり、咳が止まらなくなったり、酷くすれば死んでしまうこともある病気。

 でも、薬もあるので治すことも出来るし、現に私は治ってからもう何年も経っている。

 別にここ最近発熱したり、咳の症状が出たりとか、そんなこともないし、今はもう大丈夫だと自分では思えるのだけど……

 そのことをトレーナーさんへと告げると、彼は頷いて返した。

 

「俺もそう判断しているんだ。でも、あの医者ははっきりと俺に言った。放っておいたらお前は死ぬってな」

 

「そんな」

 

 あのお医者様の鋭い瞳を思い出して背筋が冷えた。

 他の人に死ぬと言われることがこんなにも恐ろしいものだと初めて知った。

 身を捩って震えていると、トレーナーさん。

 

「そんなことあるわけない、そんなわけないと俺も思ってはいたんだが、一人だけ……スズカだけはそのことを信じた。信じてなんとかスぺを……お前を治して欲しいって、あの医者に頼んだんだ。そうしたら……」

 

 トレーナーさんはまた頭を掻きむしる。

 

「あの医者は、なら治療費は10億9262万円だとほざきやがった。それで、それは無理だと言ったら……」

 

「えっと……私とレースして勝てば治療費はただにする……とか?」

 

「そうだ。そう言われた。だからスズカは無茶をしてああやって走ったんだ」

 

「そんなことが……」

 

 スズカさんは確かに本気だった。本気で私に勝とうとしていた。

 それもこれも全部私のためだったなんて……

 

「それなのに私が勝ってしまって……。うう……」

 

 言いようのない後悔に包まれた。

 私はスズカさんの想いを踏みにじってしまった。

 いったいどうやって報いたらいいのか……

 そんなことを考えて頭を抱えていたところでガラガラっと戸が開く音が聞こえてきた。

 驚いて顔を上げてみれば、そこには病院着姿のスズカさんの姿が。

 戸に寄りかかるようにして立ってこちらを見ていた。

 

「スズカさんっ!?」

 

「おいおいおい、無茶すんな」

 

 駆け寄って彼女を抱きかかえる。

 すると、スズカさんはにこりと微笑んでくれた。

 

「ごめんねスぺちゃん。私、うまくやれなくて……でも大丈夫。スぺちゃんは絶対私が助けるから……」

 

 ぜえぜえと息をしながらそう言ってくれるスズカさん。

 トレーナーさんはそんなスズカさんに言った。

 

「いくら後遺症の心配はなくても、まだお前は回復してないんだ。もう少し寝てろよ」

 

「そうは……いきません。早くしないとスぺちゃんが間に合わないかもしれません。なんとかお金を作らないと……」

 

 スズカさん……

 

「だから、そもそもあの医者が嘘をついているだけかもしれないだろ? お前が騙されているんだよ、きっと。スぺはなんともないんだ。その証拠に、ここの先生はスぺは大丈夫だってお墨付きをだしたんだから」

 

「でも……ダメです。私は……私だけはこのことを無視しません。たとえ私が騙されていたとしても、スぺちゃんだけは守りたいですから」

 

 スズカさん……

 そこまで私のことを……

 涙が出た。

 こうまで言われて、私に微笑みかけてくれるスズカさんに、私の心は張り裂けそうだった。

 ぎゅうっと、力をこめて彼女を抱きしめる。

 すると、ぽんぽんと彼女は私の頭を撫でてくれた。

 

 その時だった。

 

「あ、スズカァ! 大丈夫だった? また無茶したんだって? 駄目だよそんなことばっかり」

 

「聞いたぜスズカ、スぺに負けたんだって?」

 

「スズカ先輩、スぺ先輩と3200mで勝負したって本当ですか? で、すごいタイム出しちゃったってほんとですか?」

 

「くっそー俺も見たかったぜ。先輩たちの走り」

 

「ほんっといつも心配ばっかりかけさせられますわね」

 

 廊下の向こうからぞろぞろとトレセン学園の制服姿のスピカのみんなの姿。

 皆はぱたぱたと私たちの周りに集まってきて取り囲むと、そんなふうにあれやこれや話しかけてきた。

 

「みんな……なんで?」

 

 ここにいるの?

 そう言おうとすると、それを制するようにゴールドシップさんが口を開いた。

 

「スぺが大変で、お金がすごくいるってスズカから聞いてさ、だから私たちお金持ってきたんだよ。はい」

 

 と、そう言ってみんなが茶色い封筒を差し出してきた。

 

「こ、これは……?」

 

 そう言いつつ見回していると、コホンと咳ばらいをしたメジロマックィーンさんが頬を赤らめながら。

 

「お金に困っているというのなら、少しは援助して差し上げなくてはメジロ家の名折れですわ。とりあえずですけれど、ワタクシからはじゅう……」

 

「あ、アタシ50万円持ってきました」

 

「俺も50万です」

 

「ボクも50万だよ、はい」

 

「少ないですが私も50万です」

 

「キタサンと同じだけでーす。50万円」

 

 と、キタサンちゃんやアーモンドちゃんまでも、それぞれ封筒を出す中、なぜかメジロマックィーンさんがプルプル震えながら周囲をきょときょと見回し始めた。

 そして、ゴールドシップさんの方を覗きみたところで、さっと封筒を胸に抱いた。

 その様子に不思議そうに首をかしげるゴールドシップさん。

 彼女はそのまま、手にしていたスポーツバッグを持ち上げて、そのチャックを開けた。

 

「私は一応3000万円な」

 

 ごろっとたくさんのお札の束がバッグの中で転がった。

 

「んなっ!? な、なんでそんな大金を……いったいどうやって手に入れましたの!?」

 

「FX」

 

 顔を真っ赤にしたマックィーンさんが、口をパクパクさせながら、自分の持ってきた封筒の中身をそのバッグの中にこっそり投げ込んでいた。

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