種ウマ娘   作:こもれび

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第二十二話 ウマ娘たちの懐事情

「その話、私たちも一口のせさせてもらおう」

 

「ルドルフ会長さん、マルゼンさん」

 

 スピカのみんなの向こう側から声を掛けられて見てみれば、カジュアルなパンツルック姿のシンボリルドルフ会長さんと、フレアスカート姿のマルゼンスキー先輩の二人の姿。

 

「あ!! 会長!! 会長会長会長、かーいちょー!! 会いたかったー」

 

 そう言いつつ、ぴょんぴょん跳ねてルドルフ会長さんに抱き着いたのはテイオーさん。

 彼女は会長さんの胴に腕を回して胸に顔をうずめた。

 

「おい、テイオー。やめないかみっともない。それに私はもう会長ではないと言っただろう」

 

「うっ! 会長怒ったの? ボクは会長に会えた嬉しさを伝えたかっただけなのに」

 

「お、怒ってはいない。大丈夫だ。私だって嬉しいのだぞ」

 

「えへへ、やっぱり会長は優しい」

 

「うう……」

 

 少し困った感じの会長さん。なんだかこういう雰囲気は珍しいかも?

 

「こらこらテイオー。ルドルフが困ってるじゃない? 少しやめてあげてね」

 

「はーい。ボクね、ちゃんと待っててあげられるよ」

 

 マルゼンさんに言われて、ぴょんと離れたテイオーさんは、ルドルフ会長のすぐ後ろにニコニコしなが立つ。

 それを見た会長さんは、改めて私へと近づいてきた。

 

「話は全部理解したよ、スペシャルウィーク。我々もなるべく君の為に資金援助をしたいところだが、あいにくそれほど手持ちはないのだ」

 

「金額が途方もないことは分かっているのだけど、私たちもここでそんなにたくさんお給金をもらっているわけではないのよ。だから……これだけ」

 

 そう言って渡してくれたのは、1000万円分のお札の束。

 十分とんでもない金額な気がするのですけど。

 

「あの……本当にお気持ちは嬉しいのですけど、こんなにしてもらって私……どうしたらいいか。それに、さっきのトレーナーさんの話もそうなんですけど、私が本当に病気なのかどうかも本当に分からなくて……」

 

 そう言った私の肩にルドルフ会長さんがポンと手を置いた。

 

「ああ、その話は私も懐疑的にもなってはいる。なにしろ、つい今しがた、君とスズカはとんでもないレースを私たちに見せつけたのだからな。あんな走り、久々に胸がたぎったぞ」

 

「本当に凄かったわ、あなたたち。タイムだけ見たら、今年の天皇賞で新記録をだした、そこのキタサンブラック以上だったもの。二人ともね」

 

「「「「「そうだったんですか!?」」」」」

 

 その場の全員が目を見開いて私とスズカさんを見た。

 それに驚いて、スズカさんと目を見合わせた後で。

 

「ま、まあ。そう……みたい?」

 

「すっげー」

「やっぱり先輩たちは凄すぎます」

「ボクも一緒に走りたかった」

「私も春の天皇賞を取った身としてとても気になりますわ」

「お前の記録キタサンにとっくに抜かれてるからな、気にするな」

「キーーーーっ」

「今度は私と走ってくださいっ! スペシャルウィーク先輩っ!! サイレンススズカ先輩!! お願いしますっ!!」

「キタサン走るなら、私も―」

 

 みんなのやいのやいのが始まって、ここが病院であることを忘れそうになる。

 そうしたらトレーナーさんが声を出した。

 

「ったく……お前らはほんとうにいつでも同じだな。とりあえず俺もなんとか1000万は用意できた」

 

「おっ! トレーナーにしちゃあ太っ腹だなぁ。なにした? 銀行強盗? 空き巣? おれおれ詐欺?」

 

「んなことするわけねーだろ。その……あれだ。退職金前借してきただけだ」

 

 おおー! とまた歓声が上がる。みんな本当に凄い。でも、トレーナーさんは乾いた笑顔。

 

「ま、これくらいは可愛いお前らのためだ。どうってことねえよ」

 

「どうってことあるような表情してっけどな」

 

「ゴルシうるさいぞ。ま、それはいいんだよ、本当に。問題はあのとんでもない金額の方だ。お前らのおかげで今6260万円集まったわけだが……」

 

「んんっ!!」

 

 と、メジロマックィーンさんがちょこっとせき込む。

 それをチラ見したトレーナーさんも、コホンと咳ばらいをして続けた。

 

「あとは、スズカやオハナさん、それに学園で話を理解してくれた連中や、スぺのお母さんも動いて、いまのところ総額で2億円弱くらいは集まっているのだけど、それでもまだ8億円以上足りないんだ」

 

 2億円も……

 こんな私の為に?

 そう思うと胸が締め付けられるように痛くなった。

 本当か嘘かもまだわからないこの状況で、こんなにも多くの人が私の為に動いてくれているのかと思うと、それだけでもうしわけなくなってしまう。

 そんなことを思っていたら、スズカさんが私の頭を撫でてくれた。

 

「今は気にしないで、スぺちゃん。私もみんなも自分のしたいことをしているだけだから。だから今は本当に気にしないで、ね」

 

 そんなこと無理ですよ……

 申し訳ない想いが大きすぎて胸が張り裂けそうなんですもの。

 でも、みんなは本当に何も気にしていない様子で、会話を続けていた。

 

「あと8億円かー。ホントにすっごい金額だよね」

「サラリーマンの生涯年収って2億円くらいだっけ? じゃあトレーナーには無理すぎるな」

「さりげなく俺をディスってんじゃねえよ」

「じゃあどうやって集めればいいんだろ?」

「この施設こんなに豪華なんだもん、スぺ先輩の為に出してくれればいいのに」

「それは無理ですわ。ここのお医者様はスペシャルウィークさんは病気ではないと言っているのですもの。絶対だすわけがありませんわ」

「でも先輩って、記録とかいっぱい出しているじゃないすか。少しくらい出してくれたって」

「それはあれだ。お前らはまだ学生で記録だけは表彰されるけど賞金はもともとないからな。それと種ウマ娘になっても種付けをしない限りは給料もでないから」

「そっか、スぺ先輩まだ種付けしていなって言ってたっけ」

「種付けをしたとしてもそんなには貰えているわけではない。種付け料の大部分はセンターの取り分という話だし、我々は給料という形で振り込まれるだけだからな」

「それでも、一般の人と比べれば多いと思うのだけれどね。種付け件数次第ということね、ふふふ」

「へー」

 

 私とスズカさんそっちのけで盛り上がるみんな。

 それを見てあっけにとられていたら、スズカさんが言った。

 

「みんなスぺちゃんが大好きなのよ。だから本当に心配しないでね」

 

「でも……」

 

 不安はどんどん膨れ上がるばかり。

 本当にどうしたら良いのか……

 

「お嬢様」

 

「へ?」

 

 不意に背後で声がしてそっちを見たら、タキシード姿のじいやさんが立っていた。

 スズカさんと抱き合ったままだったけど、首をそっちへ回したら、じいやさんはにこりと微笑んだ。

 

「ほっほっほ。皆様お嬢様のご友人の方でいらっしゃいますね? 先ほどご友人の皆様がいらっしゃるというお話を小耳にはさみましたもので、本日はマイクロバスでお迎えにあがりました。ささ、もう遅うございます。どうぞ皆様もご一緒に、お嬢様のお屋敷にお連れさせて頂きますれば」

 

 私はもう一度スズカさんと顔を見合わせた。

 彼女の瞳がぱちくりと瞬いた。




次回はお風呂回です。

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