種ウマ娘   作:こもれび

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さあ、ついにエピローグです。
スペとスズカがいちゃいちゃして終わるわけではなかったのですよ、実は。
まあ、この話の裏でも、くんずほぐれついちゃいちゃしているとは思いますけどね(笑)

ということで、残すところ今回ともう一話です。
ここまでお読みいただいた皆様には先に御礼を。
本当にありがとうございました。
こんなエロもガチも中途半端な小説をお読み頂いて、もう感謝しかありませんよ。

あと少しだけになりますが、どうぞお付き合いください。
ではエピローグの始まりです。


エピローグ 日本一のウマ娘へ①

 時は流れて……

 

 

『ご覧ください。ここ京都レース場は今、大勢のファンの熱気に包まれて、今か今かと春の大一番、天皇賞の幕開けを待ち続けています。さあ、並み居る強豪の中……』

 

 

 場内は大勢の人たちのざわめきに溢れかえっていた。

 ターフへと出ると、眩い春の日差しが照り付けている。

 一度手を翳して目の眩みを押さえてから、周囲を見回した。

 スタンドには隙間なく入りきれないほどに埋め尽くされているファンの姿。

 そしてその歓声が振動となってレース場全体を震撼させていた。

 

 来た。

 ここに来れた。

 

 私は湧き上がる興奮と嬉しさに震えていた。

 拳をぎゅっと握って胸に当て、トクトクと速足になっている自分の鼓動を感じながら大きく息を吐いた。

 

 上京して数か月。

 まだ数回しかレースには出ていなかった。

 でも……

 私はその全てのレースで勝ち星を上げた。

 それも偶然なんかじゃなく、立てた作戦通りに走ることによっての全力の勝負で!

 うぬぼれているわけではないけど、私はこの今の走りに自信を持っていた。 

 身体に沁み込んだレース感と数々の技術は、一朝一夕で手に入った物ではなかったから。

 それこそ血のにじむような努力の結果でもあったから。

 

「ふう……」

 

 もう一度大きく息を吐いた。

 ここまでは順調。

 そして、今日のこのレースで、初のG1を獲得して、ここから始めるんだ。

 今まで誰も為し得なかった偉業を。

 そう……

 

『G1レース全冠制覇』を。

 

 ここから私は出走可能な全ての重賞にどんどん挑戦していく。

 そのためには一度だって負けてなんかいられない。

 必ず一着をとって、次のレースにも挑戦する。

 それこそが私の最大の夢……

 

『日本一のウマ娘』の証たるその称号を必ずこの手にするために。

 

 そう……

 

 二人のお母ちゃんの為に。

 道半ばでトップレースから遠のかざるを得なかった二人の為に。

 最強最速と謳われた二人の力が、本当に日本一であったのだと証明するために。

 

 大好きな、スペお母ちゃんとスズカお母ちゃんの為に。

 

 私は必ず日本一のウマ娘になるっ!!

 

「おーい、『スス子』。こっちこっち」

 

 胸の前でガッツポーズをしつつ、せっかく気合を高めていたというのに、急にそんな間延びした声が聞こえてそっちを見て見れば、飴玉を加えたまま剃り残したあごひげを摩りつつ手を振っているトレーナーさんの姿が。

 気がそがれてしまったけど、呼ばれてしまっては仕方ない。

 私はそそくさと、フェンス越しにこっちを見ているトレーナーさんの元へと向かった。

 

「よお、『スス子』。元気か? 緊張しまくってるか?」

 

 そんな風に気軽に声をかけてくるトレーナーさん。

 私はその様子にムッとしつつ、彼を睨んだ。

 

「スス子スス子って、こんな時くらいきちんと名前で呼んでくださいよ、トレーナーさん」

 

「なんだよ、別にいいじゃねーかよ。お前は㋜ぺと㋜ズカの子供なんだから『㋜㋜子』でぜーぜん問題ないだろ?」

 

「問題ありますってば! もうっ! トレーナーさんがそんな風にいつも呼ぶから、周りのみんなにもスス子ちゃんって呼ばれるようになっちゃいましたし……もうっ!!」

 

「ははは。その様子じゃ全然緊張はしてないみたいだな。ま、あんまり気張らずに楽しんで来いって」

 

「そうはいきませんよ! 楽しんでなんていられません。今回だって負けるわけにはいかないんですから。私は日本一のウマ娘にならなきゃいけないんですから!」

 

 そう言って気合を込めて拳を握り込んでみると、トレーナーさんが頭をぽりぽりと掻いた。

 それから、苦笑いを浮かべる。

 

「ほんっとにお前はスぺとスズカにそっくりだな。その一本気で生真面目なところとか」

 

「そ、そうですか?」

 

 お母ちゃんたちに似ていると言われるとつい頬が緩んじゃう。誰に言われたとしても。

 だって本当に嬉しいんだもの。

 

「ああ、そうだよ。で? お前は全勝して日本一のウマ娘になるわけだよな」

 

「はいっ! そのために、日高のお母ちゃんたちに、毎日毎日特訓してもらってきたんですから」

 

「無理矢理にお前に頼みこまれたって聞いてるぞ? あんまり自分の親をこき使ってんじゃねえよ。あいつらはのびのびやるタイプだったんだから」

 

「そんなの関係ありません! お母ちゃんたちが北海道に移ってから、レースの世界からお母ちゃんたちの話題がすっかり消えてしまったんですよ? 私はお母ちゃんたちがどれだけ凄かったのか、それを証明したいんです」

 

「別に消えちゃあないけどな。あいつらの打ち立てた記録は永遠に不滅だよ」

 

「それでもです! 私はいつでもお母ちゃんたちが褒められていないと嫌なんです!」

 

「ほんっとにわがままな奴だ」

 

「どうとでも! ふんっ!」

 

 まさかレース前にこんなに風にムキにさせられるなんて思わなかった。

 これでコンディション崩れちゃったらどうする気なの? 

 

「ま、どうせ我が『チームスピカ』はお前一人だけだからな。とりあえず適当に頑張ってせめて3着くらいまで入って、メンバー勧誘に貢献してくれよな」

 

「絶対1着ですってば!! それに!! チームが私だけなのは、トレーナーさんがちゃんと指導していないからじゃないですかっ!! まさかみんな辞めちゃって誰もいないなんて、想像もしていませんでしたよ!」

 

「だってよ、おハナさんと子供たちが可愛すぎるんだもの。そりゃ、さっさと帰って妻と子供たちを愛でたいじゃないか? だから別に俺は悪くない」

 

「うわぁ、また惚気られた。もうっ!! なんでお母ちゃんたちもトレーナーさんもそんなにニヤニヤして惚気るんですかっ!! もっと真剣にレースに向き合ってくださいよ!!」

 

「はいはい。おっと、そろそろ時間みたいだぞ? お前も早くスタートに行けよ。あ、万が一1着取れたら、A5松坂牛の焼肉食わせてやるよ」

 

「もうもうもうっ!! 呼びつけたのトレーナーさんでしょっ!!」

 

「ほら早よ行け、しっし!」

 

「絶対1着とって、食べまくっちゃうんですから! 泣いて謝ったって許してなんかあげませんからねっ! ふん」

 

 あんまりにも頭にきたので、そんな捨て台詞を吐いて私はスタートゲートの方へと向かった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 観客席の一番前。

 つい今しがたまでそこで自分のチームの選手に話していた男は、握り込んでいた手のひらを開いてみて、それがぐっしょりと濡れていることを確認して思わず笑った。

 全身が震えていた。

 もうすでに泣きそうだった。

 彼は強気なことを言う彼女をからかってみせたものの、その実緊張に潰されそうになっていたのは彼自身の方だった。

 

 ついに来た。

 ついにこの舞台に上がった。

 

 あの、スペシャルウィークとサイレンススズカの子供が。

 彼女たちの血の滲むような努力と激しい戦いの数々をともに駆け抜けてきた彼にとって、目の前のこのウマ娘は本当に特別な存在であった。

 そして、そんな彼女が彼に宣言した言葉、それは……

 

「日本一のウマ娘になります」

 

 奇しくも以前、その言葉を、彼は彼女の母親の一人から聞いていた。

 最初はスペシャルウィークが教えた言葉なのかと思っていた。

 だが、電話で彼女へとその話を聞いてみると、そんなことは話していないと、彼女自身も驚いていたくらいだったのだ。

 その時から彼の新しい夢の幕が開いた。

 両方の母親譲りの素晴らしい足と、しなやかなバネのような上半身。それと、類まれな負けん気の強さと計算高さを兼ね備え、さらにまさに練習の申し子と呼べるほどの努力家。

 惜しむらくは、そんな自分の力を過信している節があって融通が聞かないところか?

 彼女の基質は頑固すぎるのだ。

 今まではそれで良かった。

 努力と作戦の2つで他の選手を攻略してくればよかったのだから。

 だが、これから先は違う。

 実力が拮抗してくる強豪と戦い続けるためには、自力を上げるだけでは済まないのだ。

 もし相手の策略が彼女の上を行っていたら?

 もし自分の作戦と違う流れが起きてしまったら?

 レースは生き物。

 思い通りになんてならない。

 そんなとき、ミスをしたことのない今の彼女には立て直しは困難になることだろう。

 それがよくわかるからこそ、彼は肩に力の入りすぎている彼女をからかったのだ。

 

 力を抜け。

 周りをよく見ろ。

 感覚を研ぎ澄ませ。

 

 それができたならきっと……

 

 きっとお前は……

 

 じわりと再び手の中に汗が流れた。

 

 彼はまた笑う。

 この子の実力は本物だ。

 だから、その夢を叶えてやろう。

 いや、俺の夢でもあるからこそ絶対に叶えるのだ。彼女と二人で。

 

「日本一かよ……」

 

 彼はそう呟きつつ、ターフを跳ねるように駆ける、紫色のレース衣装の彼女に、かつての二人の教え子の姿を重ねて見ていた。


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