種ウマ娘   作:こもれび

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エピローグ 日本一のウマ娘へ②

「おいおい二人共? そろそろ始まんだからちゃんと目を開けなって」

「そうですわ。あ、ほら、あそこにいますわよ。ほらほら」

「うう……」

「そんなこと言われても……」

 

 アリーナ席の上段、賓客用の座席で、藍と若草の色違いの薄手のワンピースドレス姿で着飾ったスペシャルウィークとサイレンススズカの二人が、手を組み合って縮こまってギュッと目を瞑っていた。  

 そんな二人に、ダメージジーンズ姿のゴールドシップとフリルのついた白色ブラウス姿のメジロマックイーンの二人が詰め寄っていた。

 

「む、無理ですよぉ。だ、だってあの子の初めての大一番なんですよ? もし何かあったらって怖くて」

「そ、そうね……私も凄くドキドキしてしまって……まさか自分の子のレースがこんなに緊張するなんて、思いもしなかったの」

 

「ていっ!」

 

「きゃ」「わひゃあ」

 

 二人の間にゴールドシップが手刀を落として離れさせる。二人共、おずおずとゴールドシップ達を見上げた。

 

「まったく、あのスペとスズカがそんなに怯えるなんてさ。大丈夫だよ、あの子はお前らが思っているよりずっと強いから」

 

「だってぇ……」

 

 すでに泣きそうになっている二人を、かつてのチームメイト達が取り囲んで声をかけ始めた。 

 

「スペ先輩、スズカ先輩。あの子の負けん気の強さは俺たちが保証しますよ。めちゃくちゃ根性凄いですから。な、スカーレット」

「ええ! ホントですよ。この前なんて私達がスタートの指導した時に、私達に完全に勝つまで何十回も練習付き合わされたんですから。私たちの方がヘロヘロになりましたよ」

 

 そう話すのはウォッカとダイワスカーレットの二人。

 その脇から今度はスカジャンスカート姿の小柄なウマ娘。

 

「ボクも保証するよ。あの子ダンスのレッスンも全然手を抜かないし、ボクの最新のステップも完コピしちゃったしさ。キレッキレすぎてボクが引いちゃったくらいだもん」

 

 と笑うのはトウカイテイオー。

 

「それだけではありませんわ。彼女にはワタクシがみっちりとレース戦術を叩き込みましたもの。先日泊まり込みで過去の様々なレース展開を元に、戦術の組み立て方をレクチャーしましたけれど、まるで水を吸うスポンジのように知識を吸収していましたわ。彼女の優秀さはこのワタクシが保証いたしますわ」

 

「だから性格きつくなっちゃったんだな。マックィーンのせいだった」

 

「ちょっと! なんでワタクシのしたことが悪いみたいに言われなきゃなりませんの!? だいたいこの前あの子が言っていましたわよ。 ゴールドシップさんがとても怖いって。いったい何をなさりましたの?」

 

「あ? えーと、メンタル強化でやらせてた10,000ピースのジグソーパズル、完成間際にわざとぶっ壊しただけだけど?」

 

「ゴルシそれはちょっと」

「普通にメンタルやられるな」

「流石に引くなー」

「いったいあなたは何をなさっておいでですの!?」

 

「まあ、いーじゃん。ほらあいつ、負けず嫌いだからさ、私が壊したそばからまた黙々と作ってたから、完成間際にもう一回壊したんだよね。ぎゃーって絶叫していたな。流石に3回目は壊さなかったけど、そう言えば、完成してからガタガタ震えながらこっちを見てた」

 

「二回も……」

「ひど……」

「それ間違いなくトラウマだよ」

「あなた、そのうち本当に刺されますわよ」

 

 マックィーンとゴールドシップの漫才のようなやりとりに、他のメンバーが合いの手を入れるような感じで笑いあっている中、スペシャルウィークとサイレンススズカの二人だけはやはり憂鬱そうな顔になっていた。

 

「ねえスぺちゃん。あの子大丈夫よね?」

「もう分かんないです! でも、お願いだからケガとかしないで……」

 

「スぺ、知ってるか? 言葉にすると本当になっちゃうもんなんだぜ」

 

「「ふぇええっ!!」」

 

 にやにやしたゴールドシップがそんなことを口にする脇で、二人は抱きあって目をまた瞑った。

 

 そのような感じでワイワイガヤガヤと着飾った元チームスピカの面々が会話をしている場所から少し離れた席で、この会話に聞き耳を立てつつ微笑んでいる男の姿があった。

 黒のスーツベストに黒のズボン。足元に黒カバンを置いたその男性の顔には、斜めに傷跡が走っている。

 そんな彼の隣には髪にリボンを巻いた小さな少女の姿があった。

 

「ちぇんちぇえ? なんで競馬場に来たのよさ? あたちお馬さんは見るより乗る方がしゅきなんりゃけど?」

 

「ふ……、ここは競馬場ではないよ」

 

「競馬場じゃないの? ふーん? あ、え? あの娘たち、みんなお尻に尻尾はえてりゅよ、ちぇんちぇえ? え? ここってひょっとしれこしゅぷれ会場!? ちぇんちぇえ!! ちょんなエッチな趣味は奥さんのあたちが絶対ゆるちまちぇんからね! ぷんぷん」

 

「落ち着けよ。私はただ、昔治療した患者を見に来ただけだ。それと、その娘のこともな」

 

「患者ちゃん? どこ? どこ?」

 

「まあいいじゃないか。それよりもあそこにいる紫のウェアのウマ娘が、私の患者の娘だ。それと……、ふふ、まさかブエナビスタ号までいるとはな……この世界は本当に摩訶不思議なことだ」

 

「ウマ娘? ブエナビスタ? え? ひょっとして、あの娘たちがお馬しゃんなの!? あっちょんぶりけーなのよさ!!」

 

 と、両手で頬を押さえ込んで絶叫している少女に微笑み返しつつ、傷の男は静かにターフを見下ろしていた。

 そこにいる彼の治療の証とも言えるウマ娘の少女と、本来ならば存在できるはずのないウマ娘の姿を。

 まさに不可思議なその光景に彼はただ微笑み、そしてこれから起こるであろう未知のシナリオのことを考え楽しんでいた。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「わあ、やっと来た! 駄目だよ遅れちゃ」

 

「わーん、ごめんなさい、ブエナビスタお姉さま」

 

 スタートゲート前に慌てて移動すると、そこにはにこりと微笑んでくれている黒鹿毛のお姉さまの姿が。

 私がトレセン学園に入学して、最初に出会ったのが、このブエナビスタお姉さまだった。

 本当に素敵だった。

 まだここのことが良くわからなかった私は、初日に府中レース場で大勢の観客の声援に包まれながら一着をとったお姉さまを見た。

 本当に凄かった。

 とっても速くて可愛くて、そしてお茶目な人。

 見た人みんなを魅了してしまう、そんな人。

 私も一目で大好きになってしまった。

 いつかこの人と走りたい。

 この人と競い合いたい。

 そんなワクワクした感情のままに学園生活をスタートして、そして寮で再会して仰天した。

 同じ部屋でルームメイトだったから。

 そしてそこから私の夢への道行きが始まったの。

 

「日本一のウマ娘になる……その最初のレースだもんね。応援はしてるけど、私絶対手は抜かないから! 今日はお互い頑張ろうね!」

 

「はい! お姉さま!! 私も中途半端には走りません! 絶対全力です!!」

 

 そう言いあって握手。

 手袋越しにお姉さまの体温を感じて、思わずドギマギしてしまったけど、それも今だけ。

 レースが始まればもう後には引けない。

 とにかく全力をだすだけだもの。

 

「やあ……『アイドル』と『日本一』コンビか……。仲良く着順の相談でもしていたのかい?」

「そんなことしたって無駄ですよ。何しろこのレース、一番人気と二番人気の私たちがそのままワンツーフィニッシュになりますもの。せいぜい3着目指して頑張ってくださいね。もっとも、それだけの実力があればですけど」

 

「『ブルーファンタジー』ちゃん、『プリンセスコネクト』ちゃん……それはちょっと言いすぎ……」

 

 とても酷いことを言われて本当に頭に来たけど、お姉さまが私の前に出て二人へと文句を言おうとしてくれたからすぐに冷静になれた。

 だから私はお姉さまを制して何も言わないままに二人の前へ身を乗り出した。

 その様子に、二人の先輩は薄く笑う。

 

「なんだ、何か言い返すのかと期待していたんだけど、とんだ期待外れだったかな?」

「そうそう。身の程はわきまえた方が良いですよ? 特に日本一のウマ娘さんは、ご両親が『故障』と『病気』になられていましたものね。あまりご無理為されない方が良いのでは? ふふふ」

 

 そんなことを言う二人に、お姉さまがまた飛びかかろうとしたけど、私はその手をぎゅっと握って引き留める。

 そして手をつないだまま向きを変えてゲートへと向き直ってから少しだけ言った。

 

「先輩方……口が随分元気なご様子ですね。どうぞ頑張ってたくさん喋っててくださいね、私たちは頑張って走りますので」

 

「は?」

「え?」

 

 二人は強気な私の言葉に絶句してしまっている。

 それを見て、ああ、この人たちには大した信念は無いのだなと残念な感情が沸き上がった。

 だからではないけど、私は彼女たちに強い口調で言った。

 

「La victoire est à moi(調子に乗るな)」

 

 そのまま振り返らずにゲートへと向かう。

 隣ではブエナビスタお姉さまが呆気に取られた感じで私を見ていた。

 

「びっくりした。あんな怖い顔もできるんだね」

 

「だって、ゆるせなかったんですもの」

 

「え? なにが?」

 

「私とお母ちゃん達だけじゃなく、お姉さままで悪く言われて。そんなの絶対耐えられません!」

 

「もう……そんなこと言われたら……あなたのこともっと好きになっちゃうじゃない」

 

「私はお姉さまが大好きなんです!」

 

 本心を言ってしまってちょっと恥ずかしかった。

 でも、にこにこ微笑むお姉さまが本当に可愛くて、別に言ってもいいやって思えてしまったからしかたない。

 レースは別ですよ。宣言通り手加減なんてしませんからね。

 本気で行きますよ。

 

 お姉さまとつないだ手を離して、一度視線を向けてからゲートへと入った。

 そして前を向く。

 ここから先は真剣勝負。

 今まで努力してきた結果をここで描ききる。

 そして始めるんだ。誰も無しえなかった偉業を。

 私の大好きな二人のお母ちゃんのために。

 そして、私自身の為に……

 

 さあ、いよいよ……

 

 私の先に眩く広がる道。そこへと続くかのような目前のゲートが今……

 

 開かれた―――――

 

 

   ×   ×   ×

 

 

『さあ、レースが始まりました。最初に飛び出したのは、大外13番、『スペシャルスピカ』—————』

 

 

 

 

 

 






最後までありがとうございました。

後書きが少し長くなりそうですので、後ほど追加で投稿いたします。

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