トレーナーさんの口にした言葉が本当に分からなくて、スズカさんと顔を見合わせる。
というか、なんだかまた背筋がゾクゾクしたなって思ったら、ふと見たスズカさんが、無意識のうちに両手で私のペ〇スを撫でていた。
だ、だめ……くぅぅぅぅぅん……
「お前ら、ほれ、これを良く見ろ。ウマ娘たるもの、これくらいは知っておけ」
そう言って拡げたその厚めの本の開いたページには、何人かのウマ娘の写真と一緒にたくさんのウマ娘たちの名前。その見出しに『伝説の種牡ウマ娘』と書かれている。
歴史に残る名種牡ウマ娘として連ねられている、写真のウマ娘さんたちの名前はといえば……
『ディープインパクト』
『ブライアンズタイム』
『ノーザンテースト』
『ブラッシンググルーム』
『サンデーサイレン……』
そして、その下に数々の名前があるわけで、どうもそのウマ娘さんたちの子供や子孫であるらしい。中には知っている名前もありそうで一生懸命に探していたら、トレーナーさんが話し始めた。
「この本は少し前の物だから、今では更に伝説に残るような種牡ウマ娘も誕生しているけどな。いいかスぺ、スズカ、ウマ娘というのは強い親の遺伝子を受け継ぐことでその力を開花させると言われているんだ。長距離が強い。短距離が強い。勝負勘がある。末脚が伸びる。先行で逃げ切れる。大一番に強い。そういう、この本に載っているような、さまざまな要素を持って結果を残したウマ娘の遺伝子を、日本中のファームの人々のみならず、ファンの人たちもみんな待ち望んでいるんだ。そして、今やスぺやスズカもここに名を残す種牡ウマ娘に並ぶくらいに注目を浴び、そしてお前たちの遺伝子は、必ず次代で優秀なウマ娘を誕生させるはずなんだ。いいか? これは栄誉なことなんだ。どのウマ娘でもこれになれるわけではないんだ。お前たちの遺伝子は選ばれたんだから。だから……喜ぶことなんだよ」
力を込めて力説するトレーナーさん。
でも、正直私には今の話の殆どは良くわからなかった。
でもひとつだけ分かったこと。それは、最後の最後で、トレーナーさんが少し泣きそうになっているように見えたことだけ。
どうしてあんな顔をしたんだろう。
私が何も話せないでいるとなりで、スズカさんがわたしのペ〇スを撫でながら、凛として発言した。
「トレーナーさん。選ばれること、望まれることがとても名誉なことであることは良くわかりました。でも、私もスぺちゃんも、その種牡ウマ娘が何をするものなのかまったくわかりません。ただ……遺伝子を残すということは、ひょっとして赤ちゃんを……」
え? 赤ちゃん? 誰の?
新たな疑問が頭をぐるぐる回りだして、なんだか怖くなって私はトレーナーさんを見た。
そうしたらトレーナーさんは表情を無くした顔になって、言った。
「ああ、そういうことだ。種牡ウマ娘になった者は、牝ウマ娘のまま上がった成績の優秀なウマ娘たちへと……『種付け』をするんだ。要は妊娠させて、子供を作るということだ」
「え? 種付け? え? 子供? 作る? え? え?」
疑問のままにトレーナーさんの言葉を繰り返していた私の手とペ〇スをスズカさんがぎゅうっと握った。
「落ち着いてスぺちゃん。私も一緒にいるから大丈夫よ。最後までトレーナーさんの話を聞きましょう」
「スズカさん……、は、はい……」
気持ちを落ち着かせてトレーナーさんをと見れば、少し表情を柔らかくして口を開いた。
「種牡ウマ娘は選ばれたウマ娘にしかなることは出来ない。その選ばれた種牡ウマ娘の血によって、次の世代の力が決まると言っても過言ではない。だからスぺのようにペ〇スを獲得して選ばれた種牡ウマ娘はたくさん種付けをするんだ。だからこそ大事にされる。巨万の富も、栄光栄華も手に入る。ここに載っているウマ娘たちもそうやって歴史に名を刻んだ。スぺ……お前が目指すべきはここなんだ。ここに次に名を連ねるのはお前なんだ、スぺ」
淡々とそう話すトレーナーさんの話を全部聞く。
そうしている間も、スズカさんはずっとぎゅっと握り続けていてくれた。
私は身体が震え始めていた。
もうトレーナーさんの話がどういうことなのか、それも分かり始めていた。
種牡ウマ娘になる。
たくさん種付けをする。
子供を作る。
遺伝子を残す……
つまり、私のこのペ〇スは赤ちゃんをつくるための道具。そして多分、このたくさん出る白い液体は赤ちゃんの素……
私が種牡ウマ娘になって、たくさんのウマ娘さんたちと赤ちゃんをたくさん作る。
そして生まれたたくさんの子供たちが成長して、今の私たちの様にレースに出て活躍する。
そうして私は、たくさんの名ウマ娘の親として名前を残す。
さぁーっと血の気が引いて行くのを感じていた。
トレーナーさんは言った。
私もスズカさんも、種牡ウマ娘として期待されていると……
つまり、スズカさんも……
「と、トレーナーさん」
「なんだ、スぺ」
喉がからからに乾いている。
何を聞いても絶対に私にとって聞きたくないことを言われるに決まっている。
でも、聞かずにはいられなかった。
だって、私……
私はスズカさんのことが……
もう一度唾を飲んでから、乾ききった口で一生懸命に言葉を絞り出した。
「わ、私! す、スズカさんだけの種牡ウマ娘になりたいです」
スズカさんの顔は見れなかった。
でも、スズカさんがぎゅうっと私の手とペ〇スを握ったことだけは分かった。
私は真剣だった。
真剣にトレーナーさんを見た。
だって、私はそんな歴史に残る様になんかなりたくないんだもの。
もう何もできないのなら……もう走れないのなら、せめて……
せめて大好きな人とずっと一緒にいたいのだもの。
トレーナーさんは腕を組んだまままっすぐに私を見た。
そして言った。
「スズカの検査はもう終わっている。スズカは……種牡ウマ娘に……なる。これはもう決定事項だ」
その言葉の意味すること。
それが分かって、私は口を抑えた。嗚咽しそうだったから。
スズカさん……
スズカさん……
私の隣では……
スズカさんの頬にも涙の筋が走っていた。