『
動植物界ではたまにある、性転換の方式。
群れで暮らす魚などの中で、産まれた時は全てメスのままで、群れの中の一部が成長するに内に性別をオスへと変化させることで繁殖を行うタイプの生物のことをこう呼ぶのだそうです。
私たちウマ娘もこれに当たるということで、どの娘も生まれたときは
そこからの成長は、ほぼ人と同じなのだそうですけど、人で言うところの二次性徴の後期を迎えたのち、身体の成長のピークを迎えたタイミングで、一部のウマ娘の女性器が退化し、変わりに男性器が出現することがあり、これによって
この切り替えのタイミングともいえる性器の切り替わりの期間が非常に短く、もっとも速い場合は、僅か30分ほどで完了してしまうということで、遅くとも数時間から半日ほどだそうですから、私の様に朝起きて驚くウマ娘さんは多いとのこと。
いずれにしても、この切り替わりのタイミングは、学校を卒業してからがほとんどで、私の様に在学中で、しかもかなり早い時期での切り替わりは本当に稀ということで、授業でもまだきちんと習っていませんでした。
ともかく、ここで一番重要なこと……
それは、私が競走ウマ娘として『上がる』ということ。
つまり、私の『登録抹消』。
もうレースに出ることは出来なくなる。
私は……
もう走れない……
× × ×
トレーナーさんと話した後、私とスズカさんはずっとこのウマ娘の『雌性先熟』について調べていた。
色々探して、色々読んで、色々調べて、それで本当に私は自分が走れないのだということを実感した。
それを感じた時、ただただ涙が溢れた。
隣でスズカさんも何も言わずに泣いていた。
泣いて、何も声を漏らさないままで、二人でぎゅっと手を繋いで泣いた。
ただ、そうするしか出来なかったから。
夕方、トレーナーさんが持って来てくれた牡ウマ娘用のサポーターに私は足を通した。
この数時間、ずっと調べ物をしていたせいか、私のペ〇スもすっかり落ち着いて、今はそのサポーターの中にしっかりと納まっている。
穿いてみて思ったのは、生地がしっかりしていてきちんと包んでくれているので、擦れたり暴れたりしないせいか、ペ〇スの存在自体がそんなに気にならなくなったということ。
このままなら全力で走れそうだったし、実際走れるのだろうけど、でも、もう選手として走ることが出来ないんだということを思い出してしまって、そのことでまた泣いた。
スズカさんと二人で手を繋いで寮へと向かう。
私達の間に会話はなかったけど、ただスズカさんの手の感触が本当に私のことを気遣ってくれているのだと教えてくれていた。
だから私は無理にでも笑顔を作った。
「今日は付き合って頂いて、ありがとうございました。ほんと、一人だったらどうなるかと思いましたよぉ、あはは」
「スぺちゃん……」
暗くうち沈んだスズカさんに向かって無理に笑ったんだけど、スズカさんはさっきよりも悲しそうな辛そうな顔になってしまった。
でも、こうでもしていなくちゃ、私も耐えられそうにないし。
「あの……私、スピカに入って、スズカさんと走れて、もう後悔は全然ありません。だから、トレーナーさんの言う通り、種ウマ娘の日本一を目指してみようと思います。本当に、今までお世話になりました」
スズカさんは私の手を握る強さを強めた。
それは、何かを訴えかけるかのような力強さ。
暫くして、彼女は言った。
「まだ……終わってないわよ? もう少し……一緒にいられるわ」
「いいえ、もう終わりですよ。もう終わっちゃいましたよ。私はもう……スピカのメンバーじゃないですもん」
「…………」
スズカさんは何も言わない。
ただ強く強く私の手を握るだけだった。
そうしながら寮へととぼとぼと歩いた。
今日、トレーナーさんはスピカのみんなへと私のことを告げると言った。
ひょっとしたら、みんなはもうこのことを知っているのかもしれない。
でも、もうどうしようもないもの。
このまま、これを受け容れて、次に進むしか……
これから先のことを考えれば、もう恐怖しかない。
今までとは違う環境で、私はこれから種ウマ娘として生きていかなくてはならない。
それがどういうことなのか、まだ良く分かっていないけど、少なくとも別れなければならないことだけは知っていた。
そう、みんなと……
そして、スズカさんと……
ひょっとしたら、もうこれで本当に最後かもしれない。そう思いながら力を込めてスズカさんと手を繋いだ。
「…………」
「え? なんですか?」
そのとき……微かにスズカさんの声が聞き取れた。
私は慌ててスズカさんを見た。
そこには、今まで見たことがないくらい真剣な目つきで私を見つめるスズカさんの顔が。
私は、その真っすぐな瞳に、心が苦しくなって思わず目をそらした。
でもその時はっきり聞こえたの。
私の耳にはその言葉がはっきりと焼き付いてしまったのだから。
先に立って私の手をひいたスズカさんは、無言のままでわたしを引っ張る様にして部屋へと向かい、そして、その夜もまた二人で抱き合って眠った。
私はただ、苦しくて切なくて悲しい、そんな思いを抱きながらスズカさんに寄り添った。
そして眠りにつく前、さっきスズカさんが口にした言葉を思い出して何度も頭の中で反芻した。
その文言がまるで福音の様で、一刻でも私の心は楽になれたから……
『絶対に私は諦めない』
スズカさん……
その小さいけど力強い声を思い出すたびに、私の心は震えた。
暖かで安らかな思いを胸に私は眠る。
翌日……
私の選手登録は、正式に抹消された。