種ウマ娘   作:こもれび

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第七話 サヨウナラ

 私の登録抹消の話はあっという間に学園中を駆け巡った。

 そして、それと時をほぼ同じくして、日本中からの私への種付けオファーが舞い込んできた。

 学園在学中に、性転換してペ〇スを獲得したということ自体が非常に珍しかったことで、生徒の多くは意味も良く分からないままに、私へと近寄ってきて賞賛した。

 『上がる』ということが、昨年引退した、シンボリルドルフ会長さんやオグリ先輩たちと同じであって、そんな先輩たちと並んだということが羨望の眼差しになるということみたい。

 

 ただ、そんな大勢とは別に、やっぱりこの娘たちは心配してくれた。

 

「Hay! スぺちゃん! 元気出してネー」

「もうスぺちゃんと走れないなんて、寂しすぎるよぉー。でもわたしぃ、スぺちゃんの分まで頑張って走っちゃうから」

「スぺちゃん……困ったことあったら何でも言ってね。私、絶対力になるから! 私たちずっとお友達だからね!」

 

「エルちゃん……セイちゃん……グラスちゃん……みんな……ありがとう」

 

 クラスに退園の挨拶に行ったとき、この三人だけは私の気持ちを分かってくれたんだと思う。

 一緒に走って、鍛えて、戦った親友で、一番のライバルたち。

 そんなみんなともう走れないということが、本当に切なかった。

 

「よぉスぺぇ! そんな辛気臭い顔すんなって! これから繁殖ファームでがっぽがっぽ稼ぎまくりだろ? そんで大豪邸に住んで自由気ままに好き放題でぇ、いいなぁ、わたしも早く上がって種牡ウマ娘になりたいなー」

 

 ゴールドシップさん……

 

「ちょっとゴールドシップ! なんて無神経なことを言いますの!? 酷すぎますわ!! スペシャルウィークさん。繁殖牡馬に選ばれることはとても光栄なことですの。ダイワ家、サクラ家などと並んで、我がメジロ家にも、多くの優秀なウマ娘たちの血が注がれ続け、誇りある一族を繁栄させてきましたのよ。ワタクシはあなたのこれからのご活躍を期待していますわ」

 

 マックィーンさん……

 

「でもでもでもぉ、スぺちゃんがいなくなるのは、ボクはやっぱり寂しいよぉ。あ、繁殖ファームには会長もいるみたいだし、今度絶対遊びにいくからね! 元気でなかったら、一緒に踊った振り付けで気を紛らわせてね」

 

 テイオーさん……

 

「スぺ先輩がいなくなったら、あたし悲しすぎるよ。ふぇええん」

「なに泣いてんだよスカーレット。お前が泣いてどうすんだよ。ふぇええん」

 

 スカーレットさん、ウォッカさん……

 

「スペシャルウィーク先輩! 先輩は私の目標です。私、先輩の分まで頑張りますから、どうか応援してください!」

「あ~、キタサンと無理せず頑張って優勝しま~す。あはは」

 

 キタサンちゃん、アーモンドちゃん。

 

 スピカでの最後のお別れ。

 みんなに抱えきれないくらいたくさんの花束を貰って、それを手にしてスピカを出た。

 それから小屋を振り返った。

 いろいろなことがあった。

 たくさんのことを経験した。

 ここに来て初めて私は本気で走ることを知った。

 そんないろいろなことを、一緒に分かち合いたい人はここには来ていなかった。

 トレーナーさんは多分私の種牡ウマ娘入りの件で駆けまわっているということみたい。

 スズカさんは……

 みんなもスズカさんの姿を見ていなくて、今どこで何をしているのかは分からないとのことだった。

 でも、私にはわかっている。

 きっと今、スズカさんは戦っているんだ。

 それがなんなのかまでは想像もつかないけど、きっと彼女は何かに足掻いている。

 そう思うと、心が凄く苦しかった。

 スズカさん……

  

 胸をきつくきつく押さえながら、私はその場を後にした。

 

 そして向かった学園の入り口には、大きな黒塗りのリムジンが待ち構えていて、タキシード姿の年配の運転手さんが出迎えてくれた。

 

「スペシャルウィーク様でございますね。繁殖ファームよりお迎えに上がりました。私が貴方様専属の運転手を務めさせていただきます。どうぞ、じいやとでもお呼びください」

 

「じいや……さん? ですか?」

 

「ええ、ええ。結構でございます、スペシャルウィークお嬢様。あ、私は、お嬢様とお呼びさせていただきますね」

 

「そ、そんな、お嬢様だなんて。わ、私ただの田舎ウマ娘ですし」

 

「いえいえ何を仰られますかお嬢様。お嬢様は今や日本中が注目する稀代の星でございます。もっと自信をお持ちくだされ。ささ、どうぞこちらへ。これからお嬢様の新しいお屋敷へとご案内したのちに、繁殖ファームへとご案内いたしますので」

 

「は、はあ」

 

 じいやさんが後部座席のドアを開けてくれた。

 ここに乗るということなのかな?

 私は一度振り返った。

 そこには、遠巻きに私を見送る大勢の学園生徒の姿。

 『がんばれ!スペシャルウィーク!』と書かれた巨大な横断幕を手にしたスピカのみんなや、少し涙ぐんでいるエルちゃんたち。それにリギルのメンバーの人たちやリギルのトレーナーさんの姿もあった。

 私はそんなみんなに向かって大きく頭を下げた。

 

『本当にお世話になりました。サヨウナラ』

 

 ただそれだけを胸の内で呟いて、私は車へと乗り込んだ。




じいやのCVはチョーさんで。

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