トレセン学園を出た私を乗せた高級車は、高速道路にすぐに上ると、そのまま都心方面へ。
電車での移動は何度かしたことがあったけど、車に乗って東京の中心を走るのは初めてで、迫るビル群に圧倒されっぱなしだった。
この驚きをスズカさんと共有できたら……
今はそんなこと出来はしないことを重々承知の上で、窓に手を当てながらそんなことを夢想していた。
やがて車は高層ビルの多い首都高を抜けて、茨城方面の常磐道へ。
車道沿いの民家の向こうには木々も多くなってきて、ここがそれほど都会でないことだけは分かった。
私はここにきて運転手さんのじいやさんに聞いてみた。
「あの……じいやさん。お聞きしても良いですか?」
「はい、どうぞ、スペシャルウィークお嬢様、なんなりと」
「えと……その……それ呼ぶの長いと思うので、呼び捨てでお願いします」
「はい、承りました、お嬢様」
「うう……」
だからお嬢様って呼んでほしくないのになぁ、は、恥ずかしい。
顔を押さえて思わず蹲った私に、じいやさんの声。
「どうかなさいましたか、お嬢様。どこかお加減でも悪くされましたか?」
「え? い、いえ、そうではなくて……そうそう、聞きたいことがあったんです。あの、今どこに向かっているのですか?」
じいやさんはにこにこしたまま車のルームミラー越しに答えた。
「はい、今向かっておりますのは、『良馬繁殖センター』のある『美浦』でございます」
「美浦? えっと、それって、何県ですか?」
「はい、茨城県でございますね。もうしばらくでございますよ」
茨城県……
関東の地図はなんとなく頭に入っているけど、確か東京の東の方だったかな?
そういえば、トレセン学園の前身のセンターが茨城県にあったって聞いた気がする。ひょっとしたらそこに向かっているのかな?
「あの……」
「はいお嬢様?」
もう……
ほんと恥ずかしい。
私はいろいろ諦めて、じいやさんへと聞いた。
「その良馬繁殖センターについてお聞きしたいのですけど、どういったことをする施設なんですか?」
私のその質問に、じいやさんは頭をぽりぽりと掻きながら笑った。
え? 私笑われるようなこと言ったかな?
しばらくすると、じいやさんは申し訳なさそうにミラー越しに頭を下げた。
「大変失礼いたしました、お嬢様。そのようなご質問を頂戴するとは微塵も思っておりませんでしたもので。ええと、繁殖センターで為さることについてでございましたね」
「はい」
私が頷くとじいやさんは申し訳なさそうに首を横に振った。
「大変申し訳ございません。その御質問には、このようなしょぼくれたこ汚いじじいが説明することは非常に憚られます。センターに着きましたならば、そこの身持ちも気立ても良い美人の職員が懇切丁寧に説明することと思いますので、どうかそれまでお待ちください。そうですね……。非常に……やりがいのあるお仕事が待っていると、そう思っておられれば良いと存じますよ」
「はぁ」
じいやさんの説明は要領を得なかったけど、私が種付けをするということはもう分かっていることだから、それについて具体的に聞きたかっただけだったんだけど……
まあ、着いたらわかるってことで良いんだよね。
種付けって、ほんと何をどうするんだろう……?
私の悩みは何も解決されないまま、車はどんどん進む。
そして、高速を降りると、綺麗に植林の整えられた庭園のような広大な森の中の道へと入る。
木々の合間に立ち並ぶ豪華で大きな洋館の数々が立ち並び、その華麗さに目を奪われていると、その更に向こうに大きな湖と……
その湖に浮かぶように屹立する白亜のお城が。
あれ?
モンサンミッシェルって、茨城県だっけ?
美浦TCは滅茶苦茶広いですけど、この繁殖センターはさらに広くて、どうやら霞ケ浦の半分くらいは敷地らしいです。