肉片が宙を舞い、太刀が床へと落ちて音を立てる。
ウォルターはグール達がいた方向、先の焼夷榴弾の着弾点を一瞥すると、
「何が目的だ? 後ろで誰が糸を引いている?」
片腕を失った男に問うた。
男は息を荒げ、自身の右腕を見る。
そこに肘から先は無い。苦笑する男に、ウォルターは続けた。
「そのザマで戦えるとは思うまい。もう一度たずねる。お前達は一体何者だ?」
言葉と同時に持ち上げられたウォルターの指先から鋼糸が舞って、男の眼前で煌く。しかし、そんな威嚇を見るまでもなく、男の眼窩からは熱が失せていた。自身がウォルターに敵うべくも無い事を、既に男は悟っている。そこへ、
「ウォルターさん!! だ、大丈夫ですかッ!?」
とセラスがウォルターに駆け寄り、ハルコンネンの砲口を男に向ける。
「ええ、しかし、いやはや昔のようにはいきませんなァ」
と答えるウォルターの口調は平時の好々爺のものに変わっていたが、男の所作に目を配るその眼光は死神と呼ばれたそれである。
ウォルターは再び訊ねた。
「お前達はいったい何者だ? 誰の差し金で動いている? 答えろ。でなくば、次は左手だ」
ウォルターの目に危険な光が宿る。と、同時に男は苦笑し、
「目的は、英国国境騎士団と円卓会議への攻撃」
随分とあっさり、口を割った。
それは、ウォルターにとって予想外の物だったに違いない。彼は怪訝な顔で言った。
「随分と、口が軽いな」
男は逆に笑みを深くすると、壁際に寄り、背を壁に預ける。
今も血は流れ続け、男は脂汗を浮かべている。息も荒い。しかし、その目には恐怖は無い。真っ直ぐに、ウォルターを見つめ、
「ククッ、同じ事だからだ。我々の目的は、英国国境騎士団と円卓会議への攻撃。そして――」
男は笑う。
「吸血鬼アーカードの完全破壊、だ」
「「なッ!?」」
セラスとウォルターの声が重なる。それ程に、彼等にとって敵の目的がアーカードだったというのは予想外だったに違いない。
「ククッ、アレには勝てんよ。あの男には勝てん。アーカードも、お前もだ。だから、皆死ぬ。みなだ。誰も――」
その時、男の言葉を、絶叫が遮った。
咄嗟に、セラスとウォルターの視線が絶叫の聞こえた方向、廊下の奥へと向けられる。
先ず、目に入るはハルコンネンの砲撃によって瓦解した天井と、四散したグール達の肉片。そして、その奥に、絶叫の主がいた。血走った目と伸びた牙、血管の浮き上がった恐るべき形相の青白い顔。
「な、なんという事を……」
ウォルターが呆然と呟く。
そこにいたのは見知った姿格好のグールであった。
グール達は見慣れた警備員の格好をしていた。それは先程まで、ヘルシング機関の警備兵だった者達である。それがグールとして牙を剥いたのだ。
それも一人や二人ではない。数十の仲間だった者達がグールとなってにじり寄ってきているのだ。
それにウォルターが気を取られた瞬間、
「剣に生き、負けて死ぬ、か。フン、最後といこう……」
壁に背を預けていた男が不意に動いた。
男はウォルター達に向かって疾駆しつつ、床に落ちた太刀を拾い上げる。ウォルターは咄嗟に反応し、その腕が翻ろうとして、止まる。
「うわ、きゃ!!」
男は肩からセラスに突進すると、その身体をウォルターへと重なるように突き飛ばしたのだ。グールに気を取られていたセラスが男に反応出来るはずも無く、勢いのままにウォルターへと倒れ込む。
その瞬間に、男は彼等の横を抜け、円卓会議場へと迫った。
「させん!!」
その時である。疾駆していた男の身体が止まった。
その左腕には幾重にも鋼糸が絡み付いている。自らに倒れ込むセラスを抱きとめつつも、ウォルターは男が自らの横を抜ける一瞬に、鋼糸でその腕を絡め取っていたのである。
ウォルターが鋼糸を引く。
「ッ、――!!」
男は何も言わなかった。
否、何も言えなかった。
ただ、黙って首を傾げたのである。
その瞬間、引かれていた鋼糸は主人の元へと弧を描いた。絡み付いた腕を連れて、だ。男の口には太刀が銜えられていた。その太刀で自らの腕を切り落とす事で、ウォルターの鋼糸から逃れたのである。
「なんだとッ!?」
「う、うわッ!!」
ウォルターとセラスの声が重なる。
自ら腕を切り落として逃れた敵への驚愕と、直ぐ傍に迫ったグール達への悲鳴であった。
そして、男は円卓会議場へと辿り着き、その扉へと手を掛ける。
†††
地下階、廊下。
ルーク・バレンタインの目が武器を抜いたと同時に妖しく輝く。
ルークとアーカード、互いに二十メートル余の距離を開いて向かい合った彼等はあまりに対照的だった。武器を手にし、凄まじい殺気を放つルーク・バレンタインに対して、アーカードは椅子に座ったままの姿勢でそれを愉快そうに眺めている。
ルーク・バレンタインはアーカードに拳銃を向け、
「私も待っていた。私もこの時を待っていた。あのアーカードとの対決を待っていた。今確かめるとしよう――」
笑うと同時に、
「私の能力を」
その姿が掻き消えた。
その瞬間、コマ落としの如く距離を詰める過程が消え、ただ煌きが瞬いた。
同時にアーカードが仰け反る。その咽は真一文字に裂けていた。
そして、仰け反ったアーカードはその視線の先に、再びルーク・バレンタインの姿を見て取ったのである。
最早それは、誰が見た所でアーカードの首が勝手に裂けたとしか思えまい。
それ程の速さでルークは交差の一瞬に片手のナイフでアーカードの首を裂き、彼の背後に回り込んだのである。
仰け反ったアーカードがルークの姿を認めた時には、ルークの握った拳銃がアーカードの額に押し当てられていた。
アーカードが咄嗟に懐に手を伸ばし、同時に身を翻すべくその身体が捻られる。しかし、最早銃を引き抜く暇すら無い。
直後、轟音が響き、ルークが撃った弾丸がアーカードの額に突き刺さる。
と同時に、ルークの身体がくの字に曲がって後方に倒れた。
アーカードは拳銃を抜く事すら出来ず、響いた銃声は確かに一発。しかし、確かにアーカードは撃っていた。ルークの銃が火を吹く瞬間、アーカードは、銃を懐に入れたまま身を捻り、懐の中で銃身を後方のルークに合わせる事で、自らのコートと椅子の背ごと、見事ルークを撃ち抜いてのけたのである。
銃声が重なり、火花がコートに隠れた事で、椅子の背を抜けた銃弾を察知する術は無く、先程弾丸にも劣らぬ高速移動を見せたルーク・バレンタインといえど避ける事は不可能であった。
結果、額を撃ち抜かれたアーカードは肘掛に寄りかかる形で頭を垂れ、ルークは腹を撃ち抜かれて仰向けに倒れた。
両者死亡、とこれが常人同士の戦闘ならば相成ったであろうが、奇しくもこれは互いに人知を超えた吸血鬼同士の戦闘である。
「「く、ックク……、クハッ、クハハハハハハハハハハ!!」」
互いが堪え切れぬと笑いを洩らし、互いに撃ち合うべく構える。
アーカードが銃を懐から抜いた瞬間、その腕に弾丸が撃ち込まれ、あらぬ方向へと跳ね上がる。即座に次弾が右目を捉え、眼球は飛び散りアーカードは仰け反った。
しかし、その時には跳ね上がっていた腕は真っ直ぐにルークの倒れていた位置に向けられている。
轟音が響き、アーカードは向き直ると、先程ルークが倒れていた場所ではなく、その先、真っ直ぐに廊下の奥を見つめた。
そこにルーク・バレンタインは立っていた。確かに仰向けに倒れていた敵手の、そのあり得ぬ移動に、アーカードは口笛を鳴らす。
「早いな。そして、速い」
「私を今までの即席共と思ってもらっては困るな。貴様達の持つ能力全てを私はそなえている――」
アーカードの撃った弾丸を難なく避け、ルーク・バレンタインは笑った。
「否、それ以上の能力を、だ」
その言葉を受け、アーカードは笑いながら手にした銃を背後に放り、傍らの机の上に置かれた木箱を手に取った。そこには以前ウォルターに届けられた新型拳銃「ジャッカル」が入っている。
「楽しい。楽しいぞ!! こんなに楽しいのは久しぶりだ……。貴様を、貴様を分類A以上の吸血鬼と認識する!!」
アーカードはジャッカルを手に取り、椅子から立ち上がる。
「拘束制御術式第一号、第二号、第三号、解放。状況A、「クロムウェル」発動による承認認識。眼前敵の完全沈黙までの間、能力使用限定解除開始」
言葉と共に、アーカードの身体が不気味に蠢く。
戦闘開始からようやく、ここに来て初めてアーカードの言葉に、殺意が乗った。それを受けて、ルーク・バレンタインは笑みを消し、ナイフを腰に戻して両手に拳銃を構え、
「ようやく、か。ならば、私も私の本当の速さを見せよう。これで、私はお前を超える第一号となる」
両腕を下げたまま、腰を落とす。
「瞬く間に死ね」
対するアーカードは左手の甲を前に、右手は掌を前に突き出す形で構えた。
それと同時に、左手の甲に描かれた魔方陣の隣で、先ほど吹き飛ばされた筈の右目が爛と輝く。
「では、教育してやろう。本当の吸血鬼の闘争というものを」
†††
時を少し遡り、一階食堂。
そこも二階使用人室と同じく孤立した状態であった。
襲撃を受け、女中達が連れ立って逃げ込んだは良いが、外はグールが徘徊している為、逃げるに逃げれず、入り口と窓をバリケードで塞ぎ、皆で身を寄せ合い、誰もが身を竦めて泣きじゃくっている。
邸宅入り口での殺戮が繰り広げられた後、ルークと白髪の少年以外の戦力は一階を素通りして二階に向かった為、一階からは然したる戦闘音は聞こえてこない。
その代わりに、二階の様相を雄弁に物語る天井から引っ切り無しに響く銃声が、彼等の身を竦ませていた。この一階食堂は二階使用人室の真下にある為、特にそれが激しい。
尤も、それは一階から戦闘音がしない理由を、彼等が戦闘が行なわれていないと思っているが故である。しかし、実際問題としてルーク達と警備員達がぶつかり合わぬ筈が無かった。ただ、それが戦闘になり得なかっただけである。
それは、ただの殺戮であった。
結果が、至る所にある四肢を断たれた惨殺死体と石像である。
惨殺死体を作り出したルークは地下へ、そして、
「ここで最後だ。皆、眠っていてもらうよ」
言葉と同時に入り口に積まれたバリケードが弾き飛ばされ瓦解する。開けられた扉の先に、白髪の少年の姿があった。
宙を舞った机が落下し、大きな音を上げて壊れ、同時に女中達の悲鳴が上がる。
一方で、扉を開けた相手を見た者は皆、悲鳴を上げるようとも、逃げようともしなかった。眼前の少年の年恰好を見て、今も頭上で響く銃声や外を徘徊する化物と結び付けるのは難しい。まして、外に徘徊するグール達を率いる立場とはとても信じられるものではない。
ただ、それも一瞬。
少年が何事か呟きながら、女中の一人へと近寄った。
と同時に、少年から立ち昇った灰色の煙が女中の身体に触れたかと見えると、女中の身体が見る間に変色したのである。すぐさま変色部位は全身に拡がり、彼女は倒れて重々しい音を立てた。
見よ、それは正に一階に並べられた石像達の姿である。
石化。
文字通り、対象を石と化す高等魔術。
この少年がその使い手であるなどと、誰に想像出来ようか。
ただ、その場の誰もが倒れた女性を目にし、狂乱の体に陥っただけである。
少年が傍らで絶叫する女中へと近付き、その場に座り込む女中の顔へと手を伸ばす。
その時、すっと現れた小さな腕が、少年の腕を取った。
少年がその異常事態に目を瞠る。それも当然であった。
その腕は己の、少年の影から突き出ているのだ。また、その腕力は凄まじく、少年の腕はびくとも動かぬ。それどころか、影から伸びた腕がぐいと引かれ、少年はその力に引き摺られて体勢を崩した。
と同時に、少年の影が歪み、もう一本の腕が現れる。
体勢の崩れた少年の胴へと突き出された掌底は、少年の身体を軽々と中空へと押し上げた。衝撃に木の葉の様に宙を舞った少年は、その勢いのままに背中から天井へと激突する。
「随分、暴れてくれたじゃないか、若造」
影から這い出でた綺麗な金髪がぱっと広がる。
人形の様に整った容姿と、人形の様な小さな体躯。
影より現れたのは吸血鬼、エヴァンジェリン・AK・マクダウェルその人であった。
「影を使った転移魔法……、エヴァンジェリン・AK・マクダウェル。『人形遣い』か……」
少年が言葉と共に天井を片手で叩く。
それと同時に、天井に変化が起こった。天井が波打ったかと見えると、少年が叩いた部分がエヴァンジェリンへと向かって恐るべき速さで尖って伸びたのである。 正しく、それは石の槍であった。その切っ先を、
「バァカめ」
エヴァンジェリンの撃ち出された氷塊が打ち砕く。
撃ちだされた氷塊と石柱は互いに砕け、互いに潰れながら拮抗する。
互いに怪物。しかし、凄絶な、この恐るべき魔法使い二人による魔法の撃ち合いの顛末は、意外な形で、幕切れとなった。
突如、轟音と共に天井に真っ二つに亀裂が入ったかと見えた瞬間、天井が裂け、 その奥から真っ黒な切っ先が降ってきたのである。咄嗟に少年は切っ先を避け、壁際へと跳んだ。同時に繰り手を失った石柱は力を失い、氷塊に押される形で天井へと迫る。
切っ先が奔った。切っ先は天井を裂いた勢いのまま石柱と氷塊をも一刀両断し、 その一刀の主は食堂の中心へと舞い降りる。
それは、アベル・ナイトロードその人であったが、その風体はあまりにも常日頃の彼とはかけ離れていた。
大鎌を担ぎ、血に濡れ、逆立った銀髪の下で鮮血の色に光る目を輝かせたその姿は正に血を吸う鬼のそれである。