吸血戦線   作:焼肉大将軍

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 一方、中庭。

 轟音と共に、土埃が舞った。

 その先に、信じ難い光景がある。

 木々は折れ、石畳は砕け、傍らの壁は半壊し、幾つもの陥没がある。中庭の景色は既に変わってしまっていた。一歩踏み込む度、軸足が地を砕き、空を切った拳が辺りを抉り取る。

 吸血鬼ケイン・ウォーロックとその敵手ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。組み合った状態から互いに飛び退き、十メートル程間合いを離して、彼等は睨み合った。

 しかし、拮抗が唐突なら、その崩壊も一瞬。

 言葉も無く、ヘルマンの拳が唸りを上げ、瞬きの間に、拳が飛ぶ。

 その拳は文字通り飛ぶのだ。正確には、ヘルマンの拳の振りと連動し、撃ち出された衝撃波である。コンクリートの石畳が衝撃に軽々と引き剥がされて空を舞い、衝撃波はその勢いのままケインへと襲い掛かる。

 反応したケインが防御姿勢を取ったと同時に、衝撃波は彼とその背後にあった庭木を呑み込んだ。衝撃の炸裂と同時に、轟と一陣の風となって辺りを叩く。当然、その風はヘルマンへも届いた。別の物を引き連れて。

 それは濃厚な霧だった。

 溶けた金属の様に重く、野生の獣の如く躍動的なそれは、一瞬でヘルマンへと絡み付き、その視界と動きを奪った。

 次の瞬間、空を裂いて飛来した血の散弾が次々とヘルマンへ叩きつけられ、彼が大きく仰け反った時には、ケインは接近を終えている。

 軸足が石畳を踏み割って陥没し、放たれた砲弾の如き崩拳が、ヘルマンの腹へと突き刺さる。衝撃にヘルマンの身体が宙を舞い、十メートルの距離を飛んで、庭木をへし折りながら木立へと突っ込み、土埃を舞い上げる。

 『魔女の霧』からの力場思念を込めた血の散弾と崩拳。

 しかし、その必殺の連撃をもってしても、この凄まじき敵手を仕留めえなかった事を、崩拳を放った姿勢のまま表情を崩さぬケインの姿が語っている。彼はヘルマンを警戒しつつ、片目でヘルシング邸、それから自身の右腕を一瞥した。

 ケインの右手の指先から血が滴った。

 先の衝撃波は彼の力場思念を貫き、受け止めた右腕にも手傷を与えていたのである。しかし、ケインがヘルマンを仕留めていないと断じた理由はそれだけではない。単純にこの敵手には打拳の際の手応えが無いのだ。

 ケインの打拳は殴る、蹴ると同時に、相手の体内に思念力場を叩き込む体術にして魔術でもある強烈な一撃である。また、撃ち込まれた思念力場が血流を乱し、絶つ為に、吸血鬼の再生能力をも無効化する。

 その思念力場を撃ち込んだ際の、血流を乱し、断つ手応えが、この敵手からはまるで感じられないのだ。

 枝木の折れる音がした。

 立ち上がったヘルマンが土埃の奥から顔を出し、石畳の上まで歩くと、自らのスーツの汚れを払う。そのどこか嬉しそうな彼を見て、ケインは言った。

 

「お前は人間でも、吸血鬼でも無いようだな。フン、一体、何が目的だ?」

「ん? ふふ、決まっているだろう。ヘルシング機関への奇襲、円卓会議の壊滅だよ。もっとも、私に課せられた本来の任務はその先だがね。さて、もうお喋りは良いかね? 男なら……」

 

 ヘルマンが構え、

 

「拳で語りたまえ」

 

 直後に衝撃波が迫る。それを横に跳ぶ形で避けたケインは、

 

「断る」

 

 と応じて、片手をヘルマンへと向けた。

 同時に、砕かれた石畳や木片が宙を舞う。それらは一瞬、ヘルマンの視界を遮り、ケインの姿を隠した。その一瞬に、ケインは『魔女の霧』を放つ。

 ヘルマンの左側面から追い込む形で拡散したそれに、ヘルマンは自然飛び退く形で霧から距離を取った。

 

「詰みだ」

 

 ヘルマンが飛び退いた先は、ケインの思念力場によって宙を舞っている瓦礫の山に囲まれた、瓦礫の密林であった。視界の半分を魔女の霧が覆い、残りを巻き上げた瓦礫で覆う。

 即座にケインは、これによって出来た死角をなぞって疾駆する。

 

「ふむ、受けてたとう」

 

 ヘルマンが言葉と共に笑い、

 

「デーモニッシェア・シュラーク!!」

 

 先の一撃を遥かに超える衝撃波が、彼へと迫る『魔女の霧』を振り払った。

 と同時に、霧の反対側、瓦礫の陰から自らの側面へと抜けるケインの影を視界の端で捉える。

 即座にヘルマンはケインを捉えるべく反転し、同時にその視界が閉じた。狙いすましたかのように、彼の眼前に飛来した石畳が迫っていたのである。ヘルマンの視界、ひいてはその動きを止めるべくケインの思念力場によって放られた物であった。

 結果、ヘルマンの視界からケインの姿の殆どが隠れる。

 その瞬間に、ケインは右手に力を込める。否、右手の先、虚空にだ。

 打撃が通用しないなら、より強力な技にて圧殺する。

 イメージは砲弾。思念力場を一点に集中、と共に固定された思念力場に巻き込まれた大気が圧縮され、屈折層となって力場の砲弾を浮かび上がらせる。

 ヘルマンが衝撃波を撃とうとすればその隙を突き、視界を確保しようと動けばその隙を突く。魔女の霧を振り払わなければ、そのまま視界を封じてこれを討つ。

 死角を疾駆するケインに気付かねばこれを討ち、気付けども、反転した動作の隙にこれを討つ。また、視界を封じた状況で思念力場の砲弾が回避出来るはずも無い。

 ケインの脳裏には勝利の確信があった。

 その時、閃光がヘルマンの眼前の石畳を貫いて奔った。

 光はそのまま、ケインへと突き刺さる。

 そのままケインは跳ね飛ばされ、背中からヘルシング邸を囲む石壁へと叩き付けられると、それを破砕してやっと止まった。衝撃に肋骨がへし折れ、口腔から吹き出た血がぱっと辺りに舞った。

 

「クッ、ば……馬鹿な……」

 

 呻きながらも、ケインが驚愕と衝撃に身体を震わせ、ヘルマンの方を見た。

 そこに信じられぬ物がある。ヘルマンの笑い声が辺りに響いた。

 

「はっはっは、驚いてもらえたかな。いやぁ、今時、ワシが悪魔じゃーと出て行っても、若い者には笑われたりしてしまうからねぇ。

 君は私の正体を聞いていたね? これで分かったかな?」

 

 ヘルマンの口の端から煙が昇っている。

 その顔は先程までの人間の物では無かった。球形の頭部を二つに裂く巨大な顎、肉食獣の如く前方に寄った目、側頭部にある巨大な捩れた角。否、それはこの世の物ではなかった。

 

「今回の任務の為召喚された、爵位級の上位悪魔、それが私だ」

 

 言葉の直後に、ヘルマンの羽織っていたローブが突如風に靡いたかと見えると、漆黒の羽へとその姿を変えた。それが一度、二度と羽ばたくとその度に、ヘルマンの身体が空中へと持ち上がる。ヘルマンはそのまま、

 

「では、さらばだ。中々に楽しかったよ」

 

 ヘルシング邸へと向かう。

 

「ま、待て……」

 

 それを追おうと立ち上がったケインに、

 

「元気があってよろしい……が、じっとしているのが賢明だと思うがね」

 

 と空中を舞う悪魔が笑い、指を鳴らした。と同時に、ケインの足元に、すっと三つ水溜りが現れ、波紋を作りながら盛り上がり始めた。

 見る間にそれはケインの胸の高さまで盛り上がり、人の、女性の姿を形作る。そうこうしている内に、ヘルマンはヘルシング邸の屋上に舞い降りると、建物の陰に消えてしまう。

 

「糞、小細工を!!」

 

 ケインは拳を握り締めて、目の前の三体の水妖へと向き直った。

 

 

  †††

 

 

 地下階、廊下。

 アーカードの右目が再生し、妖しく瞬いた瞬間に、戦闘の火蓋は切って落とされた。正にアーカードとルーク・バレンタイン、互いの全てを賭けた、決死の一瞬である。

 

「では、教育してやろう。本当の吸血鬼の闘争というものを」

 

 アーカードが一歩踏み出そうとし、眼前に突き付けられた銃口がその動きを止める。確かにアーカードと距離を取って互いに相対していたルークが、次の瞬間にはアーカードの眼前に銃口を突き付けていたのだ。

 コマ落としの如く、ルークの動きだけがそこには無い。

 轟音と共に銃弾がアーカードの右目を貫いて後頭部から抜けた。と、見る間に、アーカードの背後に立ったルークがアーカードの背に銃口を突き付けている。

 引き金が引かれ、背を抜けて腹から弾丸が飛び出た時には、ルークはアーカードの腕足頭、と次々と撃ち抜いている。

 

「瞬く間に死ね」

 

 ルークの笑い声と共に、地鳴りの如き轟音の重奏が四方からアーカードへと降り注いだ。四方の闇を激鉄の火が裂き、二十余の飛来した弾丸が次々とアーカードの身体を引き裂いていく。

 四方からの銃撃に仰け反る事も出来ず、アーカードは立ち尽くした。

 直後、その右腕が、銀光の一閃と共に落ちる。自らの右腕を貫通した銀光を追おうとアーカードが反転し、その左足がずるりとずれて血を噴いた。

 ぐらりと体勢が崩れた彼の身体を、再び銀の煌きが通過した。

 腹と首が裂けて血を噴き、右脚が足首から切り落されて倒れる。

 否、バランスを取れずにアーカードは倒れようとした。しかし、その一瞬に、その身体は倒れる事無く、バラバラに切り落されて崩れ落ちたのである。

 その場に残るは肉隗と血溜まり、そして、その傍らで、崩れ落ちた肉片を見下ろし、静かに笑うルーク・バレンタインのみ。

 正に一瞬。

 如何なる魔技か。ルーク・バレンタインはアーカードに倒れる事さえ許さず、その肉体を解体してのけたのである。

 静かな笑いは直ぐに盛大な嘲笑となって辺りを満たし、

 

「ククク、クハハハハハ!! 勝った!! あのアーカードに勝ったぞ!! 私はあれを超える第一号になっ……」

 

 笑うルークが咄嗟に飛び退いた。

 瞬間、その身体が掻き消えて、背後の壁面に着地、その影を一本の槍が追う。槍は真っ直ぐにルークのいた位置へと吸い込まれ、壁面を穿った。

 一メートルはあろう切っ先がコンクリートの壁に残らず埋没している事から、その恐るべき威力と速度が窺い知れる。尤も、真に恐るべきはその速度を物ともせず、その槍の柄に足を掛けて佇むルーク・バレンタインか、その槍があろう事かアーカードの、アーカードだった肉塊から伸びているという事実か。

 ルークは眉を寄せて、アーカードだった肉隗を睨んだ。

 その頬を冷や汗が伝う。

 殺した、という手応えはあった。

 現に今も彼の両腕にはアーカードをバラバラに解体した時の感覚が確かに残っているのである。ならばあの槍は何か? それが分からない。

 ず、とルークの背中に怖気が走った。未知への恐怖とそれから繋がる死への恐怖である。

 その時、肉片から、血溜まりから、十余の槍の切っ先が飛び出た。

 直後、銀線が無尽に駆けた。槍は次々とルークへと突き出される。しかし、そこにルークの姿は無い。壁伝いに横に跳び、切っ先を潜り抜けると、ルークはアーカードの肉隗へと距離を取って向かい合った。

 その時である。その時、アーカードの肉隗が、肉片がバラバラと崩れたかと思うと夥しい毒虫、蝙蝠へとその姿を変えたのである。毒虫達は地を、壁を這い。蝙蝠達は辺りを舞い、彼等は一斉に、ルーク・バレンタインへと襲い掛かった。

 

「糞ッ、何なんだ……一体……」

 

 夥しい蝙蝠の羽ばたきの中を縫って、銀光が奔る。

 切断された蝙蝠達が血をばら撒き、地に落ち、毒虫となって自らを裂いた煌きを追う。壁に着地したルークは一度天井まで跳躍し、蝙蝠達を引き付けて、それらを切り落しながらその間を駆け抜ける。

 その時、夥しい蝙蝠の羽ばたきがルークの夜目を遮った瞬間に、黒い塊がルークの横手から飛び掛った。交差の瞬間、咄嗟に、ルークは反応し、ナイフを振るおうとする。交差の後、黒い塊はそのままの勢いで、ルークの背後の壁面に着地する。

 

「……ッ!!」

 

 塊とルークの間にパッと血の花が咲いた。

 黒い塊は生物であった。蠢く体躯に数十の目が付き、その体躯の半分程が牙が並んだ顎である。そして、その顎にルークの肘から先が銜えられている。

 

「ガ、ガアアアアァァァァァァァア!!!」

 

 ルークの絶叫が木霊する中、その塊はルークの腕を一飲みにし、その口腔から腕を吐き出した。その腕は、手に持ったウォルターから授かった新型拳銃『ジャッカル』の銃口をルークへと向けている。

 二つの火花が散った。

 先ず、ルークの左足が千切れた。

 その恐るべき威力を秘めた弾丸はルーク・バレンタインの左足、右脚と次々と付け根から吹き飛ばした。バランスを取れずに倒れたルークは、恐怖に揺れる目を闇の奥へと向ける。

 

「ククク、ジャッカル、素晴らしい。素晴らしい仕事だ、ウォルター」

「い、一体、お前は……。お前は一体、何なんだッ!?」

 

 蠢いていた諸々の毒虫や夥しい蝙蝠が塊へと、腕へと寄り固まり、集って、一つの形を作っていき、おぞましいそれは、やがて、アーカードその人の姿へと変わる。

 アーカードは笑いながら、ルークの千切れた足を拾い上げた。

 

「ククククク、さぁ、どうした? まだ、足が二本千切れて、腕が一本無くなっただけだ。かかってこい。使い魔共を出せ。身体を変化させろ。足を再構築して立ち上がれ。銃を抜いて反撃しろ。さぁ、夜はこれからだ!!」

 

 顔面を蒼白にしたルークに猶もアーカードは続け、

 

「お楽しみはこれからだ!! さぁ!! 早く!! 早く早く早……」

「ば、化物めッ!!」

 

 ルークの罵倒がそれを割った。その言葉を聞いた途端、アーカードは酷く失望でもしたかの様な顔付きに変わり、

 

「そうか、貴様もそうなのか、小僧。この出来損ないの下らない生き物め」

 

 その右腕が酷く膨れ上がったと見えると、真っ二つに裂けた。

 その裂け目からは夥しい牙が生え、見る間にそれはアギトへと変わり、幾重もの切れ目が出来たかと見えると、見開かれて目へと変わる。

 彼の右腕は一瞬の内に、巨大な魔犬へと変貌したのであった。喚くルークを一括し、アーカードは厳かに告げる。

 

「お前は犬の餌だ」

 

 右腕を飛び出した魔犬は更に巨大に膨れ上がると、床に這いつくばったルークへと襲い掛かった。魔犬は咄嗟に銃を抜いたルークの頭から胴体までを一飲みにし、辺りには断末魔の悲鳴の代わりに骨が噛み砕かれる音だけが響いた。

 

「しょせん、こんな物か、小僧。お前はまるで糞の様な男だ。犬の糞になってしまえ」

 

 ここにルーク・バレンタインとアーカードの戦闘は終了した。

 

「この調子では上の奴も程が知れるんじゃあないのか?」

 

 と呟いてアーカードは階段へと顔を向け、

 

「流石は、吸血鬼アーカード。バレンタイン准尉は手傷も負わせられずに、あの様か……。全く、中途半端な力ほど無様なモノはないね」

 

 そこに立つ白髪の魔法使いの少年、フェイト・アーウェルンクスと相対した。

 

 

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