吸血戦線   作:焼肉大将軍

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第12話

 少し時を遡り、二階、使用人室。

 アベル本人を除き、その場の誰にも何が起こったのかは分からなかった。ただ、変化は一瞬。状況は一変し、何とか正気を保っていた使用人達の絶叫の中、先ず会話があった。

 

「痛いですか?」

 

 ヤン・バレンタインの足先を咀嚼し終えたアベルの赤い瞳がにいっと笑い、そして、その口腔から牙が毀れる。

 

「痛いですか? 苦しいですか? でも、貴方達に殺された人達は、もっと痛かったはずです……。大丈夫、殺しはしません。その代わり、死んだ方々の百分の一でも痛みを味わいなさい」

 

 激痛と、眼前の得体の知れぬ存在に、ヤンは渇いた笑いを洩らす。

 

「ヒ、ヒャハ、ヒャハハ、何だ? 何なんだ? ヘルシングにお前みたいなのがいるなんて聞いてねぇぞ!!」

 

「こういうことをお考えになったことはありませんか? 人間が牛や鶏を食べる。その人間の血を吸血鬼が吸う……。ならば、その吸血鬼の血を吸って生きるなにかが、どこかにいるのではないか、と……」

 

 アベルは続け、

 

「私はクルースニク――吸血鬼の血を吸う、吸血鬼です」

「ふざけるなぁ!!」

 

 ヤンが片手のアサルトライフルの銃口をアベルに向ける。

 直後、一斉掃射の轟音だけが辺りを満たし、フルオートで吐き出された弾丸はアベルの腹から右肩に掛けてを蹂躙した。血の霧が辺りに拡がり、硝煙に映ったアベルの陰がグラと傾いで、ヤンは腹を抱えて嘲笑した。

 しかし、その陰が傾いだきり倒れないのを見て取ると、冷や汗を浮かべて呟く。

 

「そういう事かよ……」

 

 腹から肩に掛けてズタズタに引き裂かれたアベルは、すっとその場に跪いた。床には自らの血と、人間、グール、そして、吸血鬼ヤン・バレンタインの血で真っ赤に染まっている。

 それに、変化が起こる。

 一瞬、波打ち、アメーバの様に蠢いたかと見えると赤い渦を巻いて床に触れたアベルの掌へと吸い込まれる様に消えていく。その直後、アベルの傷口からとろりとした黒い輝きがこぼれた。

 それはアベルの手の中へ収まると、瞬く間に柄の両端に刃を備えた巨大な鎌へと姿を変える。

 そして、一方的な制裁が始まった。

 

 先ずヤンの腕が、握ったアサルトライフルごと刎ね飛ばされて宙を舞った。返す刃で大鎌の切っ先がヤンの腹へ沈み、彼の腹を裂きながら彼の身体を宙へと放り上げる。それはアベルの細腕で操っているとは思えぬ速度と膂力であった。

 その時である。

 不意に彼等の立つ二階は使用人室の床が歪み、波打ったのだ。

 アベルはヤンを見、それから床をきっと見据えると、

 

「壁際に寄って下さいッ!!」

 

 と女中達に叫んで、頭上に大鎌を掲げる。するとアベルの精神に呼応するかの様に大鎌の刃がうねって波打ち、巨大化する。それをアベルは全力で振り下ろした。

 ヤンの片足を切り落し、刃先はそのまま床へ刃先が滑り込む。如何なる膂力か、一メートルを超える刃が床へと陥没し、その勢いを緩めず床を縦に裂いた。

 結果、階下にて、少年の魔法で脆くなっていた床はひとたまりもなく打ち抜かれ、部屋の中心部にいたアベルとヤンは階下へと落下する。そして、その眼下が開けた瞬間に、石柱が迫った。

 エヴァンジェリンと少年、フェイト・アーウェルンクスの撃ち合った魔法である。

 ヤンはそれに死を悟って笑い、アベルはただ身体を撓らせ、手にした大鎌を振り被った。

 

 

  †††

 

 

 乱入者であるアベルの姿に最も驚いたのは、少年と戦闘を繰り広げていたエヴァンジェリンだった。登場の仕方に度肝を抜かれた事もあるが、何よりも石柱と氷塊を叩き斬った事に驚いた。悪い意味で、だが。

 

「あ、あッの、馬鹿ッ!!」

 

 空中へ目をやれば、今正に叩き切られた氷塊と石柱はそれぞれ落下しようとしている。それを見て取った二人、エヴァンジェリンとアベルの姿が周りの女中達の視界から掻き消えた。直後、氷塊と石柱が落下し、轟音と共に辺りに破片を撒き散らす。その倒れ掛かる石柱の下、腰を抜かし絶叫を上げる女中の姿が不意に掻き消え、砕けて飛び散った破片が立ち竦む女中達に降り掛かろうとした刹那、不意に巻き起こった辻風に打ち払われた。

 自重で砕け、破壊され、破壊しながら、二切れの氷塊と石柱は壁面を押し潰し、床を貫いて止まる。

 巻き上げられた粉塵の中、再び姿を現したアベルとエヴァンジェリンは互いに隣り合い、その手に、落下する氷塊と石柱から救った女中達を抱き、その背後に女中を庇って立っている。

 半壊した部屋の内部、恐るべき破壊の爪痕を見て、助かった女中達自身がその事実を信じられないでいた。

 

「このッ、馬鹿……」

「エヴァンジェリンさん、でしたね。強力な魔法は控えて下さい。女中さん達が大勢いるというのに、迂闊過ぎます」

 

 声を荒げ、叱責しようとしたエヴァンジェリンの言葉を、真面目な顔でアベルが遮った。落下した石柱と氷塊が二種の魔法による撃ち合いによって出来た物だと見て取ったのだ。

 確かにあのまま魔法が天井を貫いていれば使用人室にいた女中達はひとたまりも無かっただろうし、アベルが助けなければ落下した氷塊と石柱の犠牲者が出ていてもおかしくは無かったはずである。

 しかし、

 

「お、お前が余計な事しなければ、撃ち勝った時点で敵の魔法ごと凍結させて、何の問題も無かったんだよッ!!」

 

 とエヴァンジェリンは納得がいかぬ風であったが、

 

「しっ!! 今は戦いに集中しましょう。あの少年は相当な使い手だ。来ますよ」

 

 アベルは腕の中の女中を下ろすと、背後に庇う形で前に進み出る。最早その目に映るは眼前の敵、フェイトの一挙一投足のみであった。

 

「さっきまで私が戦ってたんだから、分かってるに決まってるだろうがッ!! つーか、話聞けよッ!!」

 

 文句を言いつつも、エヴァンジェリンもフェイトに向かってアベルの隣へと並ぶ。

 その二人を相手に、

 

「吸血鬼の真祖とクルースニク、か……。これは少し分が悪いね」

 

 と少年は眉一つ動かさず、そう状況を評する。

 その瞬間、その横を影が過り、その胴へと銀光が旋回する。先手を取ったアベルの容赦の無い横薙ぎの一撃であった。踏み込みでフェイトに並び、旋回した大鎌がその胴へと奔る。

 石柱をも両断した一撃は、恐るべき踏み込みの速度故に敵に反応を許さない。

 が、その切っ先が不意にフェイトの眼前十センチの距離で、びたと止まった。

 魔法障壁と呼ばれる術者を覆う対物理防御魔法である。この十トントラックの衝突すら防ぎきる不可視の防壁がアベルの一刀を止めてのけたのであった。

 しかし、その効果は一瞬。故にその一瞬に、フェイトとアベルは同時に動く。

 

「障壁突破、“石の槍”」

 

 フェイトの足元の床が言葉と同時に波打ち、槍となってアベルの胴へと迫った。直径五十センチにも及ぶ石槍が恐るべき速度で伸び上がったのである。

 対してアベルはあろう事か、この石槍に向かって一歩踏み出した。元より、魔法障壁により得物は停止していても、恐るべき速度で踏み込んだアベルの身体は別である。自然踏み込みの勢いで身体は流れ、必殺の石槍はアベルの脇腹を掠めるに止まる。

 もし少しでもアベルが躊躇していたならば石槍はカウンターの形でアベルの胴を食い千切っていただろう。

 更に踏み込みの速度を殺さず、アベルの体が正中線を軸に回転する。同時に、アベルの腕が膨れ上がったと見えると、障壁により静止を余儀無くされていた得物が、障壁を貫き、更なる加速を持って獲物へと襲い掛かった。

 獲物を求め旋回した大鎌は正しく死神のそれであった。

 しかし、そこに手応えは無い。

 恐るべき横薙ぎの一撃はフェイトの頬を裂くに止まった。石槍を避けられた時点で、不利を察したフェイトが咄嗟に跳び退いていたのである。

 

「やるじゃないか」

 

 が、そこに待ち受ける者が一人。

 フェイトがその存在に気付いた時にはもう遅い。エヴァンジェリンの掌がフェイトの顎を捉え、その身体が暴風に見舞われた小枝の如く宙を舞った。

 同時に、アベルの手にした大鎌がその手の中で二つに割れ、二つの鎌へと変化したと見えると、アベルの身体が撓った。

 フェイトが背中から壁へと激突し、同時に、投擲された鎌が旋回しながら音を超えて迫り、その胴を裂いた。

 刃が胴ごと壁中へと沈み、フェイトの身体を壁面へと縫いつける。

 しかし、それには目もくれず、アベルとエヴァンジェリンは倒れているヤンへと目を向けた。否、ヤン・バレンタインではない。その前に立つ少年、胴を裂かれて壁に縫い付けられているはずのフェイト・アーウェルンクスへと視線を向けた。

 直後、壁に縫い付けられていたフェイトの身体がずるりと溶けて水へと戻った。

 

「やはり、分が悪いようだね」

 

 と言って、フェイトは一文字に裂けた頬の傷をなぞった。その傍らで、

 

「おい、新入り。こりゃ勝ち目がねぇ。ハハッ、俺等は捨て駒だったって訳だ。何とか逃げられねぇか?」

 

 片腕で身体を引き摺る姿のヤン・バレンタインが言った。その言葉に少年は底冷えする声で答える。

 

「そう、君達は捨て駒だ。それなりに役には立ったよ」

 











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