吸血戦線   作:焼肉大将軍

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戦士達

「クク、クハハ!! これが、こんなモノがヘルシングの切り札? まるでお話にならない」

 

 一頻り笑い終えると、落ち着いたのか、やっと思い出したのか、アンデルセンはセラスの方に目をやった。しかし、そこには血溜りがあるだけだ。当然、セラスはアンデルセンが陶酔している間にその場を離れ、逃げ出していた。

 背中から流れた血がふらつく足まで垂れたのだろう。のたくった様な血の線が廊下の奥へと向って延びている。それを見たアンデルセンは少し意外そうな様子で懐から銃剣を抜いた。

 

「ほう? あの傷でまだ動けるとは、どうやらあの小娘を少し甘くみていたようだ」

 

 そして、アンデルセンは闇の中へと歩を進め、追跡を開始した。

 

 

  †††

 

 

 セラスは縺れる足を引き摺りながら、建物を奥へ奥へと逃げていた。

 既に視界がぼやけて霞み、背中の痛みも鈍くなってきている。一方で、四肢には力が入らず、足先に地面を踏んでいる感触が無い。

 彼女は歩きながら、背に手を回して、自らを貫いている銃剣の一本を引き抜いた。

 

「ぐ、ぐうッ!!」

 

 激痛がぶり返し、セラスは思わず呻いた。

 背中の痛みが鮮明になったが、同時にぼんやりとしていた頭の方も正常に回る様になった。彼女は目の端に涙を浮かべながら、一本ずつ自らを貫いている銃剣を引き抜く。

 最後の一本を引き抜いた時、何か黒い塊が彼女の目の前を横切って壁に張り付いた。

 

「ア、 アーカード様ッ!!」

 

 それはアーカードの生首であった。

 投げ出されたそれは銃剣に串刺しにされ、壁に縫い止められている。セラスがそう理解すると同時に、後ろから声が響いた。

 

「どこに行こうというのかね? どこにも逃げられはせんよ。チリはチリに。ちりに過ぎない貴様等はちりに還れ。エィメン」

 

 規則正しい足音と共に、銃剣を構え、ゆっくりと歩み寄ってくる神父を見たセラスは、咄嗟にアーカードの、主の首を強く抱き締めた。恐怖で、思考がぐるぐると回り始める。

 逃げなければ、と。

 そして、彼女は力を振り絞って、鉛の様に重い自らの四肢を奮い立たせた。

 

「クク、クハハ!! 逃げろ逃げろ、吸血鬼!!」

 

 大きく腕を振り、息を切らせながら懸命に速く歩く。それが今の彼女の体力では限界だった。今もまた、その背中からは脈々と血が流れているのだ。

 それから十メートルと少し、何とか廊下を突き当りまで歩いたセラスは折れた廊下の先を見る為に顔を上げ、希望をみた。ぱっとその顔に光が宿る。

 

「あッ、で、出口」

 

 建物の裏手に備え付けられた非常運搬用の出口であった。都合の良い事に扉は蝶番ごと吹き飛び廊下の真ん中に倒れている。ふらつく足で出口に歩み寄ると、セラスは夢中で手を伸ばす。

 それは正しく生命線、生への扉なのだ。

 しかし、虚空に伸ばしたその手が、不意に何かに弾かれた。

 

「なッ、ええ!? 何これッ!?」

 

 今度は身体ごと寄り掛かる様に、セラスは外に向って倒れこんだ。同時に出口の縁に釘付けされた聖書の一片が揺れ、彼女は不可視の力に弾き飛ばされ、廊下を転がり、うつ伏せに倒れる。

 

「それが『結界』だ、小娘。お前達夜の勢力共に、それを突破する事は不可能だ。おとなしく皆殺しにされろ。化物め」

 

 セラスは慌てて視線を巡らせて、気付いた。気付きたくなど無い現実に。逃げ場など無いという事に。窓と言う窓、扉と言う扉に聖書の断片が釘付けにされている。

 逃げ場など無いと悟った瞬間、死という現実が彼女に否応無く突き付けられ、胴を貫く銃剣による失血と痛みと恐怖とが、一層強く彼女を襲った。

 そして、直ぐ後ろにはアンデルセン神父が、魔人の如き『首斬判事』が立っている。

 その時である。

 セラスが胸に抱いていたアーカードの頭が、どろりと溶けた。

 咄嗟にセラスは手を離し、床にアーカードの頭だった大量の血液がぶち撒けられた。その血液が、ゆらと蠢いたかに見えると、それは直ぐ様、床の上をのたくって、血文字の羅列となる。

 そこには、私の血を飲め、と書かれていた。

 紛いも無く、彼女の主からの、アーカードからの言葉だ。

『私の血を飲め、婦警。

 そうすれば、お前は使役される為の吸血鬼ではなくなる。

 本当の意味での我々の血族になるのだ。

 自分の意思で血液を喰らい、自分の力で夜を歩く、不死の血族に。

 私の血を飲め、婦警。いや、セラス・ヴィクトリア。』

 そこにはそう書かれていた。

 しかし、彼女に選択の時間は無い。

 セラスが渦巻く殺気に気付いて後ろを振り向くと、そこには既にアンデルセンが立っている。セラスの傍らに、彼は佇み、その手の銃剣は既に高く振り上げられている。今にも死の一閃が、彼女の脳天を割るかに見えたが、セラスとアンデルセンの間を縫う様に飛んだ一発の銃弾が、彼女を救った。

 

「その娘はうちらの身内だ。なにをしてくれるんだ、アンデルセン神父!?」

 

 セラスも良く知った声が響いた。

 搬出用出口から顔を覗かせたのは、彼女の上役、ヘルシング局長、サー・インテグラル・ウィンゲーツ・ヘルシングその人である。その手には先程セラスを救った拳銃が握られ、その銃口はアンデルセンへと向けられている。

 

「ヘルシング局長自らお出ましとは、せいの出るこったな」

 

 アンデルセンは振り返り、インテグラを睨む。

 

「アンデルセン神父、これは重大な協定違反だ。ここは我々の管轄のはずだ。直ぐに退きたまえ。でなければ、我々とヴァチカンの間で重大な危機となる。いくら、あの十三課とて、こんな無理は通りはしない」

 

 流石のインテグラとは言え、アンデルセンを前に緊張の色は隠せなかったが、それでも十分に毅然とした態度で彼女は言った。しかし、アンデルセンは鼻を鳴らして嘲笑う。

 

「退く!? 退くだと!? 我々が!? 我々神罰の地上代行イスカリオテの十三課が!? ナメるなよ、売女。我々が貴様等汚らわしい新教共に引くとでも思うか!?」

 

 怒号と共に、一気に緊迫した空気が辺りを包んだ。

 咄嗟にインテグラの護衛の二人が、彼女を守るように前に出る。と、同時に、セラスが拳銃を抜いて立ち上がった。見るからに満身創痍で、息も荒い、その上彼女はあのアンデルセンの戦闘能力を目の当たりにしていると言うのに、彼女は銃口をアンデルセンに向け、叫んだのだ。

 

「インテグラ様に近付くな、化物ッ!!」

「ク、クッ、クハハハハ、それ程死にたいのなら――」

 

 アンデルセンの言葉を遮る形で、轟音と共に壁を貫き、それは飛来した。

 アンデルセンの肩、腕、足、腹と次々に弾け、彼の身体が大きく傾ぐ。轟音と共に壁を貫き、アンデルセンへと襲い掛かったのは大型拳銃――ジェリコM13『ディエス・イレ』――の撃ち出した鉛の死神だ。

 次の瞬間、窓を破って一つの影が建物に飛び込んだ。

 影はアンデルセンとセラスの間に割って入ると、砕けたガラス片を払いながら立ち上がり、その手に持った拳銃をアンデルセンへと向ける。また、先程の銃撃で穴の開いた壁を蹴り破り、インテグラとアンデルセンの間に一人の男が立った。

 共に若い神父である事がその出で立ち、僧衣と外套から分かる。それぞれインテグラとセラスを庇う形で、アンデルセンに銃口を向けていた。

 インテグラの前に立った神父の名は、トレス・イクス。短めの髪の下に端正だが仮面の様に無表情な顔があり、その手に持ったジェリコM13が今も青い硝煙を立ち上らせている事から、先程の銃撃の主と見て間違いあるまい。

 一方、セラスの前に立った神父の名は、アベル・ナイトロード。丸眼鏡を掛けた痩せた白髪長身の男で、こちらはリボルバー式の拳銃を握っている。

 共に、Ax、教皇庁国務聖省特務分室所属の派遣執行官であった。

 

「否、そこまでだ。アンデルセン神父」

「アンデルセン神父、貴方には正式に枢機卿からの撤退命令が出ています。剣を収めて下さい」

 

 派遣執行官の二人が口々に言う。一対六の形勢に、インテグラはほっと気を緩め、目の前の神父トレスへと礼を述べた。

 

「スフォルツァ卿の所の者か、助かった。礼を言う」

 

 しかし、

 

「ヴァチカン国務聖省特務分室の犬か。ククッ、何度も同じ事を言わせるな。眼前に敵を放置して、何が十三課か!? 何が法王庁か!?」

 

 アンデルセンは、狂信の徒は止まらない。

 一対六の形勢に気を緩めていたのはインテグラだけでは無かった。

 彼女の護衛者二名のそれは失態と呼ぶ他無い。更に、セラスは既に満身創痍の状態なのである。結果、二人の神父のみがアンデルセンの暴挙に反応した。

 二人の拳銃が火を吹き、それぞれアンデルセンを捉える。大勢は決している、筈であった。相手がアンデルセン神父でさえ無ければ。相手が『聖堂騎士』でさえ無ければ。

 アンデルセンは止まらない。

 火力の高いトレスのジェリコM13の放つ弾丸だけは腕で防ぎ、アベルの銃撃は防ごうともしない。しかし、この再生者の前に、アベルの放った銃弾は時間稼ぎにすらなら無かった。その銃弾は腕の関節部を捉えていると言うのにだ。

 恐るべきは再生者アンデルセンである。アンデルセンはそのまま一息に、左手で引き抜いた銃剣四本を、アベルとその後方でよろめくセラスに投擲し、右手で銃剣を引き抜くと、トレスとその後ろに立つインテグラへと斬り掛かった。

 飛来してくる銃剣を見て、アベルは咄嗟に自らの後ろにいるセラスを庇う形で突き飛ばした。結果、一本の銃剣がセラスの肩に突き刺さり、残り三本の銃剣が彼の胴を貫通する。アベルの身体が衝撃に傾く。

 

「だッ、大丈夫ですかッ!?」

 

 咄嗟にセラスがアベルを抱留めそう言った時、彼女等の眼前に、

 

 刎ね飛ばされたトレス神父の腕が落ちた。

 

 アンデルセンがトレス等に斬り掛かった時、インテグラの護衛二人は咄嗟に左右に分かれてトレスを射線から外し、向ってくるアンデルセンへと発砲しようとした。しかし、一声が彼等を止める。

 

「ヘルシング卿を連れて下がれ」

 

 アンデルセンと真っ向から相対したトレスの言葉であった。

 トレスは銃を撃ちながら、接近される前にアンデルセンは倒し切れないと判断した。しかし、インテグラとその護衛二人という守るべき壁が彼の後ろにある以上、下がる事は出来ない。

 故に、彼は真っ向からアンデルセン神父と相対する事にしたのであった。

 アンデルセンの打ち下ろしの一撃が肩からトレスの左腕を刎ね落とした。と同時に、アンデルセンの額をトレスのジェリコM13から放たれた弾丸が穿つ。互いに一度身体が、大きく傾ぎ、飛び散る互いの血飛沫の中、戦闘を再開する。

 先ず、二人の間を撃ち割られた床板が舞って、互いの視界を遮った。アンデルセンである。先の打ち下ろしの際、そのまま床板までを叩き切っていて、それを刀身の腹で力任せに跳ね上げたのだ。それから、銃剣の投擲で床板ごと眼前の敵を磔にするべく、彼は銃剣を抜いた。しかし、その瞬間、床板を撃ち抜いた弾丸が尽くアンデルセンの腹へと突き刺さり、弾けた肉が飛び散った。

 見れば、アンデルセンの腹から多量の血が吹き出ている。寸分違わず正確に同じ場所を撃ち抜かれ、流石のアンデルセンも回復が間に合わないのだ。

 恐るべきは『ガンスリンガー』。床板に視界を遮られたとは言え、視界を完全に塞がれた訳ではない。トレスの目は冷静に視界の端にあったアンデルセンの足からその位置、動きを捉えていたのだ。この男に、床板が視界を塞いだ事による一切の狼狽、躊躇、反応の遅れは無い。

 しかし、それでも猶、アンデルセンは止まらない。

 投擲された四本の銃剣が床板を断ち割り、トレスへと牙を剥く。瞬間、火花が散って、四本の銃剣はそれぞれ軌道を変え、速度を落とし、地に落ちた。如何なる精密射撃、そして、反射能力か。対するトレスの手に握られた今猶青い硝煙を吐き出すジェリコM13がその全てを撃ち落したのである。

 

「クハハハハハ、やる!! その人のものではない腕、そうか、貴様か。貴様が殺人人形兵団の生き残り、『鉄の女』の鋼の猟犬か」

 

 アンデルセンがトレスの腕、先程アンデルセンが切り落とした傷口を見て笑った。そこにあるのは皮下循環剤を滴らせる形状記憶プラスチックで出来た人口筋肉の切断面だ。先程から飛び散って見える血潮も、良く見れば黒色の皮下循環剤であって血ではない。トレスは無表情で応じる。

 

「肯定。俺は教皇庁国務聖省特務分室、派遣執行官『ガンスリンガー』。人ではなく――機械(マシーン)だ」

 

 同時に、自らの脊椎内流体思考結晶の常駐戦術プログラムを殲滅戦仕様に書き換えたトレスの瞳孔が蒼みを帯びて拡がる。人で言う殺気という物を帯び、片腕で拳銃を握って眼前の敵を見据えるその風体は凄絶と言う他無い。

 

「くびり殺してやったヘルシングのゴミ処理屋だけでは、歯応えが足りんと思っていたところだ。退かぬなら――」

「首を落とした? それだけか?」

 

 笑って言ったアンデルセンの言葉をインテグラが遮る。何故かその顔には希望の光が張り付いていた。

 

「ふん、猟犬よ、また撃ち落してみせろ」

 

 鼻で笑い、アンデルセンは両手に八本もの銃剣を引き抜き、投擲姿勢を取った。如何な『ガンスリンガー』と言えど、流石にこれは片腕では撃ち落せまい。その場の誰もがそう思った時、アンデルセンの背後から伸びた腕が、アンデルセンの腕を取った。

 

「アンデルセン神父……貴方、やり過ぎです」

 

 先程、銃剣を胴に喰らい倒れていたアベルだ。これにはその場の全員が驚愕の呻きを洩らした。見るからに細腕で、さして力も込めている様に見えぬのに、アンデルセンの投擲を止めて見せたのである。

 

「クク、クハハ、そろいもそろって……良いだろう。まとめて直ぐに――」

「ばかに楽しそうじゃないか」

 

 アンデルセンの言葉はまたも遮られた。死んだはずの者の声によって。首を落とされた者の声によって。そして、アンデルセンとアベルの間を縫う様に何かが舞った。蝙蝠だ。赤黒いそれは一匹ではない。数十と群れを成して飛んでいる。突如として眼前に現れたそれに、アベルは咄嗟に手を離して飛び退いた。

 セラスが声に驚愕の悲鳴を上げ、その耳へと直接念話が届く。

 

「馬鹿者め。飲まなかったのか」

 

 首を落とされたアーカードの身体から数十、数百と赤黒い蝙蝠が這い出でて、舞い上がり、列を成すと廊下を突っ切って、面々の前で寄り集まる。

 

「ふん、首を切った? 心臓を突いた? そこいらの吸血鬼と一緒にするなよ。

 そんなモノでは死なない。彼は我々ヘルシング一族が百年掛けて延々と作り上げた最強のアンデッド。吸血鬼アーカードだ」

 

 インテグラの言葉に呼応する様に、蝙蝠は段々と黒い影になり、人を形作り、やがて、完全な吸血鬼、アーカードの姿になって現れた。

 

「マスターッ!!」

 

 セラスから歓喜の声が上がる。

 

「ひやひやさせる……。さて、どうする、アンデルセン神父!?」

 

 インテグラが言った。最早、大勢は決した。

 

「ふん、なるほど、これでは今の装備では殺しきれん。仕方ない。また会うとしよう、王立国境騎士団。次は皆殺しだ」

 

 アンデルセンは不敵に一笑すると、目の前に聖書を掲げる。と、同時に、それらのページが宙に滑り出し、辺りを舞ったと見ると、それが一つの大きな奔流と化した。嵐の如くそれら紙片が暫し舞い踊り、収まった時にはアンデルセンの姿は何処にも無い。

 一拍の間を置いて、セラスやインテグラの護衛二人の口から長い長い溜息が零れた。彼等にとって余りに長い夜であった。

 

 

  †††

 

 

「大丈夫か? 派遣執行官の二人」

 

 インテグラは残った神父二人に向って聞いた。神父トレスは片腕を失っているし、神父アベルの胴には今もまだ銃剣が突き刺さっている。アベルは銃剣を引き抜きながら、ぺこりと一度頭を下げた。

 

「ええ、何とか。この度は申し訳ありませんでした」

「肯定。任務は完了した。損害評価報告の入力を要求する、ヘルシング卿」

「ふむ、一応、全員無事の様だ。協力に感謝する。スフォルツァ卿は中々優秀な猟犬を飼っているようだな」

「この非礼の詫びは、いつかミラノ公の方から正式に行われるだろう。では、我々は撤収する」

「こちらも協力に感謝していたと伝えてくれ」

 

 常と変わらぬ抑揚を欠く声で一礼し、立ち去ろうとするトレス神父の背に、インテグラはそう言った。しかし、トレスは途中で足を止める。アベルが立ち止まって、セラスの肩に刺さった銃剣を引き抜いているからだ。

 

「大丈夫ですか? 少し、痛みますよ」

「ぐぅぅう、痛ッ!!」

 

 アベルが刃先を抜いた瞬間、セラスは苦痛に叫ぶ。麻痺していた痛みがぶり返した為だ。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 礼を言うセラスに笑みを返すと、アベルはその肩に慣れた手付きで包帯を巻き付け、残った包帯をセラスに渡す。

 

「応急手当です。あと、腹と胸の傷は、ちゃんとインテグラさんにやってもらって下さい」

「撤収するぞ、ナイトロード神父」

 

 トレスの言葉に慌てて立ち上がったアベルに、セラスは再び礼を言った。

 

「あ、あの、今回は助かりました。本当にありがとうございます」

 

 アベルは微笑んで返す。

 

「いえいえ、あ、申し送れました。私、アベルと申します。アベル・ナイトロード――表向きは巡回神父をやってます」

「あ、私はセラスです。セラス・ヴィクトリア」

「セラスさん、ですか。覚えておきます。では」

 

 アベルが立ち上がり、トレスの後を追った。

 

「大丈夫ですか? トレス君。腕が酷い事、と言うか、無くなっちゃってますけど」

「肯定。問題は無い」

 

 アベルとトレスが廊下の奥に消える。それを目で追っていたアーカードが面白そうに一人呟いた。

 

「臆病者が二人、か」

「そっちも大丈夫か? アーカード」

「首をもがれたのは久しぶりだ。あれがアンデルセン神父か」

 

 インテグラの言葉に、アーカードは笑いながら答える。

 

「協定違反による越境戦闘。機関員による戦闘行為。ヴァチカンに対する大変な貸しになる。しかし、今はそれどころではない」

 

 インテグラは一拍置いて言った。

 

「ここの吸血鬼も調べればそうだと思うが、この一連の事件について重大な事が分かった」

 

 かくして、ベイドリックでの戦闘はここに一旦の終結を見た。

 しかし、闇の深部は未だ見えず。戦いは始まってすらいない。

 この吸血鬼達の夜は、今始まったのだ。

 

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