ベイドリック事件から数日後、ロンドン郊外の山林の合間に聳え立つ巨大な洋館、王立国境騎士団、ヘルシング機関本部で二つの会合があった。
一つは円卓会議。
英国王室に忠誠を誓う十二名の政・財界の重要人物、貴族、軍人等が集まった結社であり、実質的に大英帝国圏を裏から支配しているに近い集団である。先のベイドリックでの事件を受けて、ヘルシング機関局長、インテグラが招集したものだ。
「同志インテグラ、我々円卓会議を召集したという事は余程の事が起こったのであろうな? ヘルシング卿」
「今までの数々の事件、いくら我々でももう限界だぞ。これ以上はもみ消せん」
「情報の操作にも限りがある。何かつかめんのか?」
円卓会議の開始と同時に、集った人間が口々に言った。
皆、先から連続で起こっている吸血鬼発生事件への回答を求めていた。それを受けてインテグラは煙草を燻らしながら答えた。
「はい、今まで我々が撃破した吸血鬼及び、グール共、それらを徹底的に調べました。そして、以上の事が分かりました」
インテグラは煙草の火を灰皿に押し付けて消すと、傍らのチップ、小さな電子部品を摘んで、全員に見えるように掲げる。
「これです」
「何だね、ソレは?」
彼女の対面に座ったペンウッド卿が訝しげな顔で聞いた。
「発信機、の様なモノです。吸血鬼の体内数箇所に埋め込まれていました。その吸血鬼の状態、行動、精神、そして戦闘を調査し、報告していたものと思われます。何者かへと」
「な、何だとッ!!」
その場全員の驚愕が重なる。否、一人、インテグラを除いてだ。ペンウッド卿含め数名などは驚愕と動揺で椅子から立ち上がり、身を乗り出していた。
「この一連の事件は単なる自然発生的な吸血事件ではありません。明らかに後ろで誰かが操っている。それと、もう一つ」
各々の動揺、驚愕、衝撃は尾を引いて波及し、場を雑言が満たす中、インテグラは続ける。
「グール共です。本来、グールは吸血鬼に血を吸われた非童貞、非処女の者のなってしまうモノですが、今回は違う。今までの事件で被害者のうち、吸血鬼は一匹も増えなかった。明らかに童貞、処女だろう少年少女子供までも残らずグールに。
更に、グールとは宿主である吸血鬼が死ぬと全て死滅するモノでした。しかし、今回のベイドリック事件、バチカン神父アンデルセンが既に吸血鬼を倒していたにもかかわらず、我々が突入した時には、中はグールであふれていました」
†††
一方、その三十メートル下、ヘルシング本部地下階。
「ウォルターさん……なんでスか……これ」
「何って、棺桶でございます」
冷や汗を流しながら恐々とした態度で問うセラスに、ヘルシング家執事、ウォルターは見た通りの言葉を平然と返す。彼女等の前には十字の装飾が施された新品の棺桶が置いてあった。
「て、ゆーか、何で? ナゼに、こげなモノが私の部屋に?」
セラスの疑問は至極真っ当な物だ。ふと見れば、自分の部屋からベッドが消えていて、その場所に棺桶が鎮座しているのである。
彼女の隣に立っていた神父、アベルはその棺桶をまじまじと見つめ、顎に指を当てると得意そうに言った。
「ははぁ、成程、これはアレですね。やっぱり、吸血鬼は棺桶で寝なきゃダメだって事ですね」
「その通りです、アベル様。インテグラ様からのご命令で、「やっぱ吸血鬼は棺桶で寝なきゃダメ」だそうでございます」
「ベ、ベッドは?」
恐る恐るセラスは訊ねる。たとえ嫌な予感がしていて、その答えが既に予測出来ていても、彼女は聞かずにはいられなかった。最後の希望である。
「ハイ、処分いたしました」
執事ウォルターは恭しく一礼し、一拍置いて、セラスは叫びと嘆きと歯軋りと共に、彼を恨みがましく見つめた。それから、一度、棺桶を眺めると、彼女はもう一度ウォルターの方を向いて、歯軋りと共に彼の名を呼ぶのだった。
そんな彼女を見て、困ったようにウォルターは言う。
「いや……そんな。これはアーカード様からのご命令でもありますし」
「マスターの?」
セラスが歯軋りを止め、不思議そうな顔で聞き返す。
ウォルターはセラスを指差すと少し真剣な表情で言った。
「はい、あなたは吸血鬼になってから血を全くお召しになられてない。ならせめて、生まれた土の棺桶で寝なければ、力が弱まる一方だという事です」
「それはッ……」
セラスが何も言えずに沈黙し、暫し場を静寂が包んだ。ウォルターはそのセラスの表情を見て、不思議に感じた事をそのまま聞いた。
「何故、血をお召しにならないのです? 輸血用血液等なら別に悪意も無く飲めるのでは?」
「わかりません……。でも……でも何だか、血を飲んでしまったら、何かが終わってしまう気がして……」
不安に翳った表情でセラスは答える。
ウォルターはやれやれといった表情で溜息を吐き、アベルは憐憫か同情か、どこか優しい目でそれを眺めている。
「ぬぅ、困りましたなぁ」
アベルは表情をがらりと、普段の能天気なそれに変え、陽気な調子で言う。
「まぁ、良いじゃありませんか。人はパンだけに生きるにあらず――」
「半端者め」
アベルの言葉は、戸口に立ったアーカードに途中で遮られた。
「ならば私に血など吸われなければ良かったではないか。あの時、死んでいれば、お前は『人間』として死ねたのだ。しかし、お前は夜を選んだ」
アーカードは真っ直ぐにセラスを見据えて言う。その言葉には力と熱があった。
「いいか、言っておくぞ、婦警。一度朝日に背を向け、夜を歩き始めた者に、日の光は二度と振り向きはしない」
セラスは何も言えずに押し黙り、表情に影が差す。それを見ていられなかったのか、アベルが口を挟もうとして、止めた。理由の一つは、アーカードが表情を緩め、
「だが――それも良いのかもしれない。おまえみたくおっかなびっくり夕方を歩く奴がいても」
セラスに向ってそう言うと、ちらとアベルの方を一瞥したからだ。そして、もう一つ。突然の来客の為である。
「これがお前の従者か? アーカード」
その場の全員が部屋に入ってきた声の主に目を丸くさせた。
否、アーカードを除いてだ。彼は一人楽しそうに笑っている。声の主は見た目十二、三といった所の小さな少女で、拷問室や牢獄が残る地下階においては場違い甚だしい。しかも、その口調から察するに、数百年を生きる吸血鬼アーカードと旧知の仲の様である。
「ああ、見ての通り半端者だがな、エヴァンジェリン」
「あの、マスター、その女の子は?」
「む、口の利き方に気をつけろ。これでもお前の十倍以上の歳月を生きている身だ。何だ、アーカード、躾がなってないな」
セラスの言葉に、むっとした様子で少女がそう言ったので、ウォルターはアーカードに向って聞き直した。
「アーカード、あちらの方はいったい?」
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、と言えば分かるか?」
「まさか、あの、賞金首のか?」
ウォルターは訝しげに目を細め、少女を見た。
しかし、何度見ても彼の眼前にあるのは、アーカードの口から出た名前とは似ても似つかぬ可憐な少女の姿だ。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。『闇の福音』、『不死の魔法使い』と称される悪名高い吸血鬼で、幾人もの名うてのハンターを返り討ちにした結果、その首に六百万ドルもの値がついた賞金首である。目の前の少女の姿と乖離したその悪名とに、ウォルターは訝しげな視線を送り、アベルは驚愕の表情を浮かべ、セラスは話についていけずに混乱した。
「姿かたちなど、我々にとっては何の意味も無い」
アーカードは薄笑いを浮かべて言う。
「その通りだ。ヘルシングの執事。今日は少し話があってきた――が、何故ここにアレがいるんだ?」
そう言って、エヴァンジェリンはアベルを半眼で睨む。確かにヴァチカンの神父とヘルシングの吸血鬼が集っているのは異様と映るだろうが、彼女の目にはそれだけでない熱があった。
アベルが王立国境騎士団にいるのはヴァチカン特務分室から派遣された密使としてだ。ベイドリック事件の借りを返すべく、そして、王立国境騎士団と教皇庁国務聖省特務分室とが一連の事件について協力体制を取る為、彼は一つの情報を持ってやってきた。
結果、彼はヘルシングのバックアップを得て一連の事件の捜査に加わる事となった。この共同戦線を成しえたのは、ひとえにインテグラとスフォルツァ卿との間に個人的な親交があった事と、兎にも角にもベイドリック事件での、彼の同僚トレス神父の活躍によるものであった。
「え、ええっと、それは少し話すと長い訳がですね……」
エヴァンジェリンの眼光に怯んだ様子で喋るアベルの言葉をアーカードが遮る。
「呉越同舟と言う所だ。私も今は主を持つ身だからな」
「似合わんな。それに、以前のお前からは想像出来ん姿だ」
二人の間を独特の空気が流れた。それは、親密と言うほど粘性があるわけでも無く、空々しい程に硬性があるわけでも無い。そんな中、セラスが素っ頓狂な声を上げた。
「あ、あの、話があって来たって、どうやってここに?」
セラスの言う事は尤もである。ここは英国王立国境騎士団本部。しかも、今日は円卓会議があるという事で警備は常より厳重な物になっているのだ。一体この吸血鬼はどうやって侵入したのか?
「どうやって? 私を誰だと思っている。その程度、何とでもなる」
しかし、エヴァンジェリンの反応はそう言って鼻で笑っただけであった。セラスはそれ以上何も言えず押し黙る。アーカードはそんなやり取りを気にした風も無く口を開いた。
「ふん、しかし、エヴァンジェリン、お前がここに来るとはな。一体何の用だ? 人間と関わらぬ為に、自分の居城に住み、人と交わらずに生きていたんじゃなかったのか?」
「そう邪険にするな。一つ情報を持ってきただけだ。恐らく、お前達にも関係ある事だよ。それにしても、およそ一世紀振りか? お前が初代ヘルシングを相手に敗北を喫して以来だな」
「ああ、そんな物だ。で、情報とは?」
「最近、英国圏で大量に吸血鬼発生事件が起きてるそうじゃないか?」
エヴァンジェリンは薄い笑みを浮かべて言った。その言葉にウォルターとアベルの二人が顔を引き締める。
「ああ、そうだ。情報は既に流れる所には流れている様だな」
「先日、二人組の男が私の城に来た。片方が先ず仕掛けてきたから、適当にあしらったが、そいつは相当な腕前だった。何より、どちらも人外の化物だ。その二人組のもう一人が、自分は特使だと私に名乗って、こう続けたよ」
エヴァンジェリンは一度言葉を区切り、続ける。言いながらその時の事を思い出したのか、彼女の顔には微笑が張り付いていた。喩え様も無く妖しげな氷の微笑だ。それを見たセラスの背に、ぞっとする物が奔った。
「我々の目的は戦争だ。その為の戦力を集めている。共に来ないか? とな」
全員がその言葉に驚愕し、それからギョッとした様子で身体を振るわせた。
アーカードが笑い出したからだ。心底楽しそうに面白そうに彼は笑っている。背を反らし、腹を抱え、彼は一人愉快と未だ見ぬ敵を夢想し笑っている。
「く、くくっ、くっくっく、くはッ、はははははははは、化物が徒党を組み、『闇の福音』を真っ向から勧誘し、目的は戦争ときたか。面白い、酷く面白いぞ。未だ、そんな、恐るべき馬鹿共が存在していたなんてな。まだまだ世界は狂気に満ち溢れている」
笑うアーカードを尻目にアベルとウォルターは呟く様に言った。
「一連の事件と無関係、では無いのでしょうね……」
「恐らく、としか申せませんが、そうでしょうな」
エヴァンジェリンはアーカードの反応に満足そうに微笑むと、
「私の知っている事はそんな所――」
言葉の途中で勢い良く振り返る。否、彼女一人ではない。アーカードとアベルも一斉に同じ方向へと振り返っている。それはヘルシング本部裏門の方向だ。状況が分からずセラスは素っ頓狂な声を上げた。
「あ、あの、どうか、したんですか?」
「くくっ、噂をすればだ。敵襲だ」
アーカードはそう言うと不敵に笑った。
†††
少し時を遡る。
ヘルシング機関本部の巨大な屋敷は広大な庭園ごと周りをぐるりと白く分厚い塀に囲まれており、その正門、裏門の前には銃を携帯した警備員が数名立っている。 その警備体制、人員が、今日は何処か物々しい雰囲気を発しているのは、そこに集った者故だろう。
そんな中、裏門に向って歩く、二つの人影があった。
一人は顔の至る所にピアスを通しており、粗野な風体の男。何より目立つのは、ユニット帽と上下ジャージ姿という格好で、そのどれもが黒い事だ。
もう一人は端正な顔付きで、白いスーツを一部の乱れも無く着込んだ男だ。こちらは少し長めの金髪をオールバックにして眼鏡を掛けている。
見た目格好共に対照的な二人であるが、性格もそうなのか黒尽くめの男は落ち着きが無く、頻りに白いスーツの男へと話し掛けている。一方、白いスーツの男は落ち着いた様子で所作に隙が無い。
「さしもの俺もぶっきれてさー。なー、兄ちゃんもそう思うだろー?」
「やかましいぞ。仕事前に、お前はいつもいつもやかましい。仕事はクールにやるもんだろう」
「はいはいはい、またそれかよ。分かってる。分かってますって」
「こんな大仕事久しぶりだ。失敗は許されん」
「失敗? ありえねー、ありえねー。朝飯前もいいとコロだぜ」
黒尽くめの男、ヤン・バレンタインと白いスーツの男、ルーク・バレンタインは互いに喋りながらヘルシング本部の裏門へと歩み寄っていく。
門前にて、その前に二人の男が立ち塞がった。裏門前に待機するヘルシング本部の警備員だ。彼等は各々、腰に拳銃を吊っており、掌で警棒を弄びながら、高圧的な態度で二人に迫る。
「何だ、君等は? ここは立ち入り禁止だ。立ち去りなさい」
警備員の言葉に、ルークは一礼すると自らの後方を指差す。そこには二台の大型バスが停まっていた。窓は全て黒い偏光ガラスで覆われ中は見えない。
「ああ、これはこれは失礼。私達、旅行ツアーの者でしてね。イギリスの古い貴族の屋敷や城を見て回ろうちゅうツアーで、やってきたんですが」
「ここは公開とかはしてないんですか?」
「ここは私有地だ。直ぐに立ち退きたまえ!!」
ルークとヤンの言葉に、警備員は声高に答える。すると、二人は笑い始めた。真面目に話を聞いているとは思えぬその姿に怒りを覚えたのか、
「何がおかしい!?」
警備員の怒声が飛んだ。その瞬間である。黙って二人を凝視していた警備員の身体が不意に傾いだと見えると、倒れた。額を撃ち抜かれ、即死であった。
「なっ!?」
それを見た警備員が慌てて叫ぼうとし、声を失う。血の気が引いたのか、顔を青くさせ、ガタガタと肩を震わせて、彼は一点を見つめていた。停車していたバスだ。その窓がいつの間にか一つ残らず開き、そこから何十と覗くライフルの銃口が全て彼に向いているのだ。
「大丈夫かね? 顔色が悪い」
「チャオ」
ルークが楽しそうに語りかけ、ヤンが指を鳴らす。
同時に、警備員は挽肉と化した。数十という銃口がフルオートで弾丸を吐き出し、一瞬で警備員の身体は千切れ飛んだのだ。しかし、それでも猶、銃撃の雨は止まない。
「撃ち方やめ!!」
ヤンが言ったが、銃撃は一向に止む気配を見せない。地鳴りの様な音が続くだけだ。
「やめろってんだーー!!!」
結局、ヤンが叫んで、少ししてやっと銃撃は止まった。ヤンはぼやく様に、
「兄貴、やっぱこいつら全然馬鹿じゃん。大丈夫なの?」
「フン、実験さ。ただの下らん、普通のな。あの人にとっては俺等も奴等もただの過程にすぎんのだろ」
「ふむ、実験か。言い得て妙なり」
野太い声と同時に、バスの入り口の扉が砕けて宙を舞う。
そこから、まず二人の男が現れた。一人は筋骨隆々とした若武者。その背と腰に太刀を帯びており、両腕には二丁のアサルトライフルを持っていた。もう一人は白髪の学生服を着た少年で、その顔の目、口、眉、頬とどこにも感情の色は無く、その顔は見る者に能面の様な印象を与えた。
問題はその後である。ジャケットを着込み、盾と小銃を構えて完全武装した兵隊が続々と降りてきたのだ。
更に、彼等は人間ではなかった。
人間以上の膂力と頑丈さを誇る、総勢五十名もの完全武装したグールの兵隊だ。
太刀を帯びた男が放ったライフルを受け取り、両腕に握ると、ヤンは不敵に笑う。
「何でも良いや、くだらねぇくだらねぇ。俺達にとっちゃあ、人殺しが出来て、生き血がすすれれば何でもかまわねぇや。ヘルシングだか、アーカードだか、アルカードだか知らねーが、ぶっ殺してやらあ」
「ククッ、その通りだ。最早、はよう斬りたくて堪らぬ。斬り応えのあるのが幾人いるか。ククッ、笑いが止まらんな」
太刀を持った男が血走った目で同意する。
「フン、どいつもこいつもやかましい事だ。静かなのは、新入り一人か」
呆れたとばかりに、ルークは言った。新入りと呼ばれた無表情の少年はそれにも答えず、黙ってヘルシング本邸を見据えている。
「新入り、お前は俺と一緒に来い。お前等はこいつらを連れて円卓会議の連中を叩け」
「分かったぜ。兄ちゃん」
「応」
「分かりました」
各々が答えると、ルークは不敵に言い放つ。
「行くぞ。皆殺しだ」