吸血戦線   作:焼肉大将軍

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魔人の祭典

 血風が舞う。

 その只中に、彼はいた。

 ケイン・ウォーロック。ウォーロック家代表にして、円卓会議メンバー唯一の吸血鬼である。

 彼とアベルの到着と同時に、二階はグールの食事場から屠殺場と姿を変えた。

 ヤンが率いるグールの部隊は二階で散徊しており、彼等と最初に出会ったのは警備員の死体に喰らい付いている二人のグールだった。アベルが拳銃を構え、二人に気付いたグールが視線を上げる。その時には、ケインが一歩の跳躍で接近すると同時にグールの頭へと拳を打ち込んでいた。

 グールの頭が爆砕し、脳漿と血反吐が舞った。側頭部を叩いた拳は肉を爆ぜさせ頭蓋を砕いている。更に、もう一体のグールの反応よりも速く放たれた回し蹴りは、その首から上を削ぎ落とした。

 そこに断末魔の悲鳴は無い。

 しかし、仲間の死に反応したのか、別のグールが廊下の先で彼等に銃口を向けた。咄嗟にアベルが反応する。

 

「危ない!!」

 

 アベルの撃った弾丸は正確にグールの額を貫いた。これは見事な腕と言えよう。しかし、安堵も束の間に、敵を襲うべく悪鬼の群れが姿を現す。廊下の角と途中の扉から数体のグールが姿を見せたと見えると、その銃口は真っ直ぐに彼等へと向けられる。

 

「くっ!! 一旦引き――」

 

 と、そこでアベルは絶句する。

 眼前のケインが、向けられた幾つもの銃口を前に一歩も引く気配を見せず、仁王立ちしていたからだ。

 

「何してるんです!! 逃げ――」

 

 言葉の途中でグール達が握ったアサルトライフルが火を吹き、一斉掃射が彼等を襲った。廊下の中央で仁王立ちしているケインは元より、逃げ遅れたアベルも命は無い。咄嗟にアベルが何事か呟こうとし、驚愕に止まる。

 見よ、ケインの眼前中空に停止する幾百の弾雨を。飛来する弾丸尽くがケインの五十センチ程手前の空間にて推進力を失い、びたと止まっていくのである。この光景には、アベルも呆然と目を瞠った。

 

「ここは任せろ。お前は生存者の救援に向かえ」

 

 と言うと同時に、ケインは近くのグールへと襲い掛かった。彼の拳が、蹴りが打ち込まれたと見えると、その部位が爆砕し、腕を軽く振るったと見えると、その指先から放たれた血の滴が空を切って飛来する。その血の滴は宛ら散弾の如く四散して飛来し、また、その様に働いた。頑強を誇るグールの四肢が撃ち込まれた赤い飛沫の前に千切れ飛ぶのである。

ケインは、魔術と体術を組み合わせた独自の武術の使い手である。その魔術の一つが降り注ぐ弾雨の一切を止めて見せた念動力、『力場思念(ハイド・ハンド)』である。更にそれを武術と組み合わせる事で、彼の打撃はグールすら一撃で屠る威力を生み出しているのであった。

 

「分かりました。こちらは任せます」

 

 アベルは言うと、ケインと別れて走り出す。

 眼前のグールを薙ぎ払うと、ケインは振り返ってアベルの後ろ姿を見送った。それから、視線を戻そうとした時、

 

「失礼、少し私と戦ってもらうよ」

 

 いつ現れたのか、ケインの背後に黒尽くめの男が立っていた。

 これは敵がグールだけと油断していたケインには冷や水を掛けられる思いであった。

 ケインは驚愕を押し殺し、咄嗟に振り向くと同時にハイド・ハンドを自らの後方へと叩きつける。壁が陥没し、砕けたガラスとコンクリートの破片が四散する、が、そこに人影は無い。次の瞬間、ケインの身体は宙を舞った。男は懐に潜り込む形で念動力の暴風を避けると、左のフックをケインの鳩尾に叩き込んでいたのである。

 男の踏み込みで床が陥没し、撃ち込んだ拳の衝撃にケインの巨体は軽々と宙に舞った。

 正に、吹き飛ばされた、という言葉の通り、ケインは衝撃に吹き飛び、壁へと半身を強かに打ちつけた。ハイド・ハンドで半壊していた壁面はその衝撃に耐え切れず砕け、ケインは勢いを殺し切れずに中庭へと真っ逆さまに放り出される。

 中庭の石畳に直撃する瞬間、何とか体勢を立て直し、着地したケインは真っ直ぐに自らの開けた大穴を見据えた。

 粉塵を払いながら、そこに男が現れる。帽子からブーツまで、黒で揃えた格好に、豊かな髭を生やした壮年の男であった。ケインは静かに言った。

 

「何者だ?」

 

 男はこれに笑いながら返す。

 

「おや、これは失礼。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。伯爵などと言っているが、没落貴族でね。今はしがない雇われの身だよ」

「そうか、灸を据える必要があるな」

 

 言葉と同時にケインは腕を振り、そこから放たれた血の散弾が空を切る。

 と、同時に一歩で壁際まで寄ると、男の眼前へと跳び上がった。グールをも八つ裂きにしたケインの血の散弾を、ヘルマンは両腕を眼前に構える形で真っ向から受け止める。伝導した衝撃に足場が陥没するも、彼に後退の二文字は無い。

 そこへ間髪入れずにケインの回し蹴りが襲い掛かる。しかし、これを肘で受けると同時に、ヘルマンの繰り出した左のジャブがケインの身体を中空へと押し戻し、放たれた中段突きがケインの胴を捉える。衝撃に再びケインは地へと落ちた。

 今度は受身も取れずに背中から地面に打ち付けられ、石畳を砕いて停止する。ヘルマンは一つ溜息を吐いて言った。

 

「やれやれ、この程度かね。いや……、君は本気で戦ってはいないな。中の状況が気になるかね? 決着を急いでいるせいで動きが分かりやすい上に、注意力が散漫だ。くだらない。実にくだらないぞ。期待外れ――」

 

 ヘルマンの言葉が途中で止まる。地に伏したケインが笑っている事に気付いたからだ。同時に、ケインを中心として圧迫感と共に目に見えない気配がタールの如く大地に漏れ出し、拡がっている。彼が立ち上がると同時に、その四肢から霧が上がった。

 眩霧(リーク・ブラッド)と呼ばれる現象である。ある血統の力のある吸血鬼がその威を振るう際に発生する幻の霧だ。こんこんと湧き出るそれに、ケインの姿が霞んだ。

 

「愚か者め……。戦いに臨み、これ程当たり前の事を忘れるとは」

 

 言葉を聞く間は無かった。しかし、ヘルマンには確かにその言葉が耳元で鮮明に聞こえていた。

 ケインの放ったハイド・ハンドがヘルマンの立つヘルシング本部の一角、二メートル四方を削ぎ落として宙へと舞い上げた。と同時にケインは地を蹴り跳ぶ。

 コンクリートの破片と一緒くたに空中で錐揉みしていたノイマンは咄嗟に中段突きを放つ、が、今度はケインが懐に飛び込む形でそれを避けると、鳩尾に拳を撃ち込んだ。先のヘルマンの一撃に勝るとも劣らぬ打拳、その衝撃で吹き飛ぶかに見えたヘルマンの体は、逆にびくとも動かなかった。

 それに、ヘルマンが驚愕の表情を見せる。

 ヘルマンが衝撃に耐えたのでは無い。空中にて衝撃を堪え切れるはずも無い。ケインのハイド・ハンドが彼の身体を掴んで離さぬのだ。

 ケインは更に拳でヘルマンの顎を跳ね上げ、その身体を掴んだハイド・ハンドを止める。念動力による束縛から解放されたヘルマンが瓦礫と共に落下を始め、ケインはその胴へ踵蹴りを撃ち込むと、その反動でその場から離脱した。

 蹴りの衝撃に、ヘルマンは真っ直ぐに中庭の地面へと落下し、そこへ瓦礫の山が降り注ぐ。

 その傍ら、数メートル離れた地点にケインは着地すると、じっと瓦礫を見据えた。四階分の高さから加速を付けての落下と、同じ高さから降り注いだコンクリートの直撃を受けて猶、男が死んでいないという確信がケインにはあった。

 当然である。

 その程度で死ぬのならば、先のケインの一撃で当に死んでいる筈だからだ。

 そのまま数秒の静寂があった。そして、突如瓦礫が爆散した。瓦解していたコンクリート片が尽く四方に吹き飛び、その中心にヘルマンが立っている。彼は笑っていた。

 

「ふふはははははは!! 良いね!! 素晴らしい!! これだよ。これが見たかったのだよ。では――」

 

 笑いを止め、

 

「私も本気でやらせてもらうとしよう」

 

 二人の魔人は戦闘を再開した。

 

 

  †††

 

 

 一方、ケインと離れたアベルは先ず、使用人室へと向かおうとして、轟音に足を止めた。ケインが壁をぶち抜いて中庭へと落下した際の音である。事情を知らぬアベルはその音を聞き、使用人室へ向かう足を急がせ様として、前方に瞬く六の赤光に足を止めた。

 赤く瞬いたのはグールの両目であった。

 次の瞬間、アベルへと向けられた銃口が火を吹く。咄嗟にアベルは傍らの部屋へと飛び込んだ。と、同時にグールの一体が倒れる。

 部屋に飛び込む一瞬に、アベルの銃撃は正確にグールを射抜いていたのである。これで戦況は一対二。しかし、即座に残りの二体のライフル掃射が戸口に突き刺さり、堪らずアベルは部屋の奥へと退く。

 

「くっ、このままじゃ……」

 

 足止めに歯噛みしつつ、アベルは辺りを見渡す。

 その目が一点で止まった。それは天井の通風孔であった。

 

 同刻、二階使用人室。

 そこは恐怖が支配する空間だった。

 襲撃が起こった際、数名の警備員が使用人達を非難させるべく使用人室へ来たは良いが、敵の二階制圧が予想以上に早かった為、彼等はそこに孤立させられる形になったのだった。

 窓から飛び降りようとも、外には数体のグールが徘徊している。結局、彼等は全員が力を合わせ、扉の前に机などを積み上げバリケードを作ると援軍を待つことにした。

 それが今、破壊されている最中なのである。

 グール達がその凄まじい膂力でバリケードを崩して扉を開けようとし、警備員達がバリケードの隙間からライフルを撃ち、その身体でバリケードを支える事で敵の侵入を防いでいる。

 グール達に発見されて数分。援軍はまだかという警備員達の怒号と、使用人達の絶叫と泣きじゃくる嗚咽が場を満たし、俄かに絶望が空気としてこの場に流れ始めていた。

 そんな時であった。急にバリケードを押さえていた警備員の一人が倒れたのである。使用人達には直ぐには事態が呑み込めなかった。

 次にバリケードの中で最も重かったであろう机が宙を舞って壁へとぶち当たった。それから轟音と共にライフルを構えた警備員達が次々と銃殺され、黒尽くめの男、ヤン・バレンタインが扉から入った時、彼等はやっと絶叫を上げた。

 

「チャオ。何だ、たくさんいるじゃん」

 

 ヤンはそう言って笑い、舌なめずりすると、手近にあった警備員の死体を扉近くに向かって放り投げる。すると、部屋に入ってきたグール達が一斉にそれを貪り始めた。

 四肢を肉を、先程まで生きていた、彼女達を励まし、守ってくれていた警備員を、化物共が貪り食っている。その姿にある者は気を失い、ある者は絶叫し、ある者は何も言えずにへたり込んだ。

 

「んじゃあ、折角の女共だ。ヘルシングちゃんの前に、犯して殺して食って――」

 

 言葉の途中でヤンが咄嗟に後ろに跳んだ。

 次の瞬間、ヤンが立っていた位置を銀の銃弾が横切って床へと突き刺さったと見えると、一つの影が天井より舞い降りる。

 同時に影に六つの火花が咲いた。

 息をもつかせぬ六連射の銃撃である。

 しかし、ヤンは横っ飛びする形でそれすら避けた。結果、撃ち出された銃弾はそのまま後方に、男の死体を貪っていたグール達に降り注ぐ。

 拳銃を構えた神父、通風孔から飛び降りたアベルはヤンを睨むと、

 

「人は己の播いたものを刈り取らねばならない――参ります」

「フヘハ、ハハハハヒャハハ!! そうそう、そうこなくっちゃなぁ。楽勝過ぎてつまんねーと思ってたとこだよ、優男」

 

 ヤンは笑って両のライフルの引き金を引いた。

 

 

  †††

 

 

 同刻、太刀使い率いるグール部隊は円卓会議室前の廊下に差し掛かった所であった。

 太刀を持った男を戦闘に、隊列を組んだグール達は真っ直ぐに円卓会議場を目指して進む。そして、彼等は足を踏み入れた。セラスとウォルターが陣取った、そこへ。

 先ず、廊下の側面にある一室の扉が開き、一閃。

 銀光が舞った。

 即座に、太刀を手にした男がそれに反応する。片足に力を入れ、片腕を上げ様とし、その腕が肩から落ちた。と、同時にその背後の二体のグールの胴が斬れたのである。

 人の身体は思う以上に柔軟で、堅い。

 真剣を持った達人で漸く胴斬りが可能と言った所だ。男に反応すらさせず、音も無くグールの胴すら容易く両断した物とは何か?

 それを持ったヘルシング家執事、ウォルターが目の前に現れるまで、男には咄嗟にそれが何か分からなかった。

 

「外したか……。やはり、昔のようにはいかないモノだ」

 

 そう呟くウォルターが手を振ると、傍の床に細い血の線が走る。

 糸である。

 ウォルターの手袋から伸びた鋼糸が、残影すら無く、男の両腕を、グール達の胴を両断したのだ。

 

「ウォルター・C・ドルネーズ。ヘルシング家執事。元ヘルシング家ゴミ処理係――」

 

 と、そこまで言うと、ウォルターは廊下の端へとすっと身を寄せた。

 

「行くぞ」

 

 言葉と同時に、ウォルターが出てきた部屋の扉が吹き飛んだ。

 ウォルターの後方からひ飛来した何かが扉を撃ち抜いたのである。男が咄嗟に腰に差した太刀を抜く、が、飛来したそれは太刀の刃を真っ向からぶった斬ると男の胴へと奔った。

 次の瞬間、背骨ごと胴を食い千切られ、男の上半身が宙を舞い、そのまま後ろにいたグールの盾を貫いて肩を抜け、更に後ろのグールの胸を撃ち貫いて後方へと抜けていく。

 その衝撃にグール達の動きが一瞬止まる。と、その瞬間、低い旋回音と共に銀の糸が宙を舞い、部隊を前後で分断する形で人の胴の高さへと落ちた。

 

「のろい」

 

 言葉と同時に引き絞られた糸がグール達を両断する。

 

「やはりグールはグールですな。グールの頑強さに目を付けたのは良いアイデアですが、これでは不死身の無敵軍には程遠い」

 

 言葉と共にウォルターは糸を振るい、血を跳ねた。

 男の上半身が床に落ち、死神は笑う。

 床に落ちた衝撃で男の顔が横へ向き、吹き飛んだ扉の背後に自らを殺した者を見たか、否か。そこにいたのは部屋から砲身と上半身のみを出して狙撃姿勢を取り、自らの撃った化物砲の馬鹿げた威力に驚いて目を白黒させているセラスであった。

 

「セラス嬢。第二射!! 敵戦列中央」

 

 ウォルターの言葉に咄嗟にセラスは反応し、砲弾の入れ替えを行なう。

 その時であった。突如として天井をぶち抜いた腕がウォルターへと襲い掛かったのである。

 

 






『後書き』
視点変更を多用する癖は昔から治っていない様です。
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