吸血戦線   作:焼肉大将軍

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各々の獲物

 時を少し遡る。

 円卓会議を翌日に控えた晩、一階の食堂でセラスとアベルは夕食を取っていた。 二人とも食事が済み次第、地下階はアーカードの部屋に来るようウォルターに言われている。

 

「一体ウォルターさん何の用なんですかね? 明日の警備の事……って、アベルさん、人の話聞いてます?」

 

 言葉を途中で止め、セラスは半眼でテーブルの向かいに座るアベルを見る。

 

「勿論、聞いてますとも、セラスさん」

 

 と答えるアベルは口いっぱいにパエリアを頬張りつつ、海老の殻剥きに奮闘している。剥いた海老を口に放り込むと、次は大皿に乗ったソーセージへと手を伸ばす姿は誠意を表すには問題有り、と言われても仕方があるまい。

 使用人の女性からおかわりしたスープを受け取ると、それで口の中の咀嚼物を流し込み、アベルは続ける。

 

「明日は円卓会議がありますから、それの警備についてじゃないですかね? 私の場合、頼んでおいた拳銃の修理がそろそろ届くと思いますし」

 

 と、言うと、アベルは食事を再開する。セラスが呆れた調子で、

 

「もしかして、それ、全部食べるつもりですか?」

 

 と目の前のテーブルに並べられた優に三人前はある料理を指差しながら聞いた。対するアベルは当然の様に頷く。

 

「出された料理を残すのはコックさんに失礼ですよ。それに、食べ貯めしとけばヴァチカンに帰っても三日は持ちます。いや、記憶を反芻すれば一週間くらい……」

「もう、私、先に行きますよ。後でちゃんと来て下さいね」

 

 セラスは立ち上がると食堂から出て行く。

 

「あ、待って下さい。私も行きます」

 

 アベルはそう言うと、パエリアを米粒一つ残らず口の中に詰め込んで席を立った。その途中、セラスの座っていたテーブルを見て、少しの間、彼の動きが止まる。見れば、セラスは出された料理に殆ど手をつけていないのだ。

 アベルは一瞬真剣な顔付きになると、残り物のローストビーフを摘んでセラスの後を追った。

 二人がアーカードの部屋に着くと、そこでは既にウォルターが待っていた。部屋に入った二人を見ると、ウォルターは手近にあった鞄を取り出す。

 

「先ずは、アベル様。拳銃の修理、出来上がっております」

 

 とウォルターは鞄を開けて、アベルに拳銃と特性の弾丸を差し出す。礼を述べるアベルに一礼を返すと、

 

「それから、アーカード様、例の物が仕上がっております」

 

 更に彼は一丁の拳銃を取り出した。黒い銃身に白の装飾。それはアベルの物と比べて極端に大きく、重い。

 

「はは、これは――」

 

 手に取るアーカードにウォルターは説明を始める。

 

「対化物戦闘用拳銃『ジャッカル』。今までの454カスール改造弾使用ではなく、初の専用弾使用銃です。全長39センチ、重量16キロ、装弾数六発。専用弾は13mm炸裂鉄鋼弾を使用致しております。もはや、人類では扱えない代物ですが」

 

 傍らにはその説明に素直に感嘆するアベルと、少し引いているセラスの姿があった。アーカードは拳銃を構え、その銃身を眺めながら聞く。

 

「弾殻は?」

「純銀製マケドニウム加工弾殻」

「装薬は?」

「マーベルス化学薬筒NNA9」

「弾頭は? 炸裂式か? 水銀か?」

「法儀礼済み水銀弾頭でございます」

 

 アーカードはそれを聞いて凄絶に笑った。

 

「パーフェクトだ。ウォルター。これならば、アンデルセンすらも倒しきれるだろう」

 

 その言葉にウォルターは一礼する。

 

「感謝の極み。では、最後に婦警殿。貴方の武器も新調致しましたよ」

 

 と、言うとウォルターは部屋を出る。

 それから、通路に置かれた縦長の木箱を持って部屋へと戻る。それを持つ様子から、相当な重量である事が傍目に知れ、セラスは何か嫌な予感がするのを禁じられなかった。そのせいか隣で能天気に愛銃をつついているアベルが気に障る。

 ウォルターが木箱を開け、中から巨大な銃身、否、砲身が露わになると言った。

 

「30mm対化物用砲『ハルコンネン』」

「な、な、そ、それ……」

 

 セラスは二の句が次げず、『ハルコンネン』を指差して震えていた。

 

「弾は二種。劣化ウラン弾及び、爆裂鉄鋼焼夷弾。主力戦車を除く、全ての地上・航空兵器を撃破出来ます」

 

 砲身は目測凡そ二メートルに及び、これの前ではアーカードの化物銃ですら霞んで見えた。アベルの拳銃などまるで玩具である。フォルムとしては対戦車ライフルである九十七式自動砲やシモノフPTRS1941に近いが口径はそれらより遥かに大きい。

「ははぁ、これは凄い。正に重火器ですね」

「ほう、予想以上だ」

 

 それぞれアベルとアーカードが感心した様子で言い、

 

「な、なんじゃこりゃー!!」

 

 セラスが大声で嘆いた。

 

 

 セラスにとって、この対化物用砲『ハルコンネン』を扱ったのは、ヘルシング本部へ襲撃したグール達を相手にしたのが初めてだった。前方のウォルターが敵の注意を引き、そこを撃つ。差し迫った現状とウォルターの生死が掛かる状況から、セラスはこの得物を使う事を腹に据えた。

 また、セラスは元々この手の火器の威力を正確に把握していた訳ではなかった。故に、その砲弾が敵の身体を引き千切り、その火力を目の当たりにした時、驚愕とその凄惨な光景に悲鳴を上げた。

 

「セラス嬢。第二射!! 敵戦列中央」

 

 恐らく、その光景と状況、すぐさま飛んだウォルターの指示があったからであろう。彼女は自らの肩にぶつかる反動を物ともしなくなっている自身の変化に気付かなかった。

 

 

  †††

 

 

 時は進み、場は円卓会議場前。

 突如として天井をぶち抜いた腕がウォルターへと襲い掛かった。

 長さ一メートルを超えるそれは恐るべき速度でウォルターの首へと向かう。ウォルターに、通風孔へと潜んだ敵の攻撃であると気付く間があったか、否か。

 その魔手は先程警備員の首を一瞬でへし折り、その身体をいとも容易く中空へと吊り上げる程の力を秘めている。

 腕がウォルターの首を掴んだ。同時に、その腕が撓ったと見えた時、ベキッという嫌な音が響いた。正しくそれは骨折音に違いない。

 

「ウォ、ウォルターさんッ!!」

 

 セラスが叫ぶ。

 

「ぐ、がああぁあああああ!!」

 

 同時に、天井から苦悶の絶叫が降り注いだ。

 見れば、敵の腕は関節であらぬ方向へ圧し折れ、そこにはウォルターの手へと繋がった鋼糸が巻きついている。敵の魔手が首を掴む刹那の一瞬に、ウォルターは男の腕を鋼糸で絡め取ると、一息にへし折っていたのである。

 その凄まじさはセラスには咄嗟に理解が出来なかった。

 しかし、天井に潜んだ者は別である。自らの決死の奇襲が破られたのだ。男は憤怒の面持で叫ぶと、更に腕を伸ばした。

 しかし、咄嗟にウォルターが一歩後退し、あらぬ方向へと曲がった腕では天井に潜んだ敵の指はウォルターの首に届かぬ。

 ならばと男はウォルターの襟を取った。同時に男が渾身の力で腕を引くと、ウォルターの身体が中空へと浮き上がり、止まる。

 見れば、ウォルターの手から伸びた鋼糸が四方に伸び、石柱に絡み付いているのだった。そのピンと張った鋼糸が中空へと持ち上がる身体を止めているのである。

 

「貴様等、射殺しろッ!!」

 

 天井の男が吼えた、と同時に、ハルコンネンの威力に動きを止めていたグール達が手にしたライフルをウォルターへと向ける。この状況には流石のウォルターも冷や汗を流した。

 力が拮抗し自在に身動きの取れぬ状況で、幾つもの銃口が彼へと向けられているのだ。

 天井が爆砕したのはその瞬間である。

 それはハルコンネンの砲弾であった。

 セラスがハルコンネンを咄嗟に構え、天井ごと通風孔に身を隠す男を撃ち抜いたのである。砕けたコンクリートの破片が辺りへと飛散し、千切れた敵の下半身が床に落ちた。これでウォルターも自由の身となった。

 しかし、物陰に隠れるよりもグールのライフルが火を吹く方が早い。

 けたたましいアサルトライフルの掃射音が鳴り響く。天井から降り注いだ粉塵で視界の利かぬセラスは必死に叫ぶ。

 

「ウォルターさんッ!!」

 

 そこへ、

 

「いやはや、助けられましたな」

 

 と常と変わらぬ調子で答えるは、間違う事無くウォルターの声である。

 安堵と同時に信じられぬという驚愕がセラスを包んだ。一体、如何にして銃弾から逃れたのか?

 粉塵の闇が薄っすらと晴れた時、そこに立っているのは、天井に潜んだ敵手の上半身を盾にしたウォルターの姿であった。彼はあの一瞬に、敵を引き摺り下ろし、自らを守る盾としたのである。

 見事な咄嗟の機転と反応と言えよう。

 しかし、そこには隙があった。二つの隙が。

 ウォルターが眼前の死体の盾と粉塵で視界が利かない事。

 そして、もう一つ。

 敵を率いる者を倒し、残りはグールのみと彼等が思い込んでいる事である。

 彼等は知らぬのだ。ハルコンネンの初撃で殺してしまったが故に、あれが指揮官ではなくグールの一人だと知らぬのである。

 それは致命的な隙であった。

 ウォルターの眼前、死体の盾の影に敵手がいた。

 グール達と同じ格好をしたそれは、片手に太刀を握っている。

 

「危ないッ!!」

 

 粉塵の靄の奥に太刀の煌きを見たセラスが咄嗟に叫ぶ。

 同時に、銀光が一閃した。それは死体の盾を貫き、ウォルターへと奔る。

 

「愚弟が失礼致したが、先の腕、確かに見せて頂いた。ヘルシングの死神は健在の様ならば、これは彼奴では荷が重いと言うものよ」

 

 ウォルターの胸板が一文字に裂け、太刀を振るったグールが、否、グール達を率いる主が覆面を剥ぎ取り、笑う。

 

 

  †††

 

 

 同刻、一階。

 南西の廊下を歩くルーク・バレンタインの姿があった。

 その歩みの反対、彼が通った後はそれと分かる血反吐の道があった。

 正面玄関から累々と並ぶ屍の山、バラバラに切断された人の部位が線状に連なり、彼の足跡となっているのだ。

 ルークが足を止める。視線の先、壁には一メートル四方の油絵があった。地味な色調で女性の描かれた物だ。彼は少しそれに見入り、一歩近付く。

 その瞬間、油絵を貫いた十の鉄槍がルークへと降り注いだ。咄嗟に後に跳んだルークの影を槍は追走し、それらは尽く獲物を貫くと壁へと縫い付けた。

 と、同時に柱の陰から銃を構えた男達が顔を出す。警備兵達である。

 彼等は銃を構えたまま近付き、

 

「なッ!?」

 

 驚愕の呻きを上げた。一人死んだ。彼等の眼前で串刺しになっていたのはルークの纏っていた白い上着にすぎなかったのである。咄嗟に消えたルークを探して彼等の視線が錯綜する。二人死んだ。そして、次の瞬間、やっと頭を唐竹に切り落とされた男が倒れた事で、事態の異常に気付き、死ぬ。

 警備兵達は皆死んだ。銀の煌きが一瞬の内に警備兵達の間を縫ったと見えた刹那、彼等の身体は瓦解し、血飛沫が舞う。

 一拍の後、その場にはルーク・バレンタインただ一人が立っていた。

 彼は手にしたナイフの血を払うと、腰に戻す。それから視界の端に、階下への入り口を見つけ、その場を後にした。

 また、一階にはルークの残した惨殺死体とは別に、もう一種、異様な風景があった。各部屋にある石像達である。人が消え、それと瓜二つの石像のみが残っているのだ。

 

 

 足音が響く。地下階へと続く階段の中腹で男が言った。

 

「吸血鬼アーカード、いるのだろう? いるのは分かっている。姿は隠せても、貴様の強力な気がここから立ちのぼってくる」

 

 地下階へと辿り着いた男は真っ直ぐに廊下の先を見る。闇の先を見る。

 そして、男は、ルーク・バレンタインは凄絶に笑った。

 

「姿は隠せても? 私は逃げも隠れもしない。ただ、少し待ちくたびれただけだ」

 

 そうルークに答えるは廊下の最奥、椅子に座って片手にワイングラスを握ったアーカードその人である。

 互いの間を一瞬沈黙が過った。

 一瞬の間。その一瞬の間は永劫の長さを思わせる。灯の一切無い暗闇の中、漆黒を纏い佇むアーカードの身体は闇に溶け、白のルークは闇の中に浮かび上がる。

 互いに人外、共に頭角、この対照的な化け物は奇襲から後、今始めて魔魅の如く相対したのである。

 ルークが口火を切る。彼は更に笑みを深くし、

 

「なるほど、そうか。ならば――」

 

 懐から拳銃を、腰からナイフを同時に抜く。

 

「お待ちかねといこう」

 

 

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