一方、二階使用人室。
ヤン・バレンタインの諸手が握ったアサルトライフルが甲高い咆哮を上げ、銃弾が空を切る。
硝煙が上がり、吐き出される弾丸と轟音、その全てが眼前の神父へと襲い掛かる。神父が咄嗟に一歩退き、銃口がそれを追う。
硝煙の霧の奥、幾つもの銃火の線が神父の影を串刺しにして、その背後へと抜けた。
その場全ての人間が銃殺された神父の幻を網膜に焼き付けた時、ヤンは既に跳んでいた。上半身を落とし、前傾姿勢を取ると驚くべき速さで前方へと跳躍したのだ。更に、ヤンはその勢いのまま、掃射を受けた神父へと蹴りを入れた。
その瞬間、蹴りを入れられたと見えた神父がその蹴足へと絡みつく。見れば、神父と見えた影は彼の着ていたコートに過ぎない。
神父アベルは既にヤンの側面を駆けながら拳銃の弾込めを済ませている。
アベルの腕が真っ直ぐにヤンへと向けられる。と同時に、ヤンは横っ飛びに跳躍した。
ヤンはアベルを視認すると、銃口が自らを捉えるよりも早く、飛び掛ったのである。
咄嗟にアベルが一歩退きつつ、銃口を合わせようとする。しかし、ヤンの方が速い。ヤンは身体をアベルの懐へと入れると彼の拳銃を握った手に、右肘を打ち込む。衝撃にアベルの拳銃が火を吹くも、銃弾はヤンを逸れて壁へ撃ち込まれた。即座に、ヤンはそのまま大上段に右腕を薙ぐ。握ったライフルのグリップがアベルの頬を打ち、アベルが衝撃に大きく仰け反った。
ヤンが勝利を確信し、左の銃口をアベルへと向けようとして、
「なッ!!」
驚愕の呻きを上げた。
アベルが仰け反った衝撃を利用して距離を開け、打ち払われた右腕をヤンの眼前へと戻していたからだ。直後、ヤンの眼前に突き付けられた銃口が火を吹くも、ヤンは咄嗟に首を捻り、銃弾はその頬を削るに止まる。
「残念でしたァ」
嘲るヤン。その翻った左腕の銃身がアベルの拳銃を跳ね上げた。
勝利を確信したヤンの笑みが深くなる。対するアベルの顔に浮かぶのは決死の表情であった。ヤンが右の銃口をアベルに向けようとするのと同時に、今度はアベルが前に出る。アベルは接近と同時に、ヤンのアサルトライフルの銃身を掴み、そのままヤンへと突進する。
アベルの狙いは彼等を結んだ直線上、ヤンの背後の窓である。それは先のヤンの乱射で砕けている。アベルは共に落ちる覚悟の突進で、ヤンをこの場から引き離そうとする腹積もりであった。
しかし、その直後、アベルの身体が宙を舞って、壁へと叩きつけられる。
ヤンの放った蹴りであった。
アベルの腹を捉えたヤンの蹴りの一発で、彼の身体は宙を舞い、壁へと叩きつけられ崩折れる。衝撃で呻くアベルは内臓を損傷したのか血を吐いた。
そこへ追撃の銃火が降り注ぐ。胴から肩にかけて十発もの弾丸が次々に撃ち込まれ、ぱっと血が辺りへと飛び散ったと見えると、衝撃にアベルの身体は大きく震え、前のめりに倒れた。
「ヒャハハハハハ!! つまんねー、つまんねー」
ヤンの嘲笑が響き、使用人達の顔を絶望と恐怖が染める。
銃火に身を竦め、恐怖に涙し、やっと来た救助は目の前で撃ち殺された。彼女達は悲鳴は上げなかった。ただ、泣きじゃくり、身を竦ませるばかりであった。ヤンが目の前の神父に興味を失い、下卑た笑みを使用人達に向けようとする。
その時である。
その時、アベルの腕が動いた。
前方に突き出された腕が床に落ち、這いずる形でアベルがヤンの方へと向かったのである。鼻腔と口腔から血が噴出し、目は虚空を彷徨っている。しかし、腕は真っ直ぐに、彼が取り落とした拳銃へと伸び――
「まーだ生きてんのかよ?」
ヤンが踵でアベルの手を踏み潰し、アベルの足に銃口を向ける。
「手間かけさせやがってよー。こいつだきゃ、簡単に殺すだけじゃダメだなー」
けたたましい轟音が鳴り響き、アベルの両足に銃弾が撃ち込まれていく。
アベルが苦痛に喘ぎ、それを見て、ヤンは一頻り笑うと、ズタズタになったアベルの足を踏み躙った。
アベルが声にならない絶叫を上げてのたうつ。
「ヒャハハハ、やっぱ先にこいつらだな。自分の無力に……」
ヤンが使用人達の方へ向かおうとし、止まる。アベルが伸ばした手がヤンの足を掴んでいた。否、砕けた五指に掴む力は無い。取り縋っているだけだ。ぶつぶつと最早言葉にならぬ言葉を呟きながら、ヤンの足へと取り縋っている。
ヤンの蹴りが米神を痛打し、アベルの頭が跳ねて、それきり動かなくなった。
「チッ、殺っちまったか? まぁ、良いや。予定通りにこいつら犯して殺して、とっとと本命のヘルシングちゃんを骨までしゃぶって夕げのおかずで一巻の終わ――」
ガクリ、とヤンが体勢を崩す。咄嗟に彼は体勢を立て直そうとして、倒れ、自らに起きた異変を認識する。
「ヒヒ、ヒヒャ、お、俺の足――」
ヤンの足の足首から先が消失していた。
そこには抉り取られた様な傷跡があるのみであった。同時にヤンの眼前で、ゆら、と暗い影が立ち上がる。
言うまでも無く、神父、アベル・ナイトロードである。
しかし、どこか先と様子が違う。
「ヤン・バレンタインさんでしたか? あなた、やり過ぎです」
アベルの手にヤンの足先があった。それが、忽然と、消えた。
否、消えたのではない。喰われた。
アベルの掌が裂けたと見えると、ヤンの足先を一飲みにしたのである。暗いその裂け目の周囲には牙が生え並び、顎と化している。
[ナノマシン “クルースニク02” 四十パーセント限定起動――承認]
†††
同刻、円卓会議場前。
男の一刀が煌いた。同時にぱっと血が辺りに散り、両断された上半身が鋼糸の支えを失い床へと落ちる。
「ウォルターさんッ!!」
セラスの叫びが響いた。
「薄皮一枚、か……。大した反応だ。結構、と言いたい所だが、少々解せぬ――」
太刀の握りを返しながら男が言う。
対するウォルターは沈黙し、頑として男の一挙手一投足を窺っていた。先の斬撃で横一文字に裂けた胸板を押える指から血が伝い、銀糸が赤く染まっていく。その顔に先の余裕は微塵も無い。
それは、恐るべき男の一刀への評価か。不意を突かれた事への自戒か。
しかし、真に恐るべきは男の一刀では無く、完全な死の間合いでの一刀から薄皮一枚に逃れたウォルター・C・ドルネーズの反応であった。
その恐るべき反応に、男は愉快と笑う。
「――撃て」
不意に男が言った。
グール達が反応して銃を構える。
その一瞬の間に、男は足元に転がった自らの弟の上半身を足先で跳ね上げた。死体、最早肉塊と化したものが真っ直ぐにウォルターへと飛び、その視界を覆う。
縦の一閃。男の打ち下ろしの一撃に肉隗が縦に割れ、斬撃は背後のウォルターへと降り注ぐ。しかし、肉隗の飛来と同時に後方に跳躍したウォルターの姿は既にそこには無い。
直後、男は横に跳んだ。壁際への跳躍、と同時に背後のグール達の銃が一斉に鳴り響く。
射線上のウォルターは咄嗟に壁際に跳躍する。
その瞬間生じた着地の隙、それを見逃す程この敵手は甘くなく、ウォルターもそれを知らぬほど温くない。正しく決死の瞬間である。ウォルターと男の視線が交差した。
ウォルターの腕が翻り、鋼糸が空を切る。
一度大きく弛んだ銀の線が波打ったかと見えた時には、男の眼前にあった。咄嗟の反応が男を救い、鋼糸が男の耳を削ぎ落として弛む。その瞬間、男の感覚が覚醒した。
生涯最高と言える相手との戦闘。その最中に起こった極度の集中による時間感覚の鋭敏化であった。戦闘に沸き立つ情熱と、死を意識させる痛みによる冷静。その狭間で、男は一切の無駄なく、自己の最高の技術を刃に乗せる。
身体を半身に開き、重心を下に、左手を前に、切っ先を対する相手に向ける突きの構え。そして男が構えると同時に、
「ウォルターさんッ!!」
一発の砲弾が空を切った。
ハルコンネンから撃ち出されたそれは真っ直ぐにグール達の中心に着弾したと見えると、四方に紅蓮の炎をばら撒いた。
焼夷榴弾である。爆発に直撃を受けたグール数体の四肢が四散し、飛散した炎と膨れ上がった熱波が辺りを叩く。
焼夷榴弾の衝撃が太刀を構えた男を叩き、その身体が揺らぐ。
しかし、その目に揺らぎは無い。
彼は即座に体勢を立て直し、追い風に乗る。結果、この砲弾はグール達に死を、ウォルターに一拍の猶予を、男の技に更なる加速を齎した。
「なんたる威力――だが、殺ったぞ!!」
縮地と呼ばれる歩法がある。
四肢の駆動を悟らせぬ事で、正対した相手に接近を悟らせぬ技。
縮地による一瞬の対応の遅れが、即、最速の突きによる絶対の死に繋がる。
男の最も得意とする必勝の型であった。それが今、ウォルターを襲おうとしている。
ウォルターが着地する。腕を振り上げ、それと連動する様に鋼糸が宙を舞い、弧を描く。その時には、男は既に接近を終えていた。そこにはウォルターと男の認識の差。そこには互いの距離への絶望的な目測の差異がある。
兇刃が真っ直ぐにウォルターの胸へと奔り――
「殺っていない――殺られたんだ」
空を切った。
男には一瞬、理解が出来なかった。
避けた様に見えぬのに、貫くはずの一刀は確かに空を切ったのである。では、男が目測を見誤り、突きを外したのか?
否、縮地である。
ウォルターが避けたのだ。
その事に男が気付いたと同時に、彼の心胆から頭までを怖気が走った。それはウォルターの恐るべき技量の理解に寄る物か、空を舞う鋼糸の旋回音に寄る物か。いずれにせよ、死の直感であった。
直後、その差し出された右腕に宙を舞っていた鋼糸が絡みついたと見えると、一息に八つ裂きにしたのである。