少しだけ、少しだけでいいから、自分語りをさせて欲しい。
俺は「笑顔」というものが嫌いだ。はっきり言おう、「嫌い」なのだ。
人間という生き物は一度嫌いになったものを好きになるということが難しい厄介な生き物である。
その厄介な感情のせいで「笑顔」というものが生まれたのなら、今すぐにでもタイムマシンやらなんやらに乗って人類を根本から叩き直したいものだ……なんて茶番はここらへんでやめておく。
嫌いという感情には必ず「理由」というものが存在する。理由のない嫌いなんていじめっ子がいじめの対象に持つ感情くらいだろう。要するに、理由のない嫌いなど99%存在しない。
もちろん、俺が笑顔が嫌いということにだってしっかり理由はある。そこら辺のいじめっ子となど比較さえしないでもらいたいくらいだ。
笑顔が嫌いな理由が知りたい、なんて言われても俺の口からは言えない。
思い出したくもない。なのに、思い出してしまう。
小学校の記憶なんてほとんど忘れてしまっているが、これだけは未来永劫忘れはしないだろう。過去のその記憶に、俺はいつまでも縛られている。
思い出したくないのに忘れられないなんて、自分でも笑いが込み上げてくるほど矛盾している。
けれど、あくまで笑いが込み上げてくる
なんと言えば良いのだろうか。
自分の事を心の中で嘲笑したりはできる。けれど顔には決して出さない…いや、顔に出すことが出来ない。というか、あぁ…おかしくなりそうだ。
笑顔なんて、昔の記憶と共に置いてきてしまった。それが原因か。
原因が分かっても取りに帰る気力もないし、既に帰り道は塞がれている。帰り道を造る手立てがあったとしても、戻ることはないだろう。
それほどまでに俺にとっては凄惨な出来事だったのだ。
小学校中学年くらいの普通の男子が、そんな小さい頃に自己嫌悪という感情を味わうだろうかと問われれば、味わう人もいるのだろう。しかしそれはごく僅かで微量な、地球という大海原と比べてしまえば、ミジンコ辺りの小生物に過ぎない。
俺は味わった。味わってしまった。
全部、俺のせいだ。
✤ ✤ ✤ ✤ ✤
転校先の県に祖父母の家があったため住居や金銭等の面に関しては心配することはなかった。
祖父母は笑顔が嫌いになった出来事も知っているし、多分俺の気持ちにも気付いてた。自分の悩みも吐露しやすい。「親しい家族」の関係である。平和に暮らしていれば誰もが持てるであろう関係。
俺は所謂コミュ障というやつで、あの出来事も相まってか人と話すということからさえ遠ざかっていた時期があった。そんな中でも祖父母は変わらず接してくれたのだから感謝はしているし、そこら辺の人や、少し仲のいい友達よりかは話しやすいし気が楽だ。楽だったんだ。
そんな祖父母も年齢が年齢だったために、既に亡くなっている。
祖父母が亡くなった後は姉にある程度の世話等をしてもらっていた。姉には何度も助けて貰ってはいるものの、人柄等に少々難のある人間なので、あまり好きではない。
なんて自分語りばかり重ねているからこんなねじ曲がった性格になるのかもしれないな。なんて再度自嘲する。姉には「悪い癖だよ」なんて言われるが、知ったこっちゃない。これが俺なんだ。大人しく受け入れて姉も姉で一日中ダラダラと家で過ごす癖をなんとかしてほしいものなのだが。
そこから小学校、中学校と無事義務教育を終えた俺は、再び地元に戻ってきた。
昔から仲の良い奴も数名いるだろうし、時も数年経ったのだ。俺のことを覚えている人はさらさらいないだろう。
─何故かは理解し難いのだが、姉もついてきている。まぁいないよりかはマシだろうなと思い、寛容な心で同行を許した。
つまるところ、時期的には今月から新学期、高校入学である。
入学先は『羽丘学園』
去年まで女子校だったためか、男子生徒が入学生や在校生を合わせても俺と数人しかいないということで、女子だけなら関わることもないし孤独に過ごせるであろうという算段の元決めていた。
何も下心、邪な考えなどというものは決してない。
女子なんて関わらなければラクショーである。そもそもこっちから絡まなければ余程のビッチや物好きでなければこんなド陰キャに近付かない……はず
はずだったのだ
「いてっ」
「あっ!すいません!このお詫びは……」
ぶつかっただけでお詫びだのなんだの、初日から面倒臭いやつに絡まれたものだと思い、テキトーに返答する。
思えば、テキトーに返事をしなければ、ここでも物語は分岐していたのかもしれない。今更考えてもくだらないことでもある。
「いや大丈夫ですって」
「私、羽沢つぐみって言います!お詫びは絶対しますから!…すいません、友達と待ち合わせをしているのでまた今度しますね!」
「いやあの…!」
「すいませんでしたー!」
全ては嵐のように過ぎ去ったド迷惑なこの女、羽沢つぐみによって始まったのである。
そんなこと、この時は一ミリも考えていなかった。