守護者の観る水平線   作:根無草

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召喚

「……やれやれ、またぞろお呼び出しか」

 

 この世界の何処とも言えない場所。

 それは概念であり、あるいは神域であり、神秘そのものともいえる次元……英霊の座。

 

 そこに登録されし一人の英霊はそんな独り言を零した。

 

 英霊とは言っても彼は歴史にその名を刻んだ者ではない。

 生前、偉業といえば偉業を成し遂げてはいるのだろうが、それは決して神話に讃えられるようなものではなく、人々の記憶に刻まれるものでもない。

 

 己が信念、理想に基き世界と契約せし異例の英霊。

 

 曰く『霊長の守護者』。

 

 炎のような真紅の外套を纏いしその男は溜息をついて眼を閉じる。

 

 幾度となく体験したその感覚……誰かが自分を呼んでいる。

 それが救いを求める声なのか、勝利を望む者の召喚なのか、あるいは世界のーー

 

(なんにせよ戦いであることに違いはない、か……)

 

 意識が深く沈んでいくような感覚の中、彼は皮肉気に微笑した。

 

 閉ざしたその眼を開く時、そこには間違いなく戦場がある。

 それが劇的か、喜劇的か、はたまた悲劇的かはさておき、そのような戦場に赴く為に彼自身はあるのだからーー

 

 

 

 

「ここは……海上か?」

 

 沈んでいった意識が再び覚醒していく感覚を覚えた彼が眼を開ければ、そこには一面の水平線が彼の現界を迎え入れた。

 とは言ってもそれはバカンスを連想させるような煌びやかなコバルトブルーの海ではなく、嵐を予兆させる曇天と荒波が渦巻く大海原。

 

 召喚される場所という意味では全ての場面に共通してろくな思い出はない彼であったが、海の上で呼ばれるというのは長い英霊としての経験の中でも始めての出来事であり、いささか戸惑いを覚える。

 

 そしてその場所が海の上であるのなら、彼は何処に立っているのかといえばーー

 

「だ、誰だあんた!?……まさか救助信号で来てくれた海軍の人間なのか!?」

 

 声に振り向けばそこには見るからに人相の悪い大柄な男が額から血を流して縮こまっている姿が。

 そして辺りは所々炎上し、至る所で見塗れの人間が倒れ、見るも無残な惨状が広がっていた。

 

「どうやら船の上のようだが……釣りと洒落込むような状況ではないらしい。さて、海軍などという的外れな物言いから察するに君が私のマスターという事はなさそうだが如何かな?」

 

「マ、マスター?何を言ってやがんだあんた!?いや、それよりも海軍の人間じゃねえってんなら何者だ!?」

 

 喚き散らす男の声を聞き流しながら、彼は冷静に現状の分析を始める。

 

(これはこの船が何者かに襲われていると見て間違いなさそうだが……どういう事だ?召喚されたのであればマスターである筈の人間がいる筈だが姿はおろか魔力すら感知できん。それに……)

 

 彼は鷹のような鋭い眼光で曇天の空を見上げた。

 

(異常なまでに濃いこの魔力(マナ)は……召喚(呼び声)に導かれた筈だが状況を鑑みるに今回の現界はまさか英霊としてではなく抑止力のーー)

 

 瞬間、今にも沈んでしまいそうな船に追い打ちのような轟音が響いた。

 

「ひぃっ!奴らの攻撃が再開しやがった……俺たちはもうお終いだっ!!」

 

 黒煙に包まれる船の上、屈強に見える男はその容姿とは裏腹にまるで少女のように涙を流しながら身を縮めて叫んだ。

 

「奴ら、と言ったな?状況は把握できないままだがこのまま船を沈められてはうまくない。現状を打破してから話を聞かせてもらおう」

 

「何を言ってやがる……俺やあんたみたいな人間風情が束になってかかった所であんな化物に太刀打ちできるはずーー」

 

「生憎……随分と前に人間は辞めた身でね。敵はどこだ?数はどれだけいるか把握しているのかね?」

 

 この切迫した状況においても彼はニヒルな笑みを浮かべて余裕を示す。

 

「秘策でもあるのか!?いや……あったとしても『艦娘』でもねえ男のあんたにゃーー」

 

「このまま何もせず死にたくないのなら素直に答えんかたわけっ!敵の場所と数だ!」

 

「ひっ!て、敵は恐らく3匹っ!確認できた限り潜水艦はいねえ筈だから海上に浮いてる筈だ!だが、あれは人間にどうにかできるようなーー」

 

「結構。君はそこでおとなしくしていたまえ」

 

 それだけ告げると彼は船首の方へと躍り出た。

 

(あの男、気になる事を言っていたが……『艦娘』といったか?それに敵は『3匹』、さらには潜水艦はいない、と。となれば敵は人間ではない……?いや、それを抜きにしてもこのような中型の民間船が潜水艦に襲われる危険がある世界とは……)

 

 頭の片隅で様々な思考を走らせながら、その鋭い眼光で海上を見渡す。

 

 本来ならある筈のマスターからの魔力供給は感知できないままだが、不思議と魔力は漲っている。

 これならば本来の自分の戦いを遂行するにあたって支障はないだろう。

 

 感覚を確かめるように自身の魔力回路に魔力を回しながら周囲の警戒をしていると、彼の視界に不思議なものが映った。

 

「あれは……魚類、という訳ではなさそうだな」

 

 その眼が捉えたものは、海上に浮かぶ黒い影。

 一見すると鯨やイルカのように見えなくもないが、その眼は不気味に発光しており、口元にはおぞましいまでに剥き出しの巨大な歯が並んでいる。

 

 生前はおろか、数ある聖杯戦争で得た記録の中にもあんな生物は該当しない。

 何よりもその生物から感じる禍々しい魔力が、まともな生き物ではないことを雄弁に語っていた。

 

 となれば当然の帰結としてあれが脅威の根源であり、並びに何者かの使い魔に属するものであることは確定的である。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 彼はその生物から眼を逸らす事なくその手に弓と一刀の剣を握った。

 勿論、元々用意していた武器ではない。

 彼の能力である投影魔術で創られた武器である。

 

 彼が創り出したその弓に剣をつがえて弦をひくと、弓のしなりに応じるように刀身が針のように細く鋭く一本の弓矢のような形へと変形した。

 

「まずは1匹ーー」

 

 放たれた剣は衝撃波を生み出すような速度と共に、真っ直ぐと目標へと飛来して大爆発を起こす。

 海の上だというのにも関わらず、直撃したと思われる着弾点からは爆炎が立ち上った。

 

 しかし攻撃を的中させたからと言って彼が油断をする事はない。

 彼がまだ人としての人生を送っていた頃、住居に併設された道場で竹刀を握っていた経験、並びに数々の戦場を傭兵として渡り歩いてきた人生ーー武道における残心が骨身にまで染み付いている彼が戦場の真っ只中で慢心する事などあるはずがなかった。

 

 未だ立ち上る爆炎に警戒と細心の注意を払いながら、猛禽類のようなその眼光は更なる獲物を補足する。

 

「揃いも揃って同じ見た目とは……術者の趣味の悪さが伺えるな。……む?」

 

 海上から顔を出した生物は先程射抜いた生物と同一の容姿をしており、やはり生気を感じない虚ろな目で彼を見ていた。

 

 違う点といえば、その巨大な歯が並ぶ口を大きく開けていること。

 そして次の瞬間、その口は予想外の爆炎を吹いた。

 

「これはまさか砲弾かっ!?くっ、『熾天覆う七つの円環』(ロー・アイアス)!」

 

 飛来する砲撃が着弾するその刹那、彼を守るかのように現れた桃色の花弁のような防壁がその業火を防いだ。

 

(魔術的要素のない化学兵器による攻撃……あれはまさか生物ではなく機械なのか?いや、確かに魔力は感じる。ならば魔力駆動の機械人形(オートマタ)か)

 

 突然の、まして全く想定していない攻撃によって面食らいはしたものの彼はそれすらも戦時には日常茶飯事と言わんばかりに平然とした様子で体制を立て直す。

 

 術者本人の姿がこの場に見えない以上、使い魔であるはずの機械人形をいくら破壊したところでその場しのぎでしかないがそれも仕方のない事だと内心で愚痴り、再びその手に弓を投影した。

 

 だが目標へと攻撃を仕掛けようとした矢先、初撃で捲き上る爆炎の中から気配を察知、彼の手前の海面が爆音と共に大きな水柱を上げたのを確認して攻撃の手は止まることとなる。

 

「ちっ、成る程……見た目の造形はともかく、頑丈さはそれなりのようだな」

 

 見れば先程の第一射で仕留めたと思われたあの奇怪な生物が彼へと向けてその大口を露わにしていた。

 つまりは仕留めそこない、反撃を受けているのだ。

 

 荒れ狂う波のおかげかその砲撃は的中こそしなかったものの、これで戦況は2対1ーー明らかに劣勢である。

 

 が、彼はそれに臆した様子もなく冷静にその射線を見定めて必要最低限の防御と回避を行い反撃の好機を伺っていた。

 

 そしてーー

 

「ならばそれ相応の技をもって討ち取るまでだーー『偽・螺旋剣』(カラドボルグII)!」

 

 先程の剣とは異なる刀身の捻れた剣を矢として射出したそれは、初手とは比べものにならない程の威力と速度を持って目標へと突き刺さった。

 

 その威力は凄まじく、目標を海から引きずり出してなお勢いを増し、そのまま数キロ後方へと吹き飛ばしてしまった。

 

「ふん……殲滅できたかはわからんがこれだけ後方へ吹き飛ばされれば即座に戦線復帰はできまい。こちらの個体も同じ末路を辿ってもらうとしよう」

 

 徹底した現実主義。

 

 理想や信念のみで数多の戦場を生き抜いてきた彼の性格はそれに徹底していた。

 現状で例えるならば、彼の最優先事項はあくまでもこの沈みかけた船の守護であり敵の殲滅ではない。

 数の上で劣勢な状況の中、戦闘力も未知数な相手に対して無理を押してでも撃破を優先するより、いち早く戦線離脱させる事の方が余りにも効率が良いと判断したのだ。

 

「これで……2匹目っ!」

 

 全く同じ武器の投影を瞬時におこない攻撃へと転じる。

 投影魔術、こと武具の投影に関してはもはやお家芸とまで言えるレベルのそれは一連の流れに一切の無駄がない完璧な威力とタイミングで2匹目の敵を遥か彼方へと吹き飛ばした。

 

 しかし彼の眼は未だ警戒心を緩めない。

 この船の乗組員と思われる男が言うには敵は少なくとも3匹ーー

 つまり最低でもあと1匹はこの船の近くにいる……いや、それも1匹だと決まった訳ではないのだ。

 360度の視野を持たない彼にとって四方を海に囲まれたこの状況で油断などありえない。

 

 いつでも迎え撃てるよう新たに剣を投影するとそのままこの船で1番の視点を確保できるであろう操縦室の屋根へと跳躍した。

 

 英霊としての能力の中でもアーチャーのクラスに属する彼の視力は常人のそれではない。

 例えどれほど遠方であろうとも、海がどれほど荒れようとも、この視点からであれば彼が見逃すはずがない。

 程なくして彼の眼は波間に浮上するように現れる黒い影を確認した。

 

「まさかアレも同類に属する生物なのか?」

 

 普通の人間であれば黒い豆粒のようにしか見えないであろうその影を彼の眼は正確に全容まで捉えていた。

 だからこそ、彼は疑問符の残る所感を抱いたのだ。

 その影は先程の2匹とは異なりまるで人間のような腕と胴体を有していた。

 全身に装備した装甲や砲のような物は先程の2匹と同様にドス黒い鉄のような物質で構成されているが生身と思われる部分はまるで屍人のように白く、それでいて本来ならば顔があると思われる部位が存在しない。

 

 それを生物として定義していいものかすら疑わしい容姿であった。

 

(どうあれ敵である事は間違いないのだろうが……こうなると機械人形(オートマタ)というより人造生物(ホムンクルス)だな)

 

 いかに英霊とはいえ、彼も元は人間ーーつまりは常識的な感性は持ち合わせている。

 そんな彼をしてその生物は、とてもじゃないが見ていて気持ちの良いものではないというのが率直な感想だった。

 

 目標との距離、うねり狂う波の動き、それらの条件を頭の中で計算しつつ剣を弓に番える。

 最後まで敵の目的や生態については不明なままだったが、この一射でこの戦場の鎮圧は完了する。

 未だ何の動きも見せず、攻撃の予兆さえ感じさせない目標に狙いを定めたその時ーー彼はこの戦いの中で始めての油断を見せてしまった。

 

「ぐっ……!何事だっ!?」

 

 まさに弓を射るというその瞬間、何の攻撃も受けていなかったというのにも関わらず彼の乗る船は轟音と共に大きく傾いた。

 飛び散る水飛沫、曇天を更に黒く染め上げんばかりの黒煙ーー何かしらの攻撃を受けたことは明白。

 衝撃から察するに既に死に体の船が受けたダメージは良くても航行不能、悪くすれば沈没に至るものである事は想像に難くないものだ。

 

(ちっ、馬鹿かオレは!敵の攻撃手段が科学兵器に属する物であることは既に知っていた……ならばどうして水中爆撃、魚雷の存在を失念していた!)

 

 攻撃の残滓から魔力の痕跡は感じられない、ならばこの衝撃も物理的な攻撃であることは間違いない。

 何の動きも見せない相手に一方的な攻撃を仕掛けるという優位な立場に胡座をかいて油断を見せた己の甘さに歯噛みする。

 実際には敵がその姿を見せた時には既に魚雷と思われる攻撃はこちらへと迫っていたはずなのだから。

 

 しかし過ぎたものをあれこれ言っていても状況は好転しない。

 戦場において一瞬の迷いや後悔など、己の命を脅かすものでしかないのだ。

 

 自分の中に湧き上がる怒りのような感情を今は押し殺し、彼は再び敵とその間に広がる海を注視する。

 

(やはり魚雷のように水中を走る攻撃か!数は4発……どう凌ぐ!?)

 

 黒く蠢く波の合間に見えるのは4本の白線。それは真っ直ぐにこの船へと侵攻してきており、的中までの猶予はそう残されていない事を告げていた。

 

(アイアスでは数と範囲的に受けきれん……ならば着弾前に全て撃ち落とすか!?この揺れの中で水中を走る魚雷4発ーー確率は五分といったところか)

 

 地上における戦いで彼が的を外すなどありえない事だがこの場合はあまりに条件が悪すぎた。

 揺れ動く船の上、目視のできない複数の目標に対して正確無比を要求される4連射ーー

 それも威力は申し分ない割に敵の身体から想像できる魚雷のサイズは彼の知る軍艦から発射される物より遥かに小さい物だろう。

 そもそもが自身を過大評価などしない彼にとってそれはあまりに分の悪い賭けのように思えた。

 

『とっておき』を使えばあるいは現状を打破できる可能性もあったが、このような場所で、しかも魔力供給すらままならない今の自身がそれをやればどうなるかわからないという懸念もある。

 迫り来る魚雷を前に彼がとった行動は最悪を想定した上での最善解ーー

 

「……同調開始(トレース・オン)

 

 片膝をついた彼は甲板に手を添えて何かを探り始める。

 

(ーー基本骨子、材質確認、欠損箇所特定……修復開始)

 

 脳内にイメージされる船の全体図、およびその破損。

 自身の魔力を使いその欠損を臨時的に投影魔術で補強した。

 

(この規模の物を投影で修復するとなればそれなりの魔力を消費するが今はそうも言ってられん。これで撃ち漏らしがあったとしても沈む可能性はいくらか低くなるだろう)

 

 どれだけ低くとも勝利する為の可能性があればそれを手繰り寄せる。

 それは英霊として決して強くはない彼がこれまで数多くの勝利を収めてきたひとつの要因。

 どれだけ絶望的であろうとも最後まで諦めないその姿勢はまさに英雄だった。

 

 その彼が再び矢を構えるーー

 

「どこの何者かは知らんが……そうやすやすと好きにはさせん!」

 

 迫る魚雷へと向けて手数勝負の矢を射っていく。

 投影魔術の特性上、魔力さえ底をつかなければ残弾に制限はない。

 まるで絨毯爆撃のように降り注ぐ彼の矢は確実に目標を捉えていった。

 

「まずは一発、次っ!」

 

 船の手間で爆音と共にあがる水柱、それが1本、2本と数を増やす。

 そして水柱が3本目を数えた時、それまで動かなかった敵に動きが見えた。

 

「くそっ、やすやすと好きにさせないのはそちらも同じか!」

 

 それまで不動であった敵がとった行動はその身体に装備された砲による一斉射撃。

 遥か遠方の敵であっても彼の目にははっきりと砲口が火を噴く瞬間が写っていた。

 

(これは残り1発の魚雷が船に到達するのと砲弾が直撃するのはほぼ同じタイミング!くっ……1発であれば耐えられると信じるしかないか!)

 

 残りの魚雷を撃ち落としてからでは砲弾に対する防御が間に合わないという瞬時の判断で彼は弓を消失させると再び桃色の花弁を投影して防御態勢に移る。

 瞬間、船尾に直撃した魚雷が船を大きく揺らした。

 被弾箇所から沈んでいく様子はないようだがこんな状態でいつまでも浮いていられるはずもない。

 船の上はもはやそれが船なのかすら疑わしい程に凄惨な光景へと変わり果てていた。

 

 一方の彼もまた熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)によって飛来する砲撃は防いだものの被害は甚大。

 直接的なダメージはなくても自分に課せられたこの戦いの勝利条件を思えば精神的なダメージが大きい。

 更にこの後からくる攻撃が同じような手段をもって行われることを想定すると袋小路のような状況に頭を抱えたくなる。

 

(相手の残弾がどれ程かはわからないが空中と水中を同時に攻められては……敵を叩く以外に手段はないがこの距離では偽・螺旋剣(カラドボルグII)でも保証はできん。何か手段は……)

 

 敵の能力が未知数である以上、彼の有する攻撃の中でも上位に位置する偽・螺旋剣(カラドボルグII)を持ってしても仕留められると断言はできない。

 音速を超えて飛ぶ矢でも音速を超える反応で対応できる英霊を彼は知っている。敵がそれだけのポテンシャルを秘めていたとしたら始末に負えない。

 万が一にも仕損じた時は、こちらが攻撃に転じたぶん隙も大きくなる。

 次に直撃する魚雷が1発ですむとは限らないのだ。

 

 そしてそんな堂々巡りの思考に陥っている彼とは関係なしに敵はまた動き出す。

 あれがどういった理屈で装填、射出をしているのかは知らないがこちらへ向けて再び魚雷と砲弾をばら撒いてくるのは確認できた。

 

(こうなれば消耗戦しかあるまい。こちらが沈む前に敵の弾が切れる事に賭けて被害を最小限に食い止める!)

 

 最後まで諦めない姿勢をより一層強く持ち、彼は再び弓を持つ。

 この船にはまだ命が残っている、かつて誰の死も見たくないと願った彼が戦う理由はそれだけで十分だった。

 例え可能性は限りなくゼロに近くても、どれほどの泥仕合だとしても、そこに救えるかもしれない命があるならばそれは彼が諦める理由にはならないのだ。

 

 そこからの攻防はまさに一進一退。

 

 防御が間に合うギリギリのタイミングまで魚雷へと向けて剣を放つ。

 もう数など数えてはいられない。その眼が捉えた物から迅速かつ正確に撃ち落とす。

 

 それはゴールの見えないマラソンのように彼の精神を削っていく作業ーー

 

 僅かな隙を見ては沈没を免れる最低限の補強を行い、また剣を放ちそして防御する。

 効果の程は期待できない程度ではあるが反撃も織り交ぜて交戦すること数度、依然として敵の残弾が限界を迎える気配はない。

 

 ーー持久戦としても限界が迫っていた。

 それを悟ってか敵の攻撃も苛烈さを増す。

 敗戦色濃い状況の中、彼の精神ももはや限界に達しようとしていた。

 

(もはやここまでか……せめてこの乗員達だけでもどうにか……)

 

 どうしようもない窮地に置かれて尚、そこにある命をどうにか助けようと足掻く彼が諦めかけたその時ーー

 

(なんの音だ!?これは空から……こんな状況だというのにまさか新手か!?)

 

 空から無数のエンジン音が聞こえてきた。

 ただでさえ手一杯であり、絶望的な状況だというのに敵の援軍とはーー彼は心の中で自分の運の無さを呪った。

 

(万事休す、か……現界して早々、座に還ることになるとはな)

 

 力無き自分自身を皮肉るように内心で愚痴る。

 世界と契約してまで理想を追った挙句、英霊になって尚、何も救えない現実を恨めしく思いながら目を閉じかけた。

 

 だがその時ーー彼にとって予想外のことが起きる。

 

「ひゃっはぁー!者共かかれぇー!!」

 

 何処からともなく聞こえてくる世紀末な声、それと共に曇天の空から無数の飛行機らしきものが舞い降りてきた。

 

 それだけならまだしもその飛行機群は彼の乗る船を守るように敵に向け爆撃を始めたのだ。

 いかに戦場に慣れている彼といえども、この状況は全く理解できなかった。

 わかることはただ一つ、この戦闘機と思われる群団は敵ではなく、そしてこれは反撃のまたとない好機という事だけだ。

 

 諦めかけた心に再び火が灯る。

 

「誰かは知らないが助太刀感謝する、これならば撃ち落とせる!」

 

 敵が無数の爆撃に悪戦苦闘している隙を見て、彼は水中の魚雷を端から射抜いて行く。

 砲撃による妨害がなくなった彼の集中力は凄まじく、迫る脅威を漏らすことなく撃ち晴らしてみせた。

 

 そして魚雷の処理を終えた彼が敵がいた方を見てみれば、そこには黒煙が立ち昇るのみでその姿は既に確認できなくなっていたのだった。

 

(ふう……ひとまず脅威は去ったと見て良さそうだな。いや、ぬか喜びは少々早いか。先程の戦闘機のようなものは一体なんだったのだ?)

 

 安心するも束の間、未だ謎のままである援軍の存在が彼の不安を駆り立てる。

 気付けばあれだけの数で飛び回っていた筈の飛行機が綺麗に姿を消しているのも不気味だ。

 

 本当に敵ではないのか?

 だとすれば何の目的で自分の援護をしたのだ?

 

 疑惑の正体を探るべく、戦闘によって昂ぶっていた気持ちを落ち着かせていつでも投影を行えるだけの備えをしながら辺りを見渡す。

 そんな彼の目に飛び込んできたのは、先程の敵とは違ったベクトルで理解不能な者の姿だった。

 

「いやぁ、凄いじゃないかお兄さん!まさか魔法が使える人間が実在するとは思わなかったよ!ところで……あんた何者?」

 

 それはツンツン紫髪の近代的かつ独創的な陰陽師風衣装に身を包んだハイテンションの女性と、その後ろで明らかにこちらを警戒している少女数名の姿であった。

 

 何より奇怪で理解できないのはーー

 

「魔法などではないのだが……それを言うなら君達こそ魔法使いではないのかね?どういう理屈で水の上に立っているのだ?」

 

 その少女達全員が当たり前のように水面に立っている事だ。

 

「あははっ!このご時世に私たち艦娘を知らないなんて無理な言い訳は通らないよ?ま、なんでも良いけどこの船に乗ってる人間は全員密輸の現行犯でご案内しまーっす!お兄さんの不思議な魔法とか犯行動機については陸でゆっくり聞かせてもらうよ」

 

 衝撃の事実を無駄に明るく告げる女性。

 意味がわからず乗組員である男を見てみれば出会った時とは違う意味で項垂れていた。

 

 依然として置かれた状況は理解できないものの、なんとなく最悪な立場に立たされている事を悟った彼は思い出せないほど久しぶりに一言呟いた。

 

「なんでさ……」

 

 これが彼『英霊エミヤ』と、この世界の守護者たる『艦娘』達との邂逅であった。

 

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