エミヤ提督着任5日目。
突き抜けるような晴天が眩しい日曜日の昼下がり、鎮守府の前にはいかにも高級そうな国産車が停車していた。
多くの国民にとって憩いの日である休日にも関わらず、車から降りてくるスーツ姿の男達は大小様々なダンボールを持って忙しく鎮守府と車を往復していた。
見る人が見れば反社会的勢力のお引越しとも取れるそんな光景だが、彼らはれっきとした公務員であり日渡提督の部下でもある。
彼等の任務は2つ、日渡提督の送迎と極秘情報とされる荷物の運搬だ。
「失礼します!日渡提督、荷物の運び入れが終了しました!」
「ああ、ご苦労様。中へと入ってくれ」
力強くノックされた扉の向こう、これまた力強い男の声が聞こえてくる。
扉はすぐに開かれる事はなく、日渡提督の了解を得て静かに開かれた。
入室してきたのは短髪黒髮の青年2名。
スーツを着用していてもわかる程に鍛えられた屈強な身体、日渡提督とエミヤの前に静止して全くブレない直立姿勢、そのどれを見ても一般のサラリーマンではない事は明らかである。
「紹介するよ、この2人は横須賀鎮守府で艦隊補助特殊部隊の訓練を受けている僕の部下の金崎君と井上君だ」
「遠路はるばる送迎に呼びつけるとは、随分と上司思いな部下を持ったものだな日渡提督。ちなみに聞くが艦隊補助特殊部隊とは?」
「僕は荷物だけ送ってくれれば良いと言ったんだけどね……いや、なんでもない。彼等の部隊はね、簡単に言えば艦娘の任務をバックアップする為の部隊といったところだよ。前線で損傷した艦娘を保護して鎮守府へと搬送したり、作戦によっては深海棲艦の注意をひく為に囮もこなしている特殊部隊さ」
艦隊補助特殊部隊──
通常の軍艦を運用する海上任務とは異なり、彼等が乗り込むのは2人乗りの軍用モーターボートだ。
機銃などの装備はあるものの本質はその機動力であり、砲弾飛び交う戦場において彼等はトビウオとも呼ばれている。
海軍が抱える部隊の中でも極めて少数精鋭な豪傑の集まりであり、人間を優先して襲うという深海棲艦の性質を利用して遂行される任務では当然かなりの危険を伴う。
死傷者が出ることも珍しくはない部隊だ。
「初めまして!私は艦隊補助特殊部隊の訓練生、金崎であります!」
「同じく井上であります!この度は、海外派遣の特殊部隊長であられました衛宮提督とご対面できて光栄です!あのように過酷な海で数年も活動して尚、こうして無事に生還された衛宮提督とお会いできる事、とても心待ちにしておりました!」
機械で動いているかのようなキレッキレの敬礼と、室内の体感温度が5度は上昇しそうな暑苦しい挨拶──
しかもその熱い眼差しは、幼い頃から憧れていたヒーローでも見るかのようにエミヤへと突き刺さる。
日渡提督の用意した人物像を信じきっているのだろうが、ありもしない空想の憧れを向けられたエミヤとしてはたまったものではない。
常に優雅に落ち着いた物腰を心がけているエミヤとは対局に位置する青年2人を前にして、自然と表情筋が痙攣するのをエミヤは自覚した。
「コホン……わざわざ私の荷物を運んでくれた事に礼を言うよ。そんなに畏まらなくて構わないから楽にしてくれたまえ。今、お茶でも用意して──」
「いえ!衛宮提督のお役に立てたのであれば光栄の至りでありますっ!」
「はい!自分達の事はどうかお気遣いなく!他にご用がありましたらなんなりと申し付け下さいっ!」
「そ、そうか……」
熱い……いっその事、そういう効果の固有結界だと言ってしまいたいくらいに熱い。
細部に至るまでの情報こそ把握してはいないが、日渡提督はどのような人物像を設定してくれたのだろうか。
「ご覧の通り、彼等は
「勘弁してくれ……」
金剛に追い回されるのとは別のベクトルで頭が痛くなるエミヤ。
彼の生い立ちを思えば孤独こそが日常で羨望の眼差しなど無縁なものであり、不愉快とまでは言わないが心地良い感情が湧くはずもない。有り体に言えば、慣れないのだ。
できることならば早急に日渡提督を連れて帰っていただきたい位には慣れない。
しかし、極秘とされているダンボールの中身について日渡提督の話を聞かない訳にはいかない。
深い溜息をつきながらも金崎と井上に執務室で待機するよう伝え、ダンボールの運び込まれた自室へと向かう。
「すまないね……あれで悪い子達ではないんだけど、どうにも融通がきかないというかなんというか……」
「そのようだな……私についてどのような誤解をしているのかは知らないが、あの熱さは改善してもらいたいものだ」
まだ午後の仕事も残っているというのに2人の顔には疲労が色濃く浮かんでいる。
鎮守府内を歩いているだけなのに、さながら宛てもなく砂漠を彷徨う旅人のような生気の無さだ。
結局、ゾンビのようにフラフラとエミヤの部屋へと向かう2人にそれ以上の会話はなかった──
「さて……」
2人が向かい合うのはエミヤの自室に運び込まれたダンボールの山。
大なり小なり、それなりの数がある箱をとりあえず開封していく。
「ああ、これはエミヤ君の制服だね。3セット用意したから替えにも困らないだろう」
「軍服か……これの着用は必須なのか?」
「基本的には必須だよ。どうしても着たくないなら鎮守府内で活動する分にはエミヤ君の判断に任せるけど、任務で鎮守府外に出る時は着用を厳守してもらう事になるね」
「はあ……やはり慣れないものだな。マスターのオーダーとはいえ、制服など用意されれば嫌でも人間社会の一部として機能していると思い知らされる」
労働者という意味では『守護者』として働くエミヤはブラック企業の社畜とも言える労働のベテランではあるのだが、それでも現実の人間社会で就職することになるとは思ってもみなかった。
着任5日目にして何を今更と思うかもしれないが、こうして制服を目の前にすると急に現実味が増してくるものである。
「こればっかりは軍則だからね、申し訳ないけど聞き入れてもらいたい。ああ、このダンボールはエミヤ君の個人情報だね」
ビニール包装されてシミのひとつも見当たらない軍服とにらめっこするエミヤに対して、日渡提督は少し小さめのダンボールをよこした。
中には小難しい書類がギッシリと詰め込まれており、エミヤがその箱の中から適当に数枚の書類を取り上げてみれば、それは全てエミヤの個人情報をまとめた書類だ。
「
日渡提督が手に持つ書類はおそらく戸籍関係の何かだろう。
勿論それは日渡提督の裏工作によって偽造された物ではあるが、そこに記載された衛宮士郎という個人名は、登録する名前を聞かれたエミヤが自分でサインしたものだ。
「……馬鹿な事を言わないでくれ、そんな名前は適当につけた偽名にすぎない。私の本名など私ですら覚えていないのでね」
つまらなそうに日渡提督から書類を引っ手繰ると、いつもの仏頂面のまま書類整理の作業へと戻るエミヤ。
日渡提督もそれ以上の詮索はしなかったが、その顔は微かに笑っていた。
そこからは2時間ほどかけて細かな口裏合わせのような作業に没頭──
とは言ったものの、彼等が話せたのはダンボールに詰め込まれた情報のほんの一部についてのみ。
というのも、たった一晩で艦娘や深海棲艦について記憶したエミヤをもってしても、目の前に積まれた情報はあまりに膨大すぎたのだ。
特にエミヤが驚嘆したのはその情報量というより抜け目のない周到な裏付けについて。
彼が提督になると決めてから今日までは5日しか経っていないというのに、そこには『衛宮士郎』という人間が生きてきた人生が確かに存在していたのだ。
全てが架空の情報であり、両親や出身地についても出鱈目なものなのだが、それらのどこを見ても一切の矛盾がない。
それ以外にも架空の運転免許や銀行口座、果ては調理師免許のような様々なライセンスなどが多種多様に用意してある。
これらの偽造をたった5日でこなしてみせた日渡提督の手腕には、さすがのエミヤも舌を巻く他なかった。
「──うん、説明はこんなところかな。詳しい所は時間のある時にでも目を通しておいてくれれば良いよ」
「簡単に言ってくれるのだな。これでは2ヶ月分の戦闘記録を覚える方が遥かに楽なのだが……」
時刻はもう午後の3時を過ぎた頃。
伽藍堂だったエミヤの自室は山積みの書類によって胡散臭い魔術工房のような有様だ。
そんな部屋で大きくのびをする日渡提督はある物をエミヤへと手渡す。
「最後に、これは君専用の携帯電話だ。任務中やプライベートを問わずに使ってくれて構わない。料金についてはエミヤ君の口座から引き落としになるから使いすぎに注意してね?」
「私の親にでもなったのかね君は?しかし携帯用タブレットか……いよいよ俗世への染まり方が英霊の域を外れてきたな。まあ良いだろう。それで?
エミヤが手に持つのは2台の携帯電話だ。
黒い機体のスマートフォンはエミヤ用の連絡用ツールとして活用して良いらしい。
そしてもう1台、レトロさを感じる白い折り畳み式携帯電話は──
「それは少し特殊な仕様になっていてね、残念だけど普通の電話としては機能しない物だ」
「ほう、ならば何の為に用意したのだ?」
「この端末が唯一つながるのは僕の持っているこの同型の端末だけだ。独自回線を使っているから盗聴なんかの心配もない」
そう言う日渡提督の手にも、エミヤに渡されたのと全く同じ端末が握られている。
「いいかい、君が日常で使う分にはその黒いタブレットで構わない。しかし、
「まったく……恐れ入るよ。ここまで用意周到で世話好きとなれば提督より主婦の方が向いているのではないのかね?」
初日に交わした守秘義務について気にしているのだろう。
エミヤにその気はないのだが、どうやら提督という立場に巻き込んでしまった責任のようなものは未だに消えていないらしい。
日渡提督らしいといえばそうなのだが、やはり甘いと感じる──が、それも今更だ。
日渡提督の用意した2台の携帯電話を見ながら皮肉を零すエミヤだが、どうやら悪い気はしてないようである。
『主婦はお前だ』というツッコミをすんでのところで飲み込んだ日渡提督も満足げに微笑んでいた。
「さて、と……これで一応の説明は終了したけど、他に聞いておくことはあるかい?この後は僕も横須賀へと帰ってしまうからね、それまでに確認しておけることがあれば答えておくよ?」
「当面の職務については問題ないだろう。それよりも、軍の上層部に謁見する件はどうなっている?」
「それについては来月に一般公開される合同演習があるから、その時に時間を取ってある。お偉いさん逹は下の人間なんていちいち把握してないからね……書類だけ確認したら何の疑いもなくエミヤ君の着任を承認したくらいだ、急ぐ必要もないそうだよ」
「そう不満そうにする事もないだろう。仮に詮索されたとして、簡単に尻尾を掴ませるような粗末な仕事はしていないのだろう?なんにせよ、時間があるのはありがたい。それまでにこの書類を丸暗記しておくとするさ」
これだけ綿密に用意したのにも関わらず、あまりにあっさりした上の対応に対して不満気な日渡提督。
しかし国の存亡を争っている状態の軍などそんなものだろう。むしろ時間に余裕があるのはエミヤにとっても僥倖な筈だ。
「確かに容易に看破できるようなやり方はしてないけどね、命がけで戦っている部下逹の顔と名前すら把握してない上部の連中も考えものだよ……おっと、ゆっくり愚痴を零している場合じゃなかった!あの2人も待ってくれてるし僕はそろそろ行かなきゃ」
「もうこんな時間だったか。今日は艦娘達も全員待機させている、見送りくらいはさせてもらうよ」
「全員って哨戒任務の娘もいるのかい?そんなに畏まらなくても良かったのに。でもありがとう、じゃあ行こうか」
こうして、日渡提督の5日間に及ぶ新人教育任務は終了した。
波乱に満ち、怒涛の展開で目を回した5日間だったが、過ぎてみればあっという間だ。
共に過ごすのが当たり前になっていた事もあってか、合流した艦娘達は揃って感謝の言葉を口にし、日渡提督もどことなく寂しそうな顔をしていた。
待機を命じられた金崎と井上が車を回す為に出て行った後の玄関前、この鎮守府の艦娘全員とエミヤが見送りに出る。
「エミヤ君、そして艦娘の皆、色々と忙しなく進展してしまって迷惑をかけたと思うけどすまなかったね。次に会えるのは1ヶ月後の合同演習だ、それまでどうか無事に過ごしてくれ」
「勿論デース!日渡提督もエミヤ提督が着任したからといって音信不通はNOなんだからネ?たまには遊びに来てくだサーイ!」
「ははは、勿論さ。エミヤ君の料理は絶品だしね、また来れる日を楽しみにしているよ」
「ふっ、落ち着いて時間が取れる時がきたならいつでも御馳走しよう」
それぞれが思い思いの言葉を交わす中、車が玄関前へとやってきた。
黒塗りの高級車の中では空気椅子でもしているかのように背筋を伸ばした金崎と井上が笑顔を向けている。
『エミヤ提督!また会えるのを楽しみしてるであります!横須賀の妖精さん達で歓迎するのでまたお喋りしましょう!』
「大勢で取り囲むのは勘弁してもらいたいのだが……しかし妖精さんにも世話になった、礼を言おう。これはほんの気持ちだ、車の中で日渡提督と食べるといい」
日渡提督の肩でピコピコと手を振る妖精さんに近寄ると、小さな包装紙を手渡した。
「中身はマカロンだ。本当なら紅茶と共に出したいところだがお土産ということで我慢してくれ。なに、味の保証はするとも。他の妖精さんに悪いからくれぐれも持ち帰らずに車の中で食べてしまうように」
『わぁ!ありがとうございます!本当なら持ち帰って飾っておきたいくらいでありますが……有り難くいただくであります!』
容赦ない気配りが妖精さんを襲う。
筋金入りにオカンすぎるエミヤに向けられているみんなの視線、それに気付かないエミヤはやはり色々と筋金入りなのだろう。
マカロンに目を輝かせた妖精さんはなんとも無邪気な笑顔ではしゃいでいる。
「それじゃまた会おう」
『サヨウナラであります!』
車に乗り込んだ日渡提督達はエミヤ達に見送られて帰って行った。
あの車の中で体育会系2名と数時間のドライブかと思うと日渡提督に同情しないでもないが、エミヤは内心ホッとしていたのは言うまでもない。
そんなことよりも、この瞬間からエミヤは提督として完全に独り立ちである。
「さて、ではさっそくだが提督としての仕事を果たすとしよう。金剛、悪いが全員を執務室に集めてくれ」
「夜間哨戒の娘もデスカ?早く休まなせいと任務に支障がでるかもしれませんヨ?」
「ああ、問題ない。寝不足のところ申し訳ないとは思っているが大事な話なのでね」
「OKデース。エミヤ提督がそこまで言うなら重要なお話なんでショウ?エミヤ提督は執務室で待ってて下サイ!」
日渡提督の車が見えなくなってからエミヤは金剛に対して艦娘の招集を求め、それだけ告げると足早に執務室へと向かってしまった。
どうやらまた何か企んでいるらしい。
しかし、ここの艦娘達も釣りや料理の一件でエミヤが突拍子も無いことをしでかすのには慣れたものらしく、金剛に声をかけられても嫌がる者はいなかった。
所謂『いつもの事』である。
そして執務室──
「Hey、エミヤ提督。言われた通り全員集めたヨ」
「ああ、すまなかったな。とりあえずはこれを見てもらおう」
執務室で待っていたエミヤは艦娘達にプリントを配り始める。
「これは……シフト表なのですか?」
「そうだ、急ではあるが本日より夜間哨戒の任務は緊急を要する非常事態を除いて全面的に廃止することにした」
今日も始まったエミヤ節。
さすがはかの聖杯戦争において、召喚早々に活動方針でマスターと揉めただけの事はあるジャイアニズムだ。
開口一番で夜間哨戒の廃止などと言われれば艦娘達も絶句である。
「お待ち下さいエミヤ提督!私のデータでは日中の哨戒任務より夜間の方が敵艦隊との遭遇率は高いです!なのに夜間の対策を放棄する意図はなんなのですか!?」
「落ち着きたまえ霧島、夜間哨戒を廃止するとは言ったが対策を放棄するなどと言った覚えはないのだが?対策は既に打ってあるさ、文字通りな」
「対策は打ってあるってどういう事だよ?俺達にもわかるように説明してくれねぇと困るぜ」
「魔術師が結界を張るのに使う宝石を複数投影してこの鎮守府から沖合10キロ前後の地点に沈めておいた。とは言っても私は魔術師として出来損ないなのでね、結界で敵の侵入を防ぐ事はできない……が、敵の侵入を察知するくらいの事はできる。つまりは夜間に敵が侵攻してきても十分に対策が可能という事だ」
「それにしてもどうしてこんな事をする必要があるのかしら?天龍ちゃんみたいな夜戦好きの娘もいるんですよぉ?」
「それに関しては先程配ったシフト表を見て貰えばわかるだろう」
言われるがままに全員がプリントへと視線を落とす。
「各艦娘に週1日の休日が設けられてますね。エミヤ提督、もしかして私達の為にこれを?」
「愛宕の言う通り、君達には規則正しい生活と必要な休みをとってもらう。戦う者にとって休む事も立派な仕事だ。それに、特殊な敵艦だと夜でも艦載機を飛ばす空母が存在するらしいが、幸いこの近海では目撃されていない。夜間であれば私だけでも対応はきくのだから休める時は休むべきだろう。夜戦好きな艦娘については仕事だと思って諦めてもらうしかないが……緊急の事態になれば真っ先に頼らせてもらうさ」
「行動が迅速すぎて何も言えまセーン……それともう1つ質問デスガ、この『特別訓練』とはなんデス?」
金剛がプリントの一部を指差して質問する。
そこには哨戒任務の他に、特別訓練と書かれたスケジュールが記載されていた。
「それは私が直接指導する白兵戦の訓練だが?」
ノンストップ・エミヤ節。
海の上で砲撃を主体とする艦娘に対して接近戦の訓練を行うと言ってのけたのだ、艦娘達は絶句を通り越して目が点である。
「ちょ、待ってくれよ提督!アタシ達が艦娘だってわかって言ってんのか!?白兵戦なんて鍛えてどうするってんだよ?」
「摩耶の言う通りだね。私達は艦娘で砲雷激戦が本業だ、白兵戦で戦うための存在じゃない。説明を求める」
「ほう……では聞くが摩耶、常に万全な状態を維持できるほど戦場は簡単なものかね?響は艦娘なら白兵戦などするなと誰かから言われているのか?」
「いや……そりゃそうだけどよ」
「…………」
「弾切れになったら?敵の砲撃が艤装に命中して戦えなくなったら?魚雷が主機に当たって航行不可になったらどうする?君達は黙って食い殺されるのか?」
一同が言葉を失った。
それはエミヤが無茶な事を言っているからではない。
過去に沈んでいった仲間達がどのような最後を迎えたかを痛いほど知っているからだ。
事実、海上において戦闘能力を失った艦娘など深海棲艦にとっては良い餌にしかならない。
「本意ではないのだろうが私は君達の生存率を1%でも上げられるのなら必要な事は全てやる。あらゆる武器が使用不能になったとしても身体一つで生還できるだけの能力は身につけてもらおう。意見があるなら聞くが?」
「ってー事はアタシ達も天龍みたいに竹刀でシバかれるのかぁ……乗り気はしねぇなぁ……でも、これも生きて戦争を終わらせるためだと思って我慢すっか!」
「コラ摩耶、俺みてぇにってのは余計だ。でもまぁ……実際に戦ったから言えるけど、あの戦い方は深海の野郎に距離をつめられた時には確実に有効だと思うぜ?」
「
「納得できたのなら結構。できることなら敵に接近させずに勝利するのが理想なのだが理想的展開にならないのが戦の常だ、身につけた技術は無駄にはならないと思って励んでくれたまえ」
発言自体は突拍子もないエミヤだが意味のない事など言わないし、やらない。
困惑の色こそ残っているものの艦娘達はエミヤの真意に納得したようだ。
「では最後に秘書艦についてだが──」
その時、艦娘達に衝撃が走る!
エミヤのその言葉に、それまで真剣な表情で会議に臨んでいたはずの一部の艦娘が目の色を変えた。
龍田や響などは秘書艦のポジションに執着しないのだろうが、金剛を筆頭に何名かの艦娘はその限りではない。
むしろ立候補してでも手に入れたい役職だ。
実力は申し分なく、頭も良い。
ルックスだって世間一般的に言えば間違いなく整っている部類だ。
極め付けは提督として働いている以上は収入も安定していて、何より家庭的。
性格や言動は多少のクセがあるものの、誰もが認める優良物件──それがエミヤだ。
艦娘とはいえ、花も恥じらう乙女の心を持った年頃の女性達なのだ。
あくまで提督の決定である以上は出しゃばった発言こそしないものの、その言葉を耳をダンボのようにして拝聴する。
「私としても色々と考えたのだが、やはり適任は君しかいないだろう。もちろん、嫌なら断ってくれて構わないが……頼まれてくれるか金剛?」
エミヤは──金剛の前に立った。
「バ……」
「……ば?」
「バァァァアアアニングッラァァァアアアブッ!!任せてエミヤ提督!この金剛、エミヤ提督の理想の秘書艦になってみせるネ!」
「ぐはっ!?」
そして金剛がエミヤに突き刺さった。
「かぁー!やっぱりエミヤ提督は金剛さんを選んだか!大穴狙ってたのにあてがハズレたねぇ」
「だから言うたやん?むしろあれだけアピールされてて他の艦娘を選んだらそれはそれで問題や」
「金剛さん、ちょっぴり羨ましいのです。電もエミヤ司令官さんに頼ってもらえるくらい頑張らないと!」
「ゴホッゴホ……待ちたまえ、君達は何を言っているのだ!?」
金剛を選んだ事に対して悲観的な意見は聞かれない。
誰もが心のどこかで予想はしていたし、金剛の想いも知っていたのだから批判などするはずもなかった。
まあ、肝心のエミヤには理解できていないのだが……
「ところでエミヤ提督、お姉さまを選ばれた人選に間違いはないと思いますが理由を聞いてもよろしいですか?」
各々が女子会のように盛り上がる中、金剛の妹である霧島が問いかけた。
もっとも、それは隙あらば秘書艦の座を奪おうなどという動機からではなく、どちらかと言えば金剛に対するサポートに近い。
ここで金剛を少しでも意識しているような言質を取ってしまえば、今後の金剛とエミヤの仲を取り持つ材料が増えるからだ。
しかし計算高い霧島にしては珍しい凡ミス。
相手は他でもない鈍感ニブチンキングのエミヤである事を失念しすぎている。
「理由か……それはやはり提督代理を勤めていた経験が大きな要素だ。私のような門外漢が判断に迷った時、きっと金剛の経験は何よりも力強い武器になるだろうからな。それに、どうも金剛は提督代理の重圧から解放されて提督という存在に強く依存している節がある。そういった部分が少しでも緩和できればという意図も無いではない」
「……教科書に乗りそうなくらい綺麗な模範解答ですね。金剛お姉さまには申し訳ないですが私では力になれそうもありません」
「Shit……本心から言っているのがわかるから余計にDamageがありマス……」
金剛、霧島、
ともあれ、こうして無事にエミヤの研修期間は終了した。
目先の目標、横須賀鎮守府で開催されるという一般公開の合同演習へと向けて独り立ちしたエミヤ提督一行は帆を進める。
やっと次回から任務や戦闘やらが書ける……