守護者の観る水平線   作:根無草

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眠り姫と英霊の過去

 鎮守府を離れて2時間は経っただろうか、既に陸地は見えなくなっていた。

 

 最初は懸念されていたエミヤの礼装だが、本人の自信と比例して問題なく稼働している。

 それに運も良かったのだろう、敵艦隊はおろか、はぐれの深海棲艦にも遭遇することなく順調に航行することができた。

 

 そんな順調な海路の末、程なくして見えてきたのはその全貌が見渡せる程の小さな無人島。

 

 おそらく徒歩でも半日ほどかければ一周できる程のその島には建設途中の寂れた建物が確認できる。

 鎮守府として運用する目的で建設されたからだろう、海岸沿いの一部は船渠としての形を成しており、建物自体もガラス窓などはないが基礎工事は終わっていて漠然とコンクリートの箱が置かれているといった印象だ。

 

 未だ工事の再開を待ちわびるかのように放置されたままの重機達が島の寂しさを誇張している。

 

「思ったより早く到着しましまネ。敵との遭遇も無くて良かったデース」

 

「すんなりいきすぎて拍子抜けなくらいだぜ。深海どもの1匹や2匹くらい出てこいって話だよな」

 

「戦闘がなかったのは良いことなのです!天龍さんと摩耶さんは血の気が多過ぎて困るのです」

 

「アタシを天龍と一緒にすんなよ!戦闘狂は天龍型だけで十分だっつーの。しっかし辺鄙な所だよなぁ……」

 

 島に到着した面々は思い思いの感想を口にする。

 倉敷提督が殉職したその日から時間の止まった島──その実物を改めて眺めるのはいかにも感慨深いものがあるようだ。

 

「戦闘がなかったのは僥倖だろう。とはいえ、戦場において警戒は怠らないことだ。龍驤、索敵は任せて構わないかね?」

 

「はいなっ!艦載機のみんな、お仕事の時間やで!」

 

 龍驤の指揮に合わせるように舞い上がる紙吹雪、よく見ればそのひとつひとつが人型を象っており大空へ舞い上がったそれは瞬く間に無数の艦載機となって旋回をはじめた。

 

「良し、それではここからは二手に別れるとしよう。私と金剛と電は施設周辺とその内部の視察、天龍と摩耶と龍驤は周囲の警戒として残ってもらう。敵の接近を確認したら速やかに知らせてくれたまえ」

 

「知らせろってどうやって?誰も無線機なんざ持ってねぇぞ?」

 

「なに、簡単なことだ。これだけ小さな島だからな、()()()()()()()()()()すぐわかるとも」

 

「あっ、なるほどな。そりゃわかりやすくて良いぜ」

 

 ニヤリと笑うエミヤに対して天龍も悪そうな笑みを浮かべた。

 確かにこれだけ小さな島なのだ、例えどこにいようと砲撃の1発でもあれば誰でも気付く。

 

「もっとも、慢心した君達が索敵を疎かにして後手に回るような事になれば、私達が駆けつけても手遅れという事もあり得るのだがな?」

 

「言ってろよ。天龍はともかくアタシや龍驤さんがそんなヘマするわけねぇだろ?」

 

「おーい摩耶、誰に言ってやがんだ?この最強無敵な天龍様がそんな凡ミスやる訳ねぇだろが」

 

 天龍の言葉に誰もが思う……『フラグを立てるな』と。

 余談だが、鎮守府大破率No.1は断トツで天龍である。

 

「ま、こっちの子守はうちに任せとき。提督さんも中がどうなっとるかわからん以上は油断大敵やで?」

 

「心遣い痛み入るよ。しかし陸地で建築物の中ともなれば深海棲艦との遭遇はあり得まい。未知の新生物にでも出会わなければ問題ないだろう」

 

「んー……ま、それもそうやね。じゃ、気張って警戒しとくわ!そっちも頑張ってな、色々と!」

 

「色々?良くはわからないが承知した。では行ってくるとしよう」

 

 こうしてエミヤ達と龍驤達は二手に分かれた。

 

 陸に上がる際にはエミヤの礼装も光となって消え、金剛と電の艤装も解除された状態だ。

 警戒が必要とはいえ、建物内で艤装を展開していては歩くだけで建築物を破壊しかねないのだからしょうがない。

 電はともかく、戦艦である金剛の艤装はそれだけ大きいのだ。

 

 当然、武装を解除した金剛達はエミヤとは違ってほとんど無力であり、何が起こるかわからない廃墟においては不安になるかと思われたのだが──

 

「いざという時はエミヤ提督が守ってくれるから安心ネ!」

 

「はい!エミヤ司令官さんの側にいれば大丈夫なのです!」

 

 本人達はすこぶる楽しんでいた。

 

 デートの誘いがまさかの遠征だったのにも関わらず、金剛の乙女脳はこの状況をある種のデートのように曲解していた。心の中はお化け屋敷で意中の男性に甘える乙女のような妄想が大爆発だ。

 電も電で買い出し以来のエミヤとの外出にご機嫌な様子である。

 

「信頼は素直にありがたいが……もう少し警戒心を持ってくれると助かるのだがね」

 

「警戒はしてるヨ?だけどこんな場所じゃあ私達に戦闘はできないネ」

 

「こんな所で砲撃したら建物が耐えられません。それに、陸地での戦闘が必要になったらエミヤ司令官さんの方が電達より強いのです」

 

「だとしてもだ、私の腕に抱きつく必要はないだろう……電もどうして私の外套を摘んでいる……」

 

 まるで一昔前に流行った腕に抱きつく人形のように絡みつく金剛と、恥ずかしさを感じさせる照れ顔でエミヤの外套をチョンとつまんでいる電。

 

(龍驤の言っていた色々とはこういう事か……)

 

 側から見る限り、このような廃墟地味た場所でなければピクニックにでも出かける家族のような光景だ。

 しかし、どれだけ微笑ましい光景だとしても今は任務中であり、そのおかげかエミヤの眉間と服のシワは一層深くなっていく。

 

「それにしても薄暗いところネ。こんな天気の良い日なのにこの建物内だけ雨の日みたいデース」

 

「おそらく電気関係の工事が始まる前に建設作業が中止されたのが原因だろう。居住が目的の建築物ではないからな、日光を取り入れるより堅牢さを重視したおかげで必要以上に暗くなっているようだ」

 

「それでも無人のままだったのに目立った損壊もないのは頑丈な証拠なのです。崩落でもしていたら工事の再開も大変になってしまうのでこれはこれで良かったのです」

 

「電の言う通りデース。ですが、それでも雨風に晒され続けてきた事に変わりありまセン。崩落まではしないかもデスが足を滑らせないように注意するネ」

 

「そう思うのなら私の腕にしがみ付くのをやめるべきではないかね?金剛がどうかは知らないが私が歩きにくく……2人とも止まれ!」

 

 溜息混じりに会話していたエミヤが突然声を荒げた。

 もちろんそれは腕に抱きつく金剛に耐えかねてという訳ではなく、その表情には焦燥が色濃く浮かんでいる。

 

(これは……魔力か?ひどく歪な、まるで召喚初日に対峙した深海棲艦のような……)

 

 エミヤの睨むその先、薄暗く続く廊下の奥──

 

 そこからは濃密な魔力が漂ってきていた。

 

 それも純粋な魔力ではなく、まるで混ぜ物のような形容し難い力の塊。

 それはまるで深海棲艦のそれとそっくりであり、だからこそエミヤには現状の把握ができずにいる。

 

 現在においても深海棲艦の生態は不明な点が殆どであり、その住処すら特定されていない。

 しかし、陸地への侵攻があった際の資料では深海棲艦は陸上での活動が困難であり、その力も半減するとされていた。

 そこから推測するに、深海棲艦がこのような廃墟を根城にするとは考えにくいのだ。

 万が一、艦娘達に強襲された時に能力を十全に発揮できないような場所を拠点にするなどありないだろう。

 

 しかし、現実としてこの廃墟に深海棲艦と思わしき存在が潜伏しているのは間違いない。

 外の龍驤達に何の動きもない事から、エミヤ達の後を追って侵入してきた可能性も低いと推測される。

 

 何より──

 

 そこから感じる魔力は初日に敵対した深海棲艦の比ではなかった。

 数ある可能性の中から最悪を想定できてしまうエミヤ、その額からは冷たい汗が頬に流れてくる。

 

「エミヤ提督?急に黙り込んでどうしたデース?」

 

「顔色も良くないのです……気分でも悪くなりましたか?」

 

 エミヤの両サイドにいる2人はエミヤのように魔力を探知する事などできるはずもなく、屋内においての索敵能力もないことからエミヤの変調に対して心配そうな顔をしている。

 

「気分は最悪と言いたいところだな。確認するが……深海棲艦の中に陸上での活動を主にする種はいるか?」

 

「陸上なのですか?いるにはいると聞きますがこの海域では確認されていないはずなのです」

 

「私も艦娘としては長いデスが陸上タイプの深海棲艦と遭遇した事はないデス。って……まさか!?」

 

 尋常ではない剣幕のエミヤに何かを感じとったのか、金剛が目を見開いた。

 

「そのまさかのようだな。おそらくこの廊下の最奥の部屋に何かがいる、残念だが私が初日に相手をしたイ級と呼ばれる個体とは比べものにならない強さだろう」

 

 金剛の不安を肯定するエミヤ。

 その言葉に先程までほのぼのとした雰囲気だった2人にも緊張が走る。

 

「こんな場所にどうして……それに外だって……どうしますかエミヤ司令官さん?こんな場所では電も金剛さんも満足な戦闘はできないのです」

 

「そうネ……唯一期待できるのは軽空母の龍驤くらいデス。邂逅する前に一時撤退した方が──」

 

 たしかに駆逐艦と戦艦である2人がこのまま屋内戦闘になったとしても戦果に期待はできない。

 どころか、その火力によって予想される2次被害を思えば撤退こそ正しい判断だろう。

 しかしエミヤの判断は違った。

 

「いや、敵の姿くらいは捉えておくとしよう。姿が見えていない以上は深海棲艦であると断定もできないのだ、未知の脅威はできるだけ払拭しておくべきだろう」

 

「そ、そうは言ってもこんな逃げ場もない廃墟でどうやって敵を確認するデース!?」

 

「幸いなことに敵はこちらの存在に気付いてはいない、ならば私に任せておきたまえ」

 

「あっ、なるほど……」

 

 電が納得を口にした時、そこにはエミヤの姿は無かった。

 

 霊体化──

 

 霞のように姿を消したエミヤは何者にも感知されない。

 その状態であれば敵に気付かれる事もなく接近する事も可能だろう。

 

 霊体化したままでは戦闘もできないが、この状況であればそれは問題にならない。

 エミヤは廊下に漂う魔力を追うように霊体となったまま奥へ奥へと進んでいく。

 

(おそらくこの部屋の中か)

 

 長い廊下の突き当たり。

 扉も取り付けられていないコンクリートの枠部だけが不気味な部屋の中から濃密な魔力が感じ取れた。

 部屋の中には窓もないのだろうか、まだ昼間だと言うのに室内は暗闇が広がるばかりで内部までは見通せない程だ。

 

 とはいえ、鷹の目と呼ばれるエミヤの眼にこの程度の暗闇は問題にもならない。

 エミヤは霊体化したままで室内へと侵入した。

 

 そして、そこで彼が目にしたのは──

 

(子供……だと……?)

 

 冷たいコンクリートの床に倒れこむように突っ伏している1人の子供の姿だった。

 

 見た目は普通の少女のようではあるものの、部屋に満ちる力の根源は間違いなくこの少女だ。

 雪のように白い髪、血液の全てを失ったかのような白い肌──判断するにこの少女が深海棲艦である事は明白だろう。

 

 エミヤのイメージの中での深海棲艦とはもっと人外の生物である印象が強かったのだが、この少女はその姿だけを見ていればとても深海棲艦とは思えないほどに幼さの残るあどけない顔をしていた。

 漂う魔力がなければ無警戒に保護しようと思っていた事だろう。

 

 しかし、なによりもエミヤの目を引いたのはその少女の置かれた状況だ。

 

(これはどう見ても瀕死だ……発見するのがあと2日も後だったなら何もしなくても恐らく──)

 

 少女は傷付いていた。

 服の端は焼け焦げたような跡があり、白い肌も煤のような汚れが目立つ。

 服や肌に関してもその白さが余計に際立たせているのだろう、身体のいたるところからは生々しい出血が確認できた。

 儚げに上下する胸を見る限り、かろうじて呼吸はしているのだろうがそれもいつまで続くか定かではない。

 

(形はどうあれ所詮は戦争……起こりうる事には何の変化もないという事か……)

 

 姿は見えないままだが、まるで歯をくいしばるような苦々しい所感を抱いたエミヤは音もなくその場を後にした。

 

 その後、先程と同じ場所でエミヤを待つ金剛達と合流し、多少の説明だけしてから建物から撤退した3人は島の周辺を哨戒していた龍驤達と合流する──

 

「廃墟に深海棲艦ねぇ……」

 

 島から少し離れた地点で円陣のように向かい合った一同。

 エミヤが見てきたものをありのまま説明された事で難しい表情を浮かべている。

 

「艤装等の展開は確認できなかったが満足な戦闘ができる状態ではないだろう。ところで、私の話した特徴から敵を特定できるものか?」

 

「駆逐艦より小さな子供っちゅう特徴だけやと微妙やね。せめて装備品でもわかればええんやけど……」

 

「愛宕姉か霧島さんなら何か知ってるかもしれねぇけどアタシも心当たりがねぇよ」

 

「提督代理をやってた私でもわからないからネ……いくら霧島でも望みは薄いデース」

 

 エミヤによって得られた情報から敵の正体を看破するには至らなかった。

 せめて艦種でもわかれば対策も立てられたのだろうが、現状において敵の姿を確認したのがエミヤだけである以上はそれもできない。

 

 そうなれば残る課題はこの後の行動指針なのだが──

 

 ここで事態は思わぬ方向へと加速していく。

 

「っつっても手負いの深海が1匹、仲間もいねぇ状況なんだろ?ちゃっちゃと乗り込んで殺しちまえば良いだけの話だろーが。小難しいことを考えるのはその後でもできんだろ?」

 

 各々が重苦しい顔をしている中、それが当たり前と言わんばかりに口を開いたのは天龍だった。

 

 敵の討伐、それ事態は何の問題もないし艦娘としての本懐とも言える事だ。

 しかしこの場の艦娘達は諸手を挙げて天龍の意見に賛成ができずにいた。

 

 その大きな理由としてはエミヤに伝えられた深海棲艦の特徴と現状だ。

 

 駆逐艦よりも小さい子供という事は、もしかしたら生まれて間もない深海棲艦なのかもしれない。

 そもそも深海棲艦が人間のように繁殖し、人間のように成長するのかといえば疑問符の残るところではあるが、少なくとも嬉々として殺害できる対象ではないだろう。

 さらにその子供は命に関わるであろう傷を負っているらしいのだ。

 そこに押しかけて集団で暴行するような真似は、いかに深海棲艦と戦うために存在する艦娘とはいえ気分の良いものではない。

 

「あん?急に黙り込んでどうしたっつーんだよ?」

 

「いえ……天龍さんはそんな小さな子供でも……その……殺す、のですか?」

 

 重たい空気に耐えきれなくなったように電が天龍へと投げかけた。

 

「そりゃそうだろ、ガキだろうとなんだろうと深海は深海だ。それとも何か?相手がガキで重症だからって可哀想だなんて言い出すんじゃねえだろうな?」

 

「で、でもっ!こんな大勢で押し寄せて四方八方から攻撃するなんてあんまりなのです!それは正義である前に道徳の問題なのです!せめて鎮守府で捕虜として保護してから判断しても良いはずです!」

 

「はぁ……俺はお前のそういうところが嫌いって訳じゃねえ。けどな、これが戦争っつー事を忘れんじゃねえよ。ここで見逃した敵が回復した時、お前の大切な奴がその敵に襲われない保証がどこにある?捕虜として手当したその深海のガキが提督や響を殺しにくる可能性が無いって言いきれんのか!?」

 

「そ、それは……」

 

 口調や発想は乱暴なものでも天龍の言うことは正論だった。

 戦場に生きる以上は理不尽や不条理など当たり前であり、だからこそ争いは生まれる。

 

 それに元々の性格で言えば面倒見のいい天龍なのだ、好き好んで子供を殺したいなどと思うはずがない。

 そんな事くらいこの場にいる誰もがわかっている。だからこそ電も言葉を詰まらせた。

 

「そのへんにしとけよ2人とも。こんな所で仲間割れしたってしょうがねぇだろ?アタシだって子供なんて殺したくないけどさ、こればっかりはしょうがねぇって……」

 

「そうやね、電の言いたい事は十分わかるけど今回ばっかりはうちも天龍の意見に一票や。それにエミヤ提督の話やと放っておいても近いうちに死んでしまうような状態なんやろ?それなら介錯してやるんも情けなんちゃうかな。なぁ提督さん?」

 

 すっかり消沈してしまった電を支えるように語りかける摩耶と、それを諭すような龍驤。

 出来る事ならどうにかしてやりたい気持ちはあるものの、その気持ちの着地点だけは見つかりそうもない。

 

 助ける事ができない以上、この場で殺すにしろ放置して見殺しにするにしろ最終的に判断を下すのはあくまで提督であるエミヤなのだ。

 

 龍驤からの問い掛けに対し、それまで黙っていたエミヤはゆっくりと口を開く。

 

「たしかに、この場において間違いを言う者はいないのだろう。無論、電を含めた全員な……ところで金剛、君はあの深海棲艦の子供をどうするべきだと考える?」

 

「わ、私デスか!?」

 

「そうだ、今回はたまたま私が同行しているだけであって、本来なら現場の判断は旗艦である君の仕事だ。そんな金剛の意見も聞いておこうかと思ってね」

 

 突然ふられた話に慌てた様子の金剛だったが、拳を握りしめて俯く電を見て一息つくと静かに発した──

 

「……私は、電の意見に賛成デース」

 

「おいおいマジかよ金剛さん!?」

 

「Stop、stop!艦娘として正しい事を言っているのは天龍だと私も思うネ!ただ……殺すばかりが戦いなのかと言えば私は違うと思うという事デス」

 

 熱り立つ天龍を制すると金剛は語り始める。

 

「確かにこれは戦争デス、天龍の言う通り本来なら敵の殲滅を優先するべきでショウ……でも、戦争だからといって敵を必ず殺さなければならないと誰が決めたんデスか?もしそうだとしたら私たち艦娘は平和を旗印にしただけの殺戮兵器と変わりまセン。うまくは言えまセンが殺し合う以外にも戦いの場はあると思うのデス……それに──」

 

 金剛は俯いて涙を零す電の背後にまわると、その両肩にそっと手を置いた。

 

「皆さん忘れた訳じゃないはずネ。かの大戦の中、海に投げ出された敵兵を救った電や雷の勇姿を。その英断は後世にも語り継がれ、その後の世界平和にもたらした影響も決して小さなものではないデス。目の前の敵を殲滅するのも大切ですが、時として後世までを見通した判断も必要じゃないデスか?どうでしょうエミヤ提督?」

 

 電の頭を撫でながらエミヤを見つめる金剛の顔は、少し申し訳なさそうでもあり、どこか縋るような表情を浮かべていた。

 

 しかし金剛の言う通り、過去に軍艦であった頃の電や雷が敵兵を救ったというエピソードはあまりに有名だ。

 そこで救われた兵士達が、その後の反日活動の緩和などに尽力した逸話も現代まで語り継がれている。

 

 そういった見識で判断するならば、電の言うように救いの手を差し伸べる事も間違ってはいないのだろう。

 

 それを受けたエミヤは小さく頷いて全員を見た。

 

「なるほど、金剛の言う事ももっともだ。ここにいる全員が、やはり間違った事を言ってはいないのだろう。さて、ここで私から皆へ質問なのだが──」

 

 いつもとは違う憂いを帯びた眼で空を見上げたエミヤは、まるで何かを思い出すかのように小さく続けた。

 

「君達が艦娘であることに関係なく、敵が深海棲艦ということも考慮せず、単純に人として考えてほしい。君達は戦争の最前線で戦う戦士だと過程しよう。そんなある日の事だ、敵側の子供が何の武器も持たず傷付いた身体で助けを求めてきたら……君達ならどうする?」

 

「回りくどい事言ってんなぁ……そりゃ今の状況を言ってんのか?」

 

「全くの無関係ではないがそうではない。加えて言うならこんな質問に正しい答えなどないだろう、思った通りに答えてくれてかまわんさ」

 

 何かを咎めるでもなく、諭すでもない。

 ただ穏やかで寂しげな瞳のまま、エミヤは答えを促した。

 

「……敵が深海じゃなく俺が艦娘じゃねぇってんなら、まぁ助けるんじゃねえかな」

 

「そりゃそうだろ、アタシだって人間の子供相手に殺すなんて言わねぇよ。ここに来てない奴らだって同じだと思うぜ?」

 

「うちもやな。その子がその後どうなるかまで責任はもてへんけど、その場では助けようとするやろ」

 

「Of course!保護して手当をした後に安全な場所まで送り届けるネ」

 

 俯く電以外の艦娘は次々と答えていった。

 その誰もが子供を助ける事を考え、そのように行動すると答えたのだ。

 それを聞いたエミヤは深く眼を閉じて何かを考えるような素ぶりをすると、静かに告げる──

 

「そうか……それも正解なのだろうな」

 

 まるで消え入りそうな程に小さく儚い一言に艦娘達は首を傾げた。

 

「えっと……私達はおかしな事を言いましたカ?エミヤ提督、様子がおかしいネ」

 

「いや、君達がおかしな事を言ったという訳ではない。言っただろう?こんな質問に正しい回答など存在しないのだ」

 

「じゃあどうしたっつーんだよ?さっきから少し変だぞ?」

 

 誰もがエミヤに注目する中、少しの沈黙の後で耳を疑うような発言が飛び出す──

 

「先の質問だが、私は……殺してきた。老若男女を問わず多くの人々の平和や笑顔の為だと言い聞かせて、それを害する少数の人間を絶望の底へと叩き落としてきたのだ」

 

 誰もが言葉を失った。

 

 俯いていた電ですら、その両目を真っ赤にしながらエミヤを見上げて固まっている。

 日頃の優しく世話好きなエミヤを思えば想像もつかない言葉なのだ、彼女達の心中は察するに余りある。

 それでもエミヤは悲痛な面持ちで続ける。

 

「どうしようもなかったと言えばその通りだ、それによって多くの人が救われたのも事実だろう。しかし、命を天秤にかけて大多数の為に少数を切り落としてきた事に変わりはない」

 

「で、でもそれは戦争で仕方のない事だったんデスよね!?」

 

「幻滅させたのなら申し訳ないが仕方がないなんてものは単なる言い訳だ……見方を変えよう、こことは違う世界の話だ。ある旅客機に数百名の人が乗っていた、その機内では突発性の殺人ウイルスがばら撒かれた。当然機内は大混乱に陥る……誰もが罪の無い一般の人間だ。彼等は必死に生き残ろうと足掻いた、周囲の誰かを蹴落としてでも家族の元へ帰ろうと必死だったのだ。しかし、それを知った私は……その旅客機を撃ち落とした」

 

 今にも泣き出しそうなほど弱々しく語るエミヤは、いつもの力強さなど感じさせないほどに小さく見えた。

 さらにエミヤは続ける。

 

「その旅客機が空港へと降り立てば、瞬く間にウイルスの被害は広がり数百ではきかない地上の都市数十万の人間が犠牲になっただろう。私はそんな多くの人間のために旅客機に乗る数百の命を切り落とした。旅客機の人達は何も罪などないのにだ……ただ懸命に生きようとしていた。最後には誰か1人だけでも辿り着き、この悲惨な事件を伝えて欲しいと一丸となって戦っていた。そんな人々を私は殺したのだ。仕方のない判断だったかもしれない、それでも救われた人々はそんな事実を知ることはないのだから、私はただの殺人者と成り下がった……」

 

 重い沈黙が流れる。穏やかな天気とは不釣り合いな雰囲気の中、穏やかな波音が耳に痛かった。

 

「提督は……後悔してんのか?」

 

「後悔か……していないと言えば嘘になるだろう。このような道を歩むという判断をやり直したいと思わなかった訳ではないさ。そんな私から一つだけ言っておこう、天龍、摩耶、龍驤」

 

 エミヤは3人に向き直ると、先程までとは打って変わって驚くほどに真っ直ぐな瞳で語りかけた。

 

「君達の判断は間違いではない。それが戦争であり、そういった意味では君達こそ正論を唱えているとも言える。故に君達の判断を咎めたり止めたりはしないさ。だがな……無抵抗な者を手にかける感触は生涯消える事はない。敵意を持って襲い来る相手を倒すのとは何もかもが異なるのだ、それはいつの日か後悔となって君達自身に返ってくる。それでも君達はあの深海棲艦の子供を殺すかね?」

 

 まるで心の中までを見通すような鷹の目に射抜かれた3人は言葉を発する事ができずにいる。

 全てではないにしろ壮絶な実体験を聞かされたのだ、口で言うのは簡単だが実際に命を手にかけるという覚悟に3人は揺らいでいた。

 

「それにだ、私の話はともかくとして電はまだ伝えきれていない事があるのだろう?」

 

「は、はひっ!?」

 

 フッといつもの優しい顔付きに戻ったエミヤは、これもまたいつものニヒルな笑みを浮かべて電に目線を向けた。

 

「電は……その、海と空を見ていたのです……」

 

 その言葉にハッとした顔をする面々。

 艦娘として日常的に前線に立つ彼女達は、電のその一言だけで何かに思い当たったようだ。

 

「ふっ、私が敵の存在を知らせた時、真っ先に疑問を浮かべていたのは知っているよ。だからこそ電は敵の殲滅を止めようとしたのだろう?」

 

「その通りなのです……深海棲艦が現れる場所は決まって嵐のような天気になるのです。なのに今は海も穏やかで天気も快晴、その子が弱っているだけで他に意味はないかもしれませんが……それでも救える敵かもしれないと信じたいのです……」

 

「と、いうことだ。さて……もう一度だけ確認するが、君達はあの深海棲艦をどうするべきだと思う?」

 

 天龍達の心境を考えれば意地悪とも言える問い掛け。

 最初は殺すと宣言していた天龍と、それに賛同していた摩耶と龍驤はバツの悪そうな顔をしながらもそれに答える。

 

「……だぁーっ!わぁーったよ!殺すのは撤回だ!ひとまずは電と提督の意見に乗っかってやるよ!」

 

「私は意見などしていないのだが?しかしその判断も間違いではないのだろう。天龍はこう言ってるが摩耶と龍驤はどうかね?」

 

「提督さんも意地悪なお人やね。こんな空気で蒸し返すようなマネできるわけないやん。ま、うちも気乗りする話じゃなかったしここは様子見させてもらうわ」

 

「アタシも提督がそれで良いなら問題ねぇよ。けど、もしもの時は責任とれよな?」

 

 3人は納得を示した。

 とは言え、どこか腑に落ちないような感情が残っているのもまた事実であり、その甘さに不安を覚えてもいるのだろう。

 それでも天龍達が電の意見に賛成したのは、エミヤの昔話が原因である事は明白である。

 

「あ、ありがとうございます!天龍さんも摩耶さんも龍驤さんも……本当にありがとうございます!」

 

「わかったからそんなに頭を下げんなよ、首がとれるぞ?それと勘違いすんなよ?今は様子を見るっつー話だが、そのガキが変な真似したら俺は即座にブッ殺すつもりだからな。提督もそこまでいったら止めんじゃねぇぞ?」

 

「何度も言うが私は最初から止めていないだろう?もちろん、相手が明確な敵意を持って攻撃行動に出た時は私とて容赦はしない。例え相手が誰であれだ。それについては電も十分に心得ておいてくれたまえ」

 

「大丈夫です。それでも手を差し伸べる機会をくれた事には感謝なのです!」

 

「ふっ、そうか……では改めて深海棲艦の子供の元へと向かうとしよう。編成は私と電と天龍が深海棲艦の元へ、残りの者は引き続き周囲の警戒だ」

 

『了解』という一同の揃った返事と共に円陣は解かれた。話も纏まり、再び島へと向かうエミヤ達。

 各々が不安を抱えつつも、任務は再開された。

 

 そんな中、島へと向かうエミヤの背中に声がかかる──

 

「──エミヤ提督!」

 

 声の主は金剛。

 

 先程、エミヤの過去についての話を聞いてから彼女の胸には皆とは違った不安が押し寄せていた。

 

 このまま見送ってしまえばエミヤは二度と戻らないのではないのか……自分達の前に突然現れた時のように、今度は突然いなくなってしまうのではないか……

 

 数分前に見せたエミヤの儚げな姿がそんな不安を想起させてならないのだ。

 

「エミヤ提督……さっきのエミヤ提督の話、私は幻滅なんてしてないネ!だから、だから……」

 

 任務に赴く提督を引き止めるような事はできない。

 だからと言って金剛にはそれ以上の言葉を紡ぐことができずにいた。

 

「……私は君達に嘘偽りをしないと誓った事を覚えているか?」

 

 金剛の言葉に応えるよう、しかし振り返らずにエミヤは語る。

 

「嘘偽りがない以上、あの話も当然事実だ。私にはそういった過去がある……金剛を含め、全員が気になるところだろう。しかし、今は私を試すと思って時間をくれないだろうか?いずれその時がくれば全てを語ると約束しよう」

 

 エミヤは言った、『いずれ』と。

 嘘偽りをしないと誓った男が先の約束をしたのだ。

 それを聞いた金剛を含め、その場の艦娘全員の胸に安堵の感情が湧いてくる。

 

 何より、そう語るエミヤの背中はいつものような頼りがいのある大きな背中に見えたのだ。

 

「……了解デス。約束しましたからネ!パパッと終わらせて帰ってきてくだサーイ!」

 

「ふっ、承知した。君達こそ、くれぐれも油断のないように頼んだぞ」

 

 

 

 英霊である以前に、エミヤという男が歩んできた人生──

 それについて語られる日がいつか訪れるのかもしれない。

 

 だが今は目の前の危険地帯へと赴き、任務を完遂することが先決だ。

 

【建設土地ノ鎮守府視察、及ビ、其処ニ潜ム深海棲艦ノ保護】

 

 想定外に難易度の上がった任務に向け、エミヤ達は再度出撃する。




拝読していただきありがとうございます。
相変わらず進展が遅い作品ではありますが、最新話の投稿ができて一安心しております。
エミヤの語った旅客機のくだりですが、元ネタは無銘の話になります(わざわざ説明しなくても皆様ならわかっているとは思いますが)

そして前回の後書きで話た出店の件ですが、無事に銀行やら保健所の審査をクリアして正式に決定となりました!
屋号も決まっておりまして、艦これのお店にする訳ではないのですが 【鳳翔】の名前を付けさせて頂きました!
料理が美味しい沈まない店としてやっていければと願掛けした次第でございます。

また詳細が決定したり、お店のHPなどができたら宣伝するかもしれませんが、その際には暖かいコメント頂けると幸いです!

そして毎回のように言ってはおりますが、このような作品に感想や評価、誤字訂正までしてくださって本当にありがとうございます!

矛盾も多く、文章力もない本作ですが、皆様のコメントが本当に活力になっております!
また次回も飽きずに読んでいただければ幸いです!

【次回】
エミヤオカンの母性が爆発!?
真のツンデレは天龍様だ!
電の本気(物理)を見るのです!

お楽しみに!
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