「ちっ、湿気くせぇ場所だな。本当にこんなとこにいるのかよ?」
「電も直接見た訳ではないのです、ここはエミヤ司令官さんに付いてくしかないですね」
そう話す2人の前には真紅の外套を纏う大きな背中があった。
改めて深海棲艦の保護に乗り出した3人は現在、廃墟と化した鎮守府建設予定の施設内を歩いている。
電と天龍は万が一を想定して主機以外の艤装は展開しているものの、陸上な上に屋内ということもあってか先頭を歩くのは提督であるエミヤだ。
エミヤ自身は武器の携帯こそしていないが、その背中から感じる緊張感に油断や慢心の気配は一切ない。
「……さて、この廊下の奥にある部屋が目的の場所なのだが準備はできているかね?」
階段を上った曲がり角で不意に立ち止まったエミヤは、振り返りながら2人に問いかけた。
「ったりめーだろ?いつでもぶっぱなす準備は万端だっつーの」
「ぶっぱなさないでもらたいのです!電も覚悟はできています、行きましょうエミヤ司令官さん」
「承知した、では行くとしよう……だがその前に──」
ただでさえ薄暗い廊下。
しかしそれは今の彼女達にとっては全てを飲み込む奈落のようにさえ見えた。
あらゆる不吉を孕んだ暗闇が、その口をぽっかりと開けて自分達を飲み込もうとしているような錯覚を感じないと言えば嘘になるだろう。
エミヤの問いに対して準備は万端だと答えたものの、気弱な電は勿論、勝気な天龍でさえ待ち受けている者の正体がわかっていない以上は緊張くらいする。
ましてやエミヤの情報を元に考えれば相手は
容姿は幼いといっても【鬼】や【姫】である可能性も否定はできない。
しかし、そんな未知の暗闇を切り裂いて光をもたらすのはいつだって英雄だ。
「そう硬ばらずに安心したまえ、軍艦の化身である君達に対して大船に乗ったつもりでと言うのはいくら私でも皮肉が過ぎるとは思うが……何があろうと君達は私が守る」
振り向いたエミヤは穏やかであり、それでありながらやはり皮肉屋な笑顔で言うのだった。
そんな彼の視線を向けられた電と天龍の緊張は霧散し、一瞬にして顔を赤く染め上げる。
「てっ、提督に守られるまでもなく何があっても俺がいるんだから問題ねぇよ!なんつっても俺が1番強ぇんだからな!」
「それは心強い、では気を引き締めて行くとしようか」
エミヤは知らない。
全くその気のない一言や、態度……果てはその笑顔がどれだけの女性を悩ませてきたのかを。
それはエミヤがエミヤである証明あり、衛宮であった頃から変わらない数少ない短所だったりもする。
だったりもする。
そしてその被害は今後も止まるところを知らずに増えていくことだろう。
「あれが無自覚だから困るのです……金剛さんに同情したくなるのです……」
「全くだ……あれが口だけの優男なら鼻で笑えるんだけど提督はガチな方だからなぁ……金剛さんも前途多難だろうぜ」
先を歩くエミヤの背中を見ながら2人は深い溜息をついた。
電と天龍とてエミヤに下心の類がないことくらい理解している。ナルシストでもないだろう。
あくまでも悪意なく無自覚にジゴロっぷりを発揮しているからこその溜息であり同情なのだ。
同時刻、外で哨戒にあたっていた金剛が乙女らしからぬ豪快なクシャミを披露して龍驤と摩耶に冷ややかな視線を向けられていた事に関して金剛に責任はない。
ともあれ、2人の緊張もいくらか晴れた。
確かに相手の戦力は未知数で、それは【鬼】や【姫】かもしれない。
だが、自分達の前を歩く男は陸戦において艦娘を上回る英雄なのだ。
その信頼が2人の重くなった足取りを軽くした。
「……止まれ。この部屋の中に対象がいる」
突き当たりには扉のない部屋の入り口がある。
やはり中の様子は伺えず、窓もないであろう部屋の中は不気味なまでの暗闇が広がるばかりだ。
その物々しい光景に電と天龍も生唾を飲む。
「まずは私が先頭となって部屋に入る。君達は私の後ろから前に出ないよう後についてきてくれ」
「……了解なのです」
「そのガキが攻撃してきたらどうすんだ?提督が先頭だとヤバいんじゃねえの?」
「痛手を負った相手の初撃くらいどうにかするさ。その後は打ち合わせ通りに迎撃態勢に入る」
「ああ、あの妙な花っぽい盾か。ま、自信があんのはわかるけど戦闘になったら下がってくれよな?いくら陸戦だっつっても提督に全部任せっきりにするほど俺達だって弱くねぇんだからよ」
迎撃という言葉を聞いてか電の表情が少しだけ曇る。
しかし、これが戦争だという先程の会話も十分に理解しているからこそ何も口にしようとしないのだろう。
そんな電の頭に大きな手が置かれた。
「もちろん私とて無理をしようとは思わない。危なくなれば君達の事も頼りにしているさ……たが、そういった事態にならないのが一番の希望だがね」
「──はい!勿論なのです!」
「うむ、では入るぞ」
なるべく足音を殺して室内へと入る3人。
その眼に魔力を集中したエミヤはともかく、電と天龍は視界が闇に慣れるまでは何も見えていない。
その事も承知してかエミヤは部屋の入り口付近で立ち止まると少しだけ時間をとる。
彼女達も夜戦において活躍する艦娘という事もあってか間も無く暗闇にも目が慣れてきた。
そしてその眼が写したのはエミヤに言われた通りの光景だった。
「あれが私の伝えた深海棲艦と思われる子供だ。2人から見ても深海棲艦という認識は間違いないかね?」
「多分な……まぁ人間より深海に近いって意味なら警戒対象で違いねぇだろうけどよ……」
「……おそらく深海棲艦なのです。艦種までは特定できないですがそれくらいはわかります。ですが……」
ギリギリ聞こえる程度のボリュームで会話する3人だが、それとはまた違う意味で彼女達の声には覇気が無かった。
それもそのはずだ。実際に目の当たりにした伏している子供は、エミヤから聞いていたよりも遥かに痛々しく弱り切っているのだ。
呼吸も浅く、本来ならば敵であるはずの艦娘がここまで接近しても気付く気配すらない。
まだ乾ききっていない血痕が、その傷の深さを物語っている。
当初こそ殲滅するという意思を見せていた天龍でさえも言葉を詰まらせる程なのだ、電の心境など聞くまでもないだろう。
「やはり君達でもわからない個体か……まぁいいだろう、それでは対象の保護を開始するとしようか」
そんな2人とは打って変わって、善は急げと言わんばかりに行動を始めるエミヤ。
固まっていた2人は当然呆気にとられる。
「ま、待ってくださいエミヤ司令官さん!」
「む?どうした?あまり大声を出せばあちらも目を覚ましてしまうぞ?」
「いや、そうじゃねぇよ!あんなボロボロなガキをどうやって保護すんだ!?下手に動かしたら死ぬぞ!」
ズカズカと歩き出すエミヤの外套を鷲掴みにして引き止める2人。
もう声のボリュームなど気にする気配もなく必死に呼び止めている。
状況を鑑みれば大声を張り上げるなど非常識だと思う場面だが、この場合は恐らく彼女達の判断が正当だろう。
対象の子供は今にも生き絶えそうな程に弱っている。それを無理矢理に搬送しようとすれば間違いなく道中で力尽きるだろう。
それを当たり前のように保護すると言い切ったエミヤを止めようとする彼女達に非はない。
しかし、エミヤはそんな事は百も承知と言わんばかりに返答する。
「そこまで心配する必要はない……というか私を何だと思ってるのだ……この子供が急を要する状態だという事くらい把握している。もちろん、何の処置もなく動かせば命に関わる事もな」
「ではどうするつもりなのですか?」
「急場を凌げる程度に応急処置を施す。それで鎮守府までの移動は可能なはずだ」
「処置?なんだよ、提督は医療知識もあんのか?」
いまだに真紅の外套を掴んだままの2人だが、その手に込められた力が僅かに緩む。
「戦場を渡り歩いてきた以上は必要最低限の知識は持っているつもりだが……今回はそういった意味での処置ではない。
「魔力、なのですか?」
「ああ、魔力とは言い換えれば生命力そのものだ。傷そのものを治癒する事はできないが延命するくらいなら可能だろう。なに、見ていればわかるさ」
魔術や魔力に精通していないからこそ電と天龍に対する説明は割愛したが、本来ならば魔力供給とはそんなに簡単ではない。
魔力回路を通じてパスを繋げてこそ成立する行為であり、大前提として魔力回路と呼ばれる臓器を持っている事が必須条件だ。
しかしエミヤには確信があった。
この場に漂う濃密なまでの魔力、それは間違いなく目の前の少女から漏れ出たもの、そして魔力が漏れ出すのに比例するように少女は弱っている。
深海棲艦や艦娘に魔力回路が存在するのかは不明だが、この少女が生きる上で魔力が無関係ではないだろう事は明らかである。
エミヤは片膝をつくと、少女の雪のような白い髪を撫でるように手を添えた──
「……ハァ……ハァ……ウグッ……ハァ……スゥ……」
添えられた手が薄く発光したかと思うと子供の呼吸が落ち着いていく。
肌が白すぎて血色が良くなったのかは判断に困るところだが、苦悶に歪んでいた少女の顔が少しずつ和らいでいくのが確認できた。
電と天龍もその様子を固唾を飲んで見守っている。
「やはり魔力で回復するか……このまま行けばすぐに目を覚ますだろう。鬼が出るか蛇が出るか、どうあれ警戒だけはしておきたまえ」
なんとも言えない緊張感が場を満たす中、エミヤの外套を掴む電の手は震える程に力が入り、天龍も太刀を掴む手にじんわりと汗が滲む。
そしてその時は訪れた──
「お目覚めのようだな。気分はどうかね、お嬢さん?」
「ウ……ン………ッ!?」
薄く開かれた双眼はまるで夕陽のようで、それだけで人ならざる者である事を雄弁に語っている。
やがて意識が覚醒したのだろう。少女はまるで振り払うようにエミヤの手から離れると部屋の隅へと飛び退いた。
もちろんエミヤや艦娘の2人に殺意はない。それどころか敵意や害意すら全くと言っていいほどに発していない。
しかし、少女はまるで何かに怯えるようにガタガタと震えている。
「やれやれ、そこまで警戒せずとも私達に戦う気はないのだがな。私達は君を保護しに来たのだ、話だけでも聞く気はないかね?」
人間の子供にするように、少し困った笑みで歩を進めるエミヤ。
その動きひとつにも過剰に反応する少女はやっとその口を開いた──
「──ッ!コナイデッ!!」
それは拒絶の言葉。
満身創痍の身体で、それでもなりふり構わずに発したのは明確なまでの拒否だった。
少しだけエコーかノイズのようなものがかかったその声は、エミヤの動きを止めたばかりか艦娘2名の身体を硬直させる。
(可能性としては予想していたのだが
それだけその一言に込められた感情は激しく、エミヤ達を睨むように見つめている少女の眼には深い怒りと悲しみが伺えて──だからこそエミヤの心中は表現とは裏腹に緊張を自覚した。
少女が深海棲艦だと仮定して、まだ武装展開していないことが唯一の救いだが、それでも緊迫した空気が張り詰める。
こちらにそのつもりは無いにしても、心理的に追い詰められた少女がどのような行動に出るかなど予想はできない。
万が一にも攻撃行動に打って出ればこちらも迎撃しなければならないのだ。
エミヤの顔からも余裕を湛えた笑みは消え、どちらに転ぶかわからない現状を慎重に探るように言葉を紡ぐ。
「……君が何に怯えているかは測りかねるが私達は君に危害を加えるつもりはない。わかっているのだろう?今は体力が僅かばかり回復しているとはいえ、そのまま放っておけば君は確実に命を落とす」
「……ウルサイ……カエレッ!」
「生憎だがそうもいかなくてね、助けられる命を助けないという選択はできない。君のような子供なら尚更だ。君とて進んで命を投げ捨てたいわけではないのだろう?」
「シニタクハ……ナイ……デモ……オマエタチハ…………」
「私達は敵ではない。もし敵だとしたら気を失った君を介抱などすると思うかね?そのままトドメを刺しているはずだろう?私達は君を助けたいだけなのだ」
「タス……ケル……?ワタシヲ……?」
片膝をついて目線を合わせるように語りかけるエミヤは静かに手を差し伸べた。
その行動の意味がわからないのか、それとも信じられないのか、少女はただ狼狽えるように震えている。
しかし、少女は見てしまった。
エミヤの背後に控える電と天龍、その2人が展開している艤装を──
「さあ、まずは傷の手当てを──」
「ウソダ……ウソダウソダウソダウソダウソダッ!ワタシ ハ……ナンドモ……コナイデッテ……ナノニ、ナノニッ!オマエタチハッ!」
「おい待てっ──」
常に冷静で客観的な視点から状況を判断するエミヤだが、この時ばかりは眼を見開いた。
少女の眼が暗闇に浮かぶ程に火を灯したかと思えば、その周囲には不気味に浮かぶ球体が現れたのだ。
猫のような耳と深海棲艦のものと思われる口を備えた黒鉄の球体。
さらには少女を守るように、まるで艦娘の艤装のように展開された黒鉄の武装。
それはどう見ても彼女の戦闘態勢を意味しており、どうしようもなく深海棲艦である証明で、明確な敵意がエミヤ達に向けられる。
「ちっ、やっぱりこうなったか!おい提督、さっさと後退しろ!こうなっちまった以上はこっちも引けねぇぞ!」
提督を先頭に立たせている以上、何があっても倉敷提督の二の舞にならぬよう警戒していたからだろう、最初に反応したのは天龍だった。
咄嗟にエミヤを庇うように前へ出た時には既に砲口は少女を捉えており、手にする太刀も正眼に構えられている。
「ヤッパリ……オマエタチ……テキダッ!」
そんな天龍の姿に過剰なまでの反応を示す少女。
砲と思われる武装や浮遊する球体が一斉にエミヤ達を捉えた。
(ちぃ……もはやここまでか……!)
ギリギリまで打つ手を考えていたエミヤでさえも状況の回復は厳しいと判断したのだろう、次の瞬間には火を噴くとも限らない砲口を向けられて行動方針を切り替える。
魔力回路にありったけの魔力を回し、必要とあらば宝具の展開すらも覚悟したのだ。
その時──
「待ってくださいっ!」
少女とエミヤの間に電が飛び出した。
当然、エミヤも天龍も攻撃に向けた意識が一瞬途切れる。
しかし──誰よりも呆気に取られたのは他でもない深海棲艦の少女だった。
なぜなら──
「ばっ……馬鹿野郎っ!テメェ電!なんだって艤装を解除してやがんだっ!死にてぇのか!?」
飛び出してきた電は全ての装備を解除し、文字通り丸腰の状態だったのだ。
艤装を展開した状態の艦娘ならば耐久力や腕力などのパラメーターは底上げされるが、逆に言えば丸腰の艦娘など普通の成人男性より多少強い程度でしかない。
こんな状態で深海棲艦の砲撃など受けてしまえば、考えるまでもなく即死だろう。
それが【鬼】や【姫】の攻撃なら尚更だ。
しかし、そんな事などおかまいなしに電は叫んだ。
「この子は……この子は戦う気なんて無いのです!」
両手を広げ、まるで少女を庇うように天龍と向き合う電。
武装はしていなくても、その眼に宿る力は一歩も引く気がないことを物語っている。
「戦う気がねぇって……お前の目は節穴か!?どう見たってやる気満々じゃねぇか!」
「違うのです!この子は怖がっているだけなのです!」
「はぁ?何にビビってるって?これだけヒリつく敵意を向けられてんのに何言ってやがる!いいからそこを退け!」
「退かないのです!だってこの子は──」
電は一瞬だけ振り返った。
その眼に映るのは今も震える深海棲艦の少女。電にとってその姿は驚異などではなく、助けを求めて泣き出しそうな子供にしか見えないでいた。
「『コナイデ』と言ったのです……『カエレ』と言ったのです……『シニタクナイ』と……言ったのです……ただの一言だって殺すだとか憎いだとか、そんなこと言っていないのです!戦いに臨む人はそんな事を言ったりしますか!?」
鎮守府では古参の天龍でさえ、電の怒鳴り声などほとんど聞いたことはない。
そんな電が張り裂けんばかりの声で必死に訴えるのだ。
この子は戦いたくないのだと。
死にたくないのだと。
その気迫に天龍でさえも思わずたじろぐ。
「……っ!だとしてもだ、そのガキがテンパって砲撃でもしたらお前が死ぬんだぞ!だいたい俺達には害意すら無かった、それどころか助けようとしてたんだぞ。そんな俺達の何が怖いっつーんだよ!?」
「怖いに決まってるのです!だってこの子は──」
広げた両手を下ろして、電は少女へと振り返った。
「
今度こそ、天龍は本当に言葉を失った。
考えなかった訳ではないのだろう。それでも自分が当事者ではないというだけで頭の片隅に追いやっていた。
相手が深海棲艦で、自分が艦娘である事を。
深海棲艦に対抗しうる唯一の力、それが艦娘なのだ。
つまり深海棲艦に傷を負わせる事ができるのは他でもない艦娘のみ。これだけの傷を負った少女が艦娘に怯えない筈がないだろう。
天龍達が知らないどこか遠い海で、この少女はどこかの鎮守府に所属する艦娘と交戦したはずだ。その結果として命に関わる負傷を負った。
そんな事、少し考えてみれば誰にでもわかる事なのにエミヤを含めて全員が失念していたのだ。
さらに電は続ける。
「この子は恐らく、一方的に攻撃されただけなのです。あんなに戦いを避けるような事ばかり言う子が好戦的な筈がないですし、受けた傷も背面ばかり……必死に逃げようとして背後から追い討ちを受けたようにしか見えません……きっと想像以上に怖い思いをしてきたのです」
電の言葉は憶測にすぎない。反論しようと思えばいくらでも反論できただろう。
この少女が艦娘の命を奪っていないなどと言い切れる証拠はどこにも無いし、深海棲艦である以上は本能に近いレベルで艦娘や人間を襲うはずなのだ。
天候の事にしても今の状況の事にしても、理屈なんて存在しない甘いだけの希望的観測でしかない。
しかし天龍にはそんな反論の言葉が何一つ浮かばないでいた。
対して電はというと、まるで自分が受けた傷かのように痛々しい表情のまま、それでも少女に歩みよろうと一歩ずつ進んでいく。
「ヒッ……コナイデ……クルナッ!」
「馬鹿っ!止まれ電!言いたいことはわかったから早まった事すんな!っつーか提督、あんたも何とか言ってあのバカを止めろよ!」
依然として少女の砲口はこちらに向けられたままであり、今の電では掠っただけで命に関わる。
だからこそ天龍は必死にそれを阻止しようと叫んだのだが、それをふられたエミヤはというと──
「ははっ……なるほど。何があっても守るとは言ったが、どうやら彼女は守護者よりも護る事において最強らしい」
とても愉快そうに笑うばかりで動く気は全く無いようだった。
「はぁ!?いやいや、笑ってる場合かよ!このままじゃ──」
「心配するな。というか君も武装を解除して見ていたまえ」
「いよいよ何を言ってやがる!?気でも触れたのかよ!」
「私は正常だとも。そもそもあの子供に戦う意思があるのならとっくにそうなっている。なに、見ていればわかるさ」
エミヤの見る視線の先、少女に歩み寄る電はとても優しい声で語りかける。
「ごめんなさい……怖い思いをさせたのです。電は何があったのかわからないけど、あなたから見れば同じ艦娘……きっと信じられないと思うのです。でも、電はあなたを助けたいのです」
「ウソダ!オマエタチハ……ナニモキイテクレナカッタ!」
怒りと恐怖が混合した眼で電を睨む少女は全ての砲口を電に向ける。
それでも電は歩みを止めようとはしない。
「電が聞くのです。あなたに何があったのか、あなたが何をしたいのか、電が聞くのです。だから、電にあなたを助けさせて欲しいのです」
「イヤダ……コナイデ……コナイデッ!」
完全武装の少女と丸腰の電。
戦力差など論じるまでもない状況だというのに、少女はそれ以上後退できないほど壁際へと追い詰められている。
そんな少女に優しく微笑んで電は近づく。
その距離はもう手を伸ばせば届くほどに迫り、電がその腕を伸ばしたその時──
「もう、怖い思いはさせません。必ず電や電の仲間があなたを助けます、だから──」
「イヤッ……ヤメテ!」
少女が振り上げた手が電の頬をはたいた。
それは砲撃に比べれば可愛いものに見えるが、武装した深海棲艦の力で丸腰の艦娘が殴られたという意味では冗談では済まされない。
下手をすれば首の骨が折れたり脳に深刻なダメージを負ってもおかしくない行為だ。
瞬間的に太刀を握る手に力を込めて天龍が駆け出そうとする。
が、その肩をエミヤが掴んで止めた。
「テメェ……いい加減に──」
「まだだ、黙って見ていたまえ」
エミヤに促され、爆発寸前の天龍は再び視線を戻し、そして目を丸くした。
「だから、電達を信じてほしいのです」
天龍が見つめるその先。
そこには口元から血を流しながらも、少女の身体をしっかりと抱きしめる電の姿があった。
「あなたを傷付けたりしないのです、ただ死んでほしくない……助けたいだけなのです……」
抱きしめられた少女は、何をされているのか理解できてないかのように目を見開いて固まっている。
電の肩越しに見つめる自分の右手、たった今電の顔を叩いたその手は小さく震えていた。
「……ワタシヲ……コロサナイノ……?」
「はい、殺さないのです」
「ニクク……ナイノ……?」
「憎む理由がありません」
「タスケテ……クレルノ……?」
「もちろんなのです、絶対に死なせません」
電の手が少女の頭を優しく撫でる。
次第に少女の震えは収まり、電の肩に顔をうずめるようにもたれかかる。
「……アッタカイ……」
「あなたも温かいのです。生きている証拠ですね」
「オナカ……スイ……タ……」
そう呟くと、少女は目を閉じて穏やかな寝息を立てはじめる。
「帰ったら、お腹いっぱい食べましょう……」
緊張と疲労、なによりも無理を押して艤装を展開した事でダメージがぶり返したのだろう。
あるいは電があまりにも優しく抱きしめて頭を撫でるものだから心地良くてなのかもしれないが、少女はまるで気絶するように眠りに落ちてしまった。
「お、おい電!大丈夫かよ!?っつーかそのガキはどうした?死んだのか?」
「どうして天龍さんはそうやって物騒なことばかり言うのですか……寝てしまっただけなのです」
「よくやったな電、今回は君の大手柄だ」
「エミヤ司令官さん……その、あんな無茶をしてごめんなさい……」
「気にするな、と言いたいところだが肝を冷やしたのも事実だな。今回はそのおかげで功を奏したのだが……それより、君のダメージは平気なのかね?口元に血が滲んでいるが」
「あぁ……実はもう……限界なのです……世界がぁ……まわるのでしゅー……」
「ぅおい!?電!?電──ーっ!!」
脳震盪でも起こしたのだろう、まるでナルトのように目を回して電は意識を手放した。
抱き抱えた少女を押し潰さないように背中から倒れたのは、電なりのせめてもの矜持なのだろうか。
「無事、とは言い難いが任務完了だな」
「当初の予定とはだいぶ違う気がするけどな……」
倒れ伏す2人を見下ろしながらエミヤと天龍にも安堵の表情が浮かぶ。
まるで仲のいい姉妹のように抱き合って眠るその姿に敵対勢力などという関係性は全く見られなかった。
こうして、全く予想もしていなかった深海棲艦の保護も無事に終了。
一同は外で待つ金剛達の元へと戻った。
哨戒組の方もどうやら敵艦隊の襲撃などもなかったようで、エミヤ達の姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
この時の金剛は最速に名高い島風よりも早かったと語るのは摩耶の談である。
その後は建物内で起きた出来事の報告と、眠ったままの少女が少なくとも現状では脅威ではないという説明に追われた。
まるで囲み取材のように質問責めにあうエミヤと天龍だったが、あっという間にキレた天龍のおかげでその場での問答はほどほどに帰港する運びとなる。
その道中──
「……ふわぁ……って!ここは!?」
「っせーな!耳元でデカい声出すんじゃねぇよ!」
天龍に背負われた電が目を覚ました。
鎮守府に着いたら間違いなく入渠確定ではあるものの、重大なダメージは免れていたらしい。
眠気まなこを擦りつつ辺りを確認すれば、日は傾きはじめているものの穏やかなままの海を航行しているのがわかる。
まだ距離はあるが、水平線と重なる程の所に自分達の鎮守府も確認できた。
「ずいぶん長く寝てしまったのです。ごめんなさい天龍さん、重くないですか?」
「あん?お前みたいなチンチクリンなんて重さの内に入らねぇよ。もうすぐ着くからおとなしく寝てろ」
相変わらず、面倒見が良いくせにぶっきらぼうな態度の天龍に電も思わず笑みが零れた。
そして背負われた体勢のまま天龍の肩越しにあるものを見つける。
「天龍さん、電をおんぶしながらその子も抱っこしてたのですか?」
それは天龍にお姫様だっこされた少女の姿だった。
重さなど感じないと言い張っていた天龍だが、重さよりもその器用なバランス感覚に電は感心した。
「どちらか一方は私が背負うと申し出たのだが、天龍が頑なに聞かなくてね」
声につられて目を向ければ、自分達の横を並走するエミヤがいた。
「どうやら天龍はあの場にいたのに何もできなかったと勘違いしているらしい。それに、なんだかんだ言っても君やその少女が心配で仕方ないようだ」
「んなっ……馬鹿言ってんじゃねえよ!俺はただ、海上の移動に慣れてねぇ提督がうっかりガキ供を落としたらめんどくせぇってだけで心配なんかしてねぇ!」
「だ、そうだ」
それこそ茹でダコのように真っ赤な顔で反論する天龍だったが、その場の誰が見ても照れ隠しなのは一目瞭然だった。
エミヤ以外の艦娘達が電か少女を担ぐと言った時だって──
「俺がいたのに怪我させちまったんだ、これくらいの尻拭いはしねぇと職務怠慢になっちまう」
と、頑として聞かなかったのだ。
もちろん、その場の誰もが天龍の本心など見抜いている。
現場で何が起きたのかをその目で見たからこそ、天龍は他の誰よりも電と少女の事が心配でならなかったことくらいお見通しだ。
だからだろう、電はまるで甘えるように天龍の背中に頭を預けると、まるで憧れの人に語りかけるように口にした。
「何もできなかったなんて、そんな事はないのです。真っ先にエミヤ司令官さんを庇おうと飛び出した天龍さんは格好良かったのです」
それは紛れもなく電の本音だ。
結果として深海棲艦の子供を助けたのは電だが、一触即発の緊張感の中で真っ先に動けなかったのも事実なのだから。
むしろ、電の勇気ある行動は天龍の勇姿に後押しされたからこそと言っても過言ではない。もっとも、それを言えば天龍は尚のこと調子に乗るので電もそこまで言わないのだが。
「〜〜っ!!ったりめーだろ!提督の1人や2人守れなくて天龍型が名乗れるかっつーの!……でもまぁアレだ、お前も良くやったよ。格好良かったぜ」
「ふぇっ!?……ありがとう……ございます……?」
これは珍しいものを見たと言わんばかりに艦娘達が目を丸くした。
自尊心の塊みたいな艦娘が天龍であり、誰よりも自分が最強だと信じて疑わないのが彼女だ。
だからこそ、仲間を気遣ったり心配したりすることはあっても功績を称えることはほとんどなかった。
そんな天龍が素直に電の功績を褒めたのだ。
天龍自身も自覚しているのだろう、エミヤの言っていた『護ることにおいて最強』という言葉の意味。
自分のやり方を今さら変えるつもりは無い。だからこそ自分には敵まで救って勝利するというやり方はできない。
そんな自分とは違う強さを見せた電だからこそ天龍は素直に褒めたのだった。
電からは天龍の顔は見えない。
それでも、耳まで真っ赤な天龍にこれ以上の言葉を投げるのは無粋だと思った。
かわりに電はエミヤへと語りかける。
「エミヤ司令官さん、さっきは勝手なことをしてごめんなさい……」
勝手なこととは勿論、命令もなく武装解除した挙句に攻撃態勢に入った少女と天龍の前に飛び出した事を言っているのだろう。
今回はたまたま事態が好転したから良いものを、あんな暴挙を毎回のように繰り返していたら命がいくつあっても足りやしない。
朦朧とする意識の中で謝罪したような記憶はあるのだが、それでも電は改めてエミヤに頭を下げた。
「その謝罪なら先ほど受け取った、私から言うことは特にないさ。だが、電が申し訳ないと思うのなら次からはもう少し考えて行動する事も覚えたまえ」
「猛省するのです……ところでエミヤ司令官さん、ひとつ伺っても良いですか?」
きちんと謝罪ができてスッキリしたのか、電は頭の片隅に引っかかっていた素朴な疑問を口にした。
「何かね?」
「電が飛び出した時、天龍さんは電を止めようとしていたのにエミヤ司令官さんは電に何も言いませんでした。それが電を捨て駒のように見捨てたという意味じゃない事はわかるのです……ですが、何で電を止めようとした天龍さんを止めたのですか?」
「あー、それは俺も気になってた。さすがに見捨てたとは思わなかったけど、あの時の提督は本気で何考えてんのかサッパリだったぜ」
電の言葉に反応して天龍も同様の疑問を唱えた。
あの状況で、無謀とも思える行動をとった電よりもそれを阻止しようとした天龍を止めた理由。
それは当事者である2人にとっても謎であり、それと同時にエミヤにとっては当たり前の事だった。
「何を言うかと思えば……それは電の勝ちを確信したからに決まっているだろう?」
「電の、勝ち?」
「いや、正確にはあの時の電と同じように
「それは……以前に話してくれた知り合いの方ですか?」
「ああ。奴は生涯、たったひとつの例外を除いて一度も負けたりしなかった。私はその頑ななまでの強さを嫌というほど知っているからな……あの時の電が死の運命に屈するとは到底考えられなかったというだけの話だよ」
「たったひとつの例外?なんだよそれ?」
「……さて、なんだったかな」
『己の理想』と言いかけて、その言葉を飲み込んだエミヤは彼方に見える鎮守府を見ながら薄く笑った。
「とにかく、強さにも色々あるということだ。天龍のように敵を打ち払う強さもあれば電のように敵すらも護る強さもある。今回はそんな電の強さを信じたというだけの話だ。満足してもらえたかね?」
「えっと、その……信じてくれて、ありがとうございます」
電や天龍にはエミヤの言っている事はほとんどわからないままだった。
しかし、天龍の腕の中で今もスヤスヤと眠っている少女を見たらそんな疑問もどこかへ行ってしまった。
電は自分の事を強いだなんて思った事は一度もない。
そしてきっとこれから先もそんな風に思える事はないだろう。
それでもエミヤが認めてくれたその強さが本物で、その強さがあったからこの少女を救えたのかと思うと、電は少しだけ自分を誇らしく思えたのだった。
天候は快晴。いつもと何も変わらない平穏な一日。
しかしこの日は、1人の心優しい駆逐艦の少女によって、長きに渡る戦争に新たな可能性が生まれた日になったのであった。
思いのほか長くなりすぎて前回予告したネタまで辿り着けなかったことをここに土下座で謝罪します!
次回こそ……次回こそ……シリアスなんて家出した、ほのぼの日常編を書くんや……っ!!
ちなみに、ヒロインは金剛さんでしたよね?(混乱)
電が天使すぎて金剛が息してねえぞ……