守護者の観る水平線   作:根無草

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お久しぶりです、私は生きてます。
今回、皆様の想像以上に想像以上なキャラ崩壊などがあるかもしれません。
並びに、皆様が不快に思われる独自解釈もあるかもしれません。

それでも大丈夫という方はどうぞーー


【幕間】ホッポちゃんのいる日々ー後編ー

 ──side 高雄型──

 

「……愛宕姉、この状況はどうなってんの?」

 

「それが私にもわからなくて……どうしたのかしらねぇ?可愛いから私は構わないんだけど」

 

 困惑する高雄型重巡洋艦姉妹。

 その原因は、愛宕の膝の上を陣取ったホッポに起因する。

 

 普段はエミヤか電と一緒にいることがほとんどのホッポなのだが、ここ最近はどういう訳か愛宕の膝の上を気に入っているようだ。

 愛宕が非番の時や、哨戒任務を終えた休憩時間など、ちょっとした時間を見つけては膝の上にちょこんと座ってくつろぐ事が多くなった。

 現在も、昼食時の食堂で愛宕の胸にもたれかかるようにしてご飯を食べているホッポなのだが、その表情は心なしか安心しきっているようにも見える。

 

「よぉホッポ、そんなに愛宕姉の膝は居心地いいのか?」

 

「ウン!暖ッタカクテ良イ匂イナノ」

 

「あらあら、ホッポちゃんは甘えん坊なのね。でもこんな可愛い子に甘えられたら私も嬉しいわ」

 

「おぉ……我が姉ながらハンパない母性だ……」

 

 ホッポの口元をハンカチで拭いてやる愛宕を見て、摩耶も思わず頬が緩んだ。

 

「しっかしわからねぇよなぁ……何がきっかけでこんなに懐くようになったやら。愛宕姉には覚えとかないの?」

 

「そういえば何日か前に廊下でホッポちゃんとぶつかった事があったわ。私の胸に頭から飛び込んできてビックリしたけど……それから私に抱きついてくるようになったような気がするわね」

 

「ははっ、なんだそりゃ?その辺のスケベオヤジじゃあるまいし、まさか愛宕姉の胸に惚れたとかじゃねぇだろうな?」

 

 摩耶はからかうように笑った──が、ホッポから返ってきたリアクションは予想に反して的を射ていたらしい。

 

「愛宕ノ胸……?ウン!オッキクテ好キ!」

 

「ぶふっ!?本当に胸目当てかよ!おい愛宕姉、何かされる前に逃げた方が良いぞ!」

 

「気にしすぎよ摩耶……うーん、もしかしたらホッポちゃんのお母さんが私に似てるのかしら?」

 

 あえて胸がとは言わないものの、ホッポに下心がないことなど誰の目から見ても明らかなので愛宕も不快そうな顔をすることはなかった。

 加えて言えば摩耶も冗談半分に騒いでいるだけで、本気でホッポを警戒している訳ではない。

 

「深海棲艦に親子関係なんてあるのかよ……おいホッポー、お前の母ちゃんが愛宕姉に似てんのか?」

 

「オ母サン?違ウヨ、愛宕ハホッポノオ姉チャンナノ」

 

「お姉ちゃん?ホッポにも姉ちゃんがいるのか?」

 

「ウン!イツモ後ロカラ、ギュッテシテクレルノ!愛宕ミタイ二、大キクテ柔カクテ暖カイノ!」

 

「あぁー、なるほど。だから愛宕姉の膝がお気に入りなのな」

 

 ご機嫌な様子で愛宕の胸に身体を預けるホッポ。

 その顔を見ているだけでホッポがいかに姉を慕っていたのかが見て取れる。

 そしてそんなホッポを見ていれば、嫌でもホッポのお姉ちゃんという人物が愛宕級のワガママボディだと察してしまう摩耶であった。

 

「ふふ、だからホッポちゃんは私に甘えてくれるのね?お姉ちゃんだと思ってくれるなら私も嬉しいわ」

 

「愛宕姉は高雄姉がいた頃から長女っぽいところあったからなぁ。ところでホッポ、そのお姉ちゃんってのは今どうしてるんだよ?」

 

 食べ終えた食器を重ねて食後のお茶を飲みながら、なんの悪気もなく摩耶は尋ねた。

 しかし余りにもホッポとの距離感が近くなりすぎたからだろう、摩耶も愛宕も失念していたのだ。

 

 たとえホッポ個人とは敵対していないとしても、ホッポの姉だって深海棲艦であり自分達は艦娘──それはどうしようもなく敵対関係なのだということを。

 

「オ姉チャン……何処カニ行ッチャッタノ……」

 

「ちょっと摩耶……仕方ないわね……お姉ちゃんとはいつまで一緒にいたの?」

 

 摩耶も咄嗟に『しまった』という顔をするものの、時すでに遅し。

 上機嫌だったホッポの表情はみる間に曇ってしまった。

 そんなホッポの頭を優しく撫でながら愛宕はホッポに問いかける──

 

「エミヤ達二会ウ少シ前マデ一緒ダッタノ……デモ、オ姉チャンハ、ホッポヲ逃ガス為二艦娘二向カッテ行ッテ離レチャッタ……」

 

「そうだったのね……ねぇホッポちゃん、ホッポちゃんはお姉ちゃんが好き?」

 

「……ウン!ホッポノ自慢ノオ姉チャンダモン!」

 

「ふふ、じゃあいつかお姉ちゃんに会えた時は私の事を紹介してもらえるかしら?ホッポちゃんのお姉ちゃんなら私も仲良くなりたいわ」

 

 後ろから抱きしめられながらも、ホッポは振り返って見上げるように愛宕の顔を見上げた。

 その顔にはありありと驚きの感情が浮かんでいる。

 

「愛宕ハ艦娘ダヨ?オ姉チャント、戦ワナイノ!?」

 

「戦わないわよ?ホッポちゃんのお姉ちゃんなら戦いたくないわ。ねぇ摩耶?」

 

「うぇ!?アタシ!?……そ、そうだな!もちろんホッポの姉ちゃん相手に殺し合いなんてしないさ!……多分……」

 

「……デモ、オ姉チャン生キテルカ、ワカラナイ……」

 

「大丈夫よ、ホッポちゃんがまた会えるって信じてれば必ず会えるわ。でもお姉ちゃんだってホッポちゃんが艦娘と一緒にいるのを見たら驚くと思うの。だからその時は、お姉ちゃんが安心できるように私達の事を説明してもらいたいの。お願いできるかしら?」

 

 戸惑うような顔のまま固まるホッポは、それでも愛宕の顔を見つめている。

 小首を傾げるように柔らかな笑顔で頭を撫で続ける愛宕は、まるで在りし日にそうであった姉のようで──

 

 どこまでもホッポの心を落ち着かせた。

 

 対面の摩耶は頭を抱えて何かを悶々と悩んでるようだが、それでもホッポの身内と聞かされては本気の敵意など向けられないというのも本心だ。

 ホッポの事を思えば姉に会わせてやりたいとも思うのだが、そうなれば戦闘狂の天龍型をどうしようかというのが目下の悩みだろう。

 

 やがて、愛宕の服をギュッと握ってホッポが口を開く。

 

「オ姉チャント、仲良クシテクレル?」

 

「勿論!それに、それがきっかけで戦争が平和に終われば素敵じゃない?」

 

「……ホッポ、オ姉チャン説得スル!ミンナ仲良クシテモラウノ!」

 

「マジかぁ……あ、いや!それは素晴らしいと思う!うん!だからそんな目で睨むなよ愛宕姉っ!」

 

 ホッポの姉が現在どうしてるのかはわからない。

 それでも姉を受け入れてもらえたホッポは少しだけ救われた事だろう。

 

 依然として世界は戦争の真っ只中であり、艦娘と深海棲艦の関係性は敵同士である。

 しかし、いつの日かそんな敵同士が肩を並べて笑いあえる日がくるのかもしれない──

 

 今日もホッポは愛宕の膝の上で笑うのだった。

 

 

 

 

 ──side 軽空母──

 

 その日は前日の夜から降り始めた豪雨が翌日の昼になっても続いていた。

 激しく振り付ける雨が海面を叩き、曇天の空には雷鳴が轟いている。

 

 こんな嵐の逆巻く荒れた日は、決まって出撃できずに待機を命じられる艦娘がいる。

 

 軽空母の龍驤と隼鷹だ。

 

 夜間飛行に比べて荒天での飛行はまだ可能ではあるものの、確実な安全性の確保ができない事と近海の制海権を握った事もあり、緊急時以外は基本的に鎮守府待機である。

 

「こりゃあかんわ。この調子やと今晩まで晴れへんやろねぇ……手持ち無沙汰もしんどいわぁ」

 

「私は元から出撃じゃなかったからねぇ。午前は白兵戦訓練だったし午後は艦載機の調整で工廠に行く予定だけど龍驤さんも一緒に行くかい?」

 

「んー、緊急招集もなさそうやしそうしよか」

 

 出撃前に編成変更で待機になった龍驤は訓練に参加していない。

 緊急時に即時出撃できるように待機を命じられている以上は訓練で消耗する訳にもいかないのだ。

 そんな退屈そうな顔の龍驤に隼鷹が話しかけたのが昼食の事である。食事も終えた2人は現在、鎮守府の廊下から外を眺めている。

 

 鎮守府の廊下から見える海の様子は近年稀に見る程の豪雨であり、仮に出撃を命じられても全力には程遠い活躍しか見込めないだろう。悪天候は軽空母として憂鬱でしかなかった。

 

「──あれ?あそこにいるのホッポじゃない?」

 

 工廠へと向かう途中、開けっ放しになっていた体育館の中にホッポの姿を見つけた。

 時間はまだ昼休みなのでホッポがどこにいようと不思議ではないのだが、珍しく1人でいる事が2人の目を引いた。

 

「おーい、ホッポ!こんな所で何やってんのさ?今日は電やら愛宕と一緒じゃないのかい?」

 

「アッ、隼鷹!電ト愛宕ハ午前ノ任務デビショビショダッタカラオ風呂!響ハ、エミヤノオ手伝イシテルヨ!」

 

「そういえば電と愛宕は出撃しとったね。こんな雨で抜錨したらダメージ無しでも風呂くらい入るやろ。じゃあホッポちゃんは1人で何しとるん?」

 

「飛行機ゴッコ!」

 

 満面の笑みで誇らしげに手を差し出すホッポ。その手には艦娘の持つ艦載機よりも一回り小さな飛行機が握られていた。

 

「えっ……この飛行機、黒くてパッと見じゃわからへんけどよう見たらゼロやん!?なんでホッポちゃんが零戦なんて持ってるん?」

 

「──?ホッポガ生マレタ時カラ持ッテルヨ?」

 

「生まれた時から?うーん、どうにも戦闘向きの艦載機って訳じゃなさそうだねぇ。って事はホッポにとってのアクセサリー的な艤装って事?」

 

「チャント飛ブンダヨ!見テテ見テテ!」

 

 不思議そうに首を傾げる2人をよそにホッポは黒い零戦を宙に放ってみせた。

 

 放たれた飛行機はホッポの周りをクルリと旋回するように舞ってみせると、再びホッポの手元に収まる。

 とても小さくエンジン音も聞こえ、プロペラも回っているのを見る限り、艦娘の艦載機と根本的な部分では同じ原理で動いているのかもしれない。

 

「へぇー、玩具みたいなもんかと思ったけど仕様は艦載機と変わらなそうだねぇ。さすがに爆撃まではできないだろうけどこれはこれで可愛いもんじゃないか」

 

「あんなちんまい艦載機で爆撃しても火傷させるんが精々やろ。けど妖精さんが搭乗してへんだけで艦載機に似てるっちゅうのはうちも同意やな。っちゅうとホッポちゃんは艦載機持ちの深海棲艦なん?」

 

「ホッポニハ、コノ子達ガイルヨ」

 

 展開した艤装が龍驤達にぶつからないように数歩後ろへ下がったホッポは漆黒の艤装を顕現させた。

 そして周囲に浮遊する球体のひとつを手に持つと龍驤に向かって掲げて見せる。

 

「いや……これが艦載機て……猫耳と口が付いたタコ焼きやん」

 

「猫耳と口が付いてる時点でタコ焼きじゃないと思うけど……しっかし、やっぱ艤装を見ると深海棲艦って実感するねぇ。それにしてもこのタコ焼きはどういう原理で飛行してるやら」

 

「可愛イデショ?」

 

 ニッコリ笑顔のホッポとは対照的に、凶悪そうな口を開けて良くわからない声を発するタコ焼き。

 

「……か、可愛いかどうかはさておき艦載機って感じはせんわなぁ。やっぱ艦載機いうたら羽とプロペラあっての艦載機やし」

 

「龍驤ノ艦載機ハ、ゼロ?」

 

「あー、残念やけどうちの艦載機は零戦ちゃうよ。なんなら見せたげよか?」

 

「ホント!?見タイ見タイ!」

 

 瞳をキラキラと輝かせるホッポに対し、今度は龍驤が一歩下がって艤装を展開する。ニヤリと笑って巻物を翻すと、一枚の紙でできた人型が宙に舞った。

 

「ほれ、お仕事ちゃうけど出番やで!サービスしたってや!」

 

 指先に【勅令】の文字が浮かぶ炎を灯すとそれを人型へと向かって振るう。

 まるで指揮者がタクトを振るかのようなその所作に応えるように、宙に舞う人型もその姿を変えていく。

 やがて体育館の中をグルリと旋回するようにして龍驤の元へと舞い戻った人型は一機の艦載機の姿へと変貌していた。

 

「どや?これがうちの艦載機、紫電改や」

 

 龍驤の横に並ぶように着陸した艦載機、その中では可愛らしい妖精さんがピシッと敬礼している。

 

「こんな狭い場所で飛ばせるんだから流石は軽空母の百戦錬磨と呼ばれる龍驤さんだわ。私にゃとても真似できないねぇ」

 

 以前この場所でエミヤと天龍が戦った時、龍驤が零した「爆撃してでも止める」発言が本気だった事を知って苦笑いする隼鷹。

 確かに屋内で艦載機を飛ばすなどという離れ業をやってのけるのは軽空母の中でも龍驤くらいのものだろう。

 

「こんなん慣れや慣れ、隼鷹もあと少し練度向上したら余裕やて。で、ホッポちゃんは満足してくれたかな?」

 

「ウン!凄ク格好イイ!魔法使イミタイダッタ!エミヤモ凄イケド龍驤モ凄イネ!」

 

「ははっ、そこまで喜んでくれたらうちも嬉しいわぁ。言うても提督みたいな本物の魔法とはちゃうけどな……ん、魔術やったっけ?しかし晴れの日やったら空一面の艦載機も見せてあげられたんやけどなぁ、今日はこんな天気やしこれで勘弁な?」

 

「本当二?晴レタラマタ飛行機見セテクレル?」

 

「ホッポは本当に飛行機が好きなんだねぇ。じゃあ晴れた日に時間が合った時は私と龍驤さんで飛行機ショウでもやってやるかい?」

 

「おっ、ええなぁ!その時はホッポちゃんのタコや……艦載機も一緒に飛んだら面白いやろ!」

 

「ヤッター!約束ダヨ!?」

 

「ああ、約束や!ホッポちゃんが良い子にしてたらまた一緒に飛行機ゴッコして遊ぼうな」

 

「ウン!ホッポ、良イ子二シテル!テルテル坊主作ラナキャ!龍驤モ隼鷹モ大好キ!」

 

「おっとぉ!急に抱きついてくるなんてそんな嬉しかったん?ホッポちゃんは可愛いなぁ」

 

 この鎮守府でも唯一艦載機を操る艦娘の2人がホッポと飛行機ゴッコで遊んでくれると言ったのがよほど嬉しかったのだろう。

 感極まったように大はしゃぎしたホッポはそのまま龍驤に抱きついた。

 

 そして──

 

 事故は起こった。

 

「…………アレ?」

 

「ん?どうしたん?」

 

「龍驤……ホッポミタイダネ」

 

 この時、全てを悟った隼鷹が内頬を噛んで腹筋の崩壊に耐えていた事は誰も知らない。

 

「ホッポちゃんみたいってなんのこっちゃ?」

 

 知らぬが仏を現在進行形で体現している龍驤だが、知らないのだから仕方ない。

 ここでホッポの言葉を聴き流せていたのなら後々の悲劇は起きなかったであろう……

 当事者にして何も気付かない龍驤は抱きついたままのホッポを見ながら首を傾げる。

 

 そんな龍驤をよそにホッポによるラストダンスが始まった。

 おもむろに龍驤の胸に手を当てたホッポ、そして次の瞬間──

 

「ホラ、ペッタンコ。ホッポト一緒」

 

 天使のようなべらぼうの致死性スマイルと共に投下された無慈悲の爆撃。

 その威力たるや凄まじく、最速で一直線に叩き込まれたその言葉は龍驤のハートを秒で大破状態へと追い込んだ。

 

 満身創痍なブレイクマインド……しかしそこは歴戦の勇者である龍驤、膝をつきそうな程のダメージを必死に堪えながらも引きつった笑みで応戦する。

 

「そ、そっかぁ?まぁ隼鷹やら愛宕に比べたらちょーっちアレやけど、うちも少しはあるんやで?さすがにホッポちゃんと同じって事もないやろぉ、ハハハ……」

 

「エ?ソウナノ?デモ、電ト響ノ方ガ大キイヨ?」

 

「ブフッ!!」

 

 余程のダメージだったのだろう、龍驤の横に待機していた艦載機が光の粉となって消滅した。

 そして隼鷹の腹筋も大破した。

 

「そ……そっかぁ!まぁ電やら響は成長期やしなぁ!それにホラ、うちは空母やから余計な凹凸はいらんねん!あんなんあったら発着の邪魔やし!」

 

「ジャア龍驤ハモウ成長シナイノ?隼鷹ハアンナニ大キイノニ?」

 

「クッ……ちょ、ホッポ……それ以上はいけないって……グフッ!」

 

 無邪気さとは時に残酷だとは誰の言葉だったか、色々と限界な隼鷹は腹を抑えて過呼吸気味に膝をついた。

 龍驤は龍驤でハイライトが消えた目で遠くを見つめている。

 

 しかし子供と言えど【姫】の名を冠するホッポは止まらない。

 容赦のない集中砲火は最終局面へと突入し、最後の薄皮一枚を無残に引きちぎった──

 

「ソレトネ、エミヤノ方ガ大キイヨ?」

 

「ブッ!だはははっ!ダメ……ダメだ!腹がよじれるっ!ぷはははっ!よりによってトドメは提督って……あーっはっはっはっ!!」

 

 自分が何をしたかわからないホッポは可愛らしく小首を傾げる。

 対してダムの決壊した隼鷹は床を転げ回って大爆笑。

 

 そして龍驤は──

 

「…………ッギ…………」

 

「はぁはぁ……へ?龍驤さん?」

 

「ンッギィィィイイイイイイイイ!!」

 

「ヤバいっ!龍驤さんが壊れた!?」

 

 受け止めきれない現実(胸部装甲)が龍驤のハートをきっちりと轟沈させた。

 

「なんやっちゅうねん!うちかてどこぞの高雄型やら金剛型みたいなワガママボディに生まれたかったわ!夏のビーチでブイブイいわせたかったわ!!歴史の強制力?史実の顕現?知るかそんなもん!シバクぞっ!誰がまな板やねん!タピオカチャレンジ?責任者連れてこいや!んがぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ドウシチャッタノ龍驤!?」

 

「落ち着きなって龍驤さん!誰もまな板なんて言ってないっば!」

 

「じゃかぁしいわっ!ちょっち胸があるからって寄ってたかってうちをバカにしくさってからに!どうせホッポちゃんもあと何年かしたらうちを置き去りにしてブリンブリンのヤンチャでエッロい身体になるに決まっとる!軽空母最強なんて言われたないねん!うちは軽空母最()になりたかったんや!しかも提督て!提督てっ!あれまで巨乳にカテゴリーされるんやったらうちは……うちはっ……やってられるかドアホ!うわぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 血走った目で、しかし大粒の涙を流しながら、まるで子供のように声を上げて泣きじゃくる龍驤はそのまま胸を押さえて体育館から走り去った。

 

「あぁーあ、行っちまったよ……ビックリさせちゃってゴメンねぇ」

 

「龍驤、泣イテタケド大丈夫?」

 

「あぁー……大丈夫じゃないけど大丈夫さ!ホッポが気にしなくても平気さね!」

 

 つい笑い過ぎてしまった罪悪感と、なんの悪気もない純粋なホッポの気遣いも相まって苦笑いを浮かべる隼鷹。

 

「龍驤、怒ッテル?飛行機ゴッコ、一緒ニヤッテクレルカナ?」

 

「大丈夫っ!軽空母は約束を守るからね、気持ちよく晴れた日が来たら一緒に艦載機を飛ばすの楽しみにしてるよ!私も龍驤さんもね!」

 

「……ウンッ!ホッポモ楽シミ!」

 

 ワシワシとホッポの髪をかき混ぜるように撫でてやる隼鷹。

 電や響とはまた違う、歳の離れた姉妹のように笑いあう2人は穏やかな笑顔で微笑みあう。

 それはまるで曇天の空とは程遠い、柔らかな陽だまりのような笑顔だった。

 

 一方その頃──

 

「なっ、なんだというのだ!?というかその泣き腫らした顔はどういうことだ!?」

 

「うっさいわこの巨乳提督っ!しのごの言わずに午後はうちも出撃させんかい!」

 

「きょにゅっ!?ゴホンっ、何の話だというのだ……ともあれ、この天候では空母である君を出撃させる訳には──」

 

「そんなん言うてたら鎮守府の中でありったけの艦載機飛ばして絨毯爆撃したんぞ!うちの気持ちも知らんと好き放題言いよって……この恨みは戦場で倍返しせな晴れへんのや!」

 

「何があったらそうなるのだ!?というか艦娘はクラスチェンジすると全てバーサーカーになる決まりでもあるのか!?」

 

「やっかましいわ!あんまゴチャゴチャ言うてると耳の穴から指突っ込んで内側から乳もぎ取んぞ!!んがぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 鬼も裸足で逃げ出すような形相でエミヤを襲撃した龍驤。

 明確な理由はわからないまま自身の胸部に対して致命的な危機感を覚え、押し切られる形で出撃を許可するエミヤ。

 

 その日の龍驤は後に【嵐の空に血の雨を降らせる女】として伝説となったという。

 

 

 

 

 ──side 暁型──

 

 この鎮守府に在籍する艦娘は寛容だ。

 提督不在という現実に腐る事もなく戦い抜き、英霊という不確かな人物を提督として迎える理解力もある。

 敵対関係である深海棲艦ですら個として捉え、暖かく接するだけの度量も備えているのだから寛容と言う他ないだろう。

 

 しかし、全てが最初から上手くいったわけではない。

 

 前任の倉敷提督や姉妹の艦娘達が殉職した時は誰もが絶望の底にいた。

 エミヤが召喚された時は誰もが半信半疑であり、中には反発する者もいた。

 

 そしてホッポが鎮守府にやってきた時は──

 

 これはそんなある日の、ある艦娘と深海棲艦が手を取り合ったワンシーンである。

 

「緊急無線以降の連絡は以前なし!待機の艦娘は出撃体制を整えて船渠に招集したネ!」

 

「私とした事が目測を誤ったか……敵艦隊の旗艦が戦艦レ級とは。過去の記録にもレ級が出没したなどという情報は無かったというのになぜ……」

 

「日渡提督にも応援を要請したヨ!近海を哨戒中の艦隊を応援として向かわせてくれるみたいデス!」

 

「承知した、これ以上霧島達と連絡が取れないようなら私も出陣しよう。金剛は彼女達を迎え入れる体制を整えて船渠で待機、現場の指揮を頼む!」

 

「了解!」

 

 ーその日は少しだけ天気の悪い朝だった。

 

 いつものように全員が揃って朝食をとり、他愛もない話をしながら笑い合うお馴染みの光景。

 出撃編成の艦娘達が資材回収および哨戒任務のため海へと出て行く姿をエミヤが見送り、その後は待機の艦娘に白兵戦の指導を行う。

 

 何もかもが日常の風景。

 

 しかし、そんな平穏は体育館に飛び込んできた金剛の声で一変する。

 

「緊急無線デス!霧島達の艦隊が襲撃されてるネ!敵艦隊の旗艦は……戦艦レ級!」

 

 戦艦レ級──

 

 艦娘ならばその名を聞くだけで心に緊張が走るだろう。

 戦艦とは名ばかりと言わんばかりの装備、【鬼】でも【姫】でもないにも関わらず部分的にはそれらを凌駕する程の強さ、そして何よりも獰猛で凄惨な笑み。

 その存在自体がそれだけで艦隊とも言えるのが戦艦レ級であり、数多くの艦娘を海の底へと沈めてきた仇敵である。

 

 しかし、その戦艦レ級がエミヤ率いる鎮守府の近海に出没した前例はない。

 比較的平穏で制海権を取り戻した海域に発生するような生温い個体ではないはずなのだ。

 

 前例を見ない凶悪な個体の出現──

 

 その出現はまるで倉敷提督が殉職した日のように不可解であり、艦娘達の心を揺さぶるには十分な理由たり得た。

 

「エミヤ提督!霧島達の艦隊が帰還したデス!」

 

 船渠にて待機していた金剛からの通信を受けた直ぐに駆け出すエミヤ。

 そこで目にした光景は、今朝の平穏からは信じられないほどに凄惨を極めていた。

 

「エミヤ提督……はぁはぁ……旗艦霧島をはじめ、以下5名旗艦しました。敵は依然としてこの鎮守府へと向けて進行中……被害状況は私と龍田と愛宕は中破、隼鷹と電が大破です……ぐっ……と、特に電は……」

 

 艤装の至る所がズタズタに傷付き、額から血を流しながらも霧島が報告を口にする。

 全員が鎮守府まで辿り着いたとはいえ満身創痍に変わりなく、その中でも愛宕に背負われた電は一際危険な状況だった。

 まるで糸の切れた人形のように動く事もせず、血に染まったその身体はまるで生命力を感じさせない。

 誰かがこうして連れ帰らなければ、間違いなく轟沈していただろう事は火を見るより明らかだった。

 

「レ級の魚雷に気付かなかった私を庇って電は……」

 

「もういい、それ以上喋るな!金剛達は霧島達を入渠させろ!」

 

「し、しかしそれではこちらに迫ってくるレ級の艦隊が──」

 

「オレが何とかすると言っているのだ!金剛達は全員を入渠させてから出撃体制を整えろ!」

 

 冷静なエミヤらしからぬ怒号が船渠に響く。

 必ず守ると誓った者達をここまで傷付けられたのだ、そこに提督という肩書きは既に無く、ただ1人の錬鉄の英雄がいるのみであった。

 

 だからこそ、怒りに駆られた英雄は気づかない。

 己が傍に、自分以上に怒りを露わにしながらその瞳を紅蓮の焔で染める存在がいる事に──

 

「捉えたぞ……随分と好きにしてくれたものだな」

 

 鎮守府の屋上に佇むエミヤ。

 その眼は遥か遠方の水平線を睨みつけて離さない。

 人間には目視などできないような遥か彼方、しかしエミヤの眼はそれを捉えた。数隻の深海棲艦を従えてこちらを目指してくる艦隊。その旗艦である戦艦レ級の姿を。

 

 当然、視線が交わるような距離ではない。しかしエミヤにはレ級の醜悪な笑みが深傷を負った艦娘達を嘲笑っているようにしか見えなかった。

 それを見た瞬間には全身の血が沸騰するかのような錯覚を覚える程に激昂した。

 

「貴様が何者であれ、その起源が何であれ、オレが守るべきものに手を出した報いだけは受けてもらおう」

 

 手にした弓に漆黒の剣をつがえて引き絞ると、そのままの体制で静止する。

 そして時間をかけることたっぷり30秒──

 

赤原猟犬(フルンディング)!」

 

 音速をはるかに超える速度をもって放たれた一本の剣。それは海を割る程の魔力を纏って一直線にレ級へと直撃した。

 はるか遠方でありながら爆発の閃光に少し遅れて鎮守府へと届く轟音がその破壊力を物語る。

 

 が、

 

「ふん……存在が艦隊と称されるだけある。その強靭さはかの大英雄以来だぞ」

 

 爆炎の中、ギラリと光る獰猛な笑み。それはまさしく戦艦レ級がエミヤへと向けたものだった。

 かつて騎士王ですら寸手のところまで追い詰めたエミヤの赤原猟犬(フルンディング)であるが、どういった力が働いてるかはさて置き敵を殺傷するには至らなかった。

 その進行を止めはしたものの、そんな安息も束の間。敵艦隊の砲口は鎮守府へと向けて火を吹いた。

 

「甘く見るなよ深海棲艦、ここを落とすのはそう簡単だと思わないことだ!──I am the bone of my sword.」

 

 展開される無数の劔。それは一斉に射出されたかと思うと、飛来する砲弾を空中で相殺していく。

 中間に位置する海上には水面を照らすように爆炎が舞い、耳をつんざく衝撃が地鳴りのように轟いた。ひとつの爆発が飛来する砲弾を巻き込んで更なる爆発を産む──

 鎮守府の護る海は瞬く間に地獄絵図のような戦場へと変化した。

 

 そんな中、単騎で戦艦レ級を含む艦隊を相手にしているエミヤの集中力たるや凄まじく、故にその眼は遠方の敵を見据えて離さない。

 ただ1発の被弾さえも許さないという覚悟の元に戦いにのぞむ錬鉄の英雄は敵だけをに意識を向けているからこそだろう、エミヤは気付かなかった。

 

 その眼下でエミヤと同じく単騎で抜錨するひとつの影に──

 

「調子ニ……ノルナッ!!」

 

 それはエミヤにとっても既に聴き馴染んだ声だったはずだがしかし、それでも背筋を正してしまう程の怒気を孕んだ声だった。

 直後、海上に咲き乱れていた爆炎がたった1発の衝撃音で掻き消える。

 

「ホッポ!?どうしてお前が──」

 

 校舎の屋上から見下ろす荒れた海の上、打ち付ける波の中にひどく小さく雪のように白い少女が立っていた。

 エミヤの声に反応したのか、一瞬だけ振り向いた彼女の眼は初めて出会った時にそうであったように夕陽のような光を宿しながら、それでも申し訳なさそうに眉を下げた寂しげな表情をしている。

 

 しかし再び前を向いたホッポの顔にはもう暗さを帯びた感情はなく、目に見えるほどの憤怒の炎を眼に宿しながら胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 

 そして──

 

「カエレッッ!!」

 

 咆哮一閃。

 その声は押し寄せる波飛沫すらも掻き消す圧をもって放たれた。頭上からその様子を見ていたエミヤですら度肝を抜かれる衝撃なのだ、とても幼い子供が発する声では無かっただろう。

 

 しかし、真にエミヤが度肝を抜かれたのはその後。

 

「なに!?深海棲艦が……引いていく、だと」

 

 遥か遠方とはいえエミヤの眼にはハッキリと見えていた。

 ホッポの怒号に反応するかのように戦艦レ級を始めとする敵艦隊が背を向けて引いていく姿が。

 

「ホッポ……お前は……」

 

 こうして、謎に包まれた強力な個体による鎮守府への侵攻は静かに幕をおろしたのだった。

 

 その夜──

 

『なるほど……これはあくまでも推測だけど、敵艦隊が撤退したのは深海棲艦における命令系統の優劣によるものじゃないかな?』

 

「命令系統?それはつまりホッポが戦艦レ級より上位にあたる個体であり、そのホッポの命令だから撤退したという事か?」

 

 いまだに激戦の後処理や治療などの為に慌ただしい様子の鎮守府、その執務室の中でエミヤと日渡提督は通話していた。

 

『前にも言ったけど北方棲姫は基地型の深海棲艦だ、つまりその本質は陸上基地に由来する。本来の海軍に置き換えれば一目瞭然だと思うけど船より基地が強い命令権を有していても不思議ではないだろう?』

 

「理屈としては、だ。それに君自身が以前言っていただろう?深海棲艦の艦種についてはあくまでも人類側の解釈であって本質は謎のままだと」

 

『そうだね、だからあくまでも推測にすぎないのさ。単純にホッポちゃんがレ級よりも強いから逃げ帰っただけかもしれないからね……でも、純然たる事実だけは誰よりもエミヤ君が1番よく解っているんだろ?』

 

「……ああ、言われるまでもない」

 

 純然たる事実──それはホッポが己の意思で戦場に立ち、そしてエミヤをはじめとする鎮守府の面々を守ったという事。

 真意のほどはホッポだけが知るところではあるものの、その事実だけは揺るがない。

 

『何にせよ、今回の戦闘はこちらでも解析して対策させてもらうよ。エミヤ君の海域に戦艦レ級が現れるなんてそれこそ前代未聞だからね』

 

「そうしてくれると助かるよ、私もこちらの後処理に追われそうなのでね」

 

 そう言うと深い溜息をついて通話は終了した。

 エミヤの言う後処理、というより目下の課題はこれから対面しなければならない重すぎる現実なのだ。

 

(やれやれ……敵対関係だった者同士、今回の戦闘が残す爪痕は浅くはないだろう。果たしてどう転ぶ……)

 

 エミヤは重たい足取りで執務室から出ていった。

 

 所変わって医務室、扉の上には例の如く学校であった頃の名残りから【保健室】と書かれた札が取り付けられた部屋。

 その中で3人の少女が沈黙していた。

 

 1人は重体で運び込まれながらも一命を取り留めた電。

 備蓄の高速修復剤で急場は凌いだものの、ダメージが抜けきらない電はベッドに寝かされたまま眠り続けていた。

 

 もう1人、電が眠るベッドに寄り添う形で座っているのは暁型の中でも電の姉にあたる響だ。

 つとめて冷静に読書しながらも、苦しそうに苦悶の表情を浮かべる電の汗を拭いてやったりシーツを直したりと、常に電の様子を気遣いながら見守っている。

 

 そして最後、ベッドを挟んで響と向かい合うように座りながら俯いたままで固く拳を握りしめているのは他でもないホッポだった。

 

 もちろん、戦闘が終了した時点でホッポが戦艦レ級達を追い返した事はエミヤから報告されていた。

 今回の襲撃がホッポの手引きではないことも明白である。

 だというのにホッポはまるで自分のせいで電が命を落としかけたかのような感情に支配されていた。

 

 さらにこの状況でホッポが押し黙る理由がもうひとつ、それは目の前に座っている響だ。

 

 ホッポが鎮守府に来てからというもの、最初こそ掴みきれなかったホッポと艦娘の距離感は、電やエミヤのおかげで幾らか近くなった。

 しかし、その中でも響だけはホッポとの距離感を保ち続けたのだ。

 

 特に攻撃的だった訳ではない、ただ単純に馴れ合いや対話をしたがらなかった。

 いくら子供とはいえ、そういった部分にホッポが気付かない筈もなく、周りも無理強いしてまで仲を取り持とうともしなかった事もあってかホッポ自身も響を得意としなくなった。

 

 ホッポはこの鎮守府でなにが起き、何人の命が散っていったかを知らない。

 響も仲間や姉妹、提督を失った事をホッポのせいだと思っている訳ではない。

 

 しかしそこの隔たりは彼女達が思うよりも根深く心に刻まれて、終ぞ埋まる事はなかった。

 そして、そんな関係性のまま起きてしまった今回の事件である。

 眠っている電には預かり知らぬところだが、医務室に漂う空気の重さはハンパのそれではなかった。

 

「……少し、良いかい?」

 

 己の心臓の鼓動すらも煩く感じる程の静寂、それを破ったのは響だ。

 響がパタンと手元の本を閉じた音だけでビクリと身体が跳ねるホッポ。恐る恐る響の顔を覗き込むように顔を上げてみれば、響は怒っているでもなく悲しんでいるでもなく、ただただ儚げな笑みを浮かべていた。

 

「今日、この鎮守府が襲われそうなところを助けてくれたらしいね?」

 

「……ダッテ、ホッポ達ノセイデ電ガ怪我シチャッタカラ……」

 

 こうして真面(まとも)に会話するのは初めてだというのに、最初の話題がこれではホッポが萎縮するのも無理はない。

 しかし響は普段と変わらない調子で言葉を続けた。

 

「今日の事を自分のせいにするのは違うんじゃないかな?それでも電やこの鎮守府を守ってくれた事はお礼を言うよ、 спасибо(スパスィーバ)

 

「デモ、デモ……電ガ大怪我シチャッタノハ……ホッポノセイ……」

 

「ふう、困ったな。少し隣に失礼するよ」

 

 薄く微笑んだ響は自分が座っていた折り畳みのイスを抱えると、それを持ってホッポの隣へと移動した。

 怒られたり責められたり、場合によっては鎮守府から出ていけと宣告されるとさえ思っていたホッポにとって響の接近はこれまで敵対したどの艦娘よりも恐ろしく感じた事だろう。

 

 しかし、そんなホッポの心中とは裏腹に響はポツリポツリと語り出した。

 

「ちょっとした昔話なんだけど聞いてくれるかい?」

 

「……ウン」

 

「この鎮守府にエミヤ司令官がやってくる前の話だ。私達にはもっと多くの仲間とエミヤ司令官とは違う司令官がいた」

 

「エミヤジャナイ人?」

 

「……そう、今はこんなに少人数だけど昔はそれなりに活気のある鎮守府だったんだよ。特にその司令官はエミヤ司令官とは違って熱血で活発な人だったから毎日が騒がしいくらいだった。でも、とても頼りになる立派な人だったよ」

 

「エミヤ、イツモ静カデ落チ着イテルモンネ」

 

「そうだね、エミヤ司令官はエミヤ司令官で頼りになる人だけど前の司令官とは正反対のタイプだったかな。他の艦娘達も個性豊かで毎日がうるさいくらいに賑やかだった」

 

「ソノ人達ハ、ドウシタノ……?」

 

 恐る恐る、まるで腫れ物に触るように尋ねるホッポに対して響は少しだけ切なそうな表情を見せた。

 暫くの静寂が部屋に満ちた後、いまだに眠り続ける電の髪を撫でながら響は答える。

 

「みんな沈んだよ。最後まで懸命に戦った上で海に散っていった」

 

 大きく目を見開いて響の顔を見つめるホッポだったが、響は窓の外に広がる海を見つめたまま小さく微笑むばかりだった。

 まるで在りし日の鎮守府を懐かしむようなその表情に、ホッポの胸は締め付けられる。

 

「……ゴメンナサイ、ホッポガ……ホッポ達ガ……」

 

 泣き出しそうになるのを必死でこらえ、まるで絞り出すように謝罪の言葉を唱えるホッポ。

 しかし、それに続く響の言葉はホッポを責めるものではなかった。

 

「謝らなくていい。さっきも言ったようにみんな懸命に戦った上での結果だ。悲しい事だし敵を憎んでいない訳でもない……それでも無関係な相手に八つ当たりしようとは思わないさ。それに艦娘や人間だって深海棲艦を殺してきたんだ、お互いさまだろう」

 

「デモ、ホッポ……深海棲艦ダヨ?敵……ダヨ?」

 

「そうだね、君は深海棲艦で私は艦娘だ。それでも今日、私の妹を守ってくれた。なら敵ではないと思うんだよ」

 

「ナラ……ドウシテ響ハ昔ノ話ヲシテクレタノ?深海棲艦ヲ責メルンジャナイノ?」

 

「……私と電が姉妹なのは知っているかい?」

 

「ウン、電カラ聞イタ」

 

「本当は私達姉妹にはあと2人、姉と妹がいたんだよ。2人とも私や電とは違ってとてもハツラツとした性格で、面倒見が良い世話好きの姉妹だった。特に末っ子の電はお姉ちゃん達にベッタリだったからね、2人が沈んだ時は私以上に消沈していた」

 

「電ノ……オ姉チャン……」

 

 日頃からホッポの面倒を1番よく見てくれている電が末っ子の甘えん坊だったという事実を聞かされたホッポには、そんな電の姿が想像できないでいる。

 

「対して私はこの通りの性格だからね。姉妹達が轟沈した時でさえ悲しい反面、どこか諦めのような気持ちが無かったでもないんだ……あぁ、やっぱりまたこうなってしまった、ってね」

 

「マタ?響ハ他ニモ悲シイ経験ガアルノ?」

 

「ごめんごめん、こっちの話だよ。不死鳥なんて呼ばれるようになるとそれなりの経験もしているということさ。だからこそ私は姉妹に沈んでほしくなかったんだろう……そして、電にも自分より先に沈んでほしくないと願ってしまっている。おかしな話さ、およそ姉らしい事なんて何一つしてあげれてないのに無事だけは願うなんて都合が良いにも程がある。それは私が電の姉だからではなく、私がまた1人になるのを恐れているだけなんだろう……」

 

 響は気付かない。

 その言葉が1人残される事を恐れるだけの言葉ではない事に。

 

 本当に大切に思う相手と死に別れる事の辛さを知っているからこそ、1人で生き残るのが辛いのだ。

 裏を返せば倉敷提督や暁や雷、他の仲間達のことをそれだけ大切に想っていたからこそ響は2度目の孤独を誰より恐れるのだろう。

 

 しかし、目の前の幼い姫君は響よりも事の核心に気付いていた。

 

「……ワカルヨ。デモ、響ハ自分ノタメダケニ孤独ヲ怖ガッテルンジャナイト思ウ」

 

「……どうしてそう思うのかな?」

 

「ホッポモ同ジダカラ。ホッポネ、オ姉チャンガイタノ……デモ、艦娘二襲ワレタ時二ホッポヲ庇ッテ離レ離レ二ナッチャッタ……」

 

 今度は響が息を呑んだ。

 全く同じだとは思えないが、それにしても敵対する深海棲艦の口から自分と似た境遇が語られるなどと予想もしていなかったのだから言葉を失うのも無理はない。

 

「ホッポモネ、エミヤ達二見ツケテモラウマデ1人デ怖カッタノ。デモ、エミヤ達ト会ッテカラハ寂シクナイヨ?」

 

「そう、だったんだね……」

 

「ダカラ電ガ大怪我シタ時ハホッポモ怖カッタ。デモソレハ、ホッポガ1人ボッチニ戻ルノガ怖カッタンジャナイヨ?」

 

 恐る恐るではあるが、それでもホッポは真っ直ぐに響の眼を見つめて宣言した。

 

「なら……君は何が怖かったんだい?」

 

「大好キナ電ガ死ンジャウノガ怖カッタ……ダカラネ、響ガ怖イノハ1人ボッチニナル事ジャナクテ、大好キナ人ガ死ンジャウノガ怖インダト思ウノ」

 

 響は反論できない。

 艦娘となる遥か昔、艦として大戦の大海原を駆けたあの頃、姉妹艦が次々と沈んでいく中で1人生き残った頃の記憶──

 

 生き残った達成感など皆無だった。そこにあったのはひたすら底の見えない虚無感と罪悪感。

 最愛の姉妹を亡くし、終戦を迎えてから目的もなく海を漂う響の心に【あの子達ではなく自分が沈むべきだった】という思いが無かった訳がない。

 姉妹や仲間達を差し置いて自分だけが生き残ってしまったという感情は、響をどれだけ苦しめた事だろう。

 

 暁型姉妹において響だけが銀色の髪を持つのは、案外そのトラウマによるものかもしれない。

 

 それほどまでに磨耗した心を壊れないように必死に繋ぎ止めているうちに、彼女はやがて感情の起伏すら乏しくなっていった。

 自分が1人を嫌うのは、自分が寂しい思いをしたくないからだと勘違いしてしまうほどに心を擦り減らして生きてきた。

 

 故に彼女は願うのだ、次こそは仲間や姉妹よりも自分が真っ先に沈みますようにと。

 全員が生き残る未来を夢見ない訳ではない。それでもそんな夢が叶わないのが戦争だと誰よりも知っているからこそ、次こそは命をかけてでも仲間を救おうと誓った。

 

 しかし、運命とは無情であり現実はどこまでも現実だ。

 

 艦娘として第二の生を授かった響を待っていたのは、またもや自分が生き残って姉妹や仲間が沈む結末だった。

 

 倉敷提督を失った事で日に日に衰退していく鎮守府。その中で響は姉妹を守れなかった事を誰よりも後悔し、自分が生き残ってしまう運命を誰よりも呪った。

 

 故に、ホッポが指摘する大好きな人を失うのが怖いというシンプルな感情すらも忘れてしまっていたのだ。

 あたかも自分の身代わりに仲間が死んだかのような錯覚をし、不死鳥などと呼ばれる自身を呪わなければ壊れかけた心を守れなかった。

 

「ダカラ、電ガ死ナナクテ安心シテルンデショ?」

 

「そうだね……そうだった……いつの間にかそんな単純な事も忘れていたよ。私は姉らしい事なんて何もしてあげれてないけれど、それでも電の姉で電が大好きなんだった……」

 

 最初に抱いたとてもシンプルな感情、それを再確認してから眠る電を見つめれば、先程まで胸に蠢いていた黒い気持ちはどこにもなく、ひたすら妹が無事だった事に安直する気持ちだけが押し寄せてくる。

 電の身代わりになれなかった事を悔やみ、また1人で取り残される事を恐れていた響はもういない。

 

「……私の大切な妹を助けてくれた事、改めてお礼をさせてもらうよ、спасибо」

 

「デモ……電ガ怪我シチャッタノハ、ホッポト同ジ深海棲艦ノセイダカラ……」

 

「それはそれだ、それにホラ」

 

 響は隣に座るホッポの髪をすくって微笑む。

 

「この髪の毛、私とそっくりだ。暁型姉妹の中でもこんな髪色は私だけでね、まるで深海棲艦みたいだろう?」

 

「ソ、ソンナコトナイヨ!響ハ艦娘デ、電ノオ姉チャンダモン!」

 

「ふふっ、でも私達の髪がそっくりな事に変わりはない。ねえ、君は電をお姉ちゃんのように慕っているんだよね?」

 

「……ウン。響ハ嫌カモシレナイケド……」

 

「嫌だなんて思わないさ。ただ、電の妹というのなら君は私の妹という事になる。君の方こそそれは嫌かい?」

 

 先程まで電にそうしていたように、響はホッポの頭を優しく撫でた。

 

「響ガ……ホッポノオ姉チャン?」

 

「そう、嫌なら無理にとは言わないけどね」

 

「嫌ジャナイ!デモ……響ハ良イノ?」

 

「勿論だ。私の妹やこの鎮守府を助けてくれたんだ、電も君も私の大切な妹だとも。そしてこれまでの態度を誤っておくよ、どこかで線引きして素っ気ない態度をとっていてゴメンね」

 

「ホッポ、響二嫌ワレテルト思ッテタ……」

 

「そんな事ないよ、これからも不出来な姉達をよろしくお願いするよ……ホッポ」

 

 夜の帳もおりてきた。

 部屋の外に佇む錬鉄の英霊は小さく微笑むと静かにその場を後にする。

 

 艦娘と深海棲艦、互いが許し合える立場にはないのかもしれない。

 それでも歩み寄れると証明された、そんなある日の出来事だった。

 

 それから、鎮守府の中では以前よりも少しだけ姉らしく振る舞う響の姿が見られるようになったという──




お久しぶりです、開店してからここまで多忙すぎて更新のできない毎日でしたが何とか更新できました!

暁型のお話は正直書こうか迷うところでしたが、なんのきっかけもなく響がホッポと打ち解けるというのも想像できず、かと言って対立する事もないだろうと勝手に解釈してのお話でした。
あまりにご都合主義で綺麗事を並べ立てたお話なので、やはり受け入れられない方も多いかと思いますが、ご意見などあれば遠慮なく言ってもらえると幸いです。

そして私事なのですが、オープンして2ヶ月、創作酒場鳳翔の情報がWeb上でも出てくるようになりました!
残念ながら艦これとは無関係なお店ですが、毎日ギリギリのところで頑張っております!
もしも更新頻度が上がったら「あいつの店、暇なんだな」と思って下さいw

それでは幕間も終わりましたので次回からは本編を進めていこうと思います!稚拙な作品ではありますが、また覗いてみて下さい!
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