「……そんなしかめっ面してないでさぁ、ケチケチしないで何か話とくれよ。あっ、なんなら1杯やるかい?それなら話も弾むってもんさぁ!」
「自白剤でも飲ませたいのならばともかく、取り調べの最中に酒盛りとは関心できないな。それに私には話すべきことは何もないと言っているだろう」
ーーあの戦いの後、エミヤと船の乗組員達は艦娘達に牽引される形で最寄りの港へと帰港した。
幸いな事に船員の中に死者はなく、傷の具合と犯罪者というその立場はともかくとして、船の沈没と乗組員の全滅という最悪の結果は回避された。
現行犯などと呼ばれていた彼等は港にて待機していた国家権力のパンダカラーな車に乗せられて連行されていき、傷の酷い者は赤い十字マークの車で運ばれていく。
そして例に漏れずエミヤもその一派として扱われ、そのままどことも知れない収容施設へと連れていかれる手筈だったのだがーー
「ちょいと待っとくれお巡りさん、そこの赤い服の男は私のところで身柄を預かるよ」
あのハイテンションな陰陽師風の女性の申し出によってそれは遮られる。
元々が不幸体質のエミヤは特に抵抗する素振りも見せず、タイミングを見計らって退散しようとしていたのだが彼女の進言が気になりその様子を見守っていた。
「あの男をですか?しかし彼もこの船の乗組員である以上は例外を認める訳には……」
勿論、正義の指標となるはずの彼等も女性の申し出を快諾できるはずが無く、犯罪を犯した以上は平等に連行するべきなのだがどうにもバツが悪そうな顔をする。
察するに彼等よりも女性の方が立場が上になるのだろう。
見た目からはとても想像できない上下関係だが彼女達の会話がそれを物語っていた。
「んー、それがどうにもあのお兄さんはこの船の一派じゃないみたいでね。それに、さっき海で深海棲艦とやりあってきたんだけど……あのお兄さん、私たちが到着するまで1人で奴らとやりあっててさ、私の偵察機の報告によると2匹の深海棲艦を仕留めたらしくてねぇ」
「な、なんと!?大砲ですら効果のないと聞く深海棲艦を2匹も?確かに体格は良いですが生身の人間である彼がどうやって?」
「あー、その辺は機密事項になるかもだから詳しくは話せないんだよねぇ。ともかく艦隊司令部的にもその戦闘について聞かなきゃならない事があるって訳さ。それにあのお兄さんの引き取りは
「日渡提督とはあの横須賀鎮守府の!?あぁ、そういえば昨日からこちらの鎮守府にいらしていると聞きましたね……わかりました。では、詳しい手続きと書類等は後ほど鎮守府の方に送付します。彼と艦娘の皆様はよろしければ鎮守府の方へお送りしますがどうされますか?」
「いやぁ無理言って悪いねぇ、助かるよ!じゃあお言葉に甘えて送ってもらおうかな」
(仕留めたという自覚はないのだが……まあ良しとしよう。しかしーー)
トントン拍子に進む会話を聞きながらエミヤは思考の中に沈んでいく。
薄々は感じていたこの世界の異常。聖杯戦争とは無縁であると思われる世界な筈であり、マスターの存在も依然として感知できない。
それであって
それに艦娘と呼ばれる彼女たちの正体も不明瞭なままだ。
善良な者である事は間違いなさそうだが有した能力は通常の人間のそれではないだろう……あの敵がそうであったように彼女たちもまた超常の存在なのだろうか?
また、口振りから察するに警察機関よりも上位の組織……おそらくは海軍に属するものだろう。
そんなものが彼を引き取る理由は何だというのだ?
(この現界にはイレギュラーが多すぎる……目下の課題は情報収集になりそうだな)
どれだけ頭を捻ろうとも答えの見えない疑問に溜息をつくとエミヤは空を見上げる。
さっきまでの曇天が嘘のように晴れ渡った空には大きな入道雲と、2匹の海鳥が彼の苦悩を嗤うように踊っていた。
「さぁてお兄さん、突然で悪いんだけどお兄さんは別行動だ!」
無気力に空を見上げるエミヤの元へ駆け寄る女性。
それに気付いたエミヤがその視線を彼女へと戻す。
女性としては長身の部類であるはずの彼女もエミヤと並べばその身長差に自然と彼を見上げる形になる。
「……業腹ではあるが犯罪者の
「ありゃ?さっきの会話、聴こえてたのかい?お兄さん地獄耳だねぇ!んなら話は早い!お兄さんには私達と一緒に鎮守府まで来てもらうよ」
バシバシとエミヤの肩を叩く彼女は人を連行するというのにまるでピクニックにでも行くかのようなテンションで告げるのだった。
「繰り返すが今の私の扱いは犯罪者だろう?君のようなか弱い女性が連行するには些か物騒だと思うのだが?」
目の前の女性のテンションと快活な笑顔のおかけで脳内にか弱さとは無縁の謎の虎っぽいご婦人を思い描いてしまったが心当たりがないので頭の隅へと追いやる。
「か弱いときたかぁ……ちょっと聞いた!?私のことか弱くて可憐なお嬢様だってさ!」
存在しない文言を付け加えられた会話を自慢気に振る女性に対し、彼女の後ろに控えていた少女2名は聞かなかった事にしたいのか咄嗟に目を逸らした。
確かに服装を正し、黙ってさえいればお嬢様と呼ばれることもあるのであろうが……一度でも会話をしてしまえばそんな幻想は夢の彼方だ。
「ま、大丈夫っしょ!だってお兄さん、犯罪に加担なんかしてないんでしょ?」
一通り照れなのかご満悦なのかわかりづらいリアクションをとったあと、再びエミヤを見つめる彼女はあっけらかんと告げた。
「む、確かに私の主張としては冤罪を訴えたいところだが……それにしてもそれはあくまで容疑者側の主張であって信用にたる証拠も無いのだぞ?」
「そりゃそうだけどさぁ……せっかく信じるって言ってるのにそこまで必死に容疑者になろうとするかねぇ?」
「そ、そうではなくてだな!君には余りにも危機感がなさすぎると言っているんだ!これが本当の犯罪者の言葉なら君はきっと利用された挙句に海か山に捨てられるぞ!」
「かぁー、それは勘弁だねぇ。でもほら、私だって流石に人は見るよ。あの時のお兄さんは船を守る為に戦ってた。ましてや乗組員とも初対面だってのに命がけで。そんな人を現状証拠だけで色眼鏡にかけるほど私もバカじゃないんだよ」
「ぐっ……そこまで言うならもう知らん。好きにしたまえ」
英霊エミヤ、この世界に召喚されて初めての敗北の瞬間だった。
「良かったよ、あの魔法みたいなので暴れられでもしたらどうしようかと思ってたんだ」
「……何のことかは知らんが私は魔法なんぞ使えん。容疑が晴れればさっさと退散させてもらう」
観念したかのように送迎のパトカーへと歩を進める。
運転手は当然パトカーを運転する権利を持つ警察官であり、助手席には陰陽師風の女性が乗り込んだ。
暫定的に容疑者候補から外されたとはいえ、その疑惑が完全に晴れたわけではないエミヤは当然のように後部座席の中央に乗せられた。
つまり、今のエミヤは両サイドを謎の少女2名に挟まれた形になる。
「あっはっはっ!両手に華じゃないかお兄さん!男冥利に尽きるってもんだろぉ?」
助手席に座る彼女は悪戯な笑みを浮かべて振り返ると後部座席の3人を見て笑うのだった。
これがパトカーの中でなければ微笑ましい光景かもしれないが、当人にとっては頭痛の種にしかならない。
「そういう物言いはやめてもらおうか。私とて好きでこんな目にあっているわけではない」
「またまたぁ、本当は嬉しいって顔に書いてあるよ?あ、そういえばお兄さんの名前教えとくれよ。できれば出身と経歴なんかもさ」
ピクりと彼が反応したような気がした。
本来ならばマスターにさえ認知されればそれで事足りるはずの存在がサーヴァントである。
一般人にその存在を証明しようとすればそれなりの無理が生じるのは明らかだ。
彼は早々に自身の説明を諦めた。
「生憎だが、人に名乗るような名前は持ち合わせていなくてね。出身、経歴も同様に君達に話せる事は何もない」
それは明確な拒絶だった。
行動こそ共にしているし、こうして拘束される事も特に拒否しない。
だがそれはあくまでも自身が潔白であり、逃げなければならないようなやましい事もないからである。
実際にはそれ以外にも理由はあるのだが……
だがしかし、それよりも彼はまず英霊であり魔術師でもある。
神秘の秘匿は絶対であり、神秘そのものとも言える今の彼がその正体を明かすなどありえない。
これが彼の知る相性の悪い槍使いの英霊ならば、さきの戦いを目撃された時点で皆殺しにしていてもおかしくないくらいには秘密事項なのである。
ましてや彼女達の方こそ常人の域を超えた存在である可能性が高いのだから、その縛りは尚更だ。
が、そんな彼の内心を知ってか知らずか、助手席の女性が放った言葉は斜め上をいったーー
「……え、これがまさか厨二病ってやつ?」
先程までの快活な笑みも影を潜め、わかりやすくドン引きしていますといった苦笑いでエミヤを見つめている。
「だっ、誰が厨二病か!私はただ話せるような事は何もないと言っているだけだ!」
「何もって……名前も出身も何もかもってことでしょ?いやぁ、謎をほのめかすのがカッコいいとか思っちゃう男の心は理解しかねるよ……でもさぁ、お兄さん見るからにいい歳いってるでしょ?流石にそういうのはもう卒業した方が」
「だから違うと言っているだろう!そういった思春期のものとは別の意図があって話せないというのだ!」
「うーん……まぁそういうことにしといてあげるけどさぁ。それならお兄さんはどうやって身の潔白を証明するってのさ?何も話さずに自分は無実ですって言われてもねぇ?」
完全論破、英霊エミヤの2度目の敗北。そしてーー
「うぐっ……ならば君達はどうなんだ?人に物を訪ねるのであればまず己から名乗るのが礼節だと思うのだがな」
英霊エミヤ、まさかの悪足掻きであった。
「そりゃあごもっともだ!じゃあ遅ればせながら自己紹介といこうか。私は隼鷹、艦種は軽空母さ!」
彼女はそんなエミヤの悪足掻きを笑うこともなく笑顔で答えた。
彼にとっては聞き慣れない、およそ自己紹介には入らないであろう単語と共に。
そしてエミヤの両サイドに座る少女達も隼鷹に続く。
「わ、私は
エミヤの右隣に座る少女もまた自身の紹介に艦種なるものを付け加えて名前を名乗った。
「同じく駆逐艦の響だよ」
左隣の少女もまた己を駆逐艦と補足した上で自己紹介をする。
服装から察するに電と名乗る少女と響と名乗る少女は同じ学校にでも通っているのか、お揃いと見られる制服のようなものを着ていた。
いや、このような場所に小学生、よくしてもせいぜい中学生の少女が当たり前のように同行しているのが既に異常なのだがーー
「待ちたまえ。揃いも揃って軽空母に駆逐艦などと言っているがそれはどういう意味なんだ?まさかとは思うが、それぞれが海軍に属する何らかの部隊に所属し、更にはそれぞれが自分の管理する軍艦を所有しているなどとは言わないだろう?」
何の悪ふざけだとでも言いたげな苦笑いを浮かべてエミヤは尋ねる。
先程の警察官との会話を思い返せばこの隼鷹と名乗る女性は100歩譲ってそういった立場も考えられなくはない。
しかし彼の両サイドに座る少女達はどう見てもそんな役職につける年齢ではない。
どころか社会人にさえなってはいないだろう。
この世界の事情こそ把握していないエミヤだったが、どんな世界線であれ概ねの常識的観点は共通している筈だ。
故に彼女達が言う艦種がどうであるなどという与太話は到底、納得も信頼もできなかった。
「んん?お兄さん、まさか艦娘について本当に無知!?見るのが初めてだからって混乱してるとかじゃなくかい!?」
助手席の隼鷹はそんなエミヤの言葉があまりにも腑に落ちなかったのか、シートベルトの限界まで身を乗り出してエミヤを凝視する。
「……度々出てくるその『艦娘』という言葉だが私にはさっぱりわからない。軍事に関わる事は一通り学んでいる筈だがそんなもの知りもしなければ聞いたことすらないね」
隼鷹を始め、電と響もよほどの衝撃を受けたのか大きく目を見開いて彼の顔を見つめている。
「な、なんだというのだね。私はそこまでおかしな事を言ったのか?」
「……質問なんだけど日本を代表するミュージャンのサザンオールスターって知ってるかい?」
「突然なんの質問なのだ?……名前くらいは知っているとも。生憎と音楽を嗜むような性分ではないので拝聴したことはないがね」
以前に行われた聖杯戦争の際、聖杯からの知識でそのような名前の音楽グループを知ったので間違いはないはずだ。
「で、では国民的人気アニメのトラえもんは知っていますか?」
矢継ぎ早に質問するのはエミヤの右隣に座る電である。
「それも名前だけならば知っているさ。だが見ての通りアニメを見るような歳でもなければそのような趣味もない。つまりそちらに関しても内容は知らないものだ」
これに関しても聖杯からの知識だ。
それに冬木の街を出歩いた時にそのような名前のグッズを販売しているのを見かけたこともあるので間違いない。
「なら私からも質問だよ」
お次は左隣の響。
そして響の質問は彼の正体の核心に迫ることになるーー
「お次は君かお嬢さん……良いだろう、同じような質問であれば快く答えよう」
まるで合コンのように次から次へと向けられる他愛ない質問に警戒心を緩めたエミヤは苦笑しながらも響へと視線を向けた。
「日本が最後に参加した戦争といえばなんだい?軍事について学んだならわかるだろう?」
響からの質問は予想に反して真面目なジャンルのものだった。
だがそれすらもエミヤの目から見れば他愛ないものであり可愛げのある質問にしか聞こえないのだがーー
「ふっ、お嬢さんは学校で習った知識の自慢をしたいのかな?勿論知ってるとも、参加したという言葉は些か曖昧だが軍事支援などを抜きにすれば答えは1941年の太平洋戦争だろう。それを一側面とするならば広義の意味では1939年の第二次世界大戦と言えば満足かな?」
音楽にアニメときた後でやっと自分にも真っ当に答えられる真面目な質問に気を良くしたのか、得意げとも取れる態度でエミヤは答えた。
そしてその返答の意味するところはエミヤにとって全く予期せぬ事態を招く。
「あちゃー……」
「これは確定だね」
「はい、間違いないのです……」
それぞれの質問に対し誠実に答えたつもりのエミヤだったが彼女達の態度は芳しくない。
どころかとても残念なものでも見るように頭を悩ませてさえいる。
「なんだというのだ。私の返答におかしな点はなかったはずだが?」
「いやぁ、音楽とアニメに関しては何もおかしくないよ?ただ最後の質問に関してはぶっちぎりにおかしい。というかやっぱり全部おかしい」
隼鷹は乗り出した身体を戻しつつも、頭だけはエミヤに向いたまま続ける。
「いいかい?まずはさっきお兄さんが知らないって言ってた艦娘についてだけどねぇ、今の日本を始め世界的に見ても艦娘の知名度っていえばそりゃあサザンオールスターやトラえもんと並ぶかそれ以上なはずさ」
「なんだと……それは本当か?」
「大マジだとも。そんな誰でも知ってて当たり前なものを本当に知らないってんなら……お兄さんは今まで情報を遮断された山奥に住んでたか、監禁状態にあって外界との接触ができなかったとしか思えないんだよ。ましてお兄さんは音楽もアニメも名前くらいは知ってるときたもんだ、全くの情報音痴って訳じゃない。なら極端な話だけどお兄さんは艦娘なんてものが存在しない世界からやってきたって言われる方がしっくりくるねぇ」
「し、しかしそれを知らない者がいても不思議ではないだろう。音楽やアニメのようにそこに興味がなければーー」
「ありえないね、艦娘は娯楽の対象とは訳が違う。この国の生命線とも言える存在なんだから知らない訳がない。言い換えればコンビニを知らない、警察を知らない、海を知らない、空を知らない……お兄さんの言ってることはそういう事だよ」
「艦娘とはそこまでのものなのか……ならば君達は?」
「そう、私達はその艦娘さ。それぞれに特徴があって私は軽空母の艦娘、その子達は駆逐艦の艦娘ってな具合さね」
隼鷹から告げられたのは予想もしていなかった衝撃の事実。
その知名度の指標は不明だが、それでも万人万国で共通の知識だということくらいはエミヤにも容易に理解できた。
「そして最後に私がした質問、それが一番の問題なんだよ」
押し黙るエミヤに追い打ちをかけるように響が話し始める。
「貴方の言う戦争は確かに過去に行われた日本が参加した戦争で間違いない。だけどそれが最後の戦争かといえばそうじゃない」
「なっ……いや、そんなはずはないだろう。あの戦争の後に日本は戦争放棄国家となった筈だ。現代において日本がどの国と戦争をするというのだ!?」
生前から通し、死後も世界と契約し抑止力として数々の戦地を見てきたエミヤだからこそ響の言葉は隼鷹の話よりも信じがたいものだった。
聖杯戦争のような極めて小規模な争いこそあったものの、国家をあげての戦争など今の日本がするはずがない。
そんなことがあれば守護者であるエミヤはその度に日本にも召喚されていたはずなのだから。
「日本は……いえ、世界は今も戦争中なのです……」
戦争という言葉に思うところがあるのだろう、どこか悲しげな表情で電が呟く。
「現在も世界が戦争状態だと?はっ、ありえんな。何の意図があってかは知らんがそのような絵空事はとても信用できん」
「本当の事なのです!ただ……恐らくそれはあなたが思う戦争とは違うものだと思うのです」
「私の認識とは違う?ならば一体君達の言う戦争とはどんなものなのだ?」
本来ならばこのような少女を相手に向けるはずのない鋭い眼差しをもってエミヤは尋ねた。
「深海棲艦」
そんなエミヤの問いに答えたのは先程までの人懐っこい笑みを消し、真剣な表情で彼を見る隼鷹だった。
「この言葉を聞いて思い当たる事はないかい?」
「それも先程耳にした言葉だが私には覚えのないものだ。それが世界戦争と何の関係があるというのだね?」
「関係も何も、その深海棲艦ってのが日本を始めとする全ての国が戦ってる相手の名前さ。さっきお兄さんが海で戦ってた生き物、あれが深海棲艦だよ」
エミヤは今度こそ耳を疑った。
見飽きる程の戦争を体験し、反吐が出る程の悪意や絶望を目の当たりにしてきた彼だがーー
それは全て人間同士の争いに他ならない。
政治的であろうが魔術的であろうが、理由はどうあれ人間は常に人間と争い、そして人間を殺してきた。
それがまさか人外の生物と生存競争をする為に国家レベルの戦争を世界中で行なっているなど誰が信じるというのだ。
そんな話はかの英雄王が存命であった神代の時代に終わっている。
現在においてそのような未確認生物と本気で戦争をしているというのならそれはもう彼の理解を遥かに超えた話としか言えないものだ。
だが1つの証拠として自分が戦ったあの生物が既知のものでないという真実が彼の動揺を更に大きくする。
「ついでに言えば艦娘ってのはその深海棲艦に対抗しうる唯一の存在なのさ。だからこそ艦娘は世界的に有名であり貴重なんだよ」
「待ってくれ……話が飛躍しすぎて全く理解が追いつかん……君達が艦娘であるというならば君達はあの生物と同等に戦っているというのか?いや、その前に艦娘が唯一の対抗手段とはどういう事だ?そもそも、その深海棲艦とやらはどこから来てどのような被害をもたらしている?」
冷静であるはずのエミヤらしくもない動揺はそのまま無数の質問となって口に出る。
「あー、その辺の話は鎮守府についてから提督に聞いとくれ。長い話になりそうだし私達から説明するのも限度があるからねぇ。っと、その前にこっちからも質問だよ」
エミヤの動揺とは裏腹に、その表情をほがらかにした隼鷹は話を脇へと追いやった。
「聞きたいことは山ほどあるのだが……質問とは?」
「そりゃあ勿論お兄さんの名前さ!こっちはこれだけ話したんだ、お兄さんだけだんまりってのは無しだよ?」
そういえばそんな話をしていたのだったかと思い返してエミヤは再び思考する。
現状において彼女達の言葉を全て鵜呑みにする訳にはいかないが、かといって敵対勢力という気配もない。
神秘の秘匿に関しては依然として絶対的なものだがここで情報を得ておかなければこの先で対応できないことも多くありそうだ。
何よりこの異質な世界での現界にあたって艦娘の存在が無関係だとは思えない。
ならばここで協力できる関係を作っておくのもひとつの手段として有効なのでは。
そんなエミヤの内心を察してか両サイドの少女達も追い打ちをかける。
「あの船の人達をあんな必死に守った人を悪い人だとは思えないのです。だからお名前だけでも教えて欲しいのです……」
「私達は敵という訳じゃない。貴方が犯罪者でないというならここは素直に名乗っておいた方が身のためだと思うよ?」
響の言葉はどこか不穏な意味合いを感じるが年端もいかぬ少女にここまで言われて口を噤んだままというのも躊躇われる。
様々な考察の後、エミヤは重い口を開いた。
「……私の名はエミヤだ。本来ならばこのエミヤという名前も私の名前ではないのだが名を名乗れと言われればそう答える他ない」
「いや、だから厨二病設定はもういいって……」
「違うと言っているだろうたわけっ!本来の私には既に名前と呼べるものがないが個人の名称としてはこれ以外にないのだ!」
それを世間は厨二病と呼ぶという事実をエミヤ本人は知らないのだからしょうがない。
艦娘にしてみれば
こればっかりは諦めて強く生きようエミヤ!
こうして一同を乗せた車は鎮守府を目指してひた走る。
道中はそれ以上の深い話をする事もなく、主にエミヤの厨二病キャラを弄ることに終始した女子会(?)トークで終了。
あまりにもこの世界の常識から外れたエミヤを怪しむあまり、運転してきた警察官から必要以上の警戒をされたものの無事に鎮守府へと到着した。
そして話は冒頭の会話に戻る。
「さっき車で弄りすぎたのを怒ってるなら謝るからさぁ、少しくらい話してくれても良いじゃないか」
「そんなことに怒ってなどいないわ!私はただ君達の話の信憑性に疑問を覚えているだけだ」
鎮守府に到着した後、エミヤと隼鷹を残して響と電は先に建物へと入って行った。
なんでも件の男を連れてきたことを上司に報告しに行ったらしい。
エミヤと隼鷹は、鎮守府の中にある使われていない個室へと移動してこれから行われる取り調べに備えて待機している段取りである。
「信憑性って言われてもねぇ。何か疑われるような事でもしたっけ?」
「君の対応がという意味ではない。いや、君の対応も問題はあるが……そうではなくこの場所だ!こんな場所へと連れてこられて何を信用できるというのだ」
エミヤが訴えるのは連行されたこの場所について。
それは取り調べに使われる部屋という意味ではなく、この鎮守府そのものがという意味の言葉だった。
「どう見てもここは学校だろう!?鎮守府などと言うからには軍の基地かと思えばこのような学童の集う場所に連れてこられるとは……やはり君達は私を担いでいたのか?」
それは海沿いに建てられたそこまで規模の大きくはない校舎、学生が走り回っていても不思議のないグラウンド、どこか懐かしい音を鳴らすチャイムーーとてもじゃないが軍の所有する施設とは程遠い建築物。
そう、エミヤが連れてこられた鎮守府と呼ばれる施設は学校そのものだった。
「あの電や響といった少女達もここの生徒で、君はこの学校の教師というオチはないだろうな?」
「あ、なるほどぉ。そりゃ確かに一見さんからすりゃもっともな意見だねぇ!でも安心しとくれよ、ここは確かに私達の鎮守府で軍の基地として機能してる場所だから」
「それが信憑性に欠けると言っているのだが。このような場所で国の安全のために戦っているなどと言われて信用する者がいると思うか?」
「その辺の説明もこの後で提督さんからされる筈だよ。まぁ簡単に言えば今の日本には立派な鎮守府を建てる余裕さえないって事さね。この鎮守府だって昔使われてた学校を改築して利用してるくらいだしねぇ。ま、こんな海沿いの学校なんていつ深海棲艦から攻められるかもわからない場所に我が子を通わせる親がいる筈ないんだからしょうがないんだろうけどさ」
エミヤの疑念などお構いなしに机を挟んで向かい合うように座る隼鷹はケラケラと笑いながら話した。
「それに見た目はボロだけど
「はぁ……ますますもって理解できん……」
連行とは言ったもののエミヤの中では情報収集の為に自ら望んでやってきたと思っている節すらあった。
だが、現状を見るに自分はとんでもない無駄足を踏んだのではないかという感情が首も擡げている。
未知の世界とはいえ、ここで得られるものが本当にあるのだろうかという疑念がどうしても払拭できないからか、おのずと心労が募っていくのも感じた。
そしてもういっそ適当な理由をつけてここから退散しようかと考え始めたその時ーー
彼らがいる教室のドアがノックされた。
瞬間、それまでの砕けた態度だった隼鷹がサッと立ち上がり見事なまでの直立姿勢をとる。
「失礼するよ。待たせてすまなかったね、私は横須賀鎮守府で提督をしている
「私はこの鎮守府の提督代理を勤めている高速戦艦の金剛デース!Youが報告にあった魔法使いですネ?よろしくデース!」
開かれた扉から入室してきたのはエミヤよりも少し年上に見える男性。
自らを提督と名乗るその彼はエミヤ程ではないが長身で、体つきも鍛えられている事が伺えるガッシリしたものであり、短く整えられた黒髪と穏やかな顔つきが好印象な男であった。
それだけなら問題ないのだが、エミヤが目を引かれたのはそこではなくーー
(この男はどうして肩にぬいぐるみを乗せているのだ!?)
彼の肩に乗せられた女の子のぬいぐるみであった。
そしてもう1人、その後ろから入室してきた女性。
隼鷹とはまた違ったベクトルでハイテンションな彼女は自らを提督代理と名乗った。
隼鷹達と同じように自身を高速戦艦などと紹介するあたり彼女もまた艦娘という事だろう。
その姿は巫女服をベースにしているのだろうが露出が高すぎてもはや巫女とは呼べないものであり、そのテンションと謎のカタコトも相まってかエミヤの疑念をさらに増大させた。
(よし……この場所にもう用はない)
落胆と疲労のせいで思考は既に逃走へと向かっているエミヤだが、彼はまだ知らない。
この邂逅こそが、この世界における英霊エミヤの大きなターニングポイントになる事を。
ご意見、ご感想あると大変励みになります。
ご指導ご鞭撻よろしくです!