柔らかな午後の日差しが差し込む校舎の一室、学舎にはおよそ不釣り合いな面々が給食でも食べるかのように机を囲んで向かい合う。
「さてと……エミヤ君、といったね?突然の同行すまなかった。協力に感謝するよ」
彼の対面に座る真っ白な軍服に身を包んだ男性は穏やかな笑顔で切り出した。
「先程も名乗りはしたけれど改めて自己紹介を。僕は
爽やかな笑顔に丁寧な物腰、おそらくエミヤに関する前情報は『魔法使い』『厨二病(笑)』などとロクなものはないだろうに、その態度にはエミヤを色物として扱うようなものは感じられず、肩に乗せた女の子の人形にさえ目をつむればあくまでも軍に対する協力者として敬意を払っているのが伺えた。
「私は高速戦艦の金剛デース!現在は提督代理としてこの鎮守府の事実上の責任者をさせてもらっていマース!よろしくネ!」
日渡提督の横に座る女性、提督代理だという彼女は金剛と名乗った。
まるで向日葵のような笑顔で接してくる彼女もまた、エミヤを犯罪者や変わり者としてではなく1人の人間として接しているようだ。
「この2人がこの鎮守府における最高責任者さ、お兄さんの潔白も含めて事の判断はこの2人に全て委ねられる。ほら、お兄さんも自己紹介くらいしておきなよ?」
エミヤの隣に座る隼鷹は既に自己紹介を含めたやりとりを終えているのであえて名乗る事はなく、その接しやすい態度のままエミヤへと自己紹介を促した。
「……私の名はエミヤだ。そちらが私に聞きたい事はおおよそ想像のつくものだが、私の方にも質問は山程ある。ここまでおとなしく同行したのもその為だ、私に話を聞きたいというのならそちらも私の質問に答えてもらおうか」
終始しかめっ面のエミヤはその表情を崩すこともなく、まるで睨みつけるようにして口を開いた。
「ちょ!?その態度はなんなのさ?ここに喧嘩を売りにきた訳じゃないだろうにもうちょっと物腰の柔らかいやりとりはできないの!?」
当然、自分の上司にそのような態度をとられた隼鷹は焦る。
クールを気取った厨二病もどきなのは承知していたがまさかここまでとは……
隼鷹としてはこのままエミヤに問題を起こされでもしたらたまったものではない。
彼をここまで連れてきたのは隼鷹なのだから、それがいくら日渡提督の命令であったとはいえ危機管理の面で責任でも追求されれば泣きっ面に蜂だ。
「身に覚えのない犯罪者の汚名を着せられた挙句に身柄を拘束されているのだから当然だろう。それにだお嬢さん、話し合いというからにはお互いに情報の開示をするのは当然ではないかね?」
「だからって人の上司を威圧する必要はないだろうに……そもそもお兄さん、私達に話すことは何もないって言ってたじゃないか」
「私のマス……上司という訳ではないのだからそんな事は知らんさ。それに私は情報の提供を拒否しはしたが、それはそちらから得られる情報にもよる」
「な、なんて上から目線なのさっ!?」
隼鷹は自分の精神疲労が急速に蓄積していくのを感じた。
事務作業は得意としていないのだがこれは始末書案件かもしれないなどと思考する。
しかし、溜息をこぼす隼鷹とは対照的に日渡提督の対応は笑顔のままだった。
「うん、冤罪を前提とすれば彼の言うことも一理ある。こちらに答えられる事であれば答よう、金剛君も彼の話を聞くのはそれからで構わないかな?」
「No problemデース!それでエミヤさんは私達に何を聞きたいデスカ?」
どうやらこの2人はエミヤの態度に関して不快に思うことはなかったようだ。
そんな2人の対応に隼鷹は安堵し、エミヤはひとつ頷くと質疑を開始する。
「まず、さきほど襲撃を受けていた船に乗っていた人間の被害はどうなったのだ?」
「それなら報告が入っているよ。骨折や火傷などの被害はあったものの死者は無かったらしい。もちろん命に関わる重体患者もなかった、あの被害状況の中では奇跡とも言える結果だよ。君が守ってくれたおかげだ」
「私が守ったというのは誤解だ。だが……そうか、死者はなかったか……」
エミヤは感慨深そうに眼を閉じる。
あの場で見た限りでは多少の被害はあると思われたのだが最悪は免れていた……それがエミヤという英霊にとってどれほどの僥倖であるかなど、この場の誰も知る由はない。
「しかしあの船は犯罪に加担する船だったのだろう?密輸と聞いたがそれは薬物や武器の類なのか?」
命を守れた安堵こそあれど、悪を成す者を身を呈して守った事などほとんどないエミヤはそこを尋ねずにいられなかった。
しかし、その質問がよほど予想外だったのか日渡提督と金剛は疑問符の付いた返答をする。
「薬物や武器だって?このご時世にそんな物を密輸してどうするんだい?積荷のほとんどは日本製の家電や生活雑貨だったよ。まったく……どれほど厳重に規制しようとこの手の犯罪が減る事はない。頭を抱えたくなるよ」
「その通りデース。こんな時代だというのに各国の富裕層というのは貴重になればなるほど物欲を強める一方……それを守る身にもなってもらいたいデス」
彼等の口から語られたのは何の変哲もない犯罪の対象にすらならなそうな物ばかりだった。
エミヤの所感に沿って言えば、そんな物ならわざわざ密輸などしなくても普通に輸入輸出すれば良いだろうと思う。
そんなエミヤの様子を見て、どこか納得したように今度は日渡提督が質問を投げかける。
「そういえばエミヤ君は深海棲艦や艦娘について知らないんだったね……君も見たであろうあの深海棲艦は今や世界の全海域に存在している。深海棲艦の生態については未だ不明な点が多いんだが、どの個体にも共通して言えることは人間を優先的に襲うという事だ。それが意味するところは君にもわかるだろう?」
「つまり……制海権はあの化物に制圧され、外交はおろか物資の供給さえままならないという事かね?そのような生活雑貨を密輸する輩が続発する程にか?」
「御名答。正確に言えば制海権どころか海の上に位置する空でさえ深海棲艦の支配下なのだが概ねその通りだ。おかげで国外の物資は価格が高騰し、一部の人間にはそれらの物資が裏ルートで法外な価格によって取り引きされているらしい」
「さらに厄介なのは深海棲艦には人間の持ちうるあらゆる兵器が効果を持たない事デス。それなのにリスクよりも欲を優先して密輸なんてするから深海棲艦に襲われて沈没する民間船が後を絶ちまセン……」
「……あらゆる兵器とはまさか軍の所有するミサイルや核兵器を含めての意味ではないだろうな?」
「そのまさかだよ。流石に条約の関係で核兵器の使用は確認されていないけど軍の所有する戦闘機や軍艦からの爆撃等は
「というか電と響の報告では半信半疑だったけど本当に何も知らないのネ……」
日渡提督と金剛の口から語られたのは深海棲艦の脅威について。
その事実はエミヤにとって到底想像もしていなかったものであり、それと同時に今の自分が置かれた立場がどれほど悪いものであるかを嫌でも悟ってしまう。
何せエミヤはその深海棲艦を単身で2匹も仕留めているのだ。
日渡提督や金剛の言うことが事実であるならばそんな人物が普通である筈がない。
むしろこのように簡易的な事情聴取で済んでいる現状が軽すぎる程だ。
「しかしそれはあくまでも十数年も前の話であり現在では多少の外交が行える程度には戦況も好転してきている。彼女達のおかげでね」
己の無力を恥じているのだろうか、何とも言えない笑みを浮かべた日渡提督は横にいる金剛に目線を送った。
「なるほど、唯一の対抗戦力……それが艦娘なのだったな」
「Yes!人類の持つ兵器では打倒できなくても私たち艦娘なら話は別デース!何の危険もなくとはいきまセンが艦娘の持つ力であれば深海棲艦を倒すことができマス!」
見た目だけで判断するならば戦闘とは縁もなさそうな女性である金剛は、そんなエミヤの見解などとは無縁な自信を持って答えた。
「さて……エミヤ君、君が本当に深海棲艦や艦娘について知らないというのなら君の聞きたい事というものもおのずと見えてくる。おそらくそれは深海棲艦や艦娘の起源、そしてこの戦争の歴史やその全容といったところかな?」
浮かべた笑みはそのままだが日渡提督の纏う空気が変わったのをエミヤは敏感に感じ取った。
先程までの穏やかなそれではなく、どことなく軍人としての威厳のようなものを感じる。
それは紛れもなくこの先の話はエミヤにとっても日渡提督にとっても1歩踏み込んだ話題になることを否応なく悟らせた。
「……どうしてそう思う?私はただ冤罪の潔白を証明しようとする一般人であり、その為の手段を質問するという線は考えないのかね?」
「これでも僕は軍人だからね、彼女達からあげられた戦闘報告もそうだが何よりもエミヤ君からは戦争を身近に経験する人間の気配がする。これはあくまでも僕の経験則だから間違っているのなら謝罪して訂正するよ」
「なるほど……曖昧だが悪くない答えだ。私としても知るべき情報が多いのは事実のようだし聞けるものは聞いておきたい。だがこの先の話は軍事機密の含まれるものになるのだろう?ノーリスクで手に入るようなものではないと思うのだが?」
情報不足のため仕方がなかったとはいえ、エミヤの振る舞いはこの世界においてあまりにも不自然だった。
深海棲艦も艦娘も知らない上に人類では打倒不可能とされる存在を2匹も倒しているのだから弁解は手遅れだろう。
その立場は既に犯罪者かどうかなんて生易しいものではなく、人類にとって未知の存在かもしれないというステージに上がっている筈だ。
故に日渡提督は『経験則でわかる』などと言ったのだろう。
その意味は暗に『お前の正体が普通の人間ではない事はわかっている』『こちらの情報を知りたくばお前も正体を開かせ』とも取れた。
逆説的にここで交渉のテーブルに着かないのならば法的な措置を持って対応するとも取れる。
勿論そんなことになればエミヤは容易く逃走できるだろう。しかし、それをしてしまえばいつまで続くかもわからないこの世界での活動が圧倒的に不利になるのは目に見えている。
そんな日渡提督の意図を汲み取ったからこそエミヤも『曖昧だが悪くない答えーー』と答えたのだ。
『お前の言っていることは的を得ているが、このままでは何も話すことはできないぞ』と、暗に示すため。
それは己の存在を認めると同時に秘匿の必要があることを意味している。
もちろんエミヤとてここまできてリスクを負わないなんて選択肢はないのだからある程度の条件は飲むことを前提とした返答だ。
そしてそんな水面下の探り合いが意味する事はーー
「隼鷹君、そして金剛君、悪いがしばらく彼と2人にしてもらえないかな?」
エミヤと日渡提督、2人のみの話し合いであった。
「そ、それは無理デスよ日渡提督!いくら彼が犯罪に加担してないと判断したとはいえ不自然な事は変わりない以上、何があるかは分かりまセン!万が一の時にどうやって提督の身を守るデース!?」
「そうですよ日渡提督!せめて私か金剛さんは同席してないと!」
当然、艦娘である2人はその申し出を拒否する。
エミヤは知らないが艦娘にとって提督という存在がどれだけ大切で貴重なものかなど彼女達の反応を見れば一目瞭然。
それが自分達の提督ではないとしても艦娘全体で見れば万に一つも危険に晒す訳にはいかないのだ。
ましてやそれが海軍本部となる横須賀鎮守府の提督ともなれば尚更である。
しかし当の本人である日渡提督は何の不安もないと言わんばかりに笑顔で答えた。
「大丈夫だよ2人とも。エミヤ君だってここで犯罪を犯すくらいなら冤罪の証明のために同行したりはしない筈だろう?彼とは少し込み入った話になりそうだからその気遣いって事で了承してくれないか?」
「し、しかし……」
「できることならこんな事で提督命令なんて使いたくないんだ、甘いかもしれないけど君達は大切な仲間だからね。命令よりもお願いで済ましたいんだが、ダメかい?」
「その言い方は卑怯デース……わかりました、私達は退室しますが有事の際は呼んで下さいネ?」
「勿論だとも、ありがとう」
そう言って隼鷹と金剛は退室していった。
去り際に隼鷹が小声でエミヤに変なことはするなと忠告してきたが特に反応することなく彼女達を見送る。
「良かったのかね?随分と簡単に守りを引かせたがこれで君は丸腰に等しい状態だろう、私が犯罪者じゃないと決まった訳ではない筈だが?」
「ははは、意地悪を言わないでくれ。さっきも言ったが君が私を襲う理由はない。仮に密輸グループのメンバーだったとしても鎮守府内で私を人質にするほど愚かには見えないしね、何より君はそういった手荒な真似をするタイプには見えない」
「私を戦争慣れしているような扱いの発言があった割には真逆な事を言うのだな」
「それはそうさ、戦争と暴力は違うものだ。無益な暴力を行使する輩と戦争で命をかける兵士が同じじゃないことくらい君にもわかるだろう?」
「もっともだ。だが私が前者の人間ではないという保証にはなるまい」
「なるとも、君は何よりもまず船員の安否について質問した。一見すればそれは密輸グループの一員とも取れる質問だが、欲に溺れて海に沈むような輩なら仲間の心配よりも物資の心配をするだろう。つまり端的に言って君は優しくて信頼に足る男だと僕は考える」
エミヤは言葉に詰まった。
この男は穏やかに見えて会話の端々から必要や情報を拾う視野と、その情報を使って場の空気を握るだけの能力がある。
それは認めようーーしかし、どうにも発言
に甘さが目立つ。
まるでどこかの正義の味方を志す阿呆のような発言は、エミヤが素直に受け入れられるようなものではない。
「私を優しいなどという思い違いはやめてもらおうか。質問の順番など些事にすぎんだろう」
「理由はそれだけじゃないさ。ならばこれは本線とは外れた質問だけど……エミヤ君は何も話さないと宣言していたにも関わらずどうして逃げずにここまで来たんだい?」
「何を言いだすかと思えば……あのように四方を軍や警察の人間に囲まれていては逃げようがあるまい。それに私はここに聞きたい事があって来たと言ったはずだが?」
「それは嘘だね。君は深海棲艦とまともに戦っていたと聞く、そんな君なら海上で艦娘相手にならともかく陸地において逃げるなんて造作もないはずだ。情報収集にしてもわざわざ鎮守府まで来なくとも時間さえあれば他のルートから探る事も可能だろう?」
「……君は何が言いたいのだね?」
エミヤは思ったーーやりにくい相手だと。
「君が逃げなかったのは隼鷹、電、響のためじゃないのかい?」
「何を根拠にーー」
「あの場での責任者は艦娘である彼女達だ。重要参考人である君を逃してしまえばその責任は当然彼女達に降りかかる。君はそれを知った上で逃走をしなかったと読んだのだけど、どうかな?」
日渡提督の見解は間違いなく的を射ていた。
それが全ての理由ではないにしても、あの時の彼はそこに気を使って逃げなかったのも事実である。
誤解のないよう説明するならば、それは相手が女性だからといった下衆な理由ではなく、戦場において助けられた恩義からであるという事は主張したいところだ。
が、当然エミヤがそんな事を認めるはずもなくーー
「話にならん。それはあくまでも君の想像の話だ、私は自分のために動いただけであって彼女達の立場に気を回したつもりはない。私があの化物とまともに戦ったという報告も何かの間違いだろうさ」
ここに英霊エミヤに厨二病の他、ツンデレの属性が付与された。
勿論、そんな彼の内心など日渡提督には見透かされていたようで少し笑いを堪えているようにも見える。
「まぁエミヤ君が優しい男だという感想は僕の所感だ、君がそう見られたくないのならばこれ以上の言及はやめておこうか。しかし深海棲艦とやりあったという点は事実なんだろ?聞いただけではいまいち要点を得ないけど何もない所から剣のような物を取り出して弓矢のように扱っていたとか。電はまるで手品か魔法のようだったと興奮していたよ」
ここで日渡提督が一歩踏み込む。
雑談のような気軽さで言ってはいるが、手品か魔法のような戦いぶりと言われたそれの説明は彼の正体を明らかにする話題だ。
「……さてどうだったかな。断っておくが私は魔法など使えない、そこらにあった銃火器で応戦しているのを彼女達が見間違えたという可能性もあるんじゃないか?」
「なるほど、そういう見方もあるね。しかしそうなると彼女達は戦場においての活動報告で虚偽の情報を提出した事になる。そうなれば厳重な処罰の対象となってしまう訳だが……エミヤ君の主張はそれで間違いないね?」
「この狸め……君は性格が悪いと言われた事はないかね?」
「いやぁ、恥ずかしながら良く言われるよ。特に一番の親友には会うたびに言われていたものだ、彼もエミヤ君のように優しい男だったんだが僕にはどうにも辛辣でね」
ここにきてエミヤは日渡輝という男の評価を改めた。
確かに発言には甘さを感じるし、お人好しな態度もどこかの誰かを思い出させて受け入れがたい。
しかし、この男にはそれにも増して手にした情報とそれを使って有利をもぎ取る狡猾さがある。
それはまさしく戦場に生きる上で必要なものでり、提督という責任ある立場の人間が持ち合わせているべきものーー
(未熟者を装った策士か……ふっ、まったくもってやりにくい相手だ)
それと同時に嬉しさのようなものも込み上げてきた。
少なくともエミヤの目の前にいる日渡輝という男はそれだけの能力を有した者であり、更にはエミヤの必要とする情報を持つ者として最高の立場にある。
そんな相手に現界初日から巡り会えたのは不幸体質のエミヤにしてみれば幸先の良いスタートともいえるからだ。
「彼女達に責任の追求をする必要はないさ……良いだろう、腹の探り合いはここまでだ。ここからはお互いに真実を語るとしよう」
「ふふっ、その言葉を待っていたよ。ではさっそくなんだがーー」
「待ちたまえ」
嬉しそうな笑みを浮かべた日渡提督の言葉をエミヤは手を突き出して遮る。
「最初にはっきりさせておこう。これから語る事は私にとっても重要な機密だ、そしてそれを語るのはあくまでも日渡輝という個人にであり日渡提督という軍の人間ではない」
「……つまりここからの話は僕とエミヤ君だけで共有するものであって軍への報告を含めた一切の情報漏洩を禁じるということかな?」
「理解が早くて助かるよ。その条件が飲めないのならば話す事は何もない、私は手段を問わずにここから立ち去らせてもらう」
突き出した手の向こうにはエミヤの殺気にも似た感情を宿した瞳があった。
そしてそんな眼に睨まれた日渡提督も物怖じせずに真っ直ぐ彼を見据えて答える。
「了解したよ、ここでの話は僕と君だけの秘密にすると約束しよう」
「感謝する。私にとっても相当なリスクのある話なのでね、くれぐれも今の約束を忘れないでくれ」
「大丈夫だよ、そこは信用問題だから僕を信じてくれとしか言えないけどね。しかし万が一にも僕が口を滑らせたらどうするんだい?」
日渡提督に意地悪のつもりはなかった。
単純にエミヤの言うリスクというものがどれほどのものか気になっただけの言葉であって他意はない。
しかしその言葉によってここまで余裕のある笑顔で対応してきた日渡提督の顔は驚愕に染まる。
「君が口を滑らせた場合か……それはなーー」
言うが早いか、突き出したままのエミヤの手には刀身の黒い剣が握られた。
そして次の瞬間には日渡提督の目の前にいたはずのエミヤはその背後へと移動しており、握った剣は日渡提督の首筋へと添えられていた。
「君を含め、その情報を聞いた全ての人間を消す。例えそれが軍の組織全てであろうともだ」
「……なるほど、確かに君ならばそんな事も可能だろう。改めて約束するよ、ここでの秘密は絶対に漏らさない」
もちろんエミヤに殺戮の意思はない。
彼はケルト脳ではないし何より守護者なのだ。
秘匿義務の為とはいえ大量殺戮なんてする筈がない、これは単なる脅しである。
だがその脅しはそれなりの効果を発揮したようで、日渡提督の言葉にも自然と力が篭っていた。
それを確認したエミヤは首筋から剣を離してゆっくりと元の席へ着席する。
「それにしても凄い力だね、電があれだけ興奮していたのも頷ける。というかやっぱり君は魔法使いだったのか」
「違うと言っているだろう。君達にその違いを理解しろという方が難しいのだろうがこれは手品でも魔法でもない……魔術というのだ」
エミヤの手に握られた剣は光の粒子となって霧散した。
「私のような能力を扱う者は魔術師といってね、本来ならばその存在は人に晒して良いものではない。神秘の秘匿は君達が軍の機密を守るのと同様に漏洩などあってはならないものなのだ。まぁ、私は魔術師として少々特殊だから今回は特例としておくがね」
「ではその魔術で君は深海棲艦と戦っていたと?まさか剣を持って白兵戦を挑んだ訳じゃないだろうし君の能力にはまだまだ幅があると見て間違いないかな?」
「そのような物だと言っておこう。今から魔術についてあれこれと説明するには時間がかかり過ぎてしまうので割愛させてもらうが、私の魔術は投影魔術といって見たものや構造を把握した物を
そう言ったエミヤが何もない空中に手をかざすと、そこにはまるで神が降臨でもするかのように光の粒子が集まりひとつの勉強机が形成された。
それは使い古された机であり、その過程でついたと思われる小さな傷や金属部分の腐食具合までがエミヤの目の前に置かれた机と見事に一致する物だった。
「これが魔術なのか……いや、素直に驚かされたよ。まさか艦娘以外にこんな奇跡を起こす者がいるとは。しかしわからないのはこの力を秘匿にする理由だ。もちろん秘密は厳守するけど、これほどの力ならば公にして世のために役立てた方がよほど有益だと思うのだけどね」
日渡提督は確かに目の前の光景に驚きはしたが、それと同時に既視感にも似た感情を覚えた。
エミヤがおこなった投影はまるで、艦娘が艤装を装着する際におこる現象そのもののように見えたからだ。
そしてその艦娘といえば今や世界的にもその名を轟かす存在であり、『神の使い』や『奇跡そのもの』といった通り名を欲しいがままにしている。
ならばエミヤもそのように世間に向けて力を示し、もっと活動しやすい場を整えた方が良いだろうというのが日渡提督の率直な感想だった。
しかしエミヤのそれは艦娘とは事情が違ってくるーー
「艦娘という存在がどういったものかという質問はこれからさせてもらうとして、はっきり言えることは艦娘と魔術師とでは立場が異なるということだ。これはどちらが優れているかという意味ではなくその特性を指して言っている」
「艦娘と魔術師の違い……差し支えなければその違いというものについてご教授願えるかな?」
「ふむ……雑談に近い内容になるので詳しく話すのはまたの機会にするとして、簡単に言えば魔術とは神秘の具現化だ。それは祈りであったり伝承であったりと様々だが、形無き力を形に変える力と言ったところだろうか」
「……つまり神秘性を失えば同時に魔術としての力も失うと?」
「必ずとは言えないがそういうことだな。蜃気楼やオーロラなどが良い例だろう。あれらの現象は現代において科学的見解から神秘性を剥奪されてしまっているが古代においては魔術的にも大きな力を持つ現象のひとつだった。その正体を看破された現代ではただの自然現象にすぎないがね。つまり神秘の秘匿は魔術師の生命線に直結する、艦娘のように世間に周知されるなどもってのほかだ」
「だからこそ表舞台には立たないと……益々持って事の重大さを理解したよ、話してくれてありがとう。どうやら僕はこの話を墓場まで抱えていく必要があるらしい。……しかし良かったのかい?僕のような初対面の人間にそんな重要な事を話してしまって」
自分の認識とは大きくズレた魔術師という存在の在り方に、日渡提督は心から申し訳なさそうな表情を浮かべる。
このあたりはエミヤの思う通りにお人好しと言える部分なのだろう。
「ふっ、君が将来的に人理を脅かす程の反英霊にでもなって魔術の存在を根底から覆すのなら問題もあるだろうが軍の提督として手腕を発揮している内は問題ないさ。一般人の1人にその存在を知られたところで影響はないよ、それにもし影響があるならばあの密輸船の乗組員をただで帰すはずがないだろう?」
エミヤはニヒルな笑みを浮かべて答える。
そこにはもう脅すだとか優位をとるだという感情はなく、まるで秘密を共有した同士をからかうような悪戯っぽささえ伺えた。
「反英霊?それも魔術師の専門用語か何かかい?まぁその辺りの詳しい話はまた今度聞かせてもらうよ。とりあえず、君が問題ないと言うのなら過剰に気にするのはやめておくさ。あ、それと隼鷹、電、響には僕から厳重に口止めしてこう。彼女達には悪いがそこは提督命令を行使すると約束する」
「お気遣い感謝するよ、もっとも彼女達がその命令を厳守できるかは定かじゃないが今は信用するとしよう」
「そこは大丈夫だと保証するよ。彼女達も艦娘という特殊な立場とはいえ本質は軍人だ。現場で命をかけているという意味において仕事への誠実さは僕達にも勝ると言える。守秘義務は必ず守るさ。それにしても……いや、やめておこう」
エミヤの眼をしっかりと見返しながら安全を保障する日渡提督。
それだけでも彼と彼女達にある信頼関係が容易に想像できた。
それにしてもどこか愉快そうな顔で何かを言い淀む日渡提督に対しエミヤは不思議そうに尋ねる。
「それにしても、なんだね?そこまで言いかけたのならはっきり言いたまえ」
「いや、言ったら君が不機嫌になりそうだから遠慮するよ。僕だって君のような相手から怒りを買いたくないからね」
「ますます理解できんな。この場においては互いに腹の内を明かすと言ったばかりだろう?私とてそこまで短気だと思われるのも心外だ、言いたいことはハッキリと言えばいいさ」
「本当かい?絶対に怒らないんだね?なら言うけど……何、やっぱりエミヤ君は優しくて正義感に溢れる男だなぁと関心してたんだよ」
エミヤは絶句した。
怒らないと言った手前ではなく、単純に呆れかえったという意味で。
「君は今しがた殺されかけたばかりだと言うのにどうしてそうなるんだ……」
「殺す気どころか脅す気さえ無かっただろう?エミヤ君が本当にそのつもりなら交渉のテーブルに着く必要なんてない、その能力で好きなように悪略を練って暗躍すれば良いんだからね。それでも自分の秘密を打ち明けてまで公平な交渉に望むのだからそれは間違いなく正義であり優しさだ」
もっとも、誤解は受けやすそうだけどねと付け加えて日渡提督は笑う。
「本当にやりにくい男だよ……やはり君は性格が悪い」
諦めたようにエミヤも笑う。
その人を見透かしたような性格にはやはり慣れないし、軍人としての能力の高さは油断ならない。
それでも根底に悪意は見えず部下である艦娘にも気遣いのできるこの男を、この世界で活動する上では信用してもいいだろうと判断するのだった。
気付けば日差しも傾きかけている。
だが積もる話はここからだ。
こうしてゆっくりと、だが確実に二つの
人により解釈のわかれる場面であり、『エミヤはこんな事しない』と思われる方も多いかと思いますが、ご意見がありましたら気軽にお書き込みください。
そして、本来は一話にまとめるはずだったこの話し合いですが、説明的な文章が思いのほか長くなってしまい二話に分ける形になってしまいました。
中々先に進まない物語で申し訳ございません。