地の文先輩が大活躍の回なので面白みはあまりないです、お時間がある時にでも目を通していただければ。
「つまり深海棲艦と呼ばれる生物に起源はなく、いつの間にか自然発生していたと。それもその生息域は瞬く間に全海域に広がった、か……」
難しい顔で口元に手を当てたエミヤは日渡提督が語った深海棲艦についての情報を頭の中で反復していた。
「期待していたような返答ができずに申し訳ない……だがこれは軍の機密を隠すだとかそういう訳ではなく本当に不明なんだ。自分達の無能さを主張するようで恥ずかしい限りだが誓って嘘ではない」
日渡提督によって語られた過去。
それはまだ艦娘さえ存在しなかった頃から続く地獄を絵に描いたような戦いの歴史であった。
初めて日本海域で深海棲艦の存在が確認されたのは今から数えて13年前、発見者は中型の民間漁船の作業員だと思われる。
『思われる』というのはその人物が既にこの世にいないので暫定的にそうだった筈という意味だ。
同時にその漁船の乗組員こそが日本における最初の犠牲者だったらしい。
緊急無線によって救助要請を受けた海上保安庁は大至急で巡視船を向かわせたのだが、それから程なくして巡視船からの連絡は途絶えた。
事態を重く見た海上保安庁は軍への捜索を要求。
後日、海上を漂っていた漁船と巡視船の残骸が発見された。
巡視船から回収されたレコーダーとカメラの映像からその場の凄惨さと未知への脅威が露見する。
船を破壊され、海に投げ出された人間はまるでピラニアの前に投げ込まれた餌のように黒い化物にその身を貪られていた。
海を真っ赤に染め上げながらその場にいたであろう人間の全てを食い殺した化物は静かに海へと消えていったらしい。
それが深海棲艦との戦いの始まりであり、まさにこの世の地獄の入り口だった。
そこからの2年間は過酷を極めたものになる。
日本軍に飛び込む出動要請は増える一方、だというのに戦死者は後を絶たず人員的にも経済的にもその被害はもはや国家の存亡にまで影響を及ぼすほど悪化していった。
外交は勿論、海外への援軍要請すらできない。
その頃には日本だけでなく、世界のあらゆる海域は既に深海棲艦の支配下だったからだ。
どれだけの戦闘を重ねても具体的な対策案は浮かばず、いたずらに被害だけが増えていく。
生物でありながら兵器のように応戦する深海棲艦に対し人類はあまりにも無力だった。
当然、その被害は国民の生活にまで及んでくる。
自給率が高くない上に四方を海に囲まれた日本にとって、海が支配されたという現実は実質の死刑宣告に近かった。
さらに被害はそれだけに留まらず、その数を増やした深海棲艦はついに陸地への侵略を始めたのだ。
軍の奮闘も虚しく、海沿いに面した街は軒並み崩壊した。
それでも今日までこの国が生き残ってこれたのは最後まで諦めなかった兵士達の尽力と、深海棲艦の特性によるものが大きい。
海上において無敵に近い深海棲艦ではあるが、陸地においてはその限りではない。
動きは鈍重になり砲撃の狙いも定まらない上に魚雷は使えないのだ。
空爆被害に関しても深海棲艦が認知できない地域に関しては発生していない。
人間は深海棲艦を仕留める事はできなくとも、海へと押し戻すことでその被害を最小限に留めて耐えていた。
他にも細かい被害まで含めればきりがない。
そのような明日も見えない戦いが2年ーーそれは掛け値無しの地獄だった事だろう。
「当時の僕も軍艦乗りの兵士として数多くの戦場や被災地を飛び回っていた。行く先々では決まって血が流れ、人が死ぬ……僕の仲間や部下達も数え切れないくらい殉職していったよ」
「なるほど……戦争放棄を宣言してもなお戦い続けている経緯はそういう事だったか」
「ああ……それに戦闘訓練はしていても未知の生物との戦争は想定していなかったからね、戦争開始当時はまともな戦闘すらできなかった。それでも今日という日があるなら無駄な戦いだったとは思わないけれど」
在りし日に想いを馳せているのか、日渡提督は悲しげに微笑んだ。
そして人が死んでいく現場を多く見てきたエミヤには理解できたーー救われない地獄で救いを求める心も、不条理や理不尽を呪う気持ちも、何より生き残ってしまった苦悩も……
「だからこそ僕はどんな手を使ったとしてもこの戦争を終わらせる。先に逝った仲間達や何の罪もなく殺された人々の為にも……何より今に絶望することなく強く生きる全人類の為にも」
日渡提督は力強く宣言する。それはエミヤに対する宣言ではなく他の誰でもない自分自身に向けたものかもしれない。
(ふっ、人が違えば同じような境遇でも歩む道は違うという事か……一歩間違えれば『正義の味方』なぞ目指しかねない危うさはあるがこの男は良い仲間に恵まれたのだろう)
エミヤは内心でほくそ笑む、日渡提督の眼に宿るのは戦争を憂う悲しみではなく確固たる決意だったのだから。
「話が逸れてしまったね、申し訳ない。ここからは艦娘について話そうーー」
戦争は国家の滅亡という最悪のシナリオをそのゴールへと向けて加速度的に進んでいく。
戦いを続けるにしても資源不足の日本には軍艦を建造したり兵器を開発する余裕さえなくなっていた。
敵である深海棲艦についても何もわからず、学者達は突然変異の海洋生物説や地球外生命体説などを唱えるばかりで具体的な対策案はまるで見えてこない。
兵士も戦争開始当時に比べてその数を半数にまで減らし、国民は生活に活気を忘れて毎日を自宅や避難用施設で過ごすだけの日々ーー
誰もが絶望のどん底にいた。
そんな過酷な戦況の中、ついに人類は一筋の希望を見つける。
それは首都近海にて巡視をしていた軍の駆逐艦からの緊急無線に始まった。
深海棲艦による襲撃を知らせる無線を受けた海軍は仲間の窮地を救うべく船とヘリを現場に急行させる。
だが、そこで待っていたのは見飽きる程に繰り返してきた惨状ーー昨日まで笑いあっていた仲間は海の藻屑と消え、鉄の要塞である軍艦はただの鉄屑へと姿を変えてしまっていた。
奮闘の跡は見て取れたが結果は目を背けたくなる悲劇ばかりーー仲間の無念を汲むように兵士たちは無言で作業にあたる。
そして涙を流しながら海に広がる無数の残骸を回収する中、それは発見されたーー
それは海面を漂う女性だった。
海軍の制服とは違うどう見ても一般人なその女性は本来ならばそんな場所にいるはずもなく、また他の隊員が全て消え去った戦場に生存している事もありえないことだ。
しかし兵士達にとってそんな事はどうでもよかった。
多くの仲間が散った場所でありながら、それでも生きてくれてる人がいたーーそれだけで彼らの心は僅かだが救われたのだから。
そして、目を覚ました少女は1人の兵士に告げる。
『貴方が……私の提督ですか?』
後に『始まりの艦娘』と呼ばれる彼女の第一声。
足掛け2年、繰り返された悪夢のような日々に光が射した瞬間である。
彼女は自身を艦娘と名乗り、黒鉄の化物を深海棲艦と示した。
艦娘の在り方や、深海棲艦の脅威、提督たりうる人物の条件……彼女は様々なことを人類に教えた。
もちろん最初は軍部としても彼女を全面的に信用する事ができるはずもなく、少女によってもたらされた情報にも半信半疑だった。
だが、彼等の目の前で彼女が深海棲艦を沈めてみせた事でその信用は確固たるものになる。
そこからの戦況は僅かずつではあるが確実に変わっていった。
無論、艦娘と人類が最初から良好な関係であったかといえばそうではない。
人外の力を持ち、海の上をその足で自由に駆ける存在を忌避する者も少なくはなかった。
中には深海棲艦の回し者だと言って非難する者もいた。
それでもその艦娘は兵士や人々の為に奔走し続け、どれだけ傷付こうとも彼等を守り続けたのだ。
そうして少しずつ、だが確実に人類と艦娘は歩み寄っていく。
兵士達も人間とは違う存在とはいえ、女性である彼女に戦闘を任せきりにする事はなく互いに手を取り合いながら戦った。
時には犠牲も出てしまうが人類は確かな前進を感じていた。
さらに僥倖なのは新たな艦娘の発見だった。
『始まりの艦娘』である彼女によって収められた戦場には、稀に新たな艦娘が発見される事があったのだ。
そこに関する因果関係は結局のところ今日まで解明されてはいないが、深海棲艦を沈める事によって現れる艦娘はまるで何かから解放されたかのようだった。
それからおよそ10年の月日を経て艦娘は少しずつ増えていき、現在でいう艦娘在住の鎮守府が設立されるにまで及ぶ。
「ーー艦娘も深海棲艦と同様にその起源は不明か。私は艦娘も超常的な力を持つ人間だと思っていたのだがな、どうやら認識からして違っていたらしい」
一通りの話を聞き終え、エミヤは己の認識から余りにもかけ離れたこの世界の事情に溜息をつく。
「いや、細かい事を抜きにすればエミヤ君の認識で間違いないよ。彼女達にも感情はあるし食事も睡眠もとる、僕達と何も変わらない。これは僕の個人的な意見だけど共に戦う彼女達は大切な仲間であり人権ある一人の女性だと思っている。中には兵器だとか道具のように言う者もいるのが残念な現実でもあるんだけどね……」
「それはそうだろうな。人間とは未知を恐れ異端を許さないものだ、それは私のような魔術師であっても変わらない。例え今は味方だとしても明日もそうである保証がないならば全ての人間に理解しろという方が無理だろう」
「そうかもしれないね……ならエミヤ君も彼女達をただの兵器だと論じるかい?」
「……ご覧の通り、私は現実主義でね。力のある者と手を組むならその扱いには注意するべきだとは思うが、意思の疎通がかなう相手を前にして兵器や道具であるかのような認識は持たないよ」
エミヤは艦娘の正体が何であれ艦娘を命あるものとして認めているようだった。
その意見を聞けてか、日渡提督の顔も綻ぶ。
「良かったよ。今や前線は彼女達の力で保たれていると言っても過言じゃない。だと言うのに彼女達に向けられる目が温かいものばかりじゃないのも事実だ……そんな中でもエミヤ君のような人間がいてくれるだけで僕や彼女達も救われる」
「私は現実主義だと言ったばかりだろう?感情ある女性として艦娘を見るならば下手な発言で怒りを買いたくないだけだ。女性の癇癪ほど手に負えないものはないのでね」
何かを思い出したのか、遠くを見るような目で苦笑いを浮かべるエミヤであった。
(それにしても……艦娘とはまるでーー)
エミヤはあえて口にしなかったが、第一印象として艦娘に抱いた感情は『自分と似ている』だった。
それは性格が似ているという意味ではない。その存在の在り方が自身に酷似していると感じたのだ。
エミヤは元は人間とはいえ現在は英霊である。
それ故に生前には無かった筈の力を得ているが、その在るべき場所は英霊の座であり現世にいるエミヤはあくまでも英霊の座にいるエミヤの一側面だ。
そんな自分の存在を艦娘に置き換えれば、艦娘とはまるで英霊のようだと感じないはずがない。
どこから来たのかは不明、特殊な能力を所有、
勿論エミヤの知る限り彼女達のような英霊は存在しないし、隼鷹や金剛などといった名前の英雄なども聞いたことがない。
それが仮名である可能性もあるにはあるが、日渡提督の話を聞く限り艦娘が仮名で活動する英霊という線はないだろう。
それよりも考えられる可能性にエミヤは早い段階で気付いていた。
「これは私の勝手な推測にすぎないので見当違いかもしれないが……艦娘とは軍艦の化身なのか?」
「あれ?そこの説明までした覚えはないけど……どうしてそう思ったのかな?」
「駆逐艦と名乗った電と響、軽空母の隼鷹、そして先程の高速戦艦金剛……私が会った艦娘はその4人のみだがいずれも旧日本海軍が所有した軍艦と同じ名前だ。彼女達の起源が不明で、その名前が軍艦に由来するものならば自然とその答えを想像するだろう?」
英雄の中でも近代における戦争というものに縁のあるエミヤには彼女達の名前に聞き覚えがあった。
エミヤはまだ見た事がないので知る由もないが、彼女達の戦闘方法を見ればその予想は確信に変わることだろう。
「一般人とは一線を画すと思っていたけどまさか軍艦についての教養もあるとは驚いたよ。確かに艦娘の中には自身の前世を軍艦だったと語る者もいる……しかしエミヤ君はそんなオカルトを信じるのかい?」
「今更だな。オカルトだというのなら魔術師は勿論、深海棲艦もオカルトのようなものだろう。それに彼女達が軍艦の化身だというのなら納得もいく」
「納得ね……なぜ君はそんなにも簡単に納得できるのか聞きたいね」
サーヴァントとは霊的な存在だ。
英霊にも反英霊などを含め様々な者が存在するがその基本は変わらない。
故に英霊とはそういったスピリチュアルな部分に敏感であり、エミヤも初対面の艦娘に対して似たような感覚を覚えたのだ。
英霊ではないが人間とも違う存在。
最初こそ異常に濃い大気中の
彼女達は自分と同様、人間とは違う者だと。
しかしエミヤは魔術を暴露したものの、英霊の存在について話してはいない。
聖杯戦争とは無縁の世界、更には
(私が呼ばれた意味がこの戦争に無関係とは考えにくい。だがこの世界には守護者たる艦娘が既に存在している……仮に私が艦娘と同類にあたる存在として呼ばれたならばあるいはーー)
様々な可能性を考慮した上でエミヤはひとつの答えを出した。
英霊と非常に近い存在である艦娘がその存在を公にしているという事実。
そして幾らか好転してきているとはいえ、依然として人類存続の危機である事に変わりない戦況。
何よりーー自分はこの世界で成すべき事があるという直感。
それらを加味してエミヤが出した答えはーー
「荒唐無稽な話に聞こえるだろうが……私は人間ではない」
自身の在り方を率直に明かす事だった。
「陳腐な言い方になるが私は幽霊のようなものでね、こことは違う世界から何者かによって呼び出されたからここにいる。いわば傭兵の霊のようなものだ。故に近しい存在である艦娘についても感覚的に人間とは異なる者だと理解した。軍艦の化身と言われれば納得もするさ」
「君が幽霊だって?ははっ、影や足がある幽霊なんて初めてだよ。しかしその不思議な能力や艦娘の正体を看破してみせる辺り冗談ではなさそうだ。異世界から来たのなら艦娘や深海棲艦について知らなかったのも頷ける。……で、それが君の正体って事で良いのかな?」
もちろん影や足が無い幽霊すら見た事がない日渡提督は驚きはしたもののエミヤの話を疑う様子はなく、むしろ初めて目にする存在に好奇心旺盛な笑顔を向けた。
「私は生前から魔術師だった、この力は死後に強化されただけで霊的な者が全てこの能力を持つ訳ではないさ。しかし君の方こそこんな話をよく信じられるな?」
「それはそうさ、僕達はこの十数年間で数えきれない惨劇を目にしてきたけど同じくらいの奇跡も目撃している。艦娘なんて存在と共闘しているのだから今更になって幽霊が出てきても驚かないよ。それに君は悪霊ってわけではないんだろう?」
「どうだろうな?自分で言うのもなんだが霊的な存在とは基本的に未練や後悔が原因で発生するものだ。私が悪霊かは知らんが始末に負えないとは思うがね」
「大丈夫、エミヤ君が悪霊じゃない事は僕が保証するよ。艦娘と近い存在だというなら尚更だ」
エミヤとしても普通の人間に比べれば多少は理解のある男だとは思っていたが、まさかここまであっさりと納得されるとは思っていなかったので呆気にとられる。
が、彼等が置かれた状況を鑑みればそれも不自然な話でもないのかもしれない。
言うまでもなく英霊についても日渡提督には秘匿としてもらうのだが、それでもすんなり納得してもらえたのはありがたい事だ。
「さて、魔術や霊的な存在について深く掘り下げるのはいつでも良いだろう。少なくとも私から出すべき情報はこれくらいだ。他に聞きたい事があれば答えるが?」
「そうだなぁ……エミヤ君の生前や君がいた世界について聞くのはアリかな?」
エミヤから提示できる極秘情報の開示はあらかた済んだ。
だというのに日渡提督は悪戯な笑顔でそんな予想もしていない事を訪ねる。
「はぁ……プライベートな事に関しては勘弁願いたいのだがね。まあ、それについては今後も良好な協力関係を築いていけたのならいずれ話すこともあるかもしれないが」
「ははは、やっぱりダメか。いや、これは僕の興味から聞いただけだから別に構わないさ。いつか話してくれるというのならそれを楽しみにしておくよ」
特に残念そうな様子もなく引き下がる日渡提督。
少なくとも今後の関係を良好に保つ気はあるらしい。
そんな彼が声のトーンを落として真剣に尋ねる。
「ああ、でもこれだけは聞かせてほしい。エミヤ君……君はこの世界で何をするつもりなんだい?」
おそらく日渡提督にとってこの質問こそが本命なのだろう。
エミヤの事を人類の脅威として見てはいないのだろうが、野放しにして問題のない相手かもわならない。
提督として人類の脅威ではないという確約を取らない訳にはいかないのだ。
それに対しエミヤもどこか物悲しげに答える。
「私は……戦うのだろうな……人類の危機を取り除くことが今の私の仕事だ、ならばその脅威を絶たねばならん。深海棲艦がその根源だというのなら君達と敵対する事はないだろう。だから君が心配するような事はないと誓うよ」
「そうか……いや、すまなかった。疑うようなつもりはないんだけどこらも仕事なんでね」
「構わんさ。私のような存在を信じろというのも無理が過ぎる……秘匿を厳守してくれるならそれ以上の望みもない」
ここまで『霊長の守護者』について語ってはいないが、エミヤの言葉には自然と哀愁のようなものが篭っていた。
だからこそ日渡提督も深く追求せずに信用を置いたのだろう。
もっとも、今回の戦いは人間を殺すものじゃないだけでもエミヤにとっては僥倖なのだが、それは日渡提督の知るところではない。
「しつこいようだが秘密は厳守する、これは絶対だ。そして僕から話せるこの戦争についての話はこれくらいなんだけど、エミヤ君こそ他に質問はあるかい?」
「そうだな……細かい事は今後でも構わないがあえて聞くならば一点、いや二点か」
「なんだろう?僕に答えられる事なら何でも聞いてくれ」
「ではまず一点目、君はこの鎮守府の所属ではないと言った。そして金剛という艦娘は提督代理だと……ならばこの鎮守府の提督はどうしたのだ?」
ここに来てからまず抱いた疑問。
とは言っても
そしてエミヤの予想はやはり的中していた。
「……この鎮守府に提督はいないよ。二ヶ月程前にこの近海で起きた深海棲艦の襲撃で殉職してしまった。本来ならば提督が前線に出ることは稀なんだがその日はたまたま鎮守府を新設予定だった無人島へと渡る予定があってね。彼はその渡航中を襲われた……」
一瞬、戸惑うような表情を見せた日渡提督は白い手袋に血が滲むのではと思うほどに拳を握りしめてポツポツと語る。
「艦娘所属の鎮守府はその特性上の理由で海沿いに建設される。それ故に提督は深海棲艦の脅威に最も近い場所に着任するのだから襲われる事も珍しくはない……だがあの日の襲撃は不自然な点が多すぎる……!」
「不自然な点?さしつかえのない範囲で構わないから話してもらえるかね」
「……提督が船に乗って海に出るという行為は危険が伴う。深海棲艦にしてみれば敵の元締めが手の届く所に出てくるのだから当然だ。だからこそ、その任務は厳重な警戒と綿密な計画をもって遂行される。特にこの近海は既に制海権を取り戻しているのだから本来ならば安全に終わる筈の任務だったんだ!」
「だが予測もしない襲撃を受けたと?」
「ああ……それもこの海域では見たこともない強力な個体の深海棲艦だったと聞く。艦種さえこの辺りにはいないものだった。その周到さはまるでこちらの計画を見越した上で襲撃したとさえ言える」
明確な怒りを宿した瞳は窓の外に広がる海を睨んでいた。
深海棲艦に戦略を練るだけの知性があるのかは不明だが、軍の極秘任務を知る術がない以上は不幸な事故だったとしか説明できない。
その歯痒さは今も日渡提督の中で消えない炎として消えずに燻ったままだ。
「……戦場に生きる者ならば不慮の事故など隣り合わせだ、その提督もわきまえていた事だろう。しかし提督が不在の鎮守府というのは問題ないのかね?」
相手が人間であれ化物であれ、戦場における残酷さや不条理など見尽くしている。
運が悪いだけで人が死ぬのは当たり前で、それが嫌なら戦場になど立たなければ良い。
それでも戦いに身を置くのなら相応の覚悟を持っていた筈だ。
だからこそエミヤが目を向ける先は過去の惨劇よりも目下の課題なのだ。
それはいっけん冷徹に見えるが、過去の犠牲をひとつたりとも無駄にしないというエミヤの信念の表れ。
そして同じく戦場に生きる日渡提督にもその真意は伝わっている。
「その通りだ、彼も危険は承知の上だった……取り乱してすまなかったね。エミヤ君の言う通り提督不在の鎮守府は問題が多い、現在は金剛君や周りの助けでなんとか回っているがそれもいつまで持つだろうか……」
「しかし司令としては君や金剛がいるのだろう?突き詰めた話、私が聞きたいのは提督がいない事による具体的な弊害についてだ」
「まさかそこを聞いてくるとはね……わかってて聞いているならその洞察力は軍人以上だ。察しているかもしれないが艦娘在住の鎮守府において提督という立場の人間は通常の海軍提督とは訳が違う。率直に言えば艦娘にとって提督とはエネルギー源、つまり原動力とも言える存在だ」
「なるほど、やはりそういう
「その口振りはやっぱり察していたようだね。どうしてそう思ったんだい?」
「簡単な理屈だ、さっきも話したが私と艦娘は似ている。今の私は特殊な状況にあるせいか雇い主となる人間がいないのだが本来ならば雇い主と契約して魔力を供給されることで現界を可能とする。それに基づいて考えるなら提督とは私でいうところの雇い主に当たる存在だろう?ならば何かしらの需要と供給が発生するはずだ。それが魔力ではない事は確かだがね」
「ご名答だよ。そして提督が艦娘に与えるのはもちろん魔力なんかじゃない、それは『絆の力』と呼ばれるものだ」
「絆?随分とアバウトなものが出てきたな。それは気の持ちようではないのかね?」
「いや、聞こえはアバウトかもしれないが実際の数値としても絆の力は立証されている。理屈はわからないが信頼できる提督の元では同じ艦娘の能力も桁違いに伸びるんだ。逆に提督がいなければ艦種が戦艦の艦娘であっても優秀な提督の指揮下にある駆逐艦にすら及ばない」
「この世界には魔力に変わる原動力があるという事か。ならばこの鎮守府にいる艦娘は無力化しているという事になるのか?」
「いや、今はまだそこまで深刻ではないよ。その為に僕がここに来ているんだから」
「どういう事だ?君は彼女達の提督ではないのだろう?」
「これも機密の一部ではあるんだけど、全ての艦娘は発見されたその日から実戦投入される訳じゃないんだ。海上で発見された艦娘はまず僕の所属する横須賀鎮守府で訓練を受ける。つまり全ての艦娘は必ず僕の指揮下に配属されるのさ」
「つまり擬似的にではあるが君は全ての提督の代わりができるということか?」
「絆の力を発揮するには本来の提督には遠く及ばないけどね。それに僕にも横須賀鎮守府での任務がある……こうして出向いて提督の代わりをするにしても限界なのが現実だ」
エミヤは内心で驚くと同時に関心していた。
どうやら目の前の男はエミヤが思う以上に重要な人物であるらしいという事についてだ。
全ての艦娘の提督にあたる人物なのだ、少なくとも海軍という組織において簡単に接触できるような立場にはいないのだろう。
「どうやら私は大変な人物と密談を交わしていたようだ。まさか提督の元締めにあたる人物だとはな」
「ははっ、そんな大層なものじゃないよ。たまたま横須賀鎮守府が艦隊司令部本部というだけさ。それにしてもこの鎮守府の現状なんて聞いてどうするつもりなんだい?」
「私は戦うためにここにいるのだ、この鎮守府を中心とした海域の守りが薄いならば私の活動拠点になり得るだろう?無論、君達の活動を妨害するような事はしないから心配はいらんさ」
エミヤは戦争の規模やその被害、全国にあるという鎮守府の位置情報などはこれから整理していくとして、目下の活動拠点としてこの近海を定めたようだ。
「それは構わないけど海に立てない君がどう戦うつもりなのかは大いに気になるよ……まあそれは置いておくとして、二点目の質問について聞こうか?」
「ふむ……二点目の質問、それはーー」
エミヤの鋭い眼光が日渡提督を捉える。
「君の狙いはなんだ、という質問だ」
エミヤが剣を突き付けた時とは比にならない殺気。
軍人である日渡提督でなければ過呼吸でも起こしかねない張り詰めた空気。
そのエミヤの態度はこの先のやりとりに少しでも誤魔化しや虚言があれば命の保証さえ危ういと感じさせた。
「……狙いとはどういう意味かな?」
「狙いという言葉が腑に落ちないなら要求と言い換えるべきかね?どうあれ、君は私に対して何か重要な事を企てているだろう?」
エミヤが抱いた微かな違和感。
それは日渡提督と話していく中で徐々に膨れ上がり今まさに爆発の一歩手前という所まできていた。
「企てとは参ったな……ちなみに君がそう感じた理由を聞いても良いかい?」
「この密談が成立していることがそもそもおかしいのだ。君は軍人という割には甘さが目立つがそれにも増して口が回るし頭もキレる。感情に流されて大義を見失う愚か者にも見えん」
「これは随分な高評価を頂いたものだ。でもそれとこの密談の成立に何の関係が?」
「君にメリットがないと言っている。この密談は平等に見えるがそれは違う、君が払うリスクに対してリターンがなさすぎるのだ」
エミヤの疑問。
それは軍の中でも艦娘という括りで見た時の日渡提督は最高司令官に値する人物だというのに対等な会話が成立している事だった。
エミヤという不確定要素を持つ人物の素性を知るためとはいえ、初対面のエミヤに軍の機密情報を漏洩するのはリスクが高すぎる。
だというのに日渡提督はエミヤの提示した条件を二つ返事で了承したーーそこに裏がないとは思えなかったのだ。
「リターンならあったろう?僕はエミヤ君についての情報を得ることができたんだ。これは軍にとっても有益な情報だとえいないかい?」
「愚問だな。ならば私についての情報を誰にも口外しないという条件を飲む意味がない。君にとって有益であったとしても情報伝達ができない以上は軍にとっては無益だ」
「僕が軍に情報を渡す可能性もあるだろう?」
「それはありえないと断言する。君は最良の結果を得るために最善の選択ができる人間だ。私という異能の力を持つ戦力をわざわざ敵に回すようなデメリットを犯しはしないさ」
エミヤの中で日渡輝という男の評価は高い。
だからこそエミヤは疑問を抱いたし、その真意が図れずにいた。
デメリットを飲み込んででもエミヤの情報を欲したその真意だけがわからないのだ。
「加えて言うならば、君が軍の人間として私に仕事を依頼する事はないだろう。そうであるならば最初から共同戦線を申し出れば良い。君程の立場にある人物ならば私の存在を隠しながら立ち回ることも可能だろうからな。つまり、君が私に望むのは軍人としてではなく個人としてのものだ。違うか?」
これに関しては確信があった。
日渡提督が何を企んでいたとしても、それは軍としての依頼ではない。
いくらエミヤの存在を隠さなければならないとしても日渡提督ならば秘密裏にエミヤの活動を支援するくらいの事は造作もないだろうという予想があるからだ。
さらに言うならば、軍としてエミヤを利用したいならわざわざ2人だけで密談する必要がない。
話の確約を取るため、さらには身の安全を保障するためにも艦娘や他の兵士を同席させるはずなのだ。
それを嫌ってあえて2人になったのなら彼にとっても他の介入を良しとしない理由があったという事になる。
「……まいった、降参だよ。本当なら電君と響君に泣き落としでもしてもらう予定だったんだけどね」
日渡提督はあっさりとエミヤの主張を認めた。
とは言ってもエミヤが言うような重要な企てを思わせる様子はなく、まるで悪戯がバレてしまった子供のようにバツの悪そうな苦笑いを浮かべるだけなのだが。
「ふん、私がそんなものに惑わされるように見えるか?私を脅迫や口車でどうにかできるとは思わない事だ。まあ良い、それよりも君の要求を聞こう。断っておくが私怨からくる殺人の依頼なら他をあたれ」
「大丈夫、ありがたいことに殺したくなるほど憎い相手はいないよ。そうだな……なら僕のお願いを話す前に確認しておこう。エミヤ君はこの子をどう思う?」
あまりに血生臭いエミヤの言葉に少しだけ引いた様子の日渡提督は、苦笑いのまま自身の肩に乗せた女の子の人形を指差した。
「……君は私をバカにしているのかね?」
「とんでもない!とても真剣な質問だとも」
「はぁ……他人の趣味にあれこれ言うほど野暮ではないが、仮にも君は軍の中でもトップクラスの人間なのだろう?そんな人物が人前で人形遊びとは関心しないな」
先程までの張り詰めた空気はどこへやら。
空気を和ませる為だとしても幼稚にすぎる日渡提督の態度にエミヤは落胆の色を浮かべる。
しかし、当の日渡提督は張り巡らされた罠に獲物がかかったかのような今日一番の笑顔を浮かべた。
「ふふ……やっぱりエミヤ君には見えてるんだね?」
「何?」
まるで地縛霊のような不気味な台詞を吐く日渡提督。
そして次の瞬間、エミヤにとってもっとも理解できない現象が起こる。
『はじめまして!私は横須賀鎮守府で事務補佐を担当する妖精さんであります!以後お見知り置きを!』
日渡提督の肩からピョンと飛び降り、エミヤの前に置かれた机の上でピシっと敬礼する妖精さん。
側から見れば可愛らしい姿なのだが、あまりの衝撃で深海棲艦を相手に一歩も引かなかったエミヤがビクリと身体を震わせた。
「な、なんなのだこの生物は!?いや、そもそも生物なのか!?」
「ぷっ、あっははははは!わかるわかる!僕も最初に妖精さんと出会った時はエミヤ君と同じ反応をしたよ。さて、確認も取れたし本題に入らせて貰おうか」
日渡提督は子供のように涙を滲ませて笑ってからエミヤに向けてその企みを語る。
「この子達は妖精さんといってね、ある意味では艦娘よりも重要な立場にあるとても大切な存在だよ」
「よ、妖精だと?この小さな人形のような生物が?」
もちろん、英霊であるエミヤが妖精の存在を否定することはない。
多くの英雄譚の中も妖精とは数多く登場し、様々な加護や救済を授けるものだからだ。
しかし、エミヤが思い描く妖精と目の前の小さな女の子ではあまりにも掛け離れすぎていてその実感は全く湧いてこない。
「そうだよ?まさか僕が趣味で女の子の人形を肩に乗せて出歩くような人間だと本当に思ったのかな?だとしたら心外だなぁ」
「いや待て……だからと言って肩に妖精を乗せて出歩く男だと見抜ける奴がどれだけいるというのだ……」
「ははは、確かにその通りだ。だってこの子達は
「……見えない?それはどういう事だ?君には見えているのだろう?」
霊的な意味で言っているのではないのだろう。
どこか含みのある日渡提督の物言いはエミヤに嫌な予感を覚えさせた。
「艦娘は軍艦の化身だと言ったろう?その意味で言うと妖精さんはその軍艦の乗組員なんだよ。彼女達の装備に乗り込み共に戦う仲間であり兵士という訳だ。さらには鎮守府において武器の整備や資源の管理などの補佐も妖精さんがやってくれる。そして何より重要なのは妖精さんが見える人間だけが艦娘の提督になる資格を持つという点だ」
「提督になる資格?それはつまり……どれだけ努力して出世を志したとしても妖精が見えない者は提督になれないと?」
「その通り。妖精さんが見えなければどれだけ仲良くなろうとも艦娘が絆の力を発揮する事はない。妖精さんが見える条件は未だ研究中だけど、こればっかりは生まれ持ったものとしか言えないんだよ。そしてこの条件の厳しさが提督という人材の不足の原因さ」
心が綺麗だとか、祖先が軍人だとか、そういった信仰があるだとかーー
その手の可能性を全て置き去りにしてごく一部の人間にのみ姿を見せる妖精さん。
そうした奇跡を乗り越えてやっと着任できる提督という役職。
だが妖精さんを見れるのが必ずしも軍人だとは限らない。
中には一般市民でありながら妖精さんを視認できる者もいる。
そしてそんな一般市民が妖精さんを見れるからといって命の危険が伴う提督業務に就くかといえば、その殆どがNOである。
それでも給与や名声に目がくらみ、勇んで提督になる者もいるが大抵は軍の激務に耐えきれなかったり艦娘との絆が築けなかったり、最悪の場合は殉職という形で退任していく。
エミヤは全国にどれだけの提督がいるかも知らないが、その人数は軍という組織で見てもほんの一握りなのだ。
「まあ、妖精さんとは会話が出来ない……というか、妖精さんは言葉が話せないから意思の伝達には苦労するんだけどね。それでも僕達にとって大切な味方だ」
「話せないだと?こんなにはっきりと喋っているではないか」
「……え?」
「あ、いや……今のは違う!何でもない!」
会話の流れで答えたエミヤだが、口にした瞬間にしくじったという感情に支配された。
『ほー、やはり聞こえてるでありますか』
「やめろ、聞きたくない……」
「エミヤ君……君の素質は理解した。僕の要求はたったひとつだ」
「聞きたくないと言っている……」
エミヤは元々が察しの悪い人間ではない。
頭の回転も早く、洞察力も高い、それでいて経験則も申し分なしだ。
そんな彼の本能がこの密談のゴールを嫌でも予測してしまう。
「たのむ、この鎮守府の提督になってくれ!」
『お願いするであります!』
エミヤの予想を寸分も裏切ることなく、全く予想していなかったゴールをもって密談は終了。
運命の歯車は剣の丘を越えて廻りはじめた。
お読み頂きありがとうございます。
なるべく物語として説明臭くならないように努力はしましたが、退屈させてしまい申し訳ありません。
原作と比較して独自解釈が強く出てしまう部分が多々あるかと思いますがご容赦頂ければ幸いです。
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