守護者の観る水平線   作:根無草

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英霊着任

『マイクチェック、マイクチェック、ワン・ツー、ワン・ツー……日没の時刻となりました、演習中の艦娘は速やかに帰港して下さい。夜間哨戒の艦娘は工廠で艤装整備を確認してから船渠(ドック)までお願いします』

 

 とっぷりと日が暮れた校舎にどこか懐かしいチャイムの音と聡明さを感じさせる女性のアナウンスが流れる。

 

 鎮守府として使用されてはいるが、基本的な設備は学校だった頃から変わらずに使われているため、夕暮れ時ともなると少しだけ不気味な雰囲気を醸し出す。

 

 もっとも、トイレに花子さんはいないし、1人歩きする人体模型も存在しない。

 二宮金次郎の銅像にいたっては、海軍のお偉さんと思われる人物の銅像にその役目を奪われて久しい。

 ちなみに、これは後に判明する事だが、この鎮守府に唯一住み着く妖怪で、【妖怪 紅茶くれ】と呼ばれる者がいるらしいが、その話はまた後日。

 

 そんな校舎の中、淡い蛍光灯の光に照らされる廊下を2人の男が歩いていた。

 

「悪い話じゃないと思うんだけどなぁ。それに妖精さんからそこまで懐かれる人だって珍しいんだよ?」

 

「悪い話ではないかもしれんが即決できる話でもないだろう……というかこの妖精は何で私の肩から降りないのだ……」

 

「さあ?君に言葉が通じるのがよっぽど嬉しかったんじゃないのかい?なにせ妖精さんの言葉が聞き取れる人物なんて過去に1人もいなかったからね」

 

「勘弁してくれ……」

 

 純白の軍服に身を包み、爽やかな笑みを浮かべる日渡輝。

 それとは対照的に真紅の外套に身を包み、苦虫を噛み潰したような厳しい表情のエミヤ。

 

 そしてーー

 

『妖精()()であります!日渡提督の言う通りエミヤさん程の素質を持った方ならきっと素晴らしい提督になるであります!何を迷うことがあるでありますか?』

 

「…………」

 

 そんなエミヤの心中など完全度外視ではしゃぐ妖精さんであった。

 先程までは日渡提督の肩に乗っていたのだが、エミヤに言葉が届くと知ってからはエミヤの肩から動こうとはしない。

 

『むむっ?無視でありますか?シカトでありますか?私の声、聞こえてるでありますよね?』

 

「…………」

 

『うぅ……なぜ返事をしてくれないでありますか!?私が何かしたであります!?』

 

「…………」

 

『聞こえっ……るで……ありますよね?無視は……ウック……イヤであります……ヒグッ……泣くで……ありますよ……?』

 

「〜〜っ!!わかった!聞こえているから泣くんじゃない!無視するような真似をして悪かった。オレも理解が追いついていないというか……少し戸惑っていたんだ。オレが悪かったから泣かないでくれ」

 

 どうもエミヤはこの妖精さんという存在に慣れないでいた。

 

 迷惑な事に自分に提督適性があるという事を証明してくれる存在な上に、普通ならば聞き取れない筈の声までがはっきり聞こえるのだ。

 おまけにそれが余程嬉しかったのだろう、妖精さんはすっかりエミヤに懐いてしまった。

 

 霊長の守護者になってからというもの、聖杯戦争を除外すれば小さな女の子と接する事など皆無に等しいエミヤなのだ。

 その扱いがわからないのも無理はない。

 もっとも、小さな女の子というにしても小さすぎるというイレギュラーはあるのだが。

 

『グスッ……私のこと……嫌いじゃないでありますか……?』

 

「も、勿論だ。オレは妖精を……いや、妖精さんを見るのが初めてだから何と話しかければ良いものかわからなかっただけで、君は元気で素敵な妖精さんだと思うぞ」

 

『素敵でありますか!?日渡提督!私、エミヤさんに褒められたであります!嬉しいであります!』

 

 涙を滲ませた目を大きく見開いた妖精さんは、向日葵のような笑顔を浮かべて日渡提督にパタパタと腕をふった。

 

「くくっ……何と言ってるのかは僕には聞こえないけど、とても喜んでいるのはわかるよ。エミヤ君に褒めてもらえたのが嬉しかったみたいだね」

 

「貴様……何がそんなにおかしいのだ?」

 

「ごめんごめん、あまりにエミヤ君が大変そうでついね。どんなやりとりかはわからないけど、一人称が変わるほど狼狽えるとは……もしかしてそっちが素なのかな?」

 

 魂そのものとも言えるエミヤであったが、この時ばかりは口から魂が抜け出ていくほどに深い溜息をついた。

 

 ちなみに、エミヤに対する提督職への着任依頼についてはエミヤの意思で保留となった。

 正確に言うならば、即座に辞退しようとしたエミヤを半泣きの妖精さんが必死で説得して保留に落ち着いた形になる。

 

 今は提督業につくかもしれない事を前提に鎮守府の中を案内している最中。

 日渡提督が横須賀鎮守府へと帰るまでの数日の間、エミヤもこの鎮守府で過ごす事となっており、提督になるかどうかはその日までに決める約束だ。

 

「真剣な話さ、エミヤ君が戦う事を活動の主体にしているなら鎮守府は絶好の根城だと思うよ?衣食住について困ることはないし、軍からの情報も円滑に手に入る。妖精さんの言う通り、迷う事はないと思うんだけどね」

 

「それはメリットだけを挙げた話だ。それに霊的存在である私には基本的に食事も睡眠も必要ない。むしろデメリットも相当にあるだろう。例えば私は本来なら1人で戦う傭兵だ、誰かと組むだとか部下を従えて戦うのは専門外。それどころか言葉を変えれば私など単なる大量殺人者だ……そんな男が艦娘達との間に絆など築けると思うか?」

 

 艦娘達はどこか別の設備にでもいるのだろう。

 現在、長い渡り廊下には2人の靴音だけが響いていた。

 

「艦娘との絆は僕ら人間の交友関係と同じさ。一人一人に個性があって付き合い方も違う。仮にエミヤ君が提督になった場合、彼女達は君の信頼しえる部分を探し、認め、力になろうとするだろう。それがエミヤ君の性格なのか、その魔術なのか、それ以外の部分なのかは十人十色な事なので僕にはわからない……けどね、同じ目的に向かって走る仲間同士なら必ずわかりあえると僕は思う。だからエミヤ君の心配は杞憂に終わると思うよ?大切なのは過去より未来だからね」

 

 足を止め、エミヤに向かって振り返った日渡提督は不安など感じさせない優しい笑顔でそう言った。

 

「……だとしてもだ、私はこの世界の人間ではない。どころか生きてすらない。いつ消えるかもわからない不安定な存在だ。軍の提督になるための身分すら持ち合わせていないのだぞ?」

 

 エミヤの抱く懸念は他にも多々ある。

 しかし本心を言えば助けてやりたいと思っていない訳ではない。

 

 仮にこの鎮守府にこのまま誰も着任しなかったとしたら、ここの艦娘達は日に日に弱体化していくだろう。

 それでも戦うために存在している彼女達は戦場に赴く、そして遅かれ早かれ待ち受けているのは確実な戦死だ。

 

 ーー救える命があるならば救いたい。

 

 たとえそれが人ならざる者であっても、その魂がこの国を救おうとする美しいものであるならば助けになりたい。

 

 しかし、それを叶えるためには提督になる事が絶対的な必要条件となると話は変わってくる。

 

 絆が築けるかという問題は勿論だが、今回の召喚にあたってエミヤには何故かマスターがいない。

 加えて世界(アラヤ)の干渉もない。

 言うならば宙ぶらりんな状態だ。

 そんな状態の自分が提督になったとして、果たしていつまで現界を保っていられるかーー

 

 抑止力の気まぐれで次の瞬間には座に戻されているかもしれないのだ。

 

 先代提督を失っても絶望せずにここまで立て直してきた少女達。

 それがやっと新たな提督を迎え、救われたかと思った矢先に再び提督を失う絶望の底へと叩き落されるかもしれない。

 

 そんな思いをさせるくらいなら自分が提督になどなるべきではない、とーー

 

 エミヤは思ってしまっていた。

 

 しかしそんなエミヤの想いとは裏腹に、日渡提督は前向きに話を進める。

 

「君がいつまでここにいられるかなんて僕にもわからないさ。だからこそ、ここにいる間はできるだけの事を協力するし君にも協力してほしい。君の身分についてもエミヤ君さえ提督になってくれるというなら僕がなんとかしよう」

 

「なんとかするとは言ってもだな……幽霊が軍の人間として働ける条件をどうやって整えるというのだ」

 

「あまり大きな声では言えないけどね……僕はこれでも軍の中では責任ある立場だ。そして僕に協力してくれる優秀な仲間も多い。人間一人分の情報を捏造するなんて簡単な事だよ」

 

「随分ととんでもない事を簡単に言うのだな……それは犯罪者の所業だ。他人に聞かれでもすれば君の立場がどうなるか、わかっているのかね?というか、あの密談はこれが狙いだったのか」

 

「犯罪行為なんて百も承知さ。だからこそ、仲間である艦娘とはいえ聞かれたらマズイ話だからね……自然、密談に持ち込む必要がある。妖精さんは僕の協力者だろうし最悪の場合でも妖精さんの声はエミヤ君以外には届かないから大丈夫だよ」

 

 日渡提督が語ったのは列記とした犯罪行為そのものだ。

 エミヤについて存在を証明するつもりならば、その出世や来歴、公的書類のあらゆる全てを実在の人間として偽装し作り上げると言っているのだから。

 

 本来なら世界のどこにもいない筈の人間を実在させる行為。

 それは軍の責任者が犯していいレベルの犯罪ではない。

 万が一にも発覚してしまえばその輝かしい功績は一瞬で地に落ちるだろう。

 どころか今の切羽詰まった日本の状況では最悪の場合、死罪まであるかもしれない。

 

「わからないな。君がそうまでして私を提督にしたい理由がどこにある?そんなリスクを背負うのならば、これまで通り誤魔化しながらでも正規の提督が着任するのを待てば良いだろう」

 

 日渡提督に対しては、最善手を選び最悪を回避できる能力があると評価しているエミヤだからこそ理解に苦しむ。

 それも、こんな小学生でもわかりそうなリスクを犯す理由が全く見えてこない。

 

 しかしその答えはエミヤが頭を抱えるほど難しいものではなく、とてもシンプルなものだった。

 

「わからないかい?僕はもうエミヤ君に話してるはずだけど」

 

「何を話したというのだ?犯行動機か?」

 

「そう、犯行動機さ。僕はね、どんな手を使ってでもこの戦争を終わらせると誓った。それは散っていった仲間達の為でもあるし今を生きる人々の為でもある。その為なら僕はどんな事だってするだろう」

 

「たしかに言っていたな。しかしそれと君が犯そうとしている犯罪行為に何の関係がある?」

 

「あるとも。次の提督適性を持つ人物を待っていたらこの鎮守府にいる艦娘は間に合わない。全滅とまではいかなくても必ず誰かが犠牲になるだろう……そんな事になるくらいなら僕はどれだけでも犯罪者の汚名を被るさ」

 

 日渡提督は言った、艦娘のためだと。

 メリットやデメリットの計算ばかりに目を向けて、そんなシンプルな答えを想像もできなかった自分が恥ずかしくなるほど堂々と胸を張って宣言した。

 

「僕が救いたい人々の中にはね、艦娘だって含まれているんだ。この国の為にどれだけ傷付いても戦い続けてきた彼女達が、平和になったこの国で幸せになれないなんて嘘だろう?彼女達には笑顔で未来を生きる権利があるはずだ」

 

「だから……例えそれが犯罪行為とわかっていても私に提督を勤めて欲しいと?」

 

「ああ、その通りだ。改めてお願いするよ……どうか、彼女達を助けて欲しい。他の誰でもない、君にしか頼めない事なんだ……!」

 

 日渡提督は深々と頭を下げた。

 その姿はとても軍のトップとは思えないもので、仮にエミヤがこの場で土下座しろと要求したならば躊躇なく土下座するだろうと思わせるほどに真摯なものだった。

 

『日渡提督はこういう人であります……どこまでも真っ直ぐで優しいお方です。それだけ艦娘を大切に思ってくれてるでありますよ』

 

 常に日渡提督と一緒にいる妖精さんが言うのだから間違いないのだろう。

 きっとこの男は本気で全ての人々を救うつもりでいるのだ。

 そしてそれほどまでに誰かを助けようと奔走する姿は、遠い昔ーー並んで月を見上げたあの男を思い出させる。

 

 もうかなり磨耗して擦り切れた記憶の中で笑う、疲れた顔の男。

 手段や思想は日渡提督とは全く違う男だったが、あの男だって目の前のこの男のような気持ちで人々を救っていたのだろう。

 

(そしてオレはそんな男にーー)

 

 静まり返る渡り廊下の静寂を破ったのはエミヤだった。

 

「顔を上げてくれ。君のような立場のある人間が私みたいな不審者に安く頭を下げるべきではない」

 

 エミヤの声は穏やかだった。

 

 それに反して顔を上げた日渡提督の表情はどこか思い詰めているようにも見える。

 きっと優しい笑顔の裏側では艦娘達を救うための手立てをあれこれと考えて、日夜頭を悩ませているのだろう。

 ここでエミヤに断られれば、せっかく見えた希望がまた降り出しに戻るのだ。その心中は察するに余りある。

 

「断っておくが犯罪行為は関心しない……が、君の覚悟に免じてそこには目を瞑ろう。少なくともあの密輸犯のように下衆な動機だとは思えないからな」

 

「な、ならエミヤ君は提督にーー」

 

「まあ待てと言っている。それに関してはやはり即答はできない話だ。しかし君の気持ちは理解した、私も前向きに検討するつもりでいる。ここで保留にするのは、あくまでも提督業が現実的な意味で私にこなせるかがわからないからという意味だ」

 

「それはつまり……?」

 

「この数日で君の仕事ぶりを見させてもらう。その上で私でも務まると判断したならば、提督着任の話……受けようではないか。さすがに着任しただけで中身が凡骨だったでは洒落にならんからね」

 

 それだけ言うとエミヤはニヒルな笑みで右手を差し出す。

 

「は、ははっ……凄いぞ……夢みたいだ!この鎮守府にまた提督が着任するなんて!はははっ!ありがとう!ありがとうエミヤ君!」

 

 子供のようにはしゃぎながら右手の手袋を外してエミヤの手をとる日渡提督。

 その様子を見るだけで彼がどれだかの苦悩を抱えて戦ってきたかがうかがえた。

 

『ありがとうでありますエミヤさん!いえ、これからはエミヤ提督でありますね!今後ともよろしくお願いするであります!』

 

「だからまだ保留だと言っているだろう……」

 

「問題ないさ!エミヤ君のような有能な人物なら僕にでもできる仕事をこなせない筈がない!」

 

 交わした握手をブンブンと振りながら喜ぶ日渡提督、そして肩の上でキャッキャとはしゃぐ妖精さん。

 そんな2人の態度が照れ臭かったのだろう、エミヤは自然と視線を泳がせて窓の外を眺めた。

 

 そこにはちょうど満開を迎えた大きい桜の木が一本。

 夜風に沙らされ、その花弁を風に舞わせていた。

 

(なるほど、この世界は春を迎える季節だったかーー)

 

 誰かが閉め忘れたのだろう、渡り廊下の窓から風に乗せられた花弁が1枚、エミヤの足元へと舞い込んだ。

 

 桜の花に対して深い思い入れなど無いはずだが、舞い散る桜はどこか悲しげで不思議とエミヤの目を引いた。

 

「わかったからいい加減に手を離したまえ。……ところであの桜は?」

 

「ん?ああ、あの桜はこの鎮守府の裏庭に植えられた桜だよ。ちょうど良いや、君に見せたい物もあるしちょっと行ってみようか」

 

 

 桜の木はどうやら校舎の裏手にあるらしい。

 予定ではこのまま金剛の待つ執務室へと向かうはずだったが、日渡提督の思いつきでそれは変更となった。

 

 本来ならば効率主義のエミヤにとって、人を待たせた状況で花見に興じるなどあるはずのない選択なのだが、どうしてかエミヤ自身もその桜の木に惹かれていた。

 

 例えるならば、まるでその桜の木がエミヤを呼んでいるかのようなーー

 

 己の中に感じる不思議な感覚に首を傾げながら、エミヤは案内されるままに桜の木に向かう。

 

「そら、立派なものだろう?夜桜というのも風情があって良いものだよね」

 

『うわぁ……本当に綺麗であります……』

 

 日渡提督に案内されて裏庭に出たエミヤを迎えたのは、廊下から見たよりも遥かに幻想的な満開の桜。

 校舎から漏れる光にうっすらと照らされたそれは、日本情緒という言葉に相応しい美しさを放っていた。

 

 エミヤの肩に乗る妖精さんですら息を飲んでいる。

 

 しかし、エミヤは桜の美しさに酔いしれる2人を他所に、侘び寂びとは無縁の感覚に支配されていた。

 

(この場に漂うこの異常な魔力はどういう事だ!?この世界の魔力(マナ)も通常では考えられない程に濃いが……ここの魔力はその比じゃないぞ!それにーー)

 

 桜の木の周辺から感じる膨大な魔力、それはエミヤの感覚では固有結界に等しい力だ。

 さらに異常なのはその魔力の流れーー

 

(これは……私に流れ込んできている?)

 

 最初の戦闘から不思議に思っていた。

 

 マスター不在であるはずのエミヤが『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を始め、船の補強などの膨大な魔力を消費したにもかかわらず、自身に残る魔力量は全く減っていなかった。

 正確に言えば、魔力は確実に消費した。

 しかし、気付いた時には全快の状態に回復していたのだ。

 さすがに現界が困難になる程の魔力を消費した覚えはないが、それでも疲弊して休息が必要になるくらいの戦闘はしたはずなのにだ。

 

 最初はマスターがいない事から、世界(アラヤ)からの魔力補助が働いているのだと思っていたが、どれだけ探ろうとも世界(アラヤ)の意思は感じない。

 

 故に、その魔力の根源がどこにあるのかが疑問だった。

 

 しかし今、自身の魔力回路を確認してみてはっきりと答えが判明した。

 この魔力は、明確な意思を持ってエミヤへと流れ込んできている。

 

 その量をわかりやすく例えれば、かの大英雄を苦もなく従えたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンがマスターになったかそれ以上の魔力量と言えば理解しやすいだろう。

 

 エミヤは更に深く探るーーこの魔力の源泉、流れ込む魔力の源を。

 

「これは……慰霊碑か?」

 

 それは桜の木の傍らにひっそりと佇んでいた。

 目を凝らせば、一枚の石版に数名分の名前のような物が彫り込んである。

 魔力はその石版から一直線にエミヤへと向かっていた。

 

「……これがエミヤ君に見せたかった物さ」

 

 黙って石版を見つめるエミヤに気付いたのか、日渡提督がそっと語りかける。

 

「ここにはね、この鎮守府で戦った仲間達が眠っているんだ。みんなとても優しく勇敢だった……僕はもう、この慰霊碑に誰の名前も刻みたくない。いや、刻ませない。ここには先に逝った先輩達にエミヤ君を紹介するために立ち寄ったのさ」

 

『私も初めて見たであります……』

 

 舞い散る桜がまるで慰霊碑の涙のように見えた。

 エミヤは何かに引き寄せられるように慰霊碑へと歩を進める。

 

【提督 倉敷朝日(くらしきあさひ)

【秘書艦 金剛型戦艦三番艦 榛名】

【金剛型戦艦二番艦 比叡】

【鳳翔型軽空母 鳳翔】

【飛鷹型軽空母 飛鷹】

【高雄型重巡洋艦 高雄】

【高雄型重巡洋艦四番艦 鳥海】

【暁型駆逐艦 暁】

【暁型駆逐艦三番艦 雷】

 

 エミヤの腰くらいの高さに位置する慰霊碑。

 それに目線を合わせるように、膝を折ってそこに刻まれた名前を読んでいく。

 

「現在、この鎮守府には10名の艦娘が在籍している。ここに刻まれた娘たちが健在だった頃はもう少し賑やかだったんだけとね……」

 

「在籍10名に対して殉職者9名か……確かに壮絶な戦いなのだろうな」

 

『この鎮守府が担当する海域は比較的に戦闘も少ない海であります。それにここが設立された経緯は特殊だと聞いてるであります、それゆえに他の鎮守府に比べて在籍する艦娘も少数だと。なのに半数もの方々が……』

 

 19名中、9名が殉職ーー

 

 激戦区と比較してこの海域の治安がどれ程のものかは定かではないが、少なくとも楽観視できるような戦況ではないのだろう。

 数字として突き付けられれば、先程の日渡提督の緊迫した様子にも頷ける。

 確かにこのままでは、最悪の場合には全滅もあり得たかもしれない。

 

 この鎮守府が歩んできた戦いの歴史、その一片に触れたエミヤも同じ戦場に生きる者として感傷に浸るように慰霊碑を見つめていた。

 

 よく見れば献花台として使われているのだろう、慰霊碑の脇には手作り感のある木製の棚があり、沢山の花と様々な思い出の品と思われる物が並べられている。

 

 それは弓であったり紙人形であったり、帽子やカチューシャ、指輪などーーおそらくはここに眠る者の生前に由来するものだろう。

 

「なるほど、この者達はよほど愛されていたのだな……」

 

 雑草の一本もなく、花も取り替えられたばかり、慰霊碑もピカピカに磨かれている。

 誰が見たとしても大切にされていると一目でわかるその様子に、エミヤは自然と笑みを浮かべた。

 

「この娘達のほとんどは今もこの鎮守府で働く艦娘の姉妹艦だからね。血を分けた家族のようなものさ。それでなくても少数精鋭の鎮守府だ、仲間意識の強さは随一だと思うよ」

 

「そのようだな。これでは私のような新参者が提督として務まるのか危ぶまれるよ」

 

 皮肉まじりの言葉とは裏腹に、エミヤの表情は穏やかだ。

 日渡提督は『彼女達は新参だからといって余所者扱いなんてしない』と主張しているがエミヤの耳にはほとんど届いていない。

 

 彼の心は確かな納得と戦士らしからぬ甘さに満たされていたのだから。

 

(なるほどな……私をこの世界へと召喚(呼んだ)のは君達だったのか)

 

 今もエミヤに流れ込む魔力。

 それに説明をつけるとすれば、その答えは一つしか思い浮かばない。

 

 艦娘にも英霊の座のような還る場所があり、それでも尚、残してきた仲間達を気遣う魂がエミヤを呼んだとしか思えないのだ。

 

 日に日に弱体化していき、死を待つのみの仲間達を救ってほしいとーー

 

 故に、戦争というものに縁があり、他のどの英霊よりも近代的で軍事に長けた自分が呼ばれた。

 概念が英霊を召喚せしめるなどという前例は聞いた事がない。

 だが、英霊が英霊を召喚したという前例は存在する。

 艦娘を英霊に近しい存在だと仮定するならば、そんな奇跡を起こしうる可能性が存在しても不思議ではないだろう。

 

 そんな曖昧な答えを自分の中に見出した。

 

 それでも理屈としては些か苦しいし、正式な召喚の手順を踏んだ訳でもないのだから原因は他にあるのかもしれないーー

 

 しかしエミヤはそんな理由でも良いと思った。

 

 聖杯戦争では良きマスターと共に戦ったとはいえ、人間同士の殺し合いだった。

 世界と契約し、抑止力の装置として組み込まれた後は作業的に悪人を殺し続けた。

 

 そんな彼が、そのような優しい理由で人類を守る事があるなどと誰が予想できたであろうか。

 

(ただ1人の人間も殺さずに人類を救う戦いか……そんなものもあったのだなーー)

 

 感慨深く慰霊碑を見つめるエミヤは、その手を伸ばす。

 

 なぜ触れようと思ったかはわからない。

 まるで頑張った子供の頭を撫でてやるような、そんな気持ちだったと思う。

 

 今は亡き、この海に散っていった勇者達に想いを馳せて慰霊碑に触れる。

 

 そしてその手が慰霊碑に触れた瞬間ーー

 

『あの娘達をお願いします……美味しいご飯を食べて笑い合う未来を、どうかあの娘達にーー』

 

『不甲斐ないばかりですが金剛お姉さま達をお願いしますね!私、気合い!入れて!!応援します!!!あっ、でも金剛お姉さまに変な事したら許しませんよーー』

 

(これはーー)

 

 慰霊碑から流れ込む魔力に乗って、様々な声が聞こえてくる。

 それはエミヤの霊核、心に直接響いた。

 

『みんなの事、よろしくね!特に隼鷹はあんな性格だから弱い部分を隠しがちだけど……お酒に逃げないように助けてあげてーー』

 

『貴方が新しい提督さん……素敵な方で良かったわ。仲間達の事、よろしくお願い致します。妹達がまだこちらに来ないよう、どうかーー』

 

『司令官さん、皆さんをお願いします。特に姉さん達は頼りになるんですがどこか危なっかしい部分があるので……力を貸してあげて下さいーー』

 

 その声はとどまる事なく、エミヤの中へと次々に流れ込む。

 エミヤはそれを噛みしめるように、黙って聴き続けた。

 

『一人前のレディである暁がリタイアしちゃったのは手痛いと思うけど、頑張ってね新司令官!妹達がこっちに来るような事になったら怒るんだからーー』

 

『貴方が倉敷司令官に変わって司令官になる人なのね、お礼の言えない暁に代わってお礼を言うわ。ありがとう!私がいない分、響と電にいっぱい頼ってあげてねーー』

 

 一人一人が想いを託すように語りかける。

 残してきてしまった仲間、姉妹の身を気遣うその言葉はエミヤの心にストンと落ちていく。

 

『新提督……榛名が倉敷提督をお守りできなかったばっかりに、このような戦いに巻き込んでしまってすいません。榛名達が届かなかった平和な未来……どうか皆さんで手にして下さい、榛名達は見守っていますーー』

 

 最後に語りかけたのは、秘書艦として名前を刻まれている金剛型三番艦の榛名。

 これで慰霊碑に刻まれた人数分の声が聞こえた。

 

 殉職者だというのに悲観的な者は一人もおらず、全員がエミヤに対し希望を託していった。

 その死後も、残る仲間に想いを託して前を向き続ける様は、まさに英霊と呼ぶに相応しいだろう。

 

 そんな想いを受け取ったエミヤは、自然と身体に力が入る。

 

(ふっ、随分と勝手を言ってくれるマスターがいたものだな。いや、私のマスターなど毎回そうだったか……だがーー)

 

 エミヤはここに決意する。

 己が何者としてここにいるのか、何を成すべきで何を託されたのか、その答えを得たのだ。

 

 ならば進むべき道も定まるというもの。

 

 今一度、慰霊碑に刻まれた名前を読み返しながら覚悟を宿した瞳を向ける。

 

(そのオーダー、確かに承った。君達の残した戦いは私が完遂しよう)

 

 だから安心して眠れとでも言うように、エミヤは優しく微笑んだ。

 

 そんなエミヤへと語りかける者がもう一人ーー

 

『悪いな、俺の不始末を押し付けちまってよ』

 

 それは男の声だった。

 そして、慰霊碑に刻まれた男性はただ一人。

 

(倉敷朝日……この艦娘達の提督か)

 

『おうよ、正確には前提督だけどな。お前さんがどこの誰かは知らねぇが、俺達が呼びつけて巻き込んじまったのはわかる。悪かったな……』

 

 どこかぶっきらぼうな口ぶりだが、その声色からは申し訳なさが痛いほど伝わってくる。

 

『だがこれもわかるぜ。お前さんはこの戦いに必要な奴で、その為の力を持ってるってな。身勝手は承知の上だ、それでもお前さんにしか頼めねえ……あいつ等を、よろしく頼む』

 

(……とても人にものを頼む人間の態度とは思えんがね。しかし、そんな所から私のような者を呼んでしまう程、彼女達が心配だったのだろう?ならばその期待に応えるとしよう)

 

『ははっ……お前さん、日渡の野郎とは違った意味でめんどくせえ奴だな。ま、うちの艦娘とならうまくやってけるだろうよ……暁の水平線、お前さんに託したぜーー』

 

 それを最後に声は聞こえなくなった。

 

 辺りには桜の木が風に揺れる音と、遠くから微かに聞こえる波の音だけが響いている。

 

「エミヤ君?エミヤ君!?どうしたんだい?どこか体調でも悪くなったのか!?」

 

『返事をするであります!エミヤ提督!生きてるでありますか!?』

 

 随分と集中していたのだろう、全く気付いていなかったがエミヤの横には心配そうな顔で寄り添う日渡提督と、エミヤの肩をペチペチと叩く妖精さんがいた。

 

 どうやらエミヤ自身が思ったよりも、深く長く慰霊碑に意識を向けていたらしい。

 

「なに、心配には及ばないさ。少しばかりマスターと話していてね、どうやら私は口煩くて心配性なマスターにつくづく縁があるらしい」

 

 立ち上がったエミヤは皮肉気にやれやれというジェスチャーを返す。

 もちろん、日渡提督と妖精さんにはエミヤが何を言っているかなどわかるはずもない。

 

「マスター?えっと……本当にどうしちゃったのエミヤ君?」

 

『昼間の戦闘で頭でも打ったでありますか?』

 

「こちらの話だ、気にするな。ところで()()()()

 

 この時、エミヤは初めて日渡提督を名前で呼んだ。

 

「ん?僕のことを名前で呼んでくれるのかい?それも提督だなんて。どういう風の吹き回しかな?」

 

「君はこれから私の上司になる人物なのだ、それくらいはするさ。こんな立場になった後で人間社会で働くとは思わなかったがね……」

 

「上司!?いや、嬉しいんだけどそれはまだ保留だってーー」

 

「好き勝手言ってくれるマスター()のおかげで状況が変わった。まったく……英霊をなんだと思っているのやら」

 

 自身を英霊と呼ぶのもこれが初めてだ。

 そんな文句を言いながら慰霊碑を見るエミヤの顔は、それでも誇らしげに笑っていた。

 そしてここに、霊長の守護者としてではない、1人の英霊としてエミヤは宣言する。

 

「サーヴァント・エミヤ、召喚に応じ参上した。マスター達の命により、これよりこの鎮守府の提督として着任する。よろしく頼むぞ、日渡提督」

 

 ここに、英霊提督エミヤが誕生した。

 慌ただしくも輝かしい、そんな提督ライフが幕を開けた瞬間である。

 

『えいれい?さーゔぁんと??マスター???エミヤ提督がおかしくなったであります……』




お気に入り登録者数が400件超え!?
誰かが推薦でも書いてくれたのかと思う出来事ですがそんな事もあるはずがなく……エミヤと艦これ、人気ありすぎだろと戦々恐々としておりますw
私はもしや、とんでもないビッグネームでこんな駄文を披露しているのではと胃が縮む思いです……

ところで、誰かには聞かれる事だと思うので先に設定の一部を説明しておきます。
本作において、どういう事かカルデアについて触れられていないのですがーー
カルデアについての物語は現在も進行中であり、カルデア在籍のエミヤは未だ座には還っていない。
つまりは、カルデアで得た記憶も座の本体には現在のところ記録されていないという勝手な解釈です。
矛盾などは多々あるかと思いますが、ご指摘いただければ幸いです。

そして、皆様の感想、ご意見、評価など、とても励みになっております!
私のような文才皆無の人間が送る物語ですが、今後ともよろしくお願いします!
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