守護者の観る水平線   作:根無草

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文字数がまさかの前回以上です。お時間のある時に読んで下さい。


一問一闘

「全ての艦娘は執務室に招集したよ……しかし、本当に良かったのかい?」

 

「無論だ。私はあくまでも効率を重視したにすぎない、後の事は日渡提督に任せるよ」

 

 エミヤと日渡提督、それとエミヤの肩に乗る妖精さんは現在、『校長室』の札が取り付けられた執務室にいる。

 そして、目の前には在籍の艦娘全員が並んでいた。

 

 ーー慰霊碑を後にした一行は、そのまま予定通り金剛の待つ執務室へと向かった。

 そしてその道中、エミヤがこの鎮守府に着任するにあたって、その身分をどう説明するかという話題になったのだが、ここでエミヤの口からまさかの言葉が飛び出す。

 

「私は自身の正体を偽るつもりはない」

 

 エミヤは自身が英霊である事を隠さず公表すると言ってのけた。

 当然、それが意味するところを聞かされていた日渡提督と妖精さんは狼狽え、当たり前だが止めようともした。

 

 英霊の定義はいまいち理解できてはいなかったが、魔術師にとって神秘の秘匿がどれだけ重要なのかは聞かされていた為、それは当然の反応だ。

 

 しかしエミヤの見解は違った。

 

「私に必要とされているのは何よりも艦娘達との絆だろう?私の身分が犯罪によって塗り固められた偽造の物だと後々で知られでもしたら信頼など望むべくもない。違うかね?」

 

「そ、それはそうだけど……だとしても君の能力は人々に知られて良いものではないだろう!?」

 

「無論、私の正体を明かすのはこの鎮守府に在籍する艦娘までだ。軍には勿論だが、他の鎮守府に所属する艦娘であっても秘匿は厳守してもらう。例え君の直属の部下である艦娘でもね。なに、表向きには日渡提督が用意するという架空の人物像で通させてもらうさ」

 

『この鎮守府の艦娘のみとは言いますが、それでも知られた以上はエミヤ提督の力が落ちてしまう可能性はないでありますか!?』

 

「ないだろうな。艦娘は人間というよりも、私のような英霊に近い存在だ。その存在が既に神秘そのものとも言える。ならば知られたとしても大した影響はなかろう」

 

 断固として意見を変えないエミヤ。

 それ以降も日渡提督と妖精さんから様々な警告を受けたが、エミヤは頑なにそれを却下した。

 

 信用を得るために隠し事はしないというスタンスは、日渡提督の目から見ても誠実で立派なものだが、それだけに不安も大きい。

 そもそも、日渡提督にはこの鎮守府を救うという大義名分があったが故に、エミヤがどのような存在であったとしても受け入れる覚悟があった。

 だからこそ、魔術や英霊などという見たことも聞いたこともない存在でさえ飲み込めたのだ。

 

 しかし艦娘達はどうだろうか?

 

 突然現れた男、それも今日の昼間までは密輸の容疑者候補だった男が自分達の提督になると言われ、その挙句には人間ではなく英霊で魔術師などと紹介されるのだ。

 

 正直なところ、偽造した身分で接した方が幾分かマシな気がしてならない。

 むしろ、そうしてくれた方が日渡提督としてもフォローしやすいというものだ。

 

 けれど、そんな日渡提督の気苦労をよそに、エミヤの足は止まらない。

 

「というかさっきから足取りに迷いがないけど、どうしてエミヤ君が執務室の場所を知ってるんだい!?」

 

「構造把握など魔術師の基本だ、私のような狙撃手には特にな」

 

『すごいけど無茶苦茶であります……』

 

 構造を把握した所でどこが執務室なのかを特定できる理屈はわからないが、エミヤはズンズンと歩いていく。

 

 日渡提督と妖精さんは最後までエミヤの説得をしたが、終ぞ結果に繋がる事はなく、その気苦労を心に蓄積させたまま執務室へとたどり着いてしまった。

 

「随分と遅かったデスネ日渡提督。その様子だとエミヤさんの容疑は晴れたという事デスカ?」

 

「あ、あぁ……いや、そこの話は無事に解決したんだけどねぇ……」

 

 執務室では、パソコンの前で書類作業に励む金剛が出迎えてくれた。

 ここまでのやり取りを知らない彼女には、これから起こるあれやこれやの珍騒動など予想できるはずもなく、持ち前の快活な笑顔で声をかけてくる。

 それに対して日渡提督の態度はどこか落ち着かず、妖精さんも疲れきっていた。

 

 そして、そんな2人の心労を知ってか知らずか、エミヤが追い打ちをかける。

 

「君はたしか金剛といったな。私はこれから、この鎮守府に提督として着任する事となった。至らないところもあるだろうが、よろしく頼む」

 

 直球。あまりにも直球。圧倒的無配慮。

 

 肩に乗る妖精さんも『マジでやりやがったであります……』と呟いている。

 

 誰の目から見ても最悪のファーストコンタクト。

 心の中で、『午前中の記憶すらないでありますか!』というツッコミを入れる妖精さん。

 新提督を探していた今日までとは違う意味で心が削れていく日渡提督。

 

 しかし物の見方を変えてみれば、この金剛という艦娘は、提督亡き後もその代理を務め、仕事の過酷さで言えばこの鎮守府で最も重労働をしいられている人物だ。

 つまり、新提督が着任するという事は金剛の負担が減る事とイコールである。

 

 で、あるならば……事情は兎も角、新提督という話は意外とすんなり受け入れるのではないだろうか?

 

 そんな淡い期待を込めた瞳で金剛を見つめる日渡提督と妖精さん。

 

 そして、金剛が返した言葉はーー

 

「……ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」

 

 アイディンティティであるカタコトも忘れ、完全にハイライトの消えた目でエミヤを見る金剛であった。

 

 そこから、日渡提督が必死にフォローしたのは言うまでもない。

 余裕のある笑みが特徴的であるはずの日渡提督が滝のような冷や汗を流して弁明し、それを見ながら「何か問題でも?」という態度のエミヤに半ギレする妖精さん。

 

 所々が支離滅裂な説明になってしまったが、最終的には艦娘が全員集まってから説明すると言って、艦娘全員招集してこいという名目の元に金剛を追い出した。

 

「エミヤ君……もう少し話の順序とか考えてくれないかな……」

 

『そうであります!あれでは金剛さんを始め、その他の艦娘も理解できないであります!』

 

「私は本当の事を告げただけだ。それとも、私が提督になるという話は白紙に戻すかね?」

 

「『そういう事じゃなくて!!』」

 

 言葉が聞こえていないはずの日渡提督が妖精さんとぴったりハモる程、エミヤは頑固者だった。

 日渡提督と妖精さんの中で、思慮深く慎重派だと思っていたエミヤという男の認識が、融通が利かず猪突猛進な男というものに書き換えられた瞬間である。

 

「まあ、君達の言いたい事もわからないではない。しかし、私にも考えあっての事だ。彼女達が集まった後のことは心配無用とだけ言っておこう」

 

「……本当かい?君がこの鎮守府に来た時は仮にも密輸の容疑者候補だったんだよ?それでも彼女達が納得する説明ができるんだね?」

 

「百も承知だ。日渡提督は私について簡単な説明さえしてくれれば良い、自己紹介は私からする。そこから先は任せるがね」

 

「最後の確認だ。本当に……君の存在をありのまま語って良いんだね?今ならまだ間に合うよ?」

 

「心配性なのは結構だが、あまりしつこいと部下に嫌われると思うがね?君は真実を語れば良いさ」

 

 日渡提督とは対照的に、何の不安もなさそうな様子でエミヤは答えた。

 

 知略や謀略を用いた頭脳戦こそが真骨頂の日渡提督にとって、ここまで底の読めない対応をとられてはお手上げといっていいだろう。

 渋々ながらも了解の返事をした日渡提督は、それ以上何も言わなかった。

 

 そして息をつく間も無く、金剛とその他の艦娘がぞろぞろと執務室へと入室してきた。

 小規模な鎮守府のうえに少数精鋭なのだから、招集にかかる時間など知れている。

 とはいえ、日渡提督としては心の準備くらいさせてほしいのが本音だ。

 

「全ての艦娘、ここに招集完了デス。さあ日渡提督、そこのエミヤさんが新提督に着任するという話……ちゃんと説明してくだサイ」

 

 さすがは歴戦の猛者達ーー

 金剛を始めとする全ての艦娘の視線は、ひとつの情報も零すまいという強い意志を持ってエミヤと日渡提督に突き刺さる。

 

 そして、こうなってしまえばもう後には引けない。

 この話の結末が全員の納得を得られるかどうかは、全てエミヤに託すしかないのだ。

 

 日渡提督も、隠蔽や偽装を諦めて小さく話し始める。

 

「……こうしてみんなに集まってもらったのは他でもない、ここにいるエミヤ君についてだ。金剛君から大まかな話は聞いているだろうが、彼にはこの鎮守府の提督として着任してもらう事になった」

 

 日渡提督の言葉に艦娘が動揺の色を見せる。

 いくら金剛から聞かされているとはいえ、艦隊司令部本部所属の日渡提督から直接言われるのは言葉の重みが違う。

 

「もっとも、彼についての話は隼鷹君などから聞いている者もいるだろう。我々とエミヤ君は今日が初対面であり、その邂逅は密輸船の上であったというのは疑いようのない事実だ。その上で、彼を提督として迎えるに至った経緯を説明する」

 

 エミヤに対し一度だけ目線を送るが、本人は目を閉じて腕組みしたままで、特に止める素振りもない。

 内心で溜息をつきつつ、日渡提督は話を進める。

 

「まず最初に、エミヤ君は密輸の犯人グループとは無関係だ。それは取り調べを担当した警察からも報告が入っている。僕の方でもエミヤ君の素性と合わせて確認が取れている事なので心配しないでほしい」

 

 これについては本当だ。

 エミヤにも言っていなかったが、隼鷹とエミヤが教室で待機している間に日渡提督には警察からの報告が入っていた。

 犯人グループの誰もが『あんな男は知らないし見たこともない』と、口を揃えて証言したらしい。

 それ故に、金剛も日渡提督もエミヤを目の前にして余裕のある対応ができたのだ。

 

 もっとも、その情報をエミヤに明かさなかったのは日渡提督の交渉スタイルが非常にひねくれているからなのだが。

 

「そして彼の素性についてなのだが……うーん……」

 

「……どうしたデスカ日渡提督?」

 

 本来ならば、提督が話している途中で口を挟む事など軍としては許されない。

 が、日渡提督のあまりの苦悶っぷりに金剛が代表して質問を投げかけた。

 

「いや、いざ説明するとなると上手い言葉が見つからなくてね……まあ、端的に言うと……彼は人間じゃない……らしい」

 

 執務室の時が止まった。

 否、凍りついた。

 

 自分達を棚上げしている訳ではないが、艦娘以外に人間の見た目でありながら、人間を逸脱した者などあるはずがないと誰もが思っているからだ。

 この話をしているのが日渡提督でなければ、誰も聞く耳を持たないだろう。

 

「話の途中ですが失礼します。彼が人間じゃないのなら、なんだと言うのでしょう?このような話をしている場で、冗談だと言うのなら些か悪質では」

 

 眼鏡の女性が金剛に並ぶように前へと出た。

 

 綺麗な黒髪と丁寧な言葉遣いは、金剛とは違う雰囲気を持っているが、服装などから察するに金剛の姉妹艦なのだろう。

 

 ただ、見た目こそ清楚で、金剛よりもお淑やかに見えるものの、眼鏡の奥に光る瞳はヤバい筋の人のように鋭い。

 

『真の英雄は目で殺す』などと言っていた英霊もいたが、この女性は目で深海棲艦を殺しているのだろうか。

 

 こころなしか頭の横に『!?』という符号が見える気がする。

 

 

「さ、さすがの僕もこんな時に冗談なんて言わないよ。詳しい説明はこの後で彼に直接してもらうが……エミヤ君が普通の人間とは違うというのは事実だ。その証明も得ている」

 

 その眼光に気圧されながらも、日渡提督は冗談などではないとハッキリと否定した。

 

「証明を得ているとはどういう事デース?まさかエミヤさんが本当にWizard(魔法使い)だったというデスカ?」

 

「……その通りだよ。戦闘報告について聞いている艦娘なら知っているだろうが、彼は本当に魔法使いだったという事だ。もっとも、彼いわくそれは魔法ではなく……魔術というらしいけどね」

 

 言葉だけならば子供のごっこ遊びのような会話だが、それを話す日渡提督の顔は真面目そのもの。

 普段の彼を知る者ならば、それが嘘ではない事など嫌でも理解してしまう。

 

 そして、それは同時に艦娘の中で大きな波紋を生む。

 

 人間ではないという衝撃のカミングアウトに加えて、馴染みのない魔法やら魔術などというオマケ付きだ。

 誰が『あ、そうだったんですね。納得です!』などと言えるものか。

 

 ザワザワと落ち着きをなくす執務室で、こうなる事が目に見えていたから話の順序を考えて欲しかったのにと、日渡提督は項垂れる。

 

「はぁ……気持ちはわかるがみんな落ち着いてくれ。とにかく、エミヤ君は君達のように超常の存在であり、その目的は深海棲艦の撲滅だという。その上、彼には妖精さんが見えている。いや、見えているどころか妖精さんと会話もできるらしい」

 

「それが真実と証明できるデスカ?日渡提督を疑う訳ではないデスが、妖精さんが見えるからといって彼が我々の味方だという根拠がわかりまセン。まして魔術という物についても皆さんUnknownネ」

 

「残念ながら証拠はない。彼を信用にたる人物だと判断したのは、全て私の経験則であり、直感に他ならないからね……だが、エミヤ君にはそれを証明する宛があるそうだ。そうだよね?」

 

 エミヤの言う簡単な説明とやらは果たしたのだ、後は本人に委ねるしかない。

 神にすがるような気持ちで話の矛先をエミヤに向ける。

 

 その言葉を受けて、エミヤは艦娘達の前に立ち位置をうつした。

 

「紹介に預かったエミヤだ。聞いての通り、私は人間ではない。正確には元は人間だった者……ここにいる私は英霊としてマスターに召喚された傭兵のようなものだ」

 

 それを理解できるのが当たり前かのように、堂々と話すエミヤ。

 

 当然、全ての艦娘は絶句。

 言いたい事は山ほどあるが、あまりの傍若無人な振る舞いに言葉が出てこない状態だ。

 

 しかし、そんなもの御構い無しとエミヤは続ける。

 

「提督として着任するとは言ったものの、私は提督業に関して門外漢なのでね。これでも戦場は多く経験してきたが至らぬ点もあるだろう、その時はよろしくたのむよ」

 

 日渡提督は思った。

 

 誰が着任の挨拶をしろと言った、と。

 それも上から目線すぎるだろう、と。

 

 そんな中、開いた口が塞がらない艦娘達を代表して金剛が動く。

 

「ス、Stopデース!提督になるという話の前にエミヤさんの謎をLectureしてくだサイ!人間ではなくて魔術が使えて妖精さんと会話ができるなんて言われても私達は納得できないヨ!」

 

「そうだろうな。だが、その前に覚えておいてほしい事がある。私がその気なら、この事実を隠し、普通の人間として君達の前に立つ事もできたのだ。それをしなかったのは何故だと思う?」

 

「そんなのわかる訳がないデース!」

 

「君達に嘘偽りをしないという証明のためだ。 聞けば艦娘とは、提督との絆に応じて力を発揮するのだろう?ならば私が君達を騙す訳にいくまい?私はマスター達に君達の未来を託されているのでね。それがどれほど信じ難い事だったとしても、正体を隠すようなマネはしないさ」

 

 エミヤは金剛やその他の艦娘全ての目を見るように視線を投げた。

 その姿に動揺や後ろめたさはなく、むしろ護るべき対象を見守るような優しい眼差しだった。

 

「とはいえ、突然の話すぎて君達も信じる事ができないのは当然だ。そこで、今から質疑応答の時間をとらせてもらおう。私に質問がある者は名前を名乗った後で聞きたい事を聞きたまえ」

 

「……本当に全ての質問に嘘偽りなく答えてくれマスカ?」

 

「勿論だ。それとも、君達は信用を置けない提督の元で戦って海に散るのが希望なのかね?そうさせないために私はここにいるのだ。嘘などつくはずがない」

 

「わかりまシタ……では、質問のある方から挙手でお願いしマース」

 

 話の主導権を完全に握られる形になってしまったが、疑惑の人物を質問責めにする機会を得たのだ。

 これだけの艦娘からあれこれと聞かれれば、どこかでボロが出るかもしれない。

 そうなればこんな怪しい男が提督として着任する事を防ぐことも可能だ。

 それでもこの男が本当に提督として着任するというのならば、せめてその化けの皮くらいは剥がしてやろうと、全ての艦娘が己に喝を入れる。

 

「ほんなら一番槍はうちやな!」

 

 金剛の後ろに並ぶ艦娘の中で、小柄な女性が勢いよく挙手をした。

 

「ふむ、まずは駆逐艦の艦娘からか」

 

「いや、なんでやねんっ!うちは軽空母の龍驤や!駆逐艦てどういう意味なんキミ!?」

 

「す、すまない……そうか、軽空母か。それで龍驤、君が聞きたい事とは?」

 

 キレのあるツッコミ、胡散臭さ漂う関西弁、響や電と同じくらいの背丈ーー

 キャラ要素が濃すぎるツインテールの艦娘、龍驤が最初の質問に躍り出た。

 

「なんや地の文に悪意を感じるけどまあええわ……いやな、さっきも言うてたけど魔術やったっけ?言われただけじゃイメージできんし、ちょっち見せてくれへんかな?」

 

 悪戯な笑みを浮かべて前に出る龍驤。

 

 エミヤには見えていないが、その背後に立つ日渡提督の心臓はドキリと跳ね上がった。

 

 この龍驤という艦娘、見た目は幼さが残る可愛らしい少女のようだが、その中身は外見を見事に裏切っている。

 日本が誇る艦娘の中でも古参と呼ばれる艦娘の1人であり、軽空母の中でもその実力はトップクラス。

 更に、ひょうきんなキャラとは裏腹に、切れ者としても有名で、その観察眼は艦娘達にも一目置かれている。

 

 それ故になのか、日渡提督にとって一番恐れていた質問をまさか最初にぶつけてきたのだった。

 

「その質問は必ずされると想定していたが、まさか最初からくるとはな。いいだろう、少し離れていたまえ」

 

 薄く笑ったエミヤは艦娘達を壁際に下がらせる。

 

「私の魔術は投影魔術といってね、この目で見た物を完全複製する事ができる。魔力消費の関係で、投影できる物に限度はあるがーー投影開始(トレース・オン)

 

 日渡提督に見せたのと同じように、エミヤの両手には白と黒が光る夫婦剣が投影された。

 光の粒子を集めて造られたその剣に、艦娘達は目を奪われる。

 

「これが投影魔術だ。私の魔力を元に造られた物なので使い捨ても量産も自由にできる。満足いただけたかな?」

 

「ほー、これは凄いなぁ!でも、深海棲艦とやりあえるんなら、本当は他に隠し球があるんでしょ?」

 

「勿論、これを応用して剣を弓として使う事なども可能だ。私の戦闘を見たという艦娘はそれを目撃したのだろう。それ以外ならばこんな物も作れる」

 

 夫婦剣は光の粒子となって霧散し、そのかわりに現れたのは軍艦の模型だ。

 

「軽空母龍驤といえば旧日本海軍の中でも長きにわたり活躍した功労者だ。私でも模型くらいは見たことがある、お近づきの印に贈らせてもらうよ」

 

 手渡されたのは軍艦としての龍驤の模型。

 

「わぁお、こっちの姿を見るんは久々やなぁ。これ、うちにくれるん?ありがとう!」

 

 それを両手で受け取った龍驤は満足げに艦娘の列へと戻る。

 

「ええもん見せてもらったし、うちからの質問はこれで終わりや。後は他の子等に任すわ」

 

「一問一答って訳か。んじゃあ、同じ軽空母として次は私がいこうかな!」

 

 続いて名乗りを上げたのは、エミヤにとっても始めて会話した艦娘である隼鷹だ。

 

「で、お兄さん。昼間は何を聞いても答えてくれなかったってのに、どういう風の吹き回しなのさ?」

 

「なに、先にも言ったがマスター達の命令なのでね。今は君達の味方として接しているというだけの話だ。それで、君の質問とはなんなのだ?」

 

「やっぱ何を言ってるのかはさっぱりだわ……まあ良いよ。私からの質問は、人間じゃないって証明はできるのかってことさ。その魔術ってやつも人外の証明にはならないだろ?お兄さんが人間以外の存在だってんなら、何かしらの証明はできないもんかねぇ?」

 

 隼鷹からの質問は、英霊としての存在証明について。

 これについても、本来ならば秘匿にするところなのだが、エミヤは二つ返事で質問を聞き入れた。

 

「英霊の在り方を証明するのは難しいが、しかし……私が人間でないと証明できれば良いのだな?」

 

「うーん……ま、それで良いよ!どっちにしろ、私達には英霊ってのも良くわからないしねぇ。で、お兄さんは何をもってその話を証明するのさ?」

 

「簡単な話だ。()()()()()、生身の人間にできる事じゃないのだからな」

 

 そう言いながらニヒルな笑みを浮かべるエミヤ。

 それと共に、艦娘や妖精さんにすら理解できない事が起こる。

 

『ど、どこに消えたでありますかエミヤ提督!?』

 

 蛍が一斉に飛び立つような、幻想的な光に包まれたエミヤは、まるで溶けるようにその場から消えてみせた。

 跡に残ったのはエミヤの肩に乗っていた妖精さんのみだ。

 

「ちょ、ちょっと!どこに消えちゃったのさ!?まさか成仏しちゃったの!?」

 

「ふっ、女性がそう大きな声を出すものではないと思うがね?心配せずとも私ならここにいる」

 

 戦闘時さながらの緊張を持って周囲を警戒していたはずの艦娘達だが、その誰もがエミヤを感知できなかった。

 どころか、エミヤは何食わぬ顔で響と電の真後ろに立っていたのだ。

 

「はわわ!びっくりしたのです!」

 

Я был удивлен(驚いた)……これは暁がいたら失神レベルだね。まさか本当に幽霊がいたとは」

 

 突然背後に現れたエミヤに対し、目を丸くして驚く響と電。

 2人は昼間の戦闘を目撃していたのにも関わらず、それでも底の知れないエミヤという男に戦々恐々としていた。

 

「驚かせるつもりはなかったのだがな。今のは霊体化といって、私の身体を構成している魔力を霧散させて視認できなくしたものだ。これで、私が通常の人間でないと証明できたはずだが?」

 

 エミヤは、どこか勝ち誇ったように隼鷹を見つめた。

 

「……こいつは驚いた。確かに普通の人間にできる芸当じゃないよ、うん。かといって手品って訳でもなさそうだし……こりゃ、お兄さんの言う事を信じるしかなさそうだねぇ」

 

「結構。それと私からも質問があるのだが、君に姉妹はいるかね?」

 

 苦笑いを浮かべる隼鷹に対し、エミヤは不意をつくように姉妹について尋ねる。

 それに対し隼鷹は、驚いたような顔をするも静かに答えた。

 

「姉妹っていうか……まあ、相方はいたよ。でもこんな世の中だからねぇ、随分と前に沈んじまった。それがどうかしたの?」

 

「そうか……そんな君に伝言だ。君は気丈に振る舞うあまり弱い部分を隠しがちだそうだな?それを酒に逃げないか心配していたよ。好きなのはわかるが人に心配される程飲むのは控えたまえ。美味しい食事がとれて誰もが笑い合える世の中を望む者に失礼のないようにな」

 

「よ、余計なお世話だよっ!……ん!?誰が心配してたって!?」

 

 エミヤは「さてね」とだけ答えて話を切り上げた。

 

「ところで今『暁』と言ったかね?」

 

 狼狽える隼鷹はひとまず置いておき、今度は目の前の響と電に話しかける。

 

「……暁は私達の姉だよ。もう、ここにはいないけどね」

 

 なんの気なしに口にした暁の名前に食いつくエミヤに対し、響はどこか気落ちした風に答えた。

 隣の電も、顔を伏してしまっている。

 

「なるほど、そういえば駆逐艦の響と電といえば暁型駆逐艦の姉妹艦だったな……という事は、あの声はやはり……」

 

 口元に手をやり、なにやらブツブツと呟くエミヤ。

 その様子に響が質問を投げる。

 

「何か言いたい事でもあるのかい?どうやら暁を知っているような口振りだけど?」

 

「ん?いや……暁から君達についてキツく言われていてね。暁型駆逐艦について思い出すのが遅れてしまったが、君達が彼女の妹だというのなら納得だ」

 

 瞬間、響の目の色が変わる。

 

「……不思議だな、まるであの子と直接話したように聞こえるね。参考までに私達から質問するけど、暁に何を言われたんだい?」

 

 既に轟沈している最愛の姉の話なのだ。

 それを冗談や言い訳などで使ったのならば、いくら提督候補である男とはいえ容赦しない。

 

 響の目はそれを如実に語っていた。

 

 普段から冷静な響がここまで感情を露わにしているのだ、側で見ている電も心なしかオロオロとした表情を浮かべている。

 

 しかし、エミヤはそんな敵意にも似た感情に染まる目を真っ直ぐに見返して口を開いた。

 

「妹達がこっちに来るような事があれば許さないと言われたよ。一人前のレディを自称していたが、妹の事となるとやはり心配なのだろう。淑女とは言い難い必死さを感じたものだ」

 

 膝を折り、響達と同じ目線に合わせたエミヤはありのままを語った。

 性格に難ありだからか、少しばかり暁に対して皮肉めいた言い方になってはいるものの、その目は「君達は良い姉を持った」と語っているようだった。

 

「その言い方……まさしく暁ちゃんなのです……」

 

「ああ、そういえばもう1人からも君達について言われている。名乗りはしなかったがおそらく雷という艦娘だろう。自分がいない分、君達2人を頼ってくれと言っていた」

 

「雷まで……確かに雷ならそう言うだろうね……Спасибо(ありがとう)、私達からの質問は以上だ……」

 

「そうか……他にも聞きたい事があるのなら、遠慮せずに後で私のところへ来たまえ」

 

 響の顔からは剣呑さが消え失せ、電の目には涙が浮かんでいる。

 

 本来なら、信用などできるはずのない話なのに、なぜかエミヤの言葉に嘘を感じなかった。

 そのため、2人は何の反論もできずに言葉を詰まらせた。

 

「あのぉ、よろしいですか?」

 

 続いて、立ち上がったエミヤに声をかけたのは、眩しい程の金髪と、群青色が特徴的な軍服に身を包んだ女性。

 

「私は愛宕、重巡洋艦よ。先程からとても気になっていたんだけど……貴方はマスターという人に呼ばれたのよね?それは誰なのかしら?」

 

 愛宕と名乗る女性の質問は、マスターについて。

 そのタイミング、口振りから察するに、マスターの正体を少なからず予想してはいそうなものの、半信半疑である事が伺える。

 

 エミヤは涙を流す電の頭をポンポンと叩くと、マスターについても隠す事なく語り始めた。

 

「信じ難いだろうが、私のマスターは慰霊碑にその名を刻んだ全員だ。先程、日渡提督に案内されて慰霊碑を拝見したが、その際に全員の声を聞いた。更に、私が現界するのに必要な魔力だが、それはあの慰霊碑から流れてきている」

 

「魔力というのはわからないけど、全員って……私の姉妹や倉敷提督の声も聞こえたのかしら?」

 

「勿論だ。やはり名乗りはしなかったが、君が愛宕で重巡洋艦だというのなら高雄型なのだろう?言葉遣いの丁寧な女性が妹達をいたく心配していたが、心当たりはあるかね?」

 

「っ!?あらあら……高雄ったらどこまでいっても世話好きなんだから……」

 

 突拍子も無いエミヤの説明だが、愛宕がそれを言及する事はなかった。

 いや、言及できなかったというのが正しいだろう。

 

 エミヤの言葉を聞いた愛宕は、流れる涙を止める事に必死だったのだから。

 

「って、おいおい泣くなってば愛宕(ねえ)!つーかお前、今の話は本気で言ってんのか!?」

 

「嘘はつかないと言ったはずだが?それより、名前を教えてもらっていいかなお嬢さん?」

 

「アタシは高雄型重巡洋艦三番艦の摩耶様だ!お前の言ってる事はどうにも胡散臭い!高雄姉も鳥海もみんな沈んでるのにどうやって会話するってんだよ!」

 

 会話が困難な愛宕に変わって名乗り出たのは、愛宕の妹でもある摩耶だ。

 言動は乱暴に聞こえるが、内容はここにいる艦娘全員が疑問に感じているものであり、全員がエミヤを注視している。

 

「君も高雄型重巡洋艦だったか。服装が違うのでわからなかったが……なるほど、末の妹に心配されるのもうなずけるというものだ」

 

「あん?末の妹って……まさか鳥海とも何か話したってのかよ!?」

 

「ああ、姉は頼りになるがどこか危なっかしいので力を貸してくれと言われているよ。高雄の後で語りかけてきた物静かで知的な雰囲気の艦娘だったが、妹の鳥海ではないかね?」

 

「鳥海の奴……余計なこと言いやがって……」

 

「おや?その様子だと、私の話を信じていると受け取れるが?」

 

「う、うるせえ!誰がそんなオカルト話を信じるもんか!」

 

 摩耶は完全に言い負かされた。

 そもそも、言葉の駆け引きや勝負をしている訳ではないので、これに関してはエミヤの皮肉が炸裂しただけの話なのだが。

 

 しかし、これについての説明はまだ終わっておらず、この話題こそが艦娘達にとって最も重要なポイントになる事は明白だ。

 

 それを理解してのことだろう、この鎮守府の提督代理を勤める金剛も質疑応答へと参加する。

 

「Hey、エミヤさん。貴方は慰霊碑の全員がマスターだと言いまシタ。それは具体的にどういう意味なのでショウ?」

 

「ふむ、良い質問だ。では順を追って説明していくとしよう」

 

 突っかかるようなスタンスの摩耶とは異なり、全容の説明を求める金剛。

 さすがに皮肉や冗談を話す雰囲気でもないことはエミヤも承知している。

 

「私のような存在を英霊という。そして英霊とは本来、魔術的な術式を用いて儀式を執り行い、その英霊を呼ぶに相応しい触媒をもって召喚するものだ。私とて、その例外ではない」

 

「ですが貴方は慰霊碑に呼ばれたと主張しています。その儀式の内容は知りませんが、殉職者である者達に儀式を執り行う事は不可能では?」

 

「すまないが名前を教えてもらいたい、説明する上で名前を知らないと不便が多くてね」

 

「失礼しました、私は金剛型戦艦四番艦の霧島です」

 

「助かるよ。確かに慰霊碑自体には魔力こそ充実しているものの、儀式を執り行うことは不可能だ。触媒については心当たりがないでもないが……私を召喚できた理屈については説明できないとしか言いようがない」

 

「つまり……全てはエミヤさんの作り話である可能性も否定できないという事デスカ?」

 

 金剛の言葉に艦娘一同は固唾を呑む。

 これを否定できないならば、エミヤの話など御伽噺のそれでしかないのだ。

 

 しかしーー

 

「ああ、その通りだ。あの慰霊碑が私を召喚したという証拠はなく、全ては私の推測にすぎない」

 

 エミヤはあっさりとそれを認めた。

 それは金剛やその他の艦娘にとっても予想外の言葉だった。

 

「私が言うのもなんですが……そんなにあっさりと認めて良かったネ?場合によっては提督着任もできないかもしれないデスヨ?」

 

「ならば嘘をつけば良かったか?あらかじめ言ってあるように、私は君達に嘘偽りをしない。ただ、私のマスターがあの慰霊碑の者達だという確信はある」

 

「確信ですか……貴方は何をもってそこまでの確信を得ているのでしょう?」

 

「君達には感知できないだろうが、今この瞬間もあの慰霊碑からは魔力が流れ込んできている。そして、その魔力に乗って私に届けられた声は、まさしく君達を救わんとする仲間からの呼び声だった。私はそれに呼ばれたのだと信じたくてね」

 

「それは精神論デース、もしそれが真実ならどれだけ嬉しい事か……ですが、証拠もなしに信じられる程、Simpleな話でもありまセン」

 

「ああ、精神論だとも。だが、その声を聞いて君達を助けると誓ったオレの心は本物だ。オレを呼んだあの声も、それを受け取ったオレの心も、それはきっと間違いなんかじゃない!」

 

 ーーそこに理屈などなかった。

 聞く人が聞けば、それは酷い暴論であり、与太話もいいところだろう。

 しかし、そんな与太話を笑える者はこの場にいない。

 それはエミヤが見せた強い決意に押し切られたからだろうか。

 それとも、今は亡き仲間達がそうさせたのだろうか。

 

 執務室には怖いほどの沈黙が続いていた。

 

「……最後に、私と霧島にはもう2人の姉妹がいまシタ。彼女達とも会話はしましたカ?」

 

「ああ……比叡と名乗る艦娘には熱く激励されたよ、気合いを入れてもらった。それと、金剛お姉さまにもしもの事があったら許さないなどと脅されもしたな」

 

「フフ……比叡らしいデース」

 

「榛名という艦娘には謝られたよ、自分が提督を守れなかったばかりに私を戦いに巻き込んでしまってすまないとね。それと、自分達が届かなかった平和な未来は、みんなの手で掴んでくれと言っていた……それを見守っているともな」

 

「榛名はあの日の事を未だに……それでも優しい榛名らしい言葉です。そうですよね、お姉さま?」

 

 愛宕に続き、金剛姉妹からもそれ以上の言及は聞かれなかった。

 聞きたい事など山程あるだろう、疑わしい事柄など山の如しだ。

 それでも、このエミヤという男が提督になるという事を拒否する気力が沸いてこない。

 

 自分達は騙されているのかもしれない。

 しかし、エミヤの口から語られた姉妹達の言葉ーーそれはまるで、本人の口から聞かされたかのように彼女達の心に染み渡り、それ以上の反論を許そうとはしなかった。

 

「今すぐに私の事を信じろとは言わない。もしどうしても信用ならないというならば、その時は改めて日渡提督へと談判したら良いだろう。しかし、今は私を信じてほしい。私は、この中の1人たりとも沈ませはしない」

 

 それは全員に向けた言葉だった。

 少なくともそれは、マスター達の命令だからという義務的なものではなく、エミヤ自身の気持ちがこもった言葉だ。

 

 それに対して意義を唱える者など、もうここにはいない。

 

 ただ1人を除いてーー

 

「あー、良い話の途中で悪いけど俺からも良いか?」

 

「……君は?」

 

「俺は天龍型軽巡洋艦の天龍だ。こっちは妹の龍田。さっそくで悪いんだけどな、俺はテメェの話なんて全く信用できねえ。テメェが提督になるだなんてまっぴらゴメンだ」

 

 左目を眼帯に覆われた女性、天龍。

 そしてその横には不敵に微笑む龍田。

 

 天龍の態度は、ここが戦場かのように猛っており、いつ襲いかかるかもわからないような敵意を纏っている。

 

 もちろん、そこまでの態度をとって日渡提督や金剛が黙っている筈がない。

 

「天龍君、彼を提督に着任させると決定したのは僕だ。つまり、君の発言と態度は僕に対するものも同然だとわかっているかい?」

 

「ったりめーだろ?俺の態度が気に食わねえってんなら左遷なり解体なり好きにすりゃいい。俺はどうあってもこいつを認めねえ」

 

「と、とにかく落ち着くデース!龍田からも何とか言ってくだサーイ!」

 

「あらぁ、私も天龍ちゃんの意見に賛成だから止めないですよぉ?それに……そちらのお兄さんも譲る気はないみたいだしねぇ」

 

 落ち着いた雰囲気は一転、執務室には殺伐とした空気が張り詰める。

 艦娘達も、天龍という艦娘の性格がわかっているからだろう、その一挙手一投足を警戒し、いつでも動ける態勢をとっていた。

 

 そんな中、エミヤだけが何の焦りもなく天龍と対峙する。

 

「大丈夫だ日渡提督、ここは私に任せてくれたまえ。それに、彼女の言うことも語気が強いというだけで全く理解できない訳ではない。提督権限で黙らせるなど、それこそ横暴というものだろう?」

 

「し、しかしエミヤ君……」

 

「大丈夫だと言っている。それで天龍、君は何に納得できないと言うのだね?」

 

「決まってんだろ?全部だよ。お涙頂戴の話でこいつらを丸め込もうって腹なのか知らねぇけどな、そんなもん日渡提督からの前情報があれば好きなだけ作り話もできるってもんだ。テメェが倉敷提督の使いだなんて、冗談も休み休み言え」

 

「あいにくと冗談は好まない性分でね。私が話した事は全て真実なのだが」

 

「あぁそうかい。だがな、100歩譲って真実だったとしても俺はテメェを認めねぇ。そもそもテメェは軍事経験もない素人(トーシロ)だろ?そんな奴が提督として俺達に命令を下すなんて冗談じゃねぇ。こっちは使い捨ての道具じゃねぇんだ!素人判断で戦場に送り出されて犬死したんじゃ、先に逝った奴等に顔向けできねぇだろうが!」

 

 執務室が揺れるほどの怒号が響いた。

 天龍の怒りが何に向けてのものかは定かでないが、その矛先は真っ直ぐエミヤに向けられている。

 

「ごもっともだ。だが、提督がいなければどの道この鎮守府の艦娘は弱体化し、いずれは戦死という末路を辿るだろう。君は私にどうしろというのだね?」

 

「黙ってここから消えろ。心配しなくても少し提督がいないくらいで沈むほど俺もこいつらもヤワじゃねぇ」

 

「聞けない注文だな。それでは私もマスター達に顔向けできん」

 

「またふざけた事を……じゃあ、これなら言うこと聞いてくれるかい?」

 

 その刹那、天龍の手にはまるで投影魔術のように一本の太刀が握られた。

 その刃先はエミヤの喉元を捉えている。

 

「おとなしく出てかねぇってんなら、ぶった切って叩き出すぞ?テメェが人間じゃねぇってんなら、最悪ここで殺しても日渡提督にすら処分できねぇんだからな」

 

「天龍っ!ここを何処だと思っている!提督命令だ、武装を解除しろ!」

 

「うっせーぞ!そもそもアンタがこんな訳のわかんねぇ奴を連れてくるからこうなったんだろうがっ!さあ!ここから出てくか、ここで死ぬか、好きな方を選びやがれ!」

 

 日渡提督が声を荒げる程に緊迫した空気。

 何が天龍をここまで頑なに動かすのかは不明だが、今の彼女には本気で殺しかねない気迫がある。

 

「残念だが、私はここで君達を守ると誓った。出て行く事はできないな。そして、こちらも残念な事だが、君では私を切るなど到底できないだろう」

 

「んだとテメェ……俺が本気でやれねぇとでも思ってんのか!」

 

「やる気の問題ではない、不可能だと言っているのだ。日渡提督、ここに道場のような施設はあるかね?」

 

 剣を突き付ける天龍の目を見据えたまま、エミヤはひるむ事なく尋ねた。

 

「体育館だった設備が屋内訓練施設として使われているけど……それを知ってどうするつもりだい?」

 

「丁度いい。天龍、君が納得できずに引く気もないというのなら、ここは勝負で決着をつけないか?」

 

 緊迫した状況だとは思えない、余裕のある態度で勝負を申し出たエミヤ。

 当然、この場にいる全員が耳を疑った。

 

「君が勝ったならその要求を飲もう。いや、君にその覚悟があるのなら、いっそのこと私を斬り殺すのも良いだろう。君が言った通り、私は既にこの世の者ではない。殺した所で君を処分する法が存在しないのだからね」

 

「……本気で言ってんのか?ちょっとガタイが良いくらいで調子に乗ってんならやめとけ。艦娘の身体能力は人間水準なんて軽く超えてんだ、そこの駆逐だって大の男が束になっても敵わねぇんだぞ?」

 

「心遣いは感謝するが、その心配は無用だ。私を提督にしたくないと言うのなら、殺す気でかかってきたまえ」

 

「上等だ……恨むんなら、こんなところに面白半分で首を突っ込んできたテメェのバカさを恨め」

 

 それだけ言い残すと、天龍は執務室を出て行った。

 恐らくは、体育館へと向かったのだろう。

 その後を追うようにして龍田も退室した。

 

 残された艦娘達はどこか気まずそうな顔を浮かべるばかりで、誰も口を開こうとはしない。

 

 誰の目から見ても、天龍の行動はやり過ぎており、最悪の場合は軍事裁判に発展しかねない態度だった。

 エミヤの話は確かな確証こそなかったものの、誰もが信用してしまう説得力があった。

 少なくとも、天龍のように激怒し、実力行使に及ぼうなどと思わないくらいには、エミヤの存在を受け入れていた。

 しかし、天龍の言い分に共感する部分があるがゆえ、誰も言葉が出ないのだ。

 

 そんな艦娘達の心中を察したのだろう。

 沈黙を破り日渡提督がエミヤへと歩み寄る。

 

「私がいながら申し訳なかった、まさかあそこまで激昂する艦娘がいるとは……しかし、なんだって勝負なんて持ちかけたんだ!?天龍君が言う通り、艦娘の力は我々とは比べ物にならないんだぞ!彼女にその気がなかったとしても大事故に繋がりかねない!勝負なんてバカなマネはやめるんだ!」

 

 天龍達に声が届かないことを確信してだろう、日渡提督は声を荒げてエミヤに詰め寄った。

 

「まったく……私の心配をするくらいなら、この後の天龍のメンタルを心配したまえ。何度も言うように彼女の主張は何も間違っていない。態度や言動はアレだが、真に過ちを認めるべきは、私のような正体不明を独断で提督に据えようとした君自身だと思うが?」

 

「それは確かに僕の責任だろう……天龍君には改めて謝罪するつもりだ。だが、それとこれとは話が別だ!エミヤ君の力は凄まじいが、だからこそ、そんな強力な者同士を勝負なんてさせるわけにいかない!」

 

「勘違いをするな日渡提督。私は勝負という言葉は使ったが、天龍と殺し合いをするつもりはない。ここの艦娘を守るために呼ばれた私が彼女達に刃を向ける筈がないだろう?」

 

「な、何を言ってるんだ君は!?それじゃあエミヤ君は(なぶ)り殺しにされるつもりか?」

 

「そんなつもりは毛頭ない。まあ、それは見てればわかるだろう。それと断っておくが、彼女の態度を懲罰の対象とすることは私が認めん。君にも落ち度があったと認めるなら今回の事は水に流してやるのだな。……だから君達もそんな心配そうな顔をするな」

 

 不安そうな顔でエミヤを見つめる艦娘達に、エミヤはなるだけ優しい声色で告げる。

 

「天龍を傷付けるつもりはないし、私も死ぬ気はない。天龍を含め、君達には納得した上で私を提督として認めてもらわないと困るのでね。さて……行くとするか」

 

 エミヤは執務室の扉へと歩を進める。

 

 天龍の性格や、エミヤの能力を考えれば、恐ろしい結果を想像しない訳がない。

 

 だが、扉を開け放つ彼の背中は、不思議と有無を言わせぬ力強さがあった。

 

 そんなエミヤに1人の艦娘が駆け寄る。

 

「あ、あのっ!本当の天龍さんは、遠征の時も電や響ちゃんを気遣ってくれる優しい方なのです!だから……だから……っ!」

 

 今にも泣きそうになるのを堪えているのだろう。

 電は必死に何かを伝えようとするのだが、言葉がうまく出てこない。

 

 そんな電に対しエミヤはーー

 

「わかっているさ、心配するな」

 

 一度だけ振り返って、電の頭を優しく撫でてから執務室を後にした。




どこまでも上から目線のエミヤさんですが、心は硝子なのでちゃんと色々と考えています。
もちろん、天龍もただの脳筋ではなく考えあってのことです。
ご意見は多々あるかと思いますが、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします!

次回、エミヤvs天龍!

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