思い出すは、もう戻る事のない日々の記憶ーー
『ったく、朝から長い風呂になっちまったぜ。さてと、整備に出してた艤装の調子でもーーって、いってぇぇええ!?』
『よぉ天龍。独断行動で夜戦突入した挙句、中破して朝から長風呂とは良いご身分だなコラ』
『げっ!?提督!いや、もうちょいで敵艦隊の本丸を叩けそうだったから……って、いきなりゲンコツかますこたぁねぇだろ!』
『知るかボケ!それでてめぇ等が沈んだら何の意味もねぇだろうが!無線ブチってまで勝手こいてんじゃねえぞ馬鹿野郎!』
『沈まねぇよ!っつーか龍田だってノリノリで進軍したんだから俺ばっかり怒るなよな!』
『あらぁ、私は止めたんですけど天龍ちゃんが聞かなくって。それでも、私や駆逐艦のみんなは無傷だったけどねぇ?』
『だ、そうだ。何か言い残すことはあるかバスタブ番長?』
『なっ!?裏切る気か龍田!?いや、戦果はあげたんだから不問でもいいだろ!』
『ほう、反省の色なしか。わかった、罰として今日から三日間、てめぇの眼帯は榛名お手製のクマさん眼帯に変更とする。後で執務室に来やがれ』
『マジかよ!?待ってくれよ提督!提督ーーー!!』
ーー戦況は厳しかったが、充実していた。
バカをやったり、喧嘩したり、勝利に歓喜したりと、満ち足りた毎日だった。
それは今でも輝かしい思い出として、天龍の心に刻まれている。
だからこそ、天龍はエミヤをーー
「すまんな、待たせてしまったようだ」
体育館の重い扉を開け放ち、真紅の外套に身を包んだエミヤが入場してくる。
その後ろからは、エミヤに続くようにして日渡提督や他の艦娘達も同行してきていた。
「ちっ……あのまま尻尾巻いて逃げてりゃあ良かったものを……そんなに死にてぇのか?」
「私は君と龍田に提督着任を納得してもらうためにここへ来たのだ、死ぬつもりなどないさ。安心したまえ、観戦の者は手出し無用と伝えてある」
「あぁそうかい……バカは死ななきゃ治らねぇって事だな」
剣呑な顔つきで、天龍はその手の太刀を構えた。
そこに手加減の気配はなく、どこまでも本気の敵意をエミヤへと向けている。
「あいにくと既に死んだ身でね。馬鹿は死んでも治らないのだろう……
天龍に応えるように、エミヤは自傷気味な笑みを浮かべながら二本の剣を投影する。
しかし、それは愛用の夫婦剣ではなくーー
「おい、なんだそりゃ?」
「知らんのかね?これは竹刀といって剣道で使用される竹製の剣だ」
「そういう事を聞いてんじゃねぇ!そんな玩具で俺とやりあおうってのか!?さっき見せた白黒の剣はどうした!」
「私が呼ばれた理由を忘れたか?君達を護る為であって傷付ける為では断じてない。ならば刃を向ける筈がないだろう?なに、君の話を聞くだけならばこれで十分だ」
そう言うと、エミヤは二本の竹刀を構えて天龍と対峙する。
殺し合いさえ覚悟していたのだ、それを愚弄するかのようなエミヤの態度に、当然だが天龍は激昂した。
「ふざけやがって……死んで後悔しやがれ!」
勿論、エミヤに天龍を愚弄する意思はない。
どこまでも天龍を傷付けずに納得を得るため、最善をとった末の行動だ。
故にエミヤは冷静なまま天龍に告げる。
「待ちたまえ、戦う前に聞いておきたい。君が私を拒絶する理由、それは私が英霊だからという訳ではないのだろう?」
「なにを抜かすかと思えば……それ以外の何があるってんだよ!普通に考えて、テメェみたいな正体不明すぎる奴を信用すると思うか!?」
「ふむ……それはもっともだ。だが、私にはそうは思えなくてね。君が私を認めないのは倉敷前提督に起因する理由からではないかね?」
「テメェがその名前を口にするんじゃねぇ……良いぜ、テメェが勝ったらなんでも答えてやるよ。その時まで……テメェが生きてたらなっ!」
何かが天龍の逆鱗に触れたのだろう。
瞬間、天龍はエミヤに向けて地を蹴った。
艦娘の身体能力は凄まじく、まるで弾丸のような速度で迫る天龍は、あっという間にエミヤとの距離を潰す。
(なるほど、早く鋭いーーこれが艦娘か)
瞬きの間に眼前に迫った天龍は、その手に持つ太刀をエミヤの頭へと叩きつけるために振り上げた。
スピードの乗った一撃、それも艦娘の力で振るわれるそれを竹刀で受けきれる筈もなく、エミヤは半身を引くことでその斬撃をかわす。
しかし、その行動を読んでいたかのように天龍は横薙ぎに第2撃を繰り出した。
距離とタイミングから回避は間に合わないと判断したエミヤは、太刀の刃ではなく腹をカチ上げる事でそれを防ぐ。
「へぇ!思ってたよりやるじゃねぇか!」
「それはどうも、君も中々やるようだ。しかし、想像通りだが想像以上ではない!」
カチ上げられた太刀を袈裟懸けに振り下ろす天龍だが、その一撃は力を受け流すようにして捌かれた。
そのまま重心を崩された天龍はあっけなく背後を取られ、その脳天に鮮やかな面打ちが炸裂する。
竹刀での殴打は、竹特有の軽い音と共に天龍の髪を跳ねあげた。
「これが真剣ならば頭を割られて絶命だ。戦場に生きる者としては些か甘いと思うのだが?」
「あん?んなもん何発食らっても死にゃしねぇんだから、いちいち防ぐ勘定もしてねぇってだけだ」
「なるほど、ならば嫌気がさすほどお見舞いしてやろう」
「やってみやがれ!その前にテメェが斬られてなきゃな!」
攻防は天龍の優勢。
だが、その全てを必要最低限の動きでかわし、時には受け切っているエミヤの方が実力的に上をいっていた。
しかしそこは艦娘。
持ち前の身体能力で繰り出される斬撃はまさに一撃必殺。
並大抵の実力者ではあっという間に勝負は決していただろう。
それを涼しい顔で捌いているエミヤの実力が人知を超えているのだ。
その認識は天龍の中にも徐々に芽生えはじめ、だからこそ攻撃が当たらない事への苛立ちが加速度的に募っていく。
「テメェ!ちょろちょろと逃げてばっかじゃねぇか!ちったぁ向かってきやがれオラァ!」
「既に何発も脳天を殴打されている者の言葉とは思えんな。君は先人達から何も学んでいないのかね?そら、もう1発だ!」
通算7発目の面打ちが決まった。
ここまでエミヤにダメージはなく、天龍にも肉体的な意味でのダメージは0だ。
それでも、攻撃の全てが当たらない事と、いいように頭を叩かれる事のストレスで天龍の怒りはどんどんエスカレートしていく。
一歩間違えば致命傷という攻撃を、紙一重でかわすエミヤ。
次々と必殺の一撃を繰り出す天龍。
そんな高次元の攻防を前に、観戦者も自然と手に汗握り、その視線を右往左往させていた。
「す、凄いのです……天龍さんを相手にあそこまで戦える人がいるなんて……」
「
「あぁ、僕も驚いてるよ。エミヤ君の実力がこれ程とはね。殺す気満々の天龍君にもどうかと思うけど……僕なら本気の艦娘の前に立とうなんて恐ろしくて考えられないよ」
「No、日渡提督。あれはエミヤさんが挑発しすぎて天龍が手加減を忘れているだけデース!いくら天龍でも最初から殺す気なんて……多分なかったネ!」
「しかしお姉さま、エミヤさんの実力は本物ですよ。私のデータによれば、この戦いが始まって11分と38秒、彼が致命的な危機に追い込まれた場面はありません」
「いざっちゅう時は爆撃で大破させてでも止める気やったけど、これならいらん心配やったみたいやねぇ」
「いやいや、いくらなんでも大破はやりすぎだって龍驤さん……って、体育館で艦載機を飛ばすつもりだったのかい!?こんな時間に!?」
それぞれが驚きを隠しきれない状況。
それは決して天龍が弱いだとか、動きが悪いという意味ではなく、単純にエミヤが戦闘慣れしすぎていうという点について。
一般的な英霊がどうかは知らないが、少なくとも人間が艦娘を相手にここまで戦えるなどありえる事ではないのだ。
最初こそ、艦娘が人間に本気を出すという危険や、エミヤの能力によって天龍が損傷を負うという心配の目で見ていた一同だったが、現在ではその戦いぶりに見惚れてさえいる。
しかし、そんな中でも高雄型の愛宕だけは違う視点から戦いを観察していた。
「天龍ちゃん、このままだと危ないかもしれないわねぇ……」
「んあ?危ないってどこがだよ愛宕
「そうじゃなくて、天龍ちゃんかなり怒ってるじゃない?何か心配で……」
「平気平気!案外このまま引き分けで決着ついちゃったりするんじゃね?」
「もう、摩耶ったら。けど、そうなれば良いんだけどねぇ……」
愛宕の抱く不安、それは愛宕自身にもわからないほど小さなものだ。
例えるならば、広大な湖に一滴の水滴が落ちたのを気にするような微々たる不安。
だが、その水滴が起こした波紋は漣となって愛宕の胸に去来する。
原因が何なのか不明な以上は言葉にもできないので、摩耶に至っては心配すらしていないのだが、戦いを見守る愛宕の目は天龍とエミヤの行く末を案じていた。
そんな各々の想いを他所に、戦いは進展を見せる。
「はぁはぁ……クソッ、やる気あんのかテメェ!そんな玩具が何発当たったところで俺が倒せるわけねぇだろ!」
「威勢は良いようだが息が上がっているぞ?この程度の戦闘でその有様では、倉敷前提督もさぞ落胆している事だろう」
「んだとコラ……はぁはぁ……テメェがその名前を口にすんなっつってんだろぉが!」
大きく肩で息をする天龍の動きは、序盤に比べてだいぶ鈍くなっていた。
流れる汗も滝のようで、まるでサウナにでも入っているかのような有様だ。
対するエミヤは、呼吸ひとつ乱していない。
どころか、剣を交えるたびにその精度を増しているかのようにすら見える。
「なるほど!エミヤ君の狙いはこれか!」
そんな2人の様子を見て、日渡提督が目を見開いた。
「どうしたんだい日渡司令官?あの人の狙いって何のこと?」
「いや、響君や他の娘にはいまいち実感もわかないだろうけど、エミヤ君の狙いはおそらく天龍君のスタミナ切れだ」
「スタミナ切れ?艦娘を相手にそれは無理がないかな」
「だから響君には実感がわかないと言ったろう?白兵戦とは相手の呼吸や足運びに注意しながら、自分も常に動かなきゃならない。それも砲撃戦とは違って相手との距離は常に超近距離だ。僕も軍人として武道は学んでいるけれど、精神的な疲労から気付かないうちに体力の限界を迎えてたなんて良くある話さ」
「Hey、日渡提督!聞き捨てなりまセーン!確かに白兵戦については知りまセンが、砲雷撃戦も中々Hardネ!艦娘がスタミナで負けてる筈ないネ!」
「勿論、君達の戦いが簡単だとは思ってない。でもね、慣れた戦闘と不慣れな戦闘では消耗のスピードも段違いだろう。白兵戦でのペース配分なんて天龍君が知ってる筈ないからね」
「なるほど、つまりエミヤさんが天龍さんを傷付けずに勝利する条件は体力勝負だと。今後のデータに加えておきます」
「ましてやあそこまで激昂した状態で暴れているんだ……天龍君の消耗は僕らが思うより激しいんじゃないかな」
日渡提督の言葉を受けてから天龍達を見てみれば、その言葉は的を射ていると誰もが納得した。
今の天龍に初撃の勢いは見る影もなく、フットワークも重くなり、いいようにあしらわれている。
対するエミヤは、無駄な消費を抑えて最小限の動きで立ち回っていたからか、まだまだ余裕のある戦いを繰り広げていた。
「何度も言わすなたわけっ!打ち終わりの隙が大きすぎだ!そんな
「ぐっ……ゲホッゲホッ……偉そうに……はぁはぁ……指導してんじゃねぇ……っ!」
通算13発目の面打ち。
相変わらず天龍のダメージは見て取れないが、その動きは満身創痍そのもの。
真剣勝負だというのにも関わらず、2人の姿はもう指導をする者とされる者、そんな印象を抱かせる程だ。
日渡提督の言葉が正しいのならば、この戦いも終幕が近いのだろう。
その場にいた艦娘達はそんな風に認識していた。
しかし、ここで龍驤がとある疑問を口にする。
「スタミナ切れねぇ……ほんまにそれが狙いなんやろか?」
「どうしたってのさ龍驤さん?あのお兄さんには他にも狙いがあるって言いたいのかい?」
「いや、狙いっちゅうより不自然っちゅう感じやな。あの兄さん、天龍を説得するために戦ってるんやろ?それも傷付ける事のないようにわざわざ竹刀まで持ち出して」
「んー、まぁ真意はわからないけど天龍を倒すつもりがないってのは確かだろうさね。じゃなきゃ竹刀なんて使わずに、あの不思議な剣でバッサリいくだろうしねぇ。そもそもお兄さんからは全く殺気みたいなものを感じないじゃないか。で、それのどこが不自然だってのさ?」
「いや、それだけ天龍の事を想って戦ってんやったら、どうしてあそこまで挑発する必要があるんやろうと思うてなぁ……」
龍驤の疑問、それはエミヤの言動であった。
天龍や龍田に提督として認めてもらう。
これはその為の戦いであり、だからこそ天龍を傷つけるつもりはないと言ったのは他でもないエミヤ自身だ。
しかし、そのエミヤの口から出てくる言葉は、説得や説明とは程遠い、倉敷提督達の名前を用いた挑発ばかり。
これでは、納得させるどころか益々反感を買うばかりだろう。
そんなこと、エミヤでなかったとしても簡単にわかりそうなものなのに何故……そんな疑問が龍驤の中で首を擡げ、他に何かしらの狙いがあるのではという疑惑を生んだ。
「うーん……案外お兄さんも頭にきててさ、攻撃はしないまでも口撃くらいしてやろうなんて腹なんじゃないのかい?」
「いや、なんでやねん。確かにひねくれた兄さんやけど、そこまで幼稚でもないやろ。ま、今日が初対面やしそこまで深くはわからんけど……この
それは艦娘の中でも古参兵である龍驤だからこそ抱いた所感なのだろう。
観察眼において艦娘随一とも言われる彼女には、この戦いの顛末がスタミナ切れで終わるとは思えなかった。
しかし、戦闘は既に2人だけのものであり、誰の介入も良しとしない。
今更2人の間に割って入り、エミヤにその真意を問いただすなど不可能だ。
結局、愛宕や龍驤が抱く不安や疑問など置き去りにして、2人は終結に向かって戦い続ける。
そして、その場面は間も無く訪れた。
「どうした天龍!それでもお前は倉敷朝日が誇る艦娘か!」
「ぜっぜっ……黙れ……はっ……黙れぇぇええ!」
チアノーゼのような状態の身体に鞭打って剣を振るう天龍だったが、その剣がエミヤを捉える事はついに無かった。
闘牛士のように天龍をかわしたエミヤがその背中を軽く押しただけで天龍はバランスを失い、まるで糸の切れた人形のように倒れこむ。
必死に起き上がろうとしているのだろうが、気力が補える限界を超えたその身体が立ち上がる事はなかった。
「……もう良いだろう、君はよく頑張った」
四つん這いの状態で息を切らす天龍にエミヤは言う。
これまで散々な挑発を繰り返しておきながら、今更なにを言うのだと言い返したかったが、その言葉すら天龍の口から発する事はできない。
それに変わってエミヤは天龍の秘めたる核心に迫る。
「剣とは時として、言葉を交わすより雄弁に相手の事を語ってくれるらしい。まあ、これはとある騎士の受け売りだがね……しかし、君の剣を通してはっきりと理解したよ」
「ゲホッゲホッ……っはぁはぁ……っせぇぞ……」
「君が戦う理由は怒りにまかせたものに見えてそうではない。そんなものを理由に戦う者が、ここまでの奮闘などできるものか。君は倉敷提督の名前にこそ反応し、とうに限界な筈の身体を突き動かしていた」
「うるせぇ……はぁはぁ……うるせぇ……っ!」
「君は倉敷提督を想うあまり、それ以外の提督に
「うるせぇぇええっ!!」
エミヤの指摘によほど思うところがあったのだろう。
既に限界を超えてる筈の天龍は、それでも片膝をつきながらも身体を起こして慟哭した。
「なんでっ……なんでテメェなんだ!俺が、俺達がっ!あいつらを失ってどれだけ絶望したと思う!?どれだけ泣いたと思ってやがる!それを何で……その声を聞いたのがテメェみたいな顔も名前も知らねぇような他人なんだよっ!」
天龍の目は真っ赤に染まっていた。
それでも真っ直ぐにエミヤを睨みつけ、その目を逸らす事はない。
滝のような汗がそう見えるのか……エミヤの目に映った天龍は、まるで親を探して泣き叫ぶ幼子のように見えたーー
それはまるで鬼の慟哭……恥も建前もかなぐり捨て、天龍はその胸の内を吐き出し続ける。
「俺達はそんなに頼りにならねぇのか!?こんな見ず知らずの他人を呼び出すくらい情けねぇのか!?死んじまうその日まで、一緒に戦ってきた仲間だろうが!どうしてテメェには語りかけて俺達には何も言わねぇんだよ!」
「待て天龍、彼等はそんなーー」
「うるせぇぇええ!俺は絶対にテメェだけは認めねぇぞ!!」
血反吐を吐くのではと思わせる程の咆哮。
しかし、それを聞いた艦娘や日渡提督が発せられる言葉なんてひとつもなかった。
天龍の想いなど、等しく全員が胸に抱いているのだ。
声が聞きたい、顔が見たい……そんな願いなんて、何度夢に見たかもわからない。
それでも叶わない夢だから、全員は心が絶望に屈しないよう言葉にしなかったし、前を向こうと懸命に努力した。
だからと言って、誰も天龍を責められやしないだろう。
彼女の叫びは、真っ直ぐで純粋なものだからこそ、その場の全員から言葉を奪い、心に突き刺さったのだから。
しかし、急変した事態は悪い方に加速していく。
エミヤが天龍の本心を看破したことによって、天龍の理性のタガが外れてしまった。
それはエミヤですら予測していなかった事態を引き起こす。
「やっぱり……!駄目よ天龍ちゃん!それをやったら後戻りできないわ!」
「うおっ!マジかよあのバカ!?」
声を上げたのは高雄型の2人。
特に愛宕は、戦闘中も言い知れぬ不安を抱えていたのだが、その不安の正体がようやく理解できた。
結果として、理解するのが遅すぎたのが悔やまれるのだがーー
天龍のその身体、そこには殺意の権化と化した艤装が展開されていたのだ。
「それが……お前の辿り着いた答えか?」
「おうよ……もう後戻りは効かねぇ。それに、本気の艦娘の戦いは
「確かにオレを殺しても問題ないだろうが、基地内で仲間を巻き込む砲撃に及んだとなれば話は別だ。こんな所でそれをやれば、その後の君がどうなるかわからん訳でもないだろう?」
「ったりめーだろ?ここまで好き勝手にやったんだ……どの道、俺の解体処分は免れねぇだろうさ。だがな、あの
「……仲間は、妹はどうする?残された者の気持ちがわからない君ではあるまい?」
「天龍型をなめんな。俺がいなくなった程度で何もできなくなるような、か弱い妹を持った覚えはねえ」
会話の間にある程度の体力は戻ったのだろう、未だフラついているものの、天龍は緩慢な動きで立ち上がる。
その顔は様々な想いを孕んだ複雑な笑みを浮かべていたが、目だけが笑っていなかった。
今にも泣き出しそうなその目は、エミヤだけを捉えて離さない。
そんな天龍から目を逸らさずに、エミヤは一言だけ呟いた。
「この、たわけが……」
エミヤの過去など誰も知らないが、彼は今の天龍をかつての自分と重ねていたのかもしれない。
まだ見ぬ人々を救うため、我が身を案じてくれる身近な人を置き去りに戦地へ赴いた。
数多くの人を救う代償に、ごく少数の人間を見殺しにした。
その果てに待っていたのは、他の誰でもない、自分自身の理想に裏切られる最悪の結末だった。
深い絶望に打ちひしがれ、意固地なまでに現実を呪い、戻る道の無い戦いへと身を投じた過去ーー
理由も境遇も全く違う2人だが、そこに全くのシンパシーを感じなかったと言えば嘘だろう。
外野は何かを叫んでいる。
仲間を止めようと必死に声を上げるその中には泣き声すらも聞かれた。
「これ以上は見てる訳にいかない!提督命令をもって命ずる!総員、迅速に天龍君とエミヤ君の確保をーー」
「やめろっ!」
叫ぶように呼びかける艦娘達の中、日渡提督は提督命令で事態の収拾に打って出ようとしたが、エミヤの怒号によってそれは制止される。
「オレに任せろと言ったはずだ。大丈夫だ、天龍は必ずオレがどうにかする」
「し、しかし……」
来るなと言わんばかり伸ばされたエミヤの右手。
それはそのまま、対峙する天龍へと向けられた。
「天龍よ、いつかお前が倉敷前提督と再会する日が来る。だが今のオレの目的は、お前を含めたこの鎮守府の艦娘達を守ることだけだ。随分と焦っているようだが、倉敷提督達との再会は延期にしてもらうぞ」
「はっ……そんな事は俺が終わった後で他のやつ等にでも言ってやれ。その時にお前が生きてればな」
「そうさせないためにオレがここにいるのだ。真髄を……そして真実を見せようーーI am the bone of my sword.」
目を閉ざしたエミヤ。
そんな彼を中心に蒼白い霧が巻き起こる。
それは段々と激しさを増し、まるで暴風のように天龍を始めとした全ての存在を巻き込んでいく。
魔術というものに対してあまりにも無知な面々は、突如発生した謎の現象を前にして、慌てるばかりで何をすることもできない。
そんな周りの喧騒も気に留めず、その中心に立つエミヤは詠唱を呟いて止まらない。
苛烈にして繊細で、何よりも哀しいその言葉は、これだけの暴風の中でも不思議と全員の耳に響いていた。
【ーーSteel is my body, and fire is my blood.
I have created over a thousand blades.
Unknown to Death.
Nor known to Life.
Have withstood pain to create many weapons.
Yet, those hands will never hold anythingーー】
得体の知れない蒼白い霧は、もはや雲の中にいるのではと錯覚する程に体育館の中を覆い尽くし、日渡提督達からはエミヤと天龍の姿を確認する事すら困難を極めている。
そんな中、エミヤと天龍の2人だけは見つめ合うように向かい合っていた。
呆然と立ち尽くす天龍に対し、エミヤはその最期の一章節を紡ぐ。
「彼等が託したもの、その想いの何たるか、刮目して焼き付けろ!……So as I pray,
エミヤが閉ざしたその目を見開いた瞬間、立ち込めていた霧が粉塵爆発でもしたかのように発火した。
それは紅蓮の業火となって世界を焼き尽くし、その視界を真っ赤に染め上げる。
日渡提督や艦娘達は、その炎を天龍の砲撃によるものかと勘違いしたが、戦艦でもなければ改二にも至っていない天龍の火力ではありえない規模の炎だ。
なにより、そんな思考がまともに働く前に全員が炎に飲み込まれた。
迫り来る炎に目を閉ざし、次に目を開けた時に何が起こっているかも知らずにーー
「これは一体……はっ!全員無事か!?何が起きたんだ!?」
「とりあえずは無事みたいデース……しかし、ここは何処なんデスカ!?」
「全く知らない場所なのです……こんな寂しい景色、見覚えもないのです……」
目を開ければ、見知らぬ荒野が彼女達を出迎えた。
どこまでも続く草木も生えない荒れ果てた大地、その至る所には墓標のように突き刺さった夥しい数の刀剣。
空は夕焼けに燃え、分厚い雲に隠れるように孤立した歯車の群れが、他とは噛み合わないまま孤独に回り続けている。
幻想的とは言い難い、しかしこの世のどこにもないであろう不思議な場所。
身を焼く炎に包まれた筈が、次の瞬間には見知らぬ場所に立ち尽くしているという現実。
それは全員の言葉を奪うには十分すぎる現象だった。
そんな中に、哀愁の漂う低い声が聞こえてくる。
「ここはかつてオレが行き着いた場所。終わる事のない争いの輪から抜け出せなくなった、愚かな男の到達点だ」
声を追って視線を向ければ、小高い丘の上に声の主であるエミヤが立っていた。
その前方には他の艦娘と同様、理解が追いついていないといった顔の天龍が立っていた。
「これも……テメェの言う魔術だかってやつで作った場所なのかよ?」
「ああ、そうだ。ここは私の心象世界、ここに見える全ての剣が私の武器として手足のように操れる。天龍、お前が本気で砲撃に臨むというのなら、オレも本気で迎え撃とう」
空を見上げて呆然とする天龍に対し、エミヤは己の本気を誇示した。
もっとも、その
こうして向かい合っているこの瞬間ですら、エミヤからは殺気の欠片も滲んではいないのだ。
しかし、その言葉に敏感に反応するからこその天龍型。
どんな場所、どんな相手、どんな理由だろうと、本気で戦うのなら全て関係ない。
歯車を見上げながら見開いていたその目は、既に獰猛な笑みと共にエミヤへと向けられている。
「こりゃスゲェ……俺の最期の相手は鬼級なのか姫級なのかなんて考えた事もあったが、まさかテメェみたいな奇天烈野郎がその相手になるなんて想像もしてなかったぜ!相手に取って不足なしだ!」
「オレは最期の相手として名乗りを上げた覚えはないのだがな。しかし、どうあっても止まる気はないのだろう?」
「……ああ、止まれねぇ。これが俺の最期の砲雷撃戦だ!」
こんな荒野では雷撃の類など使いようもなく、砲雷撃戦など望むべくもない。
だが、天龍はここを最期の戦場と定めてしまった。
重たく鈍い鉄の音と共に、その砲口はエミヤに標準を合わせる。
「そうか……良いだろう!お前が挑むは倉敷提督や散っていった艦娘達が未来を託した英霊だ!恐れずしてかかってこい!」
「上等だこの野郎っ!」
投影こそしないものの、やる気のエミヤ。
今の天龍を相手に、会話で説得することの無理難題を理解したのだ。
視線はフラットに天龍の全身を捉え、重心は爪先に集中して常に動き出しを意識する。
魔力回路には、今も送られてくる
それはまさしく本気の戦闘態勢だ。
そして、ガチャリという音と共に天龍の機銃・単装砲へ弾が装填されーーそれはとうとう火を噴いた。
轟音と共に巻き起こる砂塵と爆炎。
エミヤを人類だとカテゴリーするならば、艦娘による人類に向けての砲撃は、これが歴史上初めての事だろう。
見守る仲間達の目も真剣さを増し、言いようのない不安に手を握りしめている。
しかしエミヤは人類である事を売り渡してまで英霊となった男だ。
そう簡単に討ち取られる程、簡単ではない。
右へ左へと縦横無尽に駆け回り、機銃の射線から身体を外し、迫り来る砲弾の雨には刀剣を射出して対応する。
既に体力の消耗が限界を超えている天龍は、その足に根が生えたように踏ん張り、まるで天龍そのものが一つの固定砲台のように火焔を吐き出し続ける。
攻防の形は攻める天龍と守るエミヤとして変わっていないが、動きの内容は先程までとは逆転してしまった。
常に動き回りながら四方に警戒を要するエミヤの額に汗が滲む。
(本来の艦娘とはこれ程のものなのか……ここが海の上だったらと思うと恐ろしいものだな)
先程までの白兵戦から、天龍の戦力を過小評価していたことを改めた。
本来の戦いをすれば、いくらエミヤとて簡単な相手ではない。
何せ彼女達には、今日まで日本を守ってきた実績があるのだ。弱い筈などあるはずもない。
未だ直撃はしていないとはいえ、砲撃の余波で巻き起こる爆風や熱量だけでも相当なものだ。
それに紛れるように飛来する機銃の雨を捌いているのだから、エミヤの体力も白兵戦とは比べものにならないスピードで削られている。
「オラオラァ!さっきまでの偉そうな態度はどうしたよ!逃げ回ってばっかりで手も足も出ねえってか?そんなんじゃテメェを呼んだ倉敷提督の人選も間違ってるってもんだよなぁ!」
まさしく水を得た魚の様な戦い振りの天龍。
体力こそ底をついているのだろうが、その闘志は些かの衰えも見えない。
「意趣返しとは良い性格をしている。だがな……まだまだ甘いぞ!」
劣勢を強いられているエミヤだが、彼にも戦略はあった。
元々は弓兵である彼にとって、飛び道具の短所など百も承知だ。
特に、砲撃などの絶大な火力を誇るものになればその弱点は顕著に表れる。
つまり、距離さえ潰してしまえば、自身を巻き込んでしまう高火力の飛び道具は驚異足り得ないという事実。
それを見逃すエミヤではない。
通常の人間であれば、飛来する数多の砲弾を掻い潜って天龍まで辿り着くことなど到底できることではないだろう。
しかし、エミヤにはそれを可能にする眼と力がある。
刀剣の弾幕を展開しながら、左右に弾をかわしつつ、最短距離を天龍に向けて駆け抜けるエミヤ。
後は接近戦で天龍を組み伏せるのみと思考したその刹那ーー
「甘ぇのはテメェだっ!」
2人を中心に特大の爆発が巻き起こる。
爆炎に包まれる瞬間、エミヤの眼はそれを確かに捉えていた。
その手を伸ばし、あと数歩で天龍を捕まえるというタイミングーー
天龍は、その足元へとありったけの砲撃を行ったのだ。
当然、エミヤ諸共に天龍も爆撃に巻き込まれる形となり、ゼロ距離のそれは深刻なダメージを2人に刻む結果となる。
「ガハッ……くっ、正気か!?そんな自爆紛いの攻撃に打って出るなど何を考えている!」
いまだ立ち込める硝煙と砂塵の中、かろうじて天龍の姿を確認したエミヤは初めて動揺を見せた。
「へへっ……正気なもんかよ。紛いどころか正真正銘の自爆技だ……けどな、どっちにしろ解体される俺にとっちゃこんなもん屁でもねぇ」
咄嗟の判断で魔力による防御をとったエミヤに対し、天龍の損傷は軽微とは言えないものだった。
艤装を始め、衣装までもがボロボロになり、至る所が焼けて破れてしまっている。
身体もあらゆる部分から出血が確認でき、頭から流れる血は眼帯をつけた左眼あたりを真っ赤に染めていた。
「これでテメェは迂闊に接近できねぇ。爆散して死にたくなけりゃ、テメェも俺を殺す気できやがれ!」
流れる血を気にも留めず、天龍は砲撃を再開する。
それはダメージを負った身体に無理を押して戦っているとは思えない苛烈さでエミヤを追い詰めていく。
対してエミヤは焦っていた。
体力的にはまだ回避する分に問題はないだろう、ダメージはあるものの動きの精彩を欠く程に深刻ではない。
ただ、手立てだけが圧倒的に手詰まりだ。
天龍を倒すというのなら他にやりようなど幾らでもあるのだろうが、止めるとなると難易度が一気に跳ね上がる。
接近して拘束するとなれば、天龍は何のためらいもなく再び自爆技に頼るだろう。
天龍の身体がそれに何発耐えられるかもわからない上に、そんなやり方で天龍が戦闘不能になる事が勝利と呼べる筈もない。
(ならばオレが撃ち倒されるか?霊核さえ無事ならば回復の余地も……いや、ダメだな。そんなやり方で戦いを納めたとしても、それでは天龍の居場所は無くなるだろう。ならばーー)
思考の末、縦横無尽に逃げ回っていたエミヤは、ある地点で足を止めた。
それは天龍の真正面。
距離的にも絶好の的になる死地で仁王立ちしたまま、微動だにしない。
「テメェ……そんな所で棒立ちなんざしやがって何のつもりだ!もう諦めたってのか?倉敷提督に託されたんだろうが!ビビってんじゃねぇぞ!」
「誰が諦めるか、たわけ。なに、お前の気概に免じてオレも自爆技に賭けようと思ってな……これが正真正銘、最後の撃ち合いだ、天龍!」
その手には相変わらず剣すら握られていない。
だが、幾多の死線を越えてきた天龍には、エミヤの言葉が虚言でない事など良くわかっている。
これは、嘘やハッタリを言う者の顔ではないと本能が告げるのだ。
「こんなとんでもねぇ場所に連れてきた挙句、まぁだ隠し球があんのかよ……良いぜ!俺の最後の全力だ……食らいやがれ!」
それは、嘘偽りなく天龍の持てる全ての力を注いだ最後の砲撃なのだろう。
動かないエミヤを仕留めるには十分すぎる物量の砲弾。それがエミヤ1人に吸い寄せられるように飛来する。
外野にはエミヤの考えなどわかるはずもなく、スローモーションのようなその光景を祈るように見つめるのみ。
この距離、タイミングで回避などできる間に合わない事は全ての艦娘にも理解できていた。
「俺の……勝ちだぁぁああ!!」
天龍の咆哮と共に、その全ての弾は余す事なくエミヤへと着弾する。
鼓膜を突き破る程の轟音、人間1人を抹殺するには余りに過剰すぎる砲撃。
それを見守る日渡提督や艦娘達の頭には最悪の結果だけが思い浮かぶ。
エミヤの言葉やその能力に胡座をかいて、こうなることを止められなかった事への後悔なのか、日渡提督は立ち上る黒煙を見つめて拳を握りしめている。
艦娘達も、徐々に認め始めていたエミヤという男が死んでしまった現実と、仲間である天龍が一線を超えてしまった事の悲しみから悲痛に顔を歪ませていた。
ーーしかし、これで終わらないからこそ、エミヤは英雄なのだ。
「なっ、なんだってんだ!?身体が……動かねぇ!?」
エミヤの方にばかり気を取られていた一同が、苦悶を訴える天龍に目を向ける。
そしてその姿に驚愕した。
「アレは……
一同が見つめる先、そこには足元から飛び出した鎖に拘束され、雁字搦めになった天龍の姿が。
振り払おうと足掻く天龍だが、艤装すら満足に稼働できない状態だ。
「はぁはぁ……どうやら……この勝負はオレの勝ちらしいな……」
全員の心臓が跳ね上がる。
黒煙の晴れていくその向こう、そこに見えたのは爆散したと諦めていた真紅の外套だった。
桃色の花弁に守られながらも、身体は土埃や煤にまみれ、口元には血が滲んでいる。
片膝をついて疲弊するその姿は、どこから見ても満身創痍そのものだが、それでもエミヤは生きていた。
「何をしやがった!?身体が動かねぇどころか艤装も稼働しねぇ!また手品の類か!?」
「それは『天の鎖』といってな。その鎖に捕らわれた者は無条件に自由を奪われる、神性の高い者なら一層効果は絶大だ。もっとも、それは模造品でランクも段違いに下げてあるからな……全快の艦娘なら容易く千切れるのだろうが、今のお前なら逃れる事はできまい」
「神性だぁ?俺のどこが神様だっつーんだよ!?」
「君達は軍艦の化身だろう?軍艦といえば武神や護国の象徴として神仏と同様に祀られている。同様に、軍艦の化身である艦娘の神性も高いのだろうさ」
桃色の花弁が散っていく中、いつものニヒルな笑みを浮かべて天龍を見据えているエミヤ。
彼が投影したのは『天の鎖』と呼ばれる宝具。
それは彼の英雄王が所有する宝具のひとつにして、神が造りし神造兵装と呼ばれる兵器。
本来ならば、あらゆる対象を拘束し、その自由を無条件に奪う宝具であり、その拘束力たるや大英雄ヘラクレスさえも容易に戦闘不能に陥れる威力を誇る。
とは言っても、エミヤが投影したのは明らかな劣化版であり、通常の鎖に『天の鎖』が持つ効力を付与した程度の物でしかない。
だがーー
(魔力の殆どを持っていかれたか……あれだけランクを落としてもこの有様では完璧な複製など不可能だろうな。やはり神造兵装、しかも剣以外の投影ともなれば無理もない。霊核が砕けなかっただけでも良しとしよう……)
余裕そうに天龍へと語りかけたエミヤであったが、その実、深刻なダメージを抱えているのはエミヤの方だった。
神造兵装の投影には莫大な魔力を必要とする。
それも、剣の投影を得意とするエミヤにとって、鎖の宝具を投影する負担は計り知れないものだ。
エミヤは強気に言っていたものの、ランクを下げて投影したのは天龍が弱っていたからではなく、本物をそのまま複製すれば瞬く間にエミヤ自身が消滅してしまうからに他ならない。
現に、エミヤの霊核は今にも砕ける一歩手前というところまで深手を負っていた。
澄ました顔をしていても、この勝負は崖っぷちのギャンブルであり、こうして成功した事が奇跡に近い結果だと言えるだろう。
「ちっ、どっちにしろこんな鎖が無くても指一本動かせねぇ……テメェの勝ちだ」
「当たり前だ……と、言いたい所だがな。今回はたまたまオレに有利だったに過ぎん。これが海の上で戦っていたのなら結果は逆だった事だろうさ」
「下手な慰めはいらねぇ……どの道、こんな場所に引き摺り込まれたら海だろうが山だろうが関係ねぇだろ」
「どうだろうな……しかし、これだけやれば気も済んだろう?」
「……ああ、全部出し切ったからな。負けは気に入らねぇけど悪い気もしねぇ」
エミヤはゆっくりと立ち上がって天龍へと歩み寄る。
一歩を踏み出すたびに全身を引き裂かれんばかりの苦痛が身体を走るが関係ない。
そして、天龍の前にたどり着いたエミヤは、再び腰を落として天龍の目を見つめた。
「勝った自覚はないが、君が負けを認めるというのならオレの話を聞いてはくれないか?」
「……なんだよ?」
「倉敷前提督の事だ。あの慰霊碑に触れた時、艦娘達が語り終わったその最後……オレは倉敷前提督からも言葉をもらったのだ」
倉敷提督の名前に、鎖に繋がれたままの天龍の身体がビクリと反応する。
しかし、俯くようにして目を逸らしたものの、エミヤの言葉を遮る様子はなく、その沈黙を受け取ったエミヤは言葉を続けた。
「彼はオレにこう言った、どこの誰かは知らないが、君達の事を頼む、と。言葉は行儀のいいものとは言えないが、オレを戦いに巻き込む事を申し訳なさそうにしていたよ。この意味がわかるか?」
「……わかんねぇよ……全然わっかんねぇ……っ!」
「たわけ……彼等はな、死んでも尚、残してきた仲間を救おうと必死に足掻いているのだ。死者である自分達ではどれだけ手を伸ばしても生者である君達に届かない。だからこそ、同じ死者であり……英霊であるオレを呼んだ」
エミヤは守護者という言葉を飲み込んだ。
ここにいるエミヤは抑止力の意思とは関係のない理由で戦おうとしている。
それは正しく英霊としての姿であり、同時に今の彼は彼女達のためだけの守護者なのだ。
「どこの誰かもわからない相手にさえ助けを求めるのだ、どれだけ必死かも容易に想像がつく。だがな、そんな必死な想いだからこそ、儀式も踏まずに英霊を呼ぶなどという奇跡を起こしてみせた。君の仲間達は強い……誇りに思うといい」
天龍の身体は小刻みに震えていた。
俯いた顔は前髪で隠れて見えないが、その足元の乾いた大地を濡らす雫は、きっと天龍の涙なのだろう。
「っざけんな……そんなに心配ならさっさとくたばってんじゃねぇよ……死んでまで余計な世話を焼きやがって……」
音も無く天龍を拘束していた鎖は消滅した。
身体の自由を取り戻した筈の天龍だが、その身体は力なくへたり込んで動こうとはしない。
そんな天龍の肩に、エミヤの手がのせられる。
「今一度問おう。天龍、オレを君達の提督として認めてくれないか?君達がそれを認めてくれるならば、倉敷前提督に変わってこの戦争を終わらせてみせる。君達の誰一人として沈ませやしない」
肩に乗る大きな手からは、力強さと暖かさを感じる。
滲む視界の向こうには、真っ直ぐな瞳で天龍を見つめるエミヤの姿。
その姿に重なるのは、在りし日の倉敷提督ーー
『こんなくだらねぇ戦争は俺達でちゃっちゃと終わらせんぞ。だから、その日までは何があっても沈むんじゃねぇ』
水平線を見つめていた彼の眼は、どこまでも力強く真っ直ぐでーー
「お前みたいな眼をしてたっけなぁ……」
「……なんの事かね?」
「認めるっつったんだよ。あんたになら、あいつ等を任せられる……あいつ等の事、頼んだぜ」
天龍は、涙を潰すようにその眼を閉じて微笑んだ。
最後まで過去に囚われ、前に進めなかった天龍が、やっとエミヤを認めたのだ。
しかし、その未来に自分が立っている姿は描けていなかった。
「まるで他人事のように言うのだな」
「これだけやっちまったらな……あんたが何と言おうと軍の処分は絶対だ。かと言って倉敷提督達が守ろうとしたこの国と喧嘩するつもりもねぇ……俺は大人しく処分されるさ。なあ、最後にひとつ、頼み事があるんだけど聞いてくれねぇか?」
「……聞くだけなら聞くさ、言ってみたまえ」
「あんたは……俺達の提督になるんだよな?」
「無論、そのつもりだが?」
「ならよ……あんたの手で俺を処分してくれねぇか?俺の最期の相手で倉敷提督達が未来を託した男なんだ、そんな奴の手で逝くなら悔いもねぇ……なぁ、頼むよ
奇しくも、天龍はこの鎮守府の中で誰よりも先にエミヤを提督と呼んだ。
その言葉には確かな信頼と、同じくらいの悲壮感が籠められており、その命の終わりを悟らせるだけの重さを感じるものだった。
「それが……君の望みか?」
「ああ……」
「そうか……ならば応えよう」
エミヤは静かに立ち上がってその手を振り上げた。
遠くでは艦娘達の泣き叫ぶ声が聞こえる。
誰もが天龍の愚行を止めようと、声の限りに叫んでいた。
俯く天龍が目を向ければ、日渡提督が必死にこちらへと駆けてくるのが目に入って、何故だか天龍は笑いそうになる。
(騒がしい奴等だったけど面白かったぜ……悪ぃな龍田、後は任せた……)
最後にチラリと見えた龍田の顔は、彼女らしくない真面目な顔で、それが胸の奥をチクリと痛める。
それでも、思いの丈をぶつけて力の限りに戦った天龍は満足気に目を閉じた。
そして、エミヤからの処分が無慈悲にも下されるーー
「こんの……たわけがっ!!」
英霊エミヤ、渾身のゲンコツが天龍の脳天にクリーンヒット。
それは数十発に及ぶ竹刀の殴打を軽々と上回る激痛を持って天龍を襲った。
その凄まじい打撃音に艦娘達はドン引いており、各々が『うわぁ……』という顔を浮かべている。
日渡提督に関しては芸術的なまでのヘッドスライディングを披露する始末だ。
「ってぇぇええ!!このっ……何しやがる!?」
「君が処分を望んだのだろう?それに応えたというのに何を怒るのだ?」
「処分っつーのはそういう意味じゃねぇ!俺は解体されんだぞ?つまり死ぬんだよ!ゲンコツで済むような軽い話じゃねぇだろ!」
「だからたわけだと言うのだ。私がここにいる理由は君達を生かす為だと何度言わせるつもりかね?良いか天龍、死を覚悟するのは勝手だが、死に急ぐ事は許さん。覚えておけ、これは
提督命令という言葉に天龍は押し黙る。
脳天はヒリヒリと痛むし、理由の不明な涙は出てくるが、エミヤのその言葉は不思議と胸に落ち着いた。
「ったくよぉ、とんでもねぇ提督もいたんもんだな」
「こちらの台詞だ。着任初日に殺されかけるとは、どうやらとんでもない職場に連れてこられたらしい」
向かい合う2人に剣呑な空気は無い。
互いに苦笑いを浮かべながらも、それはまるで憑き物の落ちたような晴れやかな表情だった。
その時、突如として世界が揺れ動く。
大地震のような揺れと共に、空はヒビ割れ、歯車も地に落ちんばかりに鳴いている。
(『天の鎖』の影響か……固有結界の維持も限界のようだな)
それはエミヤの魔力切れによる固有結界の消滅を意味していた。
無論、エミヤが現界する分の魔力こそ残っているのものの、供給される魔力ではここまでが現界らしい。
「時間のようだ、立てるか?」
差し出された手を握る天龍。
その手はやはり大きく、暖かかったーー
空が降るようにして世界が終わる。
ガラス細工のように散っていく世界の後に残ったのは、皆が見慣れた体育館。
先程までの喧騒が嘘のように静まり返ったその場所は、風に揺れる木々の声と、遠くで響く波音だけがやけに大きく聞こえていた。
「2人とも無事かい!?」
そんな2人の元へと日渡提督が駆け寄る。
よほど心配をかけたのだろう、顔面蒼白のその表情は、普段の余裕など全く感じられないほどに弱々しく見える。
「日渡提督……さっきは、怒鳴っちまって悪かった。その上、あれだけやらかした挙句に生き恥晒して戻ってきちまって……なんつったら良いか……」
日渡提督に頭を下げる天龍は、さっきまでとは別人のようにしおらしくなっていた。
「いや、僕の方こそ謝らなければならない。君にとってこれ程までに大切な事を独断で決定してすまなかった。君達を想っての事だったのに、君達を傷付けてしまうとは……全く情けない限りだ。申し訳ない」
言うなり、日渡提督が深々と頭を下げた。
それは艦隊司令部本部の提督が、こんな小さい鎮守府の艦娘に対してとる行動ではなく、それがどれだけ艦娘を想った上での行動かを悟らせるには十分な謝罪である。
「ちょ、やめてくれよ日渡提督!あんたが頭を下げる必要はねぇって!それに……あんたがするべきは謝罪よりも処分だろ。俺の今後は日渡提督の判断に任せるからよ」
「そうはいかないさ。君の本音を聞いて、僕の行動がどれだけ早計で軽薄だったかを思い知った。今回の件において、その全ての責任は僕にある。故に、天龍君の処分は不問とさせてもらうよ」
天龍の必死の懇願をもって顔を上げた日渡提督だが、その表情は相変わらず申し訳なさでいっぱいという雰囲気を醸し出している。
そんな態度、自分のような末端の兵士に向けて良いのかと驚愕する天龍だったが、さらに理解できないのはその言葉だ。
「不問っ!?いやいや、本当にどうしちまったんだよ!?俺が何をしたか見てたよな?日渡提督に暴言吐いた挙句、仮にも人間相手に砲撃したんだぞ!?」
「あー……いや、不思議なことにそんな記憶はないなぁ。夢でも見てたんじゃないのかい?それに、天龍君が砲撃に及んだ証拠なんてどこにもないじゃないか」
言われた天龍が呆気にとられた顔で辺りを見回す。
そこに映るのは見慣れた体育館と見慣れた仲間達。
その何処にも損傷はなく、確かに砲撃の痕跡は見て取れない。
固有結界なんてもの、誰もが始めて見たのだ。
あれを現実として受け入れろと言うのなら、確かに夢でも見てたと判断する方が気楽だろう。
「それにねぇ……ここで判断を誤ると僕の今後がとても心配だからさ、大人しく言う事を聞いてもらえないかな?」
別の意味で顔を蒼くした日渡提督が指差す先、それを追うように振り返ってみれば、何故か両手に干将・莫耶を握りしめたエミヤがこちらを見て難しい顔をしていた。
「ふむ……確かに戦闘の痕跡が無い以上は何を処分するのだという話にもなるだろう。日渡提督がそう言うのなら何も無かったのだろうな」
そう言うと、エミヤの手から剣が消える。
「おい……あのヘンテコな場所を作ったのはこれが狙いだったのか!?」
「狙いとは人聞きが悪い。気遣いのできる男と言ってもらいたいものだな」
冷や汗をダラダラと流す天龍を
この結果までを見越して戦っていたとすれば、こいつの眼にはどこまで先が見えているのだと戦慄する日渡提督。
もう話についていけないと、エミヤ達をそっちのけで何かを密談する艦娘達。
「まぁ、なんつーかよ……あんたのおかげで死にぞこなったんだ。こうなりゃ最後まで付き合ってもらうぜ、提督!」
いっそ開き直ったのだろう。
困惑の色は消えないままだが、それでもニカッと笑う天龍が右手を差し出す。
「お互い様だ。ここまで好きにやったのだ、今後の活躍に期待させてもらおうか」
その手を握り返し固い握手を交わす。
その上限など知る由もないが、ここに始めて『絆の力』が誕生した。
そしてもう1人、エミヤが語りかける相手ーー
「さて、君の姉はこう言っているが、君は納得してもらえたかね?龍田」
それは壁際でニコニコと笑顔を浮かべる天龍型二番艦の龍田。
戦闘中もいっさい口を挟む事はなく、手出しもしなかった天龍の妹だ。
「あらぁ、私は天龍ちゃんが納得したのなら何も言う事はないですよぉ?これからよろしくね、提督さん」
甘ったるい程に穏やかな声で龍田はエミヤを認めた。
しかし、その声とは裏腹にエミヤの心中は心労を抱えていたのだった。
(良く言ったものだ……戦闘中、絶えず私へと殺気を振り撒いていたというのにな。いつ背後から襲われるかと肝を冷やしたが、これでひとまずは安心できる)
強敵とは別の意味での底知れない恐怖を抱きながらも、エミヤは胸をなでおろした。
これをもって、やっと危機感から解放されたエミヤ。
だからこそ、そこに忍び寄る脅威に反応できなかったーー
「Heeeeeeey!テーイートークー!!」
安心しきって油断したエミヤの腹部に、どこからともなく突進した
その勢いのまま、エミヤの身体を吹き飛ばしてマウントポジションを取った。
これに殺意がないのなら意味不明である。
「こ、金剛……そこを退け……いや、待て……内臓が……内臓が面白い具合に……」
「私達も
戦闘中も見せなかった苦悶を浮かべるエミヤを他所に、金剛は天真爛漫に宣言した。
「君達は……納得できたのか?いや、その前に君はそこを退く気はないのか!?」
「Yes!身を呈して天龍を助けようとしたエミヤさんを見て、信用できない筈がないネ!私、釘付けだったヨ!」
「私の分析によれば、エミヤさん程この鎮守府に相応しい提督はいないという答えが出ました。これから宜しくお願いしますね、提督」
「いやー、痺れたで!これはうちも負けてられへんなぁ!これからよろしゅうな、提督さん!」
「密輸船で見た時はこうなるとは思わなかったけどねぇ、出会いってのは不思議なもんだよ!よろしくね、提督!」
「ふふっ、クールに見えて意外と熱い人だったんですね。高雄と鳥海が頼りにする訳だわ、これから宜しくお願いしますね、提督さん」
「この摩耶様がいる鎮守府の提督になるんだ、大船に乗ったつもりでいろよな!」
「天龍さんの事、ありがとうございました。あの時の司令官さん、とっても格好良かったのです!電達の事、宜しくお願いしますね」
「
馬乗りになられたエミヤを囲むように、艦娘達からエミヤを認める言葉がかけられる。
距離感だってわからない、英霊というものも理解できていない、それでも、彼女達の眼は暖かくエミヤを迎え入れていた。
そんな艦娘達の言葉に目を見開いて驚くエミヤ。
彼が決死の覚悟でとった行動、そしてそれを託した倉敷提督達の想いは、ここに実を結んだ。
「ふっ……ならばその期待に応えるとしよう」
金剛を無理矢理ひっぺがしたエミヤは優雅に、余裕を持った佇まいで立ち上がり、何にも気後れする事なく宣言する。
「私が着任する以上は一人も沈ません。これから先、何があってもだ。その上で勝つぞ、この戦い」
「了解!」
息の合った敬礼で応える艦娘達。
ここに、壮絶を極めた着任初日は幕を下ろした。
よくぞここまで読んで下さりました!
このようなダラダラと続く長文になる予定ではなかったのですが、やはり戦闘描写は難しいですね……
エミヤの神造兵装の投影については賛否両論あるかと思いますが、作者の認識として形を模倣した程度の中身スカスカな投影であれば可能という解釈なので違和感を覚えた方がおりましたら申し訳ありません。
fgoの方でも新イベントで忙しくなっておりますが、お暇な時にでもまた読みに来ていただければ幸いです。
次回
オカン降臨!