守護者の観る水平線   作:根無草

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【幕間】エミヤ提督の1日

 鎮守府の朝は早い。

 

 が、エミヤ提督の朝はさらに早い。

 

 午前5時に差し掛かる時分、春先とはいえ空はまだ仄暗く風も冷たい時間からその活動は始まる。

 

「フィーッシュ!ふむ、中々いいサイズのクロダイだな!」

 

 船渠(ドック)から繋がる防波堤の一角、季節外れな薄手の釣り人が朝とは思えないテンションで陸釣りに興じている姿が。

 

 言うまでもなくエミヤである。

 

 手に持つ竿は見るからに高級なカーボン製のロッド、手元にはこれまた高級であろう電動式のリール。

 傍らに置かれたクーラーボックスにはクロダイが2匹、イサキが4匹、メバルが4匹と中々の釣果を示していた。

 

 余談だが、この世界において一般人が陸釣りなどしていたらもちろん犯罪である。

 さらに言えば、軽犯罪とはいえ罰金刑に処されるなどの問題以前に、運が悪ければ深海棲艦の的になる可能性も否めない。

 ここが鎮守府の管理する湾である事と、エミヤがその鎮守府の提督であるが故に黙認されているグレー行為なのは外部とクラスのみんなには内緒の案件だ。

 

 そんな事をしていると、夜間哨戒に出ていた艦娘達が帰港してくる時間になる。

 

「あら、おはようございますエミヤ提督。今日も釣れてますか?」

 

「む、もうそんな時間だったか。おかえり愛宕、全員無傷という事は戦闘はなかったようだな」

 

「いえ、鋼材採取地点の離島付近でホ級率いるイ級4隻と交戦しましたが私達に被弾は無し、イ級は電ちゃんと龍田ちゃんの雷撃で轟沈、ホ級は私の雷撃で大破したところを霧島さんの砲撃で轟沈しました」

 

「結構、ミーティングの際に詳細を聞かせてもらうとしよう。私もこの魚を厨房で処理しなければ。各自疲れているだろう?ミーティングまでゆっくり休んでくれたまえ。希望があれば食堂でお茶でも出そう」

 

 今日で着任4日目。

 

 最初こそ自分達の提督が普通に陸釣りに興じ、「ヒャッホー!」とはしゃぐ姿に驚愕した艦娘達だったが、さすがにそれも見慣れたらしい。

 

 霧島も最初こそ注意していたが──

 

「提督権限だと思って黙認してもらえると助かるのだがな。なにしろ全員分の食材を賄うにはこういった自給自足も必要でね」

 

 というエミヤの言葉に押し切られる形で渋々納得した。

 これについては半分正解で半分は建前、むしろ理由の殆どがエミヤの趣味に偏っている事を霧島は知らない。

 飲兵衛組の隼鷹、摩耶、響、龍田あたりは、酒の肴に鮮魚が出るとあってエミヤの釣果を毎日楽しみにしてる程だ。

 

 尚、毎朝エミヤの部屋を訪れている金剛は、今日まで一度もエミヤの目覚めに携わっていない事を地団駄を踏みながら悔しがっていた。

 

「凄いのです!お魚さんがいっぱいなのです!」

 

「そうねぇ、しばらくお魚料理なんて食べてなかったから楽しみだわぁ。ありがとね、提督」

 

 クーラーボックスの魚を見ながらご機嫌な様子の電と龍田。

 エミヤが食事を担当するようになってからというもの、こうして和気藹々と会話する機会も増えた。

 特に龍田は最初こそ距離を置いた態度を取っていたものの、姉の天龍がエミヤをいたく気に入っているからなのか、最近は砕けた会話もするようになってきた。

 

 エミヤとしても、睡眠を取らない事は苦にならないし、こうして艦娘達が日常に楽しみを見出してくれた事を少なからず喜んでいる。

 

「あら、エミヤ提督。釣竿になにやら反応が見られますが?」

 

「なにっ!?霧島!引け!引くんだっ!」

 

「えっ?えっ?こ、こうですか!?」

 

「そうだっ!そしてフィッーシュと掛け声を叫ぶ!」

 

「はいっ!?ふぃ、ふぃーっしゅ!」

 

 慣れないどころか始めての釣りで慌てふためく霧島。

 普段の冷静沈着な彼女の面影はどこへやら、少女のようにオロオロと竿を握りしめる。

 それを傍で指導するエミヤと、ゲラゲラ笑う艦娘達。

 

 今日も今日とて、鎮守府の1日は賑やかに始まった。

 

 ミーティング前の時間は夜間哨戒の艦娘達と食堂で過ごすのが日課になりつつある。

 わずかな空き時間ではあるが、その時間を使ってエミヤは艦娘達の朝食を用意していき、夜間組はそんなエミヤを眺めてくつろぐ。

 

 そんな艦娘の目線にも些か慣れたのか、雑談を挟みながらもエミヤの調理は着々と進んでいく。

 栄養バランスの考えられたメニュー、それも飽きのこない多彩なレパートリー。

 最近では個人個人の好みも把握してきており、細かな気配りも忘れない仕事っぷりは艦娘達からの好感度上昇に大きく貢献していた。

 

「あら、そろそろ総員起こしの時間ね。エミヤ提督、私はマイクのチェックがあるのでお先に失礼します。後ほど執務室で」

 

「ああ、こちらもそろそろ仕込みが終わる。後は炊飯器のタイマーを入れるだけだ。それでは執務室で待っているよ」

 

 そう言うと霧島は放送室へと向かっていった。

 エミヤも艦娘達の湯呑みを回収し、洗い物を済ませてから執務室へと向かう。

 その後ろを龍田と電と愛宕がついて歩くのはもう見慣れた恒例行事のようなものだ。

 

「おはようみんな、今日もエミヤ君と出勤かい?既に人気者なんだねぇエミヤ君」

 

「そういった無粋な茶化しをする輩には朝食抜きの返礼を見舞うところだが……アレはまたいつものか?」

 

「あー……いつものだね」

 

 執務室では金剛が淹れた紅茶を嗜む日渡提督と、なぜかむくれっツラの金剛が待っていた。

 まあ、4日目ともなると金剛が不貞腐れている理由もエミヤにはわかっているのだが。

 

「むー……今日も起こしに行ったのにエミヤ提督は不在でシタ!まーたFishingデスカ?」

 

「す、すまない金剛。この時期は良い魚が多くてな、その上この辺りの魚は漁業が停止していた関係でスレてなく入れ食い状態なのだ」

 

「何を言ってるのか全くわかりまセーン!もう……たまには構ってくれないと寂しいデス……」

 

「そう拗ねないでくれ。金剛にも美味しい魚料理を食べてもらいたかっただけなのだ。今日のディナーは豪勢にするから機嫌をなおしてくれないか?」

 

「えっ、私の為に……?ん〜……問題nothing!!早起きは三文の特ネ!今日も元気に働きマース!」

 

 金剛の乙女脳はエミヤの言葉を都合解釈したらしい。

 こんなやりとりも日常化してきているせいなのか、一部の艦娘からはスケコマシ的な汚名を着せられているエミヤなのだが、本人にその自覚はない。

 当事者であるエミヤに至っては、金剛の態度について『提督代理のプレッシャーから解放された反動で甘えたがっているのだろう』くらいの解釈しかないのだから、さらに問題である。

 

「よし、全員集まったようだな?ではミーティングを開始する」

 

 3日目からはエミヤ本人がミーティングの進行を行なっていた。

 日渡提督によれば、エミヤの勤勉さは凄まじく、自分が教える予定だった情報を予習の段階で既に把握している他、それらの情報を臨機応変に使い分けた対応もできるとの事で、日渡提督監修の元、さっそく仮想的な独り立ちを実施中なのだ。

 

 現に資材管理や艤装の整備など、妖精さんとのコンタクトが必要な件に関しては、会話が成立するエミヤの方が日渡提督よりも仕事が早い程なのだからそれも止む無し。

 

 現状でエミヤに残された課題は、身分の取得と軍本部への申請、この鎮守府の特殊な役回りの把握など、極めて特例な部分しか残っていなかった。

 

 逆説的に、一般的な提督としての業務ならば既に最低限を把握しており、能力も申し分ないという日渡提督のお墨付きも貰っている。

 

「──以上が本日の任務だ。何か質問がある者はいるかな?」

 

「はい、エミヤ提督。哨戒ルートがいつもと違うのは何故デスカ?」

 

「敵の立場になって考えればわかるだろう。常に一定のルートにしか艦娘が現れないのならば、そのルート以外の場所に潜伏しようとするのは当然だ。そういった意味で今日からは試験的に新ルートの哨戒任務を行ってもらう」

 

「なるほど……了解デス」

 

「勿論、私の推測通り敵が潜伏していた場合は予期せぬ戦闘になるケースもあるだろう。敵艦隊がそこを拠点にしているようであれば思いがけない大きな戦闘も予想される。その場合は殲滅を急がず、確実に鎮守府へと帰港して状況の報告を優先するように。敵戦力が未確定である以上、深追いは厳禁だ」

 

「いや、なんで俺を見るんだよ!さすがに命令無視してまで深追いしたりしねぇって!」

 

「……なら良いのだがな。無線がジャミングされたり戦闘の余波で故障などした場合は直接の指令が出せなくなる。今の言葉を忘れずに任務に当たってくれ」

 

「了解!」

 

「では解散。食堂に朝食が用意してある、各自冷めないうちに食べたまえ」

 

 こうしてエミヤ提督のミーティングは終了。

 内容や進行の組み立てを見ても、日渡提督の目には一人前の提督として映っていた。

 

「着任4日目だっていうのに大したものだよエミヤ君は。あの哨戒ルートはエミヤ君が考えたのかい?」

 

「そんなところだ、海流や海底の深度を計算してもあそこに潜伏する可能性は多少あるだろう。あのポイントではこれまで一度も深海棲艦を確認していないらしいが、だからこそ警戒する必要がある」

 

「なるほどね、それは戦場に生きた君の勘ってやつかい?」

 

「何度も言うが私は現実主義でね、勘に頼ることは滅多にない。これはあくまで石橋を叩いて渡る程度の警戒だよ。それに、万が一にもそこを拠点にされていたのならこの鎮守府の管理する海域でもかなりの近海に位置する場所だ。急に進軍でもされれば対応が間に合わない可能性も否定できないだろう?そうなる前に手は打つべきかと思ってね」

 

「まったく……君の手腕が末恐ろしいよ。そのうち僕よりも上の立場に出世したりしてね」

 

「丁重に辞退させてもらうよ。私がマスター達に託されたのはこの鎮守府の事だ、海軍における出世に興味はない。さて、私達も食堂へと向かうとしよう」

 

 こうして滞りなくミーティングは終了。

 

 所変わって食堂──

 

 提督として指揮をとる時は引き締めた対応をするエミヤだが、厨房となるとまた話は変わってくる。

 

「昼の任務につく艦娘は焼き魚定食だ、今日は型の良いイサキが釣れたので軽く干して塩焼きにしてある。汁物は里芋と油揚げの味噌汁、小鉢には胡瓜の酢の物、副菜はヒジキと煮豆の白和えを用意した。デザートには蜜柑のソルベがあるので食べ終わった者から言ってくれ。では、よく噛んで食べるように」

 

 前掛けをしたエミヤが朝食として用意した定食の配膳を済ます。

 日中の任務にあたる艦娘達は、まるで旅館の朝食のような献立に目を輝かせている。

 

「夜間哨戒の者はこれが昼食になるからな、少しボリュームのある物にしてみた。メバルの唐揚げにはレモンと大根おろし、小鉢は蓮根と牛蒡の金平、副菜は鶏胸肉のオニオンサラダ、汁物はクロダイのアラ汁だ。アルコールに関しては昼時まで待ちたまえ、そのかわり酒の肴は希望のメニューを用意しよう」

 

 生活習慣によってメニューを分けて提供するプロ意識。

 提督としても高い意識で仕事に望んでいるのだろうが、食堂においてのエミヤは別の意味で活き活きと仕事に取り組んでいた。それはそれは不気味なほどに。

 

 メニューの説明をする間もその動きに無駄はなく、水やお茶の少なくなった艦娘達を回ってはその世話を欠かさない。

 

 しかも、ここまでの働きだけでも既にどちらが本業なのかわからない程の仕事っぷりなのだが、エミヤの一日はここからが本番だったりする。

 

 午前8時、出撃する艦娘達を見送ったエミヤはその足で工廠へと向かう。

 沢山の妖精さんがエミヤを出迎える中、艦娘の艤装を整備する妖精さん達の元へ腰を下ろすと、あれやこれやと教えてもらいながら一緒に武器弄りが始まった。

 

『エミヤ提督は本当に器用であります、本部の整備士でもここまで艤装を弄れる人間は少ないでありますが……どこかでメカニックでもしてたでありますか?』

 

 妖精さんから見てもエミヤのスキルは人間の中でも相当に高いらしく、工廠を訪れた初日などは大変驚かれた。

 魔術に対する知識など皆無な妖精さんには投影の基本である構造把握や解錠の説明をしてもチンプンカンプンだったようで、最終的にはエミヤのいきすぎた趣味のひとつということで片付いている。

 

 ともあれ、会話ができる強みからすぐに意気投合し、今ではだいぶマニアックな話もするようになっているようだ。

 余談ではあるが提督専属の妖精さんはまだ決まっていない。

 

 ちなみにエミヤが工廠で何をしているかといえば、どうやら新兵器の開発やエミヤにも使用可能な装備の考察などを秘密裏に行っているらしい……が、その実態は不明である。

 試しにエミヤが艤装を投影してみた結果、形だけなら複製できたもののいっさい稼働はしなかった。

 やはり艦娘のように妖精さんとのリンクがなければ機能しないのか、投影による艤装の量産は諦める方向に落ち着いたらしい。

 

 そして午前10時、工廠を後にしたエミヤが向かうのは執務室。

 

 パソコンに送られてきた本部や他鎮守府からの情報整理や夜間の戦闘記録のデータ化、資材の管理などを行う。

 2日目までは日渡提督の指導を受けていたエミヤだったが、3日目以降は誰の助けもなく全ての事務作業をこなすまでに至った。

 時折入ってくる哨戒中の艦娘からの無線対応も問題ないようだ。

 

 そのおかげで手が空いた日渡提督も、エミヤに関する身分の作成に手を回しているらしく忙しそうに電話や資料作成に追われている。

 

「気になっていたのだが、この鎮守府には戦闘に関する本部からの指令はくだされないのか?」

 

 作業をひと段落したエミヤが日渡提督に尋ねた。

 

 エミヤがこれまで確認してきた本部からの指令は物資の輸送や護衛任務などが殆どであり、その数も月に数回しかない程度のものだった。

 戦争中というのならもっと頻繁に出撃命令でもあるのかと想像していたエミヤにとって、これは少し予想外の内容だったのだ。

 

「ああ、そのあたりの説明はしてなかったね。結論から言うとこの鎮守府に激戦区への出撃命令がくだる事は滅多にないよ。というか、よほどの事態が起きない限りは大規模戦闘に招集される事もない」

 

「それはつまり、この鎮守府は戦力外とみなされているという事か?」

 

「そうじゃないよ、この鎮守府が設立された目的がそもそも戦闘のためではないのが大きな理由さ」

 

 日渡提督の説明ではこうだ。

 

 この鎮守府は横須賀鎮守府と呉鎮守府の中継地点として設立された鎮守府である事。

 その為、少数の艦娘で運営しており、海域も比較的戦闘の少ない場所が選ばれたらしい。

 主に呉と横須賀を往来する輸送艦隊などが補給のために立ち寄ったり、大規模な戦闘の際には緊急の予備施設としても機能するそうだ。

 だからこそ在籍の艦娘が必要とするよりも多くの資材を備蓄し、人数に見合わぬ大きな設備を設ける必要があった。

 

 そして、戦闘に駆り出されないもう一つの理由は艦娘達の休息の地である為。

 

 この鎮守府に在籍する艦娘は、その全員が古参と呼ばれる戦争初期から活躍してきた艦娘だという。

 それ故に、新参の艦娘に比べて遥かに長い時間を激戦の真っ只中で生きてきた彼女達を少しでも労おうという目的も兼ねて作られた鎮守府でもあるとの事だ。

 

 勿論、彼女達が古くて戦力外という意味は微塵もない。

 むしろ長きにわたり戦ってきた艦娘なのだ、その練度たるや他の鎮守府に在籍する最新鋭の艦娘にひけを取らないだろう。

 

 だからといって、制海権もある程度は取り戻し、新規の艦娘も増えてきた今、これからも最前線でこき使うのは忍びないという軍部の判断もあってこのような形に落ち着いたらしい。

 

 尚、同様の目的で設立された小規模の鎮守府は全国各地に点在するそうだ。

 

 もっとも、意図せぬ轟沈や殉職の影響で結果的に他の鎮守府よりもハードな労働状況におかれているのは何とも皮肉な話だが。

 

「なるほど、つまりはこの国の主戦力たる鎮守府をバックアップするための鎮守府という事か」

 

「そんなところさ。かと言って今の海に絶対的な安全圏は存在しないからね……この海域においての平和と安全は、依然として彼女達に委ねられているとしか言いようがない」

 

「申し訳なさそうにするものではないだろう。戦場に生きると決めたなら、それくらいの覚悟は誰もが持ち合わせているものだ。そんな顔をされれば彼女達も心外だと思うがね?」

 

 エミヤの頭に買い出しの際に戦いたくないと語った電の顔が浮かび、少しだけ胸が痛んだ。

 

「それもそうだね。あれ、そろそろお昼の準備をする時間だけど大丈夫かい?」

 

「11時か……よし、仕事も区切りが良いし私は失礼するよ。すまないが金剛達からの報告は日渡提督に任せる、有事の際は食堂にいるので声をかけてくれ」

 

 執務室を出たエミヤは再び食堂へ。

 

 夜間組の艦娘は各々で訓練をしたり休憩したりと自由に過ごす中、エミヤは休む事を知らない。

 哨戒任務の艦娘は11時前後に帰還するのであと1時間もすれば昼食だ。

 足早に食堂へと向かったエミヤは手早く昼食の仕込みに取り掛かる。

 

 そして12時、食堂は再び大賑わいだ。

 

「口元に米がついているぞ摩耶!そんなに急がなくてもおかわりはあるのだ、少しはゆっくり食べたまえ!隼鷹は隠れて酒を飲もうとするんじゃない!艦載機が行方不明になったらどうする!む、天龍!肉ばかり食べてないで野菜も食べるように!龍驤はまた牛乳ばかり飲んで……そんなに飲んでも背は伸びんぞ?なに、背ではない?そ、それはすまん。ん?金剛はおかわりか?少々待ちたまえ、すぐに用意する!」

 

 オカン提督は今日も引っ張り凧である。

 

 それでも朝昼晩と食べ盛りの艦娘達に食事を振る舞うエミヤに疲労の様子はない。

 

 結局、食堂の喧騒が収まったのは13時手前。

 手早く洗い物を済ませた後、午後の哨戒へと出撃する艦娘の見送りに出る。

 

 夜間任務の艦娘達は各々の部屋へと戻り、エミヤにもやっと時間的な余裕が生まれる。

 簡単な事務作業を済ませてから、エミヤは裏庭に出て行く。

 

 目的は慰霊碑の手入れと、庭の草むしりや垣根の剪定だ。

 空き時間を利用して商店街から購入してきた花の種に水をやり、慰霊碑の周りには芝桜が植えられた。

 

「ふむ……やはり声が聞こえる事はないか」

 

 あの夜に慰霊碑に触れてからというもの、倉敷提督達の声が聞こえてくることはなくなった。

 魔力については相変わらず供給されてくるものの、簡単に意思疎通ができるという訳ではないらしい。

 

「活動方針は私に任せるということか。まったく、やはり勝手なマスターだ」

 

 ニヒルに笑うエミヤは庭の手入れを終えると海へ向かう。

 どうやら釣りを再開するという訳でもなく、いつになく真剣な眼差しは彼方の水平線を睨んでいた。

 

(10……いや、12キロといったところか?やはり深海棲艦の魔力察知は困難だな。最低限8キロまではどうにかなりそうではあるが補強は必要だろう)

 

 鷹のような眼をそのままに、その左手には投影した黒い弓が握られる。

 

投影開始(トレース・オン)……ちっ、やはり酷い出来だな。我ながら呆れた欠陥品だ、キャスタークラスの英霊にでも見せれば良い笑い者だろう」

 

 続いて右手に握られたのは一本の矢と、その先端に括り付けられた真紅の宝石。

 苦虫を噛み潰したような表情でそれを見ながら悪態をつくものの、諦めたように矢をつがえる。

 

「射出角、風向き、装填魔力量……こんなところか」

 

 解き放たれた矢は空を漂う雲を射抜くようにして大空へと飛んでいく。

 その動作を何度か繰り返してエミヤは海を後にした。

 

 その後は何事もなく執務室で事務作業をしながら過ごす。

 時折、金剛から暇電感覚で入ってくる無線に対応したり、明日には横須賀へと帰る日渡提督との最終打ち合わせをしたりしているうちに時間は過ぎていく。

 

 気付いた頃には窓の外は既に夕焼けに染まり、茜色の海が1日の終わりを告げていた。

 

 この時間になるといよいよ多忙なエミヤの最終業務だ。

 まずは午後の哨戒任務から帰港する艦娘達を出迎えて、活動報告を受け取る。

 

「さすがエミヤ提督デース!哨戒ルートを変えた途端に多数の敵艦を確認したヨ!」

 

「何匹かは沈めてやったけど深追いするなっつーから取り逃がした奴も多かったぜ?」

 

「結構、無事に帰ってこれたなら戦果として上々だ、対策はこれから練れば良いだろう。というか金剛、無線連絡の際に戦闘の報告はなかったはずだが?」

 

「何を言うデース!?エミヤ提督の声を耳元で聞いてるのに仕事の話なんてできないネ!エミヤ提督は正気デスカ!?」

 

「バカなっ!?こちらの台詞だ!」

 

 慰霊碑よりも意思疎通が困難な金剛は置いておくとして、天龍が小破している以外は特に被害は見られない。

 念のため天龍には入渠するよう伝えた後、戦闘報告は旗艦である金剛に任せて他の艦娘には休憩を取らせる。

 

 軽空母の2人は部屋でゴロゴロしてるらしい。

 自室では電がまだ寝てるとあってか、響は執務室のソファでくつろいでいるそうだ。

 

 しかしエミヤにはくつろいでいる暇などない。

 戦闘報告をパソコンに記録した後は、食堂に向かって夕飯の支度が待っている。

 

 もちろん、エミヤの後を追うように食堂へと同行する金剛。

 金剛にとってはこれが一番の至福な時間らしく、用意してもらった紅茶を飲んでカウンター越しにエミヤと談笑している。

 この時の金剛に気を使って執務室に残ったのであれば、響の精神年齢は金剛より遥かに大人なのかもしれない。

 

「やっぱりエミヤ提督の淹れてくれる紅茶は美味しいデース。でも、来週は夜の任務担当になるからこの時間もなくなると思うと寂しいネ」

 

「本当に紅茶が好きなのだな君は。心配しなくても時間さえあれば好きなだけご馳走するさ」

 

「紅茶は好きだけど、今の私はエミヤ提督の淹れた紅茶が飲めればHappyデス!いつか時間がある時はTea partyがしたいネ」

 

「お茶会か……以前は良く開いていたのかね?」

 

「Yes!比叡と榛名がいた頃は姉妹4人で良くやってたヨ。休憩時間に裏庭で飲む紅茶は格別ネ!桜の季節は景色も最高で楽しかったデース」

 

「確かに、あの桜を見ながら飲む紅茶なら味も一際美味くなるだろう。安心したまえ、そんな時間も()()()()()()()()()()()()()()。その時は私もとっておきのお茶請けを用意するよ」

 

「本当っ!?絶対に約束ですヨ!」

 

「嘘はつかないと言ったろう?もっとも、桜が散るまでに間に合うかは保証しかねるがね」

 

「Non problemデス!その時はお返しに、私の特製スコーンをご馳走しマース!えへへ、楽しみが増えてHappyデース」

 

 自分の淹れる紅茶や特製のお茶受けをそんなに楽しみにしてくれるとはありがたい、などと的外れな勘違いを炸裂させているエミヤの内心など露知らず……金剛の乙女メーターは完璧に振り切れていた。

 金剛限定にはなるが、エミヤの感知しないところでキラ付け職人の名前で呼ばれているのは他艦娘の証言である。

 

 そして夜──

 

 寝ぼけ眼を擦りながら夜間任務担当の艦娘達が起きてくる。

 日中の任務にあたっていた艦娘達も1日の疲れを癒すように談笑しながら食堂へと集合した。

 

 エミヤにとっての最終業務、晩御飯の時間である。

 

「っかぁー!やっぱり労働の後にやる一杯は格別だねぇ。うまい肴にうまい酒!骨身に染みるよぉ」

 

「相変わらずオッサンみたいやなぁ……ま、言うてる事は同意やけどね!このクロダイの昆布締めなんて絶品や!」

 

 カウンターには酒を嗜む艦娘達が並び、テーブルでは日渡提督と夜間任務の艦娘達が仲良さげに食事を楽しむ。

 

 エミヤは相変わらず大忙しだ。

 酒を燗につけたり、デザートの準備をしたり、夜間哨戒中のお弁当を作ったりとバタバタ動き回っている。

 

 閉店時間は決まっていないためか、最終的にはカウンターの艦娘達だけが残るのもお決まりの光景だ。

 

「ねぇエミヤ司令官、さっきから作ったり片付けたりばかりだけどエミヤ司令官は食べないのかい?」

 

「お気遣い痛み入るよ響。しかし私は英霊なのでね、食べる事も眠る事も必要ないのだ。それより君は本当に飲酒が許可されているのか?甚だ信じられん……」

 

「艦娘は年齢の概念が薄いからね、生まれた時からこの容姿のままだしハッキリしてるのは性別くらいのものだよ。だから飲酒も問題ない」

 

「性別については船の概念によるものだろう。艦種を問わず船とは母体に例えられたりするものだからな、その化身ともなれば自然と女性の姿を象るのも頷ける。だが……容姿がそのままとは些か不思議な話だ。君達に成長の概念はないのか?」

 

「知識や練度についての成長はあるけど身体的成長はどうだろうね。退役した艦娘については一般の人と同様の成長をしているらしいけど、現役の艦娘はその限りじゃないんだろう」

 

「いよいよ英霊じみているな。血肉と命を宿した英霊となると……いや、やめておこう。碌な実例がない」

 

「何を言っているんだい?そんなことよりエミヤ司令官、おかわりを所望するんだよ」

 

 エミヤ特製のフィッシュ&チップスをつまみにウィスキーを飲み干す響。

 幼い容姿には不釣り合いな筈のロックグラスは、響の大人びた雰囲気と落ち着いた物腰も相まって不思議と馴染んでいる。

 

 どこぞの金ピカ王を想起したエミヤも我を取り戻したように酌をするのだが、やはり見た目が小・中学生である響の飲酒には抵抗を覚えるようだ。

 

 ──こうして鎮守府の夜は更けていく。

 

 明日は日渡提督が横須賀鎮守府へと帰還し、エミヤが正式に提督着任する大切な日だ。

 これから行われる大改革や、キャラの立った面々との珍道中、そして未だ見ぬ戦いの終わりを思わせぬように、夜の帳は静かに1日を締めくくった。

 




物語の本線とは少し外れた小ネタ的な話については【幕間】のタイトルで掲載する予定です。
思いつきのような物もあるかもしれませんが、艦娘視点の話やエミヤと特定の艦娘の話などを【幕間】で書いていく感じになると思われます。
この艦娘の話が読みたい!エミヤと◯◯の話が読みたい!などのご意見がいただけると一層創作意欲が増すかと思われます!(遠回しなネタ募集)

次回以降は話の進展も早くなると思われますので、今後も稚拙な文章ではありますがお付き合いの程、よろしくお願いします。

PS
誤字訂正をして下さる方々、本っ当に助かってます!
この場を借りてではありますが、謝罪と共に深い感謝をさせてください!いつもありがとうございます!
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