深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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Mind Game:第14話 七罪番外

―――――フィンランド・某所

 

「それでね、エドガー様ったら酷いの!」

 

「●●●●●●●●●●●●●●●●●●」

 

「そうよね、ウサギさんもそう思うわよね!」

 

 雪を薄く被った森林のさ中で、その光景は非常に目立っていた。

 既に日は落ち、曇天の空、空を覆う樹木という環境も相まって非常に暗い。

 

 

 北国の静寂の森林。字だけを見ればさぞ絵になるだろうな、と思わせるだろうこの場所は、今現在奇怪なお茶会の場と化している。

 

 石でそれらしい形に整えられた椅子とテーブル。

 そこに座っている二人の片方は、血色に染め上げられたウェディングドレスを纏った女性。

 

「……ちょっと寒くなってきちゃった! おかわりをくださるかしら?」

 

 彼女、アストリスがカップを持ち上げると、傍に控えていた給仕が魔法瓶から紅茶を注ぐ。

 

「ありがとう!」

 

「じょうじ」

 

 立ち昇る湯気に微笑み、お礼を言ったアストリスに給仕は短く返事をし、再び定位置であるのか、テーブルの傍の焚火、その隣に直立不動で動きを止める。

 

「ウサギさんは大丈夫かしら? 寒くない? おかわりはいらないかしら? お茶もお菓子も、浜辺の牡蠣さんと同じくらい沢山あるから遠慮しなくても大丈夫よ?」 

 

「●●●●●●●●●●●●●●●●●●」

 

「そう、それは良かったわ!」

 

 

 アストリスの向かい側に座る相手に少しだけ首を傾けながら話しかけ、数秒して納得した後、アストリスは紅茶を口に運ぶ。

 

 もっともっと、お客様がいらっしゃらないかしら。

 

 そう呟き、見回す周囲。

 そこには、外傷一つなく息絶えた、数十人の武装した兵士と、異形と化した森林の木々が広がっていた。

 

―――――――――――――――

 

「……ブリーフィングで、聞いてはいましたが」

 

「いざ、目にすると……」

 

 フードを脱ぎ、視界を広く持って周囲を見回したキャロルと剛大は、二人同時に表情を曇らせた。

 彼らの目の前に広がるのは、北国の植生としてよく見られる針葉樹の森林……だった、何か。

 

 枝に蠅か蜻蛉か、複眼が目立って見える昆虫の目玉が果実の代わりだ、と言わんばかりに無数に実っている木。

 鹿か猪か、白と茶のまだら模様の動物の毛皮が樹皮の代わりに表層を覆っている木。

 葉の代わりに魚の鱗が茂っている枝。 

 

 超現実主義(シュールレアリスム)の絵画をそのまま現実に持ってきたかのような眼前の光景に、悪い意味で目を奪われる。

 

――――信じ難いかもしれないが、これは現実だ。

 

 二人の脳裏には、ここに到着し早々に行った情報共有の会議でのクロード博士の言葉が、同時に浮かんでいた。

 

 

 

 今より八時間程前。フランスで待機していた二人に、クロード博士から通信が入った。

 敵の詳細な場所が判明した、と。詳細な説明を行う前に、ひとまずは現地まで移動して欲しいとの事で、二人はその現地と言われた場所――フィンランドへと飛ぶ事になった。

 

 3時間のフライトの中で睡眠を取り、フィンランドへ到着したのがおよそ16時の事である。

 

 そこから現地に向かう列車の個室で行われたモニターを介してのブリーフィングで、クロード博士から告げられた内容。

 それは、一般的な人間の感性からすれば時間をかけても理解し難い風景の映像と、早急に対処しなければ、と即座に理解できる現場の情報だった。

 

 フランス軍のヘリが森林地帯に墜落。その墜落地点が、運悪く(・・・)テラフォーマーの極秘研究施設だった。墜落した衝撃なのか、他に理由があるのか、それによって施設のテラフォーマーが脱走。

 

 事態を重く見たフィンランド政府は会見を開き、距離はある程度離れており規模も小さいが近隣の街からの全面避難の支持とヘリの墜落から生き残った武装勢力を掃討するため、という名目で最寄りの軍基地から即応部隊を派遣した。

 

 施設の規模から推測するにどれだけ多くても数十匹、といったところだろう。

 さらには、テラフォーマーを取り扱う機密施設はU-NASAを始めとして様々な国の機関に存在するが、各国の裏での協定により、火星の個体よりも身体能力や甲皮の強度を劣化させたクローン個体しか保有を許されていない。

 

 ならば、そこまでの脅威では無い。一般人にとっては危険極まりない事は変わりないが、訓練を受けた軍人が部隊単位で対処すれば排除できない相手ではない。

 

 ……と、思っていた。

 突如、現地で対処に当たっていた部隊との通信が途絶。

 現場の状況を把握するべく、偵察用の無人機によって上空から目撃されたのは、想定を超える数のテラフォーマーの大軍勢……などでは無く。

 

 一地点を中心に、異形へと変質していく森の姿だった。

 研究所にテラフォーマーだけでは無く、何らかの汚染物質が保管されていた?

 変質した森に何が起こっているかわからず、内部には解き放たれたテラフォーマーの群れ。

 ミサイルや砲弾を撃ち込んで何とかできる規模のものでは無く、原因もわからないためヘタに焼き尽くしたり吹き飛ばしたりすればさらに拡散する恐れすらある。

 

 

 軍部は対応に追われ、大統領は不幸な事に体調不良により表に出られない状態。

 事態は、人智を超越した理解も制御も不能な状態へと進行していく。

 

 

『……というのが、私達(アーク)と第七特務の電子工作員がかき集めた現状のフィンランド政府の対応と実際の状態だ』

 

 一概に、フィンランドの政府を否定する事はできないだろう。

 相手は想像以上に強大で、理解の範疇に無い狂人の生み出した怪物なのだから。

 

 だが、それとこの問題を指を咥えて眺めていられるか、というのは全く別の問題である。

 

 状況を纏めると、戦わねばならない相手はロケットによって撃ち込まれた周囲の環境を捻じ曲げている元凶、加えて総数不明のテラフォーマー。

 

 場所は、視界の悪い森林地帯。このフィンランドが平地の多い土地にある国であり、現場もその例に漏れない地形であるというのが僅かな救いだろうか。

 

 

「クロード博士、お聞きしたい事が」

 

『何かな』

 

 そこで、キャロルがクロード博士に向け、僅かに手を挙げて質問する。

 

「これは、MO手術によるものなのでしょうか」

 

 周囲の環境を異形へと捻じ曲げる。それは、一個人が、一種の生物の行える御業とは到底思えなかった。

 破壊するで無く、死滅させるでもなく。ただ、その在り方を書き換える。

 

 これは本当に、MO手術を受けた一個人によって成せる事なのだろうか、と。

 

 

『……それを、今から説明しようと思う。推測混じりになるけど、ある程度は正しいと思われる。最悪な事ではあるが、私には奴ら(・・)の考えはある程度わかってしまうからね。そして、君達には一つ、覚悟を決めて欲しい――』

 

 クロード博士から語られた内容。それは、今この地で何がどのように起こっているのか、その根源であり―――

 

 

 

――――――――

 

 異形の森へと二人は足を踏み入れる。

 冷たい空気が喉を刺し、同時に漂ってくるのは、死の匂いだった。

 

 鼻が曲がるような腐臭というわけでは無い。微かなものだ。

 だが、この空間のところかしこで、死んだ生き物の匂いが漂っている。

 

「……」

 

 その匂いを発する主を数分も歩かぬ内に発見し、剛大は微かに眉を動かす。

 

 腹を大きく抉られた、3mはあろうかという大きなシカが横たわっていた。恐らく、ヘラジカだろう。

 恐らく、としか言えないのには理由がある。

 

「島原さん、これ」

 

 キャロルがいつもより暗い調子の声で、ライトでその体の一点を差す。

 それは、ヘラジカという動物の最も特徴的であろう部位、角。

 

 その名の通りヘラのような形状であるはずの頭から生えたそれは、巨大な触角へと置き換わっていた。

 小さな昆虫の触角が巨大なサイズで目の前にある。

 

 それは、サイズ感の違いこそあれど、まるでMO手術の被術者のような。

 

「……ええ、動物にも、影響が広がっている」

 

 剛大もそれをはっきりと認識し、目の前の事実を声に出して呟く。

 植物だけでは無く、はっきりと動物にも異常が出ている。

 

 事態は想定されているよりも深刻な状態なのかもしれない。

 もし一度で元凶を押さえられず撤退せざるを得なかった時のために、剛大はカメラを取り出し、その変質した角の写真を取ろうとする。

 

 その時、だった。

 

「……!」

 

 グルルル、という威嚇の鳴き声。素早く反応しその方向を向いた二人の目に映ったのは、四頭の狼。

 それも、一頭一頭がそれぞれ秩序無く変異した、異形の姿へと変じている状態の。

 

 耳が蟷螂の鎌に置き換わった個体が、間も空けずに剛大に跳びかかる。

 それを『薬』を用いない変態により迎撃しながら、剛大は後ずさる。

 

「こっちはアタシが止めます!」

 

 キャロルが『薬』を用い、背負っていたバリスティックシールドを構え、残りの三頭を油断なく見据える。

 野生動物との交戦。

 

 想定外の事態だ、とキャロルの額を汗が伝う。

 相手は元凶の1人とテラフォーマー、だと思っていた。

 確かに、野生動物と戦闘するかもしれない事は想定していた。だが、想定外の変質した状態のこれは――

 

 この場所に元凶がやってきて、半日と少ししか経っていない。だというのに、ここまでの影響が出ているのか、と。クロード博士の『時間が無い』という言葉は全くの本当だった、と改めて噛みしめるキャロル。

 

「フンッ!」

 

 力の籠った声と共に、剛大の腕に発現した毒針が狼の一頭の喉を刺し貫く。

 次いで、蹴りの一撃で向かってきたもう一頭。

 

「……逃げない、か」

 

 二頭が相手に傷を負わせる事すらできずに敗れた。

 それは、野生動物の彼らとしては勝てない相手だ、と撤退を選ぶに十分足る理由であるはず。

 

 だというのに、逃げの選択肢など無い、と言わんばかりに残りの二頭は即座に跳びかかりこそしないが剛大とキャロルを見据えている。

 

 見たところ空腹状態では無い。

 恐らく、このヘラジカを食らったのが彼らだ。

 だというのに、何故そこまで勝てない相手とその相手に奪われた(と思いこんでいるかもしれない)餌に執着する?

 

 いや、違う。

 剛大は相手の姿を見て、考える。

 動物の気持ちがわかるわけでは無い。これは直感に過ぎない。

 

 相手の動きは、選択肢の中から闘争、を選んでいるというよりも、そもそも闘争以外に選択肢が無いかのような?

 

 根拠があるわけでは無い。だが、そんな予感が頭を過る。

 しかし、それを深く掘り下げる間もなく、二頭が襲い来る。

 

 最初の二頭より、動きが鈍い。相手を観察すれば、片方は右の前足が甲虫か何かのものへと変わっている。

 成程、元の動物の脚と大きく異なる構造のそれを上手く使えないし、動かす事もできないのだ。

 

 現代の文明社会で育った人間として、動物を仕留める事には忌避感がある。

 だが、向かってくる相手ならば、相手が退こうとしてくれないならば、仕方ない。

 

 悪いが、死んでくれ。

 

 謝罪の言葉と共に繰り出された蹴りが、二頭の頭を打ち、それを砕き割る。

 吹き飛ばされ木に叩き付けられ、血の痕を残しずるりと崩れ落ちる。

 

 残されたのは、四頭の狼の死骸。

 剛大とキャロル、二人に傷は無く。戦闘の結果で言えば完勝、だろう。

 二人は墓を作ってやる暇も無くすまない、と彼らに一度目を向け、先に進む。

 

 

 ……違和感はあった。

 周囲が変異している状態でも拭い去れない、それとは別の、気味の悪い何かが。

 

 途中、変異した動物を何度も見た。食らい合っているのも見た。

 そして何よりも、多数の生物の死骸が転がっているのを見た。

 

 

 その違和感が、明確な形を持って決定的なものとなったのは、一匹の動物が死ぬ瞬間を見た時だった。

 

 

 狼だ。先ほど交戦したものと同じ。

 体に傷を負い、いくつかの戦いを潜り抜けてきた事がわかる。

 恐らく、こちらに気付けば襲い掛かって来る。

 

 無益な戦闘で体力を消耗するのも、無為に動物を殺すのも避けたい。

 

 剛大とキャロルはそう考えていたため、動物を目撃しても距離を取っていた。

 二人が身を隠し遠巻きに観察していたその狼はふらりふらりと力無く歩き、そしてどさりと倒れた。

 

 待て。何かがおかしい。

 ふと、それに気付いた二人は、倒れた狼へと駆け寄る。

 

「……!」

 

 (むご)い。それを見て、キャロルの顔が悲痛に歪む。

 その狼の体は、何かに震えていた。

 

 失血では無い。その身の傷は殆ど塞がっており、体に付いている血は恐らく敵対した相手のものだ。

 だというのに、この狼は死に瀕している。何故か。

 

 

 その全身の体毛は逆立っておらず遠巻きに見ていたため気付かなかったが、大幅に本数が減り硬質の棘となっていたのだ。さらには、その下の肌も部分的に甲虫のような固いものへ変わっていた。

 

 

―――つまりは、恒温動物である彼らの本来の体毛や肌の役割の一つである保温の役になど立っていなかった。

 

 

 この寒帯の大地で、本来ならば環境に適応しているはずの野生の動物が凍え死ぬ。

 明らかに、生物の生態が狂い始めている。

 

 なんだ、これは。

 

『二人とも、まだ生きているかね』

 

 愕然としていた二人に、通信が入る。それは先ほどまでのクロード博士とは別人の声だった。

 

「……ベルトルト博士」

 

「ど、どうも」

 

 剛大は名を呼び、キャロルはほぼ話した事が無いその相手にこんな状況であるが恐縮ぎみに挨拶する。

 ヨーゼフ・ベルトルト。キャロルにとってはクロード博士と共にワクチン開発に携わっているらしい科学者の人。剛大にとっては、同僚と呼ぶべき人間の一人。そんな立場の人間である。

 

 

『無事なら何よりだ。何か変わった事はあるかな?』

 

 クロード博士は席を外しているため、代わりに自分が。

 そのような理由を軽く語った後、通信機越しにヨーゼフは尋ねる。

 

「変異は動物にも及んでいるようです。さらに――」

 

 

 何やら動物が変異した上で凶暴化? している事。

 さらには、環境に適応できないような変異をして死んだ動物もいる事。

 この森に踏み入ってからの事を、二人はヨーゼフに説明する。

 

 

 

『……君達は進化的軍拡競争、という言葉を知っているかな』

 

 一連の状況の説明を黙って聞いていたヨーゼフは、少しの沈黙の後で語り始める。

 いつもの生物談義の長話か、とそれを切って捨てる事はできなかった。

 

 口調から、いつものひたすらに長い雑談では無く真剣みを帯びた内容である事が伝わったからだ。

 

 

 進化的軍拡競争。それは、生物の進化の方向性を示す言葉である。

 

 簡単に言えば、捕食被食、寄生者宿主といった敵対的関係にある二種類の生物間で、競い合うかのように相手に対抗する形質の変化、即ち進化が起こる、という内容だ。

 

 例を挙げよう。

 病原菌はある生物の免疫系を突破するため、免疫細胞に検知されなくなる機能や化学物質への耐性を高める形で、形質の変化が起こる。

 その生物は病原菌を防ぐため、さらに高度な免疫系を獲得する形で形質が変化していく。

 細菌はその発達した免疫系を突破するため、さらに……

 

 といった形である。

 その様子はまるで仮想敵よりも優れた兵器を開発する、それに応じて相手がさらに優れた武器を、という人間社会での軍拡競争に似ている。

 歩みを止めれば、待っているのは進歩した相手により与えられる滅びだ。

 

 

『"It takes all the running you can do,(全力で走らねば) to keep in the same place.(その場に留まれない)"古典文学の一見矛盾しているような響きの一節だが、正にこの状態を示していると思わないかね?』

 

 くつくつと笑うヨーゼフ。だが、そこに楽しさのような感情は感じ取れない。 

 

『だから、この進化的軍拡競争ともう一つの関連する要素を合わせた理論はこの一節を発した作中の人物の名を取りこう呼ばれているのだよ』

 

 ヨーゼフの言葉は平坦だ。普段の彼の通り、努めて冷静で、どこか他人事のようにも感じられる程だ。

 それは二人に余計な心配を与えないため、なのかもしれない。

 

 

 だが、それは逆に今の二人にとっては不穏な予感を感じさせてたまらないのであった。

 

 

 

『"赤の女王仮説"とね』

―――――――――――――――――

 

「……あら」

 

 異形の森の最深部で、退屈そうに椅子に座っていたアストリスは微かに首を傾げる。

 

 音がする。そこかしこで起こっている動物の争いではなく、人間の声だ。

 

「まあ、まあ! お客様がいらっしゃったのかしら!」

 

 その表情にぱあっと光が差し、椅子を蹴る勢いで立ち上がる。

 さっき来た人達は、皆動かなくなってしまった。

 

 今度の人達は、ちゃんとお茶会を一緒にしてくれるかしら?

 

 森の皆は、けんかしてばっかりでお茶会をしてくれないんですもの。

 

 

 期待に胸を膨らませながら、アストリスは音のした方向、剛大とキャロルが現在彷徨っている方へと向かおうとし。

 

 唐突に大きく身を捩る。

 瞬間、アストリスの首があった空間を銀の一閃が駆け、そこに最終的に存在した左腕を切り飛ばした。

 

 

「わぁ……わぁ……!」

 

 ふるふると震え、切り落とされた自分の腕と断面、そしてその下手人を見て、アストリスは目を輝かせる。

 

 

「すごいわ! とってもお速いのね! さよならの時の詩みたいに突然なんですもの、びっくりしたわ!」

 

 鋭利な切断面から血が流れ続けるのも厭わず、残った右腕で懐から『薬』を取り出すアストリスに対し、奇襲を仕掛けた人間はさらなる攻撃を加えるでなく、呟きと共に左手を微かに動かす。

 

 

 

哎呀(ふむ)……あの初撃を躱すとは、やはり簡単では無いですか」

 

「ひゃあっ!?」

 

 瞬間、アストリスの右腕が一人でに空へと掲げられる。

 驚きの声と共に勝手に動いた自分の右腕を見れば、そこには糸が括りつけられ、頭上の木の太い枝を経由し相手の腕に繋がっていた。

 

「非礼はお許しいただきたいですな、お嬢さん」

 

 襲撃者―――(ロン)百燐(バイリン)は謝罪の言葉と共に、片腕を失いもう片腕を吊り上げられた状態のアストリスへと迫る。

 

 

―――何もさせずに仕留める。

 

 任務を終了した際にクロード博士から届いた新たな依頼の連絡。

 世界を滅ぼす何か、の討滅。

 

 自分が仕留めきれなかったアダム・ベイリアルを追って遥々来てみれば、世界の存亡がどう、という話になっているとは。

 人生はこれだからやめられない。

 

 などと面白がっていられる状況で無いのは、異形と化した森林の画像を見れば、そしてそこを実際に訪れ感じられる一面の死の匂いを感じればわかる。

 

 躊躇無く、容赦無く。年若い婦女の命を奪うのに全く抵抗が無いと言えば嘘になるかもしれないが、その天秤のもう片方には地球が乗っているのだ。

 

 振るった刃は今度こそアストリスの首を抉らんと間近に迫る。

 

「今塀から落ちるのはもったいないかしら?」

 

 じたばたともがくアストリスが脚を振り上げる。

 百燐はその程度の抵抗で止められる程温い剣を振るうわけでは無い。

 

 

 ただ、それは、普通の脚を振り上げただけならば、の話である。

 

「……む!」

 

 戦士として長きに渡り戦場を生き抜いてきた百戦錬磨の直感と弛まず磨き抜いた彼本人の技量。それを以て、百燐は攻撃を止め全力で離脱する。

 

「貴方が見たのはブージャムかしら? それとも別のスナーク?」

 

 瞬間、アストリスの脚が五つに分割される。

 そしてそれらは、全く別の五種類の生物の器官へと変質する。

 

 その身を拘束せんと迫る変異した元は脚の一本、数十本が束になった触手を百燐は切り落とし、もう一つの脚が変異した鉤爪を振り払う。蹄付きの筋肉質な脚の一撃は距離を取っていたため不発。残り二本は震えるのみで攻撃を仕掛けてはこなかった。

 

 

 全力で距離を取りながら、百燐はアストリスの脚の変質の瞬間の挙動を見逃さなかった。

 一本の脚が五本に分割し、それがさらに変質する。その中間段階、五分割した直後に様々な生物のものへと変化する際に、明らかに人間の脚では無い、随分と無機的な印象を与える形態へと変化していた。

 

 

 

 クロード博士から、相手の手術ベースであろうものの情報は聞いていた。

 だが、本来であればそれを施した所で、何ができるわけでも無い。

 力が強いわけでも、それ単体で何かを成せるわけでもない。 

 

 

 現状の我が国(中国)のMO手術の技術水準ではほぼ確実に手術中に、億に一つ成功したとしても能力を発現させた途端に絶対に死を迎える、そんなベースだ。

 

 それをここまで歪な形で能力を引き出すなど。

 

 改めて、新たな職場で本格的に戦う事となる敵の脅威を実感する。

 

 

 

 さらに悪い事に、新手の気配。奇襲は失敗した事を感じ取る。

 

「じ、じょう」

 

 その新手は、森の影から現れた。

 数匹のテラフォーマーが、アストリスに近付いていく。

 先ほどアストリスが落とした『薬』、宝玉のような飴玉を拾い上げ、付いたゴミを丁寧に取り払い、まるで捧げものかのように跪き、手渡す。

 

 他のテラフォーマーもまた、同じようにアストリスに跪く。

 

 それは、テラフォーマーがスキンヘッド型と呼ばれる上位個体に傅く忠誠、とはまた違う形だ。

 強いてそれを表現するならば。

 

「……信仰、ですかな」

 

 百燐はその光景を見て、短く呟く

 そう、それは神に生贄を捧げるが如く。

 

 ありがとう、とお礼を言ったアストリスは飴玉を口に含む。

 

 そして、変異が始まる。

 

 頭頂から生えるのは、十字架。

 その周囲を囲うのは、無数の矢印状の器官。

 

 それを例えるならば、宝冠だろうか。それとも、墓標だろうか? 

 左腕が瞬く間に再生し、次の瞬間腐り落ち、再び再生する。

 

 

 昆虫の羽が、鳥の羽が、蝙蝠の羽が。

 獣の牙が、昆虫の鉤爪が、蜘蛛の顎が。

 毛皮が、鱗が、甲皮が、皮膚が。

 

 ぼこぼこと変異を繰り返し流動し、再生し続ける。

 

 

 そして収束し、再生を終えた左腕が模るのは五本に分かれた無機的な繊維質の脚。

 

 

 

「ごめんなさい、お着換えに時間がかかってしまったわ、名も知らぬ勇者様」

 

 

 

 

 日が暮れ、月すら昇らず。

 

 肉体は歪みて崩れ、精神は保つ事能わず。

 

 悪夢と現実の境は融け落ち、夢の胡蝶は異形と果てる。

 

 其処は眠らぬ虚飾の庭園。

 

 女王の御許に跪けば、正気が呻き狂気が産声を上げる。

 

 さあ、ヴォーパルの剣を携え、今再び、宵の闇の中へ、中へ。

 

   

 

 

 

 

 

 

「どうか、私と踊ってくださいな?」

 

 

 神の御使いが如く、十字架の宝冠の上を蝶がひらりひらりと舞う。

 

 

 

 

 

 その光を弾く七色の翅はまるで夢のように美しく。

 

 

 

 

 

 全てが人間の指へと変異した六本の脚は、まるで現実のように醜悪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アストリス・メギストス・ニュートン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国籍:――――/フランス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●歳 ♀  163cm 54㎏

 

 

 

 

 

 

 

 

専用装備:体内内蔵型遺伝子変異活性機構『SYSTEM(システム):Hastalyk(ハスターリク)

 

 

             +

 

 

        赤の変則駒(フェアリーピース)Orphan(オルファン)

 

 

 

 

 

 

 

アダム・ベイリアル直下戦力『【S】EVEN SINS』番外:『虚栄(ヴァニティ)

 

 

 

 

 

 

 

 

             αMO手術――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            "非細胞性生物型"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ――――――エイリアン・エンジン・ウイルス:♂型プロトタイプ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凶星より来たりし災禍(A.Eウイルス)侵食氾濫(パンデミック)

 

 

 

赤の女王(アストリス・M・ニュートン)来訪(フォーリン)

 




観覧ありがとうございました!

おまけ:

アダム「いやぁそれにしても、自分がかわいい女の子になって大嫌いなライバルのあんな事やこんな事、何でも言う事を聞いてるのってどんな気分か教えて欲しいな、オリヴィエ君!」

オリヴィエ「(とにかく嫌そうな顔)」

エドガー「(とにかく嫌そうな顔)」
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