深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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コラボ編、第17話です。
赤陣営との決着篇。


Mind Game:第17話 狂乱怒涛

――ガギン。

 

 硬質なものに接触し、刃が止まった感触。

 それが腕に伝わると同時に、百燐は身を翻し離脱する。

 

 直後、彼がいた位置へと三本の大鎌が振り抜かれる。

 

 

「もう、避けるのがお上手なのね! でもそうよね、いいスナークは簡単には捕まらないもの!」

 

 楽し気な、知らない生き物を観察しているかのような言葉に返答をする事はなく、百燐は相手の姿を見据えていた。

 右肩から袈裟切りにする軌道で走り、しかし内臓に達するまでに止まった刀傷。

 それがみるみる内に塞がり、元の姿を取り戻していく。

 

 血で染め上げたが如き赤色のウェディングドレスに身を包んだ、若い女性――アストリス・メギストス・ニュートン。

 百燐が現在向かい合っている、事態の元凶たる怪物である。

 

 戦闘を初めて、十数分。幸いにも、百燐の体に戦闘続行が困難になる程の大きな傷は無い。

 だが、敵の能力に対応しきれない。

 

 

 言うまでもなく、百燐は歴戦の戦士だ。

 得体のしれない新兵器、とうの昔に失伝されたと言われていた武術。

 戦場で未知に出合う事を幾度となく経験し、その全てに打ち勝ち仕留める、もしくはそれに至れずとも生き残ってきた。

 

 彼がアーク計画に加入し、高く評価されている項目でも、純粋な実力の中での未知に対する対応力という要素は大きい。

 アダム・ベイリアル。彼らの向かい合う脅威。それは、悪辣な未知の手段を振るってくる敵であるが故に。

 

 

 しかし、その百燐が相手の手を読み切れないでいた。

 動きに対応しきれない、というわけではない。

 それは、今なお百燐が戦闘を続行できる状態である事実が証明している。

 

 敵の武器は、ニュートンの身体能力。これに関しては、特段の脅威ではない。

 強力極まりない素体ではあるが、相手はそれを十全に使いこなしてはいないように思える。

 高周波ブレード。恐らく、自身の刀と打ち合えば、こちらが負ける。百燐の分析通りの事実であるが、ならば打ち合わなければいいだけの事だ。

 

 敵の身体能力と武器についてはは、決して抗しきれないわけではない。

 だが。

 

「次はどんなものをお見せいただけるかしら?」

 

 興味深々な弾んだ声色と共に、それは襲い来る。

 アストリスの右腕が根本から五本に分割され、それぞれが無機的なウイルスの脚…正確には尾部繊維と言われる部位への変化を一瞬経由し、さらに変質する。

 

 二本は飛蝗の脚に。一本は熊の腕に。もう一本は蜂の毒針に。最後の一本は、鳥の羽に。

 

 飛蝗の脚を剣で捌き、熊の腕を糸で絡めとり、衝撃を弱める。

 

「……!」

 

 だが、毒針が百燐の右頬を掠めた。

 避けきれなかったそれは皮膚を裂き、血を流させる。

 

 まずい。毒を貰ったか。頬を伝い襲い来る灼熱感。

 先ほどの毒針とは軌道も速さも違った。だから、対処に僅かな遅れが、迎撃の手にブレが生じてしまった。

 だが、体は動く。麻痺しているわけではない。毒が弱い種だったのか。

 

 飛蝗の脚を逸らし捌いたままの勢いで、アストリスの脇腹へと腕を振るう。

 が。

 

 ミシリ。

 剣が刺さった感触があった。人体であれば、上半身と下半身に両断できる力加減で振るった。

 しかし、その剣を迎えたのは、昆虫の甲皮が如き、硬い感触。

 

 これ以上は危険だ。

 直感と思考の出した同一の答えに従い、百燐は最悪刀を捨てる覚悟でその場を離れようとする。

 

「まあ、お逃げにならないでくださいな! 太鼓を鳴らしたりはしないわ?」

 

 

 刀を捨てるか、否か。一瞬の選択の時間の後、微かな時間のロスを考えてでも百燐は刀を振り戻す事を選択した。

 そして、その選択の正否は直後に示される。

 アストリスの変異した左腕、五本に分割された内からさらに分割され籠に閉じ込めようとするかのように、広域に伸びる粘着質の樹の枝のような器官。

 

 普通に退避しようとすれば間違い無く間に合わない範囲を根こそぎにするその一撃を、捨てない選択をした刀によって適切に切り落とし対処し、逃れる。

 

 

 何とかやり過ごした。

 しかし、これがいつまで続くか。

 少しずつ疲弊していく体の調子に、百燐の額から汗が一筋、流れる。

 

 

 敵がどれだけ複雑な能力を行使しようとも、十分な時間さえ与えられれば、それを読み、適切に対応する事は不可能では無い。

 相手の癖、この状況でどんな能力を使用しようとするのか。

 相手が撃てる手を把握し、そのどれを繰り出してくるのか、という相手の人間性を読み解いていけば、対処は十分に可能である。

 

 それは、つい先日戦った複数種の生物の下半身を宿したアダム・ベイリアルでも、クロード博士伝いに戦闘訓練として特別にマッチングしてもらった裏アネックス計画の幹部搭乗員でも、同じ事。

 

 

 だが、今百燐が向かい合っている敵の攻撃と防御には、一切の規則性が無い。

 先に百燐が一撃を貰ってしまった蜂の毒針も、一度は回避できた攻撃だった。

 だが、その時とは襲い来る速度も軌道も、恐らくはサイズも微妙に異なっていた。

 

 さらには、相手の攻撃だけでなく、防御すらも一定ではない。

 柔い相手という事がわかっていれば、硬い相手という事がわかっていれば、何の問題もない。

 再生能力が無い相手だろうと、高い相手だろうと問題はない。

 

 相手の硬さに合わせて、それを両断できる一撃を振るう。

 再生される事を前提として、攻撃後の隙を可能な限り減らす。

 

 相手に合った立ち回りに最適化すればいいだけの事だ。

 だが、相手の肉体は、攻撃するたびにそれが変化している。

 

 一度刃を通した部位への一撃、軟な事を想定したものが、予想外の硬さに弾かれる。

 硬度を増していると思い力を込めた一撃が、想定外の柔さに勢いあまり振り抜いてしまい、態勢が微かに崩れた隙に反撃を受けてしまう。

 

 ニュートンの身体能力とそれに裏打ちされた相手の実力は、それそのものでは対処できるが、微かに隙を晒せば即座の反撃を受けてしまう程度には手を抜けるものではない。

 

「……もしや」

 

 だが、戦術の最適化ができずとも、その攻防の中で、百燐には気付いた事がある。

 それは、『そもそも戦術の最適化などは不可能な相手』という事実である。

 トートロジーのような結論はしかし、相手の本質を見抜いていた。

 

 百燐は、最初は敵の特性を『変幻自在』と認識していた。

 その認識が間違いであった、と改める。

 

 そう、敵は攻撃においても防御においても変化し幻のようにこちらを惑わす。

 

 それは事実だ。だが。

 

 

 変幻しようとも、自在というわけではない(・・・・・・・・・・・)

 

 

 そして、百燐が見抜いたその事実を、その力の本質を知る彼は、遥か彼方の観客席でにやにやと笑みを浮かべていた。

 

―――――――

「おっ、これは気付かれちゃった感じかな?」

 

 バケットの底に手を突っ込みもう無くなったポップコーンを探しながら、アストリスの瞳越しに映る映像を眺め、アダムは戦いを観戦していた。

 まるで、映画のパンフレットを見るように、研究資料――非細胞生物型の肉体適合についての共同研究の文献を、眺めながら。

 

 エイリアン・エンジン・ウイルス、♂型プロトタイプ。

 それは、アダム・ベイリアルによって生み出されながらも、地球にはばら撒かれずお蔵入りになった、♂型の試作株の一つ。

 従来の♀型を核に♂型の特徴を埋め込んだ、あらゆる生物を宿主とし遺伝子を収奪しそれを他の生物に押し付けて変異させる能力は、彼好みの派手な破滅をもたらす事だろう。

 しかし、一方で欠点もあった。それは、破滅的な効果が強い上、目立ちすぎる事。

 

 肉体の変異という目で見てすぐにわかる変異は、即座に人間の目に留まる。そうなれば、対策も初期から研究されるようになり、即座に鎮圧される可能性がある。

 仮に対処できなかったとすれば、十分に楽しむ時間も無くあっという間に世界は滅んでしまう事だろう。

 

 つまるところ、どう転んでもあまりアダム好みの結果にならなかったのである。

 

 そんな劇物を自身の配下の体内に埋め込んだ倫理観はともかくとして。

 問題なのは、その原理であった。

 

―――――――

「お嬢さん……アドリブがお上手ですな」

 

 冗談めかした百燐の呟きに、アストリスは頬を微かに染め、嬉しそうに微笑む。

 答え合わせは、それだけで十分であった。

 

 アストリスは、そもそも自身の変質について、能力の細部を制御などしていないのだ。

 できるのは、自身の肉体のこの部位の変異を行う、という合図のみ。

 

 どこを変異させるのか。それを制御できても、何に変異させるのか、は本人にすらわからない。

 彼女が行っているのは、変異した自身の姿、能力を瞬間的に把握し、その場に合わせて運用する事のみ。

 

 

 そして、それは通常のαMO手術と大きく異なる体内の状態が引き起こしていた。

 一言で言ってしまえば、『ウイルスによる遺伝子キメラ』。

 

 アストリスの体は、もはや人間のそれではなくなっている。

 非細胞生物型。その型式が表す通り、ウイルスの構成単位は細胞ですらない。

 それをアダムの技術力によって無理矢理に体内に組み込んだ結果、もはやその肉体は、『細胞』と『ウイルス』の融合した生物なのかすら疑わしい物体とその隙間を埋めるウイルスの結晶、という異形の構成単位の群によって形作られる状態となっている。

 

 そして、本来であれば即座に絶命するはずのこの状態を維持する楔となっているのが、 彼女の体内に埋め込まれた装置の片割れ、赤の変則駒(フェアリーピース)Orphan(オルファン)』である。

 

 しかし、人間とウイルスの中間という状態を無理矢理に維持しているそれは、普通の人間の細胞のような1個体として調和した状態を保てていない。

 

 それぞれ別の生物の遺伝子を取り込んだウイルスが、体の至る所に存在し、増殖し隣の細胞に遺伝子を受け渡し、また体の別の部位に遺伝子が移っていく。

 

 生物学におけるキメラ、とは『一個体の中に複数の異なった遺伝情報を持つ細胞が混じっている個体』を指す言葉である。

 現在アメリカを守るべく奔走し、激戦を繰り広げているシモン・ウルトルも人為的にこの体質を持つよう作り出された存在であり、彼は腕、胴体、足の遺伝情報がそれぞれ異なったものを有している。

 

 アストリスの肉体はこの状態に近いが、より歪で不安定な状態と化している。

 

 誕生する際にアダムによって、この能力に最適化できるように調整されているとは言え、後天的に身に宿したそれは、一般的なキメラのそれとは歪に異なっている。

 

 それは、ウイルスの自己感染によって体内の遺伝子の位置が常に流動し続け、細胞…のような何かに宿る遺伝情報のパターンは外界から生物の遺伝子を取り込み続ける事により数千数万……最終的にはそれ以上に達する、という点である。

 

 

「うふふ、アダムおじさまも褒めてくださったのよ! 『びっくり箱みたいで面白いね』って!」

 

 

 そして、体内を数多の生物の遺伝子が移動し続けるそれは能力によって肉体を変異させるたびに別の生物の能力が発現する、という結果を生み出す。

 何の能力が発現するのか本人にすらその時までわからない、歪な力。

 

 それを戦闘に用いられるまでに昇華したのが、ニュートンのボディコントロールと反射神経。そして、能力を十全に扱えるように施した、アダムによる教育。

 

 

 それは、『凶星より来たりし災禍』。 

 命に溢れる地球の生物たちを食らい取り込み、それを無造作に振るう"妖魔"。

 その燻り狂う顎が、この青き命の星を守る戦士を捉えんと迫り。

 

 

 

「……遅い」

 

 変異しようと五本に分割したその右腕が、根本から切断される。

 

「……あら?」

 

 ぼとり、と地面に落ちる腕。それをアストリスが認識し、思わず目で追った瞬間。

 

「申し訳ありませんが、これにて」

 

 アストリスの眼前に、刀を振り被る百燐の姿が映った。

 

「……! まあ、まあまあ!」

 

 迫りくる死に満面の喜色を湛え、アストリスは残った左腕を変異させる。

 

 隙を作らず攻撃を叩きこみ続ける、もしくは回避を試みるにも、敵の肉体に最適化した剣筋は必須となる。

 確かに、変異し続ける敵の肉体の硬度はわからない。

 だが、一つだけ、それが明確にわかるタイミングが存在した。

 

 それは、変異の前段階、その一瞬。

 

 アストリスの手足の変異は、様々な生物への変異を行う前に一瞬だけ、大元の手術ベースであるウイルスの脚へと変化し五本に分かれる。そのタイミングにのみ、ウイルスの脚、という同一のパターンがあり、それが明確に判明している強度の肉体を晒す好機となる。

 

 それを切り落とす最小の力加減で腕を断ち、迎撃せんとする左腕をさらに同じくウイルスの脚の状態で肩口から切断する。

 

 右腕の再生は止まっているが左腕の再生は即座に始まった。恐らく再生能力に長けた生物の遺伝子がそこに存在していたのだろう。

 

 ここが攻め時だ。アストリスも百燐がそのまま決着を付けに来る事は把握していたのだろう、本来であればウイルスへの変異を経由させる前に振り上げる脚をウイルスから別生物たちに変異する瞬間に振り上げ、両腕の二の舞を防ごうとする。

 

 だが。

 

「1,2,3本!」

 

 目にも止まらぬ速度で百燐の剣は、別生物への変異が終わり、アストリスが変異した脚の内訳を把握する瞬間、5本の内3本を狙い、切り落とした。

 だがまだ2本残っている。

 

 それがあれば、腕が再生する時間くらいは……。

 

「……あら?」

 

 しかし、彼女の思考はそこで止まる。

 ……残る二本の腕は、狐だろうか? もふもふした尻尾と、鳥の羽へと変化していた。

 何度も変異の様子を見ていれば、それが戦闘に適した器官であるかそうでないかは、変異が終わらずともわかる。

 百燐がアストリスのそれに、気付いた理由でもある。『全てが戦闘に向いたものへと変異しない場合もある』。

 ランダムであるが故の欠点。歪な形に完璧な怪物の、僅かな瑕。

 

 それを、老練な剣聖は逃さない。

 

「……こんな事を言うのは、柄ではないのはわかってはいますが」

 

 防御になど使えない器官に変異した脚を無視し、刃が駆け上がる。

 狙い済ました銀色の一閃は、一直線にその首を刎ね落とす。

 

 

 そして。

 好々爺には珍しい強い口調で放たれた言葉は、無邪気な怪物に対してでは無く、彼女の瞳越しに好奇の目を向ける、紛れも無い邪悪に対して向けられた。

 

 

「あなた如きが簡単に穢せるほど、地球は、彼らは弱くない」

 

―――――――

 

「●●●●●●●●●●●●●●●●●●」

 

 

 その戦闘は、一瞬だった。

 敵が、まるで何かを気にかけるようによそ見をしたほんの僅かな時間で、決着は付いた。

 静花が牽制として放った触手を振り払おうとしている隙に、雅维が怪物の体を駆けのぼり、そのナイフを喉……と思われる部位に突き立てる。

 

 

 触手の巨人が、膝を折って崩れ落ちる。

 まるで溶けるかのように、その体を覆う無数の触手が、様々な生物の器官が、ぼろぼろと崩れていく。

 

 見掛け倒し、というわけではなかったのだろう。

 だが、あの様子。明らかに正常な生物ではない。

 普通に変異した生物、という域を超えていた。

 

 元々、無理に無理を重ねていたのだろう。最初から永くは生きられない状態だったのだ。

 3mを超えていただろうか。巨体はみるみる内に小さくなっていき、そこに残されたのは。

 

 

「……あぁ」

 

 一人の、少女だった。静花と雅维と同年代と思われる、小柄な少女だ。

 二人は微かに驚き、しかし静かにその少女を見る。

 

 虚ろな瞳。無理矢理変異を引き剥がしたからか、融けたかのような手足の末端。

 元々は綺麗な肌であった事が僅かに残った部位から伺える、黒と紫に変色した全身の皮膚。

 そして、首の傷跡から流れる、大量の血。

 もはや、戦闘を介する事すらなく少女には限界が訪れていた事が見て取れる。

 

「ケホッ……まったく……みっともない姿ですねぇ……」

 

 弱弱しく、皮肉げに吐き出される言葉。

 余裕ぶっているかのようにも映る姿だ。

 しかし、二人にはわかる。

 

 もう、この子は長くはないのだと。

 

「……あぁ、もう、よく、見えませんが……」

 

 声は擦れ、徐々に弱弱しくなっていく。

 恐らく、あの怪物へと変質させられていた時点で、殆ど自我は失われていたのだろう。

 今こうして喋る事ができるのが奇跡なのではないか、と思えるほどに。

 

「あなたたちが……救って……くださったのですか?」

 

 命の終わりを迎えようとしている自分。目の前に立つ、武装した人間二人。

 当然の帰結として、自分達が少女の命を絶とうとした、という事は本人にもわかっているはず。

 しかし、少女はこの結末を、『救われた』という。

 

「いいえ。……殺したんです」

 

 それは、結果論なのだろう。二人は目の前に立ち塞がる怪物を仕留めようとし、事実怪物は崩れ落ちた。

 その中に普通の人間が入っていて、解放されたという事は、結果でしかない。

 

「……そう、ですか」

 

 そんな、自分を殺した、という相手の言葉を肯定し。

 穏やかに、微笑み。

 

「●●●●●」

 

 口だけを動かし、一言だけ、二人に言葉を伝え。

 その体は、もう動く事は無かった。

 

――――――

 

「ラヴロックさん!」

 

「はいっ!」

 

 それは、一方的な殺戮だった。

 数十のテラフォーマーの屍。

 森林全体を覆う変異も合わさり、美しいフィンランドの森林風景など見る影もない無惨な光景である。

 

「じ、じ、キイイィィ♡」

 

 彼らは尽きる事なく突撃を続ける。

 

 だが。

 その結末は、必然かつ当然だった。

 

 

 交尾する事を止め、彼らは突撃する。

 『異常繁殖型テラフォーマー』。

 『アンテキヌス』という死ぬまで交尾し続ける旺盛な繁殖欲を持つ有袋類の遺伝子を組み込まれた彼らは、文字通り狂ったように交尾をし続け、あらゆる生物が発情の対象である。

 

 彼らは交尾後即座に卵を産み、その卵はものの数分で孵化する。

 そして、驚くべき事に1分で成体まで成長し、交尾を始める。

 

 そして、この異常な性質は、アストリスの能力と異常なレベルで合致していた。

 高速で変異が進行し、瞬く間に戦闘に関する形質が磨き抜かれ、強力な兵器と化す。

 

 しかし……彼らの不幸は、タイミングが悪かった事に尽きる。

 あと1時間到着が遅れていれば、事態は手が付けられない事になっていただろう。

 

 力士型……否、それすら上回る力を持ち、さらには各個体に個性豊かな能力を持った個体が解き放たれていたに違いない。

 そうなれば、もはや地球規模での脅威と化し、手が付けられなくなっていただろう。

 だが、今はまだ、進化の初期段階も初期段階。

 

 そして、彼らに『今は勝てないから逃亡して態勢を立て直す』という選択肢は存在しない。

 選択肢はただ一つ、『サーチ&交尾』である。

 

 だから、新しいパーティの参加者が二人、この場を訪れた時、彼らが取った選択肢は一つだった。

 そう、パーティへのお誘い、全軍突撃である。

 一部を後方に残し、産卵させて戦線を支えるなどという戦略など無い。

 

 ただでさえ、交尾しか考えられない彼ら。

 彼らは正常な思考力と肉体の強度を失っており、さらにはクローン個体のため、各能力はさらに劣っている。

 そんな彼らが、裏アネックス、アーク計画の上位戦闘員二人と相対してしまえば、どうなるか。

 

 加えて言えば、現状では質で明確に勝り、量でも互角の敵との戦いを、二人はフランスで経験している。

 

 

 結果。

 この場には、一面のテラフォーマーの屍の原が広がるのだった。

―――――――

 

「……他の皆さんも、上手くいったようですかな」

 

 クロード博士の報告、その返事には、隠しきれない喜びが混じっていた。

 各戦線の勝利と、その報告。

 結果で言えば、当たり前だったのだろう。

 

 敵の陣容は、異常な変異をしていたとはいえ、自分が戦った元凶を除けば急ごしらえもいいところだ。

 こちらの戦力は、火星派遣計画の上位の戦闘能力を持つ正規搭乗員。

 言うなれば、布陣も碌に整っていない民兵の基地に、正規軍が奇襲をかけたようなものなのだ。

 エドガー・ド・デカルトの暗殺こそ叶わなかったが、あと一歩でそこまでたどり着いた、百燐も知る二人。

 裏アネックスの幹部搭乗員とアーク計画の上位戦闘員相当という戦力で言えば相当なものである二人。

 

 彼ら彼女らが、負けるはずなど無かった。一番心配なのが自分だったくらいだ、と百燐は苦笑する。

 

 

 首を失い、崩れ落ちたアストリス。

 身体のどこからウイルスの原種サンプルが確保できるかのは、百燐にはわからない。

 

 まあ切断だけで損傷は最低限になっているはずだ、問題は無いだろう。

 随分と消耗してしまったが、この長い仕事も、これで終わりだ。

 

 刺激的な休暇だったが、自分が手を下した彼女の裏にいる存在の事を思うと、あまり気分がいいとは言えないだろう。

 自分の残る役目は、U-NASAの研究チームが到着するまで他のテラフォーマーや野生動物にこの遺体を持っていかれない事。

 これまでの任務を思えば、事後処理程度か。

 

 

 通信を終え、百燐は改めて、首を落としたアストリスの遺体へと振り向き。

 

 

 

 

 ── ズ ッ 

 

 

―――瞬間、百燐の腹に突如、異形の生物の貫手が突きささる。

 

 「む、う……!」

 

 口端に血が垂れ、このままではまずいと直感した百燐は即座に腹に突き立った手、人間のものですらない黒い昆虫の甲皮に覆われたそれを引き抜き、背後に下がった。

 

 

 何がそれを行ったのか、目視できた。何をされたのかも、わかる。

 だが、何故、できた?

 

 

 

 百燐の眼前に映るもの。それは、首を失った―――

 

 

 

 

 ――――失ってなお動いた、アストリスの体。その再生した左腕が変異した、漆黒の甲皮に覆われた腕。

 

 

 

 百燐が退いたのを見届けた後、その体は地面に落ちた首を拾い上げ、首の断面の上にそろりと慎重に乗せる。

 

 

 

 ……無数の生物の遺伝子を取り込んでキメラ化しているアストリス。その肉体は、長期間触れて多く遺伝子を取り込んだ生物ほど、色濃く影響が現れる。

 昆虫や哺乳類、鳥類といった生物への変異が多く、水生、海洋生物の特徴は殆ど発現していなかった事がその証左といえよう。

 

 

 ……では。

 

 火星で生まれ、育った彼女が、最も多く触れてその力を取り込んだ生物は、何か?

 

 

 

 

 

 ──  じ  ょ  う  じ  ♪

 

 

 

 

 

「うふふ、グリードおじさまの真似! どう、似てたかしら!」

 

 

 失血により霞む、剣聖の視界の先。無邪気に笑う妖魔は、いくつもの飴玉――彼女の変態薬を、同時に飲みこんだ。




観覧ありがとうございました!




~おまけ~
・グリード(贖罪のゼロ)
 番外のアストリスとは違い正規のアダム親衛隊『【S】EVEN SINS』の一人(?)。
 アストリスと同じく番外のヴォ―パルを2対1で普通に倒せるすごい奴。
 テラフォチェスなるボードゲームでアダムに100連勝している。
 種族的な意味での守備範囲が広く、グリード(強欲)なのに色欲寄り。


アストリス「赤陣営、アダムおじさまが本気だったらすごいんだから! グリードおじさまもヴォ―パルもいるのよ!」
アレクシア「おやおや、それはそれは…私はお役御免できそうですねぇ。同年代の子たちにあっさり負けちゃうか弱い乙女ですし……貴女がビショップなのでしょう? だったら私が入るコマは……」
アストリス「? ウサギさんは私の騎士様だもの! ナイトに入ってもらうわ!」
エロフォーマーたち「じょうっ♡ じょうじっ♡」
アレクシア「【実家に帰ります、探さないでください】」
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