深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第60話です。戦闘シーン重点。


第60話 槍と剣

 ジョセフとオリヴィエ、ニュートンの一族を総べる者と一族の異端者の主。その二人は、華やかな舞台とはとても言えないこのビルの屋上で刃を構えた。

 

 ジョセフの選択しろ、という言葉に対してオリヴィエが返した言葉。それを宣戦布告と受け取り、ジョセフはオリヴィエに突貫する。

 相手の武器は槍だ。長さはオリヴィエの身長より一回り長い程度、2m強といった所だろうか。ジョセフの持つ剣よりも長いそれは、距離を開けながらの戦いでの不利を意味する。しかし、逆に。

 

「……おやぁ」

 

 ジョセフに向けられた、上段からの槍の一突き。それを瞬発力で下を潜りすり抜け、間合いを詰める。

 槍は近接戦闘に用いる武器の中では長い射程を持つが、構造上その殺傷力は先端に集中しており、内に入られると対処が難しい。長い槍ほどこの傾向は顕著だ。

 

 長期戦になると厄介な相手だ。時間をかけると相手の援軍がやって来るだろう。それに、相手が『手術』を受けているかもわからない以上、長引かせる事に利点は無い。オリヴィエの首めがけて、その剣が振るわれる。

 

「怖いなぁ」

 

 オリヴィエは一瞬の内にジョセフの剣の射程から消え、後ろに下がる。一般人から見れば後ろに瞬間移動したようにしか見えない、特殊な歩法。

 再び間を取ったオリヴィエが、ジョセフの脚を狙って槍を繰り出す。

 

 それをジョセフは向かって左に逸らし、さらにその槍を剣を持っていない左手で掴む。

 綱引きをしようというわけではない。ジョセフは己の武器である剣を持ったままであるし、オリヴィエは両手で槍を持っている。オリヴィエはすぐに槍を引き戻すだろう。しかし、ただ槍に触れる、それだけでできる事がジョセフにはある。

 

 だがそこで、ジョセフは一瞬判断に迷う。電撃を使って仕留めたものだろうか、と。

 ジョセフが火星で手に入れた能力。それは、元々得る予定だった『プラナリア』とイレギュラーであるが幸運にもそれに付随してきた『デンキウナギ』。

 

 ここで槍伝いに電気を流せば、相手にダメージを加えそのまま有利な展開に持ち込む事ができるだろう。槍が見た目に反して絶縁性を持った素材で構成されていて電気が通用しなかったとしてもこの戦闘という面で別にジョセフにとって不利になる要素は無い。

 しかし、戦闘面以外でいくつかの問題がある。

 

 一つは、オリヴィエの持つデータディスク。あれを破壊してしまっては、元も子も無い。もう一つは、己の手の内を明かしてしまう事。最高クラスの再生能力と電撃。ジョセフが火星に渡った当初の目標であった再生能力は相手も予想している所であろうが、電撃に関しては恐らくまだ知らないであろう。ここで、使うべきなのか。

 一族の裏切り者、その首謀者を相手にして、彼らの研究データ云々の前に即座に命を奪うという選択肢が正しいように見える。……相手が、殺してそれで終わってくれる相手であれば。

 

「時間切れだよ」

 

 槍を引き抜いたオリヴィエがせせら笑う。ジョセフの判断の一瞬の迷いを感じとっての言葉か、それとも電撃の事も知っているのか。これについてはジョセフは判断できなかったのではなく電撃を使わない、という判断をした結果なので時間切れというわけではないのだが、それを知ってか知らずか楽しそうなオリヴィエ。

 

「……あんた、一族の傘から抜け出してやっていけるとでも思っているのか」

 

 ジョセフは、あまり意味は無いであろう問いをオリヴィエに向ける。

 言うまでもなく、ニュートンの一族の社会の裏表での影響力はとてつもないものである。それこそ、国を作る事ができる程に。『槍の一族』がニュートンの分家であり、これまで表面上はニュートン一族に尽くして来たという事から、その本拠地の場所も既に一族には知られている。

 

 それを裏切り、さらには敵対の路線を歩むという事は、あまりに無謀な行為だ。

 

「さあ? ……でも、神になるのは一人でいいだろう? ジョセフ君が私に譲ってくれるなら話は別だけど」

 

 虚ろな声が響く。さあ? オリヴィエにも確証は無いのか、隠し玉があるのか。

 人間を超えた存在になる。いよいよ達成に近づいて来たその悲願。それを、ここでコイツに奪われる、それだけは避けねばならない。

 

「わかった」

 

 短く、突き放すようにジョセフは言い捨て、オリヴィエに向かって駆ける。先の攻防で元々そこまで距離が空いていないため、オリヴィエの対応時間はわずかだ。

 槍は持つ柄の部分を変える事で射程を調整できるが、それを接近戦に持ち替えるほどの隙は当然ジョセフには無く、オリヴィエはそのまま槍を繰り出す。

 

「……」

 

 ジョセフの取った行動に、オリヴィエは少し眉を動かす。

 ジョセフの左肩にジョセフから向かっているため相対速度という点でも威力の乗った槍が突き刺さりそのままその肉を抉り取る。肩の骨が砕け、左腕はただぶら下がるだけのような状態に。

 だが、ジョセフは止まらず、そのまま突き進む。それを叩き潰そうと槍を横薙ぎにするが、ジョセフに密着した状態の槍では横に振るっても威力は出ず、有効打とはならず。

 

「終わりだ、化物」

 

 オリヴィエは槍を手放し回避を試みるが、その判断は一歩遅かった。

 振るわれたジョセフの剣がオリヴィエの左腕を意趣返しだと言わんばかりに肩口から切り落とす。

 

 そして、勢いのまま片腕を失いバランスを崩したオリヴィエを蹴り倒し、脚の付け根に乗る形でマウントを取る。

 

 

 

「……これは驚いたな……」

 

 呟くオリヴィエに、もう時間は与えないと剣を振り上げ、その首めがけて剣を繰り出そうとし。

 そこでジョセフはオリヴィエの、その腹の部分の様子がおかしい事に気付いた。

 

 得体の知れない気配と直感が告げる危機。それを嗅ぎ取り、ジョセフは素早くその場を離脱しようとする。

 

 

 槍。長物の武器。それを有効に使った戦術、それは古くの時代に用いられていた。

 

 

 集団戦における陣形、『ファランクス』。『槍衾』。

 さて、どのようなものなのか? それは、端的に特徴とそれによる利点を抜き出すとすれば。

 

 

 多数の槍の集中運用による、接近の阻止。

 

 

「おや失礼、()()が出てしまったよ」

 

 直後、オリヴィエの腹を覆う服の布を破り、数本の槍がジョセフに襲い掛かった。

 回避は間に遭わず、それはジョセフの腹と右眼に突き刺さる。

 

「――!」

 

 攻撃は深くまで達し、常人であればその時点で命を落としている威力。

 だが、再生能力を持つジョセフはそれに耐え、機敏に身をかわしオリヴィエから離れる。

 

 攻撃を終えオリヴィエの体に沈んでいく、よく観察すれば中空となっている槍とも針ともとれる物体。そこから、オリヴィエがその身に宿した生物の能力の全容を一瞬で理解し、ジョセフは考えを根本から改める。

 

―――今この場で仕留めなければまずい事になる

 

 既に左肩は再生した。右眼と腹の傷もすぐに元通りになるだろう。どう仕留めるか。恐らく今ならばまだ、殺しきる事ができる。

 

「……それを得るのに……何人死んだ?」

 

 左腕を失ったまま起き上がるオリヴィエに、ジョセフは若干焦りながら質問する。

 

 

「おや、これの素晴らしさをわかってくれるのか! いやぁ苦労したよ……ただでさえ成功確率がアレなのに、そもそもこの能力、人の身で得るには重すぎて手術成功しても発現しない場合が殆どだからねぇ……ざっと数千くらいじゃないかな? それでも奇跡的さ」

 

「……つまり、アンタをここで殺せば再現は困難、という事だ」

 

 嬉しげに語り出したオリヴィエに、ジョセフは得たい情報を得た、とこちらもまた嬉しげ……ではないが凶暴な笑みを浮かべ、呟く。

 

 オリヴィエのそれに対する答えは、懐から『薬』を取り出す事であった。ジョセフは阻止しようとするが、先ほどの事を考えるとうかつに距離を詰めるのは危険である。

 

 パッチ状のそれを使用したオリヴィエの外見に一切変化は無い。だが、その体に付いた傷が、失った左腕が、みるみる内に再生する。

 

「……さあ、仕切り直しと行こうか……と思ったけど」

 

 オリヴィエの再生を皮切りに、両者再びお互いに向けて足を進めるが、あと数歩、という距離で、オリヴィエの足が止まる。

 

「希维」

 

 ジョセフの歩みも、同時に止まる事となった。突如、これまで二人だけしか存在しなかった場所に、無から溶け出すように人の気配が現れる。

 ジョセフに対し、オリヴィエとの距離を詰めるのを拒絶するかのような銃撃。

 

 次いで、二本の刃物による攻撃がジョセフに襲い来るが、はっきりそれを知覚したジョセフは難なく剣でこれを凌ぐ。

 

「わぁ……流石当主様、すごいっす!」

 

 オリヴィエの隣に、その乱入者ははっきりと姿を現した。ビジネススーツに、黒髪をポニーテールに纏めた年若い女性。その両手には、ナイフが着剣されている拳銃が一丁ずつ握られている。ジョセフに向けて尊敬の眼差しを向けるその女性、希维にオリヴィエは微笑ましげな表情を向けているが、本人は気付いていない様子。

 

「どうも今の私じゃ君には勝てないようだ。……何か隠し玉もありそうな雰囲気だしね。尻尾を巻いて逃げさせてもらうよ」

 

 逃がすわけにはいかない、と言いたい所であったが、オリヴィエ単体でも簡単に始末できる相手ではないのに、さらに相応の使い手が加われば、今度は自身が無事では済まない可能性がある。

そう考え、ジョセフは無言を貫く。

 

「またね、楽しかったよジョセフ君」

 

「……ではジョセフ様、私達はここで失礼するっす」

 

 礼儀正しく頭を下げる希维。その後に、オリヴィエと希维はビルの屋上から飛び降り、去っていく。

 残されたジョセフは集団でここに押しかけて逃げられては困る、と下に待機させておいた部隊に追撃を命じようか、と一瞬考えたが、一族でも相応の使い手でもない人間が追いかけても被害が増えるだけか、と諦め、その場を後にした。

 

 これが、ニュートンの一族と槍の一族、その戦いの火蓋となる事は、まだ当人達以外の誰も知らぬ事であった。




 観覧ありがとうございました!


 ベース生物だとかその他あれこれだとかの予想だとか、いつでもお待ちしております……
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