深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第63話です。会話パートとなります。


第63話 出会い

「そろそろお腹空いてきたよね? ご飯にしよっか」

 

「ぁ……はい……って立たないでください私がやりますからぁ!」

 

 U-NASA医療センターの病室、その扉を開いた俊輝を迎えたのはコントのような光景であった。

 ベッドから立ち上がろうとする病衣から露出した所々に包帯が見えるどう見ても重傷者の静香と、声を振り絞ってそれを止めようとする眼鏡の少女。

 

「……何やってんだ?」

 

 呆れた様子の端に非難の色を浮かべる俊輝に、静香はびくっと体を震わせ、まるで修学旅行の夜の枕投げの最中に先生が見回りに来た時の生徒の如き素早さでベッドに潜り込む。

 

「夜ご飯にしようとしただけ! この子はまだ食事の場所とか知らないんだからいいでしょ!?」

 

 絶対安静にしておけ、との俊輝の言をまたしても破った後ろめたさをごまかすためか、若干強い調子で説明する静香に俊輝は何も言わない。

 

「わかった、わかったから……これからはちゃんと人呼ぶから!」

 

 その無言の圧力に負けたのか、布団を被った静香は観念したように叫ぶ。

 

「ぁりがとうございます……この人私が何回言っても聞かないんです……」

 

「ああ、いざとなったら力づくで止めてやってもいいよ、エリン」

 

 おずおずと俊輝に近寄り、さらっと静香の俊輝不在時の無茶をバラす眼鏡の少女、エリン。

 知ってた、と俊輝は頷き、溜息をつく。

 

 

 俊輝が率いる第七特務実戦部隊がエリンを保護したのは五日前の事だ。

 彼らにU-NASAから下された任務、『アメリカ国内で発見されたある組織のアジトの強襲』。資料によれば、U-NASAに対して何かしらの理由で憎しみを持っている人間が集まり、その中にはMO手術を受けた戦闘員も所属しているとの事であった。

 それだけなら何の事は無い、いつもの仕事である。

 

 しかし、それに追加で入って来たのは、一般人が一人囚われている、という情報だった。

 ローマ連邦で一人の少女がその組織に誘拐され、さらにその少女はとある重要なデータを所持している。ローマ連邦の諜報員からもたらされたその情報を加味し、任務は組織の殲滅に加えその少女の救出、というものが加わった。

 その重要なデータというものが何なのか俊輝達には知らされなかったのだが、そこは第七特務のエンジニア兼ネットワーク担当兼あれこれ兼任者がこっそりと上層部の議事録を拝借した事によって実は何なのかを知っている、というあまり表では言いだせない事情。

 

 いや、何なのかを知っていると言うと少し語弊がある。その中身がどのようなものなのか、それに関しては何の情報も得られていない。議事録にもそれに関する詳細な内容は書かれておらず、じゃあとばかりに実物を直接見ようとしたがエリンのノートパソコンに入っていたそのデータは強固なプロテクトがかかっているため目下解析中である。

 知っているのは、それをU-NASA第六支局、ローマ連邦が欲しており、元々の所有権を主張して返還を要求している事。

 

 結果として任務は無事成功し、組織の壊滅とエリンの救出およびそのデータの確保は全てが達成された。

 当然それはローマ連邦とその裏にいる集団も知る所であり、データに関しての要求も再三にわたり繰り返されていた。

 それに対するU-NASA本部の回答、それは、『組織滅ぼして人質も救出したけどデータは戦いのさ中で失われてしまいました』であった。

 無論、それで納得する相手ではないだろう。だが、ひとまず状況は落ち着いている。

 

 そんなこんなで、今エリンはここ、U-NASA本部で一時的に生活をしている。

 それも、彼女を救出した部隊、第七特務の隊長である俊輝を保護者として、だ。

 

 

「……隊長、そろそろ我々もよろしいですかな?」

 

「ねえねえ、まだなの?」

 

「見たい番組があるのです、早く帰りたいのですが?」

 

 開いたドアの外からは、三人の人間の声が響いてくる。

 他に人がいたのかと慌てて部屋の隅に移動しようとするエリンをなだめ、俊輝は入っていいぞ、と外で待っていたらしき人間を部屋に迎え入れた。

 

 

「……っ」

 

 最初に入って来た人間を見て、静香の表情が強張る。

 それは、シルクハットに革のコート、全身が黒に統一された服装が印象的な大柄の老人であった。

 

「こんばんは、エリン嬢。そしてこちらは……初めまして。クロヴィスと申します、お美しいお嬢さん(マドモアゼル)……いえ、隊長の奥方であられますかな? でしたらマダム、とお呼びした方が……」

 

 威圧的で気難しい印象を与えるその老人がエリンに、そしてその後静香に向き直り、シルクハットを取り丁寧に礼をし、挨拶の言葉をかける。

 

 最初に静香の顔には、唖然とした表情が浮かんでいた。長身の老人、というところで主に火星であまりいい思い出が無く、最初は無意識に恐れ警戒してしまっていたが、想定外にも紳士的だ。

 そして、彼の言葉の後半を脳が理解して、その顔は真っ赤に染まる。

 

「い、いえいえいえ! そんなんじゃないです! ああ、どうもはじめまして! 御崎静香って言います!」

 

「……あんたの減給額は俺の上への報告次第という事を忘れるなよ、爺さん」

 

「冗談がきついですな、隊長」

 

 あわあわと返事をする静香の後ろでは、聞こえないように俊輝とクロヴィスが言葉を交わす。水面下の攻防、というやつである。俊輝が照れ隠しに立場と数時間前に発覚したクロヴィスの不祥事を利用して一方的に殴っているだけだが。

 

「次! 次だね!」

 

 そんな状況なんか知らない、とでも言う風に、二人目が勢いよく滑り込む、と言っていい勢いで部屋へと入ってくる。

 

「こんばんは! ノンナ・アントロポフって言います! た……俊輝さんの同僚です!」

 

 溌剌とした、金の長髪を三つ編みにした小柄な少女である。煤のようなものを被って少し灰色がかってしまっている髪と、前のボタンが全て閉じられた汚れた白衣が印象的な少女、ノンナは静香に握手を求め、応じた静香の手をぶんぶんと振る。

 

「元気な子だね俊輝!?」

 

「ああ……」

 

 半ば諦めムードな俊輝は、力なく声を返すだけ。

 

「えっと、ボクはまだ会ってなかったよね、エリンちゃん!……あの……」

 

 次いで、静香を離れて早足にエリンに駆け寄ったノンナは、もじもじとしながら白衣の内側へと手をつっこむ。

 

「あの……ファンです! サインください!」

 

 手品のようにどこにその大きさのものが入っていたんだよ、という色紙を懐から取り出し、エリンへと詰め寄るノンナ。

 

 その場にいるノンナ以外の皆は、当然唖然とした様子。何事なんだ一体、と。

 

「この前さ、うちのデータ盗まれたでしょ? アレ、エリンちゃんがやったんだよ!」

 

 ああなるほど、と納得する俊輝とクロヴィス。話が追えていない静香。反応は様々だ。

 俊輝が隊長になってすぐの事だ。第七特務が管理していたU-NASAのデータ、そこまで重要度が高いものではないが部隊の資料の一部がクラッキングを受け抜き取られるという事態が発生した。

 セキュリティ担当のノンナが大いに悔しがっていたので彼らの記憶に新しいのだ。

 

「ぇ……あの……なん……わかっ……」

 

 そして、当の出し抜いた相手にサインを求められたその犯人は、冷や汗を流しながら表情を目まぐるしく変えていた。驚愕、恐怖、諦観、いややっぱり恐怖と目まぐるしく変わるそれは、平静を保てていない事は明らかだ。

 データを盗み取った相手とその組織の構成員が、自分が犯人である事を知りながら目の前に立っている。

 

 ああ、自分を助けたのはこのためだったんだ……データにあった通りならこのお爺さんは―――で自分は酷い目に……この人達が今ここにやってきたのは組織に噛みついた自分に思い知らせるためだったんだ……とエリンの目いっぱいに涙が浮かび、哀れに思えるほどに体は震えている。

 

「サイン……ダメだったかなぁ……ごめんね?」

 

 色紙とペンを受け取ってくれないエリンに、ノンナの表情が曇る。

 

「あー、エリン? こいつ、怒ってないぞ? 後俺達も」

 

「最初はどうしてやろうかと思ったものですが……犯人がこのような可憐な少女とあっては手も鈍るものですからなぁ」

 

 エリンと自分達の間には致命的に食い違いがある、という事に最初に気付いた俊輝が助け船を出す。

 以前の事はアレだがどうこうするつもりは無い、と。

 それにクロヴィスも同意だと頷く。

 

「ボクの自信作が簡単に突破されちゃってすごいなぁって……だから……」

 

「……ごめんなさい」

 

 怯え切った様子ではあるが、直に救出してくれた恩人である俊輝の言葉で少しは落ち着いたのか、エリンは第七特務の三人に向けて頭を下げる。

 

「あと、こんなのでいいなら……」

 

 そして、さらさらとサインを、特にひねりもない自分の名前を書くだけのそれを、キラキラとした目で見つめるノンナ。

 

「わぁ……! ありがとう、額縁に飾るよ!」

 

「やめて!」

 

 二人の微笑ましいやり取りに和やかなムードとなる一同であったが、賞状の授与式か何かのように背を伸ばしたまま腰を曲げて両手でサインを受け取ろうとしているノンナ、それを見たエリンが何やら変なものを見たかのような、何か言いたいけど言えないようなあわあわとした表情に変わるのを見て、俊輝の額に一滴、汗が流れる。

 

「ノンナ……お前まさか……! カローラ!」

 

「はい」

 

 緊張した面持ちの俊輝が発した声に反応し、最後の一人が素早く部屋に入って来る。

 

 眼鏡を掛けたスーツの女性、その姿を静香が確認できたのは、ほんの一瞬だった。静香に頭を下げ挨拶をし、嬉しそうなノンナを脇に抱え一瞬で部屋を出ていく。

 

「あ……サイン、忘れちゃってるな……ごめんエリン、ちょっと来てもらってもいいか? アイツも喜ぶだろうから」

 

 サインを忘れたから直接本人に渡してもらおうと連れていく、理屈の上ではあまり通らないそれに、エリンは首をかしげる。だが、俊輝の目を見て自分に用があるみたいだ、と確信する。

 

「いきなりごめんな、静香。てなわけでちょっとエリンを借りてくぞ!」

 

「え、えぇ……?」

 

 突然の事に困惑しっぱなしな静香を置いて、俊輝はエリンと共に部屋を出ていく。

 一人残された静香は、エリンの分のご飯も作っとこうかな、とU-NASA施設内の食品店を目指し一人立ち上がるのであった。

 

―――――――――――――

 しばらく歩いたエリンが連れてこられたのは、地下の一室だった。

 

 U-NASAって地下にこんな建物あったんだ……と関心を向けるエリンであったが、それよりも問題なのは……

 

「だから! 何回も言ってるだろうが! 裸に白衣はやめろ、って!!」

 

「暑いからしょうがないんだよぉ!」

 

 あんまりな理由で俊輝に説教を受けるノンナの姿だった。

 

 ああやっぱり、ノンナが屈んだ際に見えた白衣の下に何も着てなかったように見えたのは間違いじゃなかったんだ……と自分の目がおかしくなっていたわけではない事に安堵し、同時にじゃあ何故に何も着てないんだ……と当然の疑問が浮かんでくる。

 

「……お説教は暫く終わらなさそうなので、私から用件を伝えさせていただきます」

 

 椅子と紅茶を差し出されたエリンは少し戸惑いながらもそれに座り、一口紅茶を飲む。

 暖かい飲み物で少し落ち着いたのか、ほっと息を吐くエリンの様子を見て、お説教とその反論をBGMにカローラは話を始めた。

 

 貴方に、一つ依頼をしたいと。

 報酬は十分なものを約束し、暮らしはU-NASAが保証するという条件付きで。

 

 今のエリンがこんな状況になっている一番の理由と思わしきもの。それは、彼女がローマ連邦の関わっている研究所から盗み取ったファイル、『project GoE』。もちろん、ただ彼女を狙った団体がタイミング良く襲撃してきたせいでそれと関わりがあるように見えているだけかもしれない。彼女本人からすれば、それはまだ確証を持って言えるものではない。

 

 だが、俊輝達からすれば、このファイルとそれを取り巻く事情には色々と不審な点が見られるのだ。

 まず、ローマ連邦の動向。ファイルを盗み取った、と言っても元のファイルが消えるわけではない。そんなに重要なものなら、何かしらの媒体にバックアップがあってもおかしくないだろう。

 

 ここから考えるに、このファイルは元々ローマ連邦の持ち物では無いのでは? と考えられる。情報漏洩を警戒しているならば、返せというのも不自然だ。返した所で、こちらがそれをコピーしていない保証など無いのだから。

 この二つから、導き出される結論は一つ。これは、ローマ連邦、もしくはそれに関わる何かが欲している、それ以外の何者かが所有しているファイル。

 データをエリンから受け取り、何度もプロテクトの解除を試みた。だが、部隊の中で最もそれの分野に長けているノンナでさえ、何重にも施されたプロテクトの一部を外しほんの少しの情報を得る事しかできなかった。

 

 得られたものは、塩基配列表。解析した結果、それは人間のものである事が判明した。

 その次に、それが誰のものであるのか、という事が調べられた。

 

 作業には三日をかけたが、該当する人間が一人、見つかった。

 

 それは、『マーズ・ランキング』の個人識別データからだ。

 無論、公開されている情報では無い上塩基配列などというものをデータとして持っているのは手術を受けた際に解析を行ったそれぞれの班員の所属する支部に限られるため、入手にはかなりの苦労を強いられた。

 

 

 1位、『ジョセフ・G・ニュートン』。

 それと限りなく近い、ほぼ同一人物と言っていい塩基配列。それが、このデータだった。

 ローマ連邦、その裏にいるのが神の一族、ニュートンの家系であるという事は裏の任務をこなす第七特務としては既知の情報である。だが、ローマ連邦とニュートンの一族が欲するこのデータの一部にあるのが、当のニュートン一族当主の塩基配列図?

 きっと、裏がある。何かが蠢いている。

 

 そして、その予感は的中した。怪しい動きをしていた一人を捉え、その人間が吐いた内容によって。

 その何かは、このデータの中身を知られる前に、全てを焼きに来る。

 

 恐らく、エリンにはうっすらとはわかっているだろう。この裏には大きな陰謀が絡んでいるのだと。

 

「貴方には、このデータファイルのプロテクトを外していただきたいのです」

 

 カローラは、真剣な瞳で真正面からエリンを見つめる。

 この気弱な少女が、果たしてそれをしてくれるのかと。その確証は無い。様々な人間を見てきたカローラからすれば、この状況に陥った時、多くの人間は逃避を選ぶ。それは彼女が弱いのではなく、人という生物の性だ。

 

「私は、弱い人間です」

 

 エリンの答えは、弱弱しい声。絞り出さなければ何も聞こえないような、小さなもの。

 だが、決意の理由なんてわからないそれは、意思の光が宿った目は、確かにカローラを見返していた。

 

「命をかけて、なんて言えませんけど……怖くなったら逃げ出しちゃいますけど……やってみます、頑張って」




バトル要素をご期待いただいている方にはもう少しお待ちいただきたい……!

観覧ありがとうございました!
 
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