深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第64話です。
 
 ここに来て原作風タイトル。これから毎回こんな感じというわけではなく稀にこうなります。

 内容的には時系列では違うけど第59話に入っていなかった一つ、って感じですね。



第64話 The Inner GOD 夢見るままに待ちいたり

「ふむ……都市伝説特集、ですか」

 

 エリンが依頼を引き受けた翌日。

 

 エリンがノンナと一緒に例のデータのプロテクト相手に悪戦苦闘し、カローラと俊輝はU-NASAの防衛に関する書類を纏める為にPCと格闘している、残りの二人は外の任務に出ているという第七特務の昼下がり、ただ一人の暇人、クロヴィスは雑誌を片手に椅子に座りくつろいでいた。

 

「爺さん、それは俺に対する嫌がらせか何かか?」

 

「ほほう……『アメリカで行方不明者多数! その犯人と思わしきエイリアンの写真がこれだ!』……興味深いですなぁ」

 

 ダメだ、このオカルト好きな爺さんは放っておこうと俊輝は気持ちを改め、隣で殺意の何かに目覚めそうなカローラを制し、作業を続ける。

 

「……時に、隊長。ああいえ、邪魔する気はありませんからな、聞き流してくだされ」

 

「……おう」

 

 クロヴィスの声色が、少し変わった気がした。まだ付き合いは数ヶ月な部下であるが、その感情の機微は多少はわかるようになってきた。こいつは今から何かしら意味のある話をしようとしている、と俊輝は察し、作業のスピードを少し落とす。

 

「都市伝説……陰謀論も含めて、これをどう考えますかな?」

 

「面白いのはあるけど……デタラメだと思うな」

 

 PCを触りながら、俊輝は耳を傾ける。

 都市伝説。ぱっとイメージできるものは、宇宙人に関するもの。アメリカが宇宙人と協力して、その技術を分けてもらって兵器を作っている、そのような事を聞いた事がある。

 ローマ連邦の首相がマフィアのボスと手を組んでいる、などというのも聞いた事がある。

 しかし、証拠も無ければ現実味にも欠ける話だ。

 

「……何故、そう思うのですかな?」

 

「そりゃあ、証拠も何もないからな」

 

 そう。証拠があって初めて、それは多くに真実だと判断される。その点では、俊輝は何も間違った事を言っていない。だが。

 

「ふむ、その通りですな。しかし、私はこのような噂話に証拠が付いてこない理由は二種類があると思うのです」

 

「……」

 

 少し声のトーンが落ちたクロヴィスに、俊輝はPCから目を離し、手を止める。

 

「一つは、隊長がおっしゃる通り。そもそもデタラメなのだから、確固たる証拠なぞ出せない」

 

「そうだな」

 

 そこまで言って、クロヴィスは雑誌のページをぱらりとめくる。そのとあるページで目を止め、どちらかと言えば自身も都市伝説側に当たるであろう機密部隊、その老兵はふっと笑う。

 

「もう一つは、恐ろしい真実がいくつもの偶然により世間に漏れだしたもの」

 

「……なるほど」

 

 その陰謀は、真実である。だが、それは幾重もの規制や隠蔽をまぐれにもすり抜けてきたため全体のごく一部であり、証拠などというものも提示する事はできない。

 そもそも、自分達のMO手術という技術もテラフォーマーという生物も、そのごく一部が表社会に流出してしまえば立派な都市伝説と化すだろう。

 

「さて、それを踏まえた上で」

 

「ん?」

 

 クロヴィスが浮かべる、単純な笑みとも違う、何か含みのある表情。それを見て、俊輝は何やら不穏な気配を感じ取る。

 

「これは、どちらと思いますかな?」

 

 雑誌を広げ、俊輝に特集のページを見せるクロヴィス。そこに載せられているのは、一枚の写真。

 

 人が無理やり別の生物と融合させられたかのような謎の生物。角が生え、その顔は人間と魚のようなものが混じり合ったかのような異形で、腕は一本しか無く、頭部からは触手のようなものが6.7本生え……人間との相違を挙げていけばきりのない、だが元が人間なのだと思わせる、目を逸らしたくなるようなおぞましい何かだった。

 

―――――――――――

 

 U-NASA本部より数百キロ離れた洞窟を、五人は進んでいた。

 ここは、U-NASAがMO手術の実験の為に使用していた人口の洞窟である。その機密を守る為に内部は入り組んだ構造に作られ、迷えばもう戻れない、と言われている。

 とは言っても、研究が行われていたのはもう十数年も前の話で、いくら機密性の高い場所と言っても森林の奥にあるこの場所はあまりに交通の便が悪かった。

 

 その為、この洞窟は既に破棄され、今では封鎖されている。

 では何故彼らはこの場所に来ているのかと言えば、それはある事件を調査しているからだ。

 

 U-NASAでも最高本部の一部にしか知らされていない、重大な事件の。

 

 それは、遠くないうちに一般人の前に姿を現し、大きな問題となるかもしれない。世界的な問題へと発展する事も考えられる。そうならない内に。まだ犠牲者が数人で済んでいるうちに、これの原因を突き止め、それを始末する、もしくは。

 

 ……可能であれば、生きたまま確保し研究、利用する。

 

 その為、彼らはここに送り込まれていた。彼らの腰に取り付けられたホルダーには、各々の『薬』が、その手には、銃器が握られていた。

 彼らは、MO手術を受けたU-NASA最高幹部直下の精鋭部隊だった。

 第7特務のような実力はあるが犯罪者揃いの集団では無く、素行の良さと実力の両方を備えた、一般の任務にはおいそれと出す事はできない、高難度の任務で本当に信用のおける部隊が必要になった時だけに動員される虎の子だ。

 

 そんな彼らは、慎重に周囲を見回しながら進む。既に破棄された洞窟ではあるが、報告のあった地点から推測するに、この場所が発生源である可能性が極めて高い。いつ戦闘が予測されるかわからない。

 緊張感を保ったまま、渡された地図を頼りに、最奥部への道を進む5人。

 

 地図の通りであれば、あと100m程歩けば最奥部、かつての研究施設であった、今は設備の全てが撤去された大広間に辿り着く。

 

 それが、どのようなものであるのか。その正体にまでは、U-NASAは辿り着いていない。一度それが分析にかけられ、結果が出た事はある。しかし、それは、明らかに……

 

 

「……!」

 

「これは……!」

 

 

 そして、最奥部、大広間の光景が彼らの目の前に広がった。

 

 半径300mほどの円形、高さは推定20m。その広大な空間。それの床面を、壁を、天井を。

 

 

 

 

――――――肉でできた根のようなものが幾重にも積み重なり、覆っていた。

 

 

 そして、その部屋の中心には、1人の女の子……? が座していた。

 

 

 暗い洞窟の中をライトの光のみで照らしているため、それが本当に人間であるのか、わからない。

 部屋の中をライトで一通り照らした際に一瞬、映りこんだものであるため、この光景への恐怖が生み出した幻覚かもしれない。

 もう一度、その女の子が映った場所にライトを当ててみる。

 

 ……今度は、正確にその姿はライトに照らされ、彼らの前に現れた。

 

 

 年齢で言えば6歳か7歳ほどの、幼い女の子。特に髪型は整えられていない長い金髪に、身に纏っているのは、長い布をそのまま巻き付けたかのような、現代では見られない衣装。

 

 眠っているのか死んでいるのか、光を当てられても目を閉じたまま反応は無い。

 

 その容姿を見て、5人は思わず息を飲んだ。

 

 美しい。その女の子は、あまりにも美しかった。性的な欲求を覚えたわけではない。

 それは、どちらかといえば、完成された芸術作品を見た時のような感覚であった。人間という生物の美を凝集したような、そんな何か。

 

 だが、同時に。その女の子から発せられているのか、この異常な空間そのものが纏うものなのか、五人は得体の知れない、気味の悪い感覚に襲われる。

 何かが致命的にずれているような、不快な感覚。

 

 この5人の命運は、ここで決まった。

 この空間の異常を見たこの瞬間に、これ以上調査などしようと考えず、迷わず退避を決意していれば。この女の子に銃を向け、ハチの巣にしていれば。

 2人か3人は、正気かはともかく命だけは助かったかもしれない。

 

「わ……は…………ま……」

 

 小さな、歌うような、吸い込まれるかのような声が、4人の耳に入り込んでくる。

 

 そう、4人。もう一人は、どこに行ったのか。

 

 彼らは慌てて周囲を見回す。先ほどまで確かにいたはずの仲間。その姿は、どこにも見当たらず。

 

「そ……て……わり」

 

 何だ、これは、一体、何だ。

 

 その小さな歌と共に4人の耳に入り込んでくるのは、何か柔らかいものが千切れたような、そんな音。

 

 

「そして しゅごしゃ」

 

 

 はっきりと、3人の耳にそれは入ってきた。

 

 そう、3人。

 

 

「―――!!」

 

 女の子が、目を開いた。それは、3人の存在に気付いた、というよりは、ただ自然と目を覚ました、という様子に近い。これまた宝石のような、溜息の出るほど美しい、碧の目。

 

 この瞬間に、女の子では無く、その周囲に注目していれば。

 

 もしくは、何も見ずにただ全てを忘れ、出口に向かって全力で駆け抜けていれば。

 

 1人なら、正気を失ってもう戻れないだろうが、命だけは助かった可能性も、1割ほどならあったかも?

 

 女の子の体が、薄橙に染まる。頭からはまるで王冠か何かのように4本の透明な触手が生える。体内に、人工物の光が2つ、灯る。……とはいっても女の子がロボットか何かなのかと言われればそうではなく、彼女本人は紛れも無い生命体で、その光は体内に埋まっている何かが発している様子であった。

 

 

 赤と青、太陽と月のようなその輝きに目を囚われた3人は、結局気付かなかった。

 

 

 無数の生き物が、根から生え、芽吹いた事に。

 

「か……う……」

 

「fねいじょ」

 

「kjhふぇ」

 

 その口は、声を出す。それは、意味など同種の間ですら通らないただの音だが。

 

 その手は、同胞を求める。犠牲者、と訳した方が正確だろうか?

 

 その脚は、身が朽ちるまで駆ける。まあ、最初から本数が違ったりするのだが。

 

 

 それは、一言で表すならば、人型をしている何かだった。

 

 だが、その口はある者は人間の顔に存在する感覚器官の全てを代替するかのように複数形成されていたり、そもそも無かったり。

 その手は、1本だったり2本だったり3本だったり。時々、節のある甲殻のような腕だったりもふもふの肉球がついた手だったり。

 

 その脚は、これまた本数がバラバラだ。ぴちぴち鰭が跳ねていたり、水掻きが付いていたりとこれまた個性に満ち溢れているが。

共通するのは、頭から生えるまばらな数の触手と、その乱雑に混ざり合った異形をもってしても体全体と比べて不調和な異物のように思える、背から生えた無機質な印象を与える多面体。

 

 そんな生き物が、数十匹。肉の根から生え、それを引きちぎり、数も形も様々な目で3人を同時に見つめる。

 

「総員撤た――」

 

 残った3人のうちの1人、隊長がその光景を見て慌てて指示を出す。

 

 が、それを最後まで言い終える事は無かった。

 

 異形の生物の内の1匹が、予備動作も無しに鱗に覆われた口から水を吐いた。それが正確に隊長の心臓を射抜いたのだ。

 

 異形の生物達は、あるものは背に生えたぼろぼろの翼で飛び、またあるものは壁をはい回り、近づいてくる。

 

 残る2人は、対照的な行動を取った。

 

 1人は、洞窟の出口方向へ向かって駆けだした。

 

 もう1人は、銃を取り出し、その空間の中心に佇む少女に向かってそれを弾丸の続く限り撃ち続けた。

 

 

 行動は対照的だが、同じ所も二人にもあった。

 

 

「あはははっははああははははあ!」

 

「あははははははははがはっはっははh」

 

 

 そう、この時、精神性に関しては同じようなものだったのだ。

――――――――――――

 

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌いながら、青年は洞窟を奥へ奥へと進んでいく。

 彼の上機嫌も、今は当然の事と言えるだろう。

 

 彼の今の状況と同じ状況に立たされた時、それが喜ばしくないと思う人間は、そうはいないはずだ。

 

 

「なんで……なんで……おれ、こんなに…………こんなところで……」

 

 目的地まであと少し、と小躍りでもしたい気分になっていた青年の足に、縋りつく人間が一人。

 息も絶え絶え、と言った調子で、青年の足を掴むその力も、今にも尽きてしまいそうな程に弱弱しい。

 

「うーん、助けてあげたいんだけどねぇ」

 

 それを青年は観察し、無表情で分析する。

 

「たぶんこれじゃ無理かなぁ」

 

 青年が目を向けた10メートルほど先の洞窟の奥、そこでは、今足に縋りついている彼の腰から下を齧る異形の生物の姿があった。

 

「ふむ、普通なら死んでるんだろうけど、正気を失ったが故、か……面白いなぁ……長生きしなよ」

 

 上半身だけになり、それでも青年に縋りつく彼を引き剥がし、青年は奥へと進む。

 

 

 そして、最深部。

 青年は、肉の根の海をかき分け、目的地へと向かう。それは、その中心に座す女の子。

 

「暫く見ない内にかわいくなったなぁ……!」

 

 ほぅ、と恍惚の息を吐き、青年は女の子の脇を両手で掴み、抱き上げる。

 それと同時に、凄まじい重量物が青年の腰に襲い掛かる。

 女の子は、ひときわ盛り上がった根の上に座っているのではなかった。

 

 

 

 根そのものが、彼女の腰から生えていたのだ。

 

 

「……ん」

 

 抱き上げられ、女の子は短く声を発しただけで表情を変えず、じっと青年の顔を見つける。

 洞窟の壁や天井をはい回っている異形の生物達は、青年の姿をしっかりと捉えているが、敵として認識はしていないのか、攻撃を仕掛けるような素振りは見せない。

 

「ほら、外に連れていってあげよう……ここは空気が淀んでいて体に悪いからね……あと……UとTだっけ? お腹の中のも整備しないとね」

 

「……ん」

 

 青年の言葉に、女の子は一度首を縦に振る。

 それと同時に、腰から全方位に伸びていた根は全て体から抜け落ち、人間の普通の足が姿を現す。

 

「……! もうこんなに制御できるようになったのかい? 偉い子だなぁリンネは!」

 

「うん」

 

「素晴らしい、流石は」

 

無表情を保つ女の子、リンネは少しだけ嬉しそうに、こくりともう一度頷く。

 

 それに満足げな青年は、リンネを抱き上げたままくるくると回る。

 

 そして、お揃いの一枚布で作られた衣装、トーガを身に纏った二人は、そのまま洞窟の出口に向けて歩いていく。

 

 

「私の娘だよ」

 

 

 

 U-NASA防衛戦まで、後■日。

 

 




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