深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第68話です。色々起こります。


第68話 UーNASA防衛戦(3)

『ヘイ隊長、 次の右の角、その向こうに2人と2匹! 気を付けてね!』

 

 通信機から聞こえてくる、敵の位置を知らせる声。それに従い、俊輝は薄暗い、警報のランプのみが明かりとなっている通路を駆ける。

 

 彼が現在守りについているのは、一般従業員寮付近だ。

 不幸中の幸いと言うべきなのか、一般職員は既に帰宅している深夜、守るべき非戦闘員が多数いるのはU-NASA敷地内の寮と病棟。

 敵の数は想像していたよりも多くはない。クロヴィスからの連絡で敵に人でもテラフォーマーでもない謎の生物が混じっている、という事を聞いていたがそれも今の所大規模な攻撃を仕掛けてくるという様子では無いらしい。

 

 これは、非戦闘員に犠牲を出さない、という事を勝利条件に考えれば実に容易な戦いだった。俊輝達第7特務や友人達のような火星帰りのMO手術を受けている戦士達が前線に立ち、その数の限られた非戦闘員の集まっている区画を防衛すればいいのだから。

 

 だが、それに加えて守るべきものがある。それが、この戦いの厄介な所だ。

 『槍の一族』のデータが詰め込まれたファイルと、それを開く鍵を握るエリン。

 下手をすれば、非戦闘員よりもこちらを優先した方がいい、とまで考えられる。

 

 人名よりも尊いものは無い、とは言うが、これから得られる答えを知らずに敵の計画が進んだ場合、結果としてより多くの血が流れる結果になりかねない。

 ……何故そんな事が言えるのか、と問われると、答える事はできないルートから得た断片的な情報、としか言えないが。

 

 

「……!」

 

 曲がり角を抜けた瞬間、そこにあった人影に刃を浴びせる。

 噴き出す血、それを目に受けないよう身を反らし、俊輝はもう一人の人間に素早く、もう一本の刃を振るう。

 

 

「じょう」

 

「……久しぶり、ってか」

 

 その一撃は、ノンナが匹、と数えた敵に阻まれた。

 火星の生命体、テラフォーマー。火星以来の嬉しくない久しぶりの再会に俊輝は防がれた刃を引き戻し、渋い顔をする。

 本来であれば、俊輝の一撃はテラフォーマーの腕であろうと切断できるだけの威力を持っている。だが、実際に振るった刃に込められたのは、標的である人間の首を落とせるぎりぎりの威力だった。

 

 火星で基礎を積み、地球での任務で培われた人間を効率的に葬る技術。それが、この場面では逆に働いてしまったのだ。

 俊輝はテラフォーマーの存在を知らなかったわけではない。それはノンナからの通信によってわかっていた。

 想定外だったのは、テラフォーマーがここまで迅速な対応を行ってきたという事。

 

 本来のテラフォーマーの反応速度であれば、意図的に威力を落とした今の俊輝の攻撃に対応する事はできる。

 だが、人間とテラフォーマーが同時に同じ場所に存在している以上、テラフォーマーには何らかの細工がされていると考えられる。

 

 それは、『エメラルドゴキブリバチ』や『アリタケ』のようなMO能力による操作。俊輝の部下にも、それに類する能力を持つ人間がいるため、それに関する資料は持っている。

 人間がテラフォーマーに指示を出す、という操作の場合、その操作はそれを行う人間の反応速度に左右される。

 操っている人間が命令を出す以上、その動きはテラフォーマーの優れた反応速度ではなくそれをコントロールする人間の能力に依るする事となる。

 『アリタケ』の場合はオリジナルの能力であればテラフォーマーにプログラムを打ち込む、というような操作方法のためこれには当たらないが、存在が確認されているこの能力を改良し量産した装置であれば、やはり人間の反応速度が重要だ。

 

 だが、目の前のテラフォーマーに能力で操られている様子は見られない。

 首の後ろから生えた菌体、普段以上に虚ろな雰囲気、といったような特徴も無く、このテラフォーマーは人間を庇ったのだ。

 あり得ない、とそこまで思考した俊輝は身を屈める。頭上を通りすぎる銃弾と次いで襲い来るもう一匹のテラフォーマーの腕。それを避け、反撃しようとしたその時。

 

 

「……君達では力不足です、私が代わりましょう」

 

 

 声が、暗い空間に響く。俊輝は警戒、敵のテラフォーマー達と兵士は命令に従う様子で、背後を振り向き膝を突く。

 

 そこに立っていたのは、修道服を着た1人の男だった。

 肥満ぎみの体を揺らしながらしずしずと通路の奥から近づいてくるその男は、テラフォーマーと兵士に向けて逃げなさい、と促す。

 その言葉に従い、撤退していく兵士とテラフォーマー。背を向けた彼らを刺し貫くのは簡単だ。だが、俊輝はそれをしない。その理由は、目の前の修道服の男。

 

 ここで兵士を下げ、自らが出てくる自信。武器の類を持っていない所を見るに、恐らくはMO手術を受けているのだろう。

 

「初めまして、神の子よ。セシリオ・ロドリゲスと申します。以後、お見知りおきを」

 

「……お前がこの襲撃の指揮官か?」

 

 1対1で向き合い、お互いに言葉を交わす。

 俊輝の目に浮かぶのは、これまでに無いほどの敵意の色。それは、彼が敵の指揮官だから。……ではなかった。

 

「いや、やっぱりそれはいい。……答えろ、あの時、何故お前達は俺達を殺そうとした」

 

 目の前の男、ロドリゲスを知っているわけではない。俊輝の眼に留まったのは、その修道服の端々の意匠。それは、俊輝の中の最も辛い記憶で見たものと完全に一致していたからだ。

 

 

「おお、貴方の事は主よりお聞きしております。ああ、直接あの場に出向けなかった事が残念でならない!」

 

 返答は、ロドリゲスの首に添えられた刃だった。一瞬で間合いを詰め、いつでもその命を奪える態勢に。

 それはもはや質問、などと言う体ではなく、尋問に近い。

 

「もういい、ここで死ね」

 

 その刃が首を刎ねようとした瞬間、俊輝が飛び退く。

 

「おお、素晴らしい……!」

 

 それは、接近したロドリゲスの腹から突如として飛び出した、針のような槍のような数本の器官が襲い掛かったからだ。

 不意打ちであったが、ここまで接近されてまだ余裕を保っていた相手に何かある、と警戒を怠らなかったからこその回避。

 

 それを追撃せんとロドリゲスが咄嗟の回避で姿勢を崩した俊輝へと駆ける。

 

「ですがやはり……貴方もその程度、という事でしょうなぁ」

 

 ロドリゲスの目に浮かぶのは、嘲りの色。

 再び腹から伸びた槍が俊輝を串刺しにせんと迫る。

 

「……あの時も、油断してた奴を殺したんだっけな?」

 

 ふう、と一度息を吐き、俊輝は真っ向からロドリゲスへと立ち向かう。勢いのまま止まれず、向こうから槍のへと突っ込んでくるのだ、止まる理由も無いとそのまま突撃するロドリゲス。

 

 その突撃は、ぴたりと止まった。

 

「な……に……?」

 

 ロドリゲスの目に顔に、動揺が走る。ロドリゲスの動きは、何かにぶつかったかのような動作で止まった。それは、俊輝が槍を掴み取ったからだ。

 ロドリゲスの重量であれば、本来ならばそのまま押し切れる。だが、それができない理由。それは。

 

「終わりだ、外道」

 

 その針が、金属の鉤爪のようなものでがっしりと掴まれ、強い力で押し返していたから。

 俊輝の専用装備、地球に戻ってから新たな専用装備の理念の元さらに強化されたそれが、ロドリゲスの槍を拘束し離さない。

 痛覚が通っている部位ではないのであろう、苦痛を感じている様子ではないが、身を捩り逃げ出そうとするロドリゲス。

 

 その姿を逃がさず捕え、俊輝の振るった刃は肩口から左腕を引き裂き、抉り取った。

 次いで、完全に仕留めようと再びその首を捉え、振るおうとした一撃は、駆けてくる複数の足音により中断する事となった。

 

「ロドリゲス卿! ご無事ですか!」

 

 やってきたのは、複数の兵士と、それと行動するテラフォーマー。先ほど、ロドリゲスが逃がした兵士とテラフォーマーもそこには混じっている。

 

 なるほど、と俊輝は腕を失いその場に伏せるロドリゲスに侮蔑を含んだ目を向け見下す。 

 いい部下だ、というのはロドリゲスに対する皮肉だ。先ほど俊輝と戦った兵士は、ロドリゲスが俊輝に及ばない事に気付いていたのだろう。逃げたのは、ロドリゲスを信頼して場を任せたのではない。逆だ。コイツじゃ無理だ、と感じたから、援軍を呼びに行ったのだ。

 

「お前達何をモタモタしているのだ! 早くコイツを止めろ! 急げ!」

 

 先ほどの慇懃無礼な態度はどこへやら、部下を荒い口調で怒鳴りつけながらよろよろと逃げ出すロドリゲス。それに冷ややかな目を俊輝は……ついでに兵士達の一部もそのような目を向けているが。

 

「ちーとまずいが、まあ仕方ないか」

 

 陣を組み、テラフォーマーを前衛に襲い掛かってくる敵を新たな敵に捉え、俊輝は懐から『薬』を取り出した。

 

 

―――――――――――

 

「リンネちゃん、あーんっす」

「……ん」

 

 U-NASAの外れにある廃屋の一室。そこで、希维はリンネの口にスプーンを運んでいた。仲睦まじい姉妹か、もしくは親子のようにも思える二人の団欒、その部屋を彩るのは、部屋の壁を覆い、外にまで広がっている、リンネの体から伸びた肉で構成された根のようなもの。そこから生える、異形の生命体。

 

「……ん、何すか?」

「……ん」

 

 おかわりを用意しよう、と新しいパック、フルーツの入ったゼリーを開けていた希维のスーツの裾を、リンネが引っ張る。

 振り返った希维に対して、リンネはあるものを指差す。それは、希维が持ってきた白の袋。滲んだ赤で元の色が少ししか残っていないそれに、興味を惹かれた様子だ。

 

「ああ、あれっすか? オリヴィエ様の死体っすね」

「……おつかれさま」

 

「きえあぁぁリンネちゃん喋ったぁぁ!」

 

 

 

「話が、話が違うではないですか!」

 

 穏やかな微笑ましい会話は、部屋に乱入してきた修道服の男によって中断された。

 片腕を失いそこから血を流す男は、希维に向けてまくし立てる。

 

「ああ、残念っすね、ロドリゲス卿」

 

 返答は、いつもと変わらない、笑顔を湛えたままの希维。

 

 

「そうそう、あなたに向けて伝言を預かっているんすよ」

「……! そうだ! あのお方がこのような事をお許しになるはずが無い!」

 

 思い出したかのように頬に手を当てる希维に、ロドリゲスは興奮しながらも大きな声で余裕が無い様子ではあるが勝ち誇ったかのように希维を睨む。

 

「『君の後任は決まったからゆっくり休んでくれ』だそうっす」

 

「な……!」

 

「オリヴィエ様から力の一部を賜っておきながら、この始末……まあ、しょうがないっすね」

 

「お待ちを! 私は! 私はまだ!」

 

 ドンマイ、とでも言いたげにぽんと肩を叩く希维。明るいままのそれに、ロドリゲスはある種の恐怖を覚える。

 必死に抗弁しようとするが、ロドリゲスの口から出てくるのは、意味の無い言い訳ばかり。

 

「それでっすね! 引き継ぎって事で今日は後任の方に来てもらってるんすよ!」

 

 瞬間、場の空気が変わった。ロドリゲスの体に、殺気が突き刺さる。オリヴィエのような人を不安に、不快にさせる類のそれではなく、迫りくる濁流のような、次の瞬間に自分の命が潰えるのだという、心臓が握り潰されるかのような感覚を覚える気配。そして、その殺気の中心にある、ロドリゲスに向けられた好奇の視線。

 

「―――!?」

 

 背後を見る。誰もいない。一瞬の、ほんの一瞬の安心を得た直後。ロドリゲスの体は、宙に引き上げられた。

 天井からロドリゲスの体を拘束し持ち上げたのは、触手の海だった。数十本はあろうかというそれ、一本一本が力強さをもつそれはロドリゲスの手を足を、首を、締め上げる。

 

「お慈悲を! お慈悲を! どうか、お許しを!」

 

 首を締め上げられてなお懇願するロドリゲスを、希维はもう視界に留めてはいなかった。リンネの頭を撫でようとして押しのけられショックを受けているという、ロドリゲスなど既に意識の外に置いた行動だ。

 

 

 滲み出す血。締め上げられ、軋み、徐々に折れていく骨。

 

 赤く染まっていく視界に、触手の海、その主が顔を見せる。

 

 瞬間、ロドリゲスの頭に、映像が浮かぶ。

 

 燃える自動車。必死に這い出た自分を見下ろし、口を歪ませる悪魔。これは何だ? 覚えなどない。ああ、だが、確かに自分が経験した事があるような、そんな、そんな。

 

「アアアァァ―――――――――――!!」

 

 一瞬の後に全てを思い出し、頭を埋め尽くす恐怖と、もはや逃れられないとわかっていても救いを求める祈りの入り混じった絶叫を上げるロドリゲス。

 ケタケタという笑い声が響く。

 悪魔の顔は視界から消え、代わりに別のものが視界に現れる。

 

 

 彼が最期に見たもの。それは、まるでギロチンを三日月状に逸らせたかのような金属の刃が、振り子の動きで自身の心臓に向かってくる光景だった。

 

 

「それにしても、ふぅん……」

 箍の外れたかのような笑い声だけが響く室内。

 希维は何か思う所のあるような表情で天井から流れ落ちる血を眺め、どこか羨ましそうに、呟くのだった。

 

「一度死んだ瞬間の記憶なんて、あるもんなんすねぇ」




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