深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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幕間という言葉を本編の流れとは外れた話を挿入する際の名義として便利に使ってますが実際の幕間の意味とは離れている気がする、そんな幕間です。


幕間 夜明け前

―2620年 12月4日 楽園最奥部『生命樹の間』

 

「……さてはて、どこに落としたものやら。ずっと探しているんだけど、まだ見つかってないんだ」

 

 頬杖を付き独り言のように呟くオリヴィエと、傍に控える希维。

 その面前で、エスメラルダと千古はそれぞれの別の面持で傅いていた。

 

 両者に見られるのは、従属の意思。それがある意味で強制されてのものか己の意思によるものかという違いはあるが。

 はっきりとした差異は、その表情だった。

 

 エスメラルダの目と表情。そこからは、オリヴィエに対するあからさまな嫌悪が伺える。

 千古のそれはさらにわかりやすく、頬に赤みが差している。時々オリヴィエの方をちらりと見て、すぐに目線を逸らしてしまう。そこには、主から目線を外すなんて失礼、でもでもという複雑な内心が伺える。

 

 

 このような反応は、二割ほどは二人のオリヴィエに対する普段からの感情に由来するものだ。

 侮蔑と恋慕。ほぼ真逆の位置に存在するそれをそれぞれ抱える二人は、ここまであからさまでなくとも普段からそのような様子がある。

 では、残り八割。

 

「オリヴィエ様、そろそろ出てはいかがっすか?」

 

「ごめんもうちょっと」

 

 それは、今現在のオリヴィエの服装に起因している。エスメラルダが唾棄するほどファッションセンスが悪いわけでも、千古が照れるほど格好いいというわけでもない。

 

 その状態を一言で表すならば、『入浴中』であった。

 『神殿』最深部。特に楽園と呼び称される、槍の一族、その中枢とも言われる区画。

 その光景は、荘厳な玉座と呼ぶにはあまりにも遠かった。

 

 高さ十数メートルはあろうかという巨大な樹のような形状をした二重螺旋を描く装置に、大図書館の書庫の如く部屋の壁面にずらりと並んだ無数の透明な円柱状の水槽。その内を満たす中身。

 

 そんな、どちらかと言えば特殊な工場と呼んだ方が正確なこの場所で、オリヴィエは全裸で液体に満たされた円柱状の水槽、俗に培養槽と呼ばれるそれに浸かり、肩から上だけを上蓋が開けられた槽の外に出していた。

 その縁に体重を預け、リラックスしている状態だ。

 

「この前の傷が沁みてねぇ……まだ中身まで再生してないかなぁ」

 

「オリヴィエ様、年頃の女の子の前っす」

 

 透明な容器と透明な液体からは当然、その裸体がそのまま透けて見える。

 一族の頂点に最も近い血族であるからこその均衡の整った体付き、傷一つ無い肉体。足を組んでいるため際どい部分こそ隠れているが、部下を招集する際の姿としてはあまりにも無体としか言いようが無い。

 

 希维も若干白けた目を向けている。

 

「とっとと服を着ろゴミクズ」

 

「わわわ私は命令するなんてそんな……でもそのままでは直視できないのでできれば……」

 

 理由はそれぞれあれど総意として、『服を着ろ』であるのだが、当の本人は従者と部下からの抗議などどこ吹く風。そのままの状態で話を続ける。

 

「さて、二人には探してもらいたいものがある」

 

 自然な流れとは言い難いものの仕事の話に移るオリヴィエに、二人は耳を傾ける。

 それに関する詳細な情報。計画そのものにとって重要なものでは無い。だが、オリヴィエが以前に無くしてしまった、暇さえできれば探してはいるが今だ見つかっていない重要な私物。候補は二つ、アメリカと日本。

 

「私はパスだよ。オマエのおつかいをするためにここにいるわけじゃない」

 

 オリヴィエの説明が終わった直後、話を切り捨てるようにエスメラルダが立ち上がる。

 話を聞く限りでは、それが重要とは思えない。くだらない探し物としか言いようが無かった。

 さらにそれが私物とあっては、わざわざ自分を呼び出す意味など皆無だ。

 

「……千古(ちふる)ちゃん、待った」

 

 それは、常人には知覚困難な一瞬で行われた。エスメラルダが付き合っていられない、とオリヴィエに背を向けた瞬間。

 

 千古が腰の太刀に手をかけ、それを振り抜きながら隣のエスメラルダへと踏み出そうとした。だがその動作は、希维の制止の言葉と同時に放たれた銃によって右足の甲に穴を開けられ強制的に止められる。

 

「……っ」

 

「礼を言っておくよ、希维」

 

 痛みに眉をひそめ、千古は抜きかけた太刀を鞘に納め、穴の開いた足を押さえる。

 エスメラルダは千古に一度目を向け、彼女にしては珍しく希维に少しだけ頭を下げた。

 その額には、表情は変わっていないながらも一筋、汗が流れる。

 

「見苦しい所をお見せしました、お許しください。オリヴィエ様、当主様」

 

 次いで千古が希维とオリヴィエ、両者に向け、正座し額を床に付ける。

 

「まあまあ、チコちゃんの気持ちもわかるっすから、そうかしこまらずに」

 

「そうだね、君の忠義、とても頼もしく思うよ。だけど彼女を許してやってくれ、断られても仕方の無い事をお願いしている自覚はあるさ」

 

「……ありがたきお言葉です」

 

 希维とオリヴィエ、二人の言葉に立ち上がり、千古はもう一度深く頭を下げる。その足の穴は既に塞がりつつある。

 ひとまずエスメラルダは不参加。そのような流れで話は纏まりつつあった。

 

「しかし、残念だね。このお願いを聞いてくれたら、お礼として君の記憶に関係した研究の優先度を上げよう、と考えていたのだけど」

 

 しかし。

 悲しそうな声色で語るオリヴィエ。その内容を聞き、部屋の自動扉が開く一歩手前まで歩いていたエスメラルダの足が止まる。

 

「それに、何だったかな、候補地、名前は忘れてしまったけど、ランキング1位の彼が脱走したらしくてそこに近いから、ついでに勧誘でもお願いしようかなとも思ってたんだけど」

 

「……考えてやってもいい」

 

 オリヴィエの最初の言葉で、エスメラルダの頭にノイズが走る。浮かび上がってくるのは、擦れた映像。自分が一番大事にしていた部分が空白に覆われている記憶。

 そして、その次に、自分の子孫、その表情。

 

「千古ちゃんは日本の方って事で行ってもらえるかな? キミなら見つけてくれる、そんな気がするんだ」

 

「ご期待ください! 絶対に見つけ出して見せますよ! ってわぁっ!?」

 

 オリヴィエの微笑みに先ほどまでの固かった表情を緩め、喜色満面で答える千古。直後オリヴィエが裸である事を忘れて直視してしまい、慌てて目線を逸らす。

 

 

「……ン。ま、そこの色ボケのガキよりかは私の方が上手くやるさ」

 

「別に貴方は生きて帰ってくるだけで上出来だと思いますよ。そんなでもオリヴィエ様の役に立つ身ですし。成果は私にだけ期待してください」

 

 火花を飛ばす両者をオリヴィエはにこやかに、希维はそんな両者とオリヴィエを苦笑いしながら見つめる。

 二人と違い、オリヴィエから直接聞く事によって希维は知っていた。この探し物が、オリヴィエにとってどれだけ大きい意味を持つのかを。

 そして、計画には関係無いと言いながらも、これの有無で計画が大きく変わる、あるいは無くなる程の変化をもたらすものであると。

 

「私は中国で友人と会う約束があるから、それが終わったら合流させようかな」

 

 改めて、話は纏まった。さて、そろそろ出るか。これ以上浸かっているとコストと希维の説教が怖い。

 オリヴィエは培養槽の淵にかけた両手に力を入れ、体を持ちあがる。

 

 ここで問題が約二点浮上した。

 

「ちょっ、チコちゃん見ちゃダメっす! オリヴィエ様のオリヴィエ様が!」

 

「しえいちゃんちょっと遅いです!」

 

 一つ目。当然ながら、組んでいた足が解け、足を延ばした体勢となる。

 混乱しているのか訳のわからない事を叫びながら、慌てて水槽の前に立ちオリヴィエの体を隠す希维。

 希维が間に合わなかったのか、はたまた反射神経が良すぎるのか、それをモロに見てしまい顔全体が真っ赤に染まる千古。

 何やってんだこいつらと呆れた半目を向けるエスメラルダ。

 そんな、世界をどうこうしようとする集団にしてはあまりに和かな光景。

 

「……あ、やばい」

 

 そしてもう一つ。オリヴィエが、うっかり卵を握り潰してしまった、そんな調子の気の抜けた声を出す。

 その力を込めた右腕。その肩口を内から突き破るかのように、触手が一本伸びる。

 吸盤が所々に存在し、ぬめりのある質感のそれ。だが、それは一般的な生物のものとはかけ離れていた。

 その触手の先端には、グラデーションなど放棄したかのように、唐突に人間の手が形成され、触手の全体には薄く人の体毛が生えていたのだ。さらには、所々に昆虫の毒針のようなものが無秩序に伸びている。

 

 それは、オリヴィエの制御下には無い様子で、びちびちと打ち上げられた魚のように暴れまわる。

 

「ホラ、気を抜くとすぐ暴走する……時々大怪我するし安定までは遠いなあ」

 

 ふうと溜息を一つ付き、オリヴィエはその触手を左手で抑え込み、無理矢理体内に押し込んでいく。

 

 

「……まあ、そういう事で。お二人とも、成果を待ってるっすよー」

 

 混乱する状況を、この場で最も適当そうな印象の、しかし実の所最もしっかりとした人間が一度手を叩き締める。

 かくして、大部分がゆるゆるぐだぐだとした空気で決まった結論が、表で、裏で生きる人々に災いを与える事となった。

 




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