深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第74話です。戦闘&心理描写。


第74話 深山に爆音の響く

 両者は、静かに向かい合っていた。しかし、それは表層の話。その内心、お互いは穏やかな気分では無い。

 

 なんだか困っちゃうな、気まずいな、という様子で曖昧な笑みを浮かべるダリウス。

 激情を内に抑え込まんと必死なチャーリー。

 

 そんな対面の中、チャーリーはゆっくりと、しかし力の籠った声でダリウスへと言葉を向ける。

 

「隊長、率直に言う……俺達と一緒に、U-NASAに帰ろう」

 

「……俺に隊長、なんて呼ばれる権利はもう無いよ」

 

 答えを誤魔化しながら、ダリウスはチャーリーの様子を観察する。

 変態は終えている。この様子だと、同時に行動していた二人も既に戦闘を想定し変態している事だろう。

 

 そして、互いの位置関係。距離にして2m程の、少し踏み込めば一撃を浴びせられる場所。

 ダリウスにとってはあまり好ましくない状態だ。

 

「じゃあ、せめて教えてくれ! 何で逃げたんだ、また、人をああしてまで……!」

 

「答える必要は無いよ」

 

 恐らく、この会話は長くは続かないとダリウスは考える。先ほどから投げかけられている質問、ダリウス本人としては答えたくないものばかりで、はぐらかされてばかりのチャーリーはもう実力行使だ、となるだろう。

 

「……最後の質問だ、隊長」

 

「――何かな」

 

 同時に、チャーリーの表情が変わった。ダリウスに対して動揺していたそれはすっと消え、目の前の"敵"を見据える戦士のそれへと。そして、握った両拳を口ほどの高さまで上げ、足先で落ち葉を除ける。がさり、がさりという枯れた音だけが、そこに響いていた。

 

「アンタのこれまでの俺達への振る舞いは、全部嘘だったのか?」

 

「……」

 

 先に動いたのは、ダリウスだった。地を蹴り、背後に飛び退く。

 同時に、その体が変質していく。

 額からは短い触角が生え、両の腕には口吻と毒針、二本の凶器が。

 

 ダリウスは薬を持っていない。彼は『裏マーズ・ランキング』の頂点に立つ人間ではあるものの、その評価の殆どは人間の部分では無くMO能力に依存している。

 そのため、戦闘において変態は必須。

 αMO手術の特性上、薬を用いない変態は通常の変態よりも大幅に劣るが、致し方ない。

 3人の人影が民間人だった時にいらぬ騒ぎになってしまうと考えてこの変態を行っていなかった事については後悔しかない。

 

 でもあと少しで、体内の発音器官が組み上がる。そうすれば。いやしかし――

 

 

「アシュリー!」

 

「は、はい!」

 

 その声は、ダリウスの思考を突然横切った。ダリウスを追撃せんと駆けだしたチャーリーが、叫び声に近い音量で人名を呼ぶ。それに答える、森に響くその残響にかき消されてしまいそうな弱弱しい声。

 

「……っ!」

 

 突然、ダリウスの体が動かなくなった。チャーリーと向き合いながら後退するため、背後に倒れこむように重心を傾けていた体を、誰かが正面から掴んで支えたかのように。

 

 顔を歪めるダリウス。チャーリーの背後に、樹上から逆さまにぶら下がっている少女が、怯えた様子ながらも、ダリウスから目を離さずにしっかりとその姿を見据えている。そして、その手から伸びているのは、目を凝らさないと見えない、透明の糸。

 

 何が起こったのか把握したダリウスは、自身の左腕を見た。そこには、粘液と共に糸が繋がれていた。

 

「まさか、ね」

 

 やられた。会話の途中で構えを取る。それは、周囲を警戒していたダリウスの目線を、脅威としてそこに集中させるため。

 大げさに落ち葉を蹴っていたのは、味方の動く際の僅かな音も悟らせないため。

 ダリウスが答えないとわかっていたのに質問を繰り返していたのは、合流が済む時間を稼ぐため?

 

「非戦闘員の子まで連れてくるか……!」

 

「何言ってんだ、ウチの立派な隊員だろうが!」

 

 

 それは、特殊な狩りを行う捕食者。

 

 造網性の仲間のように網を張り獲物を捕らえる待ちの一手でもなければ、徘徊性の仲間のように自らの足で獲物を捕らえるほどアクティブに自らの体を動かす事もしない。

 

 彼らの狩りは、仲間達が罠や住まいに使う素材を振り回し、直接相手を拘束するという方式で行われる。

 

 その姿は、古典的な捕縛劇の道具を彷彿とさせた。

 

 

  アシュリー・ハンプトン

 

 

  MO手術"節足動物型"

 

 

  ――ナゲナワグモ――

 

 

「後は任せましたぁ副隊長!」

 

「おうよぉ!」

 

 今にも泣き出しそうな表情で、ダリウスを捕えたアシュリーは糸を引っ張る。

 背後のアシュリーから眼前のダリウスに伸びる糸。自身の頭の横を通過しているそれを、チャーリーは掴み、自分の手首に巻き付ける。

 

「やってくれる……!」

 

 不完全な変態と言えどダリウスの力はアシュリーに勝っていた。このまま力任せに綱引きをすれば、ダリウスが引き勝っていたのだが。

 相手がチャーリー、それも変態後となれば、勝ち筋はもはや無い。

 

 もはや距離を離す事はできない。

 ダリウスの額に冷や汗が浮かぶ。

 

 ダリウスが両手の針を構えた瞬間、チャーリーはダリウスの目の前まで迫っていた。

 迎撃に、右腕の口吻を繰り出す。腹を狙った一撃。しかし。

 

「甘ぇ」

 

 チャーリーはその右腕を払い上げ、その懐に潜り込む。

 左腕で防御する時間は、既に無く。

 

「がっ……!」

 

 ダリウスの腹に、鈍い一撃が入る。

 軍隊式格闘術。素手で凶器を持った相手に対抗する事も想定されたそれを習得しているチャーリーにとって、不完全な状態の変態でしかないダリウスを相手にする事など容易い。

 ダリウスも当然、近接戦闘の訓練を積んではいるものの、年季が違う。

 

「忘れちまったのかよ班長、俺の順位を」

 

 距離を取ろうとするダリウスの顎に、正面からの拳が直撃する。

 一瞬脳が揺れ、視界が霞むダリウス。それに対し、チャーリーは無慈悲な連撃を加える。

 

 

 『7位』。それは、『裏マーズ・ランキング』上位の中でも特別な意味を持つ順位だった。

 縁起の良い数字だからか? ……いや。

 

 1位。2位。3位。4位、同率。6位。チャーリーより上の人間達、それに共通する特徴、それは。

 

「自分で言うのはこっ恥ずかしいが……『MO手術最強』は伊達じゃねえんだよ」

 

 そう、彼らは全て、αMO手術とそれによって得られたベース生物によってランキングの頂点を極める者達。『兵器』と呼び称され、班の統率を任された強者、幹部搭乗員(オフィサー)。その戦場は、広域制圧、猛毒、再生能力の跋扈する魔境だ。

 だが、一方のチャーリーは。通常のMO手術で、毒を持たず、広域の制圧能力も持たず、再生能力も持たず。

 ただ、その牙と己の力で彼らの背に食らいついた。

 

 

 そして、その力は今、容赦無く眼前の敵に向けられる。

 

 

「忘れて……いないとも……でも、君も忘れていないか、チャーリー」

 

 反撃は許されず、その表皮の所どころがひび割れ、変質した虫の体液と人間の血液の混じり合った液体を散らせながらも、ダリウスはチャーリーに言い返す。

 

「あ……?」

 

 ぞわり、チャーリーの背に悪寒が走る。何かを見落としている。いや、大丈夫だ。このまま反撃の隙無く、打撃を続ければ。

 

 そんなチャーリーの視界の端に、ダリウスの左腕が映る。毒針。この戦いで、一度たりとも攻撃に用いていなかった武器。そのため意識から漏れていたが、なんだそんなものか、とチャーリーは攻勢を緩め、回避を……

 

 

 

「俺が、何位かって事を」

 

 それだけの隙が与えられれば、十分だった。

 ダリウスの腹が、激しく振動する。

 

「―――! お前ら――」

 

 全てを察し、チャーリーは耳を塞ごうとする。

 だが、全てが遅かった。

 

 空気が爆ぜる。

 周囲の木々が激しく揺れ、それに驚いた鳥たちがけたたましく鳴きながら飛び去っていく。

 

 

「ふぅ……生きてるかい? うん、大丈夫みたいだ……」

 

 そこに立っていたのは、ただ一人の男だった。

 

 

 

「くっ……そっ」

 

 目前でその暴威の直撃を受け地に這い、必死に立ち上がろうとするチャーリー。

 だが、立ち上がろうとしてはふらつき、倒れこんでしまいその身を起こす事はできない。

 軍人として銃声や閃光手榴弾(スタングレネード)のそれを経験した身ではあるが、それでも感覚が掴めない。

 

 『音響外傷』。突然の大きな音による、耳に起こる外傷である。

 軽度のものであれば耳鳴りが、重度であれば聴覚を一時的に喪失する上に耳の内部、内耳神経系の損傷により平衡感覚を失い歩く事すらできなくなる。

 

 これを封じるために、作戦を尽くした。

 変態の隙を与えず近接戦に持ち込み、既に相手が変態していたなら有無を言わさず腹を攻撃しその動作を行わせない。

 音、と呼べる領域に留まっているかすらわからない無差別破壊、一度使われれば防御する術など存在しないそれを相手にするには、相手に僅かな隙すら与えず押し切り意識を奪うしか無かった。

 

「……チャーリー、それに、アシュリーとリックも。辛いから立ち上がろうとしない方がいい」

 

 すぐにその言葉が今の彼らには聞こえない事に気付き、ダリウスはジェスチャーでそれを伝える。

 ダリウスの足元には、真上から奇襲を仕掛けようとしていたアシュリーが倒れていた。こちらも必死に起き上がろうとしているが、こちらは体を起こす事すらできず、平衡感覚を失った気分の悪さに苦しんでいる。

 チャーリーですら起き上がれないのだ、元民間人、非戦闘員であれば猶更である。

 

 

 そして最後に、ダリウスの背後の木陰に顔から地面に倒れこんでいた青年。

 無理に立とうとするな、のジェスチャーを見て、何故か親指を上げる。

 

 こんな状態でもお調子者なんだな、と溜息を付くダリウス。

 アシュリーがいた時点で、最後の一人はこの青年、元班員のリックであると予想は付いていた。

 このような遭遇戦になると何かと厄介な能力であるため、警戒していたのだが、近くに控えていてよかったと安心するダリウス。

 

「んー、もう一度変態すれば治るかな……」

 

 かなり出力を絞ったが、それでも戦闘不能に追い込むには十分すぎる威力だった。

 周囲にU-NASAの他の部隊がいれば、即座に集まってくるだろう。

 でも、少しだけ。

 

 自分を追ってきたかつての部下達に微笑み、ダリウスはそこに座り込んだ。

 

 

 

 

 ……そして、数十分後。

 

「ごめん、暫く我慢してね」

 

「……了解」

 

 ダリウスの前には、三人が立っていた。その体はアシュリーの出した糸で巻かれ、腕を動かす事はできないが。

 あの後再度の変態により、耳の障害は治り、三人は歩く事ができるようになった。

 それから追手を警戒して少し移動し、アシュリーが糸を使ったトラップを張っていた目立たない地点で休憩という事になり、今に至る。

 

「皆、僕はやらなくちゃいけない事がある。だから、戻れない」

 

 ダリウスの言葉に、三人は顔を伏せる。

 

「隊長、本当に、あのお屋敷の人達は……」

 

 手をへなりと伸ばしてのアシュリーの質問。戦闘の前にチャーリーからもされたそれに、ダリウスは眉に皺を寄せる。

 そして、暫く考え。

 

「アレは、僕がやったわけじゃない」

 

 その真実の一端を、最も単純な回答で語った。

 

 

「だろうと思ってた」

 

「……よかったぁ」

 

「やっぱな!」

 

 三人の反応はそれぞれだ。納得した様子で頷くチャーリーと、安心した様子のアシュリー、何だか明るいリック。

 

「……でも、この事はU-NASAには伝えないでほしい」

 

 だが、それもダリウスの次いでの言葉で再び曇る。

 

「僕の目的が終わったらさ、U-NASAの前に出ていこう、と思うんだ」

 

「……何で」

 

 さらに、一言。脱走した大量殺戮さえ可能とする力を持った凶悪犯が、わざわざその収監を担う組織の前に現れる。そうなった時の対応など、わかりきっている。生かして捕獲など考えようとはしないだろう。

 

「人喰いの化物は、人間の手で直接殺されて終わるべきだろ? 死刑とかそんなんじゃなくてさ」

 

 破損した邸宅とそこで暮らしていた事務員の死亡。詳細に調査すればダリウスの責任では無い事がわかるのは確かだ。だが、当のダリウスが逃げ出した。多数の戦力がその追撃に割かれている。この事情を考えれば、恐らくは詳しく調べるまでもなく、U-NASAはダリウスが犯人であると認識している事だろう。

 

 

 

「班長は化け物じゃねぇ!」

「ダリウスさんは人間です!」

「死ぬとか言うなよ、リーダー」

 

 同時に、三人が声を荒げる。それは、別々の内容で、しかしダリウスを信じた、そんな言葉だった。

 

 

「ありがとう、でも」

 

 それを聞いて、ダリウスは照れくさそうに笑う。そして。

 

「それを、僕に喰われた人を大切に想っていた人の前で言うような事があれば、許さない」

 

 その表情は、冷たいものへと変わった。

 

「……ッ」

 

 

「じゃあね、皆……()()()、僕は皆の事が大好きだよ」

 

 

 少し、名残惜し気に。どこか、苦痛を感じている様子で。ダリウスは三人に微笑みかけ、背を向けた。

 

 

「……取引、いや、脅迫だ、班長」

 

 何かが裂けた音。唐突なそれに、ダリウスは振り返る。そこには、糸を振り払ったチャーリーが立っていた。

 思わず構えるダリウスだったが、チャーリーが仕掛けてくる様子は無い。

 代わりに、その右手には、通信機が握られていた。

 

「今から、コイツで捜索部隊の本隊と連絡を取る。……目標を見つけた、ってな」

 

 その言葉に、ダリウスが硬直した。

 

「それをされたくなければ……どうか」

 

 チャーリーは、一歩、二歩、ダリウスに近付き。

 それを見るアシュリーとリックも、その意図を察したのか、静かに頷き。

 

「俺達に、手伝わせてくれ」

 

 チャーリーは、顔を上げる。

 

「身勝手なのはわかってる。アンタが望んでないのもわかってる。……でも」

 

 その顔を歪め、まるで懇願するかのように。

 

「生きて、欲しい。俺達にとっちゃアンタはもうバケモンじゃなくて、料理が上手くて世話好きでちょっと抜けてる、良い上司なんだよ」

 

 自分達のリーダーに対して、脅迫にならない脅迫を突きつけた。

 

 

「……ああ、本当に、勿体ない部下だなぁ」

 

 それに、人喰いの怪物は、ただの人間は、目元に涙を浮かべながら、笑った。

 

 

――――――――――

 

 

「んじゃあ、出発と行くか!」

 

 ダリウスへの協力。ただし、自分達の命を最優先する事。

 他にもいくつかの約束の末、彼らは協力する事になった。

 その内の一つに、『U-NASAにはダリウスに脅されて嫌々従ったと言う事』という内容があったが、どうも守ってくれなさそうなのがダリウスは心配だった。

 

 

 しかし、何はともあれ。再び、準備は整った。チャーリーが備品として所持していた昆虫型の『薬』も入手できたおかげで、標的と直接相対した時にも互角に戦える可能性が高まった。

 

 

「……ん、定時通信か」

 

 そんなダリウスの傍らで、チャーリーは通信機を取り、耳に当てる。

 

「おいおいアシュリー、お前またドジかよ!」

 

 背後では、樹上に設置されたトラップを回収しようとしたアシュリーが糸に引っかかり、リックがそれを指差して笑っている。

 火星の時は弱気な通信員でちょっと不安だったのに随分頼りになるようになった、と思ったらやっぱりあんまり変わってないな、と微笑ましくなり、ダリウスは助けに行こうとする。

 

「……班長、リック……これ」

 

 

 だが、そこで異変に気付いた。

 アシュリーの顔が、ひどく青ざめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の、糸じゃない」

 

「はい、こちらはまだ目標を発見できては――」

 

 

 

 

 

「おや? 元第一班の皆さん、流石、火星帰りの勇姿という他ありませんね」

 

 突然投げかけられた声に、全員の視線が映る。

 

 そこに立っていたのは、一人の女性だった。

 黒に加えて銀というべきか灰色というべきか、という色に染まった体。額に形成された、三つがそれぞれ対となった六つの目。本来の目に付けられた丸眼鏡。

 

 その身を包むのは、この自然の中で場違いな正装、スーツ。

 

「ああ、高名は聞き及んでいます、ダリウス・オースティン様。初めまして」

 

 

 

 そして、その胸には蟻を模したエンブレム、U-NASAの猟犬と呼び蔑まれる隊の部隊章が鈍く光を反射していた。

 

 

 

「第七特務隊長直属、カローラ・プレオベールと申します。どうか私も、任務達成のお零れに預からせてくださいませ」




観覧ありがとうございました!
どっちが味方なのかわからない。

アシュリー、お気づきになった方ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんが第一部でモブとして登場していたダリウスの能力に怯えていた通信員の子です
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