心理描写&戦闘シーンメインとなります。
――『最強』や『最高』に当てはまる存在、というのはいつの世のどの年代の人間にとっても興味深く、胸を高鳴らせる話題だ。
創作物において、この作品で最も強いキャラクターは誰なのか、という話題は議論が白熱し、時に喧嘩へと発展するし、世界最高の○○、という言葉は時々雑誌や新聞の紙面に躍り、多くの人の目を惹き、それを手に取らせる。
この生物も、それに名乗りを挙げる存在である。
『最強の糸』。糸というものに関して、何それと首を傾げる人間は多くはいないだろう。人類の文化的生活に深く根差した、日常的なものからそれと遠いものまで千差万別、様々な物の材料に使用される素材だ。
さて、どう表現したものか。とてもよく伸びる。だから何? という人が大半だろう。とても頑丈。でも糸でしょう、と思うだろう。難しい物質名と単位を並べて説明するか? 恐らく、最後まで聞いている人は少ない。
ならば、簡潔にこう言うとしよう。
『鉛筆ほどの太さがあれば突っ込んでくる飛行機を止められる糸』の倍以上の強度、と。そして、さらに――
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――ダーウィンズ・バーク・スパイダー
コガネグモ科に属する蜘蛛の一種。大柄なメスで体長わずか2cm弱という彼らは、しかしとてもよく目立つ。
だが、目立つのは彼らそのものでは無い。灰色と黒の入り混じった地味な色の小柄なそれは、恐らくその辺りをうろついていたとしても見落としてしまう事だろう。
「くっ……」
「班長、私の事はもういいですから……!」
糸に絡まったアシュリーの戒めを解かんと力を込めるダリウス。しかし、その糸は多少伸びはすれど破れる様子など一切無い。
そのひょうきん者な普段の様子に似合わず相手を睨むリック。本人の特性かMO手術の力か、すでに傷口から流れ出る血は止まっているものの、右の足首を切断されたその体は、木にしがみつきながら起き上がるのがやっと、という状態。
「だ……らあァ!」
そして、最後の一人、チャーリーが起き上がり、目の前の相手、カローラに反撃を繰り出す。
網で足を掬われたものの、落ち葉が付着して接着能力が落ちていたのかそもそも獲物を捕らえるための粘性を持ったものでは無かったのか、拘束されはしなかったためだ。
網にかかってしまった瞬間、いや、アシュリーが捕えられ、カローラが姿を見せてから戦闘に移るまで、周囲一体に巡らされた罠を探索していた。
樹上に無数に存在する、獲物を絡め取るための糸、まさに蜘蛛の巣と言える形状のもの。
リックが犠牲となりそれに注意が向くまで気付かなかった上それでも視認は難しいが、木と木を結ぶ形で所どころに存在する、細い糸。無論いくら強度があり細く鋭い糸と言えど人体を切断するには人の側がそれなりの速度で突っ込む必要があるが、戦闘のさ中であれば素早く移動する場面は多く存在する。
ここいら一帯は既に相手の手の内だ。敵のベースは外見から伺うに蜘蛛だろう。これだけの罠を張るのに、何度変態し、どれだけその身に負担を強いたのだろうか。同じ蜘蛛をベースに持つアシュリーや、『アネックス1号』でも何人かいた人々の例で考えれば、もう既に疲労困憊でも何もおかしくない。見た目は余裕癪癪ではあるが、消耗しているはずだ。
「一度目ですよ、体に悪いですからね」
しかし、チャーリーの一撃は再びカローラに止められる、再度その手と手の間にあやとりでもするかのように張られた糸の束によって。
そして、その言葉からは己の考えを見透かされている事が伺える。
チャーリーの一撃、その衝撃で背後に跳び、カローラは
もはや、目を凝らさなくてもわかる。所々に巡らされた、足場としての糸がそこらかしこに巡らされているのが。
『強さ』に関しては、彼らに比肩する、もしくは上回るかもしれない生物は存在する。『オオミノガ』。アネックス1号計画において幹部搭乗員に次ぐランキング最上位に位置する男の有するベース生物だ。
単純な計算で言えば、その身から生じる糸の強度はダーウィンズ・バーク・スパイダーのそれを上回っている。
ならば何故、それを踏まえた上でなお彼らが『最強』に名を連ねるのか。
……その糸が、それを生み出す彼らが持つのは『強さ』だけではない。彼らを見落とす事などできないのは、その巣があまりに目立つ巨大なものだから。
高度な教育を受け技術を身に着けた人間が綿密に計画を立て、それを数十数百、時に数千数万と集まった人間が作業して初めて完成する建築物、川を渡す橋。それを、彼らはたった一匹で、建材も何も必要とせず自身の体内から生み出される資材だけで完成させる。
「本業の貴方であればご存じでしょう、チャーリー様。時代が移ろおうとも、いいえ、だからこそ、質だけではどうにもならない、『量』が伴ってこそなのだと」
チャーリーの思考は、既に撤退で埋まっていた。何人逃がせるか。自分が殿になれば、どれだけ時間を稼げるのかを。力任せでは無理だと考えた班長がアシュリーの糸をほどくのに後どれだけかかるか。再度変態すれば再生するかもしれないが、今現在で歩くには無理がある状態のリックを連れてどこまで逃げられるか。
純粋な相手の身体能力は恐らくそれほど高くは無い。
速さで言えば、自分の方が明らかに優位で、ダリウスも恐らく勝っている。
だが、この無数の罠を突破しながら、という条件が加われば、それは途端に困難なものとなる。
「……。失礼」
そこで唐突に、カローラの表情に変化があった。ポケットに手を入れ、取り出したのは振動している通信機。
その画面を見て、耳に当てる。
不味い。チャーリーの、ダリウスやリックの額にも嫌な汗が流れる。
ここで通信が繋がり、自分達の所在が知られてしまえば。さらには、カローラが言っていたように、自分達の事を1班まとめて裏切った、と報告されてしまえば。
途端に包囲網が組まれ、ここから抜け出す事さえ絶望的だ。
「どうも隊長、通常回線という事は定時連絡でしょうか。ええ、わかっていると思いますが耳栓してるので聞こえません」
今なら隙があるか。隙が無かろうとやらねばならないか。足元の石を拾い上げ、投擲の姿勢を取るチャーリー。
しかし、次いでの一言があまりに意外で、その手が止まってしまう。
「『目標は未だ未発見です。痕跡も見つかってはいません』。ええ、致死性の罠も張っているので、できれば誰も近寄らせないでください。では」
通信を終了し、それを懐にしまい、カローラはお待たせしました、と一度チャーリーに頭を下げる。
「……何が狙いだ」
「何が狙いだ、とでも言いたげですね。そうですね、どう思われますか? ああ、別に心読んでるとかでは無く読唇術なので喋っていただいて結構ですよ」
「俺達に恩を着せて、それで取引がしたい、か?」
僅かな時間で考え抜いたチャーリーの答え。今自分達を見逃す理由は無い。援軍を呼び、袋叩きにするのが正しい選択のように思える。それでもなお、ダリウスの、それに加担している第一班の班員の所在を知らせない理由。
思いつくのは、これだった。
違っていても別に構わない。アシュリーの救出がなされるまでの時間を稼ぐ事ができればそれで。
チャーリーの答えに、カローラは僅かに目と口に笑みを浮かべ。
「知っていますよね。今回のU-NASAの任務は『目標の拘束、不可能であれば殺害』なんですよ」
同時に、懐から小ぶりなナイフを取り出し、それをダリウスに向けて投擲した。
「っ!?」
それを、チャーリーは反射的に自身の腕を盾として止めた。MO手術によって強化されている外皮によって深い傷にはならないが、それは腕に突き立ち、焼けるような痛みを与える。
「でも我々に下された任務は『殺害もしくは拘束』なんですよ」
「成程、そういう事かよ……!」
カローラの言葉にチャーリーは一応の納得を得る。ここでU-NASAの追手を許してしまえば、拘束が優先される。しかし、第七特務としては殺害を優先しての任務が与えられている。
表向きにはダリウスの拘束、もしダメだったら仕方なくだけど殺してしまおう、となっている。だからこそ自分達はこの任務に加わった。
だが、汚れ仕事専門の彼女達に下っていた指令は別のものだったらしい。
どちらがU-NASAの真意なのか? それは、チャーリーにとってはあまり考えたくない結論だった。
「いいえ」
しかし。カローラは、理解した、というチャーリーの結論に首を振る、という返答を返す。
その額に形成された6の無機的な目が、ぎょろぎょろと動き回る。
「……隊長は、無理だろうけど拘束できるならばしたい、と仰っておりました」
隊長。面識は無いが、第七特務を総べる人間。支部内や現場での指揮官、チャーリーにとってのダリウスと同じく、カローラにとっての幹部搭乗員に当たる存在。
危険人物ばかりと噂の第七特務のリーダー、どんな危険な人間なのかと思っていたが、意外にも平和的なのでは、とチャーリーは認識を改める。
「拘束などという選択肢が、そもそも存在してはならないのです」
が。その真意を、チャーリー達に対する殺意を剥き出しにし、再びナイフが投擲される。
チャーリーは察してしまった。コイツは根っこの部分では俺達と同じだと。まずい、現場が暴走している。
何とかしろよ顔も知らない隊長さん! どこかしら危ない人間ばっかりなんだから部下の管理をもっときちんと! と内心で悪態を付きながら、チャーリーはカローラへ向けて駆ける。
「隊長!」
わかっている、と頷き、ダリウスは腕の口吻を振るい、自身とアシュリーを狙うナイフを撃ち落とす。
「手加減して捕まえる? そんなの、こちらが強い事が前提では無いですか。それでもし――」
「リック!」
「オウよ!」
カローラの目が、チャーリーとダリウスに集中している。微かであるが、怒りで冷静さが揺らいでいる。
何がそこまで感情を揺り動かしているのかはわからない。だが、好機。
瞬間、カローラの腹に、何かが突き立つ。それは致死的なものとは程遠い、ただ押すだけの一撃だったが、衝撃で姿勢が崩れ、空中の糸から落ちるカローラ。
「……逃がしません……ここで、ここで仕留めなければ……」
だが、受け身を取り着地したその瞳には、執念が映る。
最初からわかっていた、というかここ数分の会話でそれが深まったが、話し合いや交渉ができる相手では無かった。
何とか地力で歩けるくらいにアシュリーの拘束が解けた事は確認できた。撤退戦だ。
ダリウスと班員の二人であれば、何とかしてくれるだろう。ならば、自分がその礎となろう。
カローラに飛びかかる。相討ちに持ち込めれば最良。そうでなくても、逃げるだけの時間が稼げればいい。
ダリウスもそれを察し、悔し気にチャーリーを一度見た後アシュリーと共に離脱し、リックもその姿を消している。
元気でな、と手を振るくらいの余裕があれば良かったけど、などと内心で笑い、目の前の敵には同じ、しかし毛色の違う獰猛な笑みを向ける。
それを冷徹な、しかしその奥底に隠しきれない感情で見返すカローラ。
さあ、時間稼ぎに付き合ってもらおうか。チャーリーもまた、懐から自身の獲物、サバイバルナイフを取り出した、その時だった。
耳に、微かな音が飛び込んでくる。同時に、気を張っていないとわからない程のごくごく小さな空気の揺れ。
念押しに、目の前のカローラとは違う、何やら嫌な予感、チャーリーの戦士としての直感。
ほぼ同時に、カローラが動いた。足元の網、その端を指に引っかけ、振るう。
だが、それはチャーリーを捕えるためでは無かった。
自分の背を、その網で薙ぐ。
すると、網に
チャーリーがそれを目視できたのは一瞬。青々とした森の葉でできた天蓋を貫き、戦場に乱入してきたもの。
それは、卵状の機械のような何かだった。
「くっ――!」
同時に、カローラが身を翻し網を放り捨てる。
直後、轟音と黒煙が周囲を覆い尽くす。
何が起こったのか。全くわからない。だが、それでもわかった事が二つ。同じような気配と直感が、いくつも周囲に感じ取れる。もう一つは、今が好機であるという事。
カローラに背を向け、チャーリーは走った。聞こえているかはわからないが、仲間達に警戒を呼びかけながら。
もはやカローラの姿は煙の向こうに見えなかったが一難去ってまた一難。
そして、無数の黒い楕円が、空からまるで箱に手を突っ込んで手探りで中のものを探すかのように、無差別に降り注いだ。
観覧ありがとうございました!
裏切り者と命令違反多すぎ問題。