深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第77話です。戦闘シーン重点。


第77話 炎禍

 空から、卵型の物体が降り注ぐ。あるものはそのままの軌道で地面に。またあるものは明らかに自然物とは思えない動きで付近の生物に向け軌道を修正。そして、爆発。そこまで大規模なものでこそないが人間一人を殺傷するには十分すぎる火力。そして、それと同時に粗悪な爆薬なのか黒煙が周囲にたちこめる。

 

 突如として巻き起こったその災厄は、情け容赦なくこの山林でそれぞれの目的を果たさんとする人間に襲い掛かった。

 

 

「散開! だが独りにはなるな!」

 

 この場所で最初に気づいたのは、捜索隊の本隊、それを構成する兵士の一人だった。

 今回の任務はU-NASA所属のMO手術を受けた人員に加えアメリカ陸軍から出向してきた兵士で構成されている。

 

 これがただのMO手術関係の迷い人の捜索であれば、わざわざ軍の力を借りる必要はなかっただろう。

 しかし、今回に関しては相手が悪すぎる。

 アネックス、裏アネックス計画の幹部搭乗員が呼び称された『兵器』という喩えがこの上なく似合っているのが、今回の標的だ。

 少しずつ軍にも浸透してきたMO手術の情報。火星から持ち帰られたウィルスの研究が進み、成功率も高まって注目されている今、軍人にもその施術とそれに合わせた再編成が少しずつ進んでいる。

 

 そんな彼らが、火星派遣部隊の指揮官が、各国で競い合いその中で最強を勝ち取った自国の人間が、何よりその人間が宿した生物が何であるのか、興味を惹かれるのは当然と言えよう。

 

 今作戦の説明時、彼らは今回の標的の情報を伝えられた。そして、見た。『1位』の戦闘訓練時の映像を。

 

 それは、鍛えられた軍人からすればお粗末なものだった。

 訓練用として本来のものより弱く作られたクローンテラフォーマーとの戦闘。足運び、格闘術、どれもこれも、自分たちの方がずっと優れているじゃないか。静かに見守る大多数の兵士たちは、そう考えていた。

 

 言う程難しい任務じゃない。これで最高ランクが取れるなら、俺でも。ごく一部のお調子者がそんな冗談を言い始めた、瞬間だった。

 

 轟音と激しいノイズと共に一瞬で映像が途切れた。

 

 そして、映像が復旧……というか、別のカメラのものに替えられたと思われるものが再び映し出された時、彼らは沈黙した。そこには、ハリケーンが過ぎ去ったか、空爆が行われた後か?と思わせる部屋の惨状があったからだ。

 

 警戒していた。脅威を認識はしていた。しかし、今のこの状況は完全に想定の外にあった。

 

 火山の噴火か? などと呑気な事を言うような人間はこの場所にはいない。

 敵襲だ、と言葉を交わさないまでも全員が認識していた。

 

 超小型の誘導爆弾か? 実態は不明だが、空からの攻撃。

 これは、標的からの干渉ではない可能性が高いとも考えていた。

 このような近代兵器を用意できるはずも無いからだ。

 

 考えられるのは、第三勢力の介入。

 根本的に作戦を立て直す必要がある。しかし、今はそれどころではない。

 

 周囲は煙に包まれ、退避方向の知覚が困難に。

 

 その上空から、驚くほど静かに落下してくる追加の爆発物を交わしながら、いざ負傷した際も考えできるだけ独りで行動しないように、彼らは退避を急ぐ。

 

 一点に固まっていては、運悪く全滅する恐れがある。

 一先ずはここから脱出し、安全な場所を探さねばならない。

 

 彼らの対応は正しかった。壕でも掘れればよかったが、道具も暇も無い。今できる事はこのくらいだっただろう。

 

 

――だが、それが彼らの不幸だった。

 

「……?」

 

 二人組で逃げていた兵士の一人が、炎と煙、赤と黒に支配された空間で、一瞬だけ奇妙なものを見た。

 それはすぐに煙で見えなくなったが、あれは確かに、赤い服を着た、この場には相応しくない――

 

 

 それは、命のかかった極限の状況で幻覚でも見たか? と目を擦り一瞬足を止めてしまった彼、不幸な新兵のアレンに向けて振るわれた。

 

 彼の丁度顔の高さ。そこにあった煙を突き破り、銀色が視界に映り込む。

 それが、彼が見た最期の光景……とはならなかった。

 

「アレン!」

 

 彼の顔を一直線に貫こうとした三叉の槍は、それとアレンの顔の間に割り込んだ銃に突き刺さり、そのまま勢いを止めずアレンに直撃した。

 

 槍では無く刺さった銃が顔に接触し、押し飛ばされるアレン。

 痛みで顔を抑えるが、すぐに立ち直り、正面を見据える。

 

「ああ、忌々しいね」

 

 そこには、アレンを銃でその槍から庇った同僚と、もう一つの影が立っていた。

 

 

 それは、一人の少女だった。

 爆炎に揺らめく、赤を基調としたドレス。その手には、先ほどアレンを貫かんとした槍と、銀の長剣、というよりも食事用のナイフを無理やり大きくしたかのような凶器が握られている。

 

 そして、その服装と同じ、揺らめくような、ほんの微かに金が混じった赤色の髪と瞳。

 不思議と、アレンはその姿から今この場所を襲っている炎、という印象を感じなかった。

 

 少女の全身を覆い、強く存在をアピールする赤色。それは、燃え広がる炎というよりも、粘つくような気味の悪い、例えるならば、血飛沫のような。

 

「一つ聞きたいんだけど……君達の探し人の場所はもうわかったかな?」

 

 目を大きく開き歯を見せた笑顔のまま質問してくる少女に、アレンは反射的に銃口を向けた。

 もしかしたらこんな状況でも調子を崩さない、散歩中の超マイペースなどこかのお嬢様か誰かなのかもしれない。そんな冗談めかした希望的観測を、彼は即座に切り捨てた。

 

 そもそも、一般人は出会いがしらに凶器で頭を貫こうとはしてこない。目の前の相手は敵対的存在だ。

 それでも即座に発砲まで至らず、威嚇に留まったのは、彼の優しさというべきか、いざという時の責任の事を考えてしまったのか、そこまではわからない。しかし、それが悪手だった。

 

「ン……いいや、やっぱり自分で探そう」

 

 山の天気は変わりやすい。そして、目の前の少女の気分はそれ以上に上がり下がりが激しかった。

 その顔から笑顔は消え、飽きた子どもが玩具を放り出すようにその手を、そこに握られた刃を無造作に振るう。

 

 その一瞬の動きに、まだ兵役に就いて数ヶ月の彼は反応する事ができなかった。

 かと言って、アレンが何かされたわけでは無い。 

 

 背を向け距離を取ろうとしたアレンの同僚の首の中ほどまでに、刃が食い込んでいた。

 血が噴き出し、周囲の落ち葉と少女の顔を汚す。

 

「っ! ああぁぁ!!」

 

 恐怖と怒り。それに導かれるまま、アレンは指の引き金に力を込める。

 今回の任務において、彼は戦闘に参加する事を想定されていなかった。そのため、支給された銃はいざという時の護身用程度、弾数も少ない。

 

 そして悪い事に、動揺と恐れにより力の籠った指を離せずその射撃は止まる事なく貴重な弾を吐き出した。さらには肝心の狙いも本人の精神状態を反映したかのように銃口が暴れ、正確に目の前の相手を捉える事はできなかった。

 

 

「嗚呼、いい顔だね」

 

 一発だけ頬を掠めた銃弾。そこから流れ出す血を舐め取りながら、少女は一歩、もう一歩とアレンに近づいていく。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚れた、見るに堪えないであろう顔。それを見て、少女は恋する乙女のような、うっとりとした表情を浮かべる。

 

 

「それでこそ、生きているというものだ……」

 

 目の前で、刺さった銃を抜き取られた三叉の槍が、よくよく細かい部分を見れば武器としての槍というよりもフォークのような形状のそれが、振り上げられる。

 

「……」

 

 あ、死んだなコレは。諦観に頭が埋め尽くされ、己を手放そうとしたその時だった。

 

 

「……動くな! 先の銃声で気付いた仲間も来る」

 

 突然、少女の喉に、牽制の言葉と共に一本のナイフが突きつけられる。

 それは、少女にとってもアレンにとっても既に死んだものとして認識されていた、彼の同僚のものだった。

 その言葉は偽りでは無く、黒煙で制限された視界の中でアレンとその同僚を呼ぶ声が、銃声に反応して有事だと気付いた様子でそこらかしこから聞こえ出す。

 

 そして、彼はアレンに目配せをした。

 『早くこの場を離れろ』と。

 

 それが、素人目に見てももう助からない同僚の願いを純粋に汲み取ったのか、それともただの本能からくる逃避行動なのかはわからなかったが、アレンは涙を拭い背を向け、一目散に駆け出す。

 

 次の瞬間背中から刺し貫かれる事を想像しながらも、振り向かずに全力で前に駆け続けた。

 

 

 何秒走っただろうか。彼にとっては永遠のように感じられた時間。

 その終末は一瞬だった。

 

 背後から、爆発のような巨大な衝撃が襲い掛かる。空から降り注ぐそれでは無く、それとは比べものにならない威力の暴威が、アレンを吹き飛ばし、樹に叩き付けた。

 

 何が起こったのか。薄れゆく意識の中、ようやく振り返った彼が最後に見たもの。

 

 それは、遠く離れた、本来であれば木々に覆い隠されて見えないはずの場所に立つ、血と火の色が混じったかのような服装に包まれた、人間から少し離れた姿の怪物の姿だった。

 

 

―――――――――――

 

「……!」

 

 遠くで、揺れが起こったのを認識し、チャーリーは走りながら、無線で指示と確認を取りながらも意識を背後に向ける。

 カローラは自身の防御を優先しているのか追ってこようとはしていない。

 まあ、追ってきたところで自分の方が早いのだが。

 

 この空気がざわめくような感覚は、チャーリーにとっても覚えがあるものだった。

 ダリウスが能力を使った時のそれだ。

 

 しかし、その方向はダリウスが退避した方向とは真逆。

 軍の連中が爆弾でも使ったか? いや、今回の任務の相手が個人である以上、そのようなオーバーキルな武器が必要で、しかも全く見当違いの場所で使われたとは思えない。

 

 ダリウスは言っていた。

 殺さねばならない相手がいる。決着を付けるために、自分はこうして逃げてきた。

 本来であれば、もっと計画を練るべきだったのだろう。

 突然訪ねてきて暴虐を尽くし、去っていったという相手。所在も何者かもわからない、先祖を自称する何か。

 

 どうすれば接触できるのかも不明なその相手を狙うために、いつ自分が死ぬかもわからない、行動も縛られた状況へと身を落とす。

 

 なんて無鉄砲なんだろう。そう突き詰めたかった。

 だがそこまで考えて、それを語っていた最中のダリウスの声の調子を思い出し首を振る。

 

 それを正常に考えられないほどの感情に、ダリウスは囚われたのだ。

 しかも、チャーリーにとっては不幸な事に、平静を取り戻した後のダリウスは己の無謀無計画な行動を受け入れ、そのまま続行しようとしていた。

 

 本音を言えば、引き留めたかった。

 一度、しっかりと準備をし直そう。U-NASAに戻り潔白を証明し、敵の情報を掴み確実に目的を果たせるようにしよう。軍人としての冷静な部分としては、そう伝えたかった。

 

 だが同時にU-NASAがそれほど甘い組織でない事もチャーリーは知っている。

 ダリウスが今戻ったところで、彼の望み通りに外征して敵を叩く任務など任せてもらえるかどうか。

 今回の脱走が無かったとしても、いつ暴走するかわからないその危険性を考えれば微妙なところだろう。

 

 そう思うと、あの無謀な脱走はその目的を果たすという一点において最良、とまで思えてしまうのだ。

 だが、最良なのは本当にその一点だけ。目標を果たしたとしても、もはやその後に道は無い。

 

 ならば、今自分がすべき事は――

 

 

 そこまで考え、チャーリーの手が狂った。

 定期的に降り注ぐ卵状の何か。数発を弾き飛ばし回避していた。そして今、一発降ってきたそれを腕を振るい弾こうとしたが、タイミングが早すぎ、その腕は空を切る。

 

 しまった。自身に向けて正確に降ってくるそれに、チャーリーは死を覚悟する。

 

 

「おわぁ危ねぇ!」

 

 だが、その凶弾は切迫しながらもどこか抜けている声と同時に吹き飛ばされた。

 爆風の中から突如として飛び出してきた男が、チャーリーを狙った弾を蹴り飛ばしたのだ。

 

 

 少しふらついて着地したその男に礼を言おうとし、チャーリーの表情が固まる。

 

 

「俊輝……お前こんなトコで」

 

「んー、まあ色々あってな」

 

 そこに居たのは、チャーリーのよく知る人間だった。

 北米第1班と日本第2班。両班の元副官は、意外なところで再開した。

 

 

 そして、同時に。

 

「……リック」

 

 チャーリーが、無線に向けて名を呼び、次いで短く単語を呟いた。

 瞬間、チャーリーと世間話の態勢に入っていた俊輝の足元の落ち葉に穴が開く。

 それはMO能力がどうとかの話では無く、人間が作り出した人間を殺傷するための武器、一発の弾丸だった。

 

「さっきは助かった。礼を言おう。だが」

 

 チャーリーと俊輝。二人の表情は、同時に変わった。偶然変な場所で知り合いに会った時の不思議なシンパシーから、戦場で敵に相対した戦士のそれへと。

 

 俊輝は少し逡巡し、チャーリーは覚悟を決めた様子で、お互いに『薬』を取り出す。

 そして、互いの目が、刃が、交差する。

 

「ああ、やっぱりわかっちまうよな……」

 

「ここから先は一歩も通さねえぞ、第七特務」

 




~おまけ(二行)~
俊輝「部下の暴走で頭が痛い」
チャーリー「上司の無茶で胃が痛い」




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