―U-NASA 第七特務103号執務室
「次こそは……次こそは負けない……!」
「ひぃぃ……これ別に競争とかじゃぁ……」
薄暗い部屋を、いくつも並べられたモニターの光とキーボートを叩く音が彩る。
そこに座っていたのは、二人の少女だった。
小柄な体躯に金髪という共通点、二つのPCを隣り合って並べてそこに座る姿は、仲良く遊ぶ姉妹のように見えなくもない。
しかし、両者の様子をよく観察すれば、そのような考えは浮かんでこないだろう。
「……よぅし!!」
エンターキーをッターン! と勢いよく叩き、血走った目の下にくっきりとクマのできてしまっている少女が、背伸びと同時に小さな手を握りしめ、高く掲げる。
これまでアルファベットと数字、記号の無秩序な配列が一面を覆い尽くしていた画面は大掃除でもしたかのようにさっぱりと片付き、そこには整然としたファイルがいくつも表示される。
「今度こそボクの勝ちだねエリンちゃん!!」
「……ごめん、私、ちょっと前に終わってました」
「何で宣言してくれないの!?」
一転の敗北に、少女、ノンナはへにゃりと腕を下げ、重力に抗わずキーボードの上に上半身を預ける。
それをあわあわと混乱した様子で見つめるもう一人の少女、エリン。
第七特務所属のエンジニア兼ネットワーク担当兼その他もろもろ担当。徹夜3日目。
第七特務に雇われた一般人、元クラッカー。
二人がこの作業を始めたのは、俊輝達がU-NASAを出立した夜の事だ。
山登りがしたいと言ったにも関わらず本部待機となってふてくされていたノンナの部屋にエリンが訪れ、こう言った。
"例のファイル、進展があったんですけどそちらの調子はいかがですか?"
誤解無く言うと、ノンナに与えられたのは本部での業務ではなく実質的な休暇だ。
このファイルの解析以外にも一つ進めるべき作業はあったのだが、人の手が必要な段階は既に終わっており、後は結果を待つのみ。待機を言い渡した当人、俊輝も申し訳なさげに「ここ最近作業続きで疲れただろう、しっかりと休んで英気を養ってくれ」と言っていた。ちゃんとボイスレコーダーに保存してあるため文句は言わせない。
しかし、結局のところ暇だった。やる事が無い。趣味の機械いじりも何となくやる気になれない。日課である同僚と隊長の専用装備の予備のプチ整備でも……と思ったが、自分が置いていかれた事に対するささやかな抗議として現在放置中だ。
そんな何もする事が無い、という時に訪れたエリンを数日振りにご主人様が帰ってきた子犬のようなはしゃぎっぷりで迎え入れ、何して遊ぶねえねえ! と興奮気味なテンションだったノンナであるが、その一言で別の方面での興奮状態となった。
――それは、この第七特務パソコン担当に対する宣戦布告かな? と。
当人の性格からしてそんな事は無いのだが、どこかドヤ顔をしていたとノンナには感じ取れたエリンの表情で闘志に火が付き、そして。
「ふふ、まだあれから進んでないけどやろうと思えばエリンちゃんよりずっと早くできるんだから!」
嘘はつかず、しかし己の誇りにかけて敗北など認められるはずが無い。
じゃあ一緒に作業しませんか、私も今ちょっと詰まってて気分転換に来たんです、という言葉で、二人の長い戦いは始まった。
……という経緯の報告をエリンから聞いた俊輝としては、できれば止めて欲しいな、と思ったりしていた。
どちらが作業を進められるか競争? そんなに急いで作業が雑になったらどうするんだ、こういう機密資料って不用意にいじったら機密保持のためにデータ削除とかの機能があるんじゃないかという懸念である。
だが、その後のノンナの泣き落としと俊輝が理解できない横文字を多用した説得により結局それでいいやと認める事に。なお横文字は半分近くが適当に並べていた言葉である事が後に発覚し、ノンナはお説教を食らうハメとなった。
そして現在。血気迫るノンナと、それにちょっと怯えながらのエリン。結果、0勝3敗。
つよい。かてない。がっくりと肩を落とすノンナを慰めるエリン。一国のセキュリティを突破してデータを盗み取ったその腕は伊達では無かった。
「……まあ、新しく見つけられたファイルもありますし……見てみましょ……」
「うー……今度は負けないからぁ……」
勝敗はさておき仕事仕事、と目線をモニターに向け、一層外れたプロテクト、その内に隠されていた情報を二人で見ていく。
ファイルがずらりと並んでいた。数にして全部で百を少し越す程度だろうか。
人名とその後に年月日と思われる数字で名づけられたファイル。その下には、上のファイル名から人名部分を抜いた年月日だけの名前のファイル。データ容量はほぼ同じくらいだ。この2つ1組と思われるものが、延々と下まで続いていた。
試しに一番上、最新のものを開いてみる。
「ん……また?」
そこにあったのは、4種類のアルファベットがひたすら連なったものだった。
少し生物学を学んだ人間であったなら、それが何を示すものなのか理解できるだろう。
塩基配列表。人間の設計図。その一番最初に、顔写真が添付されている。
西洋人系の青年だった。ちょっと気の抜けた、親しみの持てる笑顔をしている整った容貌だ。
「この人、ローマ連邦の空軍の偉い人ですよね」
「……んー、エリンちゃんはそう知ってるよね」
それは、二人共が知っている人間だった。エリンにとっては、表向きの有名人。
ノンナにとっては、裏のネットワークで。
『Joseph G Newton 26180917』
その一つ下、同じ日付のファイルを開く。
「……」
こちらもまた、同じく塩基配列表だった。
ふと考え、ノンナは開いたままだった先ほどのファイルと今開いたものを見比べる。
ほぼ一致。だが、所々に違いがある。
「これ、前に見たのと同じやつだね」
己の記憶から、ノンナはそう判断する。
最初のプロテクトを外した際に得られた配列表。それと同じものだと。
何故同じファイルが別々の場所に分けて保管されているのかはよくわからないが、まあそれはどうでもいいかと次のファイルへと手を付けた。下に行くにつれて、日付は古くなっていく。
そして、それを繰り返し数時間後。
「飽きてきたね」
「……うん」
人名付きのファイルを開くたびに、塩基配列と『私です』と言わんばかりのキメ顔の美男美女が二人を迎える。
下のファイルは、顔写真すら無いため読んでいて面白いものでは決してない。
「ノンナちゃん、そろそろ休憩……」
「んにゃ……」
そしてついに単純な確認作業の連続に、徹夜続きの体は耐えられなかったようだ。
「凄いけど、私よりずっと年下なんだよね」
すやすやと眠るノンナを見て、エリンは誰ともなく呟く。
一度作業の手を止めると、一気に眠気が押し寄せてくる。
自分も一回休憩しようかな。
雑に放り捨てられた毛布を取り、ノンナに被せ、自分もそこに包まる。
おやすみ、と一言だけ言い、その意識は夢の中へと旅立っていった。
「……」
そして、年上の意地で起きていたとはいえやはり限界だったのか数分と経たない内にエリンが寝息を立て始めた直後、ノンナは無言で起き上がった。
一度横目でエリンを見て簡単に起きそうにない事を確認した後、ファイルの一覧をスクロールし、上から順に人名と日付を見ていく。
一瞬でそれを頭に入れ、次に。全てを見終わるのに、1分もかからなかった。
やっぱり。年月日はそれぞれのファイルでおおよそ10年程の間が空いている。そしてデータにある人名、その姓は数パターンしかない。
『ニュートン』。『ヴィンランド』。他、二つほどの姓。
それだけを確認した後、ノンナはモニターの電源を落とし、光の無くなった部屋で再び毛布の中で眠りに就いた。
――――――――
「あー畜生、落ち着かねぇ……タバコが欲しいな」
スコープを覗き込み、リックはぼやく。
その先で、彼の戦友にして上司であるチャーリーは新手と交戦を始めた。
チャーリーから通信機で伝えられた、事前に取り決めておいた合言葉。それが意味したのは、『威嚇射撃』。それから再度通達されたのは、『無力化』。殺してはいけないらしい。
改めて交戦を始めた敵を見てみる。恐らくU-NASA所属であろう隊服の人間だ。どこかで見覚えがあるような。
ああ、火星でご一緒したっけ。そこでようやくリックはチャーリーの相手、俊輝の顔を思い出す。同盟国と言えど国同士の関わりが薄い裏アネックス。チャーリーは同じくランキング上位という事で親しかったのだが、リックにとってはあまり知らない相手だ。
その足に照準を合わせる。戦場から約150m。狙撃というには少し近めのこの距離には、いくつか理由がある。
「痛ゥ……」
ずきりという痛みで、反射的に足首を抑える。先ほど切断された足首。痛手であったが、まあ戦場だ、切断されたのが頭の方の首じゃなかっただけマシだろう。そんな前向きと言っていいのか何なのかなリックの傷跡。それは、失った足こそ元通りでは無いものの、傷がすっかり塞がっていた。
第一に、単純な話、そこまで長距離を移動する事ができなかったという事。
片足を足首から先のみであるが失っている状態で、走る事ができない。またあの糸のトラップがあるのでは、という心理的な恐怖もある。
第二に、近ければ近い程弾は当たりやすいという至極全うな理屈。
本来現代戦における
そのため、単独ではその戦闘能力は十全には発揮できない。
勿論歴史を掘り返せば単独で凄まじい遠距離の標的を撃ち抜く怪物もいるにはいるものの、リックは己の技量にそれだけの自信は持っていない。
自分が一人でやってチャーリーに誤射しない程度には精度を確保できる距離はこれくらいだ、と踏んでいるのだ。
そして、第三。リックは、これだけ敵に近づいても平気だから。
狙撃手は当然ながら重大な脅威として認識され、さらには遠距離から一方的に命を奪う存在として敵対者からは憎しみを向けられる。そのため、その所在が知られてしまえば最優先で狙われる事となる。
距離というのは、その身を守る盾の一つであるのだ。
そして、距離以外にも、狙撃手は高度なカモフラージュによって敵に気付かれない事が重要となる。
俊輝の目が、チャーリーとの戦闘の隙を突き狙撃手を探さんとリックのいる方向へと向く。だが、それは見つからない。
木々があるとはいえ、銃の射線である以上、リックの姿は捉えられていてもおかしくない。では、何故なのか。
彼は、全ての服を脱いでいた。別に、暑いわけでも気が触れたわけでもない。
その全身は、背後の木々と全く同じ、樹皮の模様すらも写し取った茶色に染まっていた。
銃を構える。狙撃手にとって、スコープを覗き込むその瞬間は視野が狭まる隙だらけの瞬間となる。
密かに近づいてきた敵がいれば、なす術がない。
だからこそ、観測手による索敵が必要なのだ。
しかし、彼の眼はぐりんと本来人間としてあらぬ方向に両方が別々に動き、周囲の敵を探る。
敵性反応、ナシ。
そして、射撃。同時に、樹から樹へと飛び移る。
背から生えた尾で太い枝にぶら下がり、普通であれば無理な姿勢で再び照準を定める。
『現代戦とMO手術の親和性』。それは、各国軍において研究されてきたテーマだった。
単純に兵士のスペックを底上げするだけでなく、ハイテク機器と組み合わせた場合の相性。
リックは、その概念実証のための手術ベースに適合し、狙撃銃を手渡された。
わざわざ場所に合わせて迷彩を変えなくてもいい、あらゆる環境に適応できる高い隠密性。
狙撃手の弱点である周囲の警戒を単独でこなせる、広い視野と目の可動域。
強靭な尾による、本来では困難な位置での姿勢維持。
これより殴り合いが強い生物など、いくらでもいるだろう。
これより守り固い生物も、いくらでもいるだろう。
だが、狙撃手にMO手術を施すという一点において、この生物に勝る相性のものは、未だ発見されてはいない。
リック・アシュクロフト
MO手術『爬虫類型』
――――カメレオン――――
専用装備:体色連動式コーティング皮膜狙撃銃『
『裏マーズ・ランキング』18位
そして、彼はこの特性のおかげで命を拾った。
射撃。風向きや風力といったものを考え、微量の調整を加え、再び俊輝を狙い撃つ。先の一撃は、弾が逸れてしまった。だが次は外さない。スコープを覗き込む。標的が、通信機に向けて口を動かしている。一度目を離し、単独行動の狙撃手としてもはや習慣となった、その特性による目だけを動かしての索敵。
瞬間、一瞬で過ぎ去った視界の内に何かが映ったのを、リックは見逃さなかった。
狙撃手の役目。
その1。敵の重要な人員のピンポイントでの無力化。
その2。いつ狙撃されるか、という心理的な圧迫。
……その3。
同時に、リックの無線機に通信が入る。
だが、それはチャーリーの声では無かった。
『私と同業のハエを排除、ですな? 隊長』
ぞわりと背筋を虫が這う。U-NASA支給の通信機、付近での通話の混線。いや、これは混線などでは無い。
視界に映ったもの、それは。
リックを正確に捉えた銃口だった。
……狙撃手の役目、その3。
「くっ――!?」
緊急離脱。尾を離し、落下する。同時に、リックの頭部が直前まであった場所を弾丸が通過する。
落下しながら目を向けたリックは、その下手人の姿をはっきりと認めた。
それは、死神、という印象を一目で与えた。
木々の隙間からほんの微かに見える、目測700m先、全身を黒衣で包んだ老人。その手には、銃マニアのリックだからこそわかる、600と数十年程前に使用されていた狙撃銃。いや、正確には、それを模した最新鋭の武器。
リックが見ているのがわかるのか、口だけを動かしにやりと笑い、その姿は物陰に姿を隠したのかかき消える。
冷や汗を流しながら、リックはチャーリーへと回線を開く。
支援を一時的に中断する、という合言葉を送るために。
「こいつぁ、俺らやべえ連中とケンカしてんのかね?」
~おまけ~
???「『マドモアゼル』ってリアルで言う人初めて見たわ」
クロヴィス「!!?」
俊輝「俺も聞いた事ねぇよ」
カローラ「何動揺してるのですか? 馬鹿なのですか?」
観覧ありがとうございました!
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更新しましたがこの話では無く73話と74話の間の幕間です、最新話の前半部分として投稿しようと思いましたが話の流れからして少し前の幕間として入れた方がいいと考えこのような事となりました、わかり辛くてごめんなさい。