深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第81.5話という名義ですが、ストーリー的には実際は前話と並んでどちらも81話という扱いです。
 


第81.5話 エスメラルダ・オースティン

 人間が大好きでした。好きで好きで仕方ありませんでした。

 誰かが喜んで楽しそうにしていれば、私もとても楽しかった。

 

「……きっとこの子は、君に似て良い歌姫になるだろう」

 

「……ふふ。そうだといいけれど。でも、この子が決める事だから」

 

 ゆりかごの中で眠っていた私の前でそう話していたらしいお父さんとお母さんの言葉の意味はもちろん私にはわからなかっただろうけど、それでもきっとそれは私に影響を与えていたのだと思います。

 

 昔から歌は好きでした。お母さんが歌ってくれたから。私も真似をして歌っていたから。お父さんはそれをすごく幸せそうに聞いて、褒めてくれたから。

 

 そして、私の歌で、皆が楽しそうにしてくれたから。

 近所の人達も、同じくらいの年の子ども達も、皆。

 

 でも、そんな日々は長くは続きませんでした。

 私の村は火に焼かれ、お父さんとお母さんは……

 

 私は村を襲ってきた人達に連れ攫われて、船に乗せられました。

 何が起こったのかろくにわからないまま、私の辛い日々が始まりました。

 

 大勢の人が狭い場所にぎゅうぎゅうに詰め込まれて、村で飼われていた牛さんよりもずっと酷い状態で。

 船の人達は私に乱暴をする事こそありませんでしたが、病気になった人を助けてはくれませんでしたし、ご飯は私の村で食べていたものとは比べものにならない悪いものでした。最後の方で食べたものは、腐っているのではないかというくらい。

 

 家がお金持ちで恵まれた生活をしていた私はそれに耐えらえず、何回も吐き、お腹を下しました。

 私に優しくしてくれる人達へのせめてものお詫びとばかりに、歌を歌ってみたりもしました。

 

 どれだけの夜が明けたかは、数えていないのでわかりませんでした。数える事もできませんでした。

 それが過ぎた後、船は陸地に到着しました。

 

 そして私は、そこでようやく自分の立場を知ったのです。

 故郷から遠く離れた地に、奴隷として売られたのだと。

 

 開拓のための作業。苛酷な状況に、私と一緒に売られてきた人達はどんどん減っていきました。

 少しでも休もうとすれば厳しい罰が与えられて、逆らいでもすればもっと酷い……

 

 そして逃げ出しました。このままでは、殺されると思ったから。

 でも、その時私は余りにも甘かったのです。それに気付かない、現実というものの厳しさを何も知らない子どもだったのです。

 

 逃げ出した後で、私は最初これで全てが上手くいく、解放されたと思いこんでいました。

 でも、逃げ出した次の日に気付きました。私は、何も持っていないのだと。

 

 父と母が全てを用意してくれて、私は一人で生きる術を何も知らなかったのです。

 畑仕事の合間に私の歌を聞いてくれた方の持っていた、畑を耕す技術。

 同い年くらいの子ども達の、魚釣りとか、私にはちょっと気持ち悪かったけど、食べられる虫の採り方とか。

 

 幸いにも、居住区から離れた、捨てられた古い家を見つけ、雨風を凌ぐことはできました。

 けど、食べ物はどうする事もできず、日に日に死は近づいてきました。

 

 

「いや、だ、わたしは、まだ」

 

 苦しい。目を開いているのも疲れる。そんな状態で、私は人の声を聞きました。

 そこからは無我夢中で。

 

 気が付けば、目の前には人が倒れていました。私の手には、血の付いた石が握られていました。

 何という事を。何も考えられなくなり、でもそれ以上に空腹に耐えられなくて、無我夢中でその人の荷物を漁り、そこにあった食べ物を口に詰め込みました。

 痩せこけた子どもが、死体のそばで必死に食べ物を貪り食う。その光景を傍から見たら、きっとそれは悪魔か何かにしか見えなかった事でしょう。

 少し冷静になった私は、そう思っていました。それから、さらに悪魔の所業を行う事なんて知らずに。

 

 居住区まで出ていって全てを告白して、いっそ楽になってしまおうか。

 私の故郷へは、もう戻れない。お父さんとお母さんにも二度と会う事はできない。でも、それでも自分は……終わりたくなかったのです。

 

 何度も、繰り返しました。ごめんなさい、ごめんなさい。私は、悪い子です。地獄に落ちます。もう、神様にも愛してはもらえません。

 

 何度目かは、数える事もしませんでした。何人の命を奪ったのか、本当なら、覚えていないといけないのに。忘れ去ってしまってはいけないはずなのに。

 とにかくある時、旅人さんは食べ物を持っていませんでした。私の空腹は、限界でした。

 

 食べ物はありません。私は、二つほど絶望しました。一つは、旅人さんが食べ物を持っていなかった事に。

 もう一つは……

 

 目の前に、食べ物があると認識してしまった事、そのものについて。

 

 私は、自分は思っていたよりもずっと、生きる事に執着する人間だと思っていました。

 

 でも。

 

 神様に見放される選択をしてまで生きたいと思うだなんて、故郷にいた頃の私に話したら、どんな顔をするでしょうか?

 

 

「おえぇ……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 

 最初は、吐いてしまいました。口に出して謝った所で、誰かに届くわけでも無いのに、そうせずにはいられませんでした。

 でも、それ以外に私に道は無くて、色々と工夫をしました。様々な調理を試しました。

 どうすれば、美味しく食べられるのか。私が奪ってしまった命を、可能な限り無駄にしないで済むのか。

 きっとそれは、周りから見たらさぞかしおぞましい行為でしょう。でも、私は自分勝手な悪の中にせめてもの償いをしようと思っていたのです。

 

 非力な私にはいつまでも成功できるとは思わなくて、歌で疲れた旅人さんをおびき寄せて、せめて最後には少しでも楽になれるようにと私の家で休んでもらって、眠った後に、できる限り一回で、痛みなく終われるように。

 

 何度それを繰り返したのでしょうか。

 

「綺麗な歌声ですね」

 

 それは、何回も聞いた言葉でした。でも、その人の言葉は、他の旅人さんとは違った風に聞こえて。

 私は、ええ、今までに無い、えーとその。

 

 私に歌を何度もせがみ、その末に眠った彼に、刃物を振り下そうとしました。でも最後に、その寝顔を少しだけ見ようと思って。

 気が付いたら、朝になっていました。

 

 そこから、私と彼の生活は始まりました。

 私が居住区に出る事ができない身である事を察していたのか、廃屋に住む得体の知れない女を、問い詰める事も無く、一緒にいてくれた、食べ物を届けてくれた彼。

 

「どうか、私と共に生きてくれませんか?」

 

 その言葉を聞いた時、私は思いました。ああ、もう終わりにする時だと。

 そして見せました。私の廃屋、その地下室に積まれた、骨の山を。

 

 死んでも惜しくなかったのです。彼の為なら、私はこんなにも執着した命を手放そうと思えたのです。

 ……それを見た彼の反応に返した答えを、私は後悔しました。ええ。

 

 彼は、私と一緒に地獄に落ちる事を選んでくれたのです。

 そして、私はそんな彼と共に生き続ける事を選んだのです。

 

 帰る道はありました。でも、彼が、私の為に、自分の光の当たる道を捨ててしまったのです。

 

 何年も経ちました。地下室は骨で埋まり、居住区へと帰らなくなった彼はもはや人の暮らしへと戻る事はできなくなりました。

 長らく行方をくらませた彼が戻れば、何があったのか問い詰められるでしょう。彼が口を閉ざせば、調査もされるでしょう。

 人以外の食べ物を得る事を何度も試みましたが、安定して餓えを凌ぐ事は叶いませんでした。

 

 そして、私の抱く赤ん坊が、彼を縛り付けていました。

 いいえ、縛り付けたなんて、決意して私と共にいる事を選んでくれた彼に失礼でしょうか。

 

 終わらせるチャンスを全て捨てた私は、これからもこうして生きていこうと思いました。

 そう、ずっと続くものだと。信じていたのです。

 

 

 今、私はそんな、今までの私の事を思い出しています。これまで私が辿った、ここに至るべきでなかった人間の記憶を。

 彼は伏せ二度と動かず、私は体のあちらこちらから血を流し、ただ向けられた銃を見つめる事しかできませんでした。

 

 視界が霞んでいきます。

 どこで何を間違えたのでしょうか。

 

 感謝はしたけど、数えきれないほど謝ったけど、命を奪ってそれを美味しく食べてあげる事もできず仕方なく。

 私なんかを想ってくれた優しい彼を、彼のために拒絶する事もできず。

 

 そんな私が願い事、なんて言うのは傲慢でしょうか。それとも当たり前の事でしょうか。

 

 

 せめて、こんな私なんてもう二度と目覚めないといいな、なんて……




観覧ありがとうございました!
次回からバトルでございます
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