深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第82話 バトルメインです。


第82話 呪いの歌

「……お前は、誰だ」

 

 一歩、足を前に進める。もう一歩。その度に、自分の頭の中に怒りが生まれ、そして膨れ上がっていく。

 目の前の相手が何であるのか。ダリウスには、半ば予想が付いていた。

 

 

「エスメラルダ・オースティン。君のご先祖様だよ、可愛い子孫」

 

 

 その言葉は、信じられるものでは無い。数百年前の、自分の呪いの始まりたる存在。そんなものが、遙かな時を経て、今目の前に立っているなど。

 

 ダリウスよりも年下に見える、まだ成人もしていない年であろう少女だった。かつて一度相対したその姿を、もう一度見つめる。自分とそっくりな、しかし自分には無い金がほんの少し一部に混じる赤の髪。自分とは違う、深い、地獄の炎を映しているかのような赤の瞳。

 その両手には、フォークとナイフをそのまま巨大化させたかのような武器が握られている。口元と腕はところどころまだ新しい血と、その下にある赤黒い乾いた血が付着し層を成している。 

 

「ああ、会いたかったとも。キミに会いたかった。私と彼の遺したあの子は、あの場で葬られはしなかった。それがせめてもの慰みとでも言うべきかな。ああいやごめんよ、でもね」

 

 歓喜が隠しきれない様子で、エスメラルダは自身の頬をがりがりと掻く。軟な皮膚はそれに耐えられず破れ、血が流れ出す。

 

「……お前は、俺の先祖なんかじゃ、ない」

 

 

 外見も自分に近い。その身に宿した能力も、恐らくは自分と近しい生物。何よりも、その身が積んだ罪過。それらの全てが、自身と目の前の少女の強い関連性を指し示す。だが。

 

「ン……つれないなぁ……ああ、そうか。そうだね。死者は生き返らない。そう言いたいんだろう。けどね、世の中色々あるみたいだ」

 

 相手は、とうの昔に死んだ人間だ。死者は生き返らない。わかっている。自分が奪ったものは二度と戻らない。相いれる事は無かったが、火星開発計画で自分と同じ奪った命を悔やんでいた同僚は、だからこそ自分達は未来の為に戦うのだ、と言っていた。そう、エスメラルダは過去の、とうの昔に過ぎ去った存在なのだ。だからこそ、ダリウスは目の前の少女を否定する。

 

 

――――否。

 

「もう一度聞く。お前は誰だ。お前は、楽しいのだと言った。わかる。俺もそうだった。ご先祖様がいたとしたら、きっとそうだったんだろう。けど―」

 

 ダリウスの舌に、記憶が戻って来る。最初に、自分の事を嘲ったクラスメイト。見知らぬ人々。自分の歌を聞いてくれた人達。親友。恋人。母親。

 自分は、苦しんだのだ。それが本当に呪いであるのか、ただの狂人の責任転嫁であるのかは、自分にもわからなかったけれど。

 

「あの娘を僕に差し出した時、お前は、何と言った?」

 

「ン……? ああ、この前のアレかい? アレは惜しい事をしたな。何で食べなかったんだい?」

 

 そう言えばそんな事も言ったっけ。記憶を手繰ろうと頬に指を当て、エスメラルダは思案する。そして。

 

「『君の事が好きだった子の肉だ、さぞかし美味いだろうに』」

 

 同時に、ダリウスは『薬』を取り出し、自身の首に射す。

 

「ああ、やっぱり。お前は、俺とは全く別の何かだ」

 

 

 致命的に違っていた。エスメラルダのその言葉だけで、類似性の全てを否定して、目の前のこの少女は自分の先祖とは別の存在だ、そう言い切れた。

 何故ならば、自分の慟哭は、生涯晴れる事などないであろう呪いは。

 

 

 例え誰を、どんなに嫌いな相手でも、好きな相手でも、等しくこの上無く美味しく感じてしまうものなのだから。人を、それ以外の好意では決して見られないものなのだから。

 

 

 

「……何を言っているのかは、よくわからないが」 

 

 同時に、エスメラルダもまた、注射器型の『薬』を頬に射す。

 

「私と、じゃれあいたいんだね? いいとも、遊んであげよう」

 

 その背に生えるのは、ダリウスと同じ、脈の入った薄い翅。

 体は昆虫の表皮のそれに覆われ、黒を基調とし赤と緑が所々に浮かび上がる。

 

 

 二人は、真正面から向き合う。周囲に人の気配は無く、先のエスメラルダの一撃で樹が根こそぎ倒れ均され、その外周は燃え盛る山火事が覆うそれは、勝者のみが出る事を許される古の闘技場を彷彿とさせる。

 

 1対1。ダリウスが指定した、今回の条件だった。

 これをダリウスが言った時、第七特務と第一班班員の皆がそれを止めようとした。

 何故かは何となくわかる。だが、相手が1人であるという保証はどこにも無い。

 

 しかし、その後のダリウスの言葉で理由を理解し、それはすぐに肯定へと変わった。

 

 二人の全身へとその姿の変化が巡り、そして――

 瞬間。エスメラルダの頭部と左胸、脳と心臓の二カ所を精密に狙い撃ち、二発の銃弾が放たれる。

 

 

 1対1とは言ったが、それは戦場に参入する人数の事。

 第一班と第七特務、それにダリウス。彼らは武士道を重んじているわけでは無い。

 

 第一班は、ダリウスに、何としてでも帰ってきてもらうため。第七特務は、標的を確実に仕留めるため。

 それぞれに譲れない目的がある。

 

 だが。

 

「邪魔だなぁ」

 

 エスメラルダが面倒くさそうに言ったのを、ダリウスは見逃さない。まずい。直感で危険を察し、ダリウスは自身の能力を、遮蔽物が無ければ数百mの加害範囲を誇る一撃を、遠慮なく放つ。

 

 エスメラルダのそれが放たれたのは、タイミングを合わせたかのように同時だった。

 銃弾が凄まじい衝撃派に弾き飛ばされ、力を失いその暴威に任せるまま、明後日の方向に流されていく。

 

 

 二カ所の爆心から、周囲の大地を抉り取るように同心円状の破壊痕が刻まれる。

 それを範囲外から監視している人間は、こう思っている事だろう。

 こんな戦場に接近戦で横入するなどできるわけが無い、化物どもめ、と。

 

 ダリウスが1対1を望んだ理由はこれだった。両者の領域に、そもそも踏み入れる人間がいないのだ。

 敵が部下を引き連れてくる心配などする必要も無い。戦いが始まって数秒もすればすぐに1人になるのだから。

 

「……ああ、いい一撃だ」

 

 まだ余波で周囲の大気が荒れ狂う中、エスメラルダは目を輝かせダリウスを見つめる。

 一方のダリウスは内心に燃え盛る怒りを抱えながらも、冷静にエスメラルダを観察していた。

 

 もはや音と呼べる領域に留まっているのかさえわからない破壊。それは、拳と拳のぶつけ合いとは違い、普通であれば互いに大部分がすり抜け打ち消し合わない事象だ。

 

 だが、両者は全く傷を負わず立っていた。

 ダリウスの予想通りだった。

 

 相手は、こちらが先手を撃つ限りこちらを上回る出力の一撃を撃ってこない。

 先の遭遇で、相手がこちらの音を打ち消す何かを使える事はわかっていた。そしてそれは恐らく、自身の音と特殊な装置を用いた逆位相の音を重ねた消音だ。

 

 今は持っていないダリウスの専用装備の片割れと同じ原理の、真逆の位相の音をぶつける事による無効化。

 それを相手は持っている可能性が高い。

 

 恐らく相手の手術ベースとなっている生物の力はダリウスのものを上回っている。だが、例えそれが強かろうが至近距離で受ければ即死という点ではダリウスと何ら変わらない。

 同時に能力をそのまま打てば、両者相討ちで終わるのだ。

 

 ダリウスの音波による攻撃を無力化するには、同出力で迎え撃つ必要がある。

 ダリウスの一撃まで、その威力を下げる必要がある。

 

「……!」

 

 ダリウスはエスメラルダへと接近し、その毒針を腹に向けて振るう。

 音による一撃はダリウスが気を付けている限り相殺できる。相手が付き合ってくれる。相手の余裕に付け込んで仕留めるのだ。

 

 相手の最大の一撃を塞ぎながら、狙撃手の支援の下接近戦に持ち込み勝利する。

 それが、ダリウスと皆で考えていた計画だった。

 勝てる。近接戦闘の技能は、相手が小柄な少女である以上、筋力にも限界があるはずだ。

 

 相手の武器は大柄な剣と槍状。射程で劣る以上、接近しなければ一方的に不利だ。

 だが、その一撃をエスメラルダはいとも容易く受け止める。

 

 その三叉の槍の又の部分で槍を止め、振るう。そのまま、槍の又に挟まったままのそれが抜けずダリウスは投げ飛ばされる。

 

「ンン……キミとならいくらでも付き合ってやるが……」

 

 素早く起き上がったダリウスが、エスメラルダへと再び突貫する。だが。

 

 

「!?」

 

 エスメラルダが、その左腕を、体内から伸びている楽器の弦のような、はたまた五線譜のような金属の糸が巻き付いた腕を振るう。瞬間、エスメラルダへの道筋を、無数の黒い球体が遮った。

 

 ダリウスを遮る理由。邪魔、という言葉の意味。

 理屈はわからない。だが、何をしようとしているのか。この、何故か今浮遊している降り注いできた爆弾が一体何なのか。ダリウスは予想から叫ぶ。

 

「リック! 退避――」

 

 エスメラルダとダリウス。両者の音による広域の破壊は、全方位に向けて無差別に放たれる。

 ダリウスの背後に控えるリックとクロヴィスは、射撃の精度を鑑みてダリウスの能力の射程外の少しだけ外に陣取っていた。

 今、ダリウスとエスメラルダの位置関係は最初と逆転している。

 

「邪魔だ、失せろ」

 

 瞬間、地面が揺れたような感覚をダリウスは覚えた。

 これまでダリウスの一撃の範囲までだった樹木の損壊が、エスメラルダの背後、遙か後方、二倍以上まで広がる。

 樹木が、その内で暮らす生命が、その悉くがなぎ倒されていく。

 

 

「――! リック、リック!」

 

 しかし、巻き起こる破壊の嵐はダリウスには全く届かない。

 応答に答える声は無く、その代わりにダリウスとエスメラルダの道を塞いでいた卵状の機械が、主に従うようにエスメラルダの頭上へと勢いよく飛行していき、渦を巻く。

 

 

 爆心に立つ少女。空を覆うのは、雲霞の如き黒の渦。

 その姿は、正に物語の中の邪悪な怪物のそれだった。

 

 

 

 

―――――歌で愛を詠う。それは、古くから多くの国で行われてきた長い歴史を持つ文化だ。

 

 だが、例えば。どれだけ美しい旋律だったとして、どれだけ心を揺り動かす詩だったとしても。

 

 

 それが、航空機の飛行音と同等の音量を以て語られたとすれば、それを受け入れる事はできるだろうか?

 

 

 

 『アブラゼミ』。その鳴き声の大きさは、2mの距離からで70デシベルほどと言われている。

 ダリウスの手術ベースである『ハデトセナゼミ』もおおよそ同等かそれ以下の鳴き声だ。

 

 だが、その生物の鳴き声は。

 

 連続で106デシベル。そして、一説によると瞬間的に120デシベルに到達する。

 

 

 普通のセミの1.5倍強か。それは凄い。

 

 凄い。なるほど正しい認識だ。では、ここで少しだけ、計算的な知識を付け加えるとしよう。

 

 

 

 デシベルという、一つの意味として対数を用いて音量を表した単位は、20の違いで10倍の音量の差を示すのだと。

 

 

 

 

 

 

 古の悪魔は笑う。その力を振るい、己を継いだ遙かな子孫に、親愛の情を示さんと。

 

 

「ああ、楽しいな……私は、こうやって、自分の可愛い子どもと体を動かして遊ぶのが夢だったんだ」

 

 

 

 

 

エスメラルダ・オースティン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国籍:アメリカ

 

 

 

 

 

 

 

■■歳 ♀  157cm 48kg

 

 

 

 

 

 

 

専用装備:動体誘導・手動制御切替え式音力発電誘導焼夷弾『ペスト・オーゼカ』

 

 

 

 

                      +

 

 

 

誘導制御、逆位相消音装置内蔵型制御機『SYSTEM(システム):Trunembra(トルネンブラ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

αMO手術 “昆虫型”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――ブレヴィサナ・ブレヴィス―――――――――――――――

 

 

 




観覧ありがとうございました!
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