深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第88話、年内最後の更新です、たぶん。
原作キャラ登場回。オリヴィエと気が合いそうなキャラを想像してから読んでみてください、たぶん高確率で正解します(


第88話 地の底へ

「最近アレの調子はどうだい、友よ」

 

「ウン、最近使ったけど全く問題無いね」

 

 いまではもはやさほど珍しいものでもなくなった、しかし他と比べてもひときわ高い超高層ビルの頂上階。発展を続ける中国の都市部を一望できるそこは、物理的な高さのみでは無く限られた上流階級の人間のみが辿り着く事のできる頂、その象徴でもある。

 

 そこに設けられたレストランで、二人の男は食事を取っていた。

 元々ごく一部の人間しか訪れる事のできないこの店は、あまり広いわけではない。しかし、貸切られたそこに一つのテーブルを挟む二人の客しかいないというのは、どうしても寂しさを感じる光景ではある。

 

 だが、それは仕方ない事であるともいえよう。今この場所で行われている食事は、軍の幹部とその外部の協力者との()()的な対談という、外に漏らす事の許されない側面を持つそれなのだから。

 

「それにしても、こんなにいい店を取ってくれなくてもよかったのに」

 

「君が来るんだ、これくらいは軽いものだよ」

 

 立派な海老の焼きものをつつきながら、両者は和やかに話す。

 食事を初めてから30分ほど。そろそろ、本題に入りそうなものだったが、二人にはその様子は見られない。

 本当に、ただ食事をしに来ただけの友人同士のような会話しかしていなかった。

 

「でも嬉しいよ、うちの秘書は家庭料理は上手だけどこんな高級料理は作れないからねぇ」

 

 フォークを細かに振り、上機嫌をアピールする青年。

 それは良かった、とあまり感情を表さない表情の、普段の軍服では無く黒のスーツを着た、中年の男性。

 

「昔から世話になってるからね、これくらいはお安い御用だよ、オリヴィエ君」

 

「いやいや、こちらはお金と技術を融通しているだけだとも。場所と人は頼りっぱなしさ。それに、娘の手術が成功したのも君から取られたデータのおかげだ。このお礼はいずれ、宇嵐(ユイラン)君」

 

 お互いの肩を叩き、二人は声を出して笑う。

 

「……ところで、何故こちらに」

 

 だが、それも長くは続かなかった。先の楽しそうな空気は少し薄れ、中年の男性、宇嵐が白の坊主頭を掻き、少し慎重さの混じる声色で目の前の青年、オリヴィエに質問をする。

 

 先日、そっちに行くからと唐突にやって来た便り。

 自分の後ろ盾の一つ……というか、MO手術に関係する事柄で重要な協力関係にある人間だ。無碍にする事はできず。こうして場を整えたわけだが、余り外に出ない彼が、一体何の用なのかと気になったのである。 

 

「ああ、真面目な話がしたい? 私は別にどっちでもいいけど」

 

「できれば先に済ませておきたいな」

 

 

 オリヴィエと宇嵐は協力関係というだけでなく個人的な友人同士でもある。

 ニュートンの一族と中国の軍部。互いに所属する組織の後ろ暗い部分を担う立場である彼らはお互いの苦労を知っているのか、それともそれ以上に共感できる何かがあるのか、良好な関係を気付いていた。

 

「あの時の事はありがとう。正直、私の想像以上でね。私もこれはバレるかとひやっとしたものだ。それの再確認が、一つ。もう一つはやっぱり後回しにしようかな」

 

「ああ……いつもの隠蔽工作か、って思ってたけど詳細を聞いた時は驚いたよ。小さな発展途上国とは言え、軍隊もいればMO技術では裏との繋がりがデカいせいかそこそこだった。でもまさか」

 

 くつくつと笑うオリヴィエに、宇嵐は彼にしては珍しい、テンションが露骨に下がった雰囲気を見せる。

 

「国が一つ地図から消えるなんてね」

 

 おおよそ二年と数ヶ月ほど前。とあるMO能力の実験で、アフリカの国が一つ、一夜にして壊滅した。

 逃れたわずかな生存者は地獄のような光景にその多くが錯乱し、正常な精神状態を保つ事ができず。

 

 激しい戦闘を伴った悲劇。そのような惨状とあらば、本来であれば即座に各国が対応し、人道的支援と平和の名の元に、軍が送り込まれるはずだった。

 しかし、公にできない技術が関わっている事が判明し、各国は対応の決定に難儀した。

 

 その隙に中国が大規模犯罪組織に制圧された友邦を支援したが残念ながら国を保てない程の悲惨な戦闘となった、という発表を行い、事態は沈静化……とまでは行かなかったものの、一応の表面上の納得を得たのだったが。

 

「……あれ以来私は君達に頭が上がらないよ」

 

「まぁ……あれはボクらも大変だったからね。凱将軍が寝不足で死ぬところだった」

 

 両者感慨の籠った声で。しかし、どこか酷く淡泊な様子で。

 

 

「……さて、美味しい食事の後は観光だよね。いいスポットを教えてくれたまえよ」

 

「勿論」

 

 二人は立ち上がり、店の外に向かって歩いていく。

 どこか虚ろな雰囲気を纏う二人を出迎えた兵士達をお供に付けながら。

 

―――――――――――――

――日本 某県

 

「……まだ泣いてんのかよ美晴」

 

「泣゛い゛て゛な゛い゛で゛す゛」

 

 彼らは、トンネル状の構造物の入口に立っていた。

 地下に続くそれは、『人工地下河川』と呼ばれるものの一つである。

 東京で大規模に整備されたそれは、地面のコンクリート化が進むにつれて大雨や台風の際の冠水が深刻化してきた際にその対策として作られたものだった。

 

 無数のトンネルと水路、作業用の通路が複雑に連絡したそれはまごう事無き迷宮と呼べる構造物である。

 今彼らのいるこの場所の先にあるのも、東京での成功を反映し大都市の地下に作られたものの一つだ。

 

 彼らの任務。それは、この場所に生息していると考えられるテラフォーマーの調査だった。

 都市伝説としてまことしやかに囁かれているその存在は、実際にこの地下河川に巣を張っているようだった。

 

 かと言って、この地下に住まうのはテラフォーマーだけでは無い。地上を追いやられた最貧困層、俗に『モグラ族』と呼ばれる人々や衛星の監視も届かない、捜査も困難な迷宮という場を様々な取引に活用しようとする裏社会の組織。

 人間もまた、この場所を住居とし、独自の社会を築いている。

 そんな現地人との接触もあり得る状況だからこそ、軍隊を送り込む事が憚られているのだ。

 ただでさえ表の社会への不信や憎しみの強い彼らに、国の使者たる軍人が武器を持って侵入してしまえば、さらなる危険が、銃器を奪われれば二次被害も生じかねない。

 

 ……という事情もあり、『薬』さえ用いなければ一般人として入る事のできる彼らがこの場所の調査人員として選ばれたのだ。

 

「お前は否定する前に鏡見ろ、ほらハンカチ……ってうわ汚ッ!」

 

 健吾が美晴にハンカチを渡し、それを使い美晴は鼻をかむ。

 そんな美晴の胸には、ところどころよれよれな折り紙で作られた花が差されていた。

 

「だってだって! 『お姉ちゃんありがとう、怪我しないでお仕事頑張ってね』とか言ってくるんですよ! 無理ですよこんなん!」

 

 ぶんぶん手を振って赤くした目のまま主張する美晴を皆は生暖かい目で見守りつつも、全員はいざという時の布陣を崩さず、地下の水路へと足を踏み入れる。

 

 一般人がここに入る機会など、遊んでいる子どもが入口からほんのちょっと中に入る程度だ。

 そこで、()()()()()()と理解し、すぐに震える体を抱きながら外に出る事になり、二度と近づかない事だろう。不気味に反響する音。冷たい、しかし生々しさを伴った君の悪い空気。本能でわかるのだ。

 

 時には、探検家気分で奥深くまで入っていく子どももいるかもしれない。彼らは、多くの場合カウントする必要は無くなる。何故ならば、その日から一般人では無くなる可能性が高いからだ。

 

 そんな魔境がここなのである。

 例え彼らのような戦闘の心得がある人間であれども、油断ができない場所だ。いつでも『薬』を使えるように。非戦闘員の翔と美晴を中央に、それを武と健吾が前後で挟む形で奥へと進んでいく。

 

「……なあ、健吾」

 

「どした?」

 

 空気の冷たさを誤魔化そうとしたのか、翔は健吾に話しかける。それに答え、健吾は若干下を向いていた顔を上げる。

 

「ここ、本当に大丈夫か? よくもまあウチの国はこんな正気じゃねぇ迷路を地下に作ったもんだ」

 

「いやいや、日本の名誉のために言っとくがウチに限った話じぇねえんだな、これが。そうだな、例えば『オンカロ』の二番目とか知っているか?」

 

「ああ、あの欠番になってるあれですよね!」

 

 健吾のうんちく話が始まる。『オンカロ』。それは、フィンランドに存在する廃棄場の事だ。

 最深部は地下500mにも達するそれは、ゴミ捨て場と呼ぶにはあまりにも規模が大きい。しかし、その役割を聞けば、誰も笑う事などできないだろう。

 ゴミ捨て場などと言う表現では足りないものを永久に地の底に封じておくために、この施設は存在している。

 それは、核廃棄物。原子力発電で生じた残り滓。その半減期は数万年、種類によっては数億年にも及ぶ。

 近づいただけでも生物の体を侵す上に人類の歴史の長さで見れば永久に近い年月衰える事の無いその脅威を鎮めておくために、地下深くに埋めるという手段が取られたのである。

 

 『オンカロNO.2』も、一つ目のオンカロがじき満杯になるという事で2100年代初頭に建造された二つ目のものだった。

 設計に際して求められたのは一言で言えば、数より質。つまるところ『超高性能化』だ。一つ目のオンカロの規模のものをいくつも作るより、こちらをひたすら大きくして一カ所に纏めてしまった方が安上がりだと。

 

 その施設は当時の人類の地下施設建造技術の極限である深度3000mにまで達し、大量の使用済み燃料を保管するため構造はより強固に、純粋水爆の直撃にすら耐えうる抗堪性を備えていた。

 

 自国でもそれぞれ問題となっていた核燃料の廃棄問題。次世代の処分場のモデルとするため各国の共同研究により設計され、実際に建造が進められたそれは、突如として中止される事となる。

 理由は、馬鹿馬鹿しい程に単純であった。『予算不足』。

 

 驚く程あっさりと計画は凍結され、建造中であったそれは放棄された。実際に使用済み核燃料を安全に廃棄できるだけの設備の建造までたどり着かなかったためせめて建造中の規模で本来の用途を、という事もできず、付近の原子力発電所も封鎖された後は誰も近寄らない土地となり、もはや遺跡のように佇んでいる。

 

「なーんて、人類の無駄遣い建造物ランキングに堂々と乗ってるようなのもあるんだな、コレが」

 

「……健吾、お前そんな物知りキャラだったか?」

 

 目の前のチャラ男が予想以上に物知りで、全員が疑いの目を向ける。適当ぬかしていないか? お前は本物か?と。

 

「実は俺、お前らの中で一番いいとこ出てるんですぅ」

 

 衝撃の事実に、任務の途中にも関わらず全員の目線が周囲の警戒から一斉に健吾の方へと向く。

 バカな。そんな事が。やはり偽物。などなど。

 

「ウチ、前も言ったけど古流剣術の道場で俺が跡取りだから文武両道じゃないとイカン! みたいな事親父に言われてな、小せぇ時はダチも作れずにずっと勉強と稽古よ」

 

「健吾……」

 

「ま、そうとわかったら俺の事もうちょっと尊敬して労わるがいいぜ、ハハッ」

 

 少し声のトーンを落とし寂しそうに語った健吾に、周囲の目が反省のものへと変わる。

 仲間の意外な一面である。

 

「だから反動でこんな事に……」

 

「てめぇな……っ!」

 

 翔が本人もそう望んでいると察し空気を変えるためしみじみとしながら健吾を煽る。

 それに応じ、翔の肩にチョップを繰り出す健吾であったが、ふとその表情が戦場に立っている時のそれに変わる。

 

「……じょう」

 

 皆が歩いているトンネルの左側に空いた、隣のトンネルへと続く通路。一旦は通り過ぎたそこを健吾はそっと覗き、なんだこれは、と怪訝そうな表情を浮かべる。

 

 それは一匹のテラフォーマーだった。目標発見、と喜ぶべきところなのだろうが、どこか様子がおかしい。

 両手に持っているのは大根だ。さらに、頭には麦わら帽子を被っている。

 人間に擬態するために衣服を纏うテラフォーマーがいるという事は知らされているが、帽子以外は裸のまま。

 

 さらに、その表情も火星で戦った無機的なそれでは無く、その動作と合わせて、何と言うのだろうか。

 

「……何か、ウキウキしてます?」

 

「何バカな……いやウキウキしてるなこれ」

 

 健吾と共に美晴と武も様子を伺う。出てきた言葉は、同じだった。

 何かが楽しみで仕方ないから早く帰りたい、そんな調子の、やけに人間臭い動作である。

 

「まあ何だ……とりあえず追いかけてみるか」

 

 謎のテラフォーマーを追う。彼らの任務は、こうして本格的に始まった。 




観覧ありがとうございました!

 皆さまよいお年を! そして人によってはあけましておめでとうございます!
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