深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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89話です。まだ会話パート。


第89話 底の底

「じっ、じょっ」

 

 どこか楽しそうなテラフォーマーをこっそりと追いかける四人。

 その両手に持った大根と頭に被った麦わら帽子は、農家の人間を彷彿とさせるがしかし。

 

「まさかアイツらが農業してるってこったねぇよな……」

 

「いやー苔の栽培とかしてたらしいですしあり得るのでは?」

 

 ひそひそ声の健吾と美晴。

 そもそも、別に重要なのはそこでは無かった。

 問題はこのテラフォーマーが何をしようとしているのか、という点である。

 仮にこの大根がテラフォーマーによって栽培されたものだったとしても、それは大した問題では無い。

 いや地球で農業をやっているというその行動はそれはそれで苗木の入手元や土地などこれまた地球での文化的活動という点において研究すべき事案ではあるが、今彼らが任されている任務は『地下水道でのテラフォーマーの活動の調査』だ。

 

 何故地下に農作物を持ち込むのか。重要なのはその行動の理由である。

 複雑に入り組んだ地下道を迷いなくすいすいと進んでいくテラフォーマーを追いながら、時々通路の壁面の目立ちにくい場所にマーカーで数字を書き込んでいく。

 一応の地図は存在するものの、幾度となく増築と閉鎖が繰り返されている以上100パーセント信用できるものでは無い。

 

 出口も所々にあるためこのまま迷っても一生出られない……という事は恐らく無いだろうが、可能であれば既に通って脅威は無いとわかっているこれまでの道をそのまま逆行するのが一番安全だろう。

 

「……!」

 

「へ!?」

 

 ひと際巨大な開けたトンネルに続く通路を通ったテラフォーマー。身を隠す場所が無いぞ困ったと思いながらもその先を覗き込んだ健吾は驚きで声を出せないでいた。健吾の様子を不審がった美晴が次いで除きこむが、こちらは素っ頓狂な声をあげる。

 

 さらに後続の翔と武も二人の様子にどうしたどうしたと続くが、二人とも眼前の光景に目を丸くする。

 

 

「そこのアンちゃん、いい子いるよ!」

 

「今なら合成肉が安いぞぉ! 早いモン勝ちだ!」

 

「いい銃売ってんぞ! 今買ってくれりゃ修理も一回分タダ!」

 

 それは、ボロボロの出店の集まりと過疎化した集落の一角、というような風景であった。

 テントとあばら屋がトンネル内部の左右に立ち並び、大抵はところどころ破れほつれたシャツとズボンを着た見るからに貧しげな人々が冷たいコンクリートの床に並べられた様々な商品をそれぞれアピールしている。

 

「……モグラ族、か」

 

 健吾の呟きが、それを見てからの四人の唯一の感想だった。

 他の三人は、絶句して声を出す事ができない。

 

 それは事前に知らされていた情報だった。『モグラ族』。先にも語られた通り、地下で暮らす事を余儀なくされた貧困層。

 前兆は数百年も前から見えていたが、経済的格差がより深刻となった2600年代。それはこの国日本でも深刻な問題となっていた。

 

 その数日本だけで12万人とも言われているモグラ族は、深刻な社会問題である。貧困層に十分な施政により支援が行えていないというのがまず一つ。もう一つは、犯罪組織との関わりだ。

 貧しい環境で集団で暮らす彼らはおおまかに二分される。全てを諦め、ただ日々を細々と食いつなぎただ死を遠ざけるだけの者と、何としてでも生き延びてやる、自分を捨てた表の社会など知るものか、という者だ。

 

 そんな彼らに付け込み利用せんとする犯罪組織は多い。ある時は使い捨ての鉄砲玉として雇い、またある時は裏取引の運び屋として。最近では、国はひた隠しにしているものの裏社会にじわじわと広がるMO手術の被験者として身を売る人間もいるという。

 

 とはいえ、今の日本の状況はまだ遥かにマシと言えよう。ヨーロッパでは約100年前に起こった深刻な経済危機により多くの人間がこのモグラ族やそれと同列の深刻な貧困へと落ち込み、食い扶持を求める彼らと組織強化の為の人員を求める犯罪組織の利害が最悪の形で一致し、一気に犯罪組織の規模と勢力が拡大し、国ですら制御不能な状態に陥った例が存在し、最大規模の犯罪組織が軍の介入で壊滅してからもその影響は今現在でも続いているという。

 

「……」

 

 四人とも、この日本の地下に住まう国民の事は今回の任務に関する事前学習をするまでも無く、それぞれが学生として受けた授業の知識で知っていた。

 しかし、現実にそれを見せつけられると、普段目の前に映っている発展した世界有数の先進国、という表向きの姿とのギャップ、何より目の前の人々の姿で受けるショックは大きいのだ。

 

 暫く何も言う事ができないでいる四人は、テラフォーマーの動向をただ目で追っていた。トンネルを行きかう人間にあまりに自然に混じっているテラフォーマーは、雑多な商品を広げているテントの一つの前に立つ。

 

 人の気配を感じテントから出てきた、ボロ着を来た青年はテラフォーマーの姿を見て、驚きの表情を浮かべていた。

 

 いつまでも動揺してんな、いざとなったら出るぞ。健吾の無言の目配せに皆は頷く。

 しかし、健吾が無言で示すような悲劇は起こらないだろう、とも四人は何となく考えていた。

 

 青年は一度テントの中に戻る。しかし、それは突然目の前に異形の人型生物が現れたから慌てて逃げ出した、などという調子では無く、突然の来客に驚いてお茶を汲みに行った、程度のように四人からは思われた。

 

 

 それをじっと待つテラフォーマー。その姿は、人間に対し本能的な殺意を抱く生命体、とは少しズレた調子のように思われた。

 青年が再びテントから顔を出したのは一分ほど後の事だった。

 左手は握られ、何も持っていない右手でテラフォーマーの持っていた大根を受け取り、空いたその手のひらの上に握られていた拳を開く。そこからテラフォーマーの手のひらに落ちたのは、数枚の硬貨だった。距離的に四人からは詳しくは見えないが、恐らく日本円だろう。

 

 それに一度頷くかのように頭を下げた後店を立ち去るテラフォーマーと、笑顔で手を振って見送る青年。

 

「……作戦会議だ」

 

 その光景を見て、四人は少し話し込む。

 

 

―――数分程後に、四人は動き始める。

 できる限り自然な動きで、いつでも撤退できるように背後を気にしつつ、その寂れた露店の集まり、巨大なトンネルへと足を踏み出す。

 

 四人が姿を現した瞬間、露店を催している人々の視線が四人に集中した。

 ここまでは想定できていた自体である。できる限り一般人に溶け込めるようカジュアルな服で、などと言われていたが、このような場所ではその辺りの雑貨店で売られている売れ残りで値引きされたような服でも、一般社会におけるピカピカの高級スーツ並みに目立ってしまう。

 

 しかし幸いにも、その目線から感じ取れる感情は自分達より恵まれた相手に対する敵意、というよりは物珍しいものを見た、という様子に近い。

 

「できる限り辛気臭い顔をするんだ、『あぁ我々もとうとう家を失ってここで暮らすのか』って調子でな」

 

 事前の話し合いでの健吾の言葉通り、現地民の反応が想定されていたよりもずっと柔らかいのはなるだけ暗い表情を浮かべていた、という事もあるのだろう。

 物珍しさに加え同情と嘲笑の混じった反応からは、お偉い地上暮らし様が自分達と同じ場所に落ちてきやがった、新入りが来たか、と認識されているように感じ取れた。

 

 これで堂々とした様子で来れば、俺達を冷やかしにきやがったのか、と認識され悪意の目線を向けられていただろう。

 その表情を崩さずに、目ではテラフォーマーを追いながら。そう、テラフォーマーはまだ、この露店の集まりから離れてはいなかった。所々の店を見て回っている。その行動もよくわからないが、それはともかくとして、だ。

 

「ちょっと聞きたいのですが」

 

 たたっと三人から離れた美晴が、一つの店へと小走りで駆け寄る。

 そこには、まだ年齢にして小学生の中学年程か、というくらいの少年が店番として座っていた。

 扱っている商品はこれといって統一感の無い雑多なもの。汚れが付着しているものも多い事から、恐らく廃棄されたゴミの中から有用なものを掘りだしてきたのだろう。

 

「あの黒い人? よく来るのでしょうか?」

 

 質問に、少年は答えなかった。ただ、美晴の目をじっと見返すだけだ。

 どうしたものか、と困惑する美晴の頭に、追いついた翔の手刀が加えられる。

 

「バカ、何も買わないで話しかけるヤツがいるか……ごめんな、俺らまだここに慣れてなくて」

 

 美晴に注意しながら、翔は少年に申し訳なさそうに謝り、並べられた商品の中で、立派な装丁の洋書のような表紙の本と思われるものを手に取り、これを貰おうかな、と微笑みかける。

 

 それは、商品の中で最も高級そうな商品だった。他の廃棄物と間違えられそうな商品と違い、これだけ明らかに富裕層向けの商品、という雰囲気を持っている。手に取ってあれこれ触る翔は、さらにこれは特殊な経年劣化防止の加工がされている事に気付く。

 恐らくは相当の高級品だ。

 

 少年がぽつんと言った値段。見た目の高級感から価値のある商品である事はわかっていたが、相応のものだった。財布を取り出し、そこから少年の提示した値段に色を付け、それを渡す。

 

 恐らく、これは本来少年が考えていた値段より高い、ふっかけられた値段だろう。ここに慣れていない。先ほどの翔のその言葉から、まだ相場などわかっていないと認識された可能性が高い。ここに追い込まれた人間の良心に期待できない以上、相手がいたいけな少年と言えどそう考えるのが自然だ。だが、あえて翔はそれに乗った。

 

「……最近、あの地底人、大人しくなったんだ。前は人を襲ったりしてたしずっと奥にいたから誰も近づかなかったんだけど、最近急にここに来て、普通に買い物とかしてる」

 

「へぇ。ありがとな、助かった」

 

 人と話慣れていないのかゆっくりぽつぽつと語られた情報。

 少年の頭をくしゃくしゃと髪をかき混ぜるように撫で、翔はにかっと笑い礼を言う。

 

 テラフォーマーは現地の人間から地底人と呼ばれている。買い物にやってくる。人前に姿を現すようになったのは最近。昔は凶暴だった。十分すぎる情報だ。

 

 買った本のような何かを脇に抱え、さあ行くかと背後に向けて声をかけた健吾であったが、そこで自分の袖を引かれ、再び少年の方に首を向ける。

 

「……あの、これ、返す」

 

 差し出されていたのは、紙幣だった。それは翔がチップとして多めに払った分だ。

 

「いや、でも」

 

「いいっていいって、また買いに来るから、()()は安くしてくれよな」

 

 多めに支払っておきながらも、自分はぼったくり価格と知って買ったんだ、というアピールを大きな声でする翔。それは、少年に対してというよりは、少年と自分のやり取りに耳を立てていた周囲の露店に対してという意味合いが大きい。ふっかけてきても無駄だぞ、と。そうしなければ、直後に金払いのいい客として周囲を他の店の人間に囲まれてしまうかもしれないからだ。

 

 

「さ、いくぞお前ら」

 

「……翔、こういうの慣れてんのか?」

 

「……さぁな」

 

 武の言葉に、翔は顔を合わせず曖昧な調子で返答する。

 気が付けば、テラフォーマーは露店から立ち去り今この場所から枝分かれする狭いトンネルへと入っていこうとするところだった。

 

 それを再び追い始める四人。

 通路を幾度と潜り曲がり、迷宮の奥底へと進んでいく。

 

 

 その終端に辿り着かんとする一歩手前。

 

 

 

「……待たれよ、勇なる者達よ」

 

 大きな通路を横切る形での急ぎ足の四人に向けられた声が一つ。

 それは、大通路の傍らに座り込んでいた、先ほどの露店の人々と比べてもひときわ貧しそうな、ボロ布と毛布を纏った中年の男だった。

 無造作に伸びた髪と無精ひげの目立つその姿は、正に浮浪者、という雰囲気。

 しかし、その眼光には確かな光が点り、ぎらりと光る。

 

「……お前達は、強い。だが、アレと戦おうと思うな。アレは、お前達とは異なる摂理を生きる存在だ」

 

「……ど、どうも……?」

 

 どうも意味が取れない言葉を唐突に向けられ、健吾もよくわからず返事をしてしまう。

 勇なる者。そこから、一瞬この男は自分達を知っているのか、とも思うが、いやそのはずが無いとすぐにその可能性を振り払う。

 それに、今問答をしている暇も無い。

 不気味なつっかかりを覚えながらも、四人は男に目もくれず通り過ぎた。

 

 

 

「じ! じょう!」

 

「じょうじょう!」

 

 

 そこからたどり着いた光景に、四人は直前の謎の男の事などすっかり記憶から吹き飛んでしまっていた。

 本来の空間としての用途は貯水槽だろうか、ホール状の部屋に集まっている、四十匹ほどのテラフォーマー。その中央からは、人間の歌声が聞こえてくる。

 

 テラフォーマーは、四人に目もくれていない様子だった。最初健吾が前に出てしまうテラフォーマーと目が合った時には死を覚悟したものだが、相手はこちらには興味が無い様子で部屋へと向き直った。それ以降、明らかに人間の存在に気付いているはずなのに他のテラフォーマーも同じ状態である。

 

「皆ー! 今日は忙しくて少ないみたいだけど、今回も盛り上がって――……」

 

「えぇーっと……」

 

 

 なんだ、これは。何とか部屋まで入った四人は目を疑った。部屋の中央、開けられたスペースに立つマイクを持った少女と、その歌声。それに、テラフォーマーが夢中になっている。

 いくら知能が高いといっても、テラフォーマーの思考は人間とは根本的に異なっている。こんな、あろう事か人間の一個体に熱中するなど。

 

 いや、そもそも根本的に、人間の少女が何故このような、モグラ族も近寄らない地下深くに?

 

「だ、誰ー!?」

 

 マイクによって増幅された驚きの声が、空間全体に響き渡る。同時に、その声に呼応するように、テラフォーマーが一個体と余さず、少女から四人へと目線を移す。

 

 撤退の指示をしながら、健吾はしまったドジを踏んだか、と内心で後悔していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

「……ここで待っていれば、来ると思っていた」

 

 そして、健吾達の後方で、もう一つの邂逅は起こっていた。

 こつこつという、薄暗い微かな電燈だけが照らす空間に響く歩行音。

 

「今更、私に何か用ですか」

 

 浮浪者の男が目を向けた先に立っていたのは、コンクリートの灰と汚れの黒が染める空間に彩りを与える、和装の少女。

 その瞳には冷たい敵意の色が宿り、抜かれた太刀にはこれまでどれだけの敵を切って来たのか、生物の体液が多量に付着している。

 お互いに静かな様子で、しかし少女の側は強い殺意をぶつける。

 

 地下の奥底で、もう一つの邂逅、もう一つの戦いが、静かに始まろうとしていた。

 

 

「今ならばまだ当主様はお許しになられるそうだ、上月の少女よ」

 

「私には、果たさねばならない使命があるのです。どうか、そこをお退きください、ミルチャ様」




 観覧ありがとうございました!
 次回、会話と戦闘が半々くらいの予定であります。
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