深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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お久ぶりです、第91話です。会話パート&ちょいバトル。


第91話 暗闇に剣光る

「どうぞ座ってください」

 

「コイツはどうも、ご丁寧に」

 

 

 穏やかでは無い内心ながら丁寧に返答をしつつ、健吾は敷かれた座布団に正座する。

 対面の位置に座ったユルキと美友(メイヨウ)に、一度は解けた疑惑の目線を再度向けつつ、待つ事十分程。

 

 

「よう健吾、美春、何コレ?」 

 

「無事でよかった」

 

 縄で乱雑に縛られた翔と武が、テラフォーマーによって運ばれてきた。

 最初に言っていた通り、命を奪うつもりはあまり無かったらしい。抵抗叶わず二人は拘束されてしまったようだが、生きているようで一安心だとほっとする健吾。

 

「んじゃあ、話を聞かせてもらうか」

 

「ちょっと聞き捨てならない事聞いちゃいましたからね、ミユちゃん?」

 

 

 状況から言って、現在不利なのは第二班の側である。戻って来たテラフォーマーに囲まれ、先の攻防を見るに美友はともかくユルキは一瞬の不意打ちで無力化するのは困難な戦闘技能を有している。

 

 しかし、健吾と美晴の怒りの籠った表情に、完全に気圧されていた。

 状況は不利であるとはいえ、だから大人しくしていよう、とはならないそのキャパシティを超過してしまった感情の荒ぶり。

 

「二人は第七特務なんだよな? まず、聞かせてくれ。お前らの仕事は、何だ」

 

「……裏社会のMO手術の抹殺や調査……MO手術に関係した表沙汰に出来ない事例の処理です」

 

 答えを少し考えた後、ユルキはそれを語る。嘘偽りの何もない、彼の所属、そのものの役割を。

 

「っ……」

 

 ぎり、と健吾が歯を噛みしめる。翔と武は先ほどのやり取りを聞いていなかったため何が起こっているのか知らされておらず状況を把握しきれていなかったが、第七特務というワードから知り合いが頭に浮かび、次いでのその本人が一度たりとも語らなかった職務内容に目を見開く。

 

「山野俊輝、という人間に心当たりは?」

 

 健吾が口を開こうとした一歩前に、美晴が次の質問を投げかける。それは、健吾の考えていたものと全く同じだった。

 

 まだだ、まだ可能性はある。表向きの広報という業務が存在する以上、そちらの担当として回されている可能性も残されている。

 いいや、それはただの願望なのだろう。火星という対人におけるMO手術の実戦を潜り抜けた人間をわざわざ裏方仕事に回すなど、普通では考えられないのだから。

 

「……ごめんね、仕事が仕事だから、答えられません」

 

「構わねぇよ、それが答えみたいなもんだ」

 

 申し訳なさそうに言う美友。

 そんなアホみたいな都合のいい話はねぇよな。健吾の呟きは、第二班の全員の内心を表していた。 

 

 

「彼は自分達の指揮官、支部の長である部隊長です」

 

「ちょっユルキ君!?」

 

 彼女ら第七特務としては黙秘するしかない内容。

 しかし、直後ユルキの口からその事実は語られた。

 美友も予想外だったのか、驚いた様子でユルキの方へ首を向ける。

 

「お伝えした方が、我々の事も多少は信用いただけるかと思いまして」

 

 何やってそうなったんだよアイツ、と内心で思いながらも、健吾はユルキの言葉に一理はあるな、と頷く。

 これまで隠し通そうとしていた事から、こちらを騙すための嘘であるという可能性は低い。

 お前の友人が自分たちの上司だ。このような状況で殺意や害意が無い事を証明するのには丁度いい証拠と言えるのかもしれない。

 

「……ああ、次の質も……」

 

「-さん! 健吾さん!!」

 

 恐らく、武と翔と美晴はこの事実を聞いて穏やかではいられないだろう。だが現状こちらが圧倒的な不利である以上、突っかかったりするのは最悪の結果を招きかねない。

 もしそうなれば、止めなければ。仮にとはいえ、今のまとめ役は自分だ。皆の命を預かっている以上、突きつけられた事実がいくら感情を揺り動かすものであったとしても、落ち着いて対処しなければ。

 

 そこまで考え、自身に切迫した調子の声がかけられている事に健吾はようやく気付いた。

 

「何だよ、美晴」

 

「……手」

 

 言われて初めて健吾は気付く。

 ……自身の握りしめた左手の爪が手のひらに食い込み、血が流れている事に。

  

 

ー一番落ち着けてねぇのは誰なんだよ。

 

 内心で吐き捨て、乱暴に自身の衣服で血を拭う。

 健吾にしてみれば不覚であるが、皆を代表した怒りの表出、それは狙ったものでは無いにしろ第二班の他の三人を落ち着かせる事に繋がっていた。

 

「ああ、悪ぃ……次の質問だ、ここで何をやっている?」

 

 友人たちと待たせている相手に同時に短く謝り、健吾は話を進める。

 少なくとも今この瞬間敵ではない事は分かった。最低限の信用すべき材料もある。

 だが、その答えによっては矛を交えなければならない可能性も再び浮上してくる。

 

 アメリカの機関であるU-NASA、それも本部に所属するMO能力者が一体日本で何をやっているのか。

 

「ここまで来れば隠す必要も無いよね、ユルキ君」

 

「ああ。我々の任務は、ここに潜んでいるテラフォーマーの行動調査です」

 

 美友の投げかけで、ユルキが回答する。

 二人の様子を見て、健吾は二人の関係性はどちらが上位というわけでもないと感じ取る。

 美友の動揺からの失言や俊輝が隊長であるという情報こそユルキが自己判断で語った、という部分はあるものの、それ以外の、落ち着いた状態であれば基本的には互いに話し合い、互いが納得した形で情報を出してきている。

 そして、特務部隊というには若干空気は軽い。

 

 裏社会を主な仕事場とする戦闘部隊。心を殺した冷酷な戦闘兵器の集まりかと思っていたが、目の前の二人からはそのイメージは無い。それだけが、少しだけ健吾の友人への心配を和らげる。

 

「何だ、俺らと一緒か」

 

 ここまでで、両陣営ともに相手への不信はだいぶ和らいでいた。両陣営、というか、ほぼ同じ陣営に属している仲間と言っていい関係だった、という事もあるのかもしれない。

 

 

 そこからは、一方的な質問ではなく両者の情報交換だった。

 翔と武の縄は解かれ、健吾を主として、ここに至るまでの経緯を語る。

 

 この地下水道でテラフォーマーの姿が見られる。どのような規模なのか、その被害状況を知る、結果によってはそれを駆除するといった任務を負った裏アネックス日本第二班。

 

 一方の第七特務は少し事情が異なっていた。

 日本の地下でテラフォーマーが活動しているという情報が入った。ここまでは一緒だ。だが、彼らに割り振られ

た任務は、駆除といった最終段階に至るのではなくテラフォーマーの生態調査だった。

 

 活動圏がどのくらいで、どのような活動をしているのか。現地人にはどのくらい認知されているのか。

 

「というわけで、テラフォーマーの通常活動を害する事なく行動を支配できる彼女と、その護衛として自分が派遣されたというわけです」

 

 行動を支配。ちらりと横を見れば、そこには虚ろな様子のテラフォーマー。

 だが、ユルキの言葉によれば、美友の能力は正確には『支配』というよりは『依存させる』に近いらしい。

 先ほど、美友にテラフォーマーが貢物か何かのように物品を、食料を捧げるのを見た。

 

 テラフォーマーの個体としての普段の活動はそのままに、思考の一部を鈍化させ、あるいは変質させ、美友に尽くさせる。ある意味普通に行動を操る、よりも酷いじゃねえか、と翔はその説明に頬を引き攣らせた。

 

 

「ええ。彼らの美友への捧げ物により、テラフォーマーが地上に出て畑から野菜を盗んでいる、何らかの形で惣菜のような加工された食料まで入手している、というところまでわかっています」

 

 

「ははぁ……」

 

 ユルキは軽く言うが、それはここ日本に生きる健吾からすれば無視できない新情報だった。自分達はあくまでも戦闘要員でしかない。調査に向いた能力を有する人間がいる上このような過酷な任務に適性を持つあちら側の方が既に得ている情報は多いと思っていたが、これまで差があるか、と。

 さらには、人間の行動圏に侵入してきてきているのかと。

 

「何かテラフォーマーの活動がわかる資料などはお持ちではないでしょうか」

 

「言ってもなー、俺らは今日が調査初日だしなぁ」

 

 

 何かあったっけ、と翔に目配せする健吾。それを受けて翔は頷き、自身のバッグを探る。一応携帯端末内のデータだけでは不安だったため印刷して持ってきた地下の地図。健吾は首を横に振る。この程度の資料、相手は既に持っているだろう。一応確認のためユルキの方を見るが、その通りだ、とでも言いたげにうんうんと頷いていた。

 

 次に、撮影用のカメラ。何枚か写真は撮っているが、特にこれといって有用なものは無い。

 

「後はこんなもんしか無いな」

 

 お手上げ、という調子で、翔はバッグの奥から本を取り出す。先ほど、露店で店番の少年から情報を聞き出すために買った本のようなもの。

 これが日本のテラフォーマー全集! という内容ならばともかく、などと考え、その中身を第七特務の二人にも見える形で大雑把にぱらぱらとめくる。

 

 それは、翔にとっては隠し事などしていない、これは関係無い品だ、という事を第七特務に示すための軽い行動だった。

 中に文章が書かれている事は購入の際に少しだけ確認していたが、それ以上の何も知らなかった。

 

「……失礼、それをよく見せてもらっても?」

 

 だが、それを見たユルキが、怪訝そうな表情で求めた。

 ただの本。の、はずなのだが。

 

「もちろん。でも、これ露店で買った奴で多分ゴミの中から―」

 

 そこまで言って、翔は健吾と武と一緒にユルキが捲るそれを覗きこむ。

 

 その内容は英語で書かれていた。

 三人は裏アネックス計画の事もあり英語を一通りは読む事ができるが、随分と読みにくい文章だ。

 回りくどい表現が多い口語調、そのせいかもしれないが、それを差し引いても、どうにも読み辛い。

 

 何というか、現代文法に訳されていない古典作品を読んでいるような、そんな調子なのだ。

 肝心の内容は雑多なものだった。誰かの日常生活を本人の視点から描いたような、そんな調子だ。時々ユルキがページを開いてすぐ飛ばすため、全てがそうだとはわからないが。

 

「美友」

 

「うん」

 

 一通りページを捲った後、第七特務の二人は互いに目配せをする。

 

「いや失礼。任務とは全く関係の無いところで熱くなってしまいました。……実はこの本、歴史的にとても価値がある作品なのです。内容自体は既に文庫として広く出回っているものですが、これは最初期に印刷されたごく少数のもので」

 

「お、おう」

 

 とんでもないお宝だったようだ。会ってから基本的にクールな調子のユルキが熱の籠った口調で語るそれに、少しだけ気圧されてしまう。

 ……機密部隊が、それでいいのか? と思わないでもない健吾である。

  

 

「是非、譲っていただきたい。こちらの、日本のテラフォーマーについてU-NASA本部が握っている情報と、交換で」

 

 最初から、互いに情報を交換するつもりだった。だが、ユルキが懐から取り出したメモリーチップに、健吾の目が吸い寄せられる。

 相手は、この任務以上の何かの情報を、交換に出すつもりなのだ。

 

 よくわからない本が実はお宝で、重要情報が手に入る。わらしべ長者的なアレなのか、と健吾は苦笑いするが、しかし。

 

 

 

「ダメだ、渡せない」

 

 そう、強い口調で言ったのは、これまで沈黙を保っていた武だった。

 ユルキと美友を睨み付け、普段の彼からは想像できない素早い動きで、ユルキの手から本を奪おうとし。

 

 

「やはり、な」

 

 瞬間、ユルキはそれを渡すまいと背後に飛び退いた。それに、武は想像通り、と短く言葉を吐く。

 確信があるわけでは無かった。彼らが裏の特殊部隊とはいえ、マニア垂涎のアイテムを目にして任務の裏でこっそりと、などという不真面目さを見せてしまった、という可能性もあった。

 

 だから、カマをかけた。

 

 その本が、いただけないのですかそれは残念、貴方も古書マニアでしたか、程度の穏やかさで第二班に返却する程度の、価値があるからとても欲しい、程度のものなのか。

 

それとも、返すわけにはいかない、殺してでも奪い取る、というレベルの、同組織の部隊と敵対してでも、その詳細を伏せたまま手に入れたいものなのか。

 

 結果は、後者だった。

 

 空気がぴりりと剣呑を纏う。ユルキと美友が注射器を取り出し、周囲のテラフォーマーがざわめき出す。

 

「……それはくれてやるよ、ドンパチしても勝ち目はねぇしな。でも、それが()()()何なのか、教えてくれ」

 

「……できません。貴方達には教えられない。隊長の命令だ、と言えば、納得してくれますか」

 

 

 両者そのままにらみ合う。健吾の言う勝ち目は無い。それは確かな事だ。数的な有利で言えば、一瞬の攻防であれば分は第二班にある。健吾と武と美晴、何とか戦闘がこなせる三人が同時に仕掛ければ、ユルキ一人に勝利を収めるのは可能だろう。だが、それは一瞬の攻防、の話だ。すぐに周囲のテラフォーマーが参戦し、その優位は崩れ去る。

 そして、先の攻防から察するに、優位こそ取る事ができても一瞬で戦闘能力を奪える程ユルキは楽な相手では無い。裏アネックスの幹部搭乗員……というレベルにまでは達していないが、それでも上位ランカーである自分よりは強いだろうと推測した。

 

 

 

 そして、交戦に対する不安は第七特務とて同じであった。ユルキの能力は特殊なものでは無いシンプルなものだ。速度と腕の鎌。近接戦闘、1対1においては強力なものであり、数人相手でも並みの兵士であれば一瞬で制圧する自信はあるものの、隊長の語る地獄、火星から帰ってきた実戦経験のある人間複数を相手にして、テラフォーマー達が交戦を始めるまで持たせる事ができるか。

 

 もし美友が戦闘不能となり能力を行使できなくなれば、テラフォーマーの群れは制御不能となり第七特務側にも牙を剥くだろう。

 一瞬の攻防で美友を確実に守り通せる確証は、無い。

 

 

 

 互いが互いに仕掛けられない戦い。その均衡の崩れは、唐突だった。

 現在のユルキとその背後に庇われた美友の立ち位置は、先の第二班とは逆だった。

 つまり、第二班が最初に美友の姿を見た時の侵入口は、現在第七特務の二人の背後にある。

 

 

「―――!?」

 

 

 瞬間、その侵入口を埋めていたテラフォーマーが、()()()()

 

 否、爆発でもしたかのように、十数匹のテラフォーマーが一瞬で解体され、その身の断片が宙に打ち上げられ、地にばら撒かれ、体液を散らせた。

 

 

 嵐が通り過ぎるかのような苛烈さで、彗星の如き速度で、何かが一直線の軌道で、トンネルを抜ける。道筋にあるテラフォーマーの死という形で軌道を示すそれは、猛然と美友に向けて迫る。

 

 

「避けろ!」

 

「くっ……美友!」

 

 その襲来に反応できた健吾とユルキが、同時に叫び、それぞれの行動を取る。

 ユルキが自身に『薬』を用いると同時に美友を引っ張りその反動で互いの位置を入れ替え、本を健吾に向けて投げ渡す。振り回され、投げ飛ばされるような形となった美友を健吾が受け止める。

 

 

 

 瞬間、美友が0.5秒足らず前に立っていた場所の、首の位置を狙って、銀の刃が振るわれる。

 屈んだユルキはそれを間一髪で避け、宙を舞うテラフォーマーの残骸の向こう側に見える人影を貫かんとする。

 

 だが、一手遅かった。先に健吾にしたように、一瞬でユルキの鎌の間合いの内に、その人影は侵入してきた。

 速度が自慢の手術ベースだ、ユルキは回避を試みる。

 

 

「ぐあっ……!」

 

 ……が。ユルキが間合いに入った人影に()()()()()()()()その拳が胸を打ち、鈍い音と共に体を吹き飛ばした。

 

 

「……さてはて、やけにゴキブリが集まっていると思ったら」

 

 一瞬の激しい攻防。よろめきながら起き上がるユルキとは対照的に、いっそ優美と言える落ち着いたいで立ちで、襲撃者は振るった太刀を鞘に納め、佇む。

 

 

 擬音にしてみればにこり、といった風な、整った容貌と本人の纏う気品のある雰囲気が合わさった、ここが戦場でなければ、とても魅力的な様子で。その瞳の奥に、燃え盛る氷と言えるような激情と冷徹さを混在させた眼光で。

 

 

 

「こんな所で夜遊びをしていては、師範様がお嘆きになりますよ、健吾さん?」

 

 和装の少女は、顔を引き攣らせる健吾に向けて、笑みを浮かべた。




観覧ありがとうございました!
次回、バトル&ベース紹介? 恐らく早めになると思われます。
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