深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第93話、過去回想メインのバトル入り、そんな感じです。
謎のアイテムが活躍(?)する回。


第93話 朔月に誓う

――それは、近代兵器としての例に漏れず大量生産と部隊単位の多人数での運用を思案し考案された装備だった。

 

 MO手術ベース、"植物型"ススキ。アジア圏で広く分布し、外来種として他の地域でも見られる、ごくありふれた草本。

 

 植物組織としての最低限の防御力と、傷の高速治癒程度ならば可能な微かな再生能力。

 そして、注目されたのは人間の皮膚を裂く事もある鋭利な刃をその表面に持っているという点。

 

 特異な生物でもなく、サンプルが多い。それは安定した手術材料の確保と成功率を保証している。

 そこに一定の戦闘能力が加わったとなれば、標準装備としての条件は十分であると言えるだろう。

 

 だが、火星での戦場ではそれでは不足があると考えられた。

 かつての遠征で、強固な鎧を持った昆虫を宿した人間でさえ容易く解体された。鋭利な鎌を振るった人間も死んだ。

 このままでは、戦力としては十分では無い。

 そこで考案されたのが、幹部搭乗員の装備としてのみ考えられていた、追加の武器では無く、MO能力そのものを制御、強化する体内内蔵型の装置を量産して運用するというものである。

 

 

 『SYSTEM(システム)Tindalos(ティンダロス)』。神話の名を持つ物語に登場する、角でのみ構成された異次元。そして、そこに住まう猟犬と呼ばれる襲撃者からイメージされ名づけられたその装備は、ススキのとある部位の成長と生成を意のままに制御するための装置だった。

 

 それは、『ススキの鋸刃』。何故、特別鋭利というわけでもない草で手が血を流す程に裂かれてしまうのか、疑問に思った事は無いだろうか?

 その正体が、葉に無数に形成された、細かい刃である。それでも、所詮は植物でしょう、と食い下がる人もいるかもしれない。しかし、それが何で構成されたものであるのか知れば、途端に納得する事だろう。

 

 プラントオパールと呼ばれる聞き慣れないそれは、植物が土壌中から吸収する珪酸塩を細胞壁や特定の部位に蓄積し組織の一部として取り込んでいる物質である。細胞組織そのものであるとも呼ばれている。

 珪酸塩。それを主とし他のいくつかの微小な成分と共に結晶化したものが『ガラス』だ。

 

 鋭利なガラス質の結晶で構成された刃。本来は人間大に拡大されたとしても武器として運用するのは困難である

が、それを、さらに拡大し、剣と呼べるサイズにまで成長させる。

 非晶質であるガラスは理論上では先端径を0にまでする事が可能であり、極めて鋭い刃を形成する事が可能だ。

 

 

 ……結果から言えば、この案は失敗に終わった。

 実戦形式の訓練において、半透明の剣は切断能力を発揮する事は無く、クローン用テラフォーマーに当たり砕けた。そして、二本目を作り出す事はできなかった。

 

 鋭さは十分だった。だが理論上では鋭い刃は、実戦ではその力を発揮しなかった。

 その脆い刃は、テラフォーマーの甲皮に接触した段階でその鋭さを発揮する前に破砕した。剣筋にぶれが少しでも生じれば、対象に刃を入れる角度が悪ければ、それに耐えられないのだ。

 人間の体内に存在するその材料は、ごく限られている。専用のサプリメントで摂取しても、剣と呼べるサイズのそれを形成するのに十分な量は得られない。

 

 かくして、開発は中止された。量産体勢に入っていたそれは設計図ごと破棄される事となった。

 

 

 

 ただ、一つ。U-NASA所属、専用装備研究主任の戯れによって設計された、より繊細な形成制御を可能とするハイエンドモデルを除いて。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 体中の疲労と痛みに耐えながら特訓をする事と、人の命を奪っている事以外の記憶は、ごく僅かしか無かった。

 

 

 ニュートンの一族。世界を裏から操るとか何とか。少なくとも、私は操る側に回った事は一度も無い。

 むしろ真逆だ。同じ一族の人間から、依頼を受け、人を殺す。

 

 それは、時に一族の敵対者だったりする。

 当然の事だろう。表ざたにできない、秘密裡に始末しなければならない相手に対し送り込めるのは、同じ一族の者だけだ。

 時に、依頼人の個人的な敵対関係の人間だったりする。

 業務的な敵対関係。それならまだマシだ。恋敵だったりもする。

 仕方ない事だと納得した。一族として、優秀な遺伝子の獲得は重要な事だからだ。

 

 

 処刑人。どちらかと言えば殺し屋だろうか。

 多くの国で、古くから下賤な職として蔑まれてきたそれが、私の一族の責務だった。

 だがそれは、昔に語られるような政府に、王に仕えるある種栄誉とも言えるようなそれとは全く違った。

 

『棒切れを振り回すしか能の無い乱暴者を一族に入れてやっているんだ、有り難く思え』

 

 私達よりも少しだけ上の家系の人間がそう言った。

 

『お前は会合に出る必要も無い、外の警護だ』

 

 本家との血の濃さでは私達と大して変わらない家系の人間がそう言った。

 いつも私に無茶を押し付けてくるのは、私達と大して変わらない、一族の中でも下級の人間だった。

 当主様、ジョセフ様の先代には一度だけ会った事があるけど、無理をさせてすまない、感謝していると労いの言葉をかけてくれた。逆に言えば、それ以外の人間には、その言葉すらかけてもらった事が無かった。

 

 

 

 何故、何故私達は、彼らのように生きる事ができないのでしょうか。

 お父様にそう問うた時に、返ってきた答えは、それが自分達の役割だから、それだけだった。

 

 誇らしくは無かった。お父様みたいに、お爺様みたいに、私はそれを一族に貢献する尊い仕事と思う事はできなかった。

 

 命の奪い合いにおいて、私達に敵う人間は一族でもごく僅かだ。彼らがお金を稼いだり世界を回すために会談をしたり、新たなる技術を生み出すために試薬や機械を触っている時間を、私達はほぼ全て武練を高める時間に充てている。

 

 でも、だから私達の立場は下の下なのだろう。

 今は不満があれば果し合いで解決する時代では無いのだ。そう私が悟ったのは、7つになるくらいの頃だった。

 

 剣術を学び、槍術を学び、一族の身体能力を極めた体術を学び。他、数多くを学び。

 武芸百般、その言葉通りに様々な戦いの技を修めた私は、いつしかお父様やお爺様よりも強くなっていた。

 

 

 自由に生きる事に、少なくとも利用される道具とは別の生き方を選ぶために戦いの力が求められる時代では無い。

 それでも、道を極めたその先に何かがあると信じていた。

 ただ、それでも何も、変わらなかった。

 結局、これが末路か。

 

 そう私が声を出す事もできずに心の中で呟いたのは、血だまりの中だった。

 不自然とは思っていた。でも、いつもの無茶振りだろうと考えていた。一度は決まった、火星へと赴き次期当主候補様の計画を手助けする任を突然解かれたのは、少しおかしいなとも首をひねった。

 

 ああ、成程。血が減り、徐々に薄くなる意識の中で、私は納得していた。

 

 生贄にされたのだ、と。

 一族に対して敵意を持っている組織の一つの基地の襲撃。

 潜入からの組織の首領の暗殺。幹部の一人はこちらの内通者であるため、殺さないよう。そんな任を与えられた私を待ち受けていたのは、万全の警備体勢と指定された侵入経路に待ち伏せしていた多くの兵士だった。何かが、切れる音がした。

 

 

 斬って斬って斬って、裂いて貫いて殺す。

 鮮血と絶叫、断末魔の声。それは、暗闇の中を何かを探してふらつく私を導いてくれる道標のような、鮮明な感覚だった。

 味方も敵も、一族の連中も、家族も。何もかもを忘れて、私はがむしゃらに剣を振るった。

  

 血は薄いながら一族としての肉体を持っていようとも、たかが(とお)にも満たない幼子である自分の体力が持たないであろう事も忘れて。  

 相手の、こちらを殺そうとしているので無くて可能であれば捕えようとしている様子から、捕縛されれば死ぬよりも辛い未来がある事など、想像もせず。

 

 

 無数の銃弾を体中に浴び、自分の服を染めるそれが返り血なのか自分の血なのかもわからず。どれが兵士でどれが標的なのか、内通者なのかもわからない無数の屍の中で、私は立っている事もできず壁に寄りかかり、せき込み、血を吐く。

 

 終わり、か。体は動かなかった。一族としての完全な肉体の状態認知は、私の体がもうすぐ死を迎える事を声高に知らせていた。

 こんな世界から抜け出せるなら、まあいいか。

 

 頬を、血とは違う生ぬるい液が伝う感覚。ああ、やっぱりいや、だな。

 

 もっと、皆と同じみたいに。私が身を置いていた、道場の師範のお子さんみたいに。

 

 火星の派遣計画で配属されて私の部下という扱いになっていた、師範が家を貸していたのあの人と沢山の弟さん妹さんみたいに。

 

 世界を操る一族なんて、賢明じゃなくて良かった。貧しくても構わなかった。

 

 

 

 

 ただの人として、暖かい人達と一緒に生きて、死にたかったなぁ。

 

 

 

 

 

「初めまして。君を私の好き勝手に利用したいんだけど、どうだろうか?」

 

 

 そんな、アンコールも無く、ただ立ちすくむ哀れな役者に突然光が当てられたかのように。

 

 

 突然に、誰かの声が、聞こえた。

 私はそれに答える事はできない。少なくとも敵では無い事はわかる。

 でも、敵である方が万倍はマシだった。

 

 好き勝手に利用する。ああ、死に逃げる事さえ許されないのか。

 手がまだ動く事を確認する。太刀がまだ握られている事を確認する。

 くれてやるものか。私は、それを己の喉に突き立てようとして――

 

――――――――――――

 

「……」

 

 ひゅんというごく小さい音。だが、それが受ければ絶命は避けられない一撃が繰り出された事を知らせる唯一の情報だ。

 ユルキを狙い縦に振られたそれに、健吾は槍でそれを横薙ぎにし、砕く。

 

 それは、砕いたという感触すら与えず、しかし確かにその一撃を無効化していた。

 次はどこから来る。アレを砕けるのは自分だけだ。

 

 健吾は汗を拭う事もせずに、千古の動向から目を離さない。

 

 

 極めて薄く、長く、そして透明な刃。それが、何の抵抗も無く複数のテラフォーマーを一瞬で両断した不可視の斬撃の正体だ。

 正確には半透明、程度なのかもしれない。だが、それが不可視になる程の薄さなのだろう。

 

 その事実に迫った考察を数度の攻撃から読み取った健吾。だが、それは理屈がわかっても人間技じゃない、とにわかに信じ難かった。

 

 薄ければ脆い。それは当然の物理法則だ。たとえ材質が金属であったとしても、斬るために対象に接触した段階で折れ曲がってしまうだろう。それは、本のページに指を押し付け引いた時に、指が切れて血が出るよりも紙がたわんで何とも無い事の方が多いのと同じだ。

 剣筋のブレ、角度のずれによって刀身に加わる負荷。これだけで、紙ならばたわむだけで済むそれは極めて脆い刃を砕くだろう。

 

 だが、目の前の現実はこれだ。

 ふとした表紙に自分から指を動かして切ってしまう紙でなく、両者が動き続ける戦いで、完璧な剣筋を、刀身に負荷を加えない入刀の角度を維持し続ける。それがどれほどの超人的な技量を必要とする事か。

 

 能力の破壊力云々では無く、その行使を可能としているという事実だけで、勝ちの目が薄い事がひしひしと伝わって来る。

 

「遅い!」

 

 

「――ッ!」

 

 警戒を怠らなかった。だが、瞬きをした瞬間、健吾の懐に千古が潜り込む。

 その手は懐の太刀にかかっており、銀の刃がブレながら視界に映り、それが長くなっていくのがわかる。

 

 あ、死んだわコレ。健吾は諦観の中で覚悟を決め、せめて一撃でも、と両手が伸びた長槍で使えないため頭突きを見舞おうとし。

 

「させるか……!」

 

 しかし、そこで横やりとして千古の脇腹に鎌が突き刺さる。

 本来であれば、それは胴体を切断できるだけの威力があった。だが、その威力は牽制がやっと、という所まで威力を殺される。

 

「ありがとよ、ユルキ」

 

「気にしないでください」

 

 それに対応し乱入者、ユルキに対し抜いた太刀を振った千古は数歩後退する。

 ユルキの一撃は、千古の脇腹の衣服を裂き、その肌を晒させていた。

 

 暗い黄緑に変色したそこにはじわりと血がにじんでいるが、それ以上の傷は伺えない上に、じわじわとそれは塞がっていく。

 

「……翔、そういやお前も非戦闘員だったろ、逃げろ」

 

 幸いにも現在千古から距離が離れている翔に対し、健吾は今更の事を言う。

 それは、気遣いというだけでは無い。

 

 相手の斬撃は、肉の壁で押し止められる類のものでは無い。数の優位が役に立たない相手なのだ。

 

「師範代……あの人にゃ殴る蹴るは通らねぇ」

 

 自分の突き、も実際通用するかわからないが、と内心で自嘲しながら、渋る翔を手で追い払うように健吾は撤退を促す。

 『上月流』。打撃攻撃の一切を無力化する、彼女の一族直伝の体術。

 特殊な才能と血筋、気が遠くなる鍛練の末にようやく得られるらしいその技術を、健吾は自分が特訓で幾度となく転がされる事により嫌という程知っている。

 

 事前準備が万全ならば電車に轢かれても骨折程度で済む、と聞いた時は顔が引き攣ったものだ。そして今わかった。特性により、さらに無力化できる範囲が広がっている。

 

 マダケ。健吾が知っている、千古のαMO手術における手術ベース。

 他の植物型と比較すればその構造から来る頑丈さと成長速度に由来する再生能力は一段階高い位置にある。

 

 それ以外に、特別なものは無いと思っていた。だが、特別でも何でもない防御力の足しとなるその能力が、物理的加害に対する耐性をさらに引き上げ、難攻不落のものとしている。本来は対応できない斬撃ですら、軽いものなら今の通りだ。

 

 

 再び、横薙ぎの一撃が襲い来る。接近戦は太刀、中遠距離は能力による薙ぎ払い。これまでのセオリー通りの一撃に、健吾もまたこれまで通りの対策として、槍をその刃が存在しているであろう軌道に割り込ませ、砕こうとする。

 

「何度も通用するとでも?」

 

 だが、手を振るいながら、千古は足を振り上げる。その軌道の延長線上にあるのは、今刃を砕かんとする健吾の槍。

 

 それを止める事ができず、健吾の長槍が中ほどから切断され、ボトリと落ちる。

 

「さて、ご友人のため、でしたよね」

 

 

 呟きと共に千古が動き出す。その移動速度こそ、手術ベースが移動能力を強化する類のものでは無い事もあり人間を逸脱したものでは無いが、相手の虚を突く不意打ちのタイミングを巧みに心得ており、反応が一瞬遅れる。

 

健吾とユルキをスルーし、その狙いは今この戦場を脱しようとしていた翔だった。

 

 唯一追って捕えられるユルキが千古の背を狙い鎌を振り下ろそうとするが、その一撃は千古が手を軽く己の背を掻くように振るうのを見て、回避動作を取ってしまう。

 

 だが、その攻防により千古の動きに遅れが生じた。

 一度振るわれた刃が、射程内に捉えたはずの翔の体にまでは到達せず背負っていた鞄を真っ二つに切断し、その中身を零れさせる。

 

 これ以上は無理かと判断した千古が反転してユルキを迎撃しようとする。だが、その千古を迎えたのは武の巨体と健吾の槍。

 打撃攻撃で傷を受ける事は無いが、威力が一点に集中しすぎて受け流しきれない刺突は別だ。

 

 身を捻り回避し、反撃にその手を振るおうとする千古。

 

 

 

「少し、話を聞いていただけませんか」

 

 

 そこで、千古の目が、一族としての鋭い動体視力が、声の主を捉えた。

 千古の反撃に備えていた健吾と武も、距離を取り一度止まる。

 

 そこには、一冊の本を持ったユルキが立っていた。

 先の一撃により翔の鞄からこぼれ落ちた、翔が改めてしまい込んでいた例の本である。

 

「……何か?」

 

 千古は警戒の目を緩めず、しかし一度構えを解く。

 

「貴方に、知らせねばならない事実があります」

 

 ユルキが本のページを素早く捲り、その中の一ページを開き、それを開いて千古に見せつける。

 そこで千古の目の色が変わった事を、そこにいた全員が感じ取る。

 

 あからさまな驚き。年相応の、目を見開いた様子。

 先ほどまで激しい戦闘を繰り広げていた千古が、唖然と立ち尽くしている。

 

 

「貴方の言う主とは、オリヴィエ・G・ニュートン……『槍の一族』の指導者で、間違いありませんね」

 

「……」

 

 ユルキの問いかけに千古は答えないものの、半ば確証を持った上での事だった。だからこそ、()()を突きつけられる。

 

 そこに書かれていた文章を、健吾達もまた読む。先ほど、ユルキと美友と共に見た際にちらっと見てユルキが飛ばしたページだ。

 

「……はぁ?」

 

 そして、疑問と困惑の声を出す。それが、荒唐無稽な、使い古された創作のそれであったからだ。古典文学とかユルキは言っていただろうか。だが、小説の1ページを見せる事が何になるのか?

 

 

「貴方は、騙されている。オリヴィエ・G・ニュートン……奴は、自分以外の、勿論貴方達腹心の部下も含めて、全ての人間を抹殺するつもりだ」

 

 

「……そいつはまぁ何ていうか規模がでけぇな」

 

 ユルキが示した、冗談としか言えない事実。

 健吾と武、そして部屋の出口までたどり着いた翔が、ぽかんと口を半開きにする。

 

 

「貴方が奴のために戦う事に、意味は無い……アレは、おぞましい怪物だ」

 

「…………」

 

 ユルキは無言の千古の感情を慎重に読み取ろうとする。唖然。当然だろう。

 いきなり、このような事実を突きつけられてしまえば。

 

 体は震え、動揺している。それを必死に抑え込もうとしている。このまま、停戦に持ち込めるだろうか。

 

 

 

 

「……ふふ」

 

 千古の口の端が、少しだけ持ちあがる。震えた調子で、笑いが零れる。

 ぐっと唇を噛み、感情を必死に抑え込まんとするその様子を見て、健吾は思わず沈痛な面持ちになってしまう。

 そして。

 

 

「死ぬがいい、下郎」

 

 絶対零度の冷たさを持った声と共に、隙だらけの健吾も、武も無視して、ユルキに無数の刃が同時に襲い掛かる。

 本来であれば逃げ道を塞ぐように振るわれるはずの、両手足にそれぞれ形成された刃と太刀による攻撃。しかし、その全てがユルキの手を、足を、首を、切り刻まんと振るわれる。

 

「な――」

 

 想定外の反応に、しかし流石は暗部部隊の戦闘員と言ったところか、ユルキは必死に身を躱し回避し、踏み込んでくる千古の第二撃、大三撃、それに次ぐ無数の剣閃を必死に捌こうとする。

 

 

「何故……! 奴は、従って益があるような人間では――」

 

 

「お前に、何がわかる……!」

 

 

 無差別に振るわれる太刀の、不可視の剣の乱舞。もはや近寄る事すら不可能なそれに、健吾も武も、翔もユルキを救うために踏み入る事ができない。怒りに任せた剣技だ、軌道こそ読みやすくはあるが、その対処能力を上回る無数の斬撃は、容赦なく避け損ねた甲皮を削り取っていく。

 

 

 

 そして、先の凍り付いた声と裏腹に、千古は激情のままに、その答えを、今の彼女を突き動かす全てとも言えるそれを、口にした。

 

 

「初めて、()()()()()()()()()()()()()と思える人に出会った、私の喜びが!!」 

 

 

―――――――

 

「……?」

 

 くれてやるものか。私は、自身の喉をこれまでずっと共に戦ってきた愛刀で突こうとして。

 

 瞬間、体を浮遊感が襲う。直後、体温を失いかけていた体にじんわりとした熱が触れた事を感じ取り、抱き上げられたのだと理解する。

 何が狙いなのだろうか。でも。

 

 少しだけ、暖かい。

 

 

 

 

 あれから、気を失っていたのだろう。眼を覚ました私は、癖になっていた事もあり周囲を確認した。そこは、殺風景な部屋で、自分はベッドに寝かされていた。

 そして何より、自分の手が、誰かに握られていた事に気付く。それも、実際は相手に握られていたのではなく、自分から握っていた事に。

 

「おはよう」

 

「おはよう……ございます」

 

 金髪の男の人。当主様によく似ている。

 その人は、まるでいつも通りの朝だ、と言わんばかりに、ごくごく普通の朝の挨拶を私に向けてきた。

 思わずそれを返してしまうけど、私の頭の中は寝起きでぼんやりしながらも疑問でいっぱいだった。

 

「あの、私、は」

 

「おー、起きたっすかー! いやぁ可愛い子っすねぇ! 怪我は痛くないっすか!」

 

 

 何にも解決しないまま、人が増える。今部屋に入って来たと思われる女の人が、いきなり傍に駆け寄ってきて、私の顔を覗き込む。

 その言葉で、私は自分が傷だらけである事を思い出す。

 

「あの、私を利用する、って」

 

 少しずつ思い出した、気を失う前の言葉。それを目の前の男の人に。

 自分の枕元に太刀が置かれている事を知覚する。

 何て無防備なんだろう。 

 

「ああ、そうなんだけどね、まあ君が治ってからでいいかな。後回しにしよう」

 

 その答え次第では、あの時やろうとした事をもう一度、と考えていた。でも、その人の答えは、私の予想していたものとは、何だか違って。怪我をしていた時も、熱があった時も依頼が第一だったいつもと違ったから面食らってしまって。

 

 何故か安心して、気が抜けてしまったからか、お腹がくぅと音を立てる。

 

「ああ、まずはご飯にしようか。一応、和食を用意してみたんだ。……文献は調べたけど、君の口に合う出来かなぁ」

 

「作ったのは私っすよオリヴィエ様、横取り反対っす」

 

 恥ずかし気に微笑む男の人と、冗談めかして抗議する女の人。

 何だろうこの緩い空気は。一族の人間が、こんな-

 

「……おや」

 

「あれ!? 痛いっすか、まさか傷が開いたとか!?」

 

 少し眉を寄せて困った様子と、慌てているという二人に、どうしたのかな、と首を傾げる。

 それを聞こうとして口を開けた時、そこにしょっぱさが入り込んでくる。 

 

 声を出そうとして、それがまともに、しゃくりあげるような変な調子でしか出せない事に気付いて。

 

「うぁ……ぃえ、違うんです……ぅ……ぁぁ……」

 

 そこで私は初めて、自分が泣いている事に気付いた。

 

 

 

 男の人、オリヴィエ様。私が言葉程度に知っていただけの、『槍の一族』の人。

 女の人、希维様。『槍の一族』の当主。実際はオリヴィエ様の方が偉いらしいけど。

 

 二人が、私の新しい主だった。

 状況は何も変わっていない。一族の人間の命で、他人の命を奪う。それが、私に与えられた役目だった。

 オリヴィエ様は、言葉通り君を利用したいから助けた、と言っていた。

 

 ただ。

 

―――――おかえりなさい、チコちゃん。お仕事ご苦労様っす! 今日はフルコースっすよ!

 

―――――ありがとう。君のお陰で、私はまた一歩、先に進む事ができる

 

 

 何故だろうか。全く同じはずなのに、何も変わっていないはずなのに、全然違う気がするのは、私が未熟な人間だからでしょうか。

 

 

 

 そして、私の怪我が治って、いくつか仕事をこなして、一度一族の元に帰る事になった前の日の事だ。

 

 私はオリヴィエ様に呼び出された。理由はわかっていた。前日の失態に対する叱咤だろう。

 酷く錯乱してしまった事を鮮明に覚えている。

 

 嫌だ帰りたくない、離れたくない、ここに置いてください、私を捨てないでください、私にできる事ならその全てを尽くします、そう自分に、貴方様に誓ったんです。

 

 何をわめきたてたのか、その全てを覚えているわけでは無い。錯乱して、泣き叫んで、たぶん、暴れてしまって。朝起きた時に、しえいちゃ……希维様に抱きしめられていた時には、顔から火が出る思いだった。

 

 

「真っ先の到着、偉いね、千古」

 

「とんでも、ありません」

 

 玉座に座るオリヴィエ様の前に跪く。

 体が震える。一体私は、どんな罰を受けるのだろうか。

 

 

「もうすぐ皆が来るから、少し待ってておくれ」

 

 その言葉通り、間もない内に何人かが集まって来た。

 ここ、『神殿』の中で何度か会った事のある人、一度も会った事が無い人。

 

 全員が集まったのか、オリヴィエ様は満足そうにしている。

 はて。私への叱咤とは違ったのか。

 

「今から、君達に大事な事を決めてもらいたいと思う」

 

 大事な事。さて、何だろうか。

 

「私が新しく作り上げる世界で、君達は死ぬ事になる。それも、私が殺す」

 

 後で改めて謝罪に行こうとは思っていたとはいえ、直接の叱咤を受けるわけでは無さそうで少しの安心感を得た私は、次のオリヴィエ様の言葉でぽかんとしてしまった。

 

 

「君達には、どうするか決めてもらいたい。今この瞬間、私に襲い掛かってもいい。ここを出てもいい。そのまま従ってくれても、いい。私的にはこれが嬉しいかな」

 

 居並ぶ人々は、それぞれ別の反応を見せていた。

 

「じゃあまずはフリッツから」

 

「オリヴィエ様が世界を手にしたその後で、私は先生と共に貴方に挑みましょう」

 

 何度か話した、科学者の男の人。

 不遜にもオリヴィエ様を見上げ、宣言する。

 

「ロドリゲス、君は」

 

「フリッツ博士と同じく。我が教義は貴方様とは相いれない故に」

 

 修道士の人が、髭を撫でながら。

 

 

「千古、君はどうかな」

 

 私の番が回ってきた。たとえどう答えても、オリヴィエ様は評価を変える事は無いだろう。

 あのお方はどんな形であれ、本心を聞きたがる人だから。

 

 ただ、そんな事に意味は無い。オリヴィエ様にどう思われようが、私からオリヴィエ様への思いは、決まっているのだから。

 

 

 

 死んでたまるか、と意固地になっていたのです。

 私の価値を一族に知らしめてやる、と傲慢になっていたのです。

 

 でも、本当に私が欲しかったのは、望んでいたのは、そうでは無かったのです。

 貴方が、希维様がそれをくださったのです。

 

 きっと、普通の人がいたらそんなもののために、と笑われるでしょう。

 やめろ、と止められるかもしれません。

 

 それは、彼らが当たり前に持っていて、当たり前に他人にあげるものだから。タダ同然のものだから。

 

 でも同時に、私が誰にももらえなかったものだから。

 

 最初から、私がそれを求めている事をわかっていて、貴方は私を利用する為に、くださったのでしょうか。

 いいえ、構いません。私が本当に欲しかったものを理解して、実際に与えてくれたのですから。

 

 

 貴方が私に期待してくれるのならば。この剣を、利用価値を信じてくれるのならば。

 

 私の剣は、槍は、薙刀は、弓は、銃は止まる事は無いでしょう。

 アメリカも日本もロシアも中国もドイツもローマ連邦も、ニュートンの一族も、貴方に傅かないその悉くを切り払いましょう。

 

 

 オリヴィエ様。私の願いを、余さず叶えてくれた、私の主君。いと貴きお方。

 私は、貴方と希维様に沢山のものをいただけたからこそ、こう思えたのです。

 

 

「例え死を賜ろうとも、私は最期まで、貴方の為にありましょう」

 

 

――――――――そんな貴方が願いを叶えるために使い捨てにされるのなら、別にいいかなって。




観覧ありがとうございました!

~おまけ~
本文では時系列的と話の都合で数が少なかったけどオリヴィエの問いかけ他のキャラ分

ギルダン→野望を達した後のオリヴィエに戦いを挑む
ナタリヤ→同上
???→同上
仮面の男→オリヴィエ側に付き戦う
リンネ→?

オリヴィエが自分の野望達成したら大事な人生き返らせてあげるよ、という契約をしている人が多いため最終的にオリヴィエと戦う、という人が最多、という感じとなっております
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