「くっ、うっ……!」
激情のままに振るわれる無数の刃に、ユルキの体の昆虫の甲皮がまた一つ、野菜の皮をピーラーで剥くかのように剥ぎ取られる。
彼の手術ベースとなる生物は決して頑丈なものではなく、千古の振るう不可視の刀剣と銀の刃、その両方に耐える事ができるような強度では無かった。
能力で形成した刃を逃げ道を塞ぐように振るい、一太刀で切り倒す。千古がそのような、相手を確実に仕留める動きをしていれば、ユルキは既に死んでいただろう。しかし、実際に千古はそうはしていない。その刃の全てがユルキの体を捉え引き裂かんと振るわれる。
ただ、それは死期が遠くなっただけとも言える。避け損なった人間で言う皮膚の部分が刃物によって削られる苦痛。一度判断を誤れば即座に突き刺さる刃。何より、綱渡りの防御を続ける事への疲労。それが、彼の命の蝋燭をじりじりと溶かしていく。
その攻防に即座に横やりを入れる判断は健吾や武にはできなかった。
正確な太刀筋でないと切れない刃。千古の後方すら薙ぎ払う大振りの軌道で振るわれているそれに飛び込んでも、自身を狙っていない刃はその鋭さを発揮せず恐らくは無事だろう。しかし、もしもの可能性が頭を過る。乱舞する刃の中に飛び込めるか。助けに行って無駄死にすれば、総崩れになる恐れがある。
結論からすれば、健吾と武はユルキを救うために千古へと突貫を仕掛ける事になる。
だが、それを判断するより先に、目の前の攻防は決着が付いた。
「……!」
腹に突き刺さった刃を、信じられない、と見つめる。
背後に飛び退くが、それにより突き刺さった刃が体から抜け栓が無くなり、血が零れ出す。
「く……ぅ……!」
じわじわと赤く染まっていく衣。焼けるような痛みに、千古の目が歪む。
ユルキは荒く息をつきながら、自身も微かな驚きと共に苦し紛れに振るった血に濡れた鎌を見る。追撃できるか。……いや、無理だ。
「師範代……頼む、退いてくれ……!」
初めて有効打が与えられた。だが、喜ぶ事などできない。
切断され短くなった長槍を突き出し、祈るような健吾の言葉に千古は答えずその太刀を振るう。その瞳は怒りに開かれ、瞬きすら惜しいと言わんばかりにユルキを捉え続けている。
焼けるような体内の痛み。表皮を覆う『マダケ』の防御力のお陰で内蔵の損傷は大した事は無い。だが、その痛みに意識を引っ張られ、千古の認知にブレが生じる。
「退くのは……貴方達だ……!」
痛みに耐えながら千古が振るう、能力で形成されたガラスの刃。
それは反撃に健吾へと振るわれ、その胴を割断せんとするが。
それは健吾の腹の表皮をさくりと切った段階で、砕けた。
「っ!?」
武の拳が、千古の頭を正確に捕えたのだ。
即座にそれを認識し千古は半分反射的にその衝撃を地面に流すも、微かに残った揺れの影響を受けた太刀筋では、切断を完遂する事は叶わず。
三人から距離を取った千古は呼吸を整え、ユルキを睨む。
動揺は無い。傷こそ負ったが、それは大したものでは無い。
手足は残っており、剣を振るう腕は未だ震えていない。そして何よりも、己が身の中に燃え盛る物が叫んでいる。
私の主を、オリヴィエ様を馬鹿にした。生かしてはおけない。目の前のコイツは、命よりも重たい罪を犯したのだ。
その内心のまま、千古は再び太刀を構える。
先は不覚を取ったが、所詮はマグレだ。
……そして、その判断をした時点で、この戦いでの彼女の敗北は決まっていた。
情報だけ見れば、未だに健吾達の不利と千古の絶対的な優位は揺らがない。千古の身体能力は11歳の少女のそれでは無く、その武技は人間という種の中でも最高峰に属している。さらには、まともに受ければ即死、避けられるとしても軽く手足を振るだけに対し大きく体を動かし回避しなければならない事により消耗を強い体力差を押し広げる特性と専用装備。
健吾と武はU-NASAの防衛戦においてニュートンの一族でも最上位に属する戦闘能力を有する男と戦闘したが、千古の戦闘能力はその相手を上回っている。
多少衰えはしたものの幹部搭乗員であった拓也がいてようやく相手にでき、美晴の機転により撃破できた相手だ。強者ではあるとはいえ健吾達以上幹部搭乗員以下、健吾達寄りくらいの実力であるユルキが加わっても、戦力的には及ばない。
その分析は、両者がそれぞれ持っていた情報から同時に行ったものだった。
勝てる見込みが無い。健吾も武もユルキもそう考える。恐らくは、第二班の総出で、もしくは班長で、またもしくは現在の第七特務を半数以上動員して。それで、死人を出してようやく撃破できるだろう、くらいの実力者である。
千古もまた、自身の勝利は揺らがないと確信を持っていた。
健吾の戦闘能力は知っている。二年で判断力も胆力も動きも見違える程良くなってはいるが、それでも想像の範疇だ。
他の二人も、強くはあるが人間、の範疇である。纏めて相手をする事に何の問題も無い。銃器を持たず、接近戦だけで自分に向き合って来る事の、なんと愚かな事か。偶然で一撃は入れられてしまったが、戦闘を続行するのに何ら問題は無い。
……いや、今の彼女の状況判断の根拠に、そのような戦力分析は二の次だった。殺さねばならない。絶対に逃がさない。オリヴィエ様をあろう事か怪物だと? お前に何がわかる。命を以て償わせ、その体を
それが誤りだった。
暗殺者は常に冷静でなければならない。心を氷のように冷たく、鉄のように固く。
しかし。彼女はその技量こそ一流の人間であったものの、心まではそうでは無かった。
あと数年、彼女に時間があった上で彼らに相対していれば、この戦いは千古が取っていた。
怒りに任せて殺戮のため剣を振るうので無く、確実にユルキを仕留め、現在地面にうち捨てられている例の本を回収して撤退していた事だろう。
平静の彼女であれば、ユルキが苦し紛れに反撃に繰り出したこの一撃を受ける事は無かっただろう。
相手の体を無残に損壊させてやろうなどと制裁を優先せず、逃げ道を一つづつ潰し、窮鼠の反撃など許さずに一刀の元確実に仕留めていたはずだ。だが、そうはならなかった。
彼女が及ばなかったのは、戦闘能力では無く精神性だ。
あらゆる状況で主君の命を優先するという鋼の意思では無く、主君を悪し様に言われ怒りに判断が曇り、成すべき任を見失った。このまま戦えば、自身が腹に受けた傷を過小評価し動きが微かではあるが鈍り、単調で大振りになった太刀筋の隙を少しづつ慣れてきたユルキに、もしくは側面からの横槍に突かれ、千古は致命傷を負う事となる。
……ただ、その点において彼女を未熟だ、愚かと呼ぶには、少し酷かもしれない。
彼女は実戦と修練で鍛え抜かれた、優秀な戦士ではあるが、同時にまだ成人にすら半分と少しまでしか達していない、ただの少女なのだから。
「おの、れ……許さない……絶対に……!」
再び距離を詰めようとする千古。もう交渉は無理なのか、と絶望する三人。
未だ晴れぬ怒りに支配されている千古。
「はい、止まって」
この戦場に割って入る、手を叩く音が二回。
同時に、千古の背後、先に千古が突入してきた穴から、一人の人間が姿を現す。
感情に乏しい声色と、乾いた手を叩く音に、ドロドロした殺意が渦巻いていたその場が一瞬だけ、乾燥した空気を纏い――
――そして、本当に一瞬だけだった乾燥した空気は、腐肉から立つ空気が風に煽られて届いてくるかのようなおぞましい感覚へと変わり、その場の全員に知覚される。
「テメェ……!」
「なッ――!?」
健吾と武が、その姿を見て驚愕に顔を歪める。
「……!」
ユルキが、粗く短い呼吸を繰り返しながらも、現れた人間へと視線を向け、それを離さない。それが、千古以上の脅威であると自身の直感、そして事前に得ていた情報から理解していたからだ。
「っ……!?」
一番大きな反応を示したのは千古だった。声の主を見ずとも、びくりと体が震え、その動揺がまざまざと現れた体と同じ震えた声で。
「……何故、こちらに……オリヴィエ様……」
自身の背後に立つ、トーガを纏った青年の名を、口にした。
――――――――――――――
『あーあー、てすてす、ユルキ君聞こえるー?』
数日前、一度物資の補給で地上に出ていたユルキと美友は突然の第七特務本部からの連絡を受けていた。
モニターから響くノンナの声とその表情は、努めて明るくしようとしているのはわかるが、どこか暗い。
『用件から言うけど、もし遭遇しても戦っちゃいけないヤツがいます』
簡潔にその後の説明を纏めると、それは自分達が対処に追われている敵の首領が、もしかしたらユルキ達のいるここ日本に手を出してくるかもしれない、という情報だった。
中国軍人との機密回線を一部だけとはいえ盗聴して得られたそれ。
オリヴィエ・G・ニュートン。槍の一族の王たるその男が再び姿を現すというノンナの言に、しかしユルキは懐疑的だった。
先のU-NASA防衛戦の結果は帰国が間に合わず日本で待機していた二人にも連絡されていた。そこにははっきりと、オリヴィエと名乗る男と本部に滞在していた第二班班員が交戦し、戦闘の末に殺害したという報告も含まれていた。
交戦した第二班の班員の証言によれば、MO手術ベース"ヒト"の胎芽に由来する無尽蔵の再生能力と、凄まじい身体能力。だがその果てに、幹細胞を手術ベースとしていた事による弱点である『薬』の過剰摂取による内臓器官の初期化に至り、死体こそ回収されてしまったが、死亡は確実だろう、と。
オリヴィエという名。数年前から何度か起こっている、ニュートンの一族絡みの交戦。そして、エリンのデータファイルから得られた断片的な情報。そこから、殺したこの男は槍の一族の頂点、オリヴィエ・G・ニュートンその人であると判明したのであった。
しかし、頭を潰されたはずの槍の一族の仕業と思われるあれこれは防衛戦後も未だに収まっていない。主君を殺され復讐に燃えている、という可能性もあるが、それにしては動向が怪しい。
第七特務やU-NASAへの攻撃、というよりは、捉えられている限りではその行動の方向性、指針に何ら変化が無いのである。
そしてデータファイルの解析過程でいくつか出てくる、『死者の蘇生』という言葉。ここから照らし合わせるに、オリヴィエは蘇ったのではないか。そう考えられていた。
だから、十分警戒してくれよ、と。そうでなくても、行動の指針に変化が無いという事はオリヴィエの代わりがいて組織に何の動揺も無く事が進められている、という事である。どちらにせよ、脅威には他ならなかった。
『……あとね、ちょっとやべー事がわかったからユルキ君とめいよーちゃんにも伝えとこーかなって』
自分達が皆殺されても、二人が情報持ってたらまだどうにかなるかもしれないしね、という前置きに、ユルキはそれが軽い情報では無い事を感じ取る。
『"代替品"。例のやつの解析で何度か出てきてるけど、それの詳細がわかったよ』
報告からそれの情報を前にも伝えられていたユルキは無言で頷く。
代替品。槍の一族がその本家、ニュートン家から与えられていた、ニュートンの一族に連なる家系としての、ひと際特殊な役割。
一族が存亡の危機に陥った際に、当主が急逝した際に、その代わりとして一族の当主を、その先にある目的を果たすための役割。
成程、人類最先端まで改良されていた一族の血。それが絶えてしまえば長い歴史が全て失われてしまう。
絶える、までは行かなくとも、一族の中で最も改良が進んだ当主とその家系が死ねば、数代、もしくはそれ以上の代も後退してしまう。
その為に、スペアが存在している。大事なファイルはバックアップを取ってクラウドストレージなりUSBなりに保管しとかないとね。
……とノンナが常日頃から言っている事で、時々隊長に説教している事だが、つまりはそれに近いものなのだろう。
そうそう、また隊長がデータ保存するの忘れててさぁ、などという愚痴が始まりそうになったため、ユルキは続きを促す。
『……これまでの情報から、薄々そうなんじゃないかなー、って思ってたんだけど。まさか本当とはね』
呆れたような、ドン引きしているかのような。そんな表情で、ノンナは真剣な面持ちでぽつぽつと語っていく。
以前に得られた情報。ニュートンの一族次期当主、ジョセフ・G・ニュートンと僅かに違うだけでほぼ一致する塩基配列表。百人近い一族の人間と思われる塩基配列表。"代替品"という言葉。
そこから、その外見と人懐っこい性格が与える印象からかけ離れた知恵を持つ彼女が導き出し、そして、つい先ほど事実だと確定した、その情報。
『絶対に戦っちゃダメだよ。オリヴィエ・G・ニュートン。あいつ、ジョセフ・G・ニュートン……そうじゃなくてもその前の当主と
言ってる意味、わかるよね。自分で言ってげんなりした様子のノンナに、ユルキもまた、察してしまう。
次の、その回答が語られる前に。
『……
―――――――――――
まずい。脳内で警鐘が鳴る。それは詳細を知っているユルキだけでなく、一度交戦した健吾と武もだ。
ユルキのここに何をしに、健吾と武の何故今だ生きている、という疑問は二の次。
千古だけでも勝ちの目が薄いのに、それに加え、第二班総動員でかかってようやく倒した怪物を、同時に?
「あの、その」
三人以上に動揺しているのが千古だ。
口からはうわごとのように纏まらない言葉が出て、後ろを振り向く事ができていない。
「千古、ご苦労様。今はどんな状況なのかな」
その身に纏う気配さえなければ、この上なく魅力的であろう貴公子然とした整った顔に、慈しむかのような微笑みを浮かべてオリヴィエは自分に背を向けたままの千古に問う。
ただ、その声は笑っていなかった。先ほどと同じ、感情に乏しく何の色も感じられない、強いて言うならば空白か灰色か、という具合のものである。
「はいっ! オリヴィエ様を愚弄した愚か者を処断する所でしたが、私の実力が及ばず――」
即座にオリヴィエに向き直り、跪き報告する千古。
今ならば逃げられるか。退路を確認し、三人は一歩、また一歩と下がる。
千古の報告にオリヴィエはふむ、と顎に手を当て、少し考え。
「私は君に、何をお願いしたんだったかな?」
千古の言葉を遮るように、普段よりも少し早口で、問いかける。
びく、と千古の肩が震える。それは、オリヴィエの様子が普段と異なっていたからだ。
「……オリヴィエ様の、大切な探し物を」
はっと一度顔を上げた後、千古は瞳を潤ませ、額を地面に擦りつける。
「ああ、構わないとも。とても嬉しいよ。ただ、私が何と言われようがどうでもいいんだ。それで、見つかったかい?」
見失っていた。主君が何を優先する事を望むか気付いていなかった。主君の望みよりも、自身の感情を優先させてしまった。
それを恥じ、千古は顔を上げる事ができない。
何より、オリヴィエの声が自身に向けてくれる普段と違い、感情の抜け落ちた冷たいものとなっている。
「……未だ、相手の手に」
瞬間、空気がさっと変わるのを場の全員が感じ取る。おぞましい気配が消え、気味の悪さが空間から去る。
「……君達、まだそこで死にたくは無いだろう?」
オリヴィエは千古からゆっくり目を離し、三人を見つめる。そして、確認した。
ユルキが拾い上げて持っていた、その本を。
「その本を返してくれたら、見逃してあげよう。ああ、ウチの部下にも伝えて君達だけは殺さないようにしてあげてもいい」
「……」
オリヴィエの出した条件は、三人にとっては破格のものと言える。ただ、この拾った本を返すだけで――少なくとも第二班の二人にとっては、であるが、今この決して勝ちの目が無い戦いから命を拾う事ができる。
「……断ります」
だが、ユルキはオリヴィエの問いかけを切って捨てる。それは、独断の行動では無い。健吾と武も、同時に目配せしていたからだ。
「ああ! この条件では足りなかったかな? 何が望みだい? お金なら好きなだけ……そうだね、円だったら10ケタまでなら何とかしようとも!」
槍の一族に関する情報についてはユルキの知識は二人より大きいが。実際に一度相対している、という点では健吾と武はユルキには無いものを持っていた。そして、その二つが合わさり、気付く。
相手は、その度合いこそわからないものの、この本の入手のために必死になっていると。
やろうと思えば無理矢理奪い取れるのにそれをしないのは、自分達が万が一の手段に出る事を恐れているため。
動揺を見せずに飄々としていれば自分達はこれのそこまでの重要性に気付かれないのにそうせずにはいられないのは、考える頭が無いから。いいや、この男に限りそれは無いだろう。ならば、そこに考えが及ばない程にこれに執着しているため。
「駄目だ」
ユルキに続いて、健吾は武と交互に頷き言う。
恐らく、自分達はここで死ぬ。これからユルキがする事の結果。自分達は殺される。
だが、確実に譲れないものがある。
人類滅亡の計画が書かれた本。それを熱心に求める怪物。その手に渡ってしまえば、プラスの結果になる事は無いだろう。恐らくは、酷い事になる。だからこそ、ここで。
「お金はいらないと。お金で買えない……もしかして大切な人を生き返らせたいのかい? だったら任せてくれていいとも! ご両親でも恋人でも、友人でも誰でも再開させてあげよう!」
明らかに焦っている。動揺している。感情の薄い、自身が死の間際にあってすら揺らがなかった、人を逸脱したニュートンの上位者が。だが、と。ユルキは懐からあるものを取り出し、そして。
「……コレを貴方に渡すわけにはいかない」
距離が離れていた事もあり、オリヴィエと千古が対応する時間すら与えずその取り出したもの、ライターで、本に火を付けた。
「あ……あ……」
千古が茫然と呟く。地下の汚れなのか、油でも染み込んでいたのか想像以上に火が回り、瞬く間にその全体を火が包み、灰へと変えていく。
その光景に、しかし先の自分のオリヴィエの意思を無視した事により不興を買ってしまったと恐れている千古は動く事ができず怯えながらオリヴィエを見上げる。
「―――――――――――」
交換条件を提案していた時のまま硬直したその表情。
それが、徐々に無へと変わっていく。
「……千古」
「は、ひっ、」
聞いた事も無い主君の冷たい声に、千古の返事は喉で絡まり、震えた声として出される。
右目だけがきろりと動き千古へと向けられ、そして。
「殺せ」
瞬間、空気が汚泥の深海に沈んだかのような、先ほどのおぞましいものに加えて重い、息苦しさが加わったものへとにわかに変わる。
オリヴィエが自身の背から槍を抜き動き出し、千古もそれに続く。
恐らく長くは持たないだろう。だが、精一杯の抵抗はしてやろう。
三人はそれぞれの武器を構え、二人を迎撃しようとし。
「じょう、じ」
そこで、これまで沈黙を保っていた観客が初めて動きを見せた。
美友がいなくなり混乱し、その場に立ち止まって停止していた彼らが、突如としてオリヴィエと千古に襲い掛かる。
オリヴィエの振るった槍により一瞬で3匹の喉に風穴が穿たれるが、だが彼らは止まらず。
次から次へと襲い来るその黒の波に、さしものニュートンの一族が二人と言えど、無人の荒野のように進む、というわけにはいかず対処に時間を取られる。
しかしその足止めを一足先に潜り抜けた千古が撤退の姿勢を見せたユルキの背を刺し貫こうとする。
「させませんよ千古さん!」
「っ!」
だが、そこに上空から針の塊が落下し、その奇襲に切り落とすのは無理だ、と判断した千古の道を阻む。後退した千古に再び伸びるテラフォーマーの手。
「よう美晴、何してんだ……」
呆れた様子の、しかし嬉しそうな武に対し降ってきた針の塊、変態した美晴が指さすのは、ドームの上方に空いた、最初にユルキが降ってきた縦穴だ。
だが、会話させる隙などあるのか、と言わんばかりに、千古の腕が振るわれる。着地でふらつく美晴に回避手段は無い……のだが。
「ハルハル、無茶しすぎ! あと重い!」
焦った、少し怒るような声の後、その剣の軌道から美晴の姿は消える。
剣でそれを捉える事こそ間に合わないが、美晴がどこに行ったのか、千古はそれを目で追い、追撃は難しいかとテラフォーマーへの対処に移る。
美晴は、美友に抱えられ空を飛んでいた。美友の背から生えているのは、紫を内に、黒を外側に現した蝶の翅だ。お世辞にも早いとは言えず、ふらふらとした調子ではあるものの、しかし確かに宙を舞い、美晴を地面に卸した後に着地する。
テラフォーマーが突然動き出した理由。それは、彼らが熱狂する対象が、その能力を持つ人間が戻ったからだ。
「さあ、アンコールの時間だよ! 皆、準備はいーい!?」
マイクに向け美友が大声を上げ、それに呼応するかのようにテラフォーマーが鬨の声を上げ、オリヴィエと千古へと襲い掛かる。
「……」
「ハッ、させねぇよ」
「美友には触れさせない……!」
美友がテラフォーマーを動かしている事を即座に把握したオリヴィエの槍の穂先が美友に向けられるが、それは 同じ種の武器、健吾の槍により弾かれ、その懐に潜り込んだユルキがオリヴィエの首を狙い、押し返す。
何故だろうか、健吾はそれに、弱い、という感想を覚えた。確かに未だ自身では対処困難だ。しかし、オリヴィエの動きが前に戦闘した時よりも明らかに鈍い。不調なのか何なのかはわからないが、だが恰好の機会だ。
ふと健吾が周りを見れば、いくつものトンネルから新たなテラフォーマーが集まって来る。
千古の能力と自身の太刀による斬撃はそれを切り払い、オリヴィエの手に持たれた槍もまた次々とその喉を穿つが、それ以上の物量攻撃が襲い掛かる。
背後からいつ攻撃が来るのかわからないためたびたび振り向きながら、しかし出せる限りの全力で、健吾達は走り、部屋を抜け、トンネルを駆ける。
そして、背後からテラフォーマーの声が聞こえなくなる頃合いになり、彼らはようやく息をついたのだった。
観覧ありがとうございました!
何と言うか、オリヴィエ乱入、代替品の正体、日記燃やす、戦闘&脱出とそれぞれ話のヒキにできる部分を上手く各話で処理できず一話に固めてしまってごった煮になってしまったという悲しみ。