深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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第95話、2章の最終話です。




第95話 第三楽節

 

「兄ちゃん、手紙!」

 

「ん……? ああ、ありがとな」

 

 例年よりも少し早いだろうか。雪がちらついているのを眺めていた剛大に、弟から大きめの封筒が差し出される。

 手紙を出されるような何かに心当たりは無い。仰々しい広告か何かだろうか。

 

 胡乱げに封筒をひっくり返して差出人を見た剛大の眉が少しだけ寄る。

 

 重森健吾。そこには、彼の部下の名前があった。

 鼓動が少し早くなる。タイミングから言って、任務に関係した何か。任務が終わったので遊びに行きます。U-NASAに帰るのでご挨拶を。それであればいい。しかし。

 

 死者が、そうで無くても重傷者が出てしまった、などという報告の可能性もあり得る。何せ、わざわざMO能力者が動員された調査だ。恐らくはテラフォーマーが関わっている。第二支局所属とはいえ休職中の身だ、その詳細までは知る事ができなかった。命の危険性がある任務の結果報告。最悪の結果。

 その可能性が剛大の気持ちを逸らせ、丁寧な彼には珍しく封筒の口を破いてしまう。

 

 中に入っていたのは、健吾のものだと人目でわかる汚い字で殆どが書かれた一通の手紙だった。

 深呼吸。例え何が書いてあろうとも、目を逸らしてはいけない。

 

 一度腹に力を入れ、剛大は文章を読んでいく。

 

 拝啓、島原剛大様。

 

 ……いきなりの堅苦しい挨拶に、いつもの剛大ならば笑みをこぼしてしまったのかもしれない。

 だが、今の彼はその逆だった。健吾に似合わないその固い文章で、これが真面目な内容であるのだという予測が強まってしまう。

 

 だが、次の数行を読み剛大はほっと胸をなで下ろした。

 任務は無事に終わり、戦闘こそ起こったものの死者はゼロ。

 ぶっちゃけ結構危なかったけど、現地で同じU-NASA所属の人間と出会い、協力して何とか事を切り抜けました。

 いきなり緩くなった文体に、今度こそ剛大の頬も緩む。こちらに来るならば、ささやかではあるが祝ってでもやろうか。そう考えるくらいには。

 

 気分が軽くなり、すらすらと読み進める。

 

 今回は少しU-NASA本部の方の事情で早く帰る事になったので寄れないのが残念。

 しばらく今回の任務の関係で忙しくなるので来られないかも。

 弟さんと妹さんにお礼を言っておいてください。美晴のものだろうか。ヘタではあるが丁寧に書いた事が伺える文字。

 

 そのような内容が、書き連ねられている。

 締めには、これまた堅苦しい文末の挨拶が付け加えられていた。

 

 追伸:班長に挨拶にも来ないあのバカは俺が代わりに一発殴っておきます。

 

 そこだけ、健吾が書いたのだろうがやけに綺麗な字になっているのを見て、剛大は思わず、僅かではあるが口端が歪んでしまう。

 

「……俊輝もアイツなりに頑張ってるんだ、そう責めてやるな」

 

 独り言をこぼし、手紙を丁寧に畳んで封筒にしまい、車椅子を動かし棚へと向かう。

 その引き出しの一つを開けると、そこには何通もの手紙が入っていた。

 

 そこに新たな一つを加え、閉める。

 兄弟たちには伝えてあげたいが、戦闘が云々と書いてあったため、手紙を見せてあげる事はできないだろう。 

 

 まあ連絡が来た、とは話すか。暫く来られないとなると、寂しがるだろうな。そんな事を考えながら、剛大はふと手紙の内容を頭の中で繰り返し、車椅子を止める。

 

「……」

 

 自分が先ほど考えた事を、思い出せ。日本で、何らかの調査? 警察でも自衛隊でも、他でも無いMO手術関係から動員された戦力が事に当たっているため、同じMO手術の関係、もしくはテラフォーマー。

 ヨーロッパやアメリカ、ロシアでは裏社会でのMO手術の広がりは酷いものがあると裏アネックス計画時にエレオノーラやダリウス、エリシアという同僚たちから聞いていたが、日本でも?

 

 ……いや。その可能性は考え辛い。大規模な発展こそ無いが逆に大きな衰退もまた無いこの国に、大々的にMO手術を導入できるだけの土壌があるとは思えない。

 狭い上に特に武器と呼べるものの規制が厳しいこの国で、強大な武力を持った組織はそもそも居づらいだろう。

 日本は公務員のMO手術を推奨してはいないが、それは知らない、というわけではない。

 反社会的組織がMO手術を持っていたからと言って、それに対処する際に情報漏洩を気にして警察や自衛隊を出さないというのは理屈に合っていない。

 

 勿論、元警察官とはいえ裏社会の事情の全てを知るわけではないが、剛大はそう考える。

 ……ただ、格差が広がり地下に追いやられた人が多数存在する、という現状は、それが育つ土壌であるとも考えられるが。

 

 有力なのはもう一つ。テラフォーマーだ。

 地球にテラフォーマーがやって来ている、というのは各国の上層部と国家直属となる軍や研究組織、それに準ずる人間に限られている。

 だが、具体的な調査とそれに続く急を要する対処が必要な程にその数が膨れ上がっているのか?

 少なくとも、実際に被害や多数の目撃例などの証拠が出ているのだろう。

 それも、警察や自衛隊を動員するのに際し何らかの不便が生じる場所で。

 

 さらには、U-NASA所属の人員が既に現場にいた? それも、第二支局に知らされていない人間が。

 

 何かがある。

 簡潔で単純な、しかし確かな結論。剛大は一度、目を閉じ。

 

 

「伊予、電話を取ってくれ」

 

「はーい、兄さん、どこにかけるの?」

 

 思い出す。自分が、何故警察官を目指そうとしたのかを。

 それは、庭で無邪気に笑ってはしゃぎ回る、炬燵で寝息を立てている、動きづらくなった自分の為に家事をしてくれている、そんな、大切な人達を、悪逆に触れさせないために。

 

 

「U-NASA第二支局に、頼む」

 

 

 

―――――――――――

―――神殿 最深部

 

「今回はご苦労様だったね、千古」

 

「……ありがとう、ござい、ます」

 

 労いの言葉に、しかし千古は上手く言葉を返す事ができず、歯切れ悪く玉座に座するオリヴィエに向け、深く跪き頭を垂れたまま返事をする。

 

「ああ、別に怒ってはいないとも。ごめんね、あの時は年甲斐も無く興奮してしまった」

 

「いいえ。オリヴィエ様のお怒りはごもっともです。私の力が至らなかったが故に、このような……!」

 

 ぽたぽたと床に落ちる涙を拭う事も無く、震える声で千古は自身を責めるかのように言葉を絞り出す。

 

「千古」

 

「っ……! ……はい」

 

 名前だけを短く呼ばれた事に千古はびくりと肩を一度震わせ、弱弱しく答える。

 名前だけを呼ばれる。それで、思い出してしまったのだ。先の任務の、己が敬愛する主の初めて見た、余りにも冷酷な声とその気配を。

 

「エスメラルダは死んだ。でも、君は生きている。今も、私に結果を捧げられなかった事を気に病んで苦しんでいる。でもね」

 

 千古は特別相手の心理を読む事に長けた人間では無い。

 特に主君であるオリヴィエの感情の変化は声色も動作もあまりに平坦でわかり辛い。労いの声に感情は無く、笑みと共に向けられる声にも感情は無い。

 

「私には、その忠義が、そんな君が生きて帰って来てくれた事が何よりも嬉しいんだよ」

 

「……ぅ……」

 

 ただ、それでも千古は思うのだ。この人は何だか暖かい、と。それはきっと、他の人は誰も思わない事で、でもだからこそ、自分だけが、と。

 

「そもそも、今回の件については取り逃してしまった半分くらいは私の責任でもある。やはり急ごしらえの体では弱すぎたね。せっかく有力な候補地だったんだ、リスクを冒してでも……」

 

「ぃえ……いえ……! そんな事は……!」

 

 苦笑しながら自身の手の甲の皮をつまむオリヴィエに、しかし千古はその言葉を否定する。勝てる相手だった。オリヴィエ様が何よりも欲していたあの本は失われてしまった。せっかくの期待を裏切ってしまった。

 自身の至らなさと期待を裏切ってしまった苦痛に、涙の量が増える。

 

「うん、そうだね。君には罰を与えよう」

 

 いくら言っても千古は納得しないと考えたのか、オリヴィエは千古に対し、穏やかな声で語り掛ける。 

 

「暫くの間、この場所の警備を命じよう。本格的に動くからね(・・・・・・・・・)、防備は有力な人に任せたいな」

 

「……御意に……!」

 

 顔をぐしゃぐしゃに歪め、そこで初めて顔を上げ、千古は己の主に、改めて、今度は違わないようにと忠誠を示す。

 満足そうに頷くオリヴィエ。

 

「……では、予定通りに?」

 

 そこで初めて、千古が玉座の間を訪れた時から一度たりとも口を開かなかった希维が、確認としてオリヴィエに問う。

 今回の千古の処罰に関して、あまりに重いものであれば忠言を上奏するつもりであった。本来であればオリヴィエはそのような事をしないが、今回だけは勝手が違った、その恐れがあったからだ。しかし、蓋を開ければ心配は無かったようで、安心していたのである。

 

「ああ、そうだとも。結局、答えはわからなかった。それは残念な事だけど、まあまあ仕方がない――」

 

 そんな希维の問いに対し、自身の従者と部下に、告げるように。槍の一族の王は目を細め――

 

 

「この世界を押し流そう。箱舟を作る必要は無い、作らせはしない。遍く全てを新世界の土壌とし、楽園を築こう」

 

―――――――――――――――――

――U-NASA本部 第七特務執務室

 

「……ふぁ」

 

 夜更け。一連の騒動が収束し、報告書を仕上げていた俊輝は欠伸をし、パソコンの電源を落とす。

 

「……ねぇ隊長、祝賀会に出ない?」

 

「おぅ!?」

 

 そこで初めて、背後に立っていた人間の存在に気付き、慌てて振り向く。

 心臓がバクバクと鳴っている事を隠しながら。

 戦闘中だったり殺気を伴った相手であればいくらでも気付く事ができるのだが、今の俊輝は眠気に押されている事もあり、部屋に入って来た侵入者に気付けなかったのである。

 

「なんだ美友(メイヨウ)、脅かすなよ……ライブなら今日は勘弁してくれ……死ぬほど疲れてる」

 

 そこに立っていた部下、美友はパジャマを着ていた。

 その手にはスナック菓子が握られており、彼女が暗部組織の隊員であるとはこの姿を見ても誰も信じない事だろう。

 

「ん……そうじゃなくて」

 

 そこで、俊輝は美友の様子がどこかおかしい所に気付く。普段であればノンナと二人で二倍うるさい彼女が、どこか気落ちした様子で。……というか、何か申し訳なさそうな表情で、自分を祝賀会とやらに誘ってきた。

 

 日ごろからユルキとノンナと共に彼女の自作の歌を一晩中聞かされる事に慣れている俊輝であるが、それとは違う様子に、不安が募る。

 

「祝賀会……? ああ、今回の任務のか」

 

 俊輝とカローラ、クロヴィスが赴いたダリウスの確保。それ以前から日本でテラフォーマーの調査に当たっていたユルキと美友。その両方の任務が晴れて終わったため、その関係だろうか。

 

 ただ、結果としては最良に近いものを得られた俊輝達アメリカ組と異なり、日本組の二人はそうでは無かった。正確に言えば、中断を余儀なくされたらしい。両組とも今日帰ったばかりのため詳しい報告はまだだが、槍の一族の介入により任務続行は無理と判断されたのだとか。

 

 だから気を病んでいるのか、いつも明るいお前らしくも無い……と言いかけて、それはユルキに言わせるべきだな、と思い直す。

 

「いいぜ、行こうか。……あんまり遅くなってもアレだけどな」

 

「うん……ごめんね、隊長」

 

 冗談めかして笑う俊輝だったが、返って来る声はやはり暗く、謝罪の言葉が混じる。

 普段は任務に失敗したり取りこぼしがあっても言い訳ばかりする美友だが、これはだいぶ気にしてるな、隊長権限で臨時で休暇でも……などと考えている間に、その祝賀会の会場らしい第七特務に割り当てられた一室の前で美友は脚を止める。

 

「……どうぞ」

 

 丁寧語。本格的にらしくないな。まあ自分も仕事で気落ちする事はあるし、せいぜい祝賀会で盛り上げ役でもやってやるか。

 謎の覚悟を決めながら、俊輝は部屋に入り、そしてその覚悟は一瞬で別の方面に発揮される事となる。

 

 

「よう、隊長どの。随分と出世したなァ? 血生臭いお仕事、ご苦労さん」

 

「……っ!?」

 

 部屋の中にいた、この場にいてはいけない、いるはずの無い人間。

 思わず、背後でドアを閉めた美友を振り返る。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 震える美友。いつものような、庇護欲を露骨に煽り周囲を味方に付ける処世術では無く、本心からの怯えた声の謝罪。

 

「……隊長。美友は悪くない。俺の責任です、どうか罰するなら俺に」

 

 部屋の中にいたのは、二人だけだった。一人はユルキ。神妙な面持ちで、俊輝に縋るように美友と同じく暗い調子で。

 

 それは、様々な料理に彩られたテーブルという祝賀会の雰囲気とは遠い、暗いもので。

 そんな雰囲気とは裏腹な部屋の奥で脚を組んで座る青年は、頭に乗せたパーティグッズ、銀紙で飾られた紙製のとんがり帽子をとんとんと突き、皮肉げに笑う。

 

 報いを受ける時が来た、ただそれだけの事だ。俊輝は目の前の青年を見て、片手を挙げて軽い調子で――勿論自嘲の意味を込めて、挨拶する。

 

 

「他の皆が来るまでまだあるからよ、ゆっくり聞かせてくれよ。仕事の事とか、可愛い部下の話とかよ」

 

「……ああ、わかったよ、健吾」

 

 第七特務と第二班、任務終了記念合同祝賀会。その開始より、30分程前の出来事であった。




観覧ありがとうございました。この続きは第3章に持ち越しとなります。
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